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解説記事2021年05月31日 特別解説 気候変動とエネルギー転換に関する監査上の主要な検討事項(KAM)(2021年5月31日号・№884)

特別解説
気候変動とエネルギー転換に関する監査上の主要な検討事項(KAM)

はじめに

 欧州(英国を含む。以下同じ)の企業の2020年度の決算がまとまり、年次報告書がウェブサイト上で公表されてきた。監査報告書においては、各社の監査を担当する会計監査人がさまざまな監査上の主要な検討事項(KAM)を記載しているが、継続企業やコロナウイルス感染症(Covid-19)の影響に関する記載が目立つ中で、当年度は、気候変動とエネルギー転換に関する課題や論点をKAMとして取り上げる事例が、石油・ガス等の資源系の会社の一部で見られた。
 わが国の企業や投資家の間でもいわゆるESG投資を重視する流れが見られ、環境問題への関心も少しずつ高まってきているとは思われるものの、ESG先進国である欧州にはまだまだ及ばない。本稿では、ロンドン証券取引所に上場している英国の企業2社の監査報告書に記載された、気候変動とエネルギー転換に関するKAMを紹介することとしたい。

今回取り上げた企業

 本稿で取り上げるKAMは、いずれもロンドン証券取引所に上場している企業であるロイヤル・ダッチ・シェルとナショナル・グリッド社の2020年12月期の連結財務諸表の監査報告書において、会計監査人が記載したKAMである。両社とも、KAMの構成は、1.KAMに関する説明(Description of the matter)、2.我々(監査人)の対応(Our response)、及び3.重要な所見(Key observations)となっている。和文はいずれも仮訳であり、正確な情報を入手されたい方は、各社のウェブサイトから英語の原文を入手していただきたい。

ロイヤル・ダッチ・シェル社の監査報告書に記載されたKAM

 ロイヤル・ダッチ・シェル社は、わが国でもよく知られた石油を中心とするエネルギー企業であり、会計監査人はE&Yである。E&Yは監査報告書に9項目ものKAMを記載しているが、そのうちの1つが、以下で示す「気候リスクとエネルギー転換の財務諸表への影響」である。

「気候リスクとエネルギー転換の財務諸表への影響」
(KAMに関する説明)

 気候変動とエネルギー転換の財務的な影響は、会計上の判断と見積り、したがって我々の監査の多くの分野に広範囲に及ぶ影響を与えるため、監査上の焦点となる分野であり続ける。リスクは2019年と比較して上昇しており、投資家や規制当局の気候変動への注目が高まっている。気候変動は、ビジネスと世界経済の両方に財務的なリスクをもたらす。金融安定理事会は、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)を設立し、より多くの情報に基づいた投資、信用及び保険引受の決定を促進し、ひいては利害関係者が金融セクター及び金融における炭素関連資産の集中と気候関連のリスクに対するシステムのエクスポージャーをよりよく理解することを可能にする可能性のある、より効果的な気候関連の開示がなされるようにするための推奨事項を作成した。
 会社は、気候関連のリスクと機会をリスク管理と戦略的計画プロセスに組込み、透明性を高め、気候変動によってもたらされるリスクと機会に対応するための戦略に対する投資家の理解を促進することを重視している。会社は、エネルギー転換報告書がTCFDの推奨事項に沿っていると説明し、会社がエネルギーシステムの予想される変化に対してどのように耐久力を発揮するか、そして世界が低炭素エネルギーに転換する際にその戦略がどのように役立つのかを示していると説明している。監査リスクは、重要な会計上の見積り又は判断が重大な気候リスクを反映しておらず、その結果、投資家を誤解させる可能性があることである。
 例えば、資産の回復可能性の評価に使用される経営者の事業計画を支える予測の仮定、特に上流の石油及びガスを生産する有形固定資産に関連する石油及びガスの価格の仮定、及び製造資産に関連する精製マージンは、気候リスクとエネルギー転換による需要と供給の変化と組み合わされた、Covid-19のマクロ経済への影響を適切に反映していない可能性がある。
 同様に、資料に関する説明の開示が年次報告書と財務諸表の気候リスクと整合していないという監査リスクを伴う。
 気候リスクとエネルギー転換によって影響を受ける重要な会計上の判断と見積りには、次のものが含まれる。
・石油とガスの埋蔵量と資源の推定
・有形固定資産の耐用年数、及び減価償却費の見積り(DD&A)
・のれん、有形固定資産、合弁事業及び関連会社の減損の評価。これには、気候リスク及びエネルギー転換が石油及びガス価格に与える影響により、経済的とは見なされなくなった探鉱及び評価資産の回収が含まれる。
・廃止措置及び復旧(D&R)引当金の認識及び測定。これには、歴史的に耐用年数が確定できないと想定されてきた業務が含まれる。
・繰延税金資産の認識と測定。及び
・会社に対して提起された気候変動関連の訴訟
 これは便益の流出につながるか、会社の事業に影響を与える可能性がある。

(我々の対応)
 我々の監査手続は、2020年にサラシン・アンド・パートナー社が「パリ協定の内容に沿った決算書を作成する」という呼びかけに関して監査委員会の委員長に送った11月5日付の手紙の内容、及びそれと同日に気候変動に関する機関投資家グループ(IIGCC)が公表した「パリ協定の内容に沿った決算書に対する投資家の期待」という表題の文書、並びにFRCの気候変動のテーマ・レビューを考慮した。
 我々が実施した手続は次のとおりである。
・気候変動とエネルギーの転換に関する年次報告書での開示を取り巻く会社のプロセスを理解した。リスク評価、実行可能性と温室効果ガス排出量の報告を含む。
・事業計画予測の一部として含まれている会社の炭素価格に関する合理性を評価した。気候変動に関する専門知識を有するE&Yの監査人の支援を受けて、継続企業の前提と存続可能性の評価を行った。
・重要な判断と推定が財務諸表に反映された、気候変動とエネルギー転換に関する会社の公式声明の整合性を評価した。(例えば石油とガスの埋蔵量の見積り、将来の資本と営業費用の仮定及び仮定の精製マージン)
・年次報告書で行われた過去の開示の正確性を評価した。これには、TCFDによる開示に関する勧告事項及びそれに関する会社の開示の適切性の検討が含まれる。
・エネルギー転換に対する会社の耐久可能性に関する評価について経営者に質問した。
・会社の長期的な価格設定の仮定をIEAの見通しに照らして評価した。
・石油及びガス埋蔵量の推定におけるエネルギー転換の仮定を評価した。
・我々は、特に低炭素世界の予想される影響に照らして、会社の精製マージンの推定方法の妥当性を評価した。例えば、我々は潜在的に矛盾する証拠を特定し、会社の精製マージンモデルで使用される主要なインプットと仮定の妥当性を評価するために、独立した第三者の情報源からの報告書を通読した。これらのインプットには、精製能力の追加、予想される製油所の閉鎖、二酸化炭素コスト、及び国営石油会社の戦略的及び政治的行動が含まれていた。
・気候変動とエネルギー転換のリスクを主要な監査分野にマッピングした。
・そして、気候変動の専門知識を持つEY監査人の支援を受けて、重要な気候リスクを取り巻く会社の定性的な開示の合理性を検証し、評価した。さらに我々は、これらの定性的な開示と財務諸表との間の整合性を評価した。監査手続は、主にグループ監査チームが実施した。

(重要な所見)
(監査委員会に伝達された重要な所見)
重要な会計上の判断と見積り

 2021年1月、我々は監査委員会に、会社の貸借対照表が資産又は負債を過大評価しているという証拠は見られなかったことを報告した。上流及び統合ガス資産については、DD&Aの計算に使用される埋蔵量は、予想される将来の動向に関する現在の理解に基づいて、将来の非現実的な期間にまでは及ばないことに納得した。
 石油製品及び化学品の資産については、中期的な過剰生産能力、長期的なエネルギー転換、及び短期から中期的なCovid-19の影響によってさらに悪化する、精製市場の根本的な変化を検討した。
 セグメントレベルで資金生成単位に割り当てられるのれんの帳簿価額を裏付ける余裕があることから、のれんの帳簿価額は適切に記録されていることに納得した。また、関連する事実と状況の評価及び法律顧問から得られた監査証拠に基づいて、気候変動関連の訴訟に関して現在何の引当金も計上するべきではないという経営者の主張に納得した。

ナショナル・グリッド社の監査報告書に記載されたKAM

 ナショナル・グリッド社はロンドンに本拠を置く送電及びガス供給事業者であり、英国と米国北東部を事業領域としている。会計監査人はデロイトである。
 デロイトは、会社の監査報告書に7項目のKAMを記載したが、そのうちの一つが下記で紹介する「気候変動の有形固定資産への影響」である。

「気候変動の有形固定資産への影響」
(事象についての説明)

 英国政府及びグループが活動する特定の米国の州は、2050年までに正味炭素排出量をゼロにすることに関する法律を制定し、目標を設定した。したがって、気候変動は当社グループにとって戦略的課題であり、また、同日までに温室効果ガスの直接排出量を削減するための目標を設定している。天然ガスは燃焼すると二酸化炭素を排出し、温室効果ガスと見なされる。
 したがって戦略的課題は、2050年以降の期間に英国でのガス輸送サービス及び米国でのガス流通サービスを促進するために使用される、グループの資産の潜在的な将来の使用に関連している。グループのガス資産の残存耐用年数は、英国で最大50年、米国では最大80年であり、2050年の「ネットゼロ」コミットメント日を大幅に超過している。財務諸表の注記13に記載されているように、グループのすべてのガス資産の耐用年数を2050年までに完全に減価償却するように変更した場合の影響は、年間の減価償却費1億8,800万ポンドの増加になる。2060年までに完全に減価償却されるようにすると、年間の減価償却費は79百万ポンド増加する。
 2050年以降も一次エネルギー源として天然ガスを継続して使用することは、正味ゼロの目標と矛盾するようであり、ガス資産の耐用年数を2050年に短縮することの影響は年間の減価償却額に重大な影響を与えるため、我々は、これらのコミットメントの財務諸表への影響に関連するリスクはより高いと識別した。特に、ネットゼロコミットメントの文脈でガス資産の耐用年数を決定する際の経営者の判断がそれに該当する。
 財務諸表の注記13及び監査委員会報告書に記載されているように、拘束力のある炭素削減目標に向けた、英国と米国における状況の進展が、特にガス資産の寿命に関連する当社の見積り、判断又は開示の変更をもたらすきっかけとなるかどうかをめぐる検討の一環として、グループによるガス資産の使用の可能性について、経営者は詳細に評価を実施した。経営者の評価には、英国と米国における法律の変更の概要の評価や、ネットゼロエネルギーシステムにおける当社のネットワークの将来の使用可能性の評価が含まれる。
 米国のガス資産の耐用年数に関する経営者の最善の見積りは、事業を行うすべての州で、各資産の減価償却調査を通じて特定された減価償却期間に基づいており、それぞれの州の規制当局によって承認されている。したがって米国では、IFRS資産の減価償却期間は、規制目的でグループの規制当局が合意したものと同一である。経営者は、考えられるさまざまなシナリオの下で、当社の米国におけるガスネットワークは2050年以降も何らかの役割を担う可能性が高く、現時点では資産の耐用年数を短縮する必要があることを示唆するものはないと結論した。
 英国では、National Grid Gas Transmission(NGGT)がガス輸送ネットワーク(NTS)を所有及び運営している。パイプラインは、2050年までに減価償却されない価値の大部分を占める。潜在的な脱炭素の経路を分析した結果、経営者は、天然ガスの継続的な輸送を含む、ネットゼロエネルギーシステムにおけるグループの英国ガスパイプライン資産の多くの潜在的な用途を特定した。それらの用途には、バックアップ燃料として天然ガスを継続的に輸送することや、CO2フリー水素を生成するための炭素の回収や貯蔵、及び水素又はその他の低炭素ガス又はゼロ炭素ガスの輸送などが含まれる。
 経営者は、英国におけるNational Transmission System(NTS)パイプライン資産の耐用年数の最良の見積りは50年(又は2070年まで)であると結論した。これは、資産が英国での事業運営を引き続き支援する時期を最もよく表しているためである。
 経営者及び監査委員会は、法整備の進展及び投資家の関心の高まりに照らして、2050年以降のグループのガス資産の潜在的な将来の使用に関する重要な判断の開示及びガス資産の耐用年数の開示を重要な見積りとして決定し、適切な感度分析を行った。

(我々の対応)
 我々は、エネルギー転換と気候変動に関連する潜在的な影響の会計処理と開示に対する経営者の内部統制に対して監査手続を実施した。当社グループが事業を行っている英国及び米国の州におけるネットゼロに関連するさまざまな目標、コミットメント及び法律に照らして、グループのガス資産の耐用年数が2050年を超えるという経営者の判断を検証した。
・ネットゼロの目標を達成するための潜在的な戦略的経路を検討した。
・ネットゼロを達成するための米国と英国の政府計画を入手して、潜在的な戦略的経路と比較して検討した。
・英国の価格統制や米国の料金の事例など、グループの規制当局からの情報を検討して、矛盾する証拠が提示されているかどうかを検討した。
・ネットゼロ目標を達成するための代替シナリオが発生する可能性の評価を実施した。
・グループのガスネットワークを代替用途、特に水素の輸送に転用する可能性を検討した。
・多くの外部報告書を検討し、経営者の判断に関して矛盾するような証拠を探した。
 我々は、持続可能性の専門家を活用して経営者の主要な前提条件を検討し、戦略的経路内で提示された技術的進歩のいくつかの実行可能性を検証した。水素を輸送するための既存のガスインフラの適合性に関して、他国のデロイトの専門家にも相談した。また、当グループのガス資産の帳簿価額に対する耐用年数に関して、財務諸表の注記1に記載されている開示を検討するとともに、財務諸表の注記13に開示されている感度分析を検討した。

(重要な所見)
 我々が実施した監査手続により、エネルギー転換と気候変動の影響に関する経営者の評価に対する、関連する内部統制が有効に機能していることが確認された。グループのガス資産の耐用年数が2050年までに制限される可能性があることを示唆するいくつかの指標が存在する一方で、ガスの輸送及び供給をするための資産は、2050年以降も引き続き役割を果たすことを示唆する政府及び諮問機関による他の声明によって制限が緩和されることが観察された。
 さらに技術開発が進んで既存の資産の利用が許容されるような場合、実質的な水素インフラの出現により、2050年以降の当社のガス資産に長期的な役割がもたらされる可能性がある。ネットゼロに関するターゲット、目標、及び野心は、現在、グループが事業を行っている地域の法律で正式化されているが、将来の脱炭素化の可能性を定義するために作業を行う必要があるという認識が広まっている。
 グループが事業を行っている米国の州のエネルギー政策は立法府によって体系化されているが、州のエネルギー政策の実施を担当しているのは規制当局であることに注意が必要である。当法人は、2050年以降、当グループの米国のガス資産に価値のある用途があると想定することは合理的であり、当グループの規制当局による決定がない限り、IFRSに準拠した減価償却の計算に規制資産の耐用年数を使用することは引き続き合理的であると結論した。
 英国では、IFRSに基づく減価償却を目的としたグループのガス資産の耐用年数と、規制下の規制資産価値の回復期間との間に整合性がないことに留意している。それにもかかわらず、2070年までこれらの資産の価値ある用途があると想定することは合理的であると結論した。我々は、財務諸表の注記1の開示及び財務諸表の注記13の感応度分析は適切であると考えている。グループのガス資産の将来の使用を取り巻く不確実性に関する年次報告書における経営者の他の開示は、財務諸表及び事業に対する当法人の理解と一致していると考えている。

終わりに

 いよいよ2021年3月期から、我が国の上場企業の監査報告書においてもKAMの記載が要求されることになる。これまでの早期適用の事例等から考えると、わが国では比較的シンプルな記載が好まれており、本稿で取り上げた英国の企業のような、長大なKAMの事例はそれほど多くはならないであろうと予想される。
 現在はCovid-19やその変異種への対応で手いっぱいの我が国の企業も、長期的には気候変動、地球温暖化、あるいはエネルギー転換(脱化石燃料や脱原発等)の課題に取り組んでゆかざるを得ないと思われる。我が国においても、電力、ガス、石油等のエネルギー系の企業を中心に、気候変動やエネルギー転換がKAMの一つとして取り上げられる時代が来るのもそれほど先のことではないかもしれない。

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