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解説記事2015年10月12日 【特別鼎談】 BEPS対応税制を「経営」に活かそう(2015年10月12日号・№613)

特別鼎談
BEPS対応税制を「経営」に活かそう
 デロイト トーマツ税理士法人 移転価格部門ナショナルリーダー マイケル・タバート
 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑良晴
 (進行):公認会計士・税理士 緑川正博

 3年以上にわたって議論されてきた「BEPS(Base Erosion and Profit Shifting:税源浸食と利益移転)プロジェクト」だが、10月5日にOECD(経済協力開発機構)から全行動計画に係る最終報告書が公表された(今号13頁参照)。行動計画の内容は日本の税制改正にも影響を与えることになるだけに注目すべきものだが、タックス・プランニングをしてこなかった日本企業にとっては迷惑以外の何物でもないといったところだろう。しかし、BEPSへの対応は日本企業にとっての大きなチャンスであるという見方もできる。
 今回の鼎談では、数多くの日系企業の事前確認申請(APA)や移転価格税務調査対応など、国際税務に携わってきたマイケル・タバート氏と日本企業の税制や法務面をサポートしてきた経団連の小畑良晴氏をお迎えし、公認会計士・税理士の緑川正博先生を進行役に「BEPS対応税制を「経営」に活かそう」をテーマとしてBEPSプロジェクトが日本企業に与える影響や世界から見た日本企業の現状などについて語っていただいた。(編集部)

緑川正博氏(以下、敬称等は省略)
 今日は、国際税務問題について、お二人からお話を伺いたいと思っています。企業がどういう形で海外展開するにしろ、「市場価格」については、企業が最も時間をかけて検討していることだと思います。しかし、これが移転価格となりますと、経営トップではなく、経理部長ないしは財務課長の話になってくると理解しています。
 移転価格税制における、企業グループ内の「内部価格」は、連結財務諸表上の利益とはまったく関係ないから、あるいは、どちらの国に税金を納めるかという問題だから、経営者にとっては関心が薄いのかなとも思います。マイケルさん、どうですか。
マイケル・タバート氏(以下、敬称等は省略)
 現時点では、経営レベルの関心がないというのが現状かなと思います。たぶん市場でいくらで売ったらいいかというのが、皆さんのメインの関心だと思います。それはそれで正しいとは思いますが、税金というコスト、業種によっては税金が一番のコストだったりします。その一番のコストには関心がない。経営者からの関心がないというのは、「純利益」という株主の観点から考えると、それでいいのかと。実際に、内部の価格はどう決めたら良いのか、その決め方について理解を示す経営者がいないと、なかなかうまくいかないと思います。
 連結で考えると、要は「税引前利益」はなにも変わらないです。変わるのは、税引後利益です。
緑川:税引後利益の連結財務諸表の数値は変わります。
  そして国際企業間のレベルで比較しますと、大きな差が生じていますと。
マイケル:そうです。
緑川:ということについて、日本の経営者というのは関心が薄いのではないかということになりますかね。税はコストでないから、コスト・ダウンの対象外。
マイケル:そうです。
緑川:小畑さん、どうでしょうか。
小畑良晴氏(以下、敬称等は省略)
 今までは経営者あるいは会社のマインドというのは、税金はきちんと納めるものだと。そこをむやみに操作するものではないと、決められた通りに納めるものだということだったわけです。会社の中でも税務担当スタッフの数は非常に限られており、そういう中でやっているので、決まった税制に従って、きちんと納める。そういう作業をやっていたということなのです。先ほどおっしゃられたように、コストという意識は薄かったのかもしれません。
 ただ、これだけ国際展開をして、株式市場からも色々、海外の同業他社との比較があるという中で株主の意識も変わってきている。また、ガバナンスコードとか、そういったものができて、企業の収益性が問われるようになってくると最大であるかもしれないコストである税には、これからは関心を向けざるを得なくなってくる、そういう段階ではないかなと思います。

BEPSプロジェクトで日本企業が得をする!?
緑川:今の小畑さんの話と関連して、この前もOECD(経済協力開発機構)の移転価格ガイドラインによる租税条約、税制改正が新聞紙上を賑わし、なにか「BEPSが来るぞ」と煽っているのではないかという気もします。また、IFRS(国際会計基準)の中で、EUとアメリカとが結局は別々の方向に動いて行きました。今回のテーマは税だから、別々に動くことはないとは思いますが、その中にいる日本としてどうなのかというのを率直に伺いたいですね。
マイケル:BEPSプロジェクトが来るぞ、というのは脅しではないのですが、簡単に言ったら、今までの国際税制が大きく変わろうとしている。その中で、日本企業にとって、実は、今回のBEPSプロジェクトの結果として、1つの新しいわかりやすい税制がまとまるのが一番良いのです。まとまらないとなると、今までもそういう国が多かったのですが、日本の考え方ではこういうやり方でいい、中国やインドとかブラジルはこういう考え方でいい、となると、何をやってもどこかで問題が起こる。今回まとまらなければ、問題が起こり続けるので、実はBEPSプロジェクトがまとまると、将来的には日本企業にとって良いことだと思います。
緑川:日本企業にとって良いということは、今まで国際的なタックス・プランニングを何もしてこなかった日本企業と、プランニングをやってきた欧米系企業とが、結果的に税負担が同じになるという意味で日本企業に良いということですか。
マイケル:日本企業は、1つの国際標準ルールがあると、そのルールさえ守っていれば問題をなくせると考えていると思います。もっとマクロなレベルで言うと、欧米系の企業は、各国の税率が違ったり、色々な条件があるので、全世界的にどう税負担を減らすかというタックス・プランニングをやってきた結果、税率が下がってきて、株価が上がっていたのです。しかし、日本企業は、問題さえなければ良いというので、日本の税率40%ぐらいを払っていたために競争が出来ていなかったわけです。
  今回のBEPSプロジェクトが入ってくると、欧米系の企業があまり税率を下げられなくなり、彼らの税率が結果として上がるのです。
緑川:欧米企業のタックス・プランニングが防止されれば、欧米企業の税負担率が上がり、日本企業並みになるからいいのではないか。
マイケル:はい。そこまで上がるかどうか。日本は元々高いのでわかりませんが、日本の税率に近づく。
緑川:そうすると日本企業の国際競争力もやや上がると。
マイケル:他は下がるから、日本が上がるということです。
緑川:小畑さん、どうですか。
小畑:まさにそういう観点から、我々もこのプロジェクトに深く関与してきたわけで、日本企業の競争条件が、他国の企業に比べて今までは非常に劣っていたわけですけれども、いくらかでも、今回のプロジェクトでイーブンに近づけるということは、1つのメリットだと思います。それから、先ほど、マイケルさんがおっしゃいましたけれども、中国、ブラジル、インドとかですね、OECDに加盟していない国も、今回のBEPSプロジェクトには、G20という枠組みで入っていますから、そこを取り込んだというのは非常に重要だと思っています。ここまで彼らも関与したからには、あまりここからかけ離れたことは、今後出来なくなるだろうと。そういった意味では、国際展開する上で、予見可能性というのが少し出てくるというメリットがあるかなと思っています。
緑川:日本企業は、インド、中国、ブラジルというような国に進出していますけれど、それらの国が今回加わることによって、二重課税の完全排除ができるようになるだろうと。
マイケル:いや、なるかどうかは分からないです。まとまれば、そうなりますが。
緑川:インド、中国、ブラジルについて、二重課税を完全排除してもらわないと困りますよね、という利点もあると思うし、欧米企業と比べ、上手いタックス・プランニングをやらなかった、やれなかった日本が得しますよという、そんな理解ですかね。今回のBEPSプロジェクトというのは。

文書化はデメリットか

マイケル:
日本企業にとってのメリットという意味ではその2つだと思います。デメリットは、今回のBEPSプロジェクトの過程の中で、納税者にもっと色々な情報を出してくれとなっています。その情報を出してくれという段階で、日本企業は、その情報さえ持っていない。今まで欧米企業は色々なプランニングをしてきたから、色々な情報があります。出したいかどうかは別として、手元にはあるのです。でも日本企業は、なにも税金について考えていないので、出してくれと言われると、「ええ、これは大変」となるのです。
  確かに一回目は大変だと思う。一回税務について整理して、うちの会社はこういうシステム、こういう体制で税に関する情報はこう集める、ということさえ出来れば、あとはメリットしかないと思います。
緑川:日本企業も、せっかく今回、内部文書の整理をしなければいけないのであれば、欧米企業並みとは言わないけれど、この機に少しタックス・プランニングを実施して、デメリットを解消していければ良いのではないですか。
マイケル:株主の観点からすると、是非そうしていただきたいと思います。
小畑:おっしゃる通りですね。今回BEPSプロジェクトの行動計画13(移転価格税制の文書化)でCBCレポート(国別報告書)を出すとか、そういったことで、面倒だなというのが最初に来ると思います。そもそもBEPSは欧米の企業がやっている話であって、我々に関係ないのに、たいへんな「とばっちり」を食ったというイメージで見られていたと思うのです。
  しかし、逆に言えば、各国の税務はそれぞれの現地法人に任せていたところが多いのではないかと思います。それを今回のプロジェクトの結果、嫌でも情報を取らなくてはならない。情報を取ったら管理しなければならないということになりますし、税務の色々なポートフォリオをどう組むかということも、数字を見たからには誰しも考え始めるということで、これは非常に良い契機になるのではないかと思っています。
移転価格税制の文書化
 2014年9月に公表されたBEPSプロジェクトの行動計画13における報告書では、多国籍企業に対して、マスターファイル、ローカルファイル、CBCレポート(国別報告書)の作成を義務付けることとされている。多国籍企業グループによるグループ内取引を通じた所得の海外移転に対して、適正な課税(移転価格課税)を実現するため、多国籍企業グループの取引の全体像に関する情報が必要との観点から導入されるものである。CBCレポートでは、親会社・子会社所在国ごとの多国籍企業グループの情報(売上・所得・税額・資本金等の財務情報、従業員数、有形資産額、主要事業等)を記載する。

税務担当者が少ない日本企業

緑川:
何か作業が増えると、会計事務所のビジネス・チャンスだとか、そういう言葉しか表に出てこなくなっていますが、本来、海外進出している企業にとってタックス・プランニングというのは基本だと思うのですが。
マイケル:会計事務所が儲かるというのは、私は良いことだと思っています。それは何故良いかというと、基本的に我々としては、知識だけでなく、付加価値があると思って仕事をしているので、我々のその付加価値を利用していただいて、それによって会社の株価が上がるのであれば、全体的に皆さんハッピーではないかなと。
  企業内部に税務担当のそういう方がいらっしゃれば、わざわざ会計事務所に頼む必要はなく、それで会社の株価を上げられるかもしれませんが、たぶん今の日本の市場で、国際税務の人材というのは、我々でも不足しているくらいですから、事業会社でも当然不足しています。海外と比較すると、GEで税務に携わっている人は1,000人位いますと。1,000人といえば、1つの会社で我々デロイト トーマツ税理士法人の日本の全員より多いのです。これが日本のGEに当たるような、日本の本当に大きな企業であっても5人いればいい。ということで、我々会計事務所としては、いま困っているところを手伝ってあげたいし、でも単純に仕事をもらいたいというよりは、これをきっかけにして会社を良くしていこうと思っています。
緑川:「税引後利益」というものをもう少し考えて、株主価値をもっと大きくしませんかと。
マイケル:日本の会社は、税引前利益や営業利益を拡大するために、コンサル会社にかなり払っているのではないですか、こうするともっと儲かりますよと。これを税金でやると、何か悪いことをしているみたいな感じになってしまいます。
緑川:そうそう。お上に盾突くみたいな。
マイケル:そうです。我々だから、ある意味コンサルをしたり、日本企業の皆さんが良くなって株価が上がってと、そうなるためにはどうしたらいいかというアドバイスをしているつもりですが、そのためには税金をもう少し認識して、どうしたいのかというのをまずは考えようという話から始まっていると思います。
緑川:払わないわけではなくて、欧米企業並みのプランニングをやりながら、税引後の利益を増やしませんかという提案ですね。
マイケル:そうです。また、先ほど話が出ましたが、まず情報を集めることによって、意外と特定の国でこんなに税金を払っていたのだとわかるわけです。
緑川:二重課税も排除されていない。
マイケル:されていないです。
緑川:なるほど。
マイケル:二重課税分を払っている会社は、かなりあります。それでさえ把握していないのですけれど、それをまず把握して、二重課税をまず排除して、それではそこからどこまでアグレッシブにやるかというのは、その会社の経営者の判断だと思っています。
緑川:日本企業は、今まで誰もやっていなかったということですか。
マイケル:そうだと思います。
緑川:どうですかね、小畑さん。その辺りは。意識の問題ですかね。
小畑:そうですね。まさに現地法人任せで、なにかトラブルがあった時に慌てる。向こうで対処し切れなくなって、初めて本社に来て、でも情報がないと十分な対応ができない。二重課税のリスクを減らす観点から、現地法人との間で税務情報を把握しておく必要があります。

連結の利益での配当を認めれば

緑川:
そこで、先ほどの内部文書化ということについては、本社が全部を管理しないともう無理だろうと。いままで集まって来なかったものが集まってくるから、経営的に有利になるだろうということは分かりました。もう1つ疑問なのは、そうであれば会社法を連結での配当可能額に変更して、企業グループの税引後利益が増えたら配当が増やせる。単体の配当可能額じゃなくて、連結配当可能額にしていったら、税引後利益に視点が移り、タックス・プランニングもかなり変わるのではないと思いますが。
小畑:法人格で仕切られていますから、なかなかそうはいきません。単体よりも連結の方が少ない場合には、連結までの利益しか配当できませんという連結配当規制(会社計算規則2条3項51号)はありますけれども、上乗せする意味での連結配当というのになっていないのは確かです。いま日本企業が、アベノミクスの効果もあり、14四半期連続で業績がアップしていますけれども、それは連結ベースの数字です。
小畑良晴氏

緑川:連結でしか皆さん言わないですね。
小畑:そんなに企業の業績は上がっているのに、それほど日本の法人税は増えていない。それはやはり海外で稼いでも日本国内ではそれほどでもないということですね。海外から戻してくるには、棚卸取引の価格づけで戻すか、あるいは配当で戻すか。あるいはロイヤリティーで戻すかですよね。それぐらいですけれども。配当以外はどれも移転価格に関わる問題で、そう簡単にはいかない。そこが一番問題で。特にロイヤリティーというのは、無形資産にかかるところで、一番いまBEPSプロジェクトで問題となっている移転価格の核心部分ですよね。
緑川:ロイヤリティーで持ってくるにしろ、価格で持ってくるにしろ、基本は、配当だと思うのです。海外投資なのだから。生産拠点であろうと、販売拠点であろうと、投資回収しようとするわけで、それは価格ではないと思うわけです。連結利益で配当財源を認めると、会社の選択肢が増えるし、そうすれば先ほどの国際課税の話ではないけれど、企業グループ全体での、税引後利益の最大が、重要なテーマになってくるのではないかと思います。
  ところが今は、連結の所得は見ない。連結の税負担率も見ない。企業グループが全世界でどれ位の税金を支払っているかを見ないで、連結財務諸表の利益だけで見ているから、冒頭の話ですけれど、経営者は興味なくなるわけですよね。
  そうすると、今回のBEPSプロジェクトを契機にどうやって考えるかということですかね。それと先ほど言われたように、やはりある程度、税負担を軽減しながら配当を増やすという動きでしょうか、小畑さん。
小畑:まさに、その方向だと思います。
  アベノミクスもやっているわけですよね。
  配当で出すもよし、従業員への給料を増やすのもよし、あるいは国内での設備投資もするだろうし、そうやってお金を有効にまわすということをしなければいけません。
緑川:税の問題というのも活用しながらですね。変な意味じゃなくて。BEPSプロジェクトを機に活用しながら、そういう活動ができたらもっと良いのではないでしょうか。でも日本人は税のことを言うのを嫌がりますね。
マイケル:はい。ただ、これが自分のお金だと思うオーナーさんだと関心を示します。しかし、サラリーマンとして働いている会社の場合ですと、これは別に自分の問題ではないような感じになってしまいます。
緑川:源泉徴収に慣れてしまった国ですからね。

税コストとCEO・CFOの責任

マイケル:
でも、オーナー企業でも日本で税金を払いたい、いくらでもいいから日本でというところもあります。それは良いと思いますよ、自分の会社なので。でもこれが上場会社であれば、その判断はきちんと株主に説明した上でないと、やってはいけないのではないか、自分の会社ではないので。株主の了解を取った上で、どうやって税金を払っていくのかという方針が皆さんないのです。たぶんきちんと払っているのでしょうが、この「きちんと」という定義がないのです。
  海外、欧米系の会社にアンケートを取ると、たとえば実効税率をだれがどうやって評価しているか、どこの会社に行っても、絶対CFOの1つのKPI(主要な業績評価指標)が実効税率です。場合によってはCEOもです。ということは、実効税率が5%上がったりすると、CEOの責任問題になります。それが日本ではあり得ない。

マイケル・タバート氏

緑川:日本企業ではまずないですね。税務ポリシーなんて誰も聞かないし、問題にしない。
マイケル:そうです。
小畑:法定税率と同じ実効税率を取ったりするわけですから。
マイケル:だから、仕事をしていないという風に見られるのです。海外であれば。
緑川:どうして日本は見ないのでしょうか。
マイケル:結局、税金で何かするというのはやはりモラル的におかしいという概念があるのだと思います。これが人件費だったらどうか。例えば、中国の人件費が上がってきたのでベトナムに行きますと。これに対しては誰も文句を言わない。でも中国よりベトナムの方が税率半分なので、ベトナムに行きましたと言えば、これはだめなことをしているような感じになります。たぶん欧米系はそこに何の区別も付けていないのです。
  欧米系は、工場をつくる時に、人件費だとか、良い人を集められるかどうか、税率はいくらか。必ず投資する時には、税務の担当の方がいらっしゃいます。
緑川:大きな要素ですね。人と、物流と、タックスは。
マイケル:中国の人件費が上がってきているから、撤退する企業が多いとしても、だれも違和感を覚えないのです。ところが、これが「税率」で、例えば中国の税率が上がってきたので、それだけで撤退する会社はたぶんないと思います。
  なにか税金というのは、それを考えることがモラル的に悪いみたいなところがすごくある感じがするのです。

本国の所得を海外に移すという大きな誤解

マイケル:
これはある意味、フェアな国家間の競争なのです。アイルランドやシンガポールは税率が低くて悪く見られがちですけれど、彼らは国の戦略として、資源もないし、人もいないし、どうしようと考えた結果、外資系を呼び込もうとしたわけです。その1つの魅力は税率。この点、日本の戦略はそもそも何なのか。いまアベノミクスでいろいろ実施していますけれど、あまり税に関する明確な戦略はないですね。
  あと1つ、大事な論点というのは、例えば米系企業がBEPSをしていた、節税をしていた、ということに対して、アメリカのIRS(内国歳入庁)が反対しているのかと言うと、そんなに強く反対していない。アメリカの税収は実はあまり変わっていなくて、基本的にアメリカ国内で払っている税金がそんなに変わらない会社が多い。米系企業が、たとえば日本に出て行くとしたら、海外分の税金をわざわざ税率の高い日本で払わなくてもいいでしょうとIRSも思っている。それだったら、アイルランドで払った方が、配当は増えるし、自分の国の企業の競争力が強くなるわけです。
  日本の会社であれば、アメリカに出て行くときに、アイルランドとかシンガポールとかどこかで利益をためて、アメリカで税金を払わなかったとしても、日本はなにも痛くないです。税収は変わらないのです。配当が増える。企業が強くなる。けれど何か悪いことをやっているようです。日本の所得を海外に移しているイメージですね。
  実は、アメリカの所得を海外に移している米系会社は少ないと思います。一部、問題となった会社はありますが。
緑川:BEPSというか、タックス・プランニングをしているのは欧米企業であって、日本企業はしていないわけだから、日本企業がアイルランドやシンガポール経由ではいけないなどと思うこと自体がおかしいですよね。していないのだから。言葉だけで、なにか物の本で煽っているだけであって、では実際どうなの? と言ったら、ほとんどの大手企業は「きちんと」していると答える。
マイケル:「きちんと」という意味はなんですか。
緑川:法定税率で払っていますという意味です。BEPSはしていませんと。
マイケル:シンガポールの例を挙げると、海外の拠点をどこに作るというのはBEPSがどれほど騒がれていようとできるわけです。海外の投資はすべてシンガポールからやるというのは日本企業がやっても全く問題ないわけです。統括会社を税率の低いところに作るというのは今でも問題ないわけです。シンガポールやアイルランドといった税率を下げた国を使うのは会社の1つの判断であって悪いことではないです。ただ、日本企業は、それでさえしていないわけです。米系企業はそれをやった上で、さらに色々なスキームを考えてさらに税率を下げるということをしていたので今回問題になったわけです。
緑川:統括会社の設立さえやっていない日本企業が、BEPSが大変だと騒いでいるのが現状ですかね。

タックス・プランニングをしない日本企業が移転価格で一番問題を起こす

マイケル:
ただ、日本企業は何もしていないという先ほどの話に戻るのですが、一番、全世界で移転価格の問題を起こしているのは日本企業なのです。税制を読んで決めているわけではなくて、自分たちの値段が正しいと思っているわけです。
緑川:タックス・プランニングやっていないのに、おかしいと言われてしまうわけですね。
マイケル:実はタックス・プランニングやっている方がリスクが下がるのです。そこにいつも矛盾を感じています。
小畑:税務上評価できるような資料を整えて価格を決定しているわけですね。これが、同時文書化に対して欧米の抵抗が少ない理由なのかもしれません。
緑川:グループ内部の取引なのに。
マイケル:ですから、たとえば中国当局が、もっと徴収しようと思って米系企業に行ってみると、ものすごく合理的な説明があるわけです。何故この価格が正しいのかという。更正できないのです。一方、日本企業に行くと、何もないので、あとは、論争をして嫌だったら中国から出て行けばいい、となるので日本企業は払うしかないわけです。米系企業は最初から色々考えて実施しているから実はリスクが少ないのです。
緑川:欧米企業と日本企業とで特色を整理してみると、やはり欧米企業は世界の中での税負担を下げるような企業グループの構成をどうするかを考えている。ただし、自国の税は減らしていない。自国の税を減らさずに、全世界の中での税負担を減らすというプランニングをしっかりしている。一方、日本は、タックス・プランニングを考えず、BEPSのようなことは一切考えず、法定税率を下げて税負担を下げてくださいということを主張して、今まで何もしていなかった。
  タックス・プランニングをしっかりしてきた欧米企業と、法定税率を下げろ、タックス・プランニングはわからない、という日本企業とは、そもそも考え方が違う。考え方が違うところにBEPSプロジェクトが来ているから混乱が生じているのだと思います。
  その中で、もう1つ、移転価格税制もOECDモデルが出る度に変わったりしていますが、移転価格は、そもそも税法の問題なのでしょうかね。

BEPSプロジェクトはTPPに近い

マイケル:
税金はもちろん関係ありますが、その仕組みとしては税法というより国際ルールの方が近いと思います。日本の国内法に立ち返ってやったとしても、中国やアメリカはそれに合意しなければ、結局、2つの国で同じ所得に課税される二重課税になる。どこかの国の税法だけに沿ってやるという時代は終わっています。
  もっとマクロで考えると、今日話している利益配分をどうするのかということになると、日本の税法を知っているだけではとても対応できないと思います。
緑川:国内の親子会社間の取引に移転価格的な考え方はないのですから。そもそも税法の問題であれば、国内取引でも同じことをやるべきですよね。
マイケル:BEPSプロジェクトはある意味TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に近いと思います。ここの国がそこの国に投資したら税金はこうなりますと。でも、国際ルールはフェアにしましょうと。
緑川:二重課税は排除しましょうと。BEPSはやはり対策しましょうと。それをルール化した上で、それを前提にして、各国の税法があるのが普通だと。
小畑:その通りだと思います。それをOECDはやろうとしているわけです。ただそれはなかなか上手くまとまらない。かなりアバウトなものしかできないのが実際です。それをいかに国内法に落とし込むかによって国ごとに微妙に違った制度ができてしまうような、そういうフワッとしたものしかできない。そこが一番問題で、それが税法なのかということだと思います。
  移転価格で一番典型的なのは、無形資産の問題です。今回のBEPSプロジェクトでは無形資産とは何かという定義は規定されたものの、その解釈においてはフワッと広がりのあるもので、カチッとした制度ではないですよね。
マイケル:税法というのは政治ですよね。中国でしたら、無形資産は人、と言いたいわけですよ。しかし、アメリカや日本だとお金と言いますよね。オーストラリアなら資源。自分の国に得があるように持っていこうとする。
緑川:まさにTPPみたいですね。
マイケル:本当に同じようなものだと思います。フェアなルールは作らなければいけませんが、自分の国が得となるような解釈をしがちです。
緑川:それは仕方がないです。自国の利益が最優先ですから。特に税だとそのようになるのが当たり前なのかもしれませんが。それでも税の問題だと、あまりにも強く言い過ぎるのではないかと思います。
小畑:日本の立場からすれば、何か制度がガチッとあって、それに向かってきちんと守りましょうというメンタリティがあると思います。しかし、そうではないと思うのです。制度はフワッとしているけれども、制度は何を意図して作られているのかという趣旨に立ち返って、それを踏まえて、うちの会社はこういうことを決めている、ということを説明できれば大体OKかなと思います。そうやって作っていくことこそがプランニングです。

タックス・プランニングは悪か?

緑川:
親子関係をしっかり育てなければならないのに、あまり育てずに海外進出してきてしまったわけです。今から資料を出せと言ったところで、何故今からやらなければならないのですか、となってしまう。そして、競合企業との実効税率の違い、ないしは国内企業との実効税率の違いを、誰も文句を言わない。横並びが良く、この国では目立ったら叩かれます。タックス・プランニングをしないで税金を横並びで多く払っている会社の方が良い会社となるわけですね。
  しかし、タックス・プランニングをして全世界の税負担を適正化し、結果、税引後利益を最大化すれば、基本的に株主価値も最大になるし、投資も誘引すると思います。海外に進出している日本のオーナー企業などは、かなり対策をしているのではないでしょうか。


緑川正博氏

マイケル:オーナー企業になると、自分のお金という認識はあるので。私の友達の若手の社長が小さい会社を作りました。私がこういった仕事をしていると知った瞬間、どうしたらいいでしょうか、シンガポールに会社作った方が良いのでしょうか、などとすぐに聞いてくるわけです。これが上場会社になると、誰も聞きません。この違いがすごく面白いです。小さい会社だと皆さんすぐに聞きます。どう税金を抑えればよいのかと。大きな会社だと関心がない。非上場会社ですと、オーナーの意向が強いので、オーナーの税金であれば税金を減らしたいという会社が多いですし、オーナーによってはできるだけ日本で税金を払いたいという。これはオーナーさんのお金ですからそれはそれで決めればいいのですが、上場している会社となると自分のお金ではないのですから、明確に、会社としてこういう風に実行していると株主に説明する責任があると思います。オーナー企業でしたら、オーナーが決めればよいので。そこの違いではないかなと思います。
緑川:非上場の海外輸出メーカーなどもすごく“BEPS”していますよ。“BEPSしている”という表現が正しいのかわかりませんが。
マイケル:どこにも課税されないというのは、やりすぎだと思いますが、合法的に行っているのであれば問題ないです。
緑川:もちろんです。企業である以上、ノータックスというのはあり得ないですよ。ただ、その中で、ある程度、適正な税バランスは検討すべきだと思います。その中で制度上問題ないことはやるべきだと思うし、非上場企業の方ができるのです。もちろん、移転価格税制等は、非上場株式の評価額に影響することもありますが。しかし、上場している会社の方こそ、もっとやって株主価値を増やさないといけない。非上場なら、経営者=株主みたいだから、それほど株主価値を意識しなくてもいいわけです。ですが、やはり税引後利益については最大化を狙いますよ。上場してしまうとその意識が薄れてしまう。どうしてなのでしょうか。「税引後利益」と言わなさすぎです。
マイケル:結局、株主のために利益を最大化しようと思ったら、税引後で見るしかないと思います。
緑川:そういうことをしなさすぎる。法定税率を下げましょうという話しかなくて、税引後利益を最大化することが企業の経営だということを言わない国ですよね。
小畑:そこが非常に軽視されています。
緑川:先ほどの話ではありませんが、連結ベースの税引後利益を増やすことが社外取締役の責務であると、コーポレートガバナンス・コードに明確に書いてほしいですね。
小畑:それが攻めのガバナンスですよね。
緑川:そういった話が全然なくて、社外取締役を増やすことが攻めだ、となっています。増やして何をさせるのか、がないのですよ。連結税負担率の最小化とか、税務ポリシーの明確化とか言えばいいと思います。ほかの国の税収は減らしても、日本の税収は減らすなよと。そしてどんどん会社を大きくしてと。
マイケル:日本の法人税率を下げると日本が損をします。そうではなくて、海外で払っているところをもっと整理して海外で払っている税収を下げたら、日本の税収は変わらないし、もっとキャッシュが返ってくるので、意外と“BEPSしよう”と言った方が日本のためだと思います。グローバルでこれだけ日本企業が多いのですから。ただ、今は言えないですけれど。
緑川:気持ちとしてはわかりますね。BEPSとはそういうものだという意識を変えた方がいいと思います。
マイケル:BEPSしている方が日本のためですと。極論ですが。日本の税率を下げるのは実は日本にとって良くない。割合で言ったら海外でもっと払うだけかもしれませんし。日本企業が全世界で払っている割合がより海外に行くだけです。

本当のタックス・プランニングとは

緑川:
先に手を付けるのは別ではないかということですね。海外で払っている税金にきちんと目を向けようと。二重課税の排除はしましょう、もっとプランニングをして、海外で払っている税金にもっと目を向けませんかと。そっちが先ではないですかと。
  ただ、日本でタックス・プランニングというと、嫌なイメージがあるのです。例えば、税金ビジネスの最近の「ヒット商品」である相続税減らしは、法人税・所得税(将来を含めて)の増加があり、結果的に税収が増えるなら国内税務のタックス・プランニングだと思いますが、単に相続税を減らすだけの商品で終っているんですね。こういう話が多い。あくまで今回話しているのは、冒頭にあったように経営レベルでどうするかということです。税引後利益を最大にして株主価値を向上することは最大の経営テーマなわけですが、そこにタックス・プランニングがあると思います。国内税務であれ、国際税務であれ。
マイケル:我々が言っているのは、たとえば移転価格で考えると、どこの国で税金を払いたいかを決めましょう、とそれだけだと思います。たとえば、アメリカにお世話になっているのでアメリカに払いたいと。それを株主に説明した上で税金は高いけれど払うというのはまったく問題ない意見です。別の会社は、株主のために、アメリカでは確かに売れているが、シンガポールによくしてもらっているので、シンガポールに統括会社の人に行ってもらって、本当にそこに実体を置いて、シンガポールという国に投資してそこに税金を払いたい、しかもその方が株主のためでもある。これも何の問題もありません。変なタックス・プランニングでもなく、どこの国に投資するかというだけです。
緑川:ファイナンス・コストなんですがね。
マイケル:これが税金だったらダメですけれど、人件費なら皆さん考えるわけですよ。労務関係とか、組合があるとか。
緑川:税金以外のものであれば、社長までも必死になって考えるけれど、こと税金になると、「担当者に」となってしまいます。どうしたら変わるのでしょうか。
小畑:株主の意識ですかね。株主もそこは全然見ていない。税金をいくら払っているのか。
緑川:社外取締役の取締役会出席率だけでなくて、連結ベースの実効税率についておかしなことに気付いたら会社にノーと言えばいいわけです。その方がずっと建設的です。

クローズアップされる「税務ポリシー」

マイケル:
株主が質問して、「御社の税務ポリシーは何ですか」と聞くと、「きちんと払うことです」と皆さんおっしゃると思います。この「きちんと」というのは、何も考えていない「きちんと」なのですね。欧米系の企業は「きちんと合法的」に払っているわけです。
  日本と韓国で両方あるのでしたら、うちは問題があったら両方に払っていますと。太っ腹に。株主の皆様のお金を使ってたくさん払っていますと。それはそれで株主が納得すれば良いと思います。ただ、そういう説明もなく、質問もないわけです。
緑川:質問もないというのは無責任ですね。その辺はどうしたら変わるのでしょうか。
マイケル:やはりわかりやすく経営者に伝わるかどうかがポイントだと思いますし、あと、アナリストなどがどんどん質問していくようになっていかないと。
  アナリストは有力だと思っています。例えば、この会社は低税率国に投資することが決まっていたとすると、インサイダー的に言えば、この会社は株価が上がるわけです。そこにアナリストが関心を示せば、この会社はこういう戦略があるのでもしかしたら税引後利益が上がるかも知れない。だから「買い」となるわけです。そういうふうに持っていければ、「税務ポリシーは何ですか」という質問がもう少し増えると思います。
緑川:そうすれば少しずつ浸透していくかもしれませんね。それでタックス・プランニングって違うものだよね、というふうに変わっていくことになるかもしれません。
マイケル:そうですね。
緑川:そうしないと日本の税の意識って変わらないです。
小畑:そうすると今回のBEPS対応税制は非常に良いチャンスで、何がしか会社は対応しなければなりません。コストをかけて対応するのならこんなに会社に良いことがありますと、会社のマネジメントに役に立つというところまで変えた方がいいと思います。
  税とは違いますが、IFRSを導入する企業が増えていますが、導入するからにはどういうメリットがあるのか、経営でどう活かしていくのかというところまで考えて、IFRSの導入を決めたということと同じだと思います。
緑川:BEPS対応税制は強制的に来ますよね。任意だと説明を前提に考えますが、強制的に来るのは国が決めたことなのでと、一律に説明して終わりとなってしまいますよね。今までは。
小畑:それで終わらせてしまったら勿体ないですよね。
緑川:同感ですが、どうやったら良いのでしょうか……。
  税務ポリシーが、コーポレートガバナンス・コードの原則等として開示され、経営者も株主も必要性を感じることですかね。その意味では、お二人に期待します。
  本日はありがとうございました。
 (了)

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