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一般2021年04月29日 特集「コロナと憲法」 提供:共同通信社

個人の権利考える契機に 感染拡大、続く制約 

 新型コロナウイルスの感染拡大で、憲法が保障している個人の権利が一部制約される生活が1年以上続いている。「当たり前」と思っていたことができない不自由な状況の中、法改正で、感染対策に従わない事業者への罰則を設けるなど強い私権制限を伴う動きも。有識者からは「こんな時だからこそ自分の権利について考えてほしい」という声が上がる。
 政府は昨年4月、新型コロナの特別措置法に基づく緊急事態宣言を初めて発令。不要不急の外出自粛が要請され、商業施設が休業になるなど多くの社会活動が制限された。その後も感染状況が悪化した際、国や自治体は、飲食店に営業時間短縮を要請し、移動の制限を呼び掛けた。要請に従わない人たちを攻撃する「自粛警察」に象徴されるように、同調圧力の高まりが顕在化。感染者や医療従事者への差別も起きた。
 感染が収まらない中、今年2月には罰則を導入した改正特措法が施行。都道府県知事の命令を拒んだ事業者には過料を科すことができるようになった。「営業の自由」を保障する憲法に反するとして、時短命令を受けた飲食チェーンが東京都に損害賠償を求めて提訴する事態に発展した。
 武蔵野美術大の志田陽子(しだ・ようこ)教授(憲法学)は「生命や健康という個人の権利を守るために、その他の権利への制限を伴う感染対策が必要な場面はあるだろう」とした一方で「人権を制約するなら、きちんと理由を説明し、必要性と合理性について綿密な議論をするべきだが、政府や自治体にはその姿勢が足りなかった。支援策も不十分なまま罰則で追い詰めるべきではない」と指摘する。
 自粛期間が長引く中「慣性の法則のように、コロナ禍が明けても行動を抑制し合う空気が定着することを懸念している」とも。「今は制約があっても『私たちは本来は自由だ』と確認するために、改めて憲法を活用してほしい」と話した。

声上げづらい社会、二度と 戦争体験者、警鐘鳴らす

 「何でも自由に発想したり、行動したりすることができない時代だった。『お国のために』という考え方が刷り込まれていた」。13歳の時に長崎市で被爆し親族5人を失った田中熙巳(たなか・てるみ)さん(89)=埼玉県新座市=は、太平洋戦争があり、表現の自由などが著しく制限された1940年代前半をこう振り返る。
 食料は配給制で満足に行き渡らず、外で遊ぶ場所も一部制限されたが、それが当たり前だと思っていた。戦後、個人の自由を保障する日本国憲法が施行されたが、現在、新型コロナウイルスの感染拡大は止まらず、外出自粛や営業時間の短縮などが求められ、私権が制限される状態が続く。時短命令に応じない事業者への罰則もできた。
 田中さんは「今とは比べるまでもなく、戦時中は大変だった」と前置きしつつ「感染予防に関する施策の必要性は、納得がいくようにきちんと理由を説明するべきだ。高圧的な罰則が通るようになると、社会全体が不自由になる危険な流れをつくる」と話す。「声を上げる権利について、国民が鈍感になっているのではないか。権利が侵されそうになった時にどう守るかを、もっと考える必要がある」と訴えた。
 8歳で東京大空襲に遭った東京都国立市の二瓶治代(にへい・はるよ)さん(84)は、父が「この戦争はおかしい」と口にした際、近所の人から「そんなことを言ってはいけない」とたしなめられたことを覚えている。戦争に否定的な言葉を発することは許されず「非国民」と非難された時代だった。
 コロナ禍で同調圧力が高まり、時短営業をしない店への嫌がらせなどが起きていることを不安視。「相互監視が進む社会は怖い」と危機感を募らせる。大がかりな集会やイベントを自粛せざるを得ない状況が続くことも懸念。感染予防のため必要だとは分かっているが「国民の意思表示の場が減った結果、水面下でじわじわと物事が進むような事態にならないかと、心配しています」。

自民「緊急事態条項を」 法律で対応可、乱用の恐れ

 新型コロナウイルス禍を受け、自民党議員からは「予期せぬ事態に対応するためには憲法に『緊急事態条項』を設けるべきだ」との声が上がる。より強い強制力を伴う措置が必要だとの趣旨だが、専門家は「現行法でも対応は可能。乱用の懸念があり、かえって有害」と批判している。
 「緊急事態条項があれば、外出制限やマスク着用をもっと厳格に実施することができた」。自民党の衛藤征士郎憲法改正推進本部長は強調する。自民党の改憲案は、大災害の際、内閣は国会の法律制定を待たずに法律と同じ効力を持つ政令を制定できると規定。衛藤氏はコロナ禍への対応は今よりも実効的になったはずだと見る。
 法律ではなく憲法に定める必要性については「国民が重く受け止める。ばちっとロックダウン(都市封鎖)したら静かになる」と期待。乱用の懸念については「条文に、著しく基本的人権を侵害しては駄目だと書けばいい」と主張する。
 一方、著書「憲法に緊急事態条項は必要か」で慎重姿勢を示した兵庫県弁護士会の永井幸寿(ながい・こうじゅ)弁護士は、政府が最初に緊急事態宣言を発令した昨年4月は通常国会の会期中だったとして「条項がないために対応できなかったという具体的な事実はない」と反論する。
 感染を抑えきれないのは「感染症法には患者に検体の提出や入院を強制できる規定があるが、他国と比べて検査数が少なく、発見できていない患者がいるためだ」と指摘。「政府が法律を使いこなせず、可能な対策を打っていないだけだ」と批判する。
 「憲法は国民ではなく、国家権力を縛るもの」と解説。「市民を服従させてコロナを制するというのは全体主義の考え方。明治憲法下で緊急勅令を使って治安維持法の適用範囲が拡大されるなど、歴史を見ても緊急事態条項は乱用されてきた。これがあれば全てが解決するというのは錯覚で、地道に課題に対応するしかない」と話した。

その場しのぎ、懸念山積 憲法学者の大林啓吾さん 大型識者談話

 新型コロナウイルス感染の第3波以降になると、営業や外出の自粛要請に従わない人も多くなった。事業者に罰則を導入し、政府の対応は当初の日本式穏健型から強制型とのミックス型に変わってきている。私たちは穏健型にとどまるのか、ロックダウン(都市封鎖)のような強制型に進むのかの分岐点にいる。
 感染症対策は隔離に代表されるように、憲法上の権利を強く制限する手法がふんだんに含まれており、法制度の設計も運用も慎重でなければならない。感染対策が強化されると(1)対策を理由に広範囲にわたって権利が制約される(2)恣意(しい)的な運用がされる(3)対策が長期にわたり、規制がなかなか解除されない―などが懸念される。
 お願いベースの方法を続けるとしても、要請に従ってもらうためには、政府はどういう形で対策をして、どういう形で終わらせるかのプランを提示しなければならないのに、その場しのぎの対応になっている。こうした措置は権力の乱用に結び付きかねない。
 感染症対策には統治の手段の側面があり、感染防止を名目に、政府が国民の情報管理を強化するなど、別の意図を実現するために政策を進める場合がある。それに気付いておかないと、いつの間にか当たり前のように権利が制約される状況がつくり出される恐れがある。
 憲法を改正し、緊急事態条項を設けるべきだという議論もある。法律に規定されていない不測の事態が生じた時に対応できるメリットはあるが、政府が国民の権利を制限しやすくなるデメリットもある。感染対策にとどまらず、国防や安全保障に応用される懸念は当然ある。
   ×   ×
 おおばやし・けいご 1979年那覇市生まれ。千葉大法科大学院教授。編著に「コロナの憲法学」。

(2021/04/29)
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