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解説記事2016年03月14日 【特集】 ヤフー・IDCF事件は「租税回避」の捉え方をどう変えたか(2016年3月14日号・№634)

特集
最高裁「税法の濫用は租税回避」明確に
ヤフー・IDCF事件は「租税回避」の捉え方をどう変えたか

 法人税法132条の2(組織再編成に係る行為又は計算の否認)の適用の可否が争われた初の税務訴訟であるヤフー・IDCF事件で、最高裁は2月29日、納税者側の上告を棄却する判決を言い渡した。組織再編成にとどまらず幅広く「租税回避」に影響を与えることになるとして戦後最も重要な税務訴訟の一つに数えられた同事件は、国側の全面勝訴で決着した。2月18日付けで国側の上告受理申立てを不受理とする決定が下されたIBM事件に続き、租税回避に該当するか否かを争う重要な税務訴訟が決着したことで、法人税法132条(同族会社等の行為又は計算の否認)を含む「租税回避」の捉え方にパラダイムシフトが起きることになりそうだ。これらの税務訴訟が実務と税理論に大きな影響を与えることは間違いない。
 本特集では、ヤフー・IDCF事件の最高裁判決が示した「租税回避」の捉え方、そして、最高裁判決がどこにどのような影響を与えるのかということを中心に、前号のIBM事件のインタビューに続き、財務省時代に自ら法人税法132条の2と132条の3(連結法人に係る行為又は計算の否認)の創設に携わった経験を持ち、132条の解釈や租税回避事件にも精通する朝長英樹税理士に話を聞いた。

裁判官は別でも両判決で示された「租税回避」の捉え方等は全く同じ
――お話を聞かせて頂く前に、まずヤフー・IDCF事件の最高裁判決の中で「租税回避」の捉え方に関する部分を確認しておきたいと思います。ヤフー事件の判決文とIDCF事件の判決文を見ると、その部分の判示は次頁のとおりで、全く同じですね。

「租税回避」の捉え方に関する最高裁の判示
 組織再編成は、その形態や方法が複雑かつ多様であるため、これを利用する巧妙な租税回避行為が行われやすく、租税回避の手段として濫用されるおそれがあることから、法132条の2は、税負担の公平を維持するため、組織再編成において法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる行為又は計算が行われた場合に、それを正常な行為又は計算に引き直して法人税の更正又は決定を行う権限を税務署長に認めたものと解され、組織再編成に係る租税回避を包括的に防止する規定として設けられたものである。このような同条の趣旨及び目的からすれば、同条にいう「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」とは、法人の行為又は計算が組織再編成に関する税制(以下「組織再編税制」という。)に係る各規定を租税回避の手段として濫用することにより法人税の負担を減少させるものであることをいうと解すべきであり、その濫用の有無の判断に当たっては、①当該法人の行為又は計算が、通常は想定されない組織再編成の手順や方法に基づいたり、実態とは乖離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるかどうか、②税負担の減少以外にそのような行為又は計算を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等の事情を考慮した上で、当該行為又は計算が、組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したものであって、組織再編税制に係る各規定の本来の趣旨及び目的から逸脱する態様でその適用を受けるもの又は免れるものと認められるか否かという観点から判断するのが相当である。

朝長 そうですね。
 ヤフー・IDCF事件の判決文の話に入る前に、判決の背景を知っておく必要があると考えています。
――判決の「背景」とはどのようなことでしょうか。
朝長
 ヤフー事件は、第一小法廷において弁護士出身の山浦善樹裁判長をはじめとする5名の裁判官によって判決が下されています。
 これに対して、IDCF事件は、第二小法廷において検事出身の小貫芳信裁判長をはじめとする4名の裁判官によって判決が下されています。
 このように、両事件は異なる裁判官によって判決が下されたわけですが、組織再編成における「租税回避」の否認規定である132条の2の解釈や組織再編成税制の基本的な考え方などに関する判示は全く同じです。
――最高裁の裁判官は、長官以下15名ですよね。
朝長
 そうです。15名の裁判官の内の9名が、132条の2に関して上記のような解釈を採るべきであると述べたということになります。
――15名のうち2/3に近い9名ということになると、大法廷で15名の裁判官が判決を下したのと実質的には変わらないわけですね。
朝長
 そうです。最高裁でもかなり大きな事件として扱われたと考えて良いと思います。

ヤフー事件の判決を下した裁判官はIBM事件の上告不受理決定をした裁判官と同じ

朝長
 判決文を読むに当たり、「背景」として知っておく必要があると思われるのは、それだけではありません。第一小法廷の山浦善樹裁判長をはじめとする5名の裁判官は、ヤフー事件の判決の僅か11日前の2月18日に、132条の適用が争われたIBM事件について国側の上告受理申立てに対する不受理の決定をしています。この事実は、判決の内容にも匹敵するほど重要な意味を持つと考えています。
――それは驚きですね。IBM事件の不受理決定をした裁判官とヤフー事件の判決を下した裁判官が同じとは気付きませんでした。
朝長
 判決を下すのは生身の人間であって、神様ではありません。ヤフー・IDCF事件の判決は第一小法廷の裁判官と第二小法廷の裁判官が話し合って下したものであり、また、ヤフー事件の判決はIBM事件について国側の上告受理申立てに対して不受理の決定をした裁判官と同じ裁判官がその不受理決定の11日後に下したものである、ということを念頭に置きながら判決文を読み解く必要があります。後で詳しくお話ししますが、一番、重要な点は、同じ裁判官によってヤフー事件の判決の直前にIBM事件の不受理決定が行われているという点です。
――逆に言うと、IBM事件の不受理決定も、その11日後にヤフー事件の判決を下す裁判官が行ったものであるということを念頭に置きながら理解する必要があるということですね。ただ、IBM事件について国側の上告受理申立てを不受理としたということは、少なくとも最高裁の第一小法廷の裁判官はIBM事件の高裁判決の法令解釈には誤りが無かったと判断したということですよね。
朝長
 単純にそのように捉えて良いのかどうか、というところが重要なわけです。判決文の奥にあるものまで読み解いて裁判官の意図を的確に察する必要があると考えています。
 貴誌の前号(本誌626号)のIBM事件に関するインタビューでは、ヤフー・IDCF事件の判決の内容にまでは触れることが出来ませんでしたので、IBM事件の高裁判決の内容とヤフー・IDCF事件の最高裁判決の内容とを比較することはしませんでしたが、今回は、まずヤフー・IDCF事件の判決についてお話しした後に、IBM事件の高裁判決の内容との関係についても触れたいと思っています。

最高裁判決は「税法の濫用は租税回避である」と断言

――ヤフー・IDCF事件の最高裁判決を読まれて朝長先生はどのような印象を持ちましたか?
朝長
 全体を一読してまず感じたのは、地裁判決や高裁判決以上に「濫用」という用語を前面に打ち出しているということです。
 地裁判決は良く出来ていると思っていますが、約30頁の条文の解釈を述べた部分で「濫用」という用語は一か所だけしか用いていなかったと記憶しています。これに対して、最高裁判決では、1頁弱の条文の解釈を述べた部分で三か所、「濫用」という用語を用いています。
 地裁判決や高裁判決は、税法の濫用は租税回避となるという内容ではあったものの、「濫用」という用語をできるだけ使わないようにして、租税回避を巡る学説の対立とは距離を置きたいという観点で書かれているような印象を与えるものでした。
 そういう点では、地裁判決と高裁判決には今一つすっきりしないところがあったわけですが、最高裁判決は、違っています。最高裁判決は、「税法の濫用は租税回避である」と明快に言い切り、その認識を柱にして解釈を組み立てています。
――朝長先生は地裁の頃から「税法の濫用は租税回避」とおっしゃっていましたね。
朝長
 そうですね。最高裁判決は第一審の意見書で私が述べさせて頂いた解釈と全く同じ解釈を示したと言って良いと思っています。
 IBM事件とヤフー・IDCF事件の確定判決は従来の租税回避に関する税理論を根本から変えるものであり、税の世界における一種の革命のようなものと言っても良いと考えています。平成13年に組織再編成税制を創らせて頂いた際にも似たようなことを言われた記憶がありますが、専門家の多くがこれらの事件を税の世界において時代を画する非常に重要な事件と受け止めているようですし、私も、これらの事件は実際にそのようなものであると思っています。

ヤフー事件判決の直前にIBM事件の不受理決定がなされたことの意味

朝長
 先ほど、ヤフー事件の判決は、その直前にIBM事件について国側の上告受理申立ての不受理を決定した裁判官と同じ裁判官が下したものであると申し上げましたが、それを踏まえて判決文を読んでみると、いくつかの疑問が湧いてきます。
 IBM事件の高裁判決は昨年の3月25日で、上告不受理決定が約11か月後の今年の2月18日です。これに対して、ヤフー事件の高裁判決は一昨年の11月5日で、上告棄却判決が約1年4か月後の今年2月29日です。常識的に考えると、ヤフー事件の上告棄却判決が先でIBM事件の上告不受理決定が後ということになるのではないかと思われますし、ヤフー事件の上告棄却判決の僅か11日前にIBM事件の上告不受理決定を出すというのも、かなり慌ただしい印象を受けます。
 しかも、同じ「租税回避」に関する事件でありながら、IBM事件の高裁判決の「租税回避」の捉え方は、ヤフー事件の最高裁判決の「租税回避」の捉え方とは全く違っているわけです。
 このような事情からすれば、当然、「なぜ、ヤフー事件の判決の“直前”にIBM事件の上告不受理決定を出すことになったのか?」「ヤフー・IDCF事件の判決の“後”にIBM事件の判断が示されたとしても、上告不受理となったのか?」「IBM事件において国側がヤフー・IDCF事件と同じ解釈に基づき租税回避に該当すると主張していたとしても、上告不受理となったのか?」というような疑問が湧いてきます。
――確かに、良く考えてみると132条も132条の2も「租税回避」を否認するという点で共通しているわけであり、「租税回避」の捉え方が全く違うというのはそもそもおかしいですよね。同じ裁判官が判断を下しているわけですからね。
朝長
 誰もがそう思うはずです。
 そのような事情にあることから考えて、私は、ヤフー・IDCF事件の上告棄却判決の直前にIBM事件の上告不受理決定が出されたことには理由があるはずだ、と思っています。

「租税回避=税法の濫用」という最高裁のメッセージ

――その理由とは、どのようなものなのでしょうか。
朝長
 それは想像するしかないわけですが、仮に判決の内容は実際の判決と同じままで順番だけが逆、つまりヤフー・IDCF事件の判決の後にIBM事件の上告不受理決定が出されていたとしたら、どのような受け止め方がされることになるのかということを考えてみてください。
 そういう順番であれば、ヤフー・IDCF事件で「税法の濫用は租税回避である」という解釈を示した後に、IBM事件で「経済的合理性を欠くものは租税回避である」という解釈を示した高裁判決を是認するということになるわけですから、「どうなっているんだ?」という声が出てくる可能性が非常に高いと思われます。
――なるほど。先に出たものよりも後に出たものの方が後世に残ることになりますから、後に出たものの内容に関心が集中するはずですよね。
朝長
 当然、そういうことになりますから、ヤフー・IDCF事件の上告棄却判決の直前にIBM事件の上告不受理決定がなされたことに関しては、私は、ヤフー・IDCF事件の上告棄却判決の方を後世に残したいという判断があって、IBM事件の不受理決定を早めたものだと受け止めています。
 ヤフー・IDCF事件の上告棄却判決の直前にIBM事件の上告不受理決定が出されたことには、最高裁の9人の裁判官のメッセージが込められているように感じています。
――IBM事件の上告不受理決定の直後にヤフー・IDCF事件の上告棄却判決が出たということから、「今後は、租税回避とは税法の濫用と捉えるべきである」という最高裁のメッセージが読み取れる、ということですね。
朝長
 そういうことです。
 最高裁判決は、地裁判決や高裁判決とはやや違って、理論や学説をも念頭に置いた判決であると考えられます。

国側が税法の濫用を「租税回避」と主張すればIBM事件は違う結果になった可能性

――しかし、先ほど朝長先生がおっしゃった「ヤフー・IDCF事件の判決の“後”にIBM事件の判断が示されたとしても、上告不受理となったのか?」「IBM事件において国側がヤフー・IDCF事件と同じ解釈に基づき租税回避に該当すると主張していたとしても、上告不受理となったのか?」というような疑問は、依然として残りますよね。
朝長
 順番が逆であったらIBM事件が上告不受理決定になったのかどうかということは、良く分かりません。
 ただ、根拠条文が異なるとはいえ同じ「租税回避」に関する事件ですから、ヤフー・IDCF事件の判決で「税法の濫用は租税回避である」という解釈を示した後に、「経済的合理性を欠くものは租税回避である」という解釈を示したIBM事件の高裁判決を是認するということは、非常にやりにくいように感じます。
 IBM事件の判断がヤフー・IDCF事件で示した判断と整合性のある判断となるのであれば、順番は関係がないのでしょうが、そうでなければ、順番も考えて対応せざるを得ないということではなかったのかと考えています。最高裁も、IBM事件の扱いには苦慮したのではないでしょうか。
――IBM事件において国側が「租税回避」をヤフー・IDCF事件と同じように捉えて課税するべきだと主張していたとしたら、最高裁の判断はどうなったのでしょうか。
朝長
 IBM事件に関する貴誌のインタビュー(本誌592号)でも申し上げたとおり、元々132条は持株会社を創って税負担を減少させるという税法の濫用・潜脱に対処するために設けられたものであり、ヤフー・IDCF事件においても、132条の2では税法の濫用・潜脱を「租税回避」と捉えています。両者が「租税回避」について同じ捉え方をしているわけですから、IBM事件についても、国側の解釈が正しいという判断になったと思います。
――132条でも132条の2でも「租税回避」の捉え方が同じになるわけですから、裁判の勝ち負けは別として、税法の解釈という点では全てが納得の行くように納まりますね。
朝長
 そうですね。
 裁判の勝ち負けは、税法の解釈だけで決まるわけではなく、事実関係も問題となるわけですが、税法の解釈をどのように行うのかによって、事実関係の捉え方も違ってきます。しかし、私達は裁判の当事者ではないので、裁判の勝ち負けよりも、今後に影響を与える税法の解釈に注目する必要があります。
 「租税回避」は、納税者が「節税」として容認されるはずだと思って行ったことが「やり過ぎだ」といって課税されるものですから、「租税回避」が税法の濫用・潜脱であることは、自明です。それにもかかわらず、我が国においては、そのようには解されてこなかったわけです。
 後でもう少しお話をしたいと思いますが、税理論が我が国だけガラパゴス化しているところに大きな問題があり、IBM事件やヤフー・IDCF事件は、そのガラパゴス化の問題点を浮かび上がらせたと言って良いと考えています。

「濫用」の判断における「事情」と「観点」を示した最高裁判決

――これまでお聞きしたことを判決の「背景」として認識しておくか否かで、判決文の理解の仕方もかなり違ってくるような気がします。
朝長
 ヤフー・IDCF事件の判決に関しては、判決文を読むだけでは表面的な理解しか出来ないと考えています。
――これまでのお話を踏まえて、判決の内容について具体的にお聞きしたいと思います。
 判決文の中で、条文解釈のポイントとなる部分について解説して頂けないでしょうか。
朝長
 判決文の条文解釈の最も重要な部分は、冒頭でご紹介いただいた判決文の中の「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」という132条の2の条文の解釈として示された「(組織再編税制)に係る各規定を租税回避の手段として濫用することにより法人税の負担を減少させるものであることをいう」という部分となります。
 まず、「組織再編成税制の各規定を濫用するものが租税回避である」という捉え方を基本とするべきであるとしているわけです。
 その上で、その濫用の有無の「判断に当たって考慮する事情」として、「①当該法人の行為又は計算が、通常は想定されない組織再編成の手順や方法に基づいたり、実態とは乖離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるかどうか、②税負担の減少以外にそのような行為又は計算を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等」を挙げています。
 そして、濫用の有無の「判断の観点」は「当該行為又は計算が、組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したものであって、組織再編税制に係る各規定の本来の趣旨及び目的から逸脱する態様でその適用を受けるもの又は免れるものと認められるか否か」であるとしています。
 「判断に当たって考慮する事情」には、最後に「等」が付されており、①と②は例示となっていますので、さまざまな事情を考慮するべきであるとしていることが分かります。
 「判断の観点」は、「当該行為又は計算が、組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したもの」という部分と「(当該行為又は計算が、)組織再編税制に係る各規定の本来の趣旨及び目的から逸脱する態様でその適用を受けるもの又は免れるものと認められる」という部分から成っており、文理上、両方を満たすものが「判断の観点」とされています。
――「判断に当たって考慮する事情」としては①と②が例示とされていますが、仮にこれらに該当しなかったとしても、「租税回避」とされることがあるということですね。
朝長
 そういうことになります。
 ①は「行為又は計算」の話であり、②は「目的」の話となっていると見ても良いわけですが、「行為又は計算」と「目的」は「租税回避」の判断の基準ではなく、「租税回避」の判断を行う際に考慮する事情に止まるものということになります。
 これは、132条の2が「行為又は計算」や「目的」の不当性ではなく、「結果」の不当性によって租税回避か否かを判断することとなっていることを正しく踏まえたものと言って良いでしょう。
 この①と②は、一言一句を事案に当てはめて、「租税回避である」とか「租税回避ではない」とかいうような使い方をする性質のものではないことに十分留意する必要があります。
――「判断の観点」は、二つを「かつ」で繋げる構造になっていますが、高裁判決まではそうはなっていなかったと思います。この点に関しては如何でしょうか。
朝長
 「当該行為又は計算が、組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したもの」という部分に関しては、現実には、租税回避か否かということが問題となる事案であれば、事実上、全てが該当することになるのではないかと考えています。そのような事案には、程度の差こそあれ、税負担を減少させる意図はあるものと思われます。「専ら」というような言葉が付いていれば別ですが、そうではないわけですから、確認的な意味しかないと考えています。
――「目的」は「租税回避」の判断基準とはならないということですから、ご指摘のように、「確認的な意味しかない」という理解が妥当なのでしょうね。
 「(当該行為又は計算が、)組織再編税制に係る各規定の本来の趣旨及び目的から逸脱する態様でその適用を受けるもの又は免れるものと認められる」という部分に関しては如何でしょうか。この部分は、主語は「結果」ではなくて「当該行為又は計算」ですよね……。
朝長
 そうですね。
 132条の2も「結果」が「不当」であるということが適用の要件となっているのだから、判断の基準は「結果が」という言葉で始まる文章となっていなければならないにもかかわらず、「当該行為又は計算が」で始まっているのはおかしい、という疑問を持っているということだと思いますが、そこは誤解しないように正しく判決文を読み取る必要があります。
――どういうことでしょうか。
朝長
 この部分を読まれた方の多くは、この部分で租税回避か否かの判断の基準を示していると受け取る可能性がある、と感じています。
 この部分は、「判断の観点」であって、「判断の基準」ではありません。
 ここは、良く読んで頂くと、「どのような立場に立って判断をするべきか」ということを述べているだけであることが分かるはずです。
――「観点」を「基準」と勘違いしないようにする必要があるわけですね。
朝長
 「観点」として述べられていることも非常に重要ですから、税の専門家でなければ「観点」と「基準」の違いをあまり意識する必要はありませんが、税の専門家はこの違いを正確に理解しておく必要があります。
 「租税回避」か否かの判断の「基準」は、あくまでも「(組織再編税制)に係る各規定を租税回避の手段として濫用することにより法人税の負担を減少させるもの」に該当するのか否かということであり、この表現以上に具体化したものは示されていません。
 要するに、「租税回避」か否かの判断の「基準」は「組織再編税制の各規定を濫用するもの」であるのか否かということであり、その濫用の判断は、「行為又は計算」が「不自然」ではないか、また、「事業目的その他の事由」が存在するか、というような「事情」を考慮した上で、「行為又は計算」が税負担の減少を「意図」し、かつ、「組織再編税制に係る各規定の本来の趣旨及び目的から逸脱するもの」ではないかという「観点」に立って行うのが相当である、ということです。
 この「観点」という用語は、「着眼点」や「見方」という用語に近い意味で用いられていると考えて良いでしょう。
 この「組織再編税制の各規定を濫用するもの」という判断の「基準」の部分は今回の判決で確定し、今後も変わることはないと考えていますが、「濫用」の判断の際の「事情」や「観点」は、事案ごとに少しずつ変わることがあるものと考えています。
――「事情」とは異なり、「観点」には「等」が付されていませんが、今後、「観点」も事案ごとに変わることが有り得るのでしょうか。
朝長
 「観点」は、「事情」とは異なり、かなり普遍的な書き方をされていますので、「事情」よりも変わる可能性は少ないと考えられますが、「観点」の主語は「当該」という用語を付した「行為又は計算」ですから、「事情」の中にさまざまな「行為又は計算」が含まれることになれば、「観点」の内容が変わることも可能性としては有り得ます。
――そうすると、「事情」や「観点」はあまり固定的には捉えないようにする必要があるということですね。
朝長
 そういうことです。

132条の2も「結果」の不当性が適用の要件

――IBM事件の高裁判決においては、「結果」の不当性が租税回避の判断基準であるということが何度も述べられていますが、ヤフー事件の判決においては、今回の最高裁判決も含めて、「結果」の話が殆ど出てこないように思われますが、これはどういうことでしょうか。
朝長
 132条の2も、132条と同じように、「結果」の不当性が適用の要件であることに変わりはありません。
 ヤフー・IDCF事件の判決において「結果」の話が殆ど出てこないのは、二つの理由によるものと考えています。一つは、一審の初期の段階で「副社長就任行為」の評価がポイントであるという整理がなされたこと、そして、もう一つは、「組織再編税制の各規定を濫用するもの」という説明の中には「結果」の不当性が含まれているためわざわざ別に「結果」の不当性を説明する必要がないということです。
 特定役員引継要件の濫用・潜脱であるということであれば、被合併法人の繰越欠損金を引き継いで合併法人の税負担を減らすという「結果」が「不当」であるということは、自明のことであって、「結果」が「不当」であるということを重ねて言う必要がありません。繰越欠損金を引き継ぐという「結果」と引き継がないという「結果」の二つがあって、その引継ぎの要件の規定の適用を巡る争いになっているわけですから、その引継ぎの要件の規定の濫用か否かという問題は、繰越欠損金を引き継ぐという「結果」の不当性の判断の争いそのものと言って良いわけです。
 このようなケースでは、適用の要件は「結果」が「不当」であるか否かということになっているというような話を持ち出しても、屋上屋を重ねるだけです。
 これに対して、IBM事件においては、事情が全く異なります。
 IBM事件が「租税回避」であると仮定して「結果」の不当性とはどのようなものかと考えてみても、直ぐには分からないはずです。
――IBM事件において「結果」の不当性をいうとすれば、朝長先生がIBM事件に関する本誌のインタビュー(本誌596号)で言われていたようなことになるわけですね。
朝長
 そうです。あのように具体的に説明をしなければ、「結果」の不当性が分からないわけです。前号(本誌633号)の貴誌のインタビューの際にもお話をさせて頂いたように、IBM事件における国側の直接の敗因は、「結果」の不当性を証明できなかったことであると考えています。

「事業目的があれば租税回避にならない」という主張は通用しなくなる

――かなり判決文の理解が深まりました。
 このような最高裁判決が出たことで、実務にはどのような影響が出てくるのでしょうか。
朝長
 132条の2の適用の基準が明確になったことで、課税を受けるケースが増えてくるはずです。
 大手総合商社が行った外国子会社への増資が有利発行とされて受贈益課税を受けた事件で納税者側の上告受理申立てが不受理となったものが過去にありましたが、この事件が確定したら、直ぐに全国的に同様の課税が相次いで行われることとなりました。
 この有利発行事件のように直ぐに課税が広まるということにはならないと思いますが、最高裁判決が出たことで、課税されるケースが増えることは間違いありません。
 このため、組織再編成を行う場合には、今回の最高裁判決を正しく理解することが不可欠となります。
 従来は、「事業目的があるから租税回避にはならない」と言って済ますことが非常に多かったはずですが、今後は、そのような主張は通用しなくなります。
――従来の通説は「事業目的があれば租税回避にはならない」というものであったわけですから、実務家の殆どは、今でもそのような認識を持って実務を行っているのではないでしょうか。
朝長
 多分、実際にはそういう状況にあると思います。
 しかし、今、私が一番懸念しているのは、これとは別のことです。

「租税回避」の判断の物差しが二つになれば税務執行が混乱

――それは何でしょうか。
朝長
 現実の企業グループの再編等においては、組織再編成のみが行われるケースよりも、株式や事業の売買、増減資等の資本等取引、組織再編成などが一連のスキームとして行われるケースの方が多いと言っても良いくらいです。
 そのような中で、IBM事件では、132条の解釈が、高裁判決で示された「経済的合理性を欠くものは租税回避」と言い得るという国側に非常に有利な内容で決着することとなったわけです。
 国側がこの解釈に基づいて税務執行を行うということになると、一つのグループ再編において、株式や事業の売買、増減資等の資本等取引については「経済的合理性を欠くか否か」という物差しで租税回避であるか否かを判断し、組織再編成については「組織再編成の各規定の濫用か否か」という物差しで租税回避であるか否かを判断する、ということになります。
――非常に混乱する可能性がありますね。
朝長
 「租税回避」の物差しが二つあるということになると、調査官は否認を行う場合に「兎に角、こうなっている」という言い方しかできないように思われますし、そうなると、納税者もなかなか納得しないのではないかと思います。
 今後、国側がIBM事件の高裁判決における132条の解釈をどのように整理するのかによって、税務執行の現場の状況が大きく変わることになるはずです。

132条と132条の3も同様の解釈に

――132条への影響はいかがでしょうか。
朝長
 先ほども少し触れましたが、今回の最高裁判決は、最初にお話をさせて頂いたIBM事件の上告受理申立ての不受理決定のタイミングを含む「背景」を念頭に置いて考えてみると、単に132条の2についてだけ「税法の濫用」を租税回避としたということではないと考えています。
――132条についても同じように捉えるべきだ、ということですね。
朝長
 そうです。
 連結法人に関する132条の3も同様です。大法人を見てみると、既にかなり高い割合で連結納税制度を採用しており、今後、更に連結納税制度を採用する法人が増えて行くことは間違いありません。
 このような状況からしても、今後は、三つの包括的な租税回避防止規定における租税回避については「税法の濫用」ということで統一的な整理が図られることになって行くのではないかと思っています。
――「租税回避」の理論が根本から変わるということですね。
朝長
 その点に関してはそうなると思っていますが、それだけでは終わらないように思われます。
 税理論の中で、「租税回避」に関する理論は最も重要な部分を占めていると言っても良いわけですが、税法の各規定の「濫用」に該当するか否かをその税法の各規定の趣旨・目的から判断することになれば、自ずと、税理論自体が税法の各規定の趣旨・目的に目を向けるものとなって行かざるを得ないと考えられます。
 我が国においては、「税法の趣旨・目的は曖昧なので、それを持ち出すことは良くないことだ」とする風潮が存在していると考えていますが、ヤフー・IDCF事件の最高裁判決をきっかけにしてそのような風潮が変わり、税法の解釈の場面はもとより、税法の立法の場面においても、税法の各規定の趣旨・目的を重視する流れが出てきて、我が国の税法の解釈と立法のガラパゴス化が是正される可能性があると思っています。
――「租税回避」の理論に止まらず、税理論自体が大きく変わる可能性があるということですね。
朝長
 そうです。
 ヤフー・IDCF事件から学ぶべきものは、沢山あり、その範囲も広く深い、と考えています。
 後々、「振り返れば、ヤフー・IDCF事件が我が国の税法の解釈と立法の改革のきっかけになった」と評されることになるかもしれません。
 税理論に関してどのような立場に立つとしても、これからは、税理論を語るに当たっては、IBM事件やヤフー・IDCF事件を知らないということでは済まないと考えられますので、IBM事件とヤフー・IDCF事件は、今後、長く語られ続けることになるものと考えています。
――きっとそうなるでしょうね。
 ヤフー・IDCF事件に関してこれまでインタビューや座談会で朝長先生から聞かせて頂いたお話は、いずれも他では知り得ない貴重なお話ばかりでした。
 長期間にわたり、多くの有益なお話を聞かせて頂きましたことに改めて御礼を申し上げます。誠にありがとうございました。

朝長英樹 ともなが ひでき
 財務省主税局において、金融取引に係る法人税制の抜本改正(平成12年)・組織再編成税制の創設(平成13年)・連結納税制度の創設(平成14年)などを主導。
 税務大学校研究部において、事業体税制等を研究。平成18年7月に税務大学校教授を最後に退官。
 現在、日本税制研究所 代表理事、朝長英樹税理士事務所 所長

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