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解説記事2011年07月18日 【最新判決研究】 国外財産を贈与した場合における受贈者の「住所」の認定─武富士事件─(上)(2011年7月18日号・№411)

最新判決研究
国外財産を贈与した場合における
受贈者の「住所」の認定─武富士事件─(上)
品川芳宣
早稲田大学大学院教授

東京地裁平成19年5月23日判決(訟務月報55巻2号267頁)
東京高裁平成20年1月23日判決(判例タイムズ1283号119頁)
最高裁平成23年2月18日第二小法廷判決(平成20年(行ヒ)第139号)

一、事実 (1)X(原告、被控訴人、上告人)は、父甲(平成18年8月10日死亡)及び母乙から、平成11年12月27日付の株式譲渡証書(以下「本件贈与契約書」という。)により、オランダの有限責任非公開会社であるYST社の出資口数720口(甲から560口、乙から160口、以下「本件出資」という。)を取得した(以下「本件贈与」という。)。なお、本件贈与前におけるYST社の出資総数は、800口で、甲が560口、乙が240口それぞれ所有していた。
  Xは、本件贈与時には日本国内に住所を有せず、かつ、本件出資が日本国内にある財産ではない(国外財産)ということで、贈与税の申告をしていなかった。
(2)これに対し、処分行政庁は、本件贈与について、平成17年3月2日付で、Xに対し、贈与税の課税価格を1,653億603万円余、納付すべき贈与税額を1,157億290万円余とする平成11年分贈与税の決定処分(以下「本件決定」という。)及び無申告加算税の額を173億5,543万円余とする賦課決定処分(以下「本件賦課決定」という。)をした。
  なお、処分行政庁は、本件出資の価額につき、財産評価基本通達(以下「評価通達」という。)5の定めにより、評価通達に定める評価方法に準じて評価することとし、YST社の資産総額に占める株式及び出資の価額の合計額の割合が84.2%であることから、評価通達189に定める株式保有特定会社と同様に、評価通達185に定める純資産価額方式により評価することとした。
  Xは、本件決定及び本件賦課決定を不服として、不服申立ての前置を経て、国(被告、控訴人、被上告人)に対し、本件取消請求訴訟を提起した。

二、争点と当事者の主張

1 争  点
 本件贈与日(平成11年12月27日)において、Xが日本国内に「住所」を有していたか否か。

2 国の主張 (1)受贈者の住所がどこにあるのかは、単に住民票の記載事項により判断するのではなく、いずれが受贈者の「生活の本拠」に該当するかを、住居、職業、国内において生計を一にする配偶者その他の親族を有するか否か、資産の所在等の客観的事実に加え、本人の居住意思・目的も考慮して、総合的に判断することとなるが、定住の意思は必ずしも常に存在するものではなく、外部から認識し難い場合が多いため、本人の主観的な意思はあくまでもその判断のための一資料として考慮するにとどまるべきである。相続税法基本通達(以下「基本通達」という。)において、相続税法に規定する「住所」とは、各人の生活の本拠であり、生活の本拠であるか否かは客観的事実によって判定する旨規定されているが、これは、民法上の生活の本拠についての客観説を採ることを明らかにしたにすぎず、居住者の主観面を考慮することを排除するものではない。
  そして、各法域においてその目的に応じた固有の住所が存在すると解されるのであるから、贈与税に関する住所の認定に当たっても、贈与税が、相続税の補完税としての性質を持ち、相続税のみが課税されるとした場合には、生前に財産を贈与することによって、相続税の負担を容易に回避することができることになるため、このような税負担の回避を封ずることを目的としていることが考慮されてしかるべきである。
(2)国が、本件で問題とされている平成9年6月29日から平成12年12月17日までの期間(以下「本件滞在期間」という。)について、Ⅹに対し、所得税の課税処分を行わなかったことは、国がⅩの所得税法上の住所が国外にあったと認定したことを意味するものではない。のみならず、所得税は、年・月などをもって定期に課される期間税であるのに対し、贈与税は、課税物件が随時に生じる随時税であること、所得税は一般に暦年の終了の時に納税義務が成立するのに対し、贈与税は贈与による財産の取得の時に納税義務が成立することなど、租税としての性質や課税体系を異にするから、所得税における住所と贈与税における住所は必ずしも同一ではない。
(3)甲は、平成11年ころ、T社の将来を長男のXに委ねたいと考え、贈与者らのYST社に対する出資持分をⅩに贈与することとした。本件贈与の実行に至るまでには、甲及びその関係者らの間で、事前に贈与税の課税を回避するための綿密な協議が行われ、甲は、贈与税回避のためのスキームに従って、香港に渡航したものである。
  もともと、甲及び乙が所有していた国内財産であるT社株式は、フランス及びオランダにおいて、極めて短期間に法人の設立や買収・増資、さらには金融機関から1,000億円もの多額の借入を行うなどの様々な手法を駆使することにより、外形上、YST社の出資持分という国外財産に転換された。受贈者の国外住所化については、受贈者の滞在先として贈与税の負担のない香港を選択し、T社が2つの香港の会社を実質的に買収しⅩを代表者に就任させ、同人に香港居住の必要があるかのような外観を作出したほか、贈与後はⅩが日本に帰国することを控えるなど、甲ら及びⅩは、諸外国の税制を十分に研究して甲ら及びⅩの税負担が最小になるようにした上で、課税庁による調査が行われる可能性も念頭に置きつつ、周到な準備を行い計画的に本件贈与を実行したものである。Ⅹが、このように贈与税を回避する目的で、香港に住所を移転したとの外形を作出するために香港に渡航したことは、もともと相続税回避を目的とする贈与税における「住所」の認定において、十分考慮されなければならない。
(4)Ⅹは、昭和57年12月18日に、甲、乙及び実弟丙など家族とともに、杉並区内の自宅(以下「本件杉並自宅」という。)に異動しており、このころから、Ⅹの生活の本拠は、本件杉並自宅であった。なお、Ⅹの住民登録は、平成9年7月10日に香港に移転しているものの、平成15年1月1日には、再び本件杉並自宅に戻っている。
  Ⅹの本件滞在期間中の日本滞在日数と香港滞在日数は、香港滞在日数の割合が65.8%ではあるものの、日本滞在日数の割合が26.2%であり、本件滞在期間の間、4日に1日以上も本件杉並自宅に起居していることからも、生活の本拠が本件杉並自宅から移転していないことは明らかである。
(5)仮に、香港にXの住所があったとしても、法律上の「住所」は、法律の趣旨等を考慮して、法律問題ごとに相対的に定められるべきものであるから、そのことから直ちに、日本に住所があったことが否定されるわけではない(住所複数説)。Xは、住所複数説は判例や通達と矛盾すると主張するが、Xの主張する判例や通達は、住所複数説を否定するものではない。
  なお、基本通達(平成12年改正前のもの)1・1の2共-5第2文は、「同一人について同時に法施行地に2箇所以上の住所はないものとする。」と定めているが、これは、本邦内における住所の個数について定めているにすぎず、本邦内の住所と本邦外の住所を有する場合については何ら言及していない。この定めは、本邦内に2か所以上の住所を有するとした場合に管轄税務署が複数存在することとなる可能性があるため、徴税の便宜の観点から定められたものであり、かえって、実体的には、2か所以上の住所が存在することがあり得ることを前提としたものである。Xは、国際課税の局面において住所複数説の立場に立つと、複数国の課税競合が生じ、その調整において不合理な結果を招く危険が高くなると主張するが、国際的な課税競合の問題は、各国がそれぞれ独自の相続税体系を構築し、独自の住所認定をしている以上、常に生じるのであって、住所複数説によって新たに生じる問題ではない。

3 Xの主張 (1)最高裁昭和29年10月20日大法廷判決・民集8巻10号1907頁は、「およそ法令において、人の住所につき、法律上の効果を規定している場合、反対の解釈をなすべき特段の事由のない限り、その住所とは、各人の生活の本拠を指すものと解するのを相当とする」と明言している。
  納税者個人の「生活の本拠」とは、あくまで、納税者個人の「職業の」本拠ではなく、納税者個人の「生活の」本拠であり、個人が日々生きている生活圏内の中心を意味する。就業しているか否かを問わず、すべての納税者につき住所の認定のために一律に用いられる「生活の本拠」の意義は、納税者の仕事の内容、勤務の実態に関する諸要素により左右されるべきものではあり得ない。
(2)本件滞在期間中のⅩの次のような香港での生活ぶり等からみて、本件贈与時のⅩの住所は香港である。
 ① Ⅹは、本件滞在期間中、本件香港自宅を自宅とし、同自宅で就寝、起床して朝食をとり、日中は、平日(通常午前9時から午後9時まで)及び土曜日(通常午前9時から午後6時まで)は、香港各会社のオフィス(ただし、平成11年1月以降。平成9年6月から平成10年12月までは、本件香港自宅の一部をオフィスとして使用していた。)に出社して、両社の代表取締役として執務し、日曜日は、自宅ですごしたり、レストラン、劇場等で友人・知人らと交際していた。
 ② 本件滞在期間中のⅩの香港滞在日数は、国の主張によれば、1,286日中834日(65.8%)である。そして、Ⅹは、本件贈与日を含む課税年度につき、本件香港自宅を自宅と考えて、香港政庁に所得税を納税し、日本で所得税、地方税等を納税していない。国は、この事実について、何らとがめ立てしていない。
(3)一般に認められている住所複数説は、生活関係の領域ごとにそれぞれ1つの住所が存在し得ることから、結果として同一人に複数の住所が認められる場合があり得るとの立場である。ところが、国の主張する住所複数説は、同一人が特定の1つの法律関係について同時に複数の住所を有する可能性を認めるというものであり、このような立場は、一般に認められているものではないし、これまでの判例(最高裁昭和35年3月22日判決・民集14巻4号551頁、最高裁昭和63年7月15日判決・税務訴訟資料165号324頁など)や基本通達とも矛盾する。

三、一審判決要旨

請求認容。
(1)法令において人の住所につき法律上の効果を規定している場合、反対の解釈をすべき特段の事由のない限り、住所とは、各人の生活の本拠を指すものと解するのが相当であり(最高裁昭和29年10月20日判決参照)、生活の本拠とは、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものである(最高裁昭和35年3月22日・民集14巻4号551頁参照)。そして、一定の場所がある者の住所であるか否かは、租税法が多数人を相手方として課税を行う関係上、客観的な表象に着目して画一的に規律せざるを得ないところからして、一般的には、住居、職業、国内において生計を一にする配偶者その他の親族を有するか否か、資産の所在等の客観的事実に基づき、総合的に判定するのが相当である。これに対し、主観的な居住意思は、通常、客観的な居住の事実に具体化されているであろうから、住所の判定に無関係であるとはいえないが、かかる居住意思は必ずしも常に存在するものではなく、外部から認識し難い場合が多いため、補充的な考慮要素にとどまるものと解される。
(2)Ⅹは、本件滞在期間中の全日数のうち、26.2%に相当する日数は日本に滞在し、その間は本件杉並自宅に起居していたところ、Ⅹが日本出国日に香港へ携帯したのは衣類程度であったのであるから、本件杉並自宅は従前と同様、Ⅹの住居として使用することができる状態にあったと考えられる。
  他方、Ⅹは、本件滞在期間中、その65%余りの日数を香港で過ごし、その間は専ら本件香港自宅で起臥寝食していたものである。そして、本件香港自宅は、ホテルと同様のサービスが受けられるサービスアパートメントであるが、当初の契約では、賃貸期間を24か月とし、賃料3か月分の保証金を賃貸人に差し入れることとされており、さらに当初の賃貸期間満了時には、賃貸期間をさらに24か月延長して契約が更新されていることからみて、本件香港自宅は相当期間使用されることが予定されていたというべきであって、Ⅹの香港滞在が一時的なものであったことを裏付けるものとはいえない。また、本件香港自宅が高額な家賃であったり、生活諸道具を持ち込んでいないことをもって、前記認定を左右するものではない。
  以上によれば、本件杉並自宅と本件香港自宅は、いずれも生活の本拠としての住居たりえるものであるといえ、住居の点からⅩの住所が国内にあったとすることはできない。
(3)Xは、本件贈与の実行において、多額の贈与税の負担を回避しようとしてW公認会計士らの指示を受けているのは事実である。
  しかしながら、前示のとおり、ⅩはT社の海外駐在役員ないし香港各会社の代表者の地位にあって、現実にそれらの業務に従事していたものであり、かかる業務が贈与税を回避するために作出された外形にすぎないとは認められないのであるから、Ⅹが本件滞在期間中に単に贈与税の負担を回避することのみを目的として香港に滞在していたとは認定し難い。また、Ⅹの香港滞在の目的の1つに贈与税の負担回避があったとしても、現実にⅩが本件香港自宅を拠点として生活をした事実が消滅するわけではないから、Ⅹが贈与税回避を目的としていたか否かが、本件杉並自宅所在地が生活の本拠であったか否かの点に決定的な影響を与えるとは解し難い。
(4)以上のとおり、Ⅹは3年半ほどの本件滞在期間中、香港に住居を設け、同期間中の約65%に相当する日数、香港に滞在し、上記住居にて起臥寝食する一方、国内には約26%に相当する日数しか滞在していなかったのであって、Ⅹと甲ないしT社との関係、贈与税回避の目的その他国の指摘する諸事情を考慮してもなお、本件贈与日において、Ⅹが日本国内に住所すなわち生活の本拠を有していたと認定することは困難である。国の主張は、Ⅹの租税回避意思を過度に強調したものであって、客観的な事実に合致するものであるとはいい難い。

四、控訴審判決要旨

原判決取消し(請求棄却)。
(1)法令において人の住所につき法律上の効果を規定している場合、反対の解釈をすべき特段の事由のない限り、その住所とは、各人の生活の本拠を指すものと解するのが相当であり(最高裁昭和29年10月20日大法廷判決・民集8巻10号1907頁参照)、生活の本拠とは、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものである(最高裁昭和35年3月22日第三小法廷判決・民集14巻4号551頁参照)。そして、一定の場所が生活の本拠に当たるか否かは、住居、職業、生計を一にする配偶者その他の親族の存否、資産の所在等の客観的事実に、居住者の言動等により外部から客観的に認識することができる居住者の居住意思を総合して判断するのが相当である。なお、特定の場所を特定人の住所と判断するについては、その者が間断なくその場所に居住することを要するものではなく、単に滞在日数が多いかどうかによってのみ判断すべきものでもない(最高裁昭和27年4月15日第三小法廷判決・民集6巻4号413頁参照)。
(2)Xは、平成9年6月29日に香港に出国した際においても、贈与の実行の時期や贈与税の負担回避の具体的方法の詳細は別として、香港に居住すれば将来贈与を受けた際に贈与税の負担を回避できること及び上記の方法による贈与税回避を可能にする状況を整えるために香港に出国するものであることを認識し、出国後は、本件滞在期間を通じて、本件贈与の日以後の国内滞在日数が多すぎないように注意を払い、滞在日数を調整していたものと認めるのが相当である。
(3)Xは、本件滞在期間中、月に一度は日本に帰国し、日本滞在中は、Xの本件滞在期間前の住所であり、その両親及び弟が居住する本件杉並自宅に起居していた。
  本件滞在期間中の日本滞在日数の割合は、26.2%であり、これは4日に1日以上の割合を占める。本件杉並自宅のXの居室は、Xが平成9年6月29日に香港に出国した後も、家財道具等を含めて出国前のままの状態で維持され、Xが帰宅すれば、従前と同様にそのまま使用することができる状況にあった。Xは、日本滞在中は、本件杉並自宅で起居し、特別な用事がない限り、朝夕の食事は、本件杉並自宅でとり、毎朝、本件杉並自宅からT社に出勤し、毎夕本件杉並自宅に帰宅するなど、Xが香港に出国する前と同様の状態で本件杉並自宅で生活していた。
(4)以上の事実によれば、Xは、本件滞在期間以前は、本件杉並自宅に両親及び弟ともに居住し、本件杉並自宅を生活の本拠としていたものである。そして、①本件杉並自宅のXの居室は、Xが香港に出国した後も、家財道具等を含めで出国前のままの状態で維持され、Xが帰宅すれば、従前と同様にそのまま使用することができる状況にあったのであり、②Xは、本件滞在期間中も、1か月に1度は日本に帰国し、本件滞在期間を通じて4日に1日以上の割合で日本に滞在し、日本滞在中は、本件杉並自宅で起居し、特別な用事がない限り、朝夕の食事は、本件杉並自宅でとり、毎朝、本件杉並自宅からT社に出勤し、毎夕本件杉並自宅に帰宅するなど、日本滞在時の本件杉並自宅におけるXの生活の実態は、本件杉並自宅で起居する日数が減少したものの、本件滞在期間以前と何も変わっていないのであり、③Xは、本件滞在期間前から、日本国内において、東京証券取引所一部上場企業であるT社の役員という重要な地位にあり、本件滞在期間中も引き続きその役員としての業務に従事して職責を果たし、その間に前記のとおり昇進していたのであり、④Xは、父の跡を継いでT社の経営者になることが予定されていた重要人物であり、XにとってT社の所在する日本が職業活動上最も重要な拠点(組織)であったのであり、⑤Xは、香港に滞在するについて、家財道具等を移動したことはなく、香港に携帯したのは、衣類程度にすぎず、⑥Xは本件贈与がされた当時、莫大な価値を有する株式等の資産を有していた一方、香港においてXが有していた資産は、Xの資産評価額の0.1%にも満たないものであり、⑦Xの居住意思の面からみても、香港を生活の本拠としようとする意思は強いものであったとは認められないのであって、これらの諸事情に、前示のとおり、本件事実関係の下では、香港における滞在日数を重視し、日本における滞在日数と形式的に比較してその多寡を主要な考慮要素として本件香港自宅と本件杉並自宅のいずれが住所であるかを判断するのは相当ではないことを考え合わせると、本件滞在期間中のXの香港滞在日数が前記のとおりであり、Xが香港において前記のとおり職業活動に従事していたことを考慮しても、本件滞在期間中のXの生活の本拠は、それ以前と同様に、本件杉並自宅にあったものと認めるのが相当であり、他方、本件香港自宅は、Xの香港における生活の拠点であったものの、Xの生活全体からみれば、生活の本拠ということはできないものというべきである。
  なお、Xは、Xの平成11年の所得税について賦課決定処分がされていないから、国は、Xの住所が日本国外にあったと判断していたことになると主張するが、Xが主張する事実のみでXの住所が日本国外にあったとの判断を国がしたことを認めることはできないから、Xの上記主張は前提を欠くものであり、採用することができない。

五、上告審判決要旨

原判決破棄(請求認容)。
(1)相続税法1条の2によれば、贈与により取得した財産が国外にあるものである場合には、受贈者が当該贈与を受けた時において国内に住所を有することが、当該贈与についての贈与税の課税要件とされている(同条1号)ところ、ここにいう住所とは、反対の解釈をすべき特段の事由はない以上、生活の本拠、すなわち、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり、一定の場所がある者の住所であるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきものと解するのが相当である(最高裁昭和29年10月20日大法廷判決・民集8巻10号1907頁、最高裁昭和32年9月13日第二小法廷判決・裁判集民事27号801頁、最高裁昭和35年3月22日第三小法廷判決・民集14巻4号551頁参照)。
(2)これを本件についてみるに、前記事実関係等によれば、Xは、本件贈与を受けた当時、T社の香港駐在役員及び本件各現地法人の役員として香港に赴任しつつ国内にも相応の日数滞在していたところ、本件贈与を受けたのは上記赴任の開始から約2年半後のことであり、香港に出国するに当たり住民登録につき香港への転出の届出をするなどした上、通算約3年半にわたる赴任期間である本件滞在期間中、その約3分の2の日数を2年単位(合計4年)で賃借した本件香港自宅に滞在して過ごし、その間に現地においてT社又は現地法人の業務として関係者との面談等の業務に従事しており、これが贈与税回避の目的で仮装された実体のないものとはうかがわれないのに対して、国内においては、本件滞在期間中の約4分の1の日数を本件杉並自宅に滞在して過ごし、その間にT社の業務に従事していたにとどまるというのであるから、本件贈与を受けた時において、本件香港自宅は生活の本拠たる実体を有していたものというべきであり、本件杉並自宅が生活の本拠たる実体を有していたということはできない。
  原審は、Xが贈与税回避を可能にする状況を整えるために香港に出国するものであることを認識し、本件滞在期間を通じて国内での滞在日数が多くなりすぎないよう滞在日数を調整していたことをもって、住所の判断に当たって香港と国内における各滞在日数の多寡を主要な要素として考慮することを否定する理由として説示するが、前記のとおり、一定の場所が住所に当たるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かによって決すべきものであり、主観的に贈与税回避の目的があったとしても客観的な生活の実体が消滅するものではないから、上記の目的の下に各滞在日数を調整していたことをもって、現に香港での滞在日数が本件滞在期間中の約3分の2(国内での滞在日数の約2.5倍)に及んでいるXについて前記事実関係等の下で本件香港自宅に生活の本拠たる実体があることを否定する理由とすることはできない。このことは、相続税法が民法上の概念である「住所」を用いて課税要件を定めているため、本件の争点が上記「住所」概念の解釈適用の問題となることから導かれる帰結であるといわざるを得ず、他方、贈与税回避を可能にする状況を整えるためにあえて国外に長期の滞在をするという行為が課税実務上想定されていなかった事態であり、このような方法による贈与税回避を容認することが適当でないというのであれば、法の解釈では限界があるので、そのような事態に対応できるような立法によって対処すべきものである。そして、この点については、現に平成12年法律第13号によって所要の立法的措置が講じられているところである。
  原審が指摘するその余の事情に関しても、本件滞在期間中、国内では家族の居住する本件杉並自宅で起居していたことは、帰国時の滞在先として自然な選択であるし、XのT社内における地位ないし立場の重要性は、約2.5倍存する香港と国内との滞在日数の格差を覆して生活の本拠たる実体が国内にあることを認めるに足りる根拠となるとはいえず、香港に家財等を移動していない点は、費用や手続の煩雑さに照らせば別段不合理なことではなく、香港では部屋の清掃やシーツの交換などのサービスが受けられるアパートメントに滞在していた点も、昨今の単身で海外赴任する際の通例やXの地位、報酬、財産等に照らせば当然の自然な選択であって、およそ長期の滞在を予定していなかったなどとはいえないものである。また、香港に銀行預金等の資産を移動していないとしても、そのことは、海外赴任者に通常みられる行動と何らそごするものではなく、各種の届出等からうかがわれるXの居住意思についても、上記のとおりXは赴任時の出国の際に住民登録につき香港への転出の届出をするなどしており、一部の手続について住所変更の届出等が必須ではないとの認識の下に手間を惜しんでその届出等をしていないとしても別段不自然ではない。そうすると、これらの事情は、本件においてXについて前記事実関係等の下で本件香港自宅に生活の本拠たる実体があることを否定する要素とはならないというべきである。
  以上によれば、Xは、本件贈与を受けた時において、相続税法1条の2第1号所定の贈与税の課税要件である国内(同法の施行地)における住所を有していたということはできないというべきである。   したがって、Xは、本件贈与につき、相続税法1条の2第1号及び2条の2第1項に基づく贈与税の納税義務を負うものではなく、本件各処分は違法である。
〔補足意見〕 (1)Xは、出国時から平成11年12月27日付の本件贈与時までの約2年半及びそれに引き続き業務を放棄するまでの約1年間を香港に滞在して過ごした。T社では、香港を拠点とする海外事業が目指されたところ、もともとの本業である消費者金融業の方は早々に断念され、いわゆるベンチャーキャピタル業務を中心とする投資業務の展開が企図され、Xは、それに関する情報収集、調査などのため面談業務等に従事したとされている。ところが、Xには、香港への出国前に本業の消費者金融業務とは別にこの方面で実務経験を重ねていた形跡もないし、この方面に精通する専門家が香港への出国に際して随行し、あるいは、その後に参加したような事実はおよそうかがわれない。雇った者も初めはなく、その後も1名前後を採用したにすぎず、その状態は終始変わらないままであったから、そのことからすると、結局、T社にとって香港でのベンチャーキャピタル業務などの投資業務は必ずしも重点を置かれていなかったとみられ、しかも、20件ほどの投資検討案件中投資の実行がされた6件ほどの案件は全てAの個別的了承の下に行われたものであることからすると、Xが取締役に就任した各現地法人も、その執務場所とされた簡素ともいえる事務所も、単なる連絡事務所以上の機能を果たすものではなかったとさえみられる。その一方において、Xは、約3年半の本件滞在期間中、国内でも、毎月1回の取締役会の多くに加え、少なくとも合計19回の営業幹部会、3回の全国支店長会議のほか、新入社員研修会、その他格付会社との面談、アナリストやファンドマネージャー向け説明会に、それぞれ出席した。Xは、香港へ出国するより1年前にはT社の取締役営業統轄本部長に就任し、本件滞在期間中に、「常務取締役」、「専務取締役」と昇進した。元来、株式会社の取締役という地位は、その任務の遂行に当たって、会社に対し、善管注意義務、忠実義務を負うなど重大な職責であるが、T社は、東京証券取引所の第一部に上場する公開会社でもあるから、取締役の地位の実質的重みは、多くの利害関係者(ステークホールダー)と関わるなど小規模閉鎖会社のそれとは比較にならぬほどの大きなものである。特に、Xは、甲らの子として、内外ともにT社の後継経営者に擬せられていたから、その取締役として取締役会に出席し、重要な意思決定に参画するなどのことは、とりわけ重大な意味があったといえる。したがって、Xの意識や責任感の中で国内での滞在の占める比重は極めて大きく、少なくとも仕事の面からすれば、いわば軸足のうちの相当部分はなお国内にあったことがうかがわれるのである。確かに、Xの香港滞在につき、期間2年のサービスアパートメント(本件香港自宅)の賃貸借契約が締結され、それが更改されているが、そのような長い期間の居室賃貸借契約も、例えば、国外の長期プロジェクト業務のため、海外事業担当取締役の1回当たりのやや長期にわたる多数回反覆の出張時の確かな寝泊まりの場所の確保のために、ホテル代わりにそれがなされるようなこともあり得、Xも、本件会社の国外業務プロジェクトのため頻繁に日本に帰国しつつ長期出張をしたという構図のようにも見られ得ないわけではない。実際、Xは帰国の際は、本件杉並自宅に起居し、特別な用事がない限り朝夕の食事は同所でとっていた。そして本件杉並自宅中約42平方メートルが、X専用の居室となっていたのである。そうすると、Xの本件滞在期間中、その生活の本拠は、客観的にみて、香港にあったということ自体はそのとおりであるが、ただ、上記の点に着目してみると、香港のみがそうであったのか、東京にもなお生活の本拠があったのではないかとの疑問も生じてくるのである。
(2)ところで、相続税法において、自然人の「住所」については、その概念について一般的な定義付けがなされているわけでもないし、所得税法3条、所得税法施行令14条、15条などのような何らかの特則も置かれていない。国税通則法にも規定がない。そうすると、相続税法上の「住所」は、同法固有の「住所」概念として構成されるべきではなく、民法の借用概念としての意味とならざるを得ない。結局、民法21条(現行22条)によるべきことになり、したがって、住所とは、反対の解釈をすべき特段の事由がない以上、客観的に生活の本拠たる実体を具備している一定の場所ということになる。租税回避の目的があるからといって、客観的な生活の実体は消滅するものではないから、それによって住所が別異に決定付けられるものではない。本件では、住所を客観的な生活の本拠とは別異に解釈すべき特段の事由は認められないところ、本件贈与当時、Xの生活の本拠が香港にあったことは否定し得ないから、当然、Xの住所が香港であったということも正しいわけである。
  もっとも、更にいえば、民法上の住所概念を前提にしても、疑問が残らないわけではない。通信手段、交通手段が著しく発達した今日においては、国内と国外とのそれぞれに客観的な生活の本拠が認められる場合もあり得ると思われる。本件の場合も、Xの上記に述べた国内での生活ぶりからすれば、Xの客観的な生活の本拠は、香港のほかに、いまだ国内にもあったように見えなくもないからである。とはいうものの、これまでの判例上、民法上の住所は単一であるとされている。しかも、住所が複数あり得るとの考え方は一般的に熟しているとまではいえないから、住所を東京と香港とに一つずつ有するとの解釈は採り得ない。結局、香港か東京かのいずれか一つに住所を決定せざるを得ないのである。そうすると、本件では、上記の生活ぶりであるとはいえ、香港での滞在日数が国内でのそれの約2.5倍に及んでいること、現地においてT社又は本件各現地法人の業務として、香港又はその周辺地域の関係者と面談等の業務にそれなりに従事したことなど、法廷意見の挙示する諸要素が最重視されるべきであって、その点からすると、Xの香港での生活は、本件贈与税回避スキームが成るまでの寓居であるといえるにしても、仮装のものとまではいえないし、東京よりも香港の方が客観的な生活の本拠たる実体をより一層備えていたといわざるを得ないのである。
(3)既に述べたように、本件贈与の実質は、日本国籍かつ国内住所を有するAらが、内国法人たる本件会社の株式の支配を、日本国籍を有し、かつ国内に住所を有していたが暫定的に国外に滞在したXに、無償で移転したという図式のものである。一般的な法形式で直截にT社株式を贈与すれば課税されるのに、本件贈与税回避スキームを用い、オランダ法人を器とし、同スキームが成るまでに暫定的に住所を香港に移しておくという人為的な組合せを実施すれば課税されないというのは、親子間での財産支配の無償の移転という意味において両者で経済的実質に有意な差異がないと思われることに照らすと、著しい不公平感を免れない。国外に暫定的に滞在しただけといってよい日本国籍のXは、無償で1,653億円もの莫大な経済的価値を親から承継し、しかもその経済的価値は実質的に本件会社の国内での無数の消費者を相手方とする金銭消費貸借契約上の利息収入によって稼得した巨額な富の化体したものともいえるから、最適な担税力が備わっているということもでき、我が国における富の再分配などの要請の観点からしても、なおさらその感を深くする。一般的な法感情の観点から結論だけをみる限りでは、違和感も生じないではない。しかし、そうであるからといって、個別否認規定がないにもかかわらず、この租税回避スキームを否認することには、やはり大きな困難を覚えざるを得ない。けだし、憲法30条は、国民は法律の定めるところによってのみ納税の義務を負うと規定し、同法84条は、課税の要件は法律に定められなければならないことを規定する。納税は国民に義務を課するものであるところからして、この租税法律主義の下で課税要件は明確なものでなければならず、これを規定する条文は厳格な解釈が要求されるのである。明確な根拠が認められないのに、安易に拡張解釈、類推解釈、権利濫用法理の適用などの特別の法解釈や特別の事実認定を行って、租税回避の否認をして課税することは許されないというべきである。そして、厳格な法条の解釈が求められる以上、解釈論にはおのずから限界があり、法解釈によっては不当な結論が不可避であるならば、立法によって解決を図るのが筋であって(現に、その後、平成12年の租税特別措置法の改正によって立法で決着が付けられた。)、裁判所としては、立法の領域にまで踏み込むことはできない。結局、租税法律主義という憲法上の要請の下、法廷意見の結論は、一般的な法感情の観点からは少なからざる違和感も生じないではないけれども、やむを得ないところである。
(編注:「六、解説」については次号(412号)に掲載いたします。)

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