一般2025年03月07日 生徒に「服従する文化」 日の丸・君が代強制違憲訴訟元原告の池田幹子さん 提供:共同通信社

1945(昭和20)年の敗戦までの間、日の丸と君が代は「軍国主義」や、万世一系の天皇による国家統治を日本の歴史とする「皇国史観」の精神を支える存在だった。
日本国憲法は「平和主義」を定め、天皇も「象徴」に改めたが、文部省は58年に改定した学習指導要領で、祝日などの儀式では「国旗を掲げ、君が代を斉唱させることが望ましい」と敗戦前の学校と同じことを求めた。
77年の改定で「君が代」は「国歌」に。89年には入学式や卒業式などで「国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導する」と改定された。
さらに文部省は、都道府県教育委員会に通知するなどして日の丸掲揚と君が代の斉唱を徹底していく。強制する教委と反発する教職員との板挟みとなり、広島県立世羅高校の石川敏浩(いしかわ・としひろ)校長=当時(58)=が自ら命を絶ったのは99年2月28日。
政府は一気に国旗国歌法の制定へかじを切り、同年8月に成立したが、野中広務官房長官は国会答弁で「国歌斉唱時に起立しない自由や斉唱しない自由もあろうかと思う。法制化はそれを画一的にしようというわけではない」と述べていた。
同年4月、東京都知事に石原慎太郎氏が就任。98年度卒業式で日の丸掲揚92・3%、君が代斉唱7・2%の都立高校は、法制化と都教委の指導で2000年度卒業式は掲揚も斉唱も100%となった(文部省調べ)。
しかし、03年7月の都議会で斉唱時に起立しない教職員がいることが問題となり、都教委は03年10月23日、都立学校の校長に①教職員は国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する②国歌斉唱はピアノ伴奏等で行う③校長の職務命令に従わない場合は服務上の責任を問われる―などとする通達(10・23通達)を出した。
既にピアノ伴奏を拒否して処分された教員がいたことなどから、豊多摩高校(杉並区)の音楽教員だった池田幹子(いけだ・みきこ)さん(76)ら200人を超える都立学校教員が04年1月、①と②の義務がないことの確認や処分の禁止などを求めて東京地裁に提訴した。
▽地裁「強制は違憲」
この提訴は卒業式、入学式で処分者を防ぐ「予防訴訟」と呼ばれる。日の丸、君が代の強制は憲法19条の「思想・良心の自由」や21条の「表現の自由」などに反すると教員たちは主張。原告は増えて375人に上った。
池田さんは法廷で次のような意見陳述をした。
「君が代、日の丸を受け入れられない原因の一つに戦争の悲惨に対する思いがあります。祖父は中国東北部で貿易商を営む民間人でしたが、敗戦時に捕まり、馬に引かれて処刑されたそうです。祖父の息子は長崎の原爆で亡くなりました」
「都議会では、君が代に不起立の生徒が多ければ学校の教育を調べ、教員の責任を問うと言われています。このままでは生徒をこの圧力の前に差し出すことになります」
1948年生まれの池田さんは、戦争のにおいや傷が残る中で戦争の怖さを感じながら育った。天皇のために死ぬことが最高の道徳と教えるため、日の丸と君が代が使われたと考えている。国立音大を卒業し、73年から非常勤講師3年、その後は専任教員として都立高校で音楽を教えてきた。
提訴後の2004年4月、羽村高校(羽村市)に異動。05年4月の入学式で君が代のピアノ伴奏を求める校長の職務命令に従わず、戒告の懲戒処分に。05年3月と06年3月の卒業式は欠席した。
06年9月、予防訴訟の東京地裁判決。難波孝一(なんば・こういち)裁判長はまず「日の丸、君が代が皇国思想や軍国主義の精神的支柱として用いられてきたことは歴史的事実」として国旗掲揚、国歌斉唱に反対する人の思想・良心の自由も他人の権利を侵害するなどしない限り、憲法上保護に値すると指摘した。
その上で国旗に向かって起立し、国歌を斉唱することなどを強制する10・23通達は「教育基本法10条(現16条)が禁じる『不当な支配』に当たり違法。国歌斉唱などをしたくない教職員に懲戒処分をしてまでさせることは少数者の思想・良心の自由を侵害する行き過ぎた措置だ」と憲法19条違反を認めた。起立、斉唱、ピアノ伴奏の義務がないことを確認し、処分を禁じた。都には原告1人当たり3万円の慰謝料支払いまで命じた。
▽延べ484人処分
「判決は思想・良心の自由の重要性を正面からうたい上げ、画期的だ。教育基本法の趣旨も正しくとらえ、行政権力による教育への不当な介入を厳に戒めた。都教委は生徒や教職員の自主性と教育の自由を侵害する政策を改めなければならない」。原告団と弁護団は地裁判決を高く評価した。
池田さんも「これで救われた」と喜んだが、判決2カ月後の羽村高校創立30周年記念式典と07年3月の卒業式で職務命令に従わず、君が代のピアノ伴奏を拒否したところ、今度は戒告より重い減給の懲戒処分を受けた。
体調を崩して07年4月の入学式は欠席。08年3月の卒業式と4月の入学式も欠席したが、09年3月の卒業式は出席して君が代の伴奏を拒否し、またも減給処分となった。
東京高裁は11年1月、予防訴訟の控訴審判決で「公務員は憲法で『全体の奉仕者』とされ、法令や上司の命令に従わなければならない。都教委の通達は憲法や教育基本法に違反していない」として地裁判決を取り消し、池田さんたちの請求を棄却。12年2月の最高裁判決も高裁判決を支持し、敗訴が確定した。
「『日の丸・君が代』不当処分撤回を求める被処分者の会」の20年12月までの集計によると、10・23通達に基づき処分された都内の小中高校、特別支援学校の教職員は延べ484人に上り、訴訟も20件を超えている。
最高裁は12年1月、別の訴訟の判決で「戒告を超える減給以上の処分の選択には慎重な考慮が必要」との判断を示し、減給が取り消され、改めて戒告とされた人もいる。池田さんの減給処分も取り消された。
池田さんが05年3月、前年まで勤務していた豊多摩高校の卒業式に来賓として呼ばれたときのこと。生徒に向け「いろいろな強制の下であっても、自分で判断し行動できる力を磨いていってください」とあいさつすると、校長と都教委が「不適切な発言」と騒ぎだし、池田さんを指導した。
「自由にものも言えない。学校は全体主義の場と化し、生徒に服従する文化を植え付けている。強い同調圧力の中で、個人は尊重されず、息苦しい」。池田さんは生徒と学校を案じるとともに、君が代を巡って現在も続く処分撤回の訴訟を支援している。(共同通信編集委員 竹田昌弘)
国旗に敬礼強制は違憲 言論の自由侵害と米最高裁
米ウェストバージニア州教育委員会は1942年、国旗への敬礼を生徒に義務づける規則を制定した。これに対し、同州に住む「エホバの証人」信者のバーネットが提訴し、連邦地裁は規則の効力を停止したことから、州教委が上告した。
米連邦最高裁は43年6月、判事9人のうち6人の多数意見で、公立学校で国旗への敬礼を強制することは、子どもの「言論の自由」と「信教の自由」を侵害し、憲法修正1条などに違反すると判断。州の規則の効力停止を支持した。
ジャクソン判事は多数意見の中で「わが国の憲法という星座に恒星があるならば、それは公務員が地位の高低にかかわらず、政治、ナショナリズム、宗教、その他の分野の意見について何が正当であるべきかを指図したり、市民に対してそれらに関する個人の信念を言葉や行為を通じて明かすよう強制したりすることはできないという点である」と述べている。
(2025/03/07)
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