一般2025年08月07日 「10万!23時から!」闇バイトの犯行指示、連絡開始から逮捕までわずか「1日半」 ギャンブルで借金、消費者金融→ヤミ金→強盗実行役に……裁判員裁判で見えた経緯 提供:共同通信社

昨年、「闇バイト」に応募した若者が実行役を担う強盗事件が首都圏で相次いだ。そのうち千葉県四街道市で起きた事件について、千葉地裁は29歳の被告に、懲役7年の判決を言い渡した。
一連の強盗の形態は共通していた。まず、X(旧ツイッター)などで応募してきた面識のない若者同士を、現場近くで集合させる。秘匿性の高い通信アプリ「シグナル」や「テレグラム」を使って、指示役がターゲットの住所を伝える。そして、若者達は指示通り、多くは夜中に住宅の窓ガラスを割って侵入。住民を殴るなど暴行し、粘着テープで縛って、現金を奪うという流れだ。
裁判では、そうした事件の一部始終が詳しく語られた。さらに、被告がギャンブルやゲームでお金を失い、消費者金融やヤミ金融から借金を重ねて、頼る先をなくした末に闇バイトに手を染めたことも分かった。
被告が犯行の段取りを指図する「指示役」と通信アプリでつながってから、警察に逮捕されるまで、わずか1日半だった。メッセージ履歴などの証拠から明かされたのは、「夜からにしようか!」「10万!23時から!」と知人同士のような軽いノリで指示が出されている実態だった。(共同通信=池上いぶき)
▽「奥さんがどうなっても…」
事件は2024年11月3日、静かな日曜日の未明に起きた。被害に遭った50代男性の供述調書によると、当時の様子は以下の通りだ。
「私は母親と弟と3人暮らしだった。一緒に闇バイトのニュースを見て『うちは狙われないだろう』なんて話していた。夜中、寝ていた時に縁側の方からガラスが割れる音が聞こえて、男が寝室に入ってきた。起き上がろうとするといきなり殴られ、殺されると思って必死に抵抗した」
裁判所は、被告が男性を30~40回殴ったと認定している。男性は抵抗を続けた。すると、男のスマートフォンの方から小さな声が聞こえることに気付いた。
「拘束できたのか」
通話先から問う声に、目の前の男が答える。「まだです。これからです」
男性はこのやりとりを聞き「ニュースで見た闇バイトの強盗だ。スマホで指示を受けているんだ」と勘付いた。
すると、男に粘着テープで拘束されそうになった。男性が回避すると、男は馬乗りになってスマホを男性の耳元に近づけてきた。そこで今度は男性が、スマホ越しに指示役と会話することになった。
指示役「金はどこだ」
男性「給料日前だから金はない」
指示役「奥さんがどうなってもいいのか」
この脅し文句を聞いた男性は、共犯者が家の近くまで来ており、同居する母親を見かけて妻だと勘違いしたのだろうと考えた。「母が殺されるかもしれない」という強い恐怖を感じ、やむなく財布の場所を伝えると、男は財布から現金1万3千円を抜き取って、屋外に逃げていった。男性は鼻の骨を折るなど、全治1カ月の大けがを負った。
▽借金の末、出会った「バイトキング小峠」
被告の男は紺のスーツ姿で出廷した。強盗致傷罪という重い罪名や、粗暴で危険な手口とは裏腹に、短髪で猫背のおとなしそうな見た目だった。法廷では、彼が金銭的に追い込まれていった様子が明かされた。
被告は20代前半のころ、親と同居していた。決まった額を家に納めるほかは、衣服やオンラインゲームにそれぞれ月5万~10万円ほど使っていた。20代半ばに1人暮らしを始め、多少支出を減らしたものの、今度はパチンコやスロットに手を出した。コールセンターの正社員として働き、埼玉県で生活。手取りは月20万円ほどで、決して裕福ではない。そんな中でもギャンブルをやめられず、親族や消費者金融から借金を繰り返すようになっていた。
消費者金融からも借りられなくなると、2024年の夏、ついにヤミ金に手を出した。1万5千円を借りて、数日後に3万円を返すような状況だったという。そんな時に交流サイト(SNS)で50万円の融資話を見つけ、面識のない相手でも構わず申し込んだ。だが「先に利息を支払って」などと言われ、逆に30万円をだまし取られてしまった。さらに、税金の滞納で財産は差し押さえられ、生活は極めて苦しくなった。
家族には頼れなかった。特に母親には、これまでに何度も助けられていたからだ。被告が借金していることを過去に知った際は、一緒に返済計画を立て、毎月ATMで返済するのに立ち会ってくれた。その後も何かと理由をつけて援助を受けていた。何も返せていないのに、またお金を貸してくれとは言いにくかった。
10月下旬、被告はXで「バイト高額」などと調べ、多数のアカウントに応募した。返事が来たのが、今回の事件の仲介役となる「バイトキング小峠」だった。
▽犯行後に被告が向かったのは茂みの中だった
その後は早かった。11月1日の夜、指示役「りりちゃん」とシグナルで連絡をとり始めた。「どんな仕事したい?荷受け、詐欺師の受け子、タタキ、浮気調査、風俗、レイプ、見張り……」。「仕事」をいくつか例示されたが、被告が意味を知らない単語もあった。
荷受けの仕事をすることになり、緊急連絡先として母親の住所や連絡先を伝えた。その後もやりとりは続く。(以下、一部省略しています)
りりちゃん「帰りタクシー代出るから安心して。千葉駅の方になる」
被告「遠いですね!w」
りりちゃん「ちょっと遠いんだよね。所持金いくら?」
被告「5千円です」
りりちゃん「詐欺師に盗まれたものの確認。10万!23時から!担当から連絡入る!」
こうしたやりとりの後、翌日の2日午後11時半ごろには、言われた通りに現場近くのJR四街道駅に到着していた。
指示役は「ポンデリング」というアカウントに代わった。来るはずだった仲間が来られなくなったという理由で、報酬が30万円に上がった。そして、「窓ガラスを割って人をボコボコにして金取ってきて」と言われた。被告は「人を傷つけることをやるつもりはない」と思い、一度断った。だが「母親がどうなっても知らないよ」と脅され、結局は言われるがまま住宅に押し入った。
被告は11月3日午前7時5分ごろ、千葉県警に逮捕された。りりちゃんと連絡を取り始めてから、わずか1日半後のことだった。被害者宅を出てから警察官に見つかるまでは、付近の茂みに隠れていた。パニック状態で、奪った現金を数えることすらしなかったという。ポンデリングからの連絡は途絶えていた。
裁判を傍聴して印象に残ったことが二つある。メッセージがかなりくだけた調子だったことと、知り合ってから事件までの期間が極めて短いことだ。闇バイトに申し込む若者は、給料日を待つ経済的余裕がなく、今すぐに現金が欲しいはずだ。彼らにとって、履歴書や面接が要らずフランクに連絡でき、すぐに「仕事」が振られる闇バイトは、気軽に申し込みやすいのだろう。
▽事件後、語ったこと
被告は、危ない仕事をさせられるかもしれないと思わなかったのだろうか。検察官の質問に、被告は「何も考えていなかった」と繰り返した。「闇バイトという言葉は聞いたことがあったけれど、これがそうだとピンとはこなかった」。弁護士によると、事件直前の口座残高は、わずか千円。金策で頭がいっぱいになり、犯罪に加担する可能性に考えが及ばなかったのだという。
被告には懲役7年の判決が言い渡された。宮本聡裁判長による判決理由はこうだ。被告は脅されていたとはいえ、そのことを警察に相談するなど他の手段を取らなかった。罪を軽くするための事情として大きく酌むことはできない―。暴行についても危険でしつこかったと非難した。
一方、被告の位置づけについてはこう評した。「犯行実現のために不可欠で重要な役割を担った。もっとも、組織における地位は末端で、従属的立場にとどまっていた」。被告の母親が被害男性に弁償金を支払ったことなども考慮した。
この判決を懸念する声もある。「今後、一連の強盗事件の裁判が続く。今回の判決に引っ張られ、量刑が軽くなってしまわないだろうか」。ただ、被告が「トカゲのしっぽ切り」に遭い、簡単に切り捨てられる立場だったことも事実だ。
闇バイトによる事件の特徴は「犯行の悪質性」と「実行役の積極性」がアンバランスな点だろう。彼らには「何が何でも強盗してやる」という強い意志があるわけではない。それなのに指示されたからと、何の罪もない見ず知らずの人を傷つけるのだ。
今回は裁判員裁判で、国民の中から選ばれた人たちが裁判員として参加した。判決の最後に「裁判員から伝えたい言葉」として、裁判長がこのように読み上げた。「楽してお金が手に入るという話には乗らず、更生の道を歩んでください」。被告はこれを聞き、小さくうなずいた。
被告は反省の弁を述べた。「被害者の心と体に大きな傷を負わせ、取り返しのつかないことをした。安心して休めるはずの自宅で今もおびえる生活をしていると思うと申し訳ない」。そして、「どこかで止まっていればよかった」と振り返る。
「アルバイト感覚」で重大な罪を犯した被告。控訴せず、刑は確定した。裁判中、出所後について裁判長に問われると、自信なさげにこうつぶやいていた。
「普通の仕事に就きたい」
(2025/08/07)
(本記事の内容に関する個別のお問い合わせにはお答えすることはできません。)
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