資料2001年09月25日 【主要判例】 H13. 9.25 神戸地方裁判所 平成8年(ワ)第776号 損害賠償請求権査定決定に対する異議事件
H13. 9.25 神戸地方裁判所 平成8年(ワ)第776号 損害賠償請求権査定決定に対する異議事件
平成13年9月25日 平成8年(ワ)第776号 損害賠償請求権査定決定に対する異議事件
主文
1 原告らと被告間の神戸地方裁判所平成5年(モ)第1738号損害賠償請求権査定申立事件について,神戸地方裁判所が平成8年3月22日に告知した査定はこれを取り消す。
上記事件について,被告の原告らに対する各請求権は存在しないことを確認する。
2(1) 原告ら(ただし甲の相続人らを除く。)と被告間の神戸地方裁判所平成5年(モ)第1739号損害賠償請求権査定申立事件について,神戸地方裁判所が平成8年3月22日に告知した査定のうち,第46期及び第47期についての査定を取り消す。
上記第46期及び第47期について,被告の原告ら(ただし甲の相続人らを除く。)に対する各請求権は存在しないことを確認する。
(2) 原告ら(ただし甲の相続人らを除く。)と被告間の神戸地方裁判所平成5年(モ)第1739号損害賠償請求権査定申立事件について,神戸地方裁判所が平成8年3月22日に告知した査定のうち,第48期についての査定を次のとおり変更する。
原告ら(ただし甲の相続人ら及びGを除く。)が更生会社a株式会社に対して連帯して負担すべき第48期分の違法配当による損害賠償額を4967万2675円及びこれに対する平成4年12月24日から支払済みまで年5分の割合による金員と査定する(ただし,原告丙1は2483万6337円を,同丙2,同丙3,同丙4は各827万8779円を,いずれも相続財産の限度で支払い義務を負う。)。
上記第1739号事件の申立費用はこれを3分し,その1を原告ら(ただし甲の相続人ら及びGを除く。)の負担とし,その余を被告の負担とする。
上記第48期について,原告ら(ただし甲の相続人ら及びGを除く。)のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを20分し,その1を原告ら(ただし甲の相続人ら及びGを除く。)の負担とし,その余を被告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 原告らと被告間の神戸地方裁判所平成5年(モ)第1738号損害賠償請求権査定申立事件,同第1739号損害賠償請求権査定申立事件について,神戸地方裁判所が平成8年3月22日に告知した各査定決定はこれを取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告らの請求を棄却する。
(2) 原告らと被告間の当庁平成5年(モ)第1738号損害賠償請求権査定申立事件,同第1739号損害賠償請求権査定申立事件について,当裁判所が平成8年3月22日に告知した各査定決定を認可する。
(3) 訴訟費用は原告らの負担とする。
第2 当事者の主張
1 事案の骨子
本件は,原告らが,仮装経理に基づく税金納付及び違法配当により更生会社a株式会社(以下,「更生会社」という。)に損害を与えたとして,会社更生法72条1項1号に基づきなされた損害賠償請求権査定の決定の取消を求める訴訟である(なお,以下,「原告ら」というときには,被相続人である死亡した取締役本人を含めて総称することもある。)。
被告の主張は,更正会社の第45期から第48期の各営業年度において,決算が仮装経理により粉飾された結果,第45期ないし第47期の各営業年度につき,過大申告したことによる納付税金相当額の損害を更正会社が受けたとして,また,第46期ないし第48期の各営業年度につき,違法配当相当額の損害を更正会社が受けたとして,その損害の賠償を求めている。
これに対し,原告らは,仮装経理であることを争い,また仮にそうであっても,取締役又は監査役としての任務懈怠はなく,故意又は過失もないと主張している。
被告が,本件において,更正会社の決算が仮装経理により粉飾されたと主張する内容は,次の4点である。
(1) 運送事業収入の水増し計上(第45期,第46期)
(2) 子会社を利用した利益の捻出(第45期ないし第47期)
(3) 土地の仮装売買による売上金計上(第48期)
(4) 貯蔵品(洗剤)の仮装売買による売却益計上(第48期)
2 請求原因
(1) 平成4年12月24日,神戸地方裁判所において,更生会社について更正手続の開始決定がなされた(神戸地方裁判所平成4年(ミ)第1号事件)。
被告は,更生会社の管財人である。
(2) 平成8年3月22日,神戸地方裁判所は,平成5年(モ)第1738号損害賠償請求権査定申立事件(以下,「過大納税事件」という。)及び第1739号損害賠償請求権査定申立事件(以下,「違法配当事件」という。)として,更生会社の,原告らに対する取締役又は監査役の責任に基づく損害賠償請求権につき,次のとおり各査定決定をした(なお,同査定決定当時は,原告丙1,同丙2,同丙3,同丙4らの被相続人丙は死亡していなかった。)。
ア過大納税事件
(ア)a原告らの更生会社に対して連帯して負担すべき第45期分の仮装経理に基づく納付税金額相当損害金の額を金2億3981万8340円(ただし甲1においては1億1990万9170円,甲2,甲3及び甲4においては各3996万9723円。)及び
b原告ら(ただし甲1,甲2,甲3及び甲4を除く。)が更生会社に対して連帯して負担すべき第46期分の仮装経理に基づく納付税金額相当損害金の額を金2億3470万3240円及び
c原告ら(ただし甲1,甲2,甲3及び甲4を除く。)が更生会社に対して連帯して負担すべき第47期分の仮装経理に基づく納付税金額相当損害金の額を金3億3449万4350円及び
それぞれ上記に対する平成4年12月24日から支払済みまで年5分の割合による金員と査定する。
(イ)申立費用は原告らの負担とする。
イ違法配当事件
(ア)a原告らが更生会社に対して連帯して負担すべき第46期分の違法配当による損害賠償額を金5000万円及び
b原告らが更生会社に対して連帯して負担すべき第47期分の違法配当による損害賠償額を金4000万円及び
c原告ら(ただしGを除く。)が更生会社に対して連帯して負担すべき第48期分の違法配当による損害賠償額を金5000万及び
それぞれ上記に対する平成4年12月24日から支払済みまで年5分の割合による金員と査定する。
(イ)申立費用は被申立人らの負担とする。
(3) しかしながら,原告らにはいずれも損害賠償の責任原因がなく,被告の原告らに対する上記損害賠償請求権はいずれも存在しないものであるから,原告らは,上記各査定決定に対し不服がある。
(4) よって,原告らは,原告らと被告間の当庁平成5年(モ)第1738号損害賠償請求権査定申立事件,同第1739号損害賠償請求権査定申立事件について,神戸地方裁判所が平成8年3月22日に告知した各査定決定の取消を求める。
3 請求原因に対する認否
請求原因事実(1)(2)は認める。
4 抗弁
(1) 当事者等
ア新日本運輸株式会社
更生会社は,運送等を業とする株式会社であったところ,同社については,請求原因(1)のとおり更正手続の開始決定がなされ,現在,被告がその管財人を務めている。
イ原告らの地位
更生会社の営業年度(第45期ないし第48期)の期間は以下のとおりであった。
第45期 昭和62年4月1日から昭和63年3月31日まで
第46期 昭和63年4月1日から平成元年3月31日まで
第47期 平成元年4月1日から平成2年3月31日まで
第48期 平成2年4月1日から平成3年3月31日まで
上記各営業年度において,Gは更生会社の代表取締役であり,原告B,同C,同D,同E,同F,同G及び丙(平成11年7月16日死亡),甲(平成元年3月3日死亡)は,それぞれ更生会社の取締役であった(ただし,甲は第45期及び第46期のみであり,その死亡は第46期の期中である。)。また,乙は第45期ないし第47期の各営業年度において,更生会社の監査役であった(以下,原則として,本件取締役ら及び監査役乙については,G姓の者を除いて姓で略記する。)。
なお,原告丙1,同丙2,同丙3,同丙4は丙の相続人(ただし民法922条の限定相続人である。)であり,原告甲1,同甲2,同甲3,同甲4は甲の相続人である。
ウ取締役会の開催
更生会社においては,第45期ないし第48期の各計算書類を承認すること及びこれらを各定時株主総会に提出することを議案とする取締役会が,以下のとおり開催された。
第45期について 昭和63年5月23日
第46期について 平成元年5月20日
第47期について 平成2年5月19日
第48期について 平成3年5月20日
エ定時株主総会の開催
更生会社では,上記各期に関する各計算書類の承認を得るため,次のとおり定時株主総会が開催された。
第45期について 昭和63年6月29日
第46期について 平成元年6月29日
第47期について 平成2年6月28日
第48期について 平成3年6月27日
(2) 仮装経理による損害の発生
ア過大納税事件
第45期ないし第47期について,各定時株主総会に提出された上記の各計算書類は,いずれも黒字決算を内容とするものであった。
しかし,実質的には損益の状況は,各期とも税引き前で既に欠損状態であった。
したがって,更生会社は,各期において課税対象となる所得がなかったのであるから,所得に課される税金(法人税,法人臨時特別税,事業税,都道府県民税,市町村民税)(以下,「税金」という。)を納付する義務はなかった。
ところが,各定時株主総会に提出された各計算書類には仮装経理が施され,上記欠損状態を隠して多額の架空利益が計上されていた(その具体的内容は,「運送事業収入の水増し計上」(第45,46期)及び「子会社を利用した利益の捻出」(第45期ないし第47期)によるものであった。)。
更生会社の定時株主総会は,各期について,各粉飾計算書類を承認する決議を行い,その結果,更生会社は各期の決算内容に基づいて算定された次のとおりの金員を税金として納付し,これにより各納付税金額相当額の損害を被った。
第45期 2億3981万8340円
第46期 2億3470万3240円
第47期 3億3449万4350円
イ違法配当事件
第46期ないし第48期について,黒字決算であることを前提とする各利益処分案が各定時株主総会に提出された。
しかし,実質的には各期の損益の状況は,いずれも税引き前で既に欠損状態であった。
したがって,更生会社は,各期について商法290条1項に定める配当可能利益がなかったのであるから,株主に対して利益配当を行うことが法律上禁止される状況にあった。
ところが,各定時株主総会に提出された各計算書類には,仮装経理が施され,上記欠損状態を隠して多額の架空利益が計上されていた(その具体的内容は,第46期及び第47期の計算書類については,前記の過大納税事件と同様であり,第48期については「土地の仮装売買による売上金計上」,「貯蔵品(洗剤)の仮装売買による売却益計上」によるものであった。)。
更生会社の定時株主総会は,各期について,上記の各粉飾計算書類を承認する決議を行い,その結果,更生会社は次のとおりの金員を利益配当として株主に対し支払い,これにより各違法配当額相当額の損害を被った。
第46期 5000万円
第47期 4000万円
第48期 5000万円
ウ仮装経理の内容
(ア)運送事業収入の水増し計上
更生会社は,かねてから北海道で生産される牛乳の輸送業務をb協同組合連合会(以下,「b」という。)から引き受けていたところ,次のとおり,bからの運送収入の計上額と現実の入金額に不一致がある。
第45期
収入計上額 24億1291万6000円
入 金 額 20億9070万6000円
入金不足額 3億2221万0000円
第46期
収入計上額 31億5514万8000円
入 金 額 30億5942万4000円
入金不足額 9572万4000円
第47期
収入計上額 28億8070万5000円
入 金 額 28億9678万1000円
入金過剰額 1607万6000円(消費税含む)
第48期
収入計上額 29億6055万5000円
入 金 額 30億8674万0000円
入金過剰額 1億2618万5000円(消費税含む)
このうち第45期,第46期においては,bからの運送収入の計上額が現実の入金額を下回っており,更生会社においては,bからの運送事業収入を意図的に水増しして計上していたものである。
なお,実際の水増し計上額は,bに関する業務を直轄的に行っていた原告Aでさえ把握できておらず,不明のままであるが,既にbは更生会社に運送代金を全額支払済みであって,bが現実に入金した額が正しい運送収入であると考えられることから,被告が主張する水増し計上額は,現実の入金額を本来の運送代金額とみなして算定している。よって,必ずしも実際の水増し計上額と一致しない可能性があることは否定できないが,そう大きく齟齬があるわけではない。
(イ)子会社を利用した利益の捻出
更生会社は自ら関東地区の急便事業を展開するに当たり,その業務を事実上すべて更生会社が行っていたにもかかわらず,更生会社の100%子会社で,何ら独自の営業実体のないc有限会社(以下,「c」という。)を利用して,同会社が上記急便事業を担当する形を取っていた。
そして,急便事業によって発生した多額の損失を隠蔽するため,本来は更生会社の損失として処理すべき経費性の支出を,次のとおり,cに対する貸付金(資産勘定)として処理し,利益を計上した。
第45期
貸付金残高 5億8169万8721円
第46期
貸付金残高 9億4099万7504円
第47期
貸付金残高 9億0421万1839円
(ウ)土地の仮装売買による売上金計上
更生会社は,第48期の決算において,更生会社所有の土地16筆(兵庫県加西市所在。総面積7万3950.68㎡。以下,「加西土地」という。)をd株式会社に売却したとして,商品売上金22億5000万円を計上しているが,上記売買は仮装の取引であり,売買の事実はない。
実際,加西土地の売却に必要な国土利用計画法上の届出手続が一切されていない。
更生会社がdから銀行振込で支払いを受けたという10億円は,実際には更生会社がo株式会社から借り入れた資金を利用して,あたかもdから振込まれたかのように経理処理したものである。また,残額支払いに受け取ったという約束手形も決済されないままに返還されている。
(エ)貯蔵品(洗剤)の仮装売買による売却益計上
更生会社が,牛乳輸送に使用するミルクタンクを洗浄する洗剤を仕入れ,これを有限会社e,f株式会社,g株式会社,h株式会社の合計4社に対して売却したとして,第48期において,次のとおりその売却益を計上している。
eに対し 2億0173万3981円
(売却代金2億2200万円)
hに対し 1億4524万8466円
(売却代金1億5984万円)
gに対し 9683万2311円
(売却代金1億656万円)
fに対し 9683万2311円
(売却代金1億656万円)
しかし,e及びhは更生会社との洗剤の売買は仮装であることを認めていること,本件洗剤の代金額がその取得価格に比して極めて大きいこと(全体の粗利益率は98.73%に達する。),fとgは実体のないペーパーカンパニーであることなどからして,上記取引はいずれも架空のものである。
(3) 取締役ら及び監査役の責任
ア過大納税事件(善管注意義務違反又は忠実義務違反)
第45期ないし第47期についての各計算書類には,前記のとおり仮装経理が施され,各期の欠損状態を隠して多額の架空利益が計上されていたのであるから,本件取締役らは,これに気付き適切な修正を施すべきであったのに,各粉飾計算書類を漫然とそのまま承認した上,各期の定時株主総会の承認を得るべくこれらを議案として提出することに賛成し,各取締役会でその旨決議した(ただし,甲は死亡のため第45期の計算書類に関する取締役会のみの出席及び議案賛成である。以下,甲についてはこれと同様である。)。
イ違法配当事件(違法配当議案提出)
(ア)第46期ないし第48期については,前記のとおり配当可能利益がなかったのに,原告Aは,仮装経理によって架空計上された利益を基礎とする利益配当を行う旨の議案を,前記(1)ウのとおり開催された各取締役会の決議に基づいて,各定時株主総会に提出した。
(イ)原告B,同C,同D,同E,同F,同H及び丙らは上記各取締役会に出席して各違法配当議案を承認した上,各定時株主総会に提出することにそれぞれ賛成した。よって,これらの者も本件各違法配当議案を提出したものとみなされる。
(ウ)なお,仮に前記(1)ウの各日時に各取締役会が開催されていなかったとしても,更生会社においては,各定時株主総会の当日,取締役及び監査役全員の同意のもと,総会の開催直前に取締役会が開催された。
本件取締役らはこの取締役会に出席して,当日の総会に提出する議案の内容について経理担当の取締役から説明を受け,その議案の内容を十分に承知した上で,これを株主総会に提出することについて賛成した。その後,原告Aによって各違法配当議案が各定時株主総会に提出された。
とすると,各違法配当議案の承認及び定時株主総会への提出に関する取締役会の決議があったといえる。これはその決議の過程が商法の規定に基づく適法なものでなくても同様である。
したがって,原告Aは上記各定時株主総会直前の取締役会決議に基づいて各違法配当議案を提出したものといえ,また,上記決議に賛成したその他の取締役も上記議案を提出したことになるから,いずれも商法266条1項1号の責任を負う。
ウ取締役のその他の責任事由
(ア)法令違反(決算手続の違反)
仮に取締役会を開催して計算書類の承認をしていない場合には,それ自体が法令(商法281条1項)違反であり,同法266条1項5号に基づき本件取締役らに責任が生じる。
(イ)法令違反(取締役の監視義務違反)
仮に各取締役会に本件取締役らの一部が欠席していたとしても,各取締役は相互にその業務の執行について監視する義務がある。にもかかわらず,欠席取締役はこれを尽くさず,出席取締役の前記任務懈怠等を漫然と放置していた。
よって,欠席した取締役には,商法266条1項5号に基づき責任が生じる。
エ監査役の任務懈怠
原告Gは,その監査役としての任務を怠り,第45期ないし第47期の決算承認について,各定時株主総会において,各計算書類(第46期及び第47期においては各違法配当議案も含む。)がいずれも適法でかつ正確である旨を報告した(以下,原告Gについて第48期の計算書類を除くこと上記と同様である。)。
(4) 因果関係(過大納税事件について)
第45期ないし第47期について,各定時株主総会は,本件取締役らの前記善管注意義務違反行為又は忠実義務違反行為及び原告Gの上記任務懈怠行為によって提出された各粉飾計算書類について,これを承認する決議をし,その結果,更生会社は前記の税金を納付した。
5 抗弁に対する認否(原告ら)
(1) 抗弁事実(1)ア,イ,エは認める。
抗弁事実(1)ウは,第45期についての決算承認取締役会が主張の日時に開催されたことを除き否認する。
なお,原告Gは,監査役の兼任禁止に反して使用人の地位のまま監査役に選任されており,その選任は無効である,あるいは監査役選任後に再び使用人となった時点で当然に監査役の地位を失っている,したがって,原告Gは更生会社の監査役の地位になかったので監査役としての責任も生じない旨を予備的に主張する。
(2) 抗弁事実(2)は,各期について,各計算書類が黒字決算を内容とするものであったこと,上記各計算書類が各定時株主総会に提出され,そこで承認されたこと,更生会社が各期において税金を納めたこと及び株主に利益配当を行ったことは認め,その余は不知ないし否認する。被告主張の仮装経理はない。
ア運送事業収入の水増し計上
bとの取引は,輸送先の変更等が頻繁に生じるため,いったん計上した運送収入の金額を後日修正せざるを得ない。このような事情から,営業収入の計上額と現実の入金額とが一致しないことがあるのであって,誤差には正当な理由があり,これを意図的な利益操作ということはできない。第47期,第48期に運送収入を取消修正しているように,誤差が判明したものから順次修正しているのである。
また,bが運送代金を全額支払済みであるという前提自体がおかしく,bが毎年発行していた残高証明書によれば,更生会社はbに対する未収運送代金債権を有しているはずである。
被告の主張は,各期ごとの収入計上額と入金額との差額をみて,入金額に不足額を生じている第45期,第46期は売上げの架空計上がなされているというものである。
しかしながら,仮に,毎月1億円の売上げがあって売上げから2か月遅れで入金がある場合(このようなことは日常的にある。),1年目の売上げは12億円であるのに現実の入金額は10億円である。
この場合,毎月の売上額が前年と同一であれば売上額と入金額は一致するが,売上げが伸びた場合には入金額が不足するし,売上げが減少した場合には入金額が過大になる。そして,いずれの場合も,税務申告上の収入としては,現実の入金額ではなくて売上げとして計上された金額しか許されない。
本件でも,被告の主張する各期の収入計上額と現実の入金額との差額の推移をみると,前期に対して売上げが増加した年には現実の入金額に不足額が生じ,逆に前期より売上げが減少した年には現実の入金額に過剰額が生じている。
そうであれば,単に現実の入金額と差額が生じているだけで仮装経理とはいえない。それでも仮装というのであれば,具体的に,どの売上げが仮装なのか,どの入金が仮装なのかを主張,立証すべきである。
イ子会社を利用した利益の捻出
cは,更生会社とはあくまで別会社であり,独自に店舗,従業員,運送車両等の人的・物的設備を備え,その営業実体を有していた。
cが多額の累積損失を計上して,これに対する債権回収ができないのであれば,更生会社としては貸し倒れ処理をすれば足りる問題である。企業グループ全体の経営状況と,個々の会社における財産状況とは全く別問題であって,cが系列企業であるからといって,その損失を更生会社の損失と同視することはできない。よって,粉飾が問題となるものではない。
なお,更生会社のcに対する債権回収の観点から,cが立ち行かなくなった時点で,更正会社の経理上の処理をすべきであったとはいえる。
しかし,cが立ち行かなくなったのは,早くてもバブル崩壊による景気低迷時期以降というべきであり,更生会社の決算期でいえば第48期以降である。
したがって,第45期から第47期の各期について,cに対する貸付残高相当額の粉飾決算があったとはいえない。
ウ土地の仮装売買による売上金計上
加西土地の売買は現実に行われたのであって,売買代金のうち,10億円が銀行振込で入金され,12億5000万円が約束手形で支払われた。その後,三菱系の自動車ディーラーに転売される予定であった。
なお,約束手形が決済されないままになっていたのは,土地の引渡しを予定して,加西土地への進入道路の拡幅工事を行っていたため,国土利用計画法に基づく届出が遅れたからであり,合理的な事情がある。
エ貯蔵品(洗剤)の仮装売買による売却益計上
洗剤の売却はいずれも現実の取引であり,各相手会社からは残高証明書の発行も受けている。
また,売却益が大きいのは,アメリカからの薬品輸入会社が倒産したため,更生会社は極めて低額で本件洗剤を入手できたこと,更生会社が建設したミルクタンクの洗浄施設の使用料が売却代金に含まれていることなどの事情があるためである。
(3) 抗弁事実(3)アないしウは,否認ないし争う。原告らに善管注意義務違反又は忠実義務違反はない(原告G以外)。
抗弁事実(3)エは,原告Gに任務懈怠があるとの点を除き認める(原告G)。
(4) 抗弁事実(4)は,否認する。
6 再抗弁(故意及び過失の不存在等)
(1) 過大納税事件
ア原告B
更生会社は規模の大きな中堅企業であり,業務の範囲も多岐にわたっており,各取締役はそれぞれ専任の業務を担当していたのであって,その担当業務以外のことについて知ることは不可能であった。
そして,経理・税金等は原告Bの担当業務外であって,その内容を知りうる立場にもなく,全く関知していない。実際,経理等は原告Bの職場からはかなり離れた豊岡市の本社で行われており,経理等に関する情報を入手することは困難であった。
なお,第46期ないし第48期において,被告主張の日に取締役会は開かれていない。
もっとも,各定時株主総会の当日,総会直前に取締役会が開催され,当日提出予定の計算書類等について経理担当の取締役Cや経理担当の職員から報告,説明を受けたが,その際,特に不合理な点がない限り,正当な処理がなされていると信じるほかはない。
イ原告C
経理担当の取締役ではあったが,bとの取引については,原告Aの直轄であり,全く関与していなかった。その上,監査法人から何らの指摘もなかったので,適正な処理がなされていると認識していた。
また,いかに更生会社の取締役とはいえ,子会社でもない単なる関連会社であるcについて,その業務内容や会計内容まで監視する義務はない。
ウ原告D及び同E
更生会社は社員が約2000人,売上高も200億円余りの規模を有していた上,代表取締役以外は各取締役とも自己の担当部門を有しており,それに専念することで精一杯の状況であった。
原告D及び同Eも営業部門を中心に担当しており,被告の主張するような経理の問題について関与することはなかった。特にb関係の業務は原告Aが直轄しており,売上げ等の経理処理について問題点を指摘することは事実上不可能であった。
なお,原告Dはcについては名義上の取締役であり,実質的には何ら関与していない。
エ丙相続人原告ら
粉飾の基礎となる事実について何ら認識しておらず,認識しうる立場にもなかった。しかも監査役や公認会計士の判断を信頼していたのであるから,何ら過失はない。
オ原告F
b関係は原告Aの直轄であったし,その他の仮装経理とされる点についてもその基礎となるような重要な事実を知る機会がなかった。そうである以上,それらを是正することも不可能である。
自己の担当業務を真摯に行い,経理担当取締役や公認会計士を信頼していたし,それらの処理に特段不審な点もなかった。
よって過失はない。
カ原告H
仮に仮装経理があったとしても,原告Hが相当の注意義務を尽くしても到底発見しえない内容であり,結果回避可能性がない。
キ甲相続人原告ら
取締役の地位にはあったが,実情は非常勤の取締役であって,相談役にすぎず,したがって,第45期について,仮装経理の事実は知らなかったし,知りうる余地もなかった。
ク原告G
監査法人の意見を疑うべき特段の情報には何ら接しておらず,そのような情報を入手することのできる状況にもなかった。
そもそも監査能力を期待して監査役にされたのではないから,監査法人でさえ見抜けない粉飾を原告Gが発見できるはずがない。
(2) 違法配当事件
ア過失責任(商法266条1項1号)
商法266条1項1号に基づく責任は,過失責任と解するべきである。
今日のような巨大複雑な機構を有する株式会社の経理にあって,粉飾決算について賛成したすべての取締役に無過失責任を負わせることは,過酷であり,およそ非現実的である。取締役には,会社経営上高度の知識や判断が要求されているわけではなく,しかも,企業会計は高度に専門化され複雑なものになっているため,取締役としては会計担当者の作成した計算書類に相当程度依存せざるを得ない立場にあるからである。
また,同法266条5項は,本号の責任も免除することを可能にしており,これは本号の責任が資本充実責任に基づくものでないことを示している。
イ故意及び過失の不存在
上記(1)と同様である。
(3) 時効消滅
仮に仮装経理があったとしても,第45期分の過大納税による損害については,商法所定の5年の消滅時効が完成しているので,これを援用する。
7 再抗弁に対する認否
(1) 再抗弁事実(1)は否認する。
(2) 再抗弁事実(2)イは否認する。
理由
1 主たる争点
請求原因事実(1)(2)は当事者間に争いがなく,また抗弁事実(1)(2)のうち,各期の各計算書類が黒字決算を内容とするものであったこと,上記各計算書類が各定時株主総会に提出され,そこで承認されたこと,更生会社が各期において税金を納めたこと及び株主に利益配当を行ったこと,第45期の決算取締役会が昭和63年5月23日に開催されたこと,原告Gが第45期ないし第47期に関する定時株主総会で各計算書類が適法かつ正確であると報告したことは,いずれも当事者間に争いがない。
よって,本件の主な争点は,更生会社の第45期ないし第48期の各営業年度において仮装経理がなされたかどうか,仮装経理があったとして原告らに責任があるかである。
2 仮装経理の有無
(1) 更生会社の経営状況等
当事者間に争いのない事実と,証拠(乙89,101,原告A)及び弁論の全趣旨を総合すれば,更生会社は,昭和18年6月1日に設立され,貨物自動車運送事業等を行っていた株式会社であったこと,原告Aは,昭和59年6月に代表取締役に就任したが,既にその就任前から事業拡大に伴って収益率が低下するなど,更生会社の財務状況は悪化していたこと,特に事業拡大の資金のほとんどを借入金に依存せざるを得なかったために多額の金利負担に悩まされていたこと,原告Aはこのような状況の下,更生会社を建て直すべく努力していたが,昭和60年のj株式会社の倒産などをきっかけに,財務状況は一層厳しいものになっていたこと,が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
(2) 運送事業収入の水増し計上
本件全証拠によっても,運送事業収入の水増しによる架空計上があったとまでは認められない。
すなわち,被告は,bとの運送取引について,各期ごとの運送収入計上額に比べてbからの現実の入金額が不足している,bからの回答によれば更生会社のbに対する未収入金はゼロである,更生会社の調査委員(公認会計士)が原告Aから事情聴取を行わなかったのは同人が刑事事件で連日のように警察から事情聴取を受けていたからであるし,経理部長Jや経理部員Kからは何回も事情聴取している,Kの覚書によると更生会社の収入計上額には水増しがあることになるが,同人は,上記覚書の内容は正確ではないにしても,そう大きくは誤っていないと供述していることなどを根拠に,b関係の運送事業収入について水増しがあるとした調査委員の判断は正当である旨主張する。
しかしながら,一般の商取引において,売上げから入金まではある程度の期間が空くのが普通であることなどを考えると,直ちに現実の入金額を本来のあるべき収入計上額と同視することはできないから,更生会社の計上した収入計上額と現実の入金額とが一致しないことのみをもってその差額が架空であるとまでは認められない(現に,本件においても,乙14によれば,おおむね,その前の期に比べ収入計上額が増加した期には現実の入金額に不足額が生じ,逆にその前の期より収入計上額が減少した年には現実の入金額に過剰額が生じていること,このことは毎月ごとの変化でみればより顕著な傾向であることが認められる。)。
そして,証拠(乙47の1,原告A,同C)及び弁論の全趣旨によると,bとの取引においては,各地における需給の変化に応じて配送商品である牛乳の値段が日々刻々変わるため,運送途中でトラックの行き先が変わることは日常茶飯事であったから,恒常的に,当初予定していた運賃と実際の運賃との間に齟齬が生じていたことが認められるのであって,これが収入計上額と入金額とに差が生じる原因になっていたといえる。
また,取引の継続している企業間において,未収入金が一切ないということも不自然であって,本件でも更生会社のbに対する未収入金がゼロであるということの合理的裏付けはない。
なお,bとの取引は原告A以外にその内容を把握している者はいなかった(原告A,同C及び弁論の全趣旨)ことからすれば,調査委員としては,原告Aから事情聴取を行わなければ実体解明は困難であったことも明らかである。
以上の点に照らせば,更生会社のb関係の運送事業収入につき,架空計上があったとまでは認められないといわざるを得ない。
(3) 子会社を利用した利益の捻出
ア証拠(甲12,乙17,18,21,22,48の1及び2,112,証人M,同N,原告A,同C)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
(ア)c運輸有限会社
昭和60年9月,原告Aは,有限会社k(更生会社が昭和56年に買収した関東地区の会社で,買収後は小型トラック2台で零細な運送業を行っていた。)の代表取締役に就任し,社名をc有限会社と変更して,関東地区での急便事業を行う会社として経営し始めた。同社の資本金は60万円で,原告Aが出資口数の100%を保有していた。
急便事業の立ち上げに伴い,cは独自に従業員約100人を採用し(これには更生会社を退職して移籍した者も含まれる。),店舗(江戸川,西東京,西多摩,千葉,千葉中央,大宮,豊川,一宮など)を設置して営業を始めた。もっとも,cは資金力に乏しかったため,上記店舗は,千葉中央などの1,2カ所を除き更生会社の各事業所を併用させてもらい,トラックも更生会社から99台を賃借りするなどして経費を抑えるようにした。そして,cには経理処理が可能な体制がなかったことから,更生会社がcの経理作業も行っていた(なお,原告Aは,cはすべて独自に店舗を設置したとも供述するが,前掲各証拠によると,cは少なくとも平成元年3月ころまでは各店舗で更生会社のトラックを使用して業務を行っていたこと,平成元年3月31日の段階でcの差入れ保証金は900万円に満たない金額であったことが認められ,賃借りしている店舗数に比してその保証金が少額にすぎ,上記供述はそのままには信用できない。)。
ところが,cの経営は不調であったため,人件費,傭車代,ガソリン代などの諸経費について,cの利益でまかなえない部分を更生会社に肩代わりしてもらうなど,同社から継続的な支援を受けるようになった(この肩代わりは,更生会社では「未収入金」として扱われ,cでは更生会社からの「借入金」として処理された。)。その借入額,損失額等は以下のとおり年々増加していった。
昭和62年3月期(更生会社の第44期に対応)
更生会社からの借入金 2億1673万7135円
cの当期損失 1億1887万8851円
cの当期未処理損失 1億2297万2613円
昭和63年3月期(更生会社の第45期に対応)
更生会社からの借入金 5億8169万8721円
cの当期損失 3億0664万2106円
cの当期未処理損失 4億2701万4719円
平成元年3月期(更生会社の第46期に対応)
更生会社からの借入金 9億4099万7504円
cの当期営業収入 8億1142万5103円
cの当期損失 4億1594万8997円
cの当期未処理損失 8億4556万3716円
原告Aは,平成元年2月ころ,cの平成元年3月期の決算内容からみて,cを今後も維持していくことは困難であると判断し,同年3月ころまでにcの業務を事実上停止して,大宮,千葉中央の2店舗を廃止し,cで採用した従業員を全員解雇し,大宮,千葉中央以外の店舗については元のとおりもっぱら更生会社の事業所として使用するようになった。その後のcの借入額,損失額及び営業収入額の状況は以下のとおりであった。
平成2年3月期(更生会社の第47期に対応)
更生会社からの借入金 9億0421万1839円
cの当期営業収入 0円
cの当期損失 5191万6196円
cの当期未処理損失 8億9747万9912円
(イ)更生会社での会計処理
第45期ないし第47期において,cに対する未収入金は資産として会計処理された。なお,上記各期において更生会社の会計監査を行った公認会計士らは,cは更生会社の子会社ではなかったことから,これを債権回収の問題であるとして,cに対する未収入金の早期回収や貸し倒れ処理等を要請するなどしていたが,これは経営上の判断とも関係することから,不適正意見を表明するまでには至らなかった。
イ検討
上記認定事実のとおり,cは,更生会社とは別個に従業員を採用し,1,2カ所とはいえ独自の店舗も有していたほか,更生会社から借りたトラックについても賃料を支払って利用するなど,更生会社とは別個独立した営業活動をしていたものというべきである。このように,cは更生会社とは実質的にも別会社であったから,その会計処理は更生会社から独立して行われるべきであって,cに生じた損失を直ちに更生会社の損失として扱うことはできないといわねばならない。よって,cの損失がすなわち更生会社の損失であることを前提とする被告の主張は,その前提を欠き,採用できない。
もっとも,更生会社の会計処理として,cに対する未収入金をいかに扱うべきかはまた別の問題であり,経済的価値のない債権を資産として計上したり,貸倒引当金を計上しないことが粉飾に当たる場合もあり得る。
そして,本件において,第45期及び第46期は,上記未収入金が5億円から9億円を超える額であって,cの財務状況等に照らすと,その回収の見込みが薄くなりつつある状況にあったとはいえるが,当該各期の時点においては,未だcの事業が立ち上がって間もなかったこと,急便事業それ自体は冒険的な事業ではなかったことなどから,未収入金の回収が著しく困難ないし不能であったと直ちには認められず,これを資産として計上していたことをもって粉飾決算であるとまではいえない。また,貸倒引当金についても,取立不能の虞があったとは直ちには認められず,同様である。
他方,上記に認定したとおり,cは平成2年3月期にその業務を停止し,営業収入も皆無となったのであるから,現時点でみれば,少なくとも第47期の決算においては,前記未収入金は回収不能として資産に計上しないのが適切であったといえる。
しかしながら,これは今でこそそのようにいえるのであって,第47期の当時はバブル経済の崩壊前であったことに照らすと,当時の判断として資産に計上していたことをもって粉飾決算であるとまではいえない。貸倒引当金についても同様である。
以上のとおりであるから,更生会社がcを利用して利益を捻出していたとまではいえない。
(4) 土地の仮装売買による売上金計上
ア証拠(乙3,24ないし28,48の3,51ないし72,87ないし97,100ないし104)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
(ア)d株式会社
dは,古くから兵庫県の但馬地方で土建業を営み,不動産取引業者としての資格も有していた株式会社であるが,平成2年ころ,経営状況が悪化して倒産寸前の状況になっていた。そこで,dのメインバンクが中心となってその再建を図り,当時,更生会社の代表取締役として信用を得ていた原告Aもこれに協力することとなって,平成2年10月,dの代表取締役に就任した(平成4年9月に代表者を退任,同時に取締役も辞任。)。
もっとも,原告Aはほとんどdの経営には関与せず,実際の経営は専務のPに任せられていた。
このころのdの年商は10億円にも満たない規模であった。
(イ)加西土地の売買の経過
平成2,3年ころ,更生会社は販売に供するための多数の土地(商品土地)を有していた。加西土地もそのうちのひとつであった。
更生会社は,平成2年4月16日,加西土地を代金22億2319万円で大阪のm株式会社に売却する契約を締結していたが,同社の資金繰りがつかず,代金の一部しか支払いがなかったため,同年8月に上記契約を解約した。これに伴って,会計上も,いったん計上していた利益を抹消し,平成2年8月31日付けで約16億円の損金を計上した。この利益の抹消により当該営業年度(第48期)の収益状況が悪化し,そのままでは第48期は赤字決算となることが見込まれた。しかも赤字決算となれば,新たな融資を受けることが困難となって,資金調達を借入金に依存していた更生会社の経営は立ちゆかなくなることが予想された。
このころ,dのPは原告Aの承諾を得て,更生会社の商品土地の売却をdで仲介しようとその購入方を探していたところ,n株式会社から加西土地の購入の打診があった。もっとも,それもまだいくつかの購入申出のうちのひとつにすぎず,nが直ちに購入するというものではなく,確実性がある話ではなかった。この話は,原告Aも平康から聞き及んでいた。
平成3年1月ころ,原告Aは,どうしても第48期の赤字決算を避けたいと考え,当時,加西土地についてはnを含め各方面から多数の購入申出があったこともあって,いずれどこかに売却できるであろうと判断し,とりあえずの決算対策として,自分が代表取締役を務めるdに加西土地を売却したことにして利益を計上しておくことにした。
原告Aは,これをdのPに相談し,仲介ではなく,転売という形になるが,将来nへの転売できることになった場合には,必ず転売利益がでるようにするなどの条件で,その承諾を得て,加西土地の売買契約を締結することになった。
平成3年2月12日,dの取締役会で更生会社からの加西土地購入が承認可決され,同年3月15日,更生会社が,南但土木に対し,加西土地を代金22億5000万円で売却する旨の契約書が取り交わされた。なお,nからの購入の話は,この契約書作成後まもなくしてn側の事情で立ち消えとなった。
売買代金の支払いは,同年3月28日に10億円が入金され,3月29日に合計7億5000万円の約束手形が交付され,残金5億円については同年6月下旬の支払予定であったので未収入金とされた。
もっとも,上記の10億円は,更生会社が同年3月25日にo株式会社から運転資金として借り入れたものを,dからの入金として経理処理がされたものであった。また,いったん受け取っていた上記約束手形は,後にdへ返還された。
イ上記認定事実によると,更生会社とdとの間の加西土地の売買は仮装売買であったと認定するのが相当である。
原告らは,これが現実に行われた売買であると主張するが,平成3年当時,dは年商10億円にも満たず,むしろ原告Aらが再建に協力するなど,財務状況は悪化していたのであるから,借り入れの可能性も含め,加西土地購入のために22億5000万円も拠出する資力は全くなかったと認められるし,nへの転売も,転売の契約が締結されていたわけでもなく,未だ購入の打診という段階で不確実な状況であったのであるから,dに転売代金によって更生会社へ上記代金を支払えるとの見込みもほとんどなかったというべきである。このような状況で,dが22億5000万円もの加西土地を購入するということは極めて不自然というほかないのであって,dとの売買契約は,前記認定のとおり,いずれどこかに売れるであろうから,とりあえずdに売ったことにしておくといった以上のものではないといえる。
以上のとおりであって,更生会社は,第48期において,上記加西土地の架空売買により22億5000万円の商品の売上げを得たとして,この額から土地の原価5億3557万5000円を差し引いた17億1442万5000円を利益として過大に計上したものである。
ウそして,証拠(乙10,11,49の1ないし3,89,96,100)及び弁論の全趣旨によると,更生会社が第48期の未処分利益として計上した額は1億9633万円であったこと,貯蔵品の売買による売却益は5億4064万7000円であったこと,第48期の利益配当額は合計4967万2675円であったことがそれぞれ認められる。
とすると,第48期の損益計算は,加西土地の売買が仮装であったことによる修正のみでも,17億1442万5000円の減収となり,その時点で,15億1809万5000円の未処分損失が生じることになる。
以上によれば,5億4064万7000円の洗剤の売買が仮装か否かを判断するまでもなく,第48期においては,配当可能利益がなかったということになり,合計4967万2675円の違法配当がなされたことになる(なお,付言するに,証拠(乙29ないし35,37ないし46,73ないし84,96,98ないし100,103及び原告Aの一部)によると,本件洗剤売買についても,粉飾決算に当たると認めるのが相当であって,同認定を覆すに足りる証拠はない。)。
(5) 小括
以上のとおり,運送事業収入の水増し計上,子会社を利用した利益の捻出については認められないから,第45期ないし第47期については粉飾決算があったとはいえず,更生会社について粉飾決算が認められるのは,土地の仮装売買による売上金計上などがされた第48期についてのみということになる。
3 違法配当の責任
(1) 当事者間に争いのない事実,証拠(甲エ10,乙10,11,49の1ないし3,原告A,同B,同D,同E,丙)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
平成3年6月27日,更生会社の第48期の決算承認のため,定時株主総会が開催された。本件取締役ら(ただし,甲を除く。)及び監査役(訴外Q及び同R)らは,上記総会の当日,その開催直前に全員で集まって取締役会を開催した。ここでは,当日の総会に提出される計算書類(以下のような違法配当議案を含む。)の内容について,経理担当の取締役であった原告Cから報告,説明を受けた。
第48期利益処分案(要約)
当期未処分利益 1億9633万0465円
利益処分(配当金) 5000万円
次期繰越金 2766万9965円
本件取締役ら(ただし,甲を除く。)は上記違法配当議案を含めた計算書類を定時株主総会に提出することに何ら異議を述べず,そのまま承認し,原告Aは上記違法配当議案を定時株主総会に提出した。
上記違法配当議案は総会で承認され,この承認決議に基づき,後日,合計4967万2675円が実際に配当された(株主に利益配当がなされたことは当事者間に争いがなく,乙49の1ないし3によれば,第48期の現実の配当額は,上記金額であることが認められる。)。
(2) 商法266条1項1号は,取締役が違法配当議案を総会に提出し,これによって違法な配当がなされた場合には,当該議案を提出した取締役は当該配当額を会社に弁済する責任があるとするが,同条2項によれば,上記提出が取締役会の決議に基づくときは,当該決議に賛成した取締役も当該議案の提出をしたものとみなされることになる。
そして,同条1項1号の趣旨は,取締役の強大な権限に対応してその責任も強化することによって,資本充実責任を全うさせようとするところにあるのであって,違法配当議案を提出した取締役は過失があったかどうかを問わず,同条項に基づく責任を負うと解するのが相当である。そうであれば,決議に賛成した取締役についても,同様に,過失の有無を問わずその責任が問われることになる。
本件においては,原告Aは代表取締役として第48期についての定時株主総会に前記違法配当議案を提出していることから,同条1項1号に基づく4967万2675円の弁済責任を負うというべきである。
また,原告A以外の本件取締役ら(ただし,甲を除く。)も,総会直前に適法に開催された取締役会において,前記違法配当議案を承認し,その提出に何ら異議を述べていないのであるから,その承認及び提出を決議したというべきであり,原告Aと同様の責任を負うというべきである。そして,上記取締役らはそれぞれ更生会社に対し連帯して責任を負う。
4 結論
以上のとおりであって,本件査定決定は,違法配当事件において,原告ら(ただし,甲相続人原告ら及び原告Gを除く。)に対し,第48期について連帯して4967万2675円の弁済を求める限度で正当であるから,主文のとおり判決する。
神戸地方裁判所第1民事部
裁判長裁判官 古川行男
裁判官 西村欣也
裁判官 竹村昭彦
平成13年9月25日 平成8年(ワ)第776号 損害賠償請求権査定決定に対する異議事件
主文
1 原告らと被告間の神戸地方裁判所平成5年(モ)第1738号損害賠償請求権査定申立事件について,神戸地方裁判所が平成8年3月22日に告知した査定はこれを取り消す。
上記事件について,被告の原告らに対する各請求権は存在しないことを確認する。
2(1) 原告ら(ただし甲の相続人らを除く。)と被告間の神戸地方裁判所平成5年(モ)第1739号損害賠償請求権査定申立事件について,神戸地方裁判所が平成8年3月22日に告知した査定のうち,第46期及び第47期についての査定を取り消す。
上記第46期及び第47期について,被告の原告ら(ただし甲の相続人らを除く。)に対する各請求権は存在しないことを確認する。
(2) 原告ら(ただし甲の相続人らを除く。)と被告間の神戸地方裁判所平成5年(モ)第1739号損害賠償請求権査定申立事件について,神戸地方裁判所が平成8年3月22日に告知した査定のうち,第48期についての査定を次のとおり変更する。
原告ら(ただし甲の相続人ら及びGを除く。)が更生会社a株式会社に対して連帯して負担すべき第48期分の違法配当による損害賠償額を4967万2675円及びこれに対する平成4年12月24日から支払済みまで年5分の割合による金員と査定する(ただし,原告丙1は2483万6337円を,同丙2,同丙3,同丙4は各827万8779円を,いずれも相続財産の限度で支払い義務を負う。)。
上記第1739号事件の申立費用はこれを3分し,その1を原告ら(ただし甲の相続人ら及びGを除く。)の負担とし,その余を被告の負担とする。
上記第48期について,原告ら(ただし甲の相続人ら及びGを除く。)のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを20分し,その1を原告ら(ただし甲の相続人ら及びGを除く。)の負担とし,その余を被告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 原告らと被告間の神戸地方裁判所平成5年(モ)第1738号損害賠償請求権査定申立事件,同第1739号損害賠償請求権査定申立事件について,神戸地方裁判所が平成8年3月22日に告知した各査定決定はこれを取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告らの請求を棄却する。
(2) 原告らと被告間の当庁平成5年(モ)第1738号損害賠償請求権査定申立事件,同第1739号損害賠償請求権査定申立事件について,当裁判所が平成8年3月22日に告知した各査定決定を認可する。
(3) 訴訟費用は原告らの負担とする。
第2 当事者の主張
1 事案の骨子
本件は,原告らが,仮装経理に基づく税金納付及び違法配当により更生会社a株式会社(以下,「更生会社」という。)に損害を与えたとして,会社更生法72条1項1号に基づきなされた損害賠償請求権査定の決定の取消を求める訴訟である(なお,以下,「原告ら」というときには,被相続人である死亡した取締役本人を含めて総称することもある。)。
被告の主張は,更正会社の第45期から第48期の各営業年度において,決算が仮装経理により粉飾された結果,第45期ないし第47期の各営業年度につき,過大申告したことによる納付税金相当額の損害を更正会社が受けたとして,また,第46期ないし第48期の各営業年度につき,違法配当相当額の損害を更正会社が受けたとして,その損害の賠償を求めている。
これに対し,原告らは,仮装経理であることを争い,また仮にそうであっても,取締役又は監査役としての任務懈怠はなく,故意又は過失もないと主張している。
被告が,本件において,更正会社の決算が仮装経理により粉飾されたと主張する内容は,次の4点である。
(1) 運送事業収入の水増し計上(第45期,第46期)
(2) 子会社を利用した利益の捻出(第45期ないし第47期)
(3) 土地の仮装売買による売上金計上(第48期)
(4) 貯蔵品(洗剤)の仮装売買による売却益計上(第48期)
2 請求原因
(1) 平成4年12月24日,神戸地方裁判所において,更生会社について更正手続の開始決定がなされた(神戸地方裁判所平成4年(ミ)第1号事件)。
被告は,更生会社の管財人である。
(2) 平成8年3月22日,神戸地方裁判所は,平成5年(モ)第1738号損害賠償請求権査定申立事件(以下,「過大納税事件」という。)及び第1739号損害賠償請求権査定申立事件(以下,「違法配当事件」という。)として,更生会社の,原告らに対する取締役又は監査役の責任に基づく損害賠償請求権につき,次のとおり各査定決定をした(なお,同査定決定当時は,原告丙1,同丙2,同丙3,同丙4らの被相続人丙は死亡していなかった。)。
ア過大納税事件
(ア)a原告らの更生会社に対して連帯して負担すべき第45期分の仮装経理に基づく納付税金額相当損害金の額を金2億3981万8340円(ただし甲1においては1億1990万9170円,甲2,甲3及び甲4においては各3996万9723円。)及び
b原告ら(ただし甲1,甲2,甲3及び甲4を除く。)が更生会社に対して連帯して負担すべき第46期分の仮装経理に基づく納付税金額相当損害金の額を金2億3470万3240円及び
c原告ら(ただし甲1,甲2,甲3及び甲4を除く。)が更生会社に対して連帯して負担すべき第47期分の仮装経理に基づく納付税金額相当損害金の額を金3億3449万4350円及び
それぞれ上記に対する平成4年12月24日から支払済みまで年5分の割合による金員と査定する。
(イ)申立費用は原告らの負担とする。
イ違法配当事件
(ア)a原告らが更生会社に対して連帯して負担すべき第46期分の違法配当による損害賠償額を金5000万円及び
b原告らが更生会社に対して連帯して負担すべき第47期分の違法配当による損害賠償額を金4000万円及び
c原告ら(ただしGを除く。)が更生会社に対して連帯して負担すべき第48期分の違法配当による損害賠償額を金5000万及び
それぞれ上記に対する平成4年12月24日から支払済みまで年5分の割合による金員と査定する。
(イ)申立費用は被申立人らの負担とする。
(3) しかしながら,原告らにはいずれも損害賠償の責任原因がなく,被告の原告らに対する上記損害賠償請求権はいずれも存在しないものであるから,原告らは,上記各査定決定に対し不服がある。
(4) よって,原告らは,原告らと被告間の当庁平成5年(モ)第1738号損害賠償請求権査定申立事件,同第1739号損害賠償請求権査定申立事件について,神戸地方裁判所が平成8年3月22日に告知した各査定決定の取消を求める。
3 請求原因に対する認否
請求原因事実(1)(2)は認める。
4 抗弁
(1) 当事者等
ア新日本運輸株式会社
更生会社は,運送等を業とする株式会社であったところ,同社については,請求原因(1)のとおり更正手続の開始決定がなされ,現在,被告がその管財人を務めている。
イ原告らの地位
更生会社の営業年度(第45期ないし第48期)の期間は以下のとおりであった。
第45期 昭和62年4月1日から昭和63年3月31日まで
第46期 昭和63年4月1日から平成元年3月31日まで
第47期 平成元年4月1日から平成2年3月31日まで
第48期 平成2年4月1日から平成3年3月31日まで
上記各営業年度において,Gは更生会社の代表取締役であり,原告B,同C,同D,同E,同F,同G及び丙(平成11年7月16日死亡),甲(平成元年3月3日死亡)は,それぞれ更生会社の取締役であった(ただし,甲は第45期及び第46期のみであり,その死亡は第46期の期中である。)。また,乙は第45期ないし第47期の各営業年度において,更生会社の監査役であった(以下,原則として,本件取締役ら及び監査役乙については,G姓の者を除いて姓で略記する。)。
なお,原告丙1,同丙2,同丙3,同丙4は丙の相続人(ただし民法922条の限定相続人である。)であり,原告甲1,同甲2,同甲3,同甲4は甲の相続人である。
ウ取締役会の開催
更生会社においては,第45期ないし第48期の各計算書類を承認すること及びこれらを各定時株主総会に提出することを議案とする取締役会が,以下のとおり開催された。
第45期について 昭和63年5月23日
第46期について 平成元年5月20日
第47期について 平成2年5月19日
第48期について 平成3年5月20日
エ定時株主総会の開催
更生会社では,上記各期に関する各計算書類の承認を得るため,次のとおり定時株主総会が開催された。
第45期について 昭和63年6月29日
第46期について 平成元年6月29日
第47期について 平成2年6月28日
第48期について 平成3年6月27日
(2) 仮装経理による損害の発生
ア過大納税事件
第45期ないし第47期について,各定時株主総会に提出された上記の各計算書類は,いずれも黒字決算を内容とするものであった。
しかし,実質的には損益の状況は,各期とも税引き前で既に欠損状態であった。
したがって,更生会社は,各期において課税対象となる所得がなかったのであるから,所得に課される税金(法人税,法人臨時特別税,事業税,都道府県民税,市町村民税)(以下,「税金」という。)を納付する義務はなかった。
ところが,各定時株主総会に提出された各計算書類には仮装経理が施され,上記欠損状態を隠して多額の架空利益が計上されていた(その具体的内容は,「運送事業収入の水増し計上」(第45,46期)及び「子会社を利用した利益の捻出」(第45期ないし第47期)によるものであった。)。
更生会社の定時株主総会は,各期について,各粉飾計算書類を承認する決議を行い,その結果,更生会社は各期の決算内容に基づいて算定された次のとおりの金員を税金として納付し,これにより各納付税金額相当額の損害を被った。
第45期 2億3981万8340円
第46期 2億3470万3240円
第47期 3億3449万4350円
イ違法配当事件
第46期ないし第48期について,黒字決算であることを前提とする各利益処分案が各定時株主総会に提出された。
しかし,実質的には各期の損益の状況は,いずれも税引き前で既に欠損状態であった。
したがって,更生会社は,各期について商法290条1項に定める配当可能利益がなかったのであるから,株主に対して利益配当を行うことが法律上禁止される状況にあった。
ところが,各定時株主総会に提出された各計算書類には,仮装経理が施され,上記欠損状態を隠して多額の架空利益が計上されていた(その具体的内容は,第46期及び第47期の計算書類については,前記の過大納税事件と同様であり,第48期については「土地の仮装売買による売上金計上」,「貯蔵品(洗剤)の仮装売買による売却益計上」によるものであった。)。
更生会社の定時株主総会は,各期について,上記の各粉飾計算書類を承認する決議を行い,その結果,更生会社は次のとおりの金員を利益配当として株主に対し支払い,これにより各違法配当額相当額の損害を被った。
第46期 5000万円
第47期 4000万円
第48期 5000万円
ウ仮装経理の内容
(ア)運送事業収入の水増し計上
更生会社は,かねてから北海道で生産される牛乳の輸送業務をb協同組合連合会(以下,「b」という。)から引き受けていたところ,次のとおり,bからの運送収入の計上額と現実の入金額に不一致がある。
第45期
収入計上額 24億1291万6000円
入 金 額 20億9070万6000円
入金不足額 3億2221万0000円
第46期
収入計上額 31億5514万8000円
入 金 額 30億5942万4000円
入金不足額 9572万4000円
第47期
収入計上額 28億8070万5000円
入 金 額 28億9678万1000円
入金過剰額 1607万6000円(消費税含む)
第48期
収入計上額 29億6055万5000円
入 金 額 30億8674万0000円
入金過剰額 1億2618万5000円(消費税含む)
このうち第45期,第46期においては,bからの運送収入の計上額が現実の入金額を下回っており,更生会社においては,bからの運送事業収入を意図的に水増しして計上していたものである。
なお,実際の水増し計上額は,bに関する業務を直轄的に行っていた原告Aでさえ把握できておらず,不明のままであるが,既にbは更生会社に運送代金を全額支払済みであって,bが現実に入金した額が正しい運送収入であると考えられることから,被告が主張する水増し計上額は,現実の入金額を本来の運送代金額とみなして算定している。よって,必ずしも実際の水増し計上額と一致しない可能性があることは否定できないが,そう大きく齟齬があるわけではない。
(イ)子会社を利用した利益の捻出
更生会社は自ら関東地区の急便事業を展開するに当たり,その業務を事実上すべて更生会社が行っていたにもかかわらず,更生会社の100%子会社で,何ら独自の営業実体のないc有限会社(以下,「c」という。)を利用して,同会社が上記急便事業を担当する形を取っていた。
そして,急便事業によって発生した多額の損失を隠蔽するため,本来は更生会社の損失として処理すべき経費性の支出を,次のとおり,cに対する貸付金(資産勘定)として処理し,利益を計上した。
第45期
貸付金残高 5億8169万8721円
第46期
貸付金残高 9億4099万7504円
第47期
貸付金残高 9億0421万1839円
(ウ)土地の仮装売買による売上金計上
更生会社は,第48期の決算において,更生会社所有の土地16筆(兵庫県加西市所在。総面積7万3950.68㎡。以下,「加西土地」という。)をd株式会社に売却したとして,商品売上金22億5000万円を計上しているが,上記売買は仮装の取引であり,売買の事実はない。
実際,加西土地の売却に必要な国土利用計画法上の届出手続が一切されていない。
更生会社がdから銀行振込で支払いを受けたという10億円は,実際には更生会社がo株式会社から借り入れた資金を利用して,あたかもdから振込まれたかのように経理処理したものである。また,残額支払いに受け取ったという約束手形も決済されないままに返還されている。
(エ)貯蔵品(洗剤)の仮装売買による売却益計上
更生会社が,牛乳輸送に使用するミルクタンクを洗浄する洗剤を仕入れ,これを有限会社e,f株式会社,g株式会社,h株式会社の合計4社に対して売却したとして,第48期において,次のとおりその売却益を計上している。
eに対し 2億0173万3981円
(売却代金2億2200万円)
hに対し 1億4524万8466円
(売却代金1億5984万円)
gに対し 9683万2311円
(売却代金1億656万円)
fに対し 9683万2311円
(売却代金1億656万円)
しかし,e及びhは更生会社との洗剤の売買は仮装であることを認めていること,本件洗剤の代金額がその取得価格に比して極めて大きいこと(全体の粗利益率は98.73%に達する。),fとgは実体のないペーパーカンパニーであることなどからして,上記取引はいずれも架空のものである。
(3) 取締役ら及び監査役の責任
ア過大納税事件(善管注意義務違反又は忠実義務違反)
第45期ないし第47期についての各計算書類には,前記のとおり仮装経理が施され,各期の欠損状態を隠して多額の架空利益が計上されていたのであるから,本件取締役らは,これに気付き適切な修正を施すべきであったのに,各粉飾計算書類を漫然とそのまま承認した上,各期の定時株主総会の承認を得るべくこれらを議案として提出することに賛成し,各取締役会でその旨決議した(ただし,甲は死亡のため第45期の計算書類に関する取締役会のみの出席及び議案賛成である。以下,甲についてはこれと同様である。)。
イ違法配当事件(違法配当議案提出)
(ア)第46期ないし第48期については,前記のとおり配当可能利益がなかったのに,原告Aは,仮装経理によって架空計上された利益を基礎とする利益配当を行う旨の議案を,前記(1)ウのとおり開催された各取締役会の決議に基づいて,各定時株主総会に提出した。
(イ)原告B,同C,同D,同E,同F,同H及び丙らは上記各取締役会に出席して各違法配当議案を承認した上,各定時株主総会に提出することにそれぞれ賛成した。よって,これらの者も本件各違法配当議案を提出したものとみなされる。
(ウ)なお,仮に前記(1)ウの各日時に各取締役会が開催されていなかったとしても,更生会社においては,各定時株主総会の当日,取締役及び監査役全員の同意のもと,総会の開催直前に取締役会が開催された。
本件取締役らはこの取締役会に出席して,当日の総会に提出する議案の内容について経理担当の取締役から説明を受け,その議案の内容を十分に承知した上で,これを株主総会に提出することについて賛成した。その後,原告Aによって各違法配当議案が各定時株主総会に提出された。
とすると,各違法配当議案の承認及び定時株主総会への提出に関する取締役会の決議があったといえる。これはその決議の過程が商法の規定に基づく適法なものでなくても同様である。
したがって,原告Aは上記各定時株主総会直前の取締役会決議に基づいて各違法配当議案を提出したものといえ,また,上記決議に賛成したその他の取締役も上記議案を提出したことになるから,いずれも商法266条1項1号の責任を負う。
ウ取締役のその他の責任事由
(ア)法令違反(決算手続の違反)
仮に取締役会を開催して計算書類の承認をしていない場合には,それ自体が法令(商法281条1項)違反であり,同法266条1項5号に基づき本件取締役らに責任が生じる。
(イ)法令違反(取締役の監視義務違反)
仮に各取締役会に本件取締役らの一部が欠席していたとしても,各取締役は相互にその業務の執行について監視する義務がある。にもかかわらず,欠席取締役はこれを尽くさず,出席取締役の前記任務懈怠等を漫然と放置していた。
よって,欠席した取締役には,商法266条1項5号に基づき責任が生じる。
エ監査役の任務懈怠
原告Gは,その監査役としての任務を怠り,第45期ないし第47期の決算承認について,各定時株主総会において,各計算書類(第46期及び第47期においては各違法配当議案も含む。)がいずれも適法でかつ正確である旨を報告した(以下,原告Gについて第48期の計算書類を除くこと上記と同様である。)。
(4) 因果関係(過大納税事件について)
第45期ないし第47期について,各定時株主総会は,本件取締役らの前記善管注意義務違反行為又は忠実義務違反行為及び原告Gの上記任務懈怠行為によって提出された各粉飾計算書類について,これを承認する決議をし,その結果,更生会社は前記の税金を納付した。
5 抗弁に対する認否(原告ら)
(1) 抗弁事実(1)ア,イ,エは認める。
抗弁事実(1)ウは,第45期についての決算承認取締役会が主張の日時に開催されたことを除き否認する。
なお,原告Gは,監査役の兼任禁止に反して使用人の地位のまま監査役に選任されており,その選任は無効である,あるいは監査役選任後に再び使用人となった時点で当然に監査役の地位を失っている,したがって,原告Gは更生会社の監査役の地位になかったので監査役としての責任も生じない旨を予備的に主張する。
(2) 抗弁事実(2)は,各期について,各計算書類が黒字決算を内容とするものであったこと,上記各計算書類が各定時株主総会に提出され,そこで承認されたこと,更生会社が各期において税金を納めたこと及び株主に利益配当を行ったことは認め,その余は不知ないし否認する。被告主張の仮装経理はない。
ア運送事業収入の水増し計上
bとの取引は,輸送先の変更等が頻繁に生じるため,いったん計上した運送収入の金額を後日修正せざるを得ない。このような事情から,営業収入の計上額と現実の入金額とが一致しないことがあるのであって,誤差には正当な理由があり,これを意図的な利益操作ということはできない。第47期,第48期に運送収入を取消修正しているように,誤差が判明したものから順次修正しているのである。
また,bが運送代金を全額支払済みであるという前提自体がおかしく,bが毎年発行していた残高証明書によれば,更生会社はbに対する未収運送代金債権を有しているはずである。
被告の主張は,各期ごとの収入計上額と入金額との差額をみて,入金額に不足額を生じている第45期,第46期は売上げの架空計上がなされているというものである。
しかしながら,仮に,毎月1億円の売上げがあって売上げから2か月遅れで入金がある場合(このようなことは日常的にある。),1年目の売上げは12億円であるのに現実の入金額は10億円である。
この場合,毎月の売上額が前年と同一であれば売上額と入金額は一致するが,売上げが伸びた場合には入金額が不足するし,売上げが減少した場合には入金額が過大になる。そして,いずれの場合も,税務申告上の収入としては,現実の入金額ではなくて売上げとして計上された金額しか許されない。
本件でも,被告の主張する各期の収入計上額と現実の入金額との差額の推移をみると,前期に対して売上げが増加した年には現実の入金額に不足額が生じ,逆に前期より売上げが減少した年には現実の入金額に過剰額が生じている。
そうであれば,単に現実の入金額と差額が生じているだけで仮装経理とはいえない。それでも仮装というのであれば,具体的に,どの売上げが仮装なのか,どの入金が仮装なのかを主張,立証すべきである。
イ子会社を利用した利益の捻出
cは,更生会社とはあくまで別会社であり,独自に店舗,従業員,運送車両等の人的・物的設備を備え,その営業実体を有していた。
cが多額の累積損失を計上して,これに対する債権回収ができないのであれば,更生会社としては貸し倒れ処理をすれば足りる問題である。企業グループ全体の経営状況と,個々の会社における財産状況とは全く別問題であって,cが系列企業であるからといって,その損失を更生会社の損失と同視することはできない。よって,粉飾が問題となるものではない。
なお,更生会社のcに対する債権回収の観点から,cが立ち行かなくなった時点で,更正会社の経理上の処理をすべきであったとはいえる。
しかし,cが立ち行かなくなったのは,早くてもバブル崩壊による景気低迷時期以降というべきであり,更生会社の決算期でいえば第48期以降である。
したがって,第45期から第47期の各期について,cに対する貸付残高相当額の粉飾決算があったとはいえない。
ウ土地の仮装売買による売上金計上
加西土地の売買は現実に行われたのであって,売買代金のうち,10億円が銀行振込で入金され,12億5000万円が約束手形で支払われた。その後,三菱系の自動車ディーラーに転売される予定であった。
なお,約束手形が決済されないままになっていたのは,土地の引渡しを予定して,加西土地への進入道路の拡幅工事を行っていたため,国土利用計画法に基づく届出が遅れたからであり,合理的な事情がある。
エ貯蔵品(洗剤)の仮装売買による売却益計上
洗剤の売却はいずれも現実の取引であり,各相手会社からは残高証明書の発行も受けている。
また,売却益が大きいのは,アメリカからの薬品輸入会社が倒産したため,更生会社は極めて低額で本件洗剤を入手できたこと,更生会社が建設したミルクタンクの洗浄施設の使用料が売却代金に含まれていることなどの事情があるためである。
(3) 抗弁事実(3)アないしウは,否認ないし争う。原告らに善管注意義務違反又は忠実義務違反はない(原告G以外)。
抗弁事実(3)エは,原告Gに任務懈怠があるとの点を除き認める(原告G)。
(4) 抗弁事実(4)は,否認する。
6 再抗弁(故意及び過失の不存在等)
(1) 過大納税事件
ア原告B
更生会社は規模の大きな中堅企業であり,業務の範囲も多岐にわたっており,各取締役はそれぞれ専任の業務を担当していたのであって,その担当業務以外のことについて知ることは不可能であった。
そして,経理・税金等は原告Bの担当業務外であって,その内容を知りうる立場にもなく,全く関知していない。実際,経理等は原告Bの職場からはかなり離れた豊岡市の本社で行われており,経理等に関する情報を入手することは困難であった。
なお,第46期ないし第48期において,被告主張の日に取締役会は開かれていない。
もっとも,各定時株主総会の当日,総会直前に取締役会が開催され,当日提出予定の計算書類等について経理担当の取締役Cや経理担当の職員から報告,説明を受けたが,その際,特に不合理な点がない限り,正当な処理がなされていると信じるほかはない。
イ原告C
経理担当の取締役ではあったが,bとの取引については,原告Aの直轄であり,全く関与していなかった。その上,監査法人から何らの指摘もなかったので,適正な処理がなされていると認識していた。
また,いかに更生会社の取締役とはいえ,子会社でもない単なる関連会社であるcについて,その業務内容や会計内容まで監視する義務はない。
ウ原告D及び同E
更生会社は社員が約2000人,売上高も200億円余りの規模を有していた上,代表取締役以外は各取締役とも自己の担当部門を有しており,それに専念することで精一杯の状況であった。
原告D及び同Eも営業部門を中心に担当しており,被告の主張するような経理の問題について関与することはなかった。特にb関係の業務は原告Aが直轄しており,売上げ等の経理処理について問題点を指摘することは事実上不可能であった。
なお,原告Dはcについては名義上の取締役であり,実質的には何ら関与していない。
エ丙相続人原告ら
粉飾の基礎となる事実について何ら認識しておらず,認識しうる立場にもなかった。しかも監査役や公認会計士の判断を信頼していたのであるから,何ら過失はない。
オ原告F
b関係は原告Aの直轄であったし,その他の仮装経理とされる点についてもその基礎となるような重要な事実を知る機会がなかった。そうである以上,それらを是正することも不可能である。
自己の担当業務を真摯に行い,経理担当取締役や公認会計士を信頼していたし,それらの処理に特段不審な点もなかった。
よって過失はない。
カ原告H
仮に仮装経理があったとしても,原告Hが相当の注意義務を尽くしても到底発見しえない内容であり,結果回避可能性がない。
キ甲相続人原告ら
取締役の地位にはあったが,実情は非常勤の取締役であって,相談役にすぎず,したがって,第45期について,仮装経理の事実は知らなかったし,知りうる余地もなかった。
ク原告G
監査法人の意見を疑うべき特段の情報には何ら接しておらず,そのような情報を入手することのできる状況にもなかった。
そもそも監査能力を期待して監査役にされたのではないから,監査法人でさえ見抜けない粉飾を原告Gが発見できるはずがない。
(2) 違法配当事件
ア過失責任(商法266条1項1号)
商法266条1項1号に基づく責任は,過失責任と解するべきである。
今日のような巨大複雑な機構を有する株式会社の経理にあって,粉飾決算について賛成したすべての取締役に無過失責任を負わせることは,過酷であり,およそ非現実的である。取締役には,会社経営上高度の知識や判断が要求されているわけではなく,しかも,企業会計は高度に専門化され複雑なものになっているため,取締役としては会計担当者の作成した計算書類に相当程度依存せざるを得ない立場にあるからである。
また,同法266条5項は,本号の責任も免除することを可能にしており,これは本号の責任が資本充実責任に基づくものでないことを示している。
イ故意及び過失の不存在
上記(1)と同様である。
(3) 時効消滅
仮に仮装経理があったとしても,第45期分の過大納税による損害については,商法所定の5年の消滅時効が完成しているので,これを援用する。
7 再抗弁に対する認否
(1) 再抗弁事実(1)は否認する。
(2) 再抗弁事実(2)イは否認する。
理由
1 主たる争点
請求原因事実(1)(2)は当事者間に争いがなく,また抗弁事実(1)(2)のうち,各期の各計算書類が黒字決算を内容とするものであったこと,上記各計算書類が各定時株主総会に提出され,そこで承認されたこと,更生会社が各期において税金を納めたこと及び株主に利益配当を行ったこと,第45期の決算取締役会が昭和63年5月23日に開催されたこと,原告Gが第45期ないし第47期に関する定時株主総会で各計算書類が適法かつ正確であると報告したことは,いずれも当事者間に争いがない。
よって,本件の主な争点は,更生会社の第45期ないし第48期の各営業年度において仮装経理がなされたかどうか,仮装経理があったとして原告らに責任があるかである。
2 仮装経理の有無
(1) 更生会社の経営状況等
当事者間に争いのない事実と,証拠(乙89,101,原告A)及び弁論の全趣旨を総合すれば,更生会社は,昭和18年6月1日に設立され,貨物自動車運送事業等を行っていた株式会社であったこと,原告Aは,昭和59年6月に代表取締役に就任したが,既にその就任前から事業拡大に伴って収益率が低下するなど,更生会社の財務状況は悪化していたこと,特に事業拡大の資金のほとんどを借入金に依存せざるを得なかったために多額の金利負担に悩まされていたこと,原告Aはこのような状況の下,更生会社を建て直すべく努力していたが,昭和60年のj株式会社の倒産などをきっかけに,財務状況は一層厳しいものになっていたこと,が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
(2) 運送事業収入の水増し計上
本件全証拠によっても,運送事業収入の水増しによる架空計上があったとまでは認められない。
すなわち,被告は,bとの運送取引について,各期ごとの運送収入計上額に比べてbからの現実の入金額が不足している,bからの回答によれば更生会社のbに対する未収入金はゼロである,更生会社の調査委員(公認会計士)が原告Aから事情聴取を行わなかったのは同人が刑事事件で連日のように警察から事情聴取を受けていたからであるし,経理部長Jや経理部員Kからは何回も事情聴取している,Kの覚書によると更生会社の収入計上額には水増しがあることになるが,同人は,上記覚書の内容は正確ではないにしても,そう大きくは誤っていないと供述していることなどを根拠に,b関係の運送事業収入について水増しがあるとした調査委員の判断は正当である旨主張する。
しかしながら,一般の商取引において,売上げから入金まではある程度の期間が空くのが普通であることなどを考えると,直ちに現実の入金額を本来のあるべき収入計上額と同視することはできないから,更生会社の計上した収入計上額と現実の入金額とが一致しないことのみをもってその差額が架空であるとまでは認められない(現に,本件においても,乙14によれば,おおむね,その前の期に比べ収入計上額が増加した期には現実の入金額に不足額が生じ,逆にその前の期より収入計上額が減少した年には現実の入金額に過剰額が生じていること,このことは毎月ごとの変化でみればより顕著な傾向であることが認められる。)。
そして,証拠(乙47の1,原告A,同C)及び弁論の全趣旨によると,bとの取引においては,各地における需給の変化に応じて配送商品である牛乳の値段が日々刻々変わるため,運送途中でトラックの行き先が変わることは日常茶飯事であったから,恒常的に,当初予定していた運賃と実際の運賃との間に齟齬が生じていたことが認められるのであって,これが収入計上額と入金額とに差が生じる原因になっていたといえる。
また,取引の継続している企業間において,未収入金が一切ないということも不自然であって,本件でも更生会社のbに対する未収入金がゼロであるということの合理的裏付けはない。
なお,bとの取引は原告A以外にその内容を把握している者はいなかった(原告A,同C及び弁論の全趣旨)ことからすれば,調査委員としては,原告Aから事情聴取を行わなければ実体解明は困難であったことも明らかである。
以上の点に照らせば,更生会社のb関係の運送事業収入につき,架空計上があったとまでは認められないといわざるを得ない。
(3) 子会社を利用した利益の捻出
ア証拠(甲12,乙17,18,21,22,48の1及び2,112,証人M,同N,原告A,同C)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
(ア)c運輸有限会社
昭和60年9月,原告Aは,有限会社k(更生会社が昭和56年に買収した関東地区の会社で,買収後は小型トラック2台で零細な運送業を行っていた。)の代表取締役に就任し,社名をc有限会社と変更して,関東地区での急便事業を行う会社として経営し始めた。同社の資本金は60万円で,原告Aが出資口数の100%を保有していた。
急便事業の立ち上げに伴い,cは独自に従業員約100人を採用し(これには更生会社を退職して移籍した者も含まれる。),店舗(江戸川,西東京,西多摩,千葉,千葉中央,大宮,豊川,一宮など)を設置して営業を始めた。もっとも,cは資金力に乏しかったため,上記店舗は,千葉中央などの1,2カ所を除き更生会社の各事業所を併用させてもらい,トラックも更生会社から99台を賃借りするなどして経費を抑えるようにした。そして,cには経理処理が可能な体制がなかったことから,更生会社がcの経理作業も行っていた(なお,原告Aは,cはすべて独自に店舗を設置したとも供述するが,前掲各証拠によると,cは少なくとも平成元年3月ころまでは各店舗で更生会社のトラックを使用して業務を行っていたこと,平成元年3月31日の段階でcの差入れ保証金は900万円に満たない金額であったことが認められ,賃借りしている店舗数に比してその保証金が少額にすぎ,上記供述はそのままには信用できない。)。
ところが,cの経営は不調であったため,人件費,傭車代,ガソリン代などの諸経費について,cの利益でまかなえない部分を更生会社に肩代わりしてもらうなど,同社から継続的な支援を受けるようになった(この肩代わりは,更生会社では「未収入金」として扱われ,cでは更生会社からの「借入金」として処理された。)。その借入額,損失額等は以下のとおり年々増加していった。
昭和62年3月期(更生会社の第44期に対応)
更生会社からの借入金 2億1673万7135円
cの当期損失 1億1887万8851円
cの当期未処理損失 1億2297万2613円
昭和63年3月期(更生会社の第45期に対応)
更生会社からの借入金 5億8169万8721円
cの当期損失 3億0664万2106円
cの当期未処理損失 4億2701万4719円
平成元年3月期(更生会社の第46期に対応)
更生会社からの借入金 9億4099万7504円
cの当期営業収入 8億1142万5103円
cの当期損失 4億1594万8997円
cの当期未処理損失 8億4556万3716円
原告Aは,平成元年2月ころ,cの平成元年3月期の決算内容からみて,cを今後も維持していくことは困難であると判断し,同年3月ころまでにcの業務を事実上停止して,大宮,千葉中央の2店舗を廃止し,cで採用した従業員を全員解雇し,大宮,千葉中央以外の店舗については元のとおりもっぱら更生会社の事業所として使用するようになった。その後のcの借入額,損失額及び営業収入額の状況は以下のとおりであった。
平成2年3月期(更生会社の第47期に対応)
更生会社からの借入金 9億0421万1839円
cの当期営業収入 0円
cの当期損失 5191万6196円
cの当期未処理損失 8億9747万9912円
(イ)更生会社での会計処理
第45期ないし第47期において,cに対する未収入金は資産として会計処理された。なお,上記各期において更生会社の会計監査を行った公認会計士らは,cは更生会社の子会社ではなかったことから,これを債権回収の問題であるとして,cに対する未収入金の早期回収や貸し倒れ処理等を要請するなどしていたが,これは経営上の判断とも関係することから,不適正意見を表明するまでには至らなかった。
イ検討
上記認定事実のとおり,cは,更生会社とは別個に従業員を採用し,1,2カ所とはいえ独自の店舗も有していたほか,更生会社から借りたトラックについても賃料を支払って利用するなど,更生会社とは別個独立した営業活動をしていたものというべきである。このように,cは更生会社とは実質的にも別会社であったから,その会計処理は更生会社から独立して行われるべきであって,cに生じた損失を直ちに更生会社の損失として扱うことはできないといわねばならない。よって,cの損失がすなわち更生会社の損失であることを前提とする被告の主張は,その前提を欠き,採用できない。
もっとも,更生会社の会計処理として,cに対する未収入金をいかに扱うべきかはまた別の問題であり,経済的価値のない債権を資産として計上したり,貸倒引当金を計上しないことが粉飾に当たる場合もあり得る。
そして,本件において,第45期及び第46期は,上記未収入金が5億円から9億円を超える額であって,cの財務状況等に照らすと,その回収の見込みが薄くなりつつある状況にあったとはいえるが,当該各期の時点においては,未だcの事業が立ち上がって間もなかったこと,急便事業それ自体は冒険的な事業ではなかったことなどから,未収入金の回収が著しく困難ないし不能であったと直ちには認められず,これを資産として計上していたことをもって粉飾決算であるとまではいえない。また,貸倒引当金についても,取立不能の虞があったとは直ちには認められず,同様である。
他方,上記に認定したとおり,cは平成2年3月期にその業務を停止し,営業収入も皆無となったのであるから,現時点でみれば,少なくとも第47期の決算においては,前記未収入金は回収不能として資産に計上しないのが適切であったといえる。
しかしながら,これは今でこそそのようにいえるのであって,第47期の当時はバブル経済の崩壊前であったことに照らすと,当時の判断として資産に計上していたことをもって粉飾決算であるとまではいえない。貸倒引当金についても同様である。
以上のとおりであるから,更生会社がcを利用して利益を捻出していたとまではいえない。
(4) 土地の仮装売買による売上金計上
ア証拠(乙3,24ないし28,48の3,51ないし72,87ないし97,100ないし104)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
(ア)d株式会社
dは,古くから兵庫県の但馬地方で土建業を営み,不動産取引業者としての資格も有していた株式会社であるが,平成2年ころ,経営状況が悪化して倒産寸前の状況になっていた。そこで,dのメインバンクが中心となってその再建を図り,当時,更生会社の代表取締役として信用を得ていた原告Aもこれに協力することとなって,平成2年10月,dの代表取締役に就任した(平成4年9月に代表者を退任,同時に取締役も辞任。)。
もっとも,原告Aはほとんどdの経営には関与せず,実際の経営は専務のPに任せられていた。
このころのdの年商は10億円にも満たない規模であった。
(イ)加西土地の売買の経過
平成2,3年ころ,更生会社は販売に供するための多数の土地(商品土地)を有していた。加西土地もそのうちのひとつであった。
更生会社は,平成2年4月16日,加西土地を代金22億2319万円で大阪のm株式会社に売却する契約を締結していたが,同社の資金繰りがつかず,代金の一部しか支払いがなかったため,同年8月に上記契約を解約した。これに伴って,会計上も,いったん計上していた利益を抹消し,平成2年8月31日付けで約16億円の損金を計上した。この利益の抹消により当該営業年度(第48期)の収益状況が悪化し,そのままでは第48期は赤字決算となることが見込まれた。しかも赤字決算となれば,新たな融資を受けることが困難となって,資金調達を借入金に依存していた更生会社の経営は立ちゆかなくなることが予想された。
このころ,dのPは原告Aの承諾を得て,更生会社の商品土地の売却をdで仲介しようとその購入方を探していたところ,n株式会社から加西土地の購入の打診があった。もっとも,それもまだいくつかの購入申出のうちのひとつにすぎず,nが直ちに購入するというものではなく,確実性がある話ではなかった。この話は,原告Aも平康から聞き及んでいた。
平成3年1月ころ,原告Aは,どうしても第48期の赤字決算を避けたいと考え,当時,加西土地についてはnを含め各方面から多数の購入申出があったこともあって,いずれどこかに売却できるであろうと判断し,とりあえずの決算対策として,自分が代表取締役を務めるdに加西土地を売却したことにして利益を計上しておくことにした。
原告Aは,これをdのPに相談し,仲介ではなく,転売という形になるが,将来nへの転売できることになった場合には,必ず転売利益がでるようにするなどの条件で,その承諾を得て,加西土地の売買契約を締結することになった。
平成3年2月12日,dの取締役会で更生会社からの加西土地購入が承認可決され,同年3月15日,更生会社が,南但土木に対し,加西土地を代金22億5000万円で売却する旨の契約書が取り交わされた。なお,nからの購入の話は,この契約書作成後まもなくしてn側の事情で立ち消えとなった。
売買代金の支払いは,同年3月28日に10億円が入金され,3月29日に合計7億5000万円の約束手形が交付され,残金5億円については同年6月下旬の支払予定であったので未収入金とされた。
もっとも,上記の10億円は,更生会社が同年3月25日にo株式会社から運転資金として借り入れたものを,dからの入金として経理処理がされたものであった。また,いったん受け取っていた上記約束手形は,後にdへ返還された。
イ上記認定事実によると,更生会社とdとの間の加西土地の売買は仮装売買であったと認定するのが相当である。
原告らは,これが現実に行われた売買であると主張するが,平成3年当時,dは年商10億円にも満たず,むしろ原告Aらが再建に協力するなど,財務状況は悪化していたのであるから,借り入れの可能性も含め,加西土地購入のために22億5000万円も拠出する資力は全くなかったと認められるし,nへの転売も,転売の契約が締結されていたわけでもなく,未だ購入の打診という段階で不確実な状況であったのであるから,dに転売代金によって更生会社へ上記代金を支払えるとの見込みもほとんどなかったというべきである。このような状況で,dが22億5000万円もの加西土地を購入するということは極めて不自然というほかないのであって,dとの売買契約は,前記認定のとおり,いずれどこかに売れるであろうから,とりあえずdに売ったことにしておくといった以上のものではないといえる。
以上のとおりであって,更生会社は,第48期において,上記加西土地の架空売買により22億5000万円の商品の売上げを得たとして,この額から土地の原価5億3557万5000円を差し引いた17億1442万5000円を利益として過大に計上したものである。
ウそして,証拠(乙10,11,49の1ないし3,89,96,100)及び弁論の全趣旨によると,更生会社が第48期の未処分利益として計上した額は1億9633万円であったこと,貯蔵品の売買による売却益は5億4064万7000円であったこと,第48期の利益配当額は合計4967万2675円であったことがそれぞれ認められる。
とすると,第48期の損益計算は,加西土地の売買が仮装であったことによる修正のみでも,17億1442万5000円の減収となり,その時点で,15億1809万5000円の未処分損失が生じることになる。
以上によれば,5億4064万7000円の洗剤の売買が仮装か否かを判断するまでもなく,第48期においては,配当可能利益がなかったということになり,合計4967万2675円の違法配当がなされたことになる(なお,付言するに,証拠(乙29ないし35,37ないし46,73ないし84,96,98ないし100,103及び原告Aの一部)によると,本件洗剤売買についても,粉飾決算に当たると認めるのが相当であって,同認定を覆すに足りる証拠はない。)。
(5) 小括
以上のとおり,運送事業収入の水増し計上,子会社を利用した利益の捻出については認められないから,第45期ないし第47期については粉飾決算があったとはいえず,更生会社について粉飾決算が認められるのは,土地の仮装売買による売上金計上などがされた第48期についてのみということになる。
3 違法配当の責任
(1) 当事者間に争いのない事実,証拠(甲エ10,乙10,11,49の1ないし3,原告A,同B,同D,同E,丙)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
平成3年6月27日,更生会社の第48期の決算承認のため,定時株主総会が開催された。本件取締役ら(ただし,甲を除く。)及び監査役(訴外Q及び同R)らは,上記総会の当日,その開催直前に全員で集まって取締役会を開催した。ここでは,当日の総会に提出される計算書類(以下のような違法配当議案を含む。)の内容について,経理担当の取締役であった原告Cから報告,説明を受けた。
第48期利益処分案(要約)
当期未処分利益 1億9633万0465円
利益処分(配当金) 5000万円
次期繰越金 2766万9965円
本件取締役ら(ただし,甲を除く。)は上記違法配当議案を含めた計算書類を定時株主総会に提出することに何ら異議を述べず,そのまま承認し,原告Aは上記違法配当議案を定時株主総会に提出した。
上記違法配当議案は総会で承認され,この承認決議に基づき,後日,合計4967万2675円が実際に配当された(株主に利益配当がなされたことは当事者間に争いがなく,乙49の1ないし3によれば,第48期の現実の配当額は,上記金額であることが認められる。)。
(2) 商法266条1項1号は,取締役が違法配当議案を総会に提出し,これによって違法な配当がなされた場合には,当該議案を提出した取締役は当該配当額を会社に弁済する責任があるとするが,同条2項によれば,上記提出が取締役会の決議に基づくときは,当該決議に賛成した取締役も当該議案の提出をしたものとみなされることになる。
そして,同条1項1号の趣旨は,取締役の強大な権限に対応してその責任も強化することによって,資本充実責任を全うさせようとするところにあるのであって,違法配当議案を提出した取締役は過失があったかどうかを問わず,同条項に基づく責任を負うと解するのが相当である。そうであれば,決議に賛成した取締役についても,同様に,過失の有無を問わずその責任が問われることになる。
本件においては,原告Aは代表取締役として第48期についての定時株主総会に前記違法配当議案を提出していることから,同条1項1号に基づく4967万2675円の弁済責任を負うというべきである。
また,原告A以外の本件取締役ら(ただし,甲を除く。)も,総会直前に適法に開催された取締役会において,前記違法配当議案を承認し,その提出に何ら異議を述べていないのであるから,その承認及び提出を決議したというべきであり,原告Aと同様の責任を負うというべきである。そして,上記取締役らはそれぞれ更生会社に対し連帯して責任を負う。
4 結論
以上のとおりであって,本件査定決定は,違法配当事件において,原告ら(ただし,甲相続人原告ら及び原告Gを除く。)に対し,第48期について連帯して4967万2675円の弁済を求める限度で正当であるから,主文のとおり判決する。
神戸地方裁判所第1民事部
裁判長裁判官 古川行男
裁判官 西村欣也
裁判官 竹村昭彦
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