解説記事2020年11月02日 特別解説 主要な日本企業の会計監査人の継続監査年数、及び主要な日本企業が会計監査人に対して支払った報酬額の調査分析①

特別解説
主要な日本企業の会計監査人の継続監査年数、及び主要な日本企業が会計監査人に対して支払った報酬額の調査分析①

はじめに

 我が国では、2020年3月期決算の企業から有価証券報告書における「コーポレート・ガバナンスの状況」のうちの「監査の状況」について、大幅な改正が行われ、開示の内容が大きく拡充された。まず、最近事業年度における提出会社の監査役及び監査役会の活動状況(開催頻度、主な検討事項、個々の監査役の出席状況及び常勤の監査役の活動等)の記載が求められることに加え、提出会社の財務書類について連続して監査関連業務を行っている場合におけるその期間(継続監査期間)を開示することとされた。
 さらに、会計監査人に対して支払った報酬の開示については、表1のような規定が定められた(内閣府令第3号「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」。平成31年1月31日公布)。
 そこで、本稿では、2回に分けて、主要な日本企業の会計監査人の継続監査年数、及び我が国の主要な企業が会計監査人に対して支払った報酬額について、欧州(英国を含む)や米国の主要な企業のデータも交えて比較分析を行ってみたい。

【表1】報酬に関する開示

 最近2連結会計年度において、提出会社及び提出会社の連結子会社がそれぞれ監査公認会計士等に対して支払った、又は支払うべき報酬について、監査証明業務に基づく報酬とそれ以外の業務(非監査業務)に基づく報酬に区分して記載する。この場合において、非監査業務に基づく報酬を記載した時は、当該非監査業務の内容を記載する。
 最近2連結会計年度において、提出会社及び提出会社の連結子会社がそれぞれ監査公認会計士等と同一のネットワークに属する者に支払った、又は支払うべき報酬について、監査証明業務に基づく報酬と非監査証明業務に基づく報酬に区分して記載する。この場合において、非監査業務に基づく報酬を記載した時は、当該非監査業務の内容を記載する。
 上記の規定により記載する報酬の内容のほか、最近2連結会計年度において、連結会社の監査証明業務に基づく報酬について、重要な報酬がある場合には、その内容について、具体的に、かつ分かりやすく記載する。

調査の対象とした企業

 今回の調査の対象とした各国の企業は、表2のとおりである。

 欧米の主要な企業各社の報酬のデータは、各社のウェブサイトに掲載されている英文の連結財務諸表(米国企業の場合には、株主総会招集通知(Proxy statement))に記載されているものであり、欧米企業のデータは2019年12月期のものが大半を占める。また、日本企業の場合には、有価証券報告書の「コーポレート・ガバナンスの状況」に記載されているものであり、2020年3月期のものが多い。

主要な日本企業における継続監査年数と主要な米国企業との比較

 英国や欧州大陸の主要な上場企業に対しては、監査法人のローテーション(定期的な入札の実施)制度がすでに実施されているため、本稿では、我が国と同様に監査法人のローテーション制度を導入していない米国の主要な企業と主要な日本企業の会計監査人の継続監査年数とを比較してみたい。
 主要な米国企業の会計監査人の連続在任期間の長さ別の分布は表3のとおりであった。

 我が国の公認会計士(会計監査)制度が先日ようやく70周年を迎えたことを考え合わせると、会計監査人の継続在任期間が80年を超える米国の大企業が100社中16社もあるということは驚くべきことであり、米国における会計監査や投資家保護の歴史の長さをあらためて痛感させられる。会計監査人の在任期間が40年を超える企業で、全体の4割(39%)を占めていた。なお、在任期間が11年〜20年の36社のうち16社が、2002年に会計監査人が新たに就任していた(すなわち、現任監査事務所の連続在任期間が17年)が、これは、2002年にエンロン社の粉飾決算発覚・倒産を主因として、アーサーアンダーセン会計事務所が倒産したためである。これらを考え合わせると、今回調査対象とした主要な米国企業のうち、創業以来これまでに会計監査人の交代が行われた企業は、むしろ少数派であると言っても過言ではないであろう。
 次に、会計監査人の連続在任期間が80年を超える主要な米国企業とその会計監査人を一覧で示すと、表4のとおりであった。

 我が国でも非常に知名度が高い、「米国の顔」ともいえる企業がずらりと並んでいる。
 なお、会計監査人の連続在任期間が第2位のゼネラル・エレクトリックは、2020年の株主総会招集通知(Proxy statement)に、2020年度の会計監査人には引き続きKPMGを選任するものの、現在入札プロセスが進行中で、複数の監査事務所にプロポーザルの提出を要請しており、プロセスは2020年中に完了する旨を開示している。2021年度からは、111年ぶりに会計監査人が交代する可能性がある。
 一方で、IBMは、2020年度のProxy statementにおいて、「会計監査人の在任期間が長期間にわたることの利点(Benefits of Long-Tenured Auditor)」という項を設けて以下のような記載を行い、PwCを会計監査人として長期間連続して選任することが、株主にとってのメリットとなることを訴えている。

 PwCは1958年以来IBMの独立監査人である。1923年から1958年まで、IBMの独立監査人は最終的にPwCによって買収された会計事務所であった。
 監査委員会は、以下の点を考慮して、会計監査人の在任期間が長期間にわたることは、IBMとその株主にとって最善の利益になると考えている。
・多国籍企業であるIBMのグローバルな事業に必要な制度的知識と深い専門知識。
・ほぼ10か国で250を超える年次法定監査の経験を通じて開発された、より高い監査品質。並びに
・新しい監査人に対して、オリエンテーションを行ったり一から教育を行ったりする必要がない。これにはかなりの時間と費用が必要であり、経営陣の業務執行、財務報告、内部統制への集中力がそがれることになる。

 次に、主要な日本企業の会計監査人の連続在任期間の長さ別の分布は、表5のとおりであった。なお、会計監査人の継続監査年数に関する表5及び次の表6では、主要なIFRS任意適用日本企業、米国会計基準適用日本企業、及び日本基準を適用する主要な日本企業の区分を行わず、すべて「主要な日本企業」として集計している。また、表5及び表6では、2020年3月期決算の企業のみを集計している(会計監査人の連続在任期間の開示が2020年3月期から始まったため)。

 連続在任期間が30年を超える企業が過半数を占める一方で、11年〜20年の企業も3分の1弱を占めるなど、ばらつきも見られる。なお、我が国では2007年に、当時の4大監査法人の一角を占めていたみすず監査法人(旧中央青山監査法人)が解散したが、この影響によって監査法人を変更した企業(会計監査人の連続在任期間が13年又は14年)が、今回の調査対象企業の中で16社あった。さらに、会計監査人の連続在任期間が60年を超える主要な日本企業とその会計監査人を一覧で示すと、表6のとおりであった。

 わが国で最初に創立された太田哲三事務所を母体とし、大規模優良クライアントを数多く有するEY新日本有限責任監査法人の被監査会社が上位を占めている。なお、味の素は、2021年3月期から、会計監査人をEY新日本有限責任監査法人から有限責任あずさ監査法人に変更する旨を決定・公表している。

主要な日本企業が会計監査人に対して支払った報酬額と主要な欧米企業との比較

 本稿の後半、及び次回では、主要な日本企業が会計監査人に対して支払った報酬額を、米国、英国及び欧州大陸の主要な企業の報酬額と比較して分析することとしたい。
 なお、報酬の分析にあたっては、主要な日本企業をIFRS任意適用企業、米国会計基準を適用する日本企業、及び我が国の会計基準を適用する主要な日本企業の3つの類型に分けることとする。以下で分析する「会計監査人に支払った報酬額」には、監査報酬と非監査業務報酬の両方が含まれており、我が国の監査法人に加え、海外子会社の監査やアドバイザリー業務等のために、日本の監査法人の提携先の海外事務所(KPMG、E&Y等)に支払った報酬も含まれている。

主要なIFRS任意適用日本企業が会計監査人に支払った報酬額

 まず、主要なIFRS任意適用日本企業の各社が会計監査人に対して支払った報酬額の分布を示すと、表7のとおりであった。

 次に、会計監査人に対して多額の報酬を支払ったIFRS任意適用日本企業(上位5社)を列挙すると、表8のとおりであった。

米国会計基準適用日本企業が会計監査人に支払った報酬

 会計監査人に対して多額の報酬を支払った米国会計基準適用日本企業を列挙すると、表9のとおりであった。我が国においてIFRSの任意適用が始まって以来、我が国における米国会計基準適用企業の数は減少の一途をたどり、2020年3月期決算の時点ではわずか12社となった。しかしながら、これまで長らく、米国会計基準の適用やニューヨーク証券取引所における上場は、我が国の超一流企業のステータスとされていたこともあって、株式時価総額が我が国企業で断然トップのトヨタ自動車や、ソニー、野村證券など、まさに我が国を代表するビッグネームが並んでいることから、今回の調査分析に当たっても調査範囲に含めることとした。なお、12社が会計監査人に支払った報酬額の平均は、1社あたり2,634百万円であり、IFRS任意適用日本企業や、後述する日本基準を適用する主要な日本企業の水準を大きく上回っていた。

日本の会計基準を適用する主要な日本企業が会計監査人に支払った報酬額

 日本の会計基準を適用する主要な日本企業が会計監査人に対して支払った報酬額の分布を示すと、表10のとおりであった。

 次に、会計監査人に対して多額の報酬を支払った、日本の会計基準を適用する主要な日本企業(上位5社)を列挙すると、表11のとおりであった。

 大手金融機関グループによる報酬の支払額が突出して多くなっている。

終わりに

 監査人・監査報酬問題研究会(本年度責任者:町田祥弘 青山学院大学教授)の手による「2020年版上場企業監査人・監査報酬実態調査報告書」によると、2017年度及び2018年度のSEC登録(米国会計基準適用)企業とIFRS適用企業を除く、その他の上場日本企業が会計監査人に支払った監査報酬は表12のとおりであった(非監査業務報酬は含まれていない)。
 今回の調査・分析では、3,500社を超える上場企業の中から時価総額上位200社以内にランクインするような、日本を代表する大企業やエクセレント・カンパニーばかりを選んで抽出しているうえ、非監査業務報酬も合算している。したがって、表12の平均値や中央値等と今回の調査分析結果とを比較することにはさほどの意味がないと思われるため、あくまでも参考としての紹介にとどめることとする。

 今回は、監査報酬については主要な日本企業のみを調査分析の対象としたが、次回は、米国会計基準を適用する主要な米国企業、IFRSを適用する英国や欧州大陸の主要な企業が会計監査人に対して支払った報酬額について、必要に応じて主要な日本企業が会計監査人に支払った報酬額等を参照しつつ、比較分析することとしたい。

参考文献
 2020年版上場企業監査人・監査報酬実態調査報告書(2020年3月31日。監査人・監査報酬問題研究会)

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