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解説記事2018年11月12日 【最新判決研究】 被相続人の預貯金を引き出した場合の相続財産の範囲と隠ぺい・仮装の有無(2018年11月12日号・№763)

最新判決研究
被相続人の預貯金を引き出した場合の相続財産の範囲と隠ぺい・仮装の有無

東京地裁平成30年1月19日判決(平成28年(行ウ)第240号)

 筑波大学名誉教授・弁護士 品川芳宣
 

一、事実
(1)X(原告)は、亡甲及び亡乙夫婦の子である。甲は、平成19年5月23日死亡し、その相続人である乙及びXが甲を相続した(以下「本件一次相続」という。)。次いで、乙及びXは、平成19年12月1日付で遺産分割協議をし、同協議の内容に従い本件一次相続に係る相続税の申告をした。
Xは、乙が平成24年11月21日死亡したので、同人を相続(以下「本件相続」という。)した。Xは、平成24年4月26日から本件相続が開始した同年11月21日までの間、乙名義のゆう貯銀行の口座(以下「本件通常貯金口座」という。)から、現金合計2800万円を引き出し、同年4月25日から同年8月30日までの間、М銀行荻窪支店の口座(以下「本件М普通預金口座」という。)から、現金2380万円を引き出した。Xは、上記出金合計額5180万円につき、300万円を、乙の医療費、短期入所生活介護の費用、日々の生活費等に費消し、残額4880万円のうち、1070万円をX名義の預金口座に入金し(以下「本件預金」という。)、残額3810万円が手許に残った(以下「本件現金」という。)。
(2)Xは、平成25年7月23日、本件相続に係る相続税につき、課税価格を8339万円余等とする申告書(以下「本件申告書」という。)を所轄税務署長に提出した(以下「本件申告」という。)。Xは、本件申告書には、本件預金及び本件現金を記載しなかった。これに対し、所轄税務署長は、平成26年12月12日付で、本件相続に係る相続税につき、本件預金及び本件現金のほか他の財産についても申告もれがあったとして(本件預金については乙のXに対する不当利得又は消費寄託に基づく返還請求権(以下「本件返還請求権」という。)として、本件現金については乙の財産とする。)、課税価格を1億3286万円余等とする更正処分(以下「本件更正」という。)並びに過少申告加算税の額を1万円及び重加算税の額を410万円余とする各賦課決定処分(以下「本件各賦課決定」といい、重加算税の賦課決定を以下「本件重加算税賦課決定」という。)をした。
これに対し、Xは、本件相続開始時点で存在していた乙名義の預貯金及び有価証券(総額約7925万円、以下「本件預貯金等」という。)はいずれも父甲の未分割財産であるから、本件預貯金等、本件現金及び本件返還請求権をいずれも乙の財産であるとした本件更正及び本件各賦課決定は違法であるとして、当該各処分の取消しを求めて、前審手続を経て、国(被告)に対し、本訴を提起した(これにより、Xは、本件申告書に記載した課税価格等を下回る本件更正の取消しを求めることとなった。)。

二、争点及び当事者の主張
1 争点
本件の争点は、次のとおりである。
(1)本件更正のうち本件申告に係る課税価格及び納付すべき税額を超えない部分の取消しの訴の適法性(争点1)
(2)本件預貯金等、本件現金及び本件返還請求権が乙の相続財産であるか否か(争点2)
(3)Xが本件通常貯金口座及び本件M普通預金口座から現金を出金し、自己名義の預金口座に入金するなどした行為が、国税通則法68条1項所定の「隠ぺい」に該当するか否か(争点3)

2 国の主張 (1)本件更正のうち、本件申告による申告額を超えない部分について、更正の請求の手続を経ないで取消しを求めることは、訴えの利益を欠く不適法なものとして許されない。
(2)本件預貯金等に係る各口座の名義人は乙である上、本件通常貯金口座及び本件M普通預金口座には、本件一次相続により乙の財産となった現金のほか、乙固有の財産である同人の年金や恩給が入金されている。また、本件預貯金等に係る各口座には、本件一次相続以降、乙の財産となった国債を含む乙名義の国債の購入や償還などの入金又は出金があり、これらの口座から生じた利息も、これらの口座に入金されている。
以上のような、本件預貯金等に係る各口座の名義人、これらの口座の管理及び運用の状況、これらの口座から生ずる利益の帰属、これらの口座に係る預貯金等の帰属についての乙及びXの認識等を総合的に考慮すると、これらの口座に蓄積された本件預貯金等は、本件相続の開始時点で、乙に帰属していたものというべきである。
また、本件相続開始時点における本件現金3810万円は乙の相続財産であり、かつ、乙は、Xに対し、本件預金1070万円につき不当利得又は消費寄託に基づく返還請求権を有していたから、本件返還請求権も、乙の相続財産である。
(3)Xは、本件通常貯金口座及び本件M普通預金口座に係る預貯金が乙に係る相続税の課税対象財産であることを認識した上で、相続税の負担を軽減する目的で、本件相続開始前の数ヶ月間に、費消した医療費及び生活費等の額を大きく超える現金5180万円を上記各口座から出金し、本件相続開始時点において存在していた本件現金3810万円及びX名義の預金口座に入金された1070万円に係る本件返還請求権を乙の相続財産として計上せず、また、本件通常貯金口座及び本件M普通預金口座の通帳の写しのうち本件相続開始日の残高が記載されている頁のみを添付して本件申告書を提出した。Xによるこれらの一連の行為は、相続税の課税要件に該当する事実の全部又は一部を隠す行為であり、国税通則法68条1項所定の「隠ぺい」に該当する。

3 Xの主張 (1)Xは、本件訴えにおいて、本件申告に係る課税価格及び納付すべき税額を修正し減額することを求めるものではないから、国の主張はその前提を誤っている。また、本件更正の取消判決が確定すると、本件更正は遡って効力を失い、Xによる確定申告状態が復活すると解されるから、本件更正の全部取消しを求めても何ら問題はない。
(2)本件預貯金等の出捐者が、専業主婦であった乙ではなく、給与所得を得ていた甲(又はX)であったことからすれば、本件預貯金等は、いずれも、甲の未分割財産(又はXに帰属する財産)であり、乙とXが準共有していた財産であるというべきである。
出捐者以外の事実関係をみても、本件各預貯金口座の開設手続を行いこれらの口座の管理をしていた者は乙であるが、これらの口座からの出金は、いずれも、生前の甲の意を受けて行われたものであるし、本件各預貯金口座に、恩給、乙名義の国債の元利金、これらの口座の利息等が入金されていることは、これらの口座に係る預貯金の全てが乙に帰属することを推認させる関接事実とはならない。
したがって、本件預貯金等は、本件相続開始時点において、いずれも甲の未分割財産(又はXに帰属する財産)であったというべきである。また、本件現金及び本件返還請求権については、本件通常貯金口座及び本件M普通預金口座に係る預貯金は甲の未分割財産(又はXに帰属する財産)であるから、これらが乙の固有財産であることを前提とする国の主張は理由がない。そして、本件現金の額が3810万円であることについては、税務調査等において現認されておらず、国の推測にすぎないのであって、立証されていない。
(3)Xは、本件通常貯金口座及び本件M普通預金口座に係る預貯金について、名義人が乙であることから、乙の固有財産であると誤解したため、相続税を軽減するために引き出したのであるが、上記Xの主張のとおり、上記各口座に係る預貯金は甲の未分割財産(又はXに帰属する財産)である上、Xが税務調査の際に、引き出した現金の所在・使途を説明したことからすれば、国が主張するXの行為は「隠ぺい」には当たらない。

三、判決要旨
請求棄却。
1 争点1(本件更正のうち本件申告に係る課税価格等を超えない部分の取消しの訴の適法性)
(1)相続税法27条は、相続税についての納付すべき税額の確定の方式につき申告書納税方式を採用しているところ、申告納税方式に係る国税についての納付すべき税額は、納税者のする申告によって確定させることが原則であり、納税者において、その申告内容に誤りがあり納付すべき税額等が過大であると知った場合には、国税通則法23条等の定めるところにより、一定の期限内に更正の請求をすることで、申告により確定した納付すべき税額等の減額を求めることができることとされている。このように法が定めた趣旨は、当該国税に係る課税標準等について最もその事情に通じている納税者自身の申告に基づいて納付すべき税額を確定し、納税者からするその過誤の是正の請求は法が定めた場合に限って認めることとすることによって、租税債務を安定的かつ可及的速やかに確定するという財政上の要請を満たしつつ、納税者に対し過当な不利益を強いるおそれがないよう考慮をしたという点にあると解される。
このような法の趣旨に鑑みると、納税者からする申告書の記載内容の過誤の是正の請求については、その過誤が客観的に明白かつ重大であって、法の定める方法以外に是正を許さないとすれば納税者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合を除いては、法の定める方法によらなければ許されないというべきであり、そのような法定の方法を経ることなく、申告で確定させた金額を超えない部分の税額等の減額を求める訴えを提起することは、不適法なものとして許されないと解すべきである。
(2)これを本件についてみると、Xは、本件訴えにおいて、本件申告に係る課税価格及び納付すべき税額を修正し減額することを求めるものではない旨を主張するものの、本件訴えの請求の趣旨のうち、本件更正のうち本件申告に係る課税価格及び納付すべき税額を超えない部分の取消しを求める部分が、本件申告で確定させた金額部分の減額を求めるものであることは明らかであるから、当該部分に係る訴えは、法定の方法を経ないものとして不適法というべきである。

2 争点2(本件預貯金等、本件現金及び本件返還請求権が乙の相続財産であるか否か等)
(1)認定事実
前記前提事実掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
 ア X、甲及び乙の収入等について Xは、甲及び乙夫婦の子として昭和33年7月に出生し、甲及び乙が死亡するまで甲及び乙と同居していた者である。
甲は、昭和56年3月にそれまで勤めていたバス会社から定年退職した後、軍人恩給及び厚生年金の支給を受け、また、有価証券の運用をして利益を得ていたほか、自宅の一部を賃貸して賃料収入を得ていた時期がある。
乙は、昭和31年5月に甲と婚姻した後、和裁教室を営んでいた時期があったほかは、いわゆる専業主婦であり、本件一次相続開始後は、甲の遺族として軍人恩給及び厚生年金の支給を受けていた。
Xは、昭和56年4月から自動車メーカー、その後は区役所において勤務し、毎月5ないし10万円を現金で乙に手渡していたが、後記のとおり平成20年頃から乙名義の預貯金の通帳等を預かるようになるまで、甲及び乙の預貯金等の管理に関与していなかった。
 イ 本件一次相続について (ア)甲は、平成19年5月23日に死亡し、その相続人である乙及びXは、同年12月1日付けで遺産分割協議をした。その際、Xは、甲名義の財産は甲の財産、乙名義の財産は乙の財産である旨を確認した。同遺産分割により乙が取得した預貯金及び有価証券は、次のとおりであり、同遺産分割の協議書に乙名義の財産に係る記載はない。
a 国債 1350万円
b 甲名義の通常預金 87万円余
c 甲名義のM銀行の普通預金 174万円余
d 甲名義のM銀行の定期預金 101万円余
(イ)乙及びXは、平成19年12月20日、上記(ア)の遺産分割協議の内容に沿って本件一次相続に係る相続税の申告をした。同申告に係る申告書の相続財産の欄には乙名義の財産に係る記載はない。
 ウ 本件相続について 乙は、平成24年11月21日に死亡し、乙の唯一の相続人であるXは、平成25年7月23日、本件申告をした。本件申告書には、価額に一部誤りがあるものの、本件預貯金等の一部が乙の相続財産として記載されている。
 エ 本件各預貯金口座について (ア)開設手続等
本件通常貯金口座は昭和56年8月5日に、本件M預金口座は平成14年12月24日に、その他の普通預金口座は平成13年9月28日及び昭和37年6月2日にそれぞれ開設された。いずれも、開設当時から乙名義の口座であり、これらの口座の開設手続を行ったのは、乙である。
(イ)主な入出金状況等
(省略)
(ウ)通帳等の保管状況
本件各預貯金口座の通帳及びキャッシュカードは、各口座の開設以後、乙が自宅のタンスの中で保管していたが、Xは、乙が入退院を繰り返すようになった本件一次相続が開始した2、3か月後ないし平成20年頃から、乙が生活費の引出し等のために使用していた本件通常貯金口座及び本件M普通預金口座の通帳、キャッシュカード及び印鑑を預かるようになり、乙の入院期間が長期化するようになった平成23年頃から、他の通帳及びキャッシュカードを預かるようになった。
なお、甲の存命中、甲名義の通帳は、自宅のダイヤル式金庫の中に保管されていた。
 オ Xによる出金及び入金等について (ア)Xは、本件通常貯金口座及び本件M普通預金口座に係る預貯金は、乙の相続財産として申告をする必要があるが、乙の相続が開始するまでにこれらの口座から現金を引き出し、乙の預貯金残高を減少させて相続税の申告をすることにより、Xが納付義務を負う相続税の額を少なくしようと考え、乙から贈与を受けることなく、本件相続開始前に、本件通常貯金口座及び本件M普通預金口座から、現金合計5180万円を出金した。
(イ)Xは、本件相続開始前に、上記(ア)の5180万円のうち300万円を、乙の医療費、短期入所生活介護(ショートステイ)の費用、日々の生活費及び交通費として費消し、その余の現金のうち1070万円を、X名義の預金口座に入金した。
(ウ)Xは、本件相続開始時点で、上記(ア)の5180万円のうち上記(イ)の費消及び入金に使用しなかった3810万円の現金を自宅の金庫内で保管していた。
(2)本件預貯金等について 上記の認定事実によれば、①本件各預貯金口座はいずれも乙名義である上、②本件通常貯金口座及び本件M普通預金口座には、本件一次相続により乙が取得した財産のほか、乙固有の財産である同人の恩給や年金が入金され、③本件各預金口座には、本件一次相続以降、乙名義の国債の償還、小切手の発行等に係る入金又は出金があり、また、これらの口座の預貯金の利息は当該口座に入金され、④乙は、入退院を繰り返すようになるまで、乙名義の本件各預貯金口座の通帳及びキャッシュカードを自ら管理し、かつ、その保管場所は甲名義の通帳とは区分されていたのであるから、これらの事実を総合すれば、本件相続の開始時点における本件各預貯金口座の預金者ないし貯金者は、乙であると認めるのが相当であり、これらの口座に係る預貯金は乙に帰属すると認められる。
その他の国債等の有価証券についても、それらの出金状況等からみて、いずれも乙に帰属するものと認められる。
(3)本件現金及び本件返還請求権について 本件通常貯金口座及び本件M普通預金口座に係る預貯金が乙に帰属することは前示のとおりであるところ、前記の認定事実によれば、乙は、本件相続開始時点で、Xに対し、Xがこれらの口座から出金してX名義の預金口座に入金した1070万円の不当利得に基づく返還請求権(本件返還請求権)を有していたことが認められ、また、Xがこれらの口座から出金して自宅の金庫内で保管していた3810万円の現金(本件現金)は乙に帰属していたと認められる。

3 争点3(Xが本件通常貯金口座及び本件M普通預金口座から現金を出金し、自己名義の預金口座に入金するなどした行為が、国税通則法68条1項所定の「隠ぺい」に該当するか否か) 前記2のとおり、Xは、乙を被相続人とする相続税の申告に当たっては本件通常貯金口座及び本件M普通預金口座に係る預貯金を乙の相続財産として申告をする必要があることを認識しながら、乙の相続が開始するまでにこれらの口座から現金を引き出し、乙の預貯金残高を減少させて相続税の申告をすることにより、乙が納付義務を負う相続税の額を少なくしようと考え、本件相続開始前に、これらの口座から預貯金残高の大半を占め、かつ、乙の医療費等の支払に要する額を大幅に上回る計5180万円の現金を引き出し、うち1070万円をX名義の預金口座に入金し、うち3810万円を現金のまま自宅の金庫内で保管して、外形的に本件現金及び本件返還請求権が乙に帰属する財産であることが判明しにくい状態を作出したのであるから、これらの一連の行為は、故意に課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実の一部を隠す行為であるというべきであり、したがって、国税通則法68条1項所定の「隠ぺい」に該当する行為であると認められる。
そして、Xは、上記の状態を利用して、本件現金及び本件返還請求権を乙の相続財産として記載せずに本件申告書を提出したのであるから、上記の「隠ぺいを」したところに基づき本件申告書を提出したと認められる。
したがって、本件重加算税賦課決定に、国税通則法68条1項が規定する重加算税の賦課要件を欠く違法はないということができる。

四、解説
はじめに
相続税の申告、課税実務においては、相続開始時において、被相続人名義外の財産が当該被相続人の財産として認定できるのか、あるいは当該相続人に帰属していたのかがよく問題になることがある。この場合、当該財産の帰属等については、被相続人が存在していない以上、相続人が一番良く知悉していることであろうから、申告納税の建前上、当該相続人の判断で当該相続税の申告をすれば足りるはずである。また、当該申告後、課税上問題があれば、税務職員は、質問検査権の行使(税務調査)によって、それらの事実関係を調査し、当該事実に基づいて課税処分をすれば足りることになる。
問題は、税理士の方である。税理士は、多くの相続税申告について代理人を務めているが、代理人となった時点では、当該相続に係る各財産の帰属関係について知る由もない。しかし、税理士は、「納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図る」(税理士法1)ことを使命としているため、被相続人に関わる各財産の帰属をできるだけ明確にした上で、当該相続税の代理申告に当たらなければならないことになる。そうは言っても、税理士は、税務職員のような質問検査権の行使が認められているわけではなく、かつ、納税者からの依頼を受けて申告代理をする立場であるが故に、納税者のプライバシーに関わる事実関係を厳しく追求するわけにも行かないので、その調査にも自ずから限界がある。そのため、税理士自身も、当該事実関係に疑問を感じながらも申告代理を行わざるを得ない場合も考えられる。
本件においても、本件相続の開始前において被相続人の預貯金口座から相続人によって引き出された現金等が相続財産に該当するか否かが争われたものであるが、本判決において認定された事実に基づく判断それ自体は然程難しい問題があるようにも考えられない。しかし、申告納税の実務を行う税理士の立場からすると、その背景と実務上の対応について種々考えさせられることがある。
なお、本訴においては、Xが、本件一時相続の遺産が未分割であったこと等を理由に本件申告書に記載した課税価額の税額を下回る本件更正の取り消しを求めたため、本訴の訴の利益の存否も争われることになったが、その争点については、当事者の主張と本判決の判決を紹介するに止めることとする。

1 被相続人名義以外の現預金等の帰属 (1)前述したように、相続税における相続財産については、相続開始時において被相続人の名義でない財産が当該被相続人に帰属するものとして相続財産に該当するか否かがよく問題となる。その中でも、現預金、株式等に係るものが特に問題となり、税務調査時又課税処分の段階において、「名義預金」等としてその帰属が争われることが多い(注1)。そのような事例としては、次のようなものが挙げられる(注2)。
① 相続開始前後の預貯金の引出し
本件の事案においてもみられるように、相続開始直前においては、被相続人になる者の財産管理能力が低下(無力化)することもあって、相続人となる者が被相続人になる者の預貯金を引き出して利用することはままあることである。また、相続開始後においても、本件のように相続人が1人で遺産分割の必要がなければ、当該相続人が被相続人名義の預貯金を引き出して自己名義の預貯金等にすることも可能である。このような場合に、当該引出し金の行方と当該預貯金等について相続財産に該当するか否か等が問題となる。
② 名義預金
相続税において被相続人の財産であったか否かが最も問題となるのが、いわゆる名義預金である。名義預金とは、当該預金の名義と真の所有者(帰属)が異なることを意味している。この名義預金については、2種類に区分できる。一つは、被相続人が、生前、自己の現預金を家族名義で分散しておくもので、当該名義変更等について当事者間で贈与の認識もない場合が多い。また、預金通帳及び印鑑の管理も当該被相続人が独自に行っている場合が多い。このようなことは、かつて、少額貯金の非課税制度が採用されていた頃は、よく行われていたことでもある。
二つは、被相続人が、子や孫に対する贈与の意思を持って、子や孫名義の預金をすることである。この場合、当該家族間で贈与(契約)が成立しているか否かが問題となる。その贈与の根拠として、贈与契約書の有無、贈与税の申告の有無、通帳及び印鑑の管理状態が問題となるが、贈与契約それ自体は口頭でも可能であるし、非課税範囲の贈与であれば申告も必要ではないので、それらを決定的な根拠にすることも難しいと言える。
③ 名義株
多くの同族会社では、経営と資本が一体となっており、経営者による株式の発行、割当ても自由である。よって、経営者の家族が無償で株主になる機会も多く、名義預金と同じような問題が生じる。
④ 夫婦間の贈与と名義預金
専業主婦が夫の給与で生活費をやりくりし、余剰金を妻名義の預金にしている場合に、当該預金の所有者が問題となる。この場合、夫から「生活費のやりくりは甲斐性だから余剰金は贈与する」旨の約束(贈与)があった場合に、その法的効力も問題となる。
⑤ 親子間の金銭貸借
親子間の金銭貸借については、当初は契約書が締結され、金銭等の移転があった後、契約どおりに返済されたか否か、相続時の残高が確認されているか否か等問題となり易いことが多い。
(2)以上のように、相続開始時においては、多くの相続事例において、被相続人名義以外の預貯金、有価証券、不動産等の真の所有者が誰であるのか(財産の帰属)が問題となる。この場合、当該財産の真の所有者(帰属)をどのようにして判断するかについて、名古屋地裁平成10年2月6日判決(税資230号384頁)は、実質課税の原則の見地から(注3)、次のように判示している。
「相続税は、相続財産を相続又は遺贈により取得した財産としており、何を相続税の課税財産とみるかは、原則として、民法等の一般私法の定めるところに基づいて、私法上の法律関係を前提として判断されるものである。しかしながら、相続税が財産の無償取得により生じる担税力の増加を課税の根拠としていることからすると、相続財産が何であるかを判断する際には、単に形式的な法律的観点ないし私法上の法律関係の如何にとらわれることなく、相続課税上の妥当性、相当性という観点、言い換えれば経済的実質という観点からもなされるべきである。」
また、最近の裁判例においては、近年、学説等において実質課税の原則が制限的に通用されるようになっていることもあって、種々の事実関係を総合考慮して判断すべきこととしているが、例えば、札幌地裁平成26年7月30日判決(平成25年(行ウ)第14号)は、次のように判示している。本判決も、このような考え方に基づいている(注4)。
「ある財産が相続人以外の者の名義になっていたとしても、当該財産が相続開始時において被相続人に属していたものと認められるものであれば、当該財産は、相続税の課税対象となる相続財産となる。そして、被相続人以外の者の名義である財産が相続開始時において被相続人に帰属するものであったといえるか否かは、当該財産又はその取得原資の出捐者、当該財産の管理及び運用の状況、当該財産から生ずる利益の帰属者、被相続人と当該財産の名義人並びに当該財産を管理及び運用する者との関係、当該財産の名義人がその名義を有することになった経緯等を総合考慮して判断するのが相当である。」

2 本件現金及び本件返還請求権の相続財産該当性 (1)本件においては、Xは、まず、Xの父甲の死亡(平成19年)に係る本件一次相続につき、遺産分割が終了したとして相続税の申告を終えたのであるが、本訴において、当該遺産分割が未了(未分割)であったため、Xの母乙の死亡(平成24年)に係る本件相続に係る乙名義の財産がXと乙との準共有状態にあったという主張をしたので、その当否が問題となっている。
そして、Xは、本件相続開始前において、乙名義の本件通常貯金口座から現金合計2800万円を引き出し、また、乙名義の本件М普通預金口座から現金2380万円を引き出し、合計5180万円のうち、300万円を乙の医療費、生活費等に費消し、残額4880万円について1070万円をX名義の本件預金とし、残額3810万円(本件現金)がXの手許に残したとしている(もっとも本訴になってから、Xは、本件現金の存在を否定している。)。その上で、Xは、本件預金及び本件現金を本件申告書に記載しないで、本件申告を済ましたものである。
これに対し、所轄税務署長は、本件申告につき、本件現金の申告漏れがあったとし、かつ、本件預金については乙のXに対する不当利得又は消費寄託に基づく返還請求権(本件返還請求権)に当たるから本件返還請求権についても、申告もれがあったとして、本件更正を行い、かつ、Xの上記一連の行為は国税通則法68条1項に規定する「隠ぺい」に当たるとして、本件重加算税賦課決定を行ったものである。
これに対し、Xは、前述のように、本件相続開始時の乙名義の預貯金は本件一次相続において未分割であったこと、かつ、本件現金及び本件預金の所在を税務調査の際に説明していること等を理由に、本件更正及び本件重加算税賦課決定が違法である旨主張した。
(2)本判決は、上記当事者の各主張に対し、前述のように、本件の事実関係を詳細に認定した上で、まず、本件一次相続については、甲の死亡に伴い、平成19年12月1日付で遺産分割協議をしたことを認定し、当該遺産分割に基づき、相続税の申告が行われたことを認定した。次いで、本判決は、前記認定した事実に基づき、本件預貯金等につき、本件各預貯金口座がいずれも乙名義である上、本件通常貯金口座及び本件М普通預金口座には、乙が本件一次相続により取得した財産のほか、乙固有の財産や同人の恩給等が入金されている事実等を総合すれば、本件相続の開始時点における本件各預貯金口座の預金者ないし貯金者が乙であると認めるのが相当であり、これらの口座に係る預貯金は乙に帰属すると認められる旨判断した。
また、本判決は、本件現金及び本件返還請求権の帰属につき、前述の認定事実に基づき、「乙は、本件相続開始時点で、Xに対し、Xがこれらの口座から出金してX名義の預金口座に入金した1070万円の不当利得に基づく返還請求権(本件返還請求権)を有していたことが認められ、また、Xがこれらの口座から出金して自宅の金庫内で保管していた3810万円の現金(本件現金)は乙に帰属していたと認められる。」と判示した。
(3)以上のように、本判決は、本件一次相続について適法な遺産分割が行われているから、本件相続に係る乙名義の財産に本件一次相続に係る未分割の財産が含まれる余地はないとして、本件現金及び本件返還請求権はいずれも乙の財産として本件相続に係る相続財産に含まれると判断した。このような本判決の判断については、まず、本件一次相続に係る遺産分割の有無については、未分割であったというXの主張が、本訴において唐突に行われたものであったようにも見受けられるので、妥当なものであると考えられる。そうすると、Xの基本となる主張が崩れることになり、本件現金及び本件返還請求権が本件相続の相続に含まれることは必然的な成り行きであるとも考えられる。
もっとも、本件現金については、Xは、税務調査の段階において金庫の中にある旨供述したものの、本訴の段階でその存在を否定しているようであるが、仮に、現金の存在が認められないというのであれば、一種の使途不明金となり、Xが横領等したということになろうから、これもXの返還請求権として相続財産を構成するものと考えられる。また、本件預金については、乙の生前にXが自己名義に預金したというのであれば、いわゆる名義預金として、乙の財産を構成することになるものと考えられる。

3 重加算税の賦課要件と本件申告における「隠ぺい」等の有無 (1)国税通則法68条1項は、「第65条第1項(〈略〉)の規定に該当する場合(〈略〉)において、納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたときは、〈中略〉過少申告加算税に代え、〈中略〉重加算税を課する。」と定めている。
この「隠ぺい」又は「仮装」の意義については(注5)、参考とすべき裁判例において次のように判示されている。
「「隠ぺいし、又は仮装し」とは、不正手段による租税徴収権の侵害行為を意味し、「事実を隠ぺい」するとは、事実を隠匿しあるいは脱漏することを、「事実を仮装」するとは、所得・財産あるいは取引上の名義を装う等事実を歪曲することをいい、いずれも行為の意味を認識しながら故意に行なうことを要するものと解すべきである。」(和歌山地裁昭和50年6月23日判決・税資82号70頁)
「「事実を隠ぺいする」とは、課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実について、これを隠ぺいしあるいは故意に脱漏することをいい、また「事実を仮装する」とは、所得・財産あるいは取引上の名義等に関し、あたかも、それが事実であるかのように装う等、故意に事実を歪曲することをいうと解するのが相当である。」(名古屋地裁昭和55年10月13日判決・税資115号31頁)
「隠ぺいは、右基礎事実を隠匿し、その事実の存在を不明にし、仮装は、虚偽の事実を附加し、その事実が存在するかのように装うことをもって足り、その発見の難易を問うものではない。もとより、納税者において、その行為を、隠ぺい又は仮装と考えただけでは足りず、客観的な隠ぺい、仮装行為が必要である。<中略>納税者申告書の提出時に課税庁が既にその隠ぺい又は仮装の事実を知っていたとしても、あるいは納税者が課税庁を抱き込む等してなんらかの合意をしていたとしても、これにより重加算税の賦課要件に消長をきたすものではない。」(京都地裁平成4年3月23日判決・税資188号826頁)
また、具体的に何が「隠ぺい又は仮装の行為」に当たるか否かを検討するに当たっては、次の論点を明らかにする必要があるが、それらの詳細は別稿に譲ることとする(注6)。すなわち、①納税者がその不正手段を行うに当たって税を免れようとする意思すなわち故意が明らかにされている(立証する)必要があるか否か、②無記帳、不申告、虚偽申告、つまみ申告、申告書上の虚偽記載等のように積極的な隠ぺい・仮装行為を伴わない行為が「隠ぺい又は仮装」といえるか否か、③「隠ぺい又は仮装」を行った者(行為者)が納税者本人に限定されるのか否か、④課税原因の成立時期とそれにからんで税務調査時の虚偽答弁等が賦課要件を充足するか否か、⑤脱税について刑事罰が問われることとなる場合又は課税権の除斥期間が延長されることとなる場合の「偽りその他不正の行為」又は「偽り」との関係はどうなるか等が、問題となる。
(2)以上のような判例上の考え方とは別に、重加算税のような加算税の賦課については、国税庁の取扱い通達に留意する必要がある。国税庁は、かつては、加算税関係の取扱い通達を秘扱いとして公表していなかったが、平成12年7月3日付で、各種加算税、青色申告の承認の取消し等に関する取扱い通達(以下「加算税通達」という。)を公表した。この加算税通達のうち、相続税に係る通達は、重加算税の賦課に関し、「隠ぺいし、又は仮装し」とは、次に掲げるような事実がある場合をいう旨定めている。
① 相続人(受遺者を含む)又は相続人から遺産(債務及び葬式費用を含む)の調査、申告等を任せられた者(相続人等)が、帳簿、決算書類、契約書、請求書、領収書その他財産に関する書類(帳簿書類)について改ざん、偽造、変造、虚偽の表示、破棄又は隠匿をしていること。
② 相続人等が、課税財産を隠匿し、架空の債務をつくり、又は事実をねつ造して課税財産の価額を圧縮していること。
③ 相続人等が、取引先その他の関係者と通謀してそれらの者の帳簿書類について改ざん、偽造、変造、虚偽の表示、破棄又は隠匿を行わせていること。
④ 相続人等が、自ら虚偽の答弁を行い又は取引先その他の関係者をして虚偽の答弁を行わせていること及びその他の事実関係を総合的に判断して、相続人等が課税財産の存在を知りながらそれを申告していないことなどが合理的に推認し得ること。
⑤ 相続人等が、その取得した課税財産について、例えば、被相続人の名義以外の名義、架空名義、無記名等であったこと若しくは遠隔地にあったこと又は架空の債務がつくられてあったこと等を認識し、その状態を利用して、これを課税財産として申告していないこと又は債務として申告していること。
(3)本件において、Xは、本件通常貯金口座等からの現金引き出し行為は本件一次相続の未分割財産の引き出しであるとした上、税務調査の際に、引き出した現金の所在・使途を説明しているから、「隠ぺい」に当たらない旨主張したが、本判決は、次のように判示して、Xの主張を排斥している。
「本件相続開始前に、これらの口座から預貯金残高の大半を占め、乙の医療費等の支払に要する額を大幅に上回る計5180万円の現金を引き出し、うち1070万円をX名義の預貯金口座に入金し、うち3810万円を現金のまま自宅の金庫内に保管して、外形的に本件現金及び本件返還請求権が乙に帰属する財産であることが判明しにくい状態を作出したのであるから、これらの一連の行為は、故意に課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実の一部を隠す行為であるというべきであり、したがって、国税通則法68条1項所定の「隠ぺい」に該当する行為であると認められる。」
このような本判決の判断については、(1)及び(2)で述べた判例の考え方及び国税庁の取扱いに照らし、妥当な判断であると考えられる。なお、Xが本件預金を作出し、これを相続財産として申告しなかった行為は、「隠ぺい」というより「仮装」したものと評価できると解される(注7)。

4 本判決の意義と問題点 本件においては、相続人(X)が、被相続人(乙)の生前、被相続人名義の預貯金口座から多額な現金を引き出し、その一部を被相続人の医療費、生活費等に費消したものの、残った大部分のうち、その一部を自己名義の預金(本件預金)とし、その他を現金(本件現金)で保留していた段階で相続が発生したものの、本件預金及び本件現金を相続財産に含めないで本件相続に係る相続税を申告(本件申告)をしたところ、所轄税務署長から、本件預金(本件返還請求権)及び本件現金が相続財産に含まれるとする更正処分(本件更正)及び重加算税の賦課決定処分(本件重加算税賦課決定)を受けたため、当該各処分の違法性を争ったものである。
相続税に関しては、本件のように、相続開始前後において、相続人が被相続人名義の預貯金口座から現金を引き出して相続財産に含めなかったり、被相続人が生前から自己の財産を相続人名義の預貯金にして相続財産を予め減額するようなことはよく見受けられるところである。しかし、このような行為は、それぞれの事実関係によって課税関係が異なることになるので、一律に論じることができないので、それぞれの事案に応じた検討が必要である。その点では、本件は、そのような問題を検討するに当たって、一事例として参考になる。なお、本判決の問題点等については、前述したとおりである。
最後に、本件については、税理士等の専門家がどの程度関与していたかは存知ていないが、専門家に対して若干の教訓を残している。すなわち、相続税においては、相続開始前後の関係者の預貯金等の動きが税務当局から最もマークされるにもかかわらず、それに対する対応がなされていないこと、税務調査において修正申告の対応等如何によって重加算税の賦課も一部免れることがあったことも考えられること、提訴についても勝訴の見込みが少ないことをどの程度検討していたのか等、考えさせられることが多い。ともあれ、それらに的確に対応できたら、納税者に対して相当額の経済的負担の軽減が図られたものと考えられる。このような教訓が、本判決の最大の意義であるとも考えられる。
(注1)相続税の実地調査(調査割合約20%)を受けたうち、約8割が非違事項(申告漏れ)が指摘されているが、最も多い申告漏れが現預金等であり、多くは、名義預金、名義株式等に係るものである(風岡範哉「相続税・贈与税における名義預金・名義株の税務判断」(清文社 平成27年)7頁等参照)。
(注2)その他多くの事例については、前出(注1)の書等を参照。
(注3)このように、実質課税の原則の見地から相続財産の帰属を判断すべきとした裁判例として、東京高裁昭和48年3月12日判決(税資69号634頁)、大阪高裁昭和41年12月26日判決(同45号673頁)、名古屋高裁昭和41年9月30日判決(判例時報468号27頁)、大阪高裁昭和39年12月21日判決(行裁例集15巻12号2331頁)等参照。
(注4)このように、相続財産の帰属について総合判断すべきとした裁判例については、本判決、東京地裁平成30年4月24日判決(本誌2018年9月24日号8頁参照)、神戸地裁平成11年11月29日判決(税資245号497頁)等参照。
(注5)詳細については、品川芳宣「附帯税の事例研究 第四版」(財経詳報社 平成24年)277頁以下参照。
(注6)詳細については、前出(注5)302頁以下参照。
(注7)相続税について、重加算税の賦課決定の違法性が争われた個別事例については、前出(注5)423頁以下(当該課税処分が違法とされた事例)及び461頁以下(当該課税処分が適法とされた事例)を参照。

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