一般2025年07月09日 唯一無二の「夫婦」、夫は「女性」になれるのか 「体にメス」は違憲でも、迫られる離婚 提供:共同通信社

京都市に住むみきさん(仮名、50代)は、仕事関係で知り合った妻チロさん(仮名、40代)と付き合う前に、打ち明けていたことがある。
「時々変身するんです」
みきさんは、戸籍上は男性。仕事上も男性として生活していたが、ときどきスカートなど「女性らしい」服装で外出した。チロさんは「面白い」と興味を示してくれた。一緒にいることに居心地の良さをともに感じ、交際1年で結婚した。
それから約10年。みきさんは女性として生活するようになった。夫婦関係は円満だ。しかし、見た目と書類上の性別が違うため、身分証明の際にはカミングアウトをよぎなくされることもある。
その苦痛や不利益もあり、性同一性障害特例法に基づき、戸籍の性別を女性に変更するよう、昨年、京都家裁に申し立てた。
結果は却下。理由は、結婚しているから、だ。性別変更への理解はどこまで広がったのか、どのような条件を満たせば認められるのかー。現在地を探る。(共同通信=小玉明依)
唯一無二の関係
みきさんは結婚後もしばらく、男性として社会生活を続けていた。数年後、ブラジャーの跡が付いていたのをチロさんに見つかり、こう怒られた。
「私に隠れてやらないで」。チロさんに嫌われるかと思っていたが、むしろ女性として社会生活を送ることを後押ししてくれた。このことをきっかけに、髪の毛を伸ばし、服装も変え、法律上の名前も女性名にした。
お互いにない部分を補い合いながら、唯一無二の関係を築いた。お互いについてこう話す。「趣味はぜんぜん違う」「でも安心して眠れるんです」。みきさんは外見や名前を女性に変えたことで、男性として社会生活を送るストレスから解放された。
「この人しかいない」
チロさんは、みきさんとの結婚生活をどう感じているのか。
まず、自身の性的指向が男性から女性に変わったわけではない。「テレビで俳優さんを見て、かっこいいと思うのは男の人」という。みきさんについては「性別が変わっても、私が大事にしているこの人であり続けるなら、その時間を分かち合いたい」と話す。
みきさんは、言う。
「今ここで一緒でなければ体験できないことを味わえるのは、この人しかいないかなって思う」
夫婦関係の最重要事項は性別ではない。みきさんが、戸籍上は男性のままで困ることは何か。
問題は身分証を示す場面だという。「私が私であることを認識してくれない。それが一番つらい」。カミングアウトしなければならないこともある。
5要件
性同一性障害者特例法では、性別を変更するには、2人以上の医師から性同一性障害の診断を受けた上で、5つの要件を全て満たす必要がある。
みきさんは、②「婚姻していない」(非婚要件)以外の4つを満たしているが、②を満たすためには、離婚しなければならない。
しかし、みきさんは2024年7月、既婚のままの性別変更を求め、京都家裁に家事審判を申し立てた。
「離婚も考えるが…」
知人から「(自治体が同性カップルを公的に認める)パートナーシップ制度があるじゃないか」と言われたこともある。しかし、婚姻関係で保障されていることが、パートナーシップの関係では保障されない。妻が交通事故、病気などで「もしもの事」があった時、相続人になれないといった不利益が生じる。入院した際に、家族として病室に入れない恐れもある。
婚姻関係を解消する選択も、社会上の性別と法律上(戸籍)の性別が異なる生活を送る苦痛を我慢する選択も受け入れられない。みきさんは、申立書で「過酷な二者択一」を迫る特例法は憲法違反だと主張した。
2025年1月、裁判官から聞き取りを受ける「審尋」の手続き。チロさんは、性別変更が認められなかった場合を裁判官に問われると、こう回答した。
「離婚するつもりはないが、結婚したままだとみきさんが女性として生きることが難しくなり、それが重く苦しいことであれば、離婚することも考える。でも、お互いが幸せになる道であるとはいえないし、そういう選択を迫られることは、ものすごく苦痛です」
「ほんと、なんでやねん」
性別変更は認められなかった。
非婚要件について、「婚姻の継続という重要な法的利益を制約するものということができる」と指摘し、妻と離婚して性別を変えるか、離婚せず社会上の性別と法律上の性別が異なることによる不利益を甘受するかの二者択一を迫っていることは認めた。しかし、「直ちに憲法に反して無効と解することはできない」と判断した。
京都家裁の決定を受け、チロさんはこう声を振り絞った。
「それぞれ幸せの形は違うのに、時代遅れというか、ずれている印象です。ほんと、なんでやねん」
同性婚が先?
京都家裁の決定でも指摘されたが、非婚要件が求められる理由は、「同性婚」という今の法律では認められていない状態を避けるためだ。2人が結婚したまま、みきさんの性別が女性になると、女性と女性が結婚した状態になる。
それでは、同性婚が認められないと非婚要件はなくせないのだろうか。 明治大法学部の渡辺泰彦教授(家族法)は「同性婚は婚姻の成立段階の問題、非婚要件は望まない離婚を強いるという問題であり、意味合いが違う」と指摘する。
渡辺教授によると、ドイツで非婚要件が撤廃されたのは2008年。2017年の同性婚法制化より先だったという。
その理由について「ドイツの場合は、基本法(憲法)に『婚姻と家族は特別な国家の保護の下にある』との規定があり、国家が離婚を強制することが違憲だと結びつけやすかったのだろう」と話す。
近年はヨーロッパや南米を中心に、性別変更の要件そのものをなくし、個人の自己決定で性別変更を可能とする法律を制定する国が増えているという。
「日本で特例法の要件撤廃が進むことは望ましい。ただ、学校や職場、専門機関での相談体制を拡充し、当事者を支援する体制を整えておかなければいけない」
4要件に?
2004年に施行された性同一性障害特例法。2023年10月には、最高裁が身体に負担がかかり、リスクもある手術を伴う「生殖能力要件」を違憲・無効と判断した。背景にあったのは、最高裁も認めた社会情勢の変化だ。
この判決以降、生殖能力をなくす手術を受けていなくても、家裁が性別変更を認めるようになった。最高裁によると、2024年の1年間で、少なくとも54件あったという。
外観要件についても、広島高裁が2024年7月に「違憲の疑いがある」と判断した。
非婚要件については、最高裁は2020年、みきさんと同様に既婚のままの性別変更を求めた申し立てを認めなかった。非婚要件を合憲と判断、「異性間においてのみ婚姻が認められている現在の婚姻秩序に混乱を生じさせかねないなどの配慮に基づくもの」とし、現在も覆す判断は出ていない。
違憲判断続く
同性婚を巡っては、当事者らが法制化を求め、国を相手に損害賠償訴訟を札幌、東京、名古屋、大阪、福岡の各地裁で提訴。2021年3月、札幌地裁が同性婚を認めない現行法は違憲と初めて判断した。
2021年3月、札幌地裁が同性婚を認めない現行法は違憲と初めて判断した。 一審は憲法判断が分かれたが、2025年3月までに二審では五つの高裁全てが
違憲と判断した。
みきさんとチロさんが指摘したように、家族や幸せの形は人それぞれだ。性的マイノリティーへの理解は着実に広がっている。むしろ特例法の要件こそ、「秩序」を混乱させる要因になっていないか。
みきさんは4月1日付で、性別変更を認めない京都家裁の決定を不服として、大阪高裁に即時抗告した。
取材後記
みきさんとチロさんに初めて会ったのは、2024年7月、家事審判を申し立てる少し前の時です。チロさんは「私は感性で生きている感じ。でも、こっち(みきさん)は論理的」と言いました。違うところに魅力を感じるのだそうです。
一方のみきさんは、「うっとうしいと思っているくせに」とつっこみます。
掛け合いはとてもコミカルで、取材する間、2人の仲の良さが随所に見え、男女や恋愛といった「夫婦」のイメージにはとらわれない姿勢も感じました。
チロさんは、性別はみきさんを構成する一部分でしかなく、性別が変わってもみきさんの「中身」は変わらないと言います。「人それぞれが、どこかしらマイノリティー。最初から無理だと思わないというのが、自分の生き方です。みんながみんな、同じ方向を見て、同じにならなくていい」。出会った当初、みきさんの「変身する」という発言に興味を持った背景にも、こうした考え方があったからなのかもしれません。
出会うべくして出会ったかのようなみきさんとチロさん。2人は、法律のたった一つの文言のために、一緒に築き上げた生活の形を変えざるをえないのでしょうか。ドイツがそうしたように、法律の側が、生活する個々人に寄り添って変わっていくのでしょうか。
(2025/07/09)
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