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解説記事2019年08月05日 【税理士のための相続法講座】 相続法改正(4)-仮払い制度等の創設・要件明確化(2019年8月5日号・№798)

税理士のための相続法講座
第49回
相続法改正(4)-仮払い制度等の創設・要件明確化
弁護士 間瀬まゆ子

1 はじめに
 相続法改正の4回目となる今回のテーマは、「仮払い制度等の創設・要件明確化」です。
 タイトルは上記のとおり一つにまとめましたが、その中に以下の2つの内容が含まれています。
① 家庭裁判所の判断を経ずに預貯金を払い戻すことができる制度の創設
② 家事事件手続法の保全処分の要件の緩和
 両者は全く異なる制度で、使い勝手も全く違いそうです。税理士が関わる可能性が高いのは、家庭裁判所での手続きを要しない①の方でしょうから、本稿でも①を中心に解説します。

2 新設された仮払い制度
(1)制度の概要
 本年7月1日に新法が施行されました(例外があります。詳細は本連載第46回(本誌786号13頁)を参照して下さい。)。新法は施行日後に開始した相続に適用されるのが原則ですが(附則2条)、この仮払い制度については、施行日前に開始した相続についても適用されることになっています(附則5条1項)。つまり、昨年亡くなった方の口座についてこれから払い戻したいという場合にも適用されますので、実務上、すぐにこの制度を利用すべき場面が出てくるかもしれません。
 以下、新法の条文を掲げます。
民法第909条の2(遺産の分割前における預貯金債権の行使)  各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の3分の1に第900条及び第901条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。  ※下線は筆者による。
 これは、各相続人が、遺産に属する預貯金債権のうち、一定の計算式で求められる額について、単独で払戻しを請求することを認める制度です。現在の実務では、預貯金債権の払戻しを受ける場合には、相続人全員の同意が必要とされていますが(本連載第24回(本誌678号32頁)《預貯金債権に関する最高裁判決》参照)、例外的に一定の範囲で単独による権利行使を認めようというのが本条の趣旨です(なお、定期預金の場合は満期が到来していることが前提となります。)。
 その具体的な計算式は、以下のとおりです。
《単独で払戻しを求められる金額》
=相続開始時の預貯金債権の額(口座基準)×1/3×法定相続分
※ただし、同一の金融機関に対する権利行使は、法務省令で定める額(150万円)を上限とする(口座ごとではなく金融機関ごとの上限額)。
 以下、具体的な事例にあてはめて考えてみましょう。
 Aが亡くなった。相続人は子のBとCの2人。CがAの財産を調べたところ、以下の口座があることが分かった。Cは海外旅行の費用に充てるためにすぐにでも払い戻したいと考えているが、Bの協力は得られそうにない。
 a銀行 580万円
 b銀行 1200万円
 c銀行 口座① 300万円
 c銀行 口座② 900万円
 ただし、a銀行は、口座が凍結される前に自動引き落としされた分があり、相続開始時の残高は600万円だった。


【a銀行】  まず、a銀行については、相続開始時の残高が600万円であるため、現在の残高580万円ではなく600万円を基に計算することになります(権利行使時ではなく相続開始時とされたのは、金融機関が権利行使可能な範囲にあるかどうかを容易に判断できるようにするためです。)。
 600万円×1/3×法定相続分1/2=100万円
 つまり、Cは100万円の払戻しを受けられることになります。この100万円については、一度に全額払い戻してもいいですし、複数回に分けて払い戻すことも可能とされます。
 なお、Cが海外旅行に充てる目的で払い戻そうとしている点はどうでしょうか。法文上、上限額を「標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額」等に基づいて決めるべきとの定めはありますが、払戻しを受けるに際して資金使途により制限を設ける規定にはなっていません。したがって、生活費や葬式費用以外の目的であっても、払戻しを受けることは可能です。
※上記の事例では20万円が自動引落しされていますが、仮に口座が凍結される前にCがATMで引き出していた場合はどうでしょうか。この場合、ただ、払戻しを求めた者が出金していたことが明らかな場合には、権利の濫用に当たるとして金融機関は支払いを拒絶することができると解されていますが、金融機関に誰が出金したかを調査する義務はないとされていますので、100万円全額の払い戻しができる可能性があります(堂薗幹一郎ほか「概説 改正相続法-平成30年民法等改正、遺言書保管法制定-」56ページ)。もちろん、金融機関が支払いに応じた場合でも、当初ATMから払い戻した分に関して、他の相続人から問題にされる可能性は高いです。
※仮に、被相続人が遺言で預金をBが相続すると指定していたにもかかわらず、Cが払い戻してしまった場合はどうでしょうか。Bは対抗要件を備えていなかったのであれば、銀行の責任を問うことはできません(民法899条の2)。後は、Cに請求して権利を回復するほかないことになります。
【b銀行】  続いて、b銀行についても計算してみます。
 1200万円×1/3×法定相続分1/2=200万円
 この場合、金融機関ごとの上限金額150万円を超えてしまっていますので、Cは150万円のみ払い戻しを受けられることになります。
【c銀行】  続いて、c銀行についてはどうでしょうか。まず、口座ごとに考えてみます。
口座①
 300万円×1/3×法定相続分1/2=50万円
口座②
 900万円×1/3×法定相続分1/2=150万円
 上記の50万円と150万円を合わせると200万円となり、金融機関ごとの上限額150万円を超えてしまいます。ですので、この場合も、払戻しを受けられるのは150万円のみということになります。
 ただ、その場合に、150万円を口座ごとにどう割り振るかについては、法文上定めがありません。この点については、今後の実務に委ねられることになるでしょう(ただし、口座①から50万円を超える金額を払い戻すことはできません。)。
(2)手続き  具体的な手続きについて法文上の定めはありませんが、金融機関としては、払戻し可能な金額の範囲内にあるかどうかを確認した上で弁済をすることになります。
 具体的には、①被相続人が死亡した事実、②相続人の範囲、③法定相続分が分かる資料として、戸籍(全部事項証明書等)や法定相続情報証明書の提出を求められることになると思われます。
 そして、金融機関においては、①誰に、②いつ、③いくら払い戻したのかを正確に記録しておくことが求められるとされています(堂薗ほか前掲書58ページ)。
 この点に関して問題となるのが、払戻しを請求した相続人が他の相続人に払戻しに係る資料を開示しない場合に、当該他の相続人らが金融機関に対して履歴の開示を求められるかという点です。これについても今後の実務に委ねられることにはなりますが、他の相続人にも、取引履歴の開示を求める権利が認められるべきと考えます。実際、法定相続分に基づいて払戻しをした事案で(最高裁の判例変更により、現在は認められていません。)、金融機関が履歴を開示した例もあるようです。
(3)効果  払戻しがされた預貯金については、その権利行使をした相続人が遺産の一部分割により取得したものとみなされます(民法909条の2)。仮に、払い戻した預貯金の額が、払戻者の具体的相続分を超過していた場合、当該払戻者は、遺産分割の手続きにおいて他の相続人に対し、超過分を代償金として支払う義務を負うことになります(この点は、超過分の精算が不要な特別受益とは異なります。)。
 この点、事例を使って説明します。
 Dが亡くなった。相続人は配偶者Eと子のFとG。相続財産はd銀行の預金600万円とe銀行の預金300万円。Fは生前に500万円の贈与を受けていた。
 Fは、Dが亡くなった後、仮払い制度を利用して、d銀行とe銀行の預金をそれぞれ可能な限り払い戻した。

 
 Fは、d銀行とe銀行から、それぞれ以下の金額の払戻しを受けることができますので、合計75万円の払戻しを受けたはずです。
 d銀行 600万円×1/3×法定相続分1/4=50万円
 e銀行 300万円×1/3×法定相続分1/4=25万円
 続いて、Fの指定相続分を確認します。以下のとおり計算すると、結果はマイナスになります。しかし、超過特別受益は返還の義務がありませんので、実際の指定相続分はゼロとなります。
 (600万円+300万円+500万円)×1/4-500万円= -150万円
 したがって、Fは遺産分割で何らの財産も取得できないことにはなりますが、一方で、500万の生前贈与のうちの超過分(150万円)を返還する義務もないことになります。
 これに対し、仮払い制度を受けて弁済を受けたお金については、特別受益と異なり、超過分を代償金として他の相続人に支払わなければなりません。すなわち、E・Gとの遺産分割において、指定相続分がゼロで何も取得できなかったはずのFが75万円を取得していたことになりますので、その全額を代償金として支払うべきこととなります。

3 仮分割の仮処分の要件緩和  改正前から、家事事件法に定める仮分割の仮処分により、仮払いが認められる場合がありました。その際の要件が厳しすぎるとの指摘があり、今回の改正で要件が緩和されることになりました(家事事件手続法200条3項)。150万円の限度を超える大口の資金需要がある場合に用いることができるとされます。
 ただ、実は従前からこの制度はほとんど使われていませんでした。改正により要件が緩和されたとは言え、特に紛争性がある場合には引き続き家裁は慎重な判断をするものと思われ、今後もあまり使われることはないのではないかと考えます。
 実は、仮分割の仮処分は、相続税の支払いのための払戻しを求める場合には認められないと以前から言われていました。この点については残念ながら改正後も変わらないようです。このことからしても、仮分割の仮処分が使える場面は依然として少ないのではないかと考えます。
 なお、相続税の支払いに充てるために払戻しを受ける必要がある場合、現状では、他の相続人らの協力を求める以外に方法がありません。筆者の経験として、その協力が得られないケースは稀ですが、ただ皆無というわけでもありません。ですから、紛争性が見込める場合は、遺言を残す、生前贈与や保険等を活用する等して納税資金分の手当てをしておくことが望まれます。

4 最後に  本稿では紙面の都合により割愛しましたが、預貯金債権が遺産分割の対象になるかにつき最高裁が平成28年に判例を変更し、法定相続分による預貯金の払戻しが認められなくなりました(本連載第24回参照)。それ以降、従前、葬儀代等に充てるための少額の払戻しに容易に応じていた金融機関も、そのような払戻しに慎重になったと聞き及んでいました。新しい払戻し制度の創設により、そうした不便が解消されるのではないかと期待しています。

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