紛争・賠償2024年09月13日 連続企業爆破、薄れる記憶 当事者は今、三菱事件50年 提供:共同通信社
東アジア反日武装戦線の一グループ「狼」が、1974年8月30日に起こした三菱重工ビル爆破事件から50年が過ぎた。事件では8人が死亡し、多数が重軽傷を負った。別グループ「さそり」の桐島聡(きりしま・さとし)元メンバーは半世紀近い逃亡生活の末、今年1月に神奈川県鎌倉市の病院で病死。70歳だった。ゲリラ闘争が相次いだ70年代、連続企業爆破事件に手を染めた武装戦線。世間の記憶が薄れゆく中、当事者や関係者は今何を思うのか。
植民地主義問い爆弾闘争 「正義」暴走、大企業標的 昭和天皇暗殺計画も
東アジア反日武装戦線は、戦後日本のアジアにおける経済活動などを植民地主義と強く批判・反発し、爆弾闘争を展開した。標的は海外進出する大企業だけでなく、昭和天皇も。武装戦線の「正義」は暴走し、自作爆弾で多くの一般労働者が犠牲になった。「狼」による三菱重工ビル爆破事件は、1981年に始まった犯罪被害者等給付金制度創設の契機となった。
▽「窮民革命」
警察白書によると、武装戦線は「一般労働者は革命へのエネルギーを失い、アイヌ、在日朝鮮人、日雇い労働者など少数の差別を受けている人だけが、革命の主体になり得る」という「窮民革命論」の影響を強く受けていた。その結果、日雇い労働者らの最大の敵は大手企業と考え、攻撃に踏み切ったとしている。
狼の前身部隊は70年代前半、アイヌへの政策や朝鮮侵略の象徴とみなす施設を爆破。部隊名は「孤高の存在」「人間に絶滅させられたニホンオオカミ」から連想したとされる。桐島聡(きりしま・さとし)元メンバーらが所属した「さそり」は日雇い労働者の支援活動を通じ結成された。
狼のメンバーらは74年8月、昭和天皇が乗る特別列車を、東京都と埼玉県の境に架かる荒川鉄橋で爆破する計画「虹作戦」を秘密裏に進めていた。終戦の日の前日に静養先から東京に戻ると予測し、実行日を14日に決定。爆弾設置に着手したが、付近の通行人に姿を見られ断念した。
直後の15日、韓国・ソウルで在日韓国人による韓国大統領銃撃事件が起きた。「私たちがモタモタしているときに、彼は銃弾を放った」(元メンバーの著書)。衝撃を受けたメンバーらは新たな爆破事件を計画。昭和天皇暗殺のため用意した爆弾を8月30日に三菱重工ビルで爆破させ、多くの犠牲者を出した。この日が選ばれたのは、関東大震災で朝鮮人虐殺があった9月1日よりも前に実行することも関係したとされる。
予告電話をするなどしていたが、犠牲者が多数発生したことを「(犠牲者は)無関係の一般市民でなく、植民地人民の血で肥え太る植民者」と正当化。その後は「さそり」や別グループ「大地の牙」も合流し、連続企業爆破に突き進んだ。
▽一斉逮捕
共同通信の情報公開請求で警察庁が開示した資料によると、当時の捜査当局は三菱事件の犯人グループ像を①アナーキーな傾向を持つ一匹おおかみ的な存在②アイヌ問題に関心が深い③韓国事情に通じている―などと分析し、74年3月に狼が自らの思想を広めるために地下出版した冊子「腹腹(はらはら)時計」などを手掛かりにメンバーを特定。連続企業爆破事件に絡み、75年5月に8人を一斉逮捕、2人を指名手配した。
指名手配された1人は82年7月に逮捕され、残る1人が桐島元メンバーだった。偽名を使うなどして半世紀近い逃亡生活を送った後、今年1月に神奈川県鎌倉市の病院で捜査員を前に本名を打ち明け、直後に病死した。その後、五つの事件で書類送検され、死亡のため3月に不起訴となった。
ひまわりの笑顔、最後に 憎しみと後悔の半世紀
最後に見たのはひまわりのような笑顔だった。爆破直後、ビルからガラスが降り注ぎ、白いスカートが真っ赤に染まっていた。三菱重工ビル爆破事件で、近くを通行中に巻き込まれ、同僚女性=当時(23)=を亡くした東京都練馬区の小松久晴(こまつ・ひさはる)さん(76)は、半世紀たった今も憎しみと後悔を抱えている。
暑い日だった。午前中から現場近くのビルを2人で訪れる仕事があった。昼休みに東京駅近くの店で食事を済ませ、脱いだ背広を手に訪問先のビルに一緒に戻る途中。歩行者用の青信号が点滅していて、横断歩道を2人で走って渡った。「一緒に食事をしなければ、あの信号を待っていたら運命は変わっていただろうか」。今でも考え込む。
世間話で女性が笑った瞬間、ドーンという爆発音が響いた。爆風で飛ばされた小松さん。気を失った後、黄色い菜の花畑の幻影がちらちらと見えた。心の中で叫んだ。「死にたくない」
左手首に、妹から就職祝いでもらったステンレス製の腕時計をしていた。バンドの一部はへこみ、文字盤のカバーガラスにはひびが入っていた。爆発時、とっさに左手で頭をかばったのだろう。飛散物を腕時計が受け止めてくれた。「まともに頭に当たっていたら死んでいたかも。守ってくれた」と振り返る。
意識を取り戻した小松さんの隣では、同僚の女性が倒れていた。何度名前を呼んでも反応がない。小松さんは警視庁機動隊のトラックで病院に搬送され入院。その後、女性の死を知った。「犯人は何十年も生きられたはずの女性の人生を奪った。無差別テロはいかなる理由があっても否定しなければならない」と語気を強める。女性の親族とは交流が続いている。
武装戦線を巡っては、「さそり」の桐島聡(きりしま・さとし)元メンバーが1月、入院先の病院で死亡した。「50年近い逃亡生活は刑務所よりも地獄に近かったのかもしれない。だが、法の裁きを受けぬまま死に、無責任だ。経緯を証言してほしかった」と残念がる。武装戦線のメンバー2人は現在も逃走中だ。「近くにいるかもしれない。捕まるまで事件は終わらない。同情の気持ちは一切ない」。全員摘発の日を待ち続けている。
市民装い床下で爆弾製造 「先鋭化」今もあり得る
東アジア反日武装戦線のメンバーらは、会社員や喫茶店店員など一般市民の生活を装う一方、自宅の床下を爆弾製造所にしていた。「70年安保闘争」が収束、連合赤軍も壊滅していく中、過激派は爆弾を使うようになっていった。警視庁の元捜査員(74)は「主義主張を押し通すため先鋭化した」と振り返り、こうした組織や個人は今も誕生し得ると警鐘を鳴らす。
「日帝は、朝鮮の侵略、植民地支配をはじめとして、台湾、中国大陸、東南アジア等も侵略、支配し、『国内』植民地として、アイヌ・モシリ、沖縄を同化、吸収してきた」。三菱重工ビル爆破事件前の1974年3月、「狼」が地下出版した冊子「腹腹時計」の一節だ。「窮民革命論」につながる部分とされる。
腹腹時計では、連合赤軍の壊滅などを「爆弾の行使などをはじめとする戦略的、戦術的な捉え返しの問題」と総括。爆弾の製造方法を示し、都市ゲリラ戦における要点として「表面上は、ごく普通の生活人であることに徹すること」を挙げ、実際にメンバーらは実践していたとみられる。
元捜査員が捜査本部に招集されたのは、三菱重工ビル爆破事件の約2カ月後。「狼」の名前で犯行声明が出ていて、警察当局の中で、窮民革命論との関わりから佐々木規夫(ささき・のりお)容疑者(76)ら一部メンバーが浮上していた。
佐々木容疑者が住民登録していた東京都北区のアパートを訪れたところ、包装された大きめの荷物が部屋の前に置かれていた。「持ってみたら重かった。爆弾の材料になるクサトール(除草剤)ではないかと思い、怪しかった」
警視庁は佐々木容疑者の行動確認を始め、勤め先の会社を特定。「移動の際に後方を振り返るなど尾行を警戒するそぶりがなかった」。他のメンバーらと会っている場面を確認。75年5月の8人一斉逮捕につながった。同容疑者が逮捕時に居住していた足立区のアパートの床下は爆弾製造所になっていた。
「社会に対する若者の不満がたまると、いつ第2、第3の武装戦線が出てきてもおかしくない」と元捜査員。8人のうち佐々木容疑者ら2人は、クアラルンプール事件やダッカ事件を巡る超法規的措置で釈放され、逃亡したままだ。「逃げ得は許されない。警察の力で逮捕し、きちんと罪を償わせないといけない」と話した。
武装戦線を巡る経過
1971~72年 「狼」前身部隊がアジア侵略やアイヌへの政策の象徴とみなす施設など爆破
74年3月 狼が「腹腹時計」地下出版
8月14日 帝国主義の象徴、侵略戦争の最高責任者として昭和天皇の暗殺を企てた「虹作戦」失敗
15日 在日韓国人がソウルで韓国大統領狙撃
30日 狼が三菱重工ビル爆破
10~12月 大地の牙が三井物産と大成建設、狼が帝人中央研究所、さそりが鹿島工場爆破
75年2月28日 3部隊が間組本社や工場爆破
4~5月 大地の牙が実行部隊となり韓国産業経済研究所とオリエンタルメタルを、さそりが間組江戸川作業所と京成江戸川橋工事現場を爆破
5月19日 警視庁が8人逮捕、1人自殺
75年8月~77年10月 日本赤軍の事件に絡み狼の佐々木規夫(ささき・のりお)、大道寺あや子(だいどうじ・あやこ)両容疑者ら釈放
79年11月12日 東京地裁で狼の大道寺将司(だいどうじ・まさし)、益永利明(ますなが・としあき)両被告に死刑判決、さそりの黒川芳正(くろかわ・よしまさ)被告に無期懲役判決
2024年1月 桐島聡(きりしま・さとし)元メンバーが神奈川県の病院で本名打ち明け死亡
2月 警視庁が桐島元メンバーを書類送検。3月に容疑者死亡で不起訴
連続企業爆破事件
過激派の東アジア反日武装戦線が1974~75年、ゼネコンや商社に爆弾を仕掛けた事件。反帝国主義、反植民地主義が動機で、海外進出する日本企業が狙われた。「狼」「大地の牙」「さそり」の3部隊が実行。警視庁は75年、メンバーらを一斉逮捕。うち佐々木規夫(ささき・のりお)容疑者と大道寺あや子(だいどうじ・あやこ)容疑者は、日本赤軍が日航機をハイジャックしたダッカ事件などに絡む超法規的措置で釈放され、逃走中。
(2024/09/13)
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