「外国企業に初の課徴金納付命令 ブラウン管価格カルテル事件」
 要 旨 〈宮川 裕光〉

本稿は、公正取引委員会が外国事業者に対して、排除措置命令とともに課徴金納付命令を行った初めての事案である、テレビ用ブラウン管事件(排除措置命令平成21年10月7日)についての分析を行ったものである。

公正取引委員会は、テレビ用ブラウン管の製造販売業者および東南アジア地域の子会社11社が、共同して、特定ブラウン管の現地製造子会社向け販売価格について各社が遵守すべき最低目標価格等の設定について合意することにより、特定ブラウン管の販売分野における競争を実質的に制限していたものであるとして、日本および韓国の事業者2社に対する排除措置命令および外国事業者6社に対する課徴金納付命令を行った。本件以前には、外国事業者を含むカルテル参加者に対して排除措置命令がなされた事案は存在するが、外国事業者に対する課徴金納付命令は行われていなかった。

本件のテレビ用ブラウン管事件では、会合の開催と価格に関する合意、対象製品であるテレビ用ブラウン管の販売行為がいずれも日本国外において行われていた。そのため、「国内の需要者が発注する」または「我が国における」等の限定のない「特定ブラウン管の販売分野」が関連市場として画定されており、そのうえで、需要者である我が国のブラウン管テレビ製造販売業者がテレビ用ブラウン管の製造販売業者との間で購入価格および数量についての交渉および決定を行い、その決定に基づいて現地製造子会社等に特定ブラウン管の購入を指示していたことから、ブラウン管テレビ製造販売業者とその現地製造子会社等を一体として捉えることにより、日本市場における競争制限効果の発生を認めうると判断したものと考えられ、国際カルテル事件における一定の取引分野の画定および独占禁止法の適用範囲について、従前よりも踏み込んだ解釈および運用がなされた事件として注目される。

また、外国事業者に対する課徴金納付命令については、課徴金算定の基礎となる「売上額」の範囲をどのように解釈するかという点が問題となる。独占禁止法第7条の2第1項および同法施行令第5条の明文上、売上額の算定方法は日本国内の需要者向けのものに限定されていない。しかしながら、これまでの実務においては、課徴金算定の基礎として国内売上高の存在を必要とするという運用がなされてきた。本件においては、東南アジアにおける現実の売上高をもって、実質的には日本のブラウン管テレビ製造販売業者に対する売上高と評価することにより、従前の実務の運用との整合性を確保したのではないかとも考えられる。

本件は、契約の締結、取引の実施等が国内に存在しない場合であっても、親子会社等の複数企業間の一体性を前提として、製造されたブラウン管テレビの大部分を我が国のブラウン管テレビ製造販売業者が購入していたこと等の事情を基礎として、国外の行為および外国事業者に対する独占禁止法の適用が行われたことから、公正取引委員会が効果主義の考え方を採用することを明確にしたものと理解しうる。さらに、課徴金についても、日本国内における現実の売上が存在しない場合であっても、実質的には日本の需要者に対する売上であると認定しうるような状況が存在すれば賦課しうることも明らかにされた。そのため、各事業者においては、会合の開催から契約の実施に至るまでの一連の行為がすべて日本国外で行われていても、当該行為による競争制限効果が日本市場に及ぶ場合には、日本の独占禁止法が適用される可能性のあることを十分に認識する必要がある。