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解説記事2019年08月12日 【特別解説】 超インフレ経済下における財務報告と機能通貨の変更(2019年8月12日号・№799)

特別解説
超インフレ経済下における財務報告と機能通貨の変更

 我が国の企業においては支払いや入金等はほとんど日本円で行われ、決算書も日本円で表示されることから、IFRSでいう「機能通貨(functional Currency)」や「表示通貨(presen¬tation currency)」を意識することがそもそも少ないと思われる。また、最近のわが国ではデフレが長期化し、わざわざ「インフレ目標」が設定されるほどであるが、世界の中には、国家の政治や経済運営等の混乱のため、激しいインフレに悩まされている国が、まだ少なからず存在する。本稿では、欧州の主要な企業各社の2018年度の決算書の中から、超インフレ経済下における財務報告と機能通貨の変更が行われた事例を取り上げることとしたい。

「超インフレ(hyperinflation)経済下」とはどのような状況か
 わが国ではほとんどなじみがないが、世界中の国々で適用されている国際財務報告基準(IFRS)では、IAS第29号「超インフレ経済下における財務報告」という基準書があり、ここで、超インフレが生じているとみなされる状況の例示が記載されている。
 IAS第29号では、超インフレが生じているとみなされる絶対的なインフレ率を定めるものではなく、判断の問題であるとされているが、超インフレの指標となるのは国の経済環境の特徴であり、それには以下のものが含まれるとされている(ただし、これらに限定されない。)(第3項)。
(a)一般市民が、財産を非貨幣性資産又は比較的安定した外国通貨で保有することを選好する。保持している自国通貨は、購買力を維持するために直ちに投資される。
(b)一般市民が、貨幣金額を自国通貨ではなく比較的安定した外国通貨で考える。諸物価が当該外国通貨で示される場合もある。
(c)信用売買は、たとえ短期間であっても、与信期間中に予想される購買力の喪失を補填する価格で行われる。
(d)利率、賃金及び諸価格が、物価指数に連動する。
(e)3年間の累積インフレ率が、100%に近づいているか又は100%を超えている。
 このうち、具体的な「数値基準」である(e)の基準が一般的な判断指標として利用されている。
 このような超インフレ経済下では、経営成績及び財政状態を、修正再表示をせずに現地通貨で報告することは有用ではない。貨幣の購買力が急速に失われるため、異なる時点で発生した取引その他の事象から生じた金額の比較が、たとえ同一の会計期間内であっても、誤解を招くものとなることから、機能通貨が超インフレ経済国の通貨であるすべての企業の連結財務諸表を含む財務諸表に適用されるIAS第29号は、機能通貨が超インフレ経済国の通貨である企業の財務諸表は、基礎としているのが取得原価アプローチ又は現在原価アプローチのいずれであろうと、報告期間の末日現在の測定単位で表示しなければならないと定めている(第8項)。また、IAS第1号「財務諸表の表示」(2007年改訂)で要求している、対応する前期の数値及びそれ以前の会計期間に関する比較情報は、報告期間の末日現在の測定単位でも表示しなければならないとされている。

どのような国が現在「超インフレ下」とされているのか?
 監査品質センター(Centre of audit quality)の国際業務タスクフォース(International practice task force:IPTF)は、高インフレ国の状況を監視している。2018年5月に行われた会議用のディスカッション資料によると、監視対象の国々として、以下のような国々が挙げられている。
① 3年間の累積インフレ率が100%を超過する国
 ・ アンゴラ
 ・ スリナム
 ・ ヴェネズエラ
 ・ 南スーダン
② 今後3年間の予想累積インフレ率が100%を超過する国
 ・ アルゼンチン
 ・ コンゴ民主共和国
③ 最近、3年間の累積インフレ率が100%を超過した国
 ・ スーダン
④ 今後3年間の予想累積インフレ率が70%~100%の間、又は直近の期間でインフレ率が大幅に上昇した(25%以上)国
 ・ エジプト
 ・ リビア
 ・ イエメン

テレフォニカ社の開示例
 スペインおよびスペイン語圏のラテンアメリカ諸国で最大の通信事業者であるスペインのテレフォニカ(telefonica)社は、2018年度の年次報告書(アニュアル・レポート)において、ヴェネズエラとアルゼンチンが超インフレ下にある国家であるとして、以下のような開示を行った。
 ① ヴェネズエラ関連の開示 > Telefonica Venezolana社の財務諸表の換算
 ヴェネズエラは、2009年より超インフレ経済下にあるとされている。我々はヴェネズエラの経済状況と我々のヴェネズエラにおける事業の特定の状況とを定期的に検討している。ヴェネズエラにおけるテレフォニカ社の事業活動をよりよく反映する為替レートの評価は、いくつかの要因に依存し、当該評価は、締切日現在において入手可能なすべての情報を考慮しながら実施される。2018年8月20日に、ヴェネズエラは、これまでの通貨ボリバル・フエルテ(VEF)から5つゼロを取り除いた新通貨ボリバル・ソベラノ(VES)を導入した(1VES=100,000VEF)。このような経済状況とヴェネズエラにおける状況を代表する公定レートがないことを考慮して、当社グループは2018年において、ヴェネズエラにおけるインフレの進行状況と対応する為替レートを見積るための方針を維持するとともに、当社グループによるヴェネズエラでの事業の状況を、当社グループの連結財務諸表においてより正確に反映しようと試みている(以後「合成為替レート」という。)。ゆえに、2018年12月31日現在のヴェネズエラの子会社の財務諸表を換算するために利用した換算レートは、7,608VES/ドルである。なお、2017年12月31日現在の為替レートは、36,115VEF/ドルであった。当社グループが2018年度にヴェネズエラに対して適用したインフレ率は、210,600%であった(2017年度は2,874.1%)。
 ② アルゼンチン関連の開示 > アルゼンチンの超インフレーション
 近年、アルゼンチン経済は高いインフレ率を示してきた。ゆえに当社グループは、アルゼンチンにおけるインフレーションの質的、量的な指標を定期的に評価してきた。インフレに関するデータに最近は一貫性がなく、様々な指標が共存しているが、アルゼンチンにおけるインフレ率は、2018年度の第二四半期から著しく上昇し、データでは、IAS第29号で量的な指標として設定されている、3年間累積のインフレ率が、最近100%を超過したことが示されている。その結果アルゼンチンは、2018年度は超インフレ経済下の国家とされ、当社グループは、2018年7月1日以後の財務情報について、機能通貨がアルゼンチン・ペソである企業に対して超インフレ会計を適用している。
 超インフレ会計の主な内容は次のとおりである。
・ インフレーションによって生じた貨幣の購買量の変化を反映するための、非貨幣性資産及び負債、並びに資本項目の取得原価への調整(取得日、又は連結財政状態計算書に含めた日から当年度末までの期間について)
・ 当年度のインフレーションの影響によって生じた純貨幣ポジションに係る利得又は損失は、損益計算書に含めている。
・ 損益計算書項目及びキャッシュ・フロー計算書上の項目は、それらが生じた時点からインフレ指数によって調整を行い、損益計算書では貸借を一致させる入力、及びキャッシュ・フロー計算書では調整項目をそれぞれ入力している。
・ アルゼンチンの会社の財務諸表上のすべての項目は、期末決算時の為替レートで換算されている。すなわち、2018年12月31日現在のレート、1ユーロ当たり43.3アルゼンチン・ペソである。
・ 2018年度以前の数値は修正再表示されていない。

 前記の会計方針に従って、超インフレから派生するすべての資本に対する影響額は留保利益に表示している。2018年1月1日現在、純資産に対する影響額の総額は2,033百万ユーロであり、それには、IAS第29号を全面的に遡及適用する結果として生じる、超インフレ経済の影響を考慮する以前の期間に生じた換算差額である3,147百万ユーロが含まれている。

機能通貨とは(IAS第21号の規定)
 機能通貨(functional currency)とは、企業が営業活動を行う主たる経済環境の通貨をいう(IAS第21号「外国為替レート変動の影響」第8項)。そして、企業の機能通貨以外の通貨が「外国通貨」となる。「企業が営業活動を行う主たる経済環境」とは、通常、企業が主に現金を創出し支出する環境をいい、企業は機能通貨を決定する際に下記の要因を考慮するとされている(第9項)。
(a)財及びサービスの価格に主に影響を与える通貨(財およびサービスの販売価格の表示と決済が行われる通貨であることが多い)
(b)その競争力及び規制が財及びサービスの販売価格を主に決定する国の通貨
(c)労務費、材料費及び財又はサービスを提供するための他のコストに主に影響を与える通貨(当該コストの表示と決済が行われる通貨であることが多い)
 企業の機能通貨は、企業にとって関連性のある基礎となる取引、事象及び状況を反映するものであるため、いったん決定された後は、そうした基礎となる取引、事象及び状況に変化がない限り変更されないとされている(第13項)。したがって、機能通貨の変更が行われるのは極めて稀であるといえる。
 なお、企業の機能通貨に変更がある場合には、企業は、その新しい機能通貨に適用される換算手続を、当該変更の日から将来に向かって適用しなければならない(第35項)。すなわち、企業は、すべての項目を、変更日の為替レートを使用して新しい機能通貨に換算する。これによる非貨幣性項目の換算額は取得原価として扱われ、在外営業体の換算により生じた為替差額のうち、過去にその他の包括利益(OCI)に認識した金額は、当該活動体が処分されるまでは、資本から純損益に振り替えられない。

スイスユニオン銀行が行った開示
 スイスの大手銀行であるスイスユニオン銀行(UBS)は、これまではUBS AG社のスイス本社についてはスイスフラン、ロンドン支店においては英ポンドを機能通貨として使用してきたが、2018年10月1日から、いずれも米ドルに変更した。
 その理由としてUBSは、以下を挙げている。
・近年における法人の組織変更。特に、個人及びコーポレートバンキング部門、及び富裕層管理事業がUBSAG社からUBS switzerland社に移転するとともに、UBSビジネスソリューション社を設立したこと。そして、この両社の従業員の大部分、及び関連するコストは米ドルで集中的に管理されていること。
・UBSは、2018年度の第4四半期から、リスク管理の目的で、リスクに中立な通貨として米ドルを採用するとともに、それにともなって構造的なリスクポジションを修正したこと。
 機能通貨が米ドルに変更されたことにより、会計処理は以下のようになったとUBS社は開示している。
 収益、費用及びその他の包括利益(OCI)は、それぞれの期における平均為替レートで米ドルに換算された。さらに、その他の収益は、新しい表示通貨である米ドルの元で計算された際に、為替換算差損益のOCIから損益計算書への振り替えを反映するために再表示された。2016年度、2017年度及び2018年度におけるこれらの再表示による影響額に重要性はない。
 資産、負債及び資本合計は、再評価に伴う税効果への影響を反映後、それぞれの貸借対照表日における期末日レートで換算された。資本金や保有する自己株式は、取得日平均レートで換算され、取得日平均レートと決算日レートとの差額は、資本金の支払いや自己株式の処分が行われたときに実現する。キャッシュ・フロー(繰延)ヘッジに関連してその他の包括利益(OCI)に認識された金額や公正価値で測定され、OCIで認識される金融商品(FVTOCI)(2018年1月1日以前は売却可能として分類されていた金融商品)は、それぞれの貸借対照表日のレートで換算され、換算の影響額は利益剰余金を通じて調整された。
 2018年10月1日現在の再表示された為替換算差額には、以前に適用した、UBS AG社又はUBS AG社の本社が契約した、外国での事業に対する投資をヘッジするための純投資ヘッジに関連する、767百万米ドルの累積利得(以前の機能通貨であったスイスフランに対するもの)が含まれる。
 なお、UBS社は、上記の機能通貨の変更を受けて、2018年度から表示通貨(財務諸表が表示される通貨)もスイスフランから米ドルに変更している。これは、IAS第8号「会計方針、会計上の見積りの変更及び誤謬」に基づく任意の表示方法の変更になるため、UBSは、信頼性のあるデータが十分に存在し、再表示を実施することが実務上可能なもっとも前の時点である2004年まで遡って遡及修正を行っている。

終わりに
 平成から令和の世の中となっても、ヴェネズエラには米国をはじめとする各国からの制裁が引き続き課され、アルゼンチンの経済も好転する兆しが見えていない。現在超インフレ経済下にあるとされている国は、いずれも政治的に不安定な国々であり、内戦状態にある国や、大量の難民が発生しているような国もある。自分が生まれ育った国から追い出されたり、着の身着のままで脱出せざるを得なかったりした人々の無念さと苦境は察するに余りあるが、ヴェネズエラやアルゼンチンといった、本稿で今回取り上げた国々は、我が国から見てちょうど地球の裏側に当たる南米大陸の国々である。距離的に極めて遠いこともあって、なかなか「身近な問題」としてとらえにくいと思われるが、数年前には東南アジアで通貨危機が起こっているし、さらにさかのぼれば、朝鮮戦争やベトナム戦争といった戦争や内戦も、我が国から近い地域で何度も起きている。アジアの国々の経済は伸び盛りという評価もある一方で、南米の国々以上に政治的、経済的に不安定でもろい国々も少なくない。そして、最近では隣国である中国、韓国や北朝鮮の経済の変調も伝えられている。今後、我が国が「超インフレ経済下」となることはまずないであろうし、そう願いたいが、我が国の企業が多額の投資をし、多くの子会社等を有しているアジアの国々の中には、一つ間違うとそのような状況に陥ってもおかしくない国がいくつもあると考えざるを得ないであろう。
 わが国の経済状況も、第二次世界大戦での敗戦後間もないころは、「超インフレ経済下」に近い状況であったであろうが、幸い早期に復興を遂げることができた。IFRS適用の有無を問わず、99%の日本企業の現在の機能通貨は日本円であろう。他国の通貨の助けを借りずに、我が国の通貨である日本円の中で大半の取引が完結できるということは、日本の経済力の証であり、大変幸せなことであると考えられる。むろん、グローバル化に背を向けることは許されないが、今後とも日本円の地位と安定性の向上のために、不断の努力をすべきであろう。また、数年後には我が国の紙幣が刷新される旨も発表されたが、これらのお札が超インフレのために「紙くず」になるような事態や、機能通貨を日本円から米ドルや欧ユーロに切り替える日本企業が続出するような事態は絶対に避けなければならず、官民ともに、通貨の変調に対する備えを怠ってはならないと考える。

参考
IAS Plus ウェブサイト(2018年6月12日)
機能通貨の変更 経営財務No.3413(2019年6月24日号)

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