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解説記事2014年09月22日 【最新判決研究】 塾講師等に支払う報酬の「給与所得」該当性(2014年9月22日号・№563)

最新判決研究
塾講師等に支払う報酬の「給与所得」該当性
東京地裁平成25年4月26日判決(平成22年(行ウ)第308号)
東京高裁平成25年10月23日判決(平成25年(行コ)第224号)
 筑波大学名誉教授・弁護士 品川芳宣

一、事実

(1)X会社(原告、控訴人)は、①民間教育機関及び公的教育機関(以下「教育機関」という。)から講師による講義等の業務を、一般家庭から家庭教師による個人指導の業務を、それぞれ受託する一方、②上記①の各業務に係る講師又は家庭教師としてX会社と契約を締結し、上記の教育機関における講義等又は一般家庭における個人指導の業務を行った者に対し、当該契約所定の金員(ただし、交通費を除く。以下「本件各金員」という。)を支払っていた(教育機関において講師として講義等の業務を行う者を以下「本件塾講師」といい、また、家庭教師として個人指導の業務を行う者を以下「本件家庭教師」といい、両者を併せて以下「本件講師等」といい、X会社に対して上記の業務を委託した教育機関を以下「本件教育機関」といい、家庭教師の業務を委託した家庭を以下「本件会員」といい、両者を併せて以下「本件各顧客」という。)。
(2)X会社は、本件講師等に対して支払った本件各金員が所得税法28条1項に規定する「給与等」に該当しないとして、平成15年10月分から同19年10月までの各月分(以下「本件各月分」という。)の所得税を源泉徴収せず、また、本件各金員が消費税法上の課税仕入れに当たるとして、同法30条1項の規定に従い、当該仕入消費税額を消費税額から控除して、平成17年8月課税期間、同18年8月課税期間及び同19年8月課税期間(以下「本件各課税期間」という。)の消費税の申告をした。これに対し、処分行政庁は、本件各金員は上記の「給与等」に該当し、かつ、課税仕入れに該当しないとして、本件各月分の納税の告知等(以下「本件各処分」という。)をし、また、本件各課税期間の更正(以下「本件各更正」という。)等をした。
 X会社は、本件各処分及び本件各更正等を不服として、前審手続を経て、国(被告、被控訴人)に対し、本件各処分等の取消しを求めて本訴を提起した。

二、争点及び当事者の主張

1 争  点
(1)本件各金員に係る所得が所得税法28条1項に規定する給与等に係る所得に該当するか否か(争点1)
(2)本件において国税通則法65条4項にいう「正当な理由」及び同法67条1項ただし書きにいう「正当な理由」が認められるか否か(争点2)

2 国の主張 (1)本件の事実関係に照らすと、①本件講師等は自己の計算と危険により役務提供しているとはいえないこと、②本件講師等は業務の遂行上必要な費用を基本的に負担していないこと、③本件講師等はX会社の指揮監督に服していると認められること、④本件講師等はX会社との関係において空間的、時間的な拘束を受けていること、⑤本件講師等は自らの判断で代行者を立てることは許されないことを併せ考えると、X会社と本件講師等との間の契約は、「雇用契約及びこれに類する原因」に該当するものというべきであり、X会社から本件講師等に支払われる本件各金員は、本件講師等がX会社に対して提供した非独立的ないし従属的な労働の対価として支払われたものというべきである。したがって、本件各金員に係る所得は、所得税法28条1項に規定する給与等に係る所得(給与所得)に該当する。
(2)「税法の不知・誤解」は国税通則法上の「正当な理由」に該当しないところ、X会社は、調査担当者の指導にもかかわらず、自らの判断で本件各金員が給与所得に該当しないと主張して源泉所得税を納付しなかったものであるから、「正当な理由」は認められない。

3 X会社の主張 (1)所得税法28条1項の給与所得該当性の判断においては、「雇用契約ないしこれに類する原因」があるといえるか否か、「労務の対価」といえるか否かといった要件の判断をしなければならない以上、こうした雇用類似要件や労務の対価要件などを判断するに際して、少なくとも「従属性」があるか否かを判断しなければならないといえる。この点については、給与所得に求められる「労務の対価としての性質」を考えれば明らかであり、「従属性」は、給与所得か否かを判断するに当たって、必要不可欠の要件であるというべきである。租税法の一般的な教科書等を見ても、所得税法28条1項の給与所得の要件については、非独立性とともに、「従属性」も挙げられるのが通常であり、国が主張するように、従属性が希薄であってもよいなどといった議論はなされていない。
(2)本件においては、①X会社と本件講師等との間の契約は、業務委託契約であって雇用契約に該当しないこと、②X会社が本件講師等を業務の開始に当たり指揮監督していないこと、③本件講師等は受託業務に関し「独立性」を有していること、すなわち、本件講師等は、その業務を遂行するためのテキスト代、ノート代、文房具等の各種費用全部を負担しており、本件各金員の額は、個人の実績や経験を前提にランク別契約別に定められていること等があること、等からすれば、本件各金員に係る所得は、所得税法28条1項に規定する給与等に係る所得(給与所得)には該当しないものというべきである。
(3)X会社は、本件各処分に係る税務調査よりも前に行われた税務調査(前々回税務調査)においては、所轄税務署の職員から、X会社からの支払額の多い本件講師等のリストの提出を求められ、本件講師等に支払った本件各金員が事業所得に該当することを前提として、本件講師等に確定申告を促すような施策をとるよう指導を受けていたものであり、また、X会社においては、そのような指導に基づき、希望した本件講師等のみに対して報酬、料金、契約金及び賞金の支払調書を出すこととしていた従前の取扱いを変更し、X会社が支払をした全ての本件講師等にこれを郵送するようにしたものである(以上のような事実があったことは、国も否定していない。)。こうした税務調査における具体的な指導があったため、X会社はこれを信頼し、X会社における税務処理は適正に処理されているものと理解していた。
 それに加え、本件各金員の支払時における徴収義務の存否の判断の困難性があるのであるから、本件においては、国税通則法65条4項又は67条1項にいう「正当な理由」がある。

三、一審判決要旨

請求棄却
1 争点1について
(1)最高裁昭和56年4月24日第二小法廷判決(民集53巻3号672頁)(以下「最高裁昭和56年判決」という。)は、業務の遂行ないし労務の提供(これらを併せて以下「労務の提供」ともいう。)から生ずる所得が所得税法上の事業所得と給与所得のいずれに該当するかを判断するに当たっては、租税負担の公平を図るため、所得を事業所得、給与所得等に分類し、その種類に応じた課税を定めている所得税法の趣旨、目的に照らし、当該業務ないし労務及び所得の態様等を考察しなければならないなどとした上で、その「判断の一応の基準」として、「事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいい、これに対し、給与所得とは雇傭契約又はこれに類する原因基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいう。なお、給与所得については、とりわけ、給与支払者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならない。」と判示している。すなわち、同判決は、労務の提供等から生ずる所得の給与所得該当性について、①そのような所得のうち「自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得」を給与所得の範ちゅうから外した上で(これにより、労務の提供等が自己の計算と危険によらないものであること〔労務の提供等の非独立性〕が、給与所得該当性の判断要素として位置付けられることになる。)、②労務の提供等から生ずる所得が「雇傭契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付」に当てはまるか否かを、当該労務の提供等の具体的態様に応じ、とりわけ「給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうか」を重視して判断するという枠組みを提示したものであるが、同判決も明示しているとおり、そこに示されているのは、飽くまでも「判断の一応の基準」にとどまるものであって、業務の遂行ないし労務の提供から生ずる所得が給与所得に該当するための必要要件を示したものではない。
(2)ところで、所得税法28条1項の解釈において、給与所得の概念は、元来、同項に例示されている「俸給」、「給料」、「賃金」、「歳費」及び「賞与」といったものの性質から帰納的に把握するほかないものというべきであって、このことは、最高裁昭和56年判決も当然の前提としているものと解される。そして、同項は、上記のとおり、国会議員が国から受ける給与を意味する「歳費」(憲法49条)が給与所得に含まれることを明らかにしており、また、例えば、法人の役員が当該法人から受ける報酬及び賞与が給与所得に含まれることは特に異論がないところ、これらの者の労務の提供等は、自己の危険と計算によらない非独立的なものとはいい得ても、使用者の指揮命令に服してされたものであるとはいい難いものであって、労務の提供等が使用者の指揮命令を受けこれに服してされるものであること(労務の提供等の従属性)は、当該労務の提供等の対価が給与所得に該当するための必要要件とはいえないものというべきである。最高裁平成17年1月25日第三小法廷判決(民集59巻1号64頁)(以下「最高裁平成17年判決」という。)が、米国法人の子会社である日本法人の代表取締役が親会社である米国会社から付与されたいわゆるストックオプションを行使して得た利益を給与所得に当たると判断するに当たって、「雇用契約又はこれに類する原因に基づき提供された非独立的な労務の対価として給付されたものとして、所得税法28条1項所定の給与所得に当たる」との判示をしているのも、以上に述べたような考え方を前提としたものであると解される。
(3)本件塾講師は、本件塾講師基本契約書の約定に従い、X会社が発行した本件塾講師確認書で「業務従事先会社」とされた本件教育機関において、同確認書に記載された「業務従事期間と条件」の下で講義等の業務に従事することにより、また、本件家庭教師は、本件家庭教師契約書に定められた指導期間、指導回数、指導時間及び指導スケジュール等に従い、本件会員の子弟(生徒)の個人指導の業務に従事することにより、それぞれ、X会社のために労務の提供等をするものである。そして、本件講師等は、X会社から、上記の各契約において定められた講義等ないし個人指導のいわゆる「単価」(以下「講義等の単価」という。)を基礎として、上記の各業務に従事した時間数に応じた額の金員(本件各金員)の支払を受ける。以上からすれば、本件各金員は、本件講師等がX会社のために労務の提供等をしたことの対価としての性質を有するものであることが明らかというべきである。
 前記のとおり、本件各金員は、講義等ないし個人指導の業務に従事した時間数に応じて支払われるものとされているところ、X会社と本件講師等との間の契約に係る契約書等を見ても、本件講師等が個別の本件各顧客の下において上記の業務に従事している期間中において、講義等ないし個別指導の内容の優劣、具体的な成果の程度、あるいは、X会社が本件各顧客との間の契約に基づいて受領する金員(委託報酬)の額やその支払の有無により、本件各金員の額やその算定の基礎となる講義等の単価の額が増減するような定めは置かれていない。すなわち、本件講師等は、その行った講義等ないし個別指導の内容の優劣、具体的な成果の程度、本件各顧客がX会社に対して支払う委託報酬の額やその履行状況のいかんにかかわらず、X会社から、講義等ないし個人指導の業務に従事した時間数に応じて本件各金員の支払を受けることができるものとされている。
 それに加え、①本件塾講師は、本件教育機関から業務の遂行及びX会社に対する報告をするに当たり通常必要と認められる物を貸与されるとともに、X会社から交通費の支払を受けるものとされており(ただし、X会社は、本件教育機関から、前記の委託報酬に加えて、本件塾講師の交通費相当額の支払を受けている。)、②また、本件家庭教師については、本件会員がその交通費を負担することとされ、業務遂行に必要なテキストの引渡しも受けることとされている。③一方、X会社と本件講師等との間の契約を見ても、本件講師等において、本件各金員の振込手数料及び事務手数料ないし本件講師証の代金1,000円を負担すべきものとされているものの、本件講師等に対して当該契約に基づく義務を履行するための費用の負担を義務付ける趣旨の定めは見当たらない。これらの点からすれば、本件講師等は、基本的には、その労務の提供等に当たって必要な費用を負担する義務を負っていないものというべきである。
 以上に鑑みれば、本件講師等による労務の提供等は、自己の計算と危険によるものとはいい難いものであって、非独立的なものと評価するのが相当である。
(4)X会社は、本件塾講師に対し、前記のとおり、X会社の指定する様式及び方法により業務に従事した時間等の業務の遂行状況を報告することを義務付けるとともに、本件塾講師への指示・命令系統を有し(いわゆる代講の依頼についても、X会社に対して事前に申告すべきものとされる。)、講義の変更・中止などの連絡を行い、緊急の場合等の本件塾講師の「窓口」となるものとされている。また、X会社は、本件塾講師に対し、雇用条件の漏洩、契約期間中又は契約終了後3年以内の本件教育機関等との直接契約、契約期間満了前の辞任を禁ずる一方で、本件教育機関から申出を受けた場合は、本件塾講師との契約を解除することができるものとされている。さらに、X会社と本件塾講師との間の契約においては、契約に定めのない事項につき両者の協議が整わない場合、本件塾講師は、X会社の指示に従うべきものとされている。
 X会社は、本件家庭教師に対し、業務遂行期間中において、X会社の講師であることを示す講師登録証の携帯及び訪問先における提示を求めている。また、X会社は、本件家庭教師に対し、前記のとおり、X会社の指定する方法により業務遂行の状況を報告することや、その報告に係る書面を持参して研修を受けることを義務付けるほか、本件各処分に係る税務調査の際にX会社側が調査担当者に対して本件家庭教師との間の契約に係る契約書として示した本件各家庭教師契約書においては、本件家庭教師に対し、X会社のマニュアルに沿って指導を遂行することを義務付ける定めが置かれている。さらに、X会社は、本件家庭教師に対し、委託条件等の漏洩、契約期間中又は契約終了後3年以内の本件会員との直接契約、X会社に無断での業務内容の変更や辞任を禁じ、本件家庭教師においてやむをえず指導の交代等が必要となった場合には、X会社に対して連絡をすることを要するものとされている。
 以上に述べたところからすれば、本件講師等は、直接的又は少なくとも間接的にX会社の監督下に置かれているものというべきである。また、X会社と本件各顧客との間の契約及びX会社と本件講師等の間の契約の各内容に照らせば、少なくとも、本件教育機関における講義や本件会員の子弟と対面して行う個人指導の際には、基本的には、X会社が本件各顧客との間の契約において定めた業務場所や業務時間数に従ってその労務の提供等をすべき義務を負うものというべきであり、また、このことを踏まえ、既に述べたとおり、本件講師等は、上記のような立場にあるX会社の指定する方法によりX会社に対して業務遂行の状況を報告すべき義務を負っているものであって、本件講師等は、以上のような意味において、X会社から空間的、時間的な拘束を受けているものということができる。
 これまで述べた事情を総合すれば、本件各金員は、雇用契約に類する原因に基づき提供された非独立的な労務の対価として給付されたものとして、それに係る所得は、所得税法28条1項所定の給与所得に当たるものというべきである。

2 争点2について  本件各処分に係る税務調査よりも前に行われた税務調査において、S税務署の職員が、X会社に対し、「業務委託契約」を締結している本件講師等については源泉徴収をする必要はない(本件各金員に係る所得は給与所得には該当しない)との指導をしたものとは認め難く、上記の証拠において述べられるのは、当該職員から、本件講師等に対して支払う本件各金員について源泉徴収をしないというそれまでのX会社における取扱いについては特段の指導がなく、X会社において本件講師等に対して確定申告をすることを促す施策をとるようにとの指導を受けたという事実経過にすぎないのであって、そのような事実経過をもって、当該職員が、X会社と本件講師等との間の契約の内容等を具体的に検討した上で、本件各金員に係る所得が事業所得に該当するとの判断を積極的に示したものとは到底評価することができず、上記指導が「本件各金員が事業所得に該当することを前提として」されたものであるとか、本件各金員に係る所得が給与所得には該当しないとの指導を受けたなどというのは、単なるX会社の主観的な判断にすぎないのものであることが明らかである。そうすると、本件において国税通則法65条4項及び同法67条1項ただし書きにいう「正当な理由」があるものと認めるべき事情については、立証がないものというべきである。

四、控訴審判決要旨

控訴棄却(請求棄却)。
(1)当裁判所も、X会社の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は、次に付加するほかは、原判決の理由のとおりであるから、これを引用する。
(2)X会社は、従属性が給与所得に該当することの必要要件である旨主張するが、関係裁判例では、当該所得が給与所得に該当するかどうかに関し、これを一般的抽象的に分類すべきものではなく、その支払(収入)の原因となった法律関係についての当事者の意思ないし認識、当該労務の提供や支払の具体的態様等を考察して客観的、実質的に判断すべきことを前提として、それぞれの事案に鑑み、いわゆる従属性あるいは非独立性などについての検討を加えているものにすぎず、従属性が認められる場合の労務提供の対価については給与所得該当性を肯定し得るとしても(したがって、そのような観点から従属性を示すものとされる点の有無及び内容について検討するのは何ら不適切なものではない。)、従属性をもって当該対価が給与所得に当たるための必要要件であるとするものではない。
(3)X会社は、私人間の契約に基づく当事者の認識(意思)が重視されるべきである旨主張する。しかし、前記のとおり、当該所得の給与所得該当性等の検討に当たって、当事者の認識(意思)をも考慮すべきであるが、これを他の要素よりも格別重視しなければならないとする根拠はない。例えば、実質が雇用契約であるにもかかわらず、業務を行う側にとって労務提供等の対価を事業所得とし、支払をする側にとって外注費に当たるような形式の契約を締結したからといって、雇用契約に基づく報酬としての収入(支払)が給与所得でなくなるものではなく、このように解したからといって、私人間の契約を著しく軽視することにはならない。
(4)X会社は、本件講師等が現実に費用負担をしていることを挙げて、本件講師の独立性が肯定される旨主張する。
 しかし、引用に係る原判決の説示のとおり、本件講師等が基本契約又は個別契約において負担することを義務付けられている費用(講師等の登録に必要な事務手数料1,000円及び本件各金員の振込手数料を負担すべき義務に係る費用)があることをもって、その労務の提供等に当たって必要な費用を負担する義務を負っているということはできないし、それ以外に本件講師等が労務の提供等に当たって必要な費用を義務として負担していることを認めるに足りる客観的な証拠はない。

五、解説

はじめに
 最近の役務提供によって所得を稼得するための雇用形態等は、流動化し、かつ、複雑化しているため、所得税法上、「雇用契約から生じる所得が給与所得である」という単純な命題も成立しなくなっている。そのことは、所得税法上の10種類の所得区分のあり方(区分の困難性)にも問題を提起するものもある。
 しかしながら、ある役務提供により取得した金員(又は、当該役務提供を受けた側が支払う金員)が給与所得となる「給与等」に該当するか否かは、当該給与所得に係る給与所得控除の適用があるか否か(又は必要経費の控除があるか否か)という問題を惹起し、あるいは、当該金員を支払う側に、当該金員に係る所得税の源泉徴収義務を負うか否かの問題を惹起する。
 本件においては、教育機関又は一般家庭に対し講師(本件塾講師)又は家庭教師(本件家庭教師)を派遣することを業とするX会社が、当該塾講師等(本件講師等)に役務提供の対価として支払った金員(本件各金員)が上記の「給与等」に該当するか否か(所得税の源泉徴収義務の存否)が争われたものである。この種の所得区分を争う事例(裁判例等)は、比較的多いので、それらの事例を検討した上で、本件各判決の内容を検討(解説)することとする。
 なお、本訴においては、上記の所得区分のほか、消費税法上、本件各金員の支払が課税仕入に該当するか否か、国税通則法上、当該所得区分に関する税務署担当者の対応が同法65条4項又は同法67条1項にいう「正当な理由」に当たるか否かも争われているので、それらの要点にもふれることとする。

1 給与所得の意義と源泉徴収義務等 (1)所得税法28条1項は、「給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与(以下この条において「給与等」という。)に係る所得をいう。」と定めている。この場合、「給与等」の範囲が問題となるのであるが、判例上、「勤労者が勤労者たる地位に基づいて使用者から受ける給付は、すべて給与所得を構成する。」(注1)と解されている。
 また、本件において、給与所得との区分が問題とされる事業所得については、所得税法27条1項は、「事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものを除く。)をいう。」と定めている。そして、所得税法施行令63条は、①農業、②林業及び狩猟業、③漁業及び水産養殖業、④鉱業(土石採取業を含む。)、⑤建設業、⑥製造業、⑦卸売業及び小売業(飲食店業及び料理店業を含む。)、⑧金融業及び保険業、⑨不動産業、⑩運輸通信業(倉庫業を含む。)、⑪医療保健業、著述業その他のサービス業及び⑫①から⑪までのほか、対価を得て継続的に行う事業を掲げている。
 よって、本件においては、本件各金員が、給与所得となる「給与等」に当たるか、事業所得となる「その他のサービス業」又は「そのほか、対価を得て継続的に行う事業」から生じる所得に当たるか、が問題となる。
(2)次に、所得税法183条1項は、「居住者に対し国内において第28条1項(給与所得)に規定する給与等(〈略〉)の支払をする者は、その支払の際、その給与等について、所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月10日までに、これを国に納付しなければならない。」と定めている。
 この場合に留意を要するのは、給与等の支払者すなわち源泉徴収義務者は、当該給与等に係る所得税を徴収して、納付するのであって、当該税額を確定するわけではない。すなわち、国税通則法上、源泉徴収による所得税は、利子、配当、給与、報酬等を支払う時に納税義務が成立し(通法15②二)、納税義務の成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定することになっている(通法15③二)。このように、給与等を支払うと、自動的に税額が確定しているから、源泉徴収義務者は、当該確定税額を徴収して納付することになる(注2)。
 このような税額の確定方式を自動確定方式(注3)と称されているが、このような方式が採用されている根拠としては、その課税要件たる事実が比較的把握し易く、特別の確定手続をまつまでもなく税額等を容易に計算できるからであると解されている(注4)。しかしながら、本件の場合も去ることながら、給与所得課税の要否、給与所得と他の所得との区分等をめぐって所得税の源泉徴収の要否(納税の告知の適否)をめぐって争われる事例は多いので、立法政策上問題もある。
 なお、源泉徴収義務者が源泉徴収すべき国税の徴収・納付を怠たると、税務署長は、納税の告知をし(通法36①二)、不納付加算税を賦課することになる(通法67①)。しかし、当該徴収・納付をしなかったことについて「正当な理由」があると認められる場合には、不納付加算税の賦課は免れることになる(通法67①ただし書)。
(3)次に、本件で問題になっている消費税については、課税標準に対する消費税額から課税仕入れに係る消費税額を控除して、納付すべき消費税額を算定することとしている(消法30①、45①)。この場合、「課税仕入れ」とは、「事業者が、事業として他の者から資産を譲り受け、若しくは借り受け、又は役務の提供(所得税法(〈略〉)第28条第1項(給与所得)に規定する給与等を対価とする役務の提供を除く。)を受けること(〈略〉)をいう。」と定めている。
 したがって、本件各判決において本件各金員が「給与等」に該当すると判断された段階で、本件の消費税に係る本件更正等は適法なものとなり、それ以上審理する必要もないことになる。

2 給与所得と事業所得等との区分に関する参考裁判例  前述のように、給与所得については、法令上の定義規定があるが、他の所得との区分が争われるところが多いところ、本件で引用等されている主要裁判例の判示は、次のとおりである。
 ① 最高裁昭和56年判決(注5)  この判決では、弁護士の会社顧問料が給与所得に当たるか事業所得に当たるかが争われたところ、次のように判示した上で、当該顧問料が事業所得に当たるとして、当該弁護士の上告(請求)を棄却している。
「 事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生じる所得をいい、これに対し、給与所得とは雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいう。なお、給与所得については、とりわけ、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならない。」
 ② 最高裁平成17年判決(注6)  この判決では、ストックオプションの権利行使益が給与所得に当たるか一時所得に当たるかが争われたところ、次のように判示して、上告(請求)を棄却している。
「 本件権利行使益がXが上記のとおり職務を遂行したことに対する対価としての性質を有する経済的利益であることは明らかであるというべきである。そうであるとすれば、本件権利行使益は、雇用契約又はこれに類する原因に基づき提供された非独立的な労務の対価として給付されたものとして、所得税法28条1項所定の給与所得に当たるというべきである。」
 ③ 最高裁平成13年判決(注7)  最高裁平成13年7月13日第二小法廷判決(判例時報1763号195頁)(以下「最高裁平成13年判決」という。)では、りんご生産組合の組合員が同組合の作業に従事したことにより取得した金員が給与所得に当たるか事業所得に当たるかが争われたところ、次のように判示して、当該金員を給与所得に当たるとした(請求認容)。
「 支払が組合の事業から生じた利益の分配に該当するのか、所得税法28条1項の給与所得に係る給与等の支払に該当するのかは、当該支払の原因となった法律関係についての組合及び組合員の意思ないし認識、当該労務の提供や支払の具体的態様等を考察して客観的、実質的に判断すべきものであって、組合員に対する金員の支払であるからといって当該支払が当然に利益の分配に該当することになるものではない。」
 ④ その他の裁判例 ・楽団員たるバイオリン演奏家が楽団から受ける金員が給与所得に当たるとされた事例(東京地裁昭和43年4月25日判決・行裁例集19巻4号763頁、東京高裁昭和47年9月14日判決・税資66号233頁)
・大学の非常勤講師の手当が給与所得に当たるとされた事例(京都地裁昭和56年3月6日判決・行裁例集32巻3号342頁、大阪高裁昭和57年11月18日判決・同33巻11号2316頁)
・医大教授が医療法人に提供した役務提供(指導、情報提供等)の対価が給与所得に当たるとされた事例(神戸地裁平成元年5月22日判決・税資170号315頁)
・電力会社の委託検針員が受領する委託手数料が給与所得ではなく事業所得に当たるとされた事例(福岡地裁昭和62年7月21日判決・訟務月報34巻1号187頁、福岡高裁昭和63年11月22日判決・税資166号505頁)
・ゴルフ場のキャディが受領する報酬は、当該ゴルフ場との雇用契約が締結されていなくとも給与所得に当たるとされた事例(那覇地裁平成11年6月2日判決・税資243号153頁)

3 本件各金員の給与所得該当性 (1)本件各金員は、前述のように、X会社と本件講師等との所定の契約に基づき、本件講師等の役務提供の対価として支給されるものである。この場合、X会社と本件講師等との間には、一般的な雇用契約が存しているわけではないので、前記2で述べた従前の裁判例等における解釈論を本件各金員に適用して、本件各金員の給与所得該当性が判断されることになる。
 かくして、一審判決は、本件の事実関係を踏まえて、「本件各金員は、本件講師等がX会社のために労務の提供等をしたことの対価としての性質を有するものであることが明らかというべきである。」、「本件講師等による労務の提供等は、自己の計算と危険によるものとはいい難いものであって、非独立的なものと評価するのが相当である。」、「本件講師等は、直接的又は少なくとも間接的にX会社の監督下に置かれているものというべきである。」、「基本的には、X会社が本件各顧客との間の契約において定めた業務場所や業務時間数に従ってその労務の提供等をすべき義務を負うものというべきであり、……本件講師等は、以上のような意味において、X会社から空間的、時間的な拘束を受けているものということができる。」等と判示した上で、「これまで述べた事情を総合すれば、本件各金員は、雇用契約に類する原因に基づき提供された非独立的な労務の対価として給付されたものとして、それに係る所得は、所得税法28条1項所定の給与所得に当たるものというべきである。」と結論付けている。
(2)次いで、控訴審判決は、原判決を支持した上で、役務提供者の従属性が給与所得該当性の必要要件である旨のX会社の主張に対し、「従属性が認められる場合の労務提供の対価については給与所得該当性を肯定し得るとしても(〈略〉)、従属性をもって当該対価が給与所得に当たるための必要要件であるとするものではない。」と判示した。また、同判決は、本件講師等が本件各金員に係る所得を事業所得として申告したことがあったこと、電力会社の検針員の所得が事業所得として取り扱われていること、本件講師等が役務提供に当たって一部費用を負担することがあること、一般に家庭教師として得た所得が事業所得と認定されることがあること等があっても、本件各金員が給与所得に当たることを覆すことにはならない旨判示している。
 一般に、いわゆる予備校等の講師が、当該予備校等の中で講義(役務提供)をして得た金員が給与所得に該当することについては、当該講師が常勤であれ非常勤であれ、それほど問題があるとも考えられない(注8)。しかしながら、本件のように、セミナー会社との派遣契約等によって、他の教育機関や一般家庭において、講師又は家庭教師として講義等の役務提供を行って得る金員については、その派遣契約等の内容によって給与所得に当たるか事業所得に当たるかの判断があるものと考えらえる。
 しかし、本件各判決において認定された事実に照らした場合には、本件各金員は、自己の計算と危険によるものではなく、非独立的な役務提供によって得たものと評価せざるを得ないのであろうから、本件各判決の結論を支持せざるを得ないものと考えられる。

4 税務職員の誤指導と「正当な理由」 (1)国税通則法65条4項、67条1項ただし書等にいう「正当な理由」の意義については、一般に、「当該申告が真にやむをえない理由によるものであり、かかる納税者に過少申告加算税を賦課することが不当もしくは酷になる場合を指称するものであって、納税者の税法の不知もしくは誤解に基づく場合は、これに当たらないというべきである。」(注9)と解されている(注10)。
 この「税法の不知もしくは誤解」については、税務官署側の対応によって、納税者が誤解させられた場合に「正当な理由」が認められるべきかが特に問題となる(注11)。その中で、最も多く問題とされるのが、納税相談、税務調査等において担当者の説明等が誤っていて(以下「誤指導」という。)、当該誤指導によって過少申告等が生じた場合である。このような誤指導については、国税庁の取扱い通達においても「正当な理由」の一つとして認めている(注12)ところであるが、実務上又は争訟上、そのような誤指導があったか否かという事実認定が問題となる。
 例えば、札幌地裁昭和50年6月24日判決(税資82号238頁)は、裁判所執行官が受領した旅費、宿泊料等を収入金額に計上しなかったのは担当職員の助言に従ったものと認められるとして、当該過少申告に「正当な理由」があると認められるとした。しかし、控訴審の札幌高裁昭和51年10月19日判決(税資90号227頁)は、当該担当者によるそのような指導があったことは認められないとして、「正当な理由」の存在を否定している。
(2)本件においては、X会社は、本件各処分に係る税務調査よりも前に行われた税務調査において、所轄税務署の職員から、同社からの支払額の多い本件講師等のリストの提出が求められ、本件講師等に支払った本件各金員が事業所得に該当することを前提として、本件講師等に確定申告を促すような施策をとるような指導を受けた旨主張する。確かに、当該調査によってX会社の本件各金員に係る源泉徴収義務が問題にされていなかったようであるので、本件各金員が事業所得に該当するような示唆を与えたという所轄税務署側に何らかの落度があったことが窺える。
 これに対し、一審判決は、当該職員が本件各金員について源泉徴収をしないでよいとする特段の指導があったものと認められないとし、控訴審判決も、当該職員が本件各金員に係る所得が事業所得に該当することの判断を積極的に示したものとも認めることはできないとし、いずれも、X会社が本件各金員に係る所得税を源泉徴収しなかったことに「正当な理由」は認められない旨判示している。
 以上のように、各種加算税の賦課決定に係る誤指導による「正当な理由」の存否については、具体的に誤指導があった旨の証拠(事実の立証)がないと、本件各判決のような結論を導くようである。これは、「正当な理由」の存否についての立証責任が納税者側に課せられていること(注13)から、やむを得ないことであろう。

5 本判決の意義と問題点 (1)以上のように、本件は、教育機関及び一般家庭との間で講師(家庭教師)派遣契約を締結しているX会社が、当該契約に基づいて派遣する講師及び家庭教師(本件講師等)に対し、当該役務提供の対価として支給した金員(本件各金員)が所得税法28条1項にいう「給与等」に当たるか否か(本件各金員に係る所得税の源泉徴収の存否と消費税法上の課税仕入れ該当の有無)が争われたものである。
 かくして、本件各判決は、前述のように、最高裁昭和56年判決の判示等と本件の事実関係に照らし、本件各金員は「給与等」に当たると判示したものである。個人の役務提供の形態(方法)が多様化し、複雑化している中で、給与所得と他の所得の区分が容易ではなく、また、当該区分をめぐる争訟事件が多い中で、本件各判決が下されたことは、一つの先例として評価できる。また、このことは、所得税法上の「給与等」に該当すると消費税法上の「課税仕入れ」に該当しないことになるので、当該判決の重要性が一層増すことになる。
(2)もっとも、本件各金員のような役務提供の対価が「給与等」に該当することになると、所得税法上の所得税の源泉徴収義務が発生し、かつ、消費税法上の仕入税額控除が適用されないことになるので、関係企業としては、更に、役務提供に係る契約形態を変更(工夫)して、「給与等」に該当しないように画策することにもなろう。
 他方、所得税法上の所得区分については、現行の10種類区分には限界(矛盾)があるものと考えられ、いずれ数種類に整理・統合する必要があるものと考えられる。そのような所得区分のあり方の中で、本件のような所得区分のあり方についても検討する余地があるものと考えられる。
 なお、本件における不納付加算税等に係る「正当な理由」の存否については、平成23年の国税通則法の改正に対応して税務調査が大きく変動しているので(注14)、本件のような誤指導の存否についての判断も異なってくるものと考えられる。
(注1)最高裁昭和37年8月10日第二小法廷判決(民集16巻8号1749頁)。
(注2)仮に、確定していない税額を納付すると、それは、過誤納金となって、税務署長は、当該金額を遅滞なく還付しなければならないことになっている(通法56①)。
(注3)そのほかの税額の確定方式には、申告納税方式及び賦課課税方式がある(通法16①②)。
(注4)志場喜徳郎他編「国税通則法精解」(大蔵財務協会 平成25年)258頁等参照。
(注5)本判決の評釈については、園部逸夫・別冊ジュリストNo.79(租税判例百選・第二版)64頁等参照。
(注6)本判決の評釈については、山田二郎・大塚一郎他編「租税法 判例実務解説」(信山社 平成23年)74頁等参照。
(注7)本判決の評釈については、藤曲武美・前出(注6)87頁等参照。
(注8)前掲京都地裁昭和56年3月6日判決、大阪高裁昭和57年11月18日判決等参照。
(注9)東京高裁昭和51年5月24日判決(税資88号841頁)。
(注10)国税通則法上の「正当な理由」をめぐる法律問題については、品川芳宣「附帯税の事例研究 第四版」(財経詳報社 平成24年)64頁以下参照。
(注11)税務官署側の対応(誤指導等)が「正当な理由」の存否を惹起した問題については、品川芳宣「最近の最高裁判決にみる「正当な理由」の意義とその問題点」本誌2007年5月21日号23頁参照。
(注12)「申告所得税の過少申告加算税及び無申告加算税の取扱いについて」(事務運営指針、平成12年7月3日付課所4-16ほか)参照。
(注13)横浜地裁昭和51年11月26日判決(税資90号640頁)、東京高裁昭和55年5月27日判決(同113号454頁)等参照。
(注14)当該通則法改正の税務調査への影響については、品川芳宣「国税通則法の実務解説 第6回」租税研究2014年4月号124頁等参照。

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