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契約2021年08月23日 スポーツ界のルールメイキング 執筆者:松本泰介

 紆余曲折あった東京オリンピックが閉幕しました。この東京オリンピックと並行して行われていた国際オリンピック委員会(IOC)アスリート委員選出選挙において、フェンシング銀メダリストの太田雄貴氏が初当選しました。IOCアスリート委員は、IOC委員を兼ねるため、太田氏は、日本オリンピック委員会(JOC)山下泰裕会長、国際体操連盟の渡辺守成会長に続く、3人目のIOC委員となりました。
 このアスリート委員選出について、太田氏は、ソーシャルメディアで、「重要な事に気付いている国が結局ルールメイキング側。この辺りの意識を変えないと、ルールはいつまでも作る側でなく守る側。」という投稿をしています。
 とはいえ、スポーツ界のルールメイキングとは具体的にどのようなことを指しているのでしょうか。今回は一般的なルールメイキングとスポーツ界のルールメイキングの違いや、ルールメイキングを実践するポイントを解説したいと思います。
1. ルールメイキングとは
 デロイトトーマツコンサルティング社が作成した資料i などによれば、「各国政府や国際機関によって定められた法令・規制を遵守し対応する「ルール適応」から、自社に有利なルールを創るべく主体的に行動する「ルール形成」」が重要であると言われています。
 自社に有利な規制緩和、規制阻止だけでなく、自社に有利な規制強化などの活動をいい、企業の国際競争力を高めるために近年強く求められています。
2. スポーツ界のルール
 スポーツ界のルールを検討する場合、最も重要なのは適用される法律(国の政治判断を含む)の理解ではありません。確かに法令遵守はもちろんですが、むしろ実際最も重要になるのは、スポーツ界の業界内ルールです。
 スポーツの世界では、スポーツイベントの主催者がそのイベントに関するルールを定めます。スポーツイベントの主催者は、国ではなく民間団体がほとんどで、そのルールの法的性質は法律ではありません。スポーツイベントの主催者が作成するルールを主催者と関係者が合意することによって、スポーツ界のルール形成がなされます。したがって、スポーツ界のルールを理解する上では、まず、このような合意、該当するスポーツの業界内ルールを把握することが最も重要になります。
 そして、スポーツ界においては、この業界内ルールを整理することが比較的簡単に行うことができます。というのも、以下のとおり、業界内ルールを策定するスポーツイベントの主催者のヒエラルキーが比較的わかりやすいためです。そして、このヒエラルキーの中で既に歴史を経た権限集中が行われ、業界内ルールの整備が進んでいるためです。基本的には1つのスポーツごとに1つの業界内ルールがあり、IOCを頂点としたヒエラルキーの中で業界内ルールの優先関係もはっきりしています(このようなヒエラルキーには属さないアメリカ4大プロスポーツリーグなどは、リーグと選手会の労使合意(CBA)によって業界内ルールが作られています)。
     図 スポーツ界におけるルールメイカーの整理
3. スポーツ界のルールメイキングの重要性
 今回の東京オリンピックパラリンピックでは、スポーツ界のルールメイキングの重要性を痛感させられる出来事がありました。それは、東京オリパラの中止、延期に関する法的権限については、IOCに決定権があり、組織委員会などには何ら法的権限がなかったことです。
 オリンピック憲章 や開催都市契約2020 では、主催者であるIOCにオリンピックに関する決定権が包括的に帰属するよう明確に定められています。そして、特に東京オリパラ大会の中止、延期に関する条項として、開催都市契約2020第66条、第71条では、大会参加者の安全が深刻に脅かされる場合のIOCの単独裁量による中止権が定められ、組織委員会は、予測できない困難に応じた合理的な変更を提案できるに過ぎないことが定められています。一方で、これ以外に、東京オリパラの中止、延期に関して、組織委員会などの決定権、関与権、拒否権などを明示する規定はありませんでした。
 開催都市契約2020には、大会参加者の安全が深刻に脅かされる場合のIOCの単独裁量による中止権が定められているため、新型コロナウィルス感染拡大を理由としてIOCがその裁量によって東京オリパラを中止することは可能です。
 一方、開催都市契約2020第16条では、組織委員会などが東京オリパラの大会運営、実施義務が定められています。組織委員会などが中止する場合、この義務を一方的に放棄することになるため、契約法の一般原則としては、相手方であるIOCが被った損害を賠償する義務を負います。新型コロナウィルス感染拡大のような不可抗力事由がある場合は損害賠償義務を負わないのではないか、という見方もありますが、開催都市契約2020においては、このような不可抗力事由が発生した場合に、組織委員会などが負っている大会運営、実施義務が免責されるという条項はありません。したがって、組織委員会などは、契約法の一般原則としては、IOCが被った損害を賠償する必要がありました。
 このようなIOCに有利に見えるルールについては、メディアの方々から何度も、このような開催都市契約2020の規定はあまりにもIOCが一方的で不公平ではないかという意見が出されました。
 しかしながら、そもそもオリンピック憲章も開催都市契約2020も、組織委員会も東京都も締結してしまっている法的に有効な契約であり、今からそのルールの変更をすることはできません。むしろオリンピック憲章や開催都市契約のルールメイキングに関与していかなければ、この内容を変更することはできないのです。したがって、今回の問題は、スポーツ界のルールメイキングに大きく関与しなければならないことを痛感する事態になりました。
4. スポーツ界のルールメイキングの実践
 スポーツ界にはこのようなルールメイキングに関与することが必要な場面が多々あります。例えば、日本のスポーツ行政、昨今進んでいるスポーツ団体ガバナンスコードの形成についても、日本の中央競技団体は、単純にスポーツ庁や統括団体の策定するガバナンスコードの内容や解釈に適応するだけでなく、ルールメイキングに関与すべきでしょう。
 ルールメイキングを実践するためには、まず、該当するスポーツ界の業界内ルールの把握が最も重要になります。今回の東京オリパラの中止、延期に関する法的権限に関する、オリンピック憲章や開催都市契約の内容についても、多くの当事者がその内容を十分に把握できていませんでした。
 そして、このような業界内ルールは、法律ではなく、コンテンツホルダーである民間事業者(あるいはその集まり)が定めたルールですので、変更されることも多々あります。このルールメイキングに関与するためには、そもそもそのルールメイキングにおいて誰がどのような過程を経て決定していることの理解が重要になります。
5. まとめ
 以上のように、スポーツ界のルールメイキングを理解する上では、まず、該当するスポーツの業界内ルールを把握することが最も重要です。そして、当該業界内ルールについて折衝を行うために、主催者における業界内ルールの決定権者の理解も必要になります。
 IOCによる全世界的なスポーツ界のルールメイキングも、IOC総会での意思決定というより、IOC理事会での意思決定に重きが置かれるようになってきています。その意味では上記3名がIOC委員だけでなく、IOC理事になれるかどうかが、日本がスポーツ界のルールメイキングに関与できるかの分水嶺になるでしょう。

(2021年8月執筆)

執筆者

松本 泰介まつもと たいすけ

早稲田大学スポーツ科学学術院教授・博士、弁護士

略歴・経歴

専門分野はスポーツ法、スポーツガバナンスなど。

主な経歴は、日本プロ野球選手会監事、日本プロサッカー選手会執行理事、日本スポーツ仲裁機構スポーツ団体のガバナンスに関する協力者会議委員、早稲田大学競技スポーツセンター副所長、早稲田大学スポーツビジネス研究所(RISB)研究員など。

主な著作に、「スポーツビジネスロー」(大修館書店)、「代表選手選考とスポーツ仲裁」(大修館書店)、「標準テキスト・スポーツ法学」(エイデル研究所刊。編集委員)、「理事その他役職員のためのガバナンスガイドブック」(日本スポーツ仲裁機構刊。共著)、「トラブルのないスポーツ団体運営のために ガバナンスガイドブック」(日本スポーツ仲裁機構刊。共著)など。

その他経歴、肩書などは、https://wasedasportslaw.amebaownd.com/参照。

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