解説記事2025年05月19日 税務マエストロ 相続人の納税義務と2割特例の適用判定(2025年5月19日号・№1074)
税務マエストロ
相続人の納税義務と2割特例の適用判定
#308
税理士 熊王征秀
マエストロの解説
相続人の納税義務判定に用いる基準期間における課税売上高の計算は、単に課税事業者になるがどうかということだけでなく、相続人の2割特例の適用判定にも影響するものである。被相続人と相続人の基準期間における課税売上高(判定に用いる金額)が1,000万円を超える場合、相続人は課税事業者になるとともに、インボイス登録をしている場合には原則として2割特例を適用することはできない。
判定に用いる金額が1,000万円以下の場合には、相続人は免税事業者となることができるとともに、インボイス登録をしている場合には、課税事業者として申告義務が発生し、2割特例の適用を受けることができる。
被相続人の基準期間における課税売上高(判定に用いる金額)が1,000万円を超え、相続人が1,000万円以下の場合には、相続があった日の翌日から相続人は課税事業者となるが、インボイス登録をしている場合でも、原則として2割特例の適用を受けることはできない。
ただし、相続開始前に相続人がインボイス登録をしている場合には、たとえ被相続人の基準期間における課税売上高が1,000万円を超えている場合であっても、相続があった年についてだけは2割特例の適用が認められている(平成28年改正法附則51の2①)。
登録 → 相続 ○
相続 → 登録 ×
※登録事業者には、相続により事業を承継した相続人(みなし登録事業者)が含まれる。
相続財産が未分割の場合や分割承継などがある場合、その計算方法は相当に複雑になるので特に注意が必要だ。

今回は、相続があった場合の相続人の納税義務と2割特例の適用判定について確認する。
1 相続があった年の相続人の納税義務の判定
相続のあった年は、被相続人の基準期間における課税売上高が1,000万円を超える場合には、相続のあった日の翌日から年末までの期間については、相続人は課税事業者となる(消法10①)。

ここで悩ましいのは相続人が事業を営んでいる場合である。相続人の基準期間中の課税売上高が1,000万円を超える場合には、被相続人の実績を考慮するまでもなく、相続人は年初から課税事業者となるわけであるが、上図のように相続人の基準期間中の課税売上高が1,000万円以下であり、かつ、被相続人の基準期間中の課税売上高が1,000万円を超える場合には、相続人は年の中途からいわば不意打ちに納税義務者に取り込まれることになる。
例えば、8月10日に相続が発生した場合には、事業を承継した相続人は8月11日から12月31日までの取引について納税義務が発生することになる。結果、1月1日から8月10日までの分と8月11日以降の分について、帳簿を区分して整理しておかなければ消費税の申告ができないことになるのである。課税事業者となることを前提に、税の転嫁(価格の値上げ)などできるものなのであろうか?
(注)本則課税により申告する場合には、8月11日から12月31日までの期間における売上高を基に課税売上割合を計算することとされている(消基通11−5−3(1))。
2 相続があった年の翌年及び翌々年の相続人の納税義務の判定
相続のあった年の翌年及び翌々年については、相続人が事業を営んでいる場合には、相続人と被相続人の基準期間の課税売上高の合計額が1,000万円を超えると相続人は課税事業者となる(消法10②)。相続があった年の判定とは異なり、相続人と被相続人の課税売上高を合計して判定することに注意が必要だ。

3 連続して相続が発生した場合の各相続人の納税義務の判定
旧消費税法施行令では、相続が連続して発生した場合、2回目の相続における被相続人の基準期間における課税売上高には、1回目の相続における被相続人の課税売上高を加算することとされていた(旧消令21②)。この取扱いは、平成15年度改正で事業者免税点が3,000万円から1,000万円に引き下げになったことに伴い改正され、平成16年4月1日から廃止されている。
よって、相続が連続して発生した場合でも、相続人の納税義務判定では、1回目の相続における被相続人の課税売上高を関係させる必要はない。
次頁図のようにx3年とx4年に連続して相続が発生した場合、Bのx3年とx4年の納税義務は、Bと被相続人Aの課税売上高により判定する。
また、Cのx4年とx5年の納税義務は、被相続人Aの課税売上高は考慮せずに、Cと被相続人Bの課税売上高により判定する。

4 相続財産が未分割の場合の納税義務判定
(1)相続財産が未分割の場合
相続財産が未分割の場合には、財産の分割が実行されるまでの間は各相続人が共同して被相続人の事業を承継したものとして取り扱うこととされており、判定に用いる被相続人の基準期間における課税売上高は、各相続人の法定相続分に応じた割合を乗じた金額によることとされている(消基通1−5−5)。
【具体例】
被相続人の前々年(基準期間)の課税売上高(税抜)は3,200万円で、相続財産は未分割の状態にある。相続人が、被相続人の妻、長男、次男の3人である場合には、妻は相続のあった日の翌日から年末までの期間について納税義務者となるが、2人の子供については、判定に用いる金額が1,000万円以下となるので、納税義務は免除されることになる。

(2)インボイスの取扱い
被相続人が適格請求書発行事業者の場合において、相続財産が未分割で複数の相続人がいるときは、みなし登録期間中は、各相続人が法定相続分割合により消費税の申告をすることになる(消基通1−7−5)。
消費税法57条の3第3項の「みなし登録」の規定では、事業を承継した相続人から適格請求書発行事業者である相続人をかっこ書で除いている。
そうすると、相続発生前から適格請求書発行事業者である相続人は、もともとある自分の登録番号を使い、それ以外の相続人は、被相続人の登録番号を使うことになるものと思われる。このような状態で、インボイスの交付についてはどのように処理すればよいのだろうか……。
また、未分割の状態がみなし登録期間経過後も継続する場合において、インボイスの登録をする相続人と登録しない相続人がいる場合のインボイスの交付についてはどうなるのであろうか……。
実務上、不動産の賃貸については毎月インボイスを発行することはせず、契約書に登録番号などの必要事項を記載してインボイスの交付に代えるものと思われるが、賃貸物件が未分割の場合には、分割が確定するまでは暫定的にインボイスを発行することもあるだろう。インボイスの登録をしている相続人と登録していない相続人の共有物件は、インボイス兼用の領収証とインボイスでない領収証を発行する必要があるのだろうか?
インボイスの交付を受ける賃借人にしてみれば、インボイス兼用の領収証とインボイスでない領収証の交付を受けると事務処理が煩雑になる。また、同一の物件について、複数の登録番号が付されたインボイスの交付を受けるのも混乱のもとになりそうだ。いずれは遺産分割が確定する一時的な取扱いで、媒介者交付特例を利用するのも面倒な気がする。
「遺産分割が確定するまでは、登録事業者である相続人についても、被相続人に関するインボイスを発行する場合に限っては、被相続人の登録番号を使用しても差し支えありません。」といったようなQ&Aの改訂が必要ではないかと思われる。
5 遺産分割が確定した場合
年の中途において遺産分割が確定した場合には、民法909条(分割の遡及効)の規定に基づき、遺産の分割は相続開始の時に遡ってその効力を生ずることとされている。
こういった理由から、被相続人の事業を承継する相続人の納税義務判定についても、相続のあった日においてその事業を承継したものとして取り扱うこととされていた時期もあったようだ(消費税法基本通達の徹底解明29~30頁/ぎょうせい)。
しかしながら、消費税は税の転嫁を予定して立法されているものであり、納税義務の有無については、事前に予知しておかなければ価格設定(税の転嫁)ができない。こういった理由から、相続があった年とその翌年については、次頁の上表のように法定相続分割合により相続人の納税義務を判定することが、大阪国税局と東京国税局の文書回答事例により公表されている。
また、法定相続分に応じて判定したことにより免税事業者となった相続人が、遺産分割が確定したことにより、結果として事業の全部を承継したとしても、その事実により、相続人の当初の納税義務判定が覆ることはないものと解釈されている(税務QA2007年2月号/上杉秀文著29頁コメントより)。

(1)前年に相続があった場合の共同相続人の消費税の納税義務の判定(相続があった年の翌年に遺産分割協議が確定した場合)
前年に相続があった場合の共同相続人の消費税の納税義務の判定については、東京国税局の文書回答(平成24年9月18日付)により、民法909条(分割の遡及効)が適用されないことが明らかにされた。
東京国税局の照会事例と回答(概要)は次のとおりである。
照会事例
農業及び不動産賃貸業(貸店舗)を営んでいた被相続人(照会者の実母)が平成23年4月に死亡した。相続人である本事例の照会者とその実妹の間で平成24年2月に遺産分割協議が成立し、被相続人である実母の事業はすべて照会者が承継することとなった。この場合において、照会者の平成23年と24年分の納税義務は免除されるか?
なお、照会者(相続人)は農業及び不動産賃貸業(貸店舗)、照会者の実妹(相続人)は不動産賃貸業(駐車場)を営んでおり、いずれも消費税の免税事業者である。

回答
〔平成23年の照会者の納税義務〕
①平成21年(基準期間)における照会者の課税売上高により判定する。
206万円≦1,000万円
②平成21年(基準期間)における被相続人の課税売上高に法定相続分割合を乗じた金額により判定する。
1,350万円×1/2=675万円≦1,000万円
∴照会者は免税事業者となる。
〔平成24年の照会者の納税義務〕
①平成22年(基準期間)における照会者の課税売上高により判定する。
206万円≦1,000万円
②照会者の基準期間(平成22年)における課税売上高と、被相続人の基準期間(平成22年)における課税売上高に法定相続分割合を乗じた金額を合計して判定する。
206万円+1,390万円×1/2=901万円≦1,000万円
∴照会者は免税事業者となる。
(2)相続があった年に遺産分割協議が確定した場合における共同相続人の(相続があった年の)消費税の納税義務の判定
相続があった年に遺産分割協議が確定した場合における共同相続人の消費税の納税義務の判定については、大阪国税局の文書回答(平成27年3月24日付)により、法定相続分割合によることが明らかにされた。
大阪国税局の照会事例と回答(概要)は次のとおりである。
照会事例
不動産賃貸業を営んでいた被相続人(照会者の父)が平成26年2月に死亡した。相続人である本事例の照会者とその妻、母を含む相続人7名(養子を含む。)で同年(平成26年)中に遺産分割協議が成立し、被相続人である父の事業に係る相続財産は、照会者が3分の2、妻が3分の1の持分を相続し、事業を承継することとなった。この場合において、照会者の平成26年分の納税義務は免除されるか?
なお、事業承継者である照会者は会社員、その妻は専業主婦であり、相続の発生した平成26年に係る基準期間(平成24年)における課税売上高はゼロである。

回答
〔平成26年の照会者の納税義務〕
①平成24年(基準期間)における照会者の課税売上高により判定する。
0円≦1,000万円
②平成24年(基準期間)における被相続人の課税売上高に照会者の法定相続分割合を乗じた金額により判定する。
1,700万円×1/12≒141万円≦1,000万円
∴照会者は免税事業者となる。
(注)妻の法定相続分割合が「1/2」、子(養子を含む)6人の法定相続分割合が「1/2」であるから、照会者の法定相続分割合は「1/2」の「1/6」で「1/12」になる。
【具体例1】一の相続人が事業承継するケース(相続発生年に分割が確定した場合)
不動産(貸ビル)賃貸業を営む被相続人につき、x3年6月30日に相続が発生し、同年9月30日に長男が全ての遺産を相続することが確定した。
この場合の消費税の納税義務の判定と課税事業者となる場合の課税売上高、所得税の申告における総収入金額について検討する。
なお、相続人は妻(無職)と給与所得者である長男及び次男の計3人である。

なお、被相続人のx3年1月1日~6月30日期間中の課税売上高1,500万円については、10月31日までに相続人が共同で準確定申告と納税をすることになる(消法45③、59)。
〔x4年における各相続人の納税義務判定と課税売上高(総収入金額)〕
3,300万円>1,000万円 ∴長男は、x4年中は課税事業者となる。
よって、x4年中の家賃収入全額を課税売上高(総収入金額)として消費税と所得税の申告をすることになる。
なお、妻と次男は事業を承継していないので納税義務はない。
〔x5年における各相続人の納税義務判定と課税売上高(総収入金額)〕
800万円×1/4+900万円=1,100万円>1,000万円
∴長男は、x5年中は課税事業者となる。
よって、x5年中の家賃収入全額を課税売上高(総収入金額)として消費税と所得税の申告をすることになる。
なお、妻と次男は事業を承継していないので納税義務はない。
『こんなときどうする消費税Q&A』(和氣光編著・第一法規)375の21~375の23頁(相続があった年において遺産分割協議が整った場合の納税義務の判定)では、相続があった年中に遺産分割が確定した場合の翌々年の納税義務の判定について、「……遺産分割協議が相続があった年に整っている以上、その年の課税売上高は遺産分割協議の内容に沿って判定すべき……」とした上で、【具体例1】であれば、1,700万円(800万円+900万円)により長男の納税義務を判定することとしている。
……が、筆者はx3年分の所得税や消費税の申告で、長男が実際に売上高に計上した金額により判定すべきだと考え、【具体例1】を作成した。
【具体例2】一の相続人が事業承継するケース(相続発生年の翌年に分割が確定した場合)
不動産(貸ビル)賃貸業を営む被相続人につき、x3年6月30日に相続が発生し、翌年のx4年9月30日に長男が全ての遺産を相続することが確定した。
この場合の消費税の納税義務の判定と課税事業者となる場合の課税売上高、所得税の申告における総収入金額について検討する。
なお、相続人は給与所得者である長男及び次男の2人である。

なお、被相続人のx3年1月1日~6月30日期間中の課税売上高1,800万円については、10月31日までに相続人が共同で準確定申告と納税をすることになる(消法45③、59)。

〔x5年における各相続人の納税義務判定と課税売上高(総収入金額)〕
1,600万円×1/2+1,800万円=2,600万円>1,000万円
∴長男は、x5年中は課税事業者となる。
よって、x5年中の家賃収入全額を課税売上高(総収入金額)として消費税と所得税の申告をすることになる。
なお、次男は事業を承継していないので納税義務はない。
【具体例3】分割承継のケース(相続発生年に分割が確定した場合)
不動産賃貸業(貸店舗)を営む被相続人につき、x3年6月30日に相続が発生し、同年9月30日に長男がK物件、次男がM物件を相続することが確定した。
この場合の消費税の納税義務の判定と課税事業者となる場合の課税売上高、所得税の申告における総収入金額について検討する。
なお、相続人は給与所得者である長男及び次男の2人である。


なお、被相続人のx3年1月1日~6月30日期間中の課税売上高780万円については、10月31日までに相続人が共同で準確定申告と納税をすることになる(消法45③、59)。

<解説>
x3年1月1日~6月30日(相続前の期間)については、分割承継によりK物件の賃料収入300万円は長男に、M物件の賃料収入480万円は次男に帰属することになる。
7月1日~9月30日の未分割期間については、法定相続分割合により賃料を帰属させるので、遺産分割の結果にかかわらず、長男と次男の賃料収入はおのおの195万円になる(390万円×1/2=195万円)。
10月1日~12月31日の分割確定後の期間については、K物件の賃料収入150万円は長男に、M物件の賃料収入240万円は次男に帰属することになる。
【具体例4】分割承継のケース(相続発生年の翌年に分割が確定した場合)
不動産賃貸業(貸店舗)を営む被相続人につき、x3年6月30日に相続が発生し、翌年のx4年9月30日に長男がK物件、次男がM物件を相続することが確定した。
この場合の消費税の納税義務の判定と課税事業者となる場合の課税売上高、所得税の申告における総収入金額について検討する。
なお、相続人は給与所得者である長男及び次男の2人である。

なお、被相続人のx3年1月1日~6月30日期間中の課税売上高780万円については、10月31日までに相続人が共同で準確定申告と納税をすることになる(消法45③、59)。


<解説>
x3年1月1日~6月30日(相続前の期間)については、分割承継によりK物件の賃料収入300万円は長男に、M物件の賃料収入480万円は次男に帰属することになる。
7月1日~12月31日の未分割期間については、法定相続分割合により賃料を帰属させるので、遺産分割の結果にかかわらず、長男と次男の賃料収入はおのおの390万円になる(780万円×1/2=390万円)。
記事に関連するお問い合わせ先
記事に関するお問い合わせは週刊「T&Amaster」編集部にお寄せください。執筆者に質問内容をお伝えいたします。
e-mail:ta@lotus21.co.jp
※なお、内容によっては回答いたしかねる場合がありますので、あらかじめご了承ください。
本記事につきましては、一部誤りがございましたのでお詫びして訂正いたします(本誌1078号(2025.6.16)11頁参照)。
なお、本記事は、令和7年6月12日付けで訂正後のものを掲載しております。
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