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解説記事2022年10月17日 特別解説 ESMAが公表する執行決定事例集(2022年10月17日号・№950)

特別解説
ESMAが公表する執行決定事例集

はじめに

 欧州証券市場監督機構(European Securities and Markets Authority。以下「ESMA」という。)は、欧州金融市場の機能を改善するために証券法規と規制の分野で活動し、欧州各国の金融規制当局間で投資家保護及び協力を強化することを目的とした欧州連合の専門機関である。その活動の一環としてESMAは、国際財務報告基準(IFRS)の適切な適用に関する関連する情報を財務諸表の発行者及び利用者に提供する目的で、欧州各国の執行者(規制当局等)による財務諸表に関する執行決定の機密データベースを開発・運用しており、そこからの抜粋をホームページに公表している。後述の表に記したように、事例集はこれまでに第26巻まで公表されており、このうち、2015年11月に公表された第18巻までは、日本公認会計士協会が和訳を行っている。事例集の原文と和訳ファイルは、日本公認会計士協会のホームページから入手できる。
 ESMAによる執行決定事例集の全体的な説明や第25巻までで公表された事例の紹介は、本誌No.817(2020年1月6日号)、No.849(2020年9月14日号)及びNo.901(2021年10月11日号)を参照いただくとして、本稿では、2022年5月17日に公表された直近の事例集(第26巻)の概要と、掲載されている事例を紹介したい。
 なお、本稿で紹介する事例はいずれもESMAのホームページに公表されている英文を筆者が仮訳したものである。

これまでにESMAが公表した執行決定事例集

 これまでにESMAが公表した26巻の執行決定事例集について、公表日と含まれる事例の件数とを一覧にすると次頁ののとおりである。

事例集第26巻に収録されている事例

 直近に公表された事例集第26巻に収録されている11件の事例の表題と、関連するIFRSの基準書を一覧にして示すと次のとおりである。

① 予想信用損失の測定における信用補完措置の検討(IFRS第9号「金融商品」)
② 棚卸資産の正味実現可能価額の測定(IAS第2号「棚卸資産」)
③ 棚卸資産の正味実現可能価額を計算する際の販売コスト(IAS第2号「棚卸資産」)
④ 時の経過に対応した収益認識(IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」)
⑤ 重大な金融要素(IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」)
⑥ 訴訟による入金額の収益としての表示(IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」)
⑦ 使用権資産を含む資金生成単位の減損テスト(IFRS第16号「リース」、IAS第36号「資産の減損」)
⑧ Covid-19による減損の兆候(IAS第36号「資産の減損」
⑨ 資金生成単位の識別(IAS第36号「資産の減損」)
⑩ 事業セグメント(IFRS第8号「事業セグメント」
⑪ 現金及び現金同等物の構成の変更(IAS第7号「キャッシュ・フロー計算書」、IAS第8号「会計方針、会計上の見積り及び誤謬」)

具体的な執行決定事例

 具体的な執行決定事例は、冒頭に表題と対象となる決算期末日、論点の領域及び関連する基準書が明示された後、本文は「発行者(財務諸表の作成者)の会計処理に関する説明」、「執行決定(the enforcement decision)」及び「執行決定の根拠」の3部構成となっている。本稿では、主に収益認識に関連する以下の4件の事例を紹介することとしたい。

① 時の経過に対応した収益認識(IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」)
② 重要な金融要素(IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」)
③ 訴訟による入金額の収益としての表示(IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」)
④ Covid-19による減損の兆候(IAS第36号「資産の減損」)

① 時の経過に対応した収益認識
会計期間末日:2018年6月30日
対象領域:収益認識、時の経過に対応して充足される履行義務
関連する基準書又は要求事項:IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」
(発行者の会計処理に関する説明)
 発行者は、船舶の建造について長期契約を結ぶ造船会社である。船舶の建造期間は、建造する船舶の種類にもよるが通常1年半から3年である。造船契約の場合発行者は、船舶の建造に関する契約状況のすべての重要な側面をカバーすることを目的とした、業界内で使用される契約書ひな形を使用する。
 発行者は、IFRS第15号の第35項(c)に従って、(i)企業が他に転用できる資産を創出せず、かつ(ii)企業が現在までに完了した履行に対する支払を受ける強制可能な権利を有していると結論して、造船契約からの収益を時間の経過とともに認識した。
 発行者の見解では、契約は、発行者が約束どおりに履行しなかった以外の理由で顧客に終了権を提供するものではない。したがって契約は、発行者が契約で約束された財又は役務を顧客に移転し続け、契約の存続期間を通じてそれらの財又は役務と引き換えに約束された対価を支払うことを顧客に要求する権利を与える。このような状況において企業は、IFRS第15号のB11項に従って、これまでに完了した履行に対する支払いを行い、顧客にその義務を履行することを要求する権利を有している。
 発行者は、販売者の債務不履行以外の理由で顧客が造船契約を終了又は終了しようとした過去の経験がなく、発行者が知っている他の造船所でこのような事態が発生したことも関知していない。
(執行決定)
 会計処理を適切に裏付けるために執行者は、契約に適用される国内法の評価を実施し(IFRS第15号第37項)、IFRS第15号B12により、法律又は判例が契約条件を補足又は無効にすることがあるかどうかを検討するよう発行者に要求した。発行者によるかかる項目の拡張した評価も考慮して、執行者は、契約から生じる収益はIFRS第15号の第35項(c)に従って時間の経過とともに認識されるべきであるという結論に至った。そして執行者は発行者の会計処理に異議を唱えなかった。
(執行決定の根拠)
 執行者は、発行者による履行は、IFRS第15号の35(c)項で言及されている、企業が他に転用できる資産を創出しないという発行者の評価に同意した。執行者はまた、発行者が約定通りに履行しなかったこと以外の理由による終了権を顧客に対して与えることがないということについても発行者に同意した。
 契約には、顧客による解約に関する契約条項が網羅的であると定めた条項はない。さらに契約の有効性と理解は特定の国内法に従うものとし、場合によっては販売者の債務不履行以外の理由で顧客に解約権を与えることが契約に記載されている。したがって執行者は、顧客が国内法に基づいて契約を終了させる権利を有しているかどうかを分析するよう発行者に要求し、発行者は契約条項に従って評価を実施する必要があることに留意した。
 発行者は、この問題のより詳細な分析を実施した。発行者の法的見解によれば、契約は契約に適用される国内法及び契約の起草方法に基づいて、契約を終了する顧客の権利に関して網羅的であったが、顧客が特定の11の状況で契約を終了することができる。それにもかかわらず発行者は、署名された造船契約が国内法に基づいて(契約ではなく)終了した状況を識別しなかった。
 発行者が提供した適用可能な国内法の分析及び発行者の不履行以外の理由によるそのような契約の終了に関する特定された法的前例がないことを考慮して、執行者はIFRS第15号の35(c)項に基づいて、時間の経過に応じて収益を認識することに異議を唱えなかった。

② 重大な金融要素
会計期間末日:2018年6月30日
対象領域:収益認識、契約上の重大な金融要素
関連する基準書又は要求事項:IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」
(発行者の会計処理に関する説明)
 発行者は、船舶の建造について長期契約を結ぶ造船会社である。建造期間は建造する船舶の種類にもよるが、通常1年半から3年である。
 契約書によれば、建設期間中に固定契約価格の20%が支払われ、顧客への船舶の引渡し(「物理的移転」)時に固定契約価格の80%が支払われる。これらの契約からの収益は、IFRS第15号の第35項(c)に従って時間の経過とともに認識される。
 重大な金融要素の存在を評価する際、発行者は、これらの契約からの収益は時間の経過とともに認識されるものの、資産の支配権が段階的に移転することはなかったと考えた。発行者の見解では、重大な金融要素の評価は、IFRS第15号第35項(c)に従って、収益認識及び財の長期にわたる移転のタイミングではなく、建設の最後に発生する「物理的移転」に基づくべきである。
 発行者の評価によれば、固定契約価格の大部分(80%)は引渡し時に支払われるため重大な金融要素はなく、固定契約価格はIFRS第15号の第61項に準拠した現金販売価格から大きく逸脱していなかった。
(執行決定)
 執行者は、前払金としての建設中の支払いに関する発行者の評価は、IFRS第15号の第60項及び第61項に準拠していないと結論した。したがって執行者は、造船契約に関連する重大な金融要素の存在を再評価するよう発行者に要求した。
(執行決定の根拠)
 執行者は、IFRS第15号の第61項に従い、重大な金融要素があるかどうかを評価する際に考慮すべき要素の1つは、企業が約束された財とサービスを顧客に移転してから顧客がそれらの財や役務の代金を支払う時点までの期間の長さであることに留意した。したがって執行者は、IFRSの第35項(c)により発行者の契約に関連して決定される財又は役務の引渡しの時点と支払いの時点とを比較することによって、発行者が重大な金融要素の存在を評価すべきであると考えた。
 その結果発行者は、IFRS第15号の第60項及び第61項に従って、価格の20%が事前に支払われたかどうかを評価する代わりに、事後的に支払われる価格の80%に関連して、契約に重大な金融要素が含まれているかどうかを評価する必要があった。この評価を行う際、発行者はIFRS第15号の第62項(c)も考慮する必要があった。
 すなわち、約束した対価と財又はサービスの現金販売価格との差額が顧客又は企業のいずれかに対する資金提供以外の理由で生じており、それらの金額の差額が相違の理由に見合っている、例えば支払条件が、企業又は顧客に相手方が契約に基づく義務の一部又は全部を適切に完了できないことに対しての保護を提供する場合があるような場合には、重大な金融要素を有しないとされる。

③ 訴訟による入金額の収益としての表示
会計期間末日:2019年12月31日
対象領域:訴訟による入金額の収益としての表示
関連する基準書又は要求事項:IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」
(発行者の会計処理に関する説明)
 発行者の特許は、特許のライセンスの有効期限が切れた後、第三者の企業によって侵害された。法廷外での和解によりライセンス契約が更新され、特許侵害の補償として一括払いが行われた。
 発行者は、和解が合意され、対価が受領された年に全額(ライセンス契約及び一時金の支払いに関連する収入)を認識した。合計金額は、発行者の損益計算書に機器販売からの収益として表示され、さらに特許訴訟及び仲裁和解からの収益として注記に分解開示された。長年にわたり、発行者は特許ライセンスからの収入を通常の活動からの収入と見なしてきた。
(執行決定)
 執行者は、特許の侵害に関連する和解の金額を収益として表示すべきではないと結論した。これは、和解のこの部分に関して、第三者企業が侵害者であり、IFRS第15号の第6項で定義されている顧客として行動していないためである。
(執行決定の根拠)
 執行者は、特許ライセンスは通常の事業活動の一部であり、ライセンシーは一般的に顧客と見なすことができるという点で発行者に同意した。したがって、ライセンスの更新に関連して発行者が認識した収益(すなわち、和解契約日からの期間に認識された収益)は、顧客との契約から生じた収益とみなされ、IFRS第15号が適用される。
 ただし執行者は、発行者の特許の侵害を是正するための訴訟による和解はライセンスとは異なる性質のものであり、発行者の通常の事業活動の範囲外であることに留意した。
 侵害は是正されたものの、執行者は、特許の侵害者がIFRS第15号で定義されている「顧客」と見なすことができるとは考えなかった。発行者は、特許侵害の是正に関連する訴訟及び仲裁の和解から受け取った金額を(「収益」ではなく)「その他の収入」として報告し、損益計算書に区分して表示しなければならない。

④ Covid-19による減損の兆候
会計期間末日:2020年12月31日
対象領域:収益認識、時の経過に対応して充足される履行義務
関連する基準書又は要求事項:IAS第36号「資産の減損」
(発行者の会計処理に関する説明)
 発行者は、乗客と車の輸送、Roll on Roll off(トラックやトレーラーの車両をそのまま運搬できる)貨物及びContainer Lift on Lift off(クレーン・リフトを使って貨物を積み卸しする貨物)に注力する海上輸送グループである。Covid-19の渡航禁止令とソーシャル・ディスタンスの規則によりその事業は大きな影響を受けたが、2020年の年次財務諸表で、発行者は2020年中に減損の兆候を識別しなかった旨を開示した。
 発行者は、企業がその活動水準に深刻な悪影響があった過去の経験及びその営業資産の残存期間と比較して、回復に要した時間に基づいて評価を行った。
 発行者によると景気後退は1回限りの出来事であり、寿命が長い船舶に重要な影響を与えることはなかった。発行者はまた、渡航制限のため、制限が解除されれば実現するであろう需要が停滞していると考えた。2020年の利益の減少に関して、発行者はIAS第36号の第14項に留意し、資産の存続期間にわたってキャッシュ・フローを考慮すべきであると考えた。
 発行者は、2020年に一時的に1隻の船舶の運航を停止した。しかし発行者は、2020年夏季のその船舶の運航停止がIAS第36号の第12項(f)の「遊休」の定義に適合したとは考えなかった。
 発行者は、IAS第36号の第12項の「考慮しなければならない」という表現に着目し、IAS第36号の第12項(a)から(h)の状況のいずれかが存在する場合、企業はそれらの状況を考慮しなければならないという見解を示した。ただしこれらの状況は、回収可能価額の評価を必要とする減損の兆候に自動的になるわけではない。したがって発行者は、回収可能価額を見積らなかった。
(執行決定)
 執行者は、Covid-19に伴う制限の影響により、2020年中に発行者に対してIAS第36号の1つ以上の減損の兆候の指標が存在したことを強く示唆していると結論した。2020年12月31日時点の船舶について、執行者は発行者に対し、IAS第36号の第9項に従って回収可能価額を見積ること及び適切な場合には減損損失を認識することを要求した。さらに執行者は発行者に対して、実施された減損の兆候及び減損テスト(感度分析やヘッドルーム等)に関する開示を改善するよう要求した。
(執行決定の根拠)
 IAS第36号の第12項(b)に関して執行者は、Covid-19の制限及びソーシャル・ディスタンスの規則が、発行者が運営する市場及び経済環境に悪影響を及ぼし、発行者の活動を大幅に低下させたと考えた。(例えば需要の減少により、2020年に1隻の船舶が完全に運航を停止した)。発行者は、収益、EBIT、及び利益が大幅に減少した旨を開示した。
 執行者はまた、政府によって課された渡航禁止令とソーシャル・ディスタンスの規則が依然として適用されていることを考慮すると、発行者の活動水準がいつ正常に戻るか、及びCovid-19が1回限りと見なされるかどうかは明確ではないことに留意した。
 IAS第36号の12(f)項に関して、執行者は、2020年に一時的に運航を停止した船舶は遊休資産であり、発行者は需要を上回る供給量を有していたと考えた。
 減損の兆候の特定に関連して執行者が有用と見なしたその他の要因は次のとおりである。
・発行者がすべての貸手とのレバレッジ条項の一時的な引き上げに合意したこと。
・発行者の独立鑑定人が2020年12月31日現在の異常な状態のために船舶を鑑定することが困難であると表明したこと。
・発行者は船舶の独立した評価を求めており、これは発行者が懸念を有していたことを示していること。

終わりに

 原則主義を標榜し、抽象的な表現が多いIFRSの基準書を読み解いて実務に適用するにあたり、ESMAが公表している事例集は様々な示唆を与え、我が国の企業が判断を行うに当たっての参考となる。2005年に欧州諸国の企業にIFRSが適用開始されてから間もない2007年4月に最初の事例集が公表され、これまでの15年間に300件近い貴重な事例が公表されてきた。公にされることが少ない当事者間の交渉や判断の記録をデータベース化して後年、世界各国におけるIFRSの適正な適用に役立てるという試みは画期的であるといえよう。これらの事例は欧州におけるものであるが、読めば読むほど、洋の東西や国籍を問わず、会社の経理担当者、会計監査人、規制当局(執行者)ともに悩む点や考えることにそれほど大きな差はないことや、立場の違いこそあれ、皆がコロナウイルス感染症や国際情勢の変化に翻弄され、収益認識やリースといった新たな会計基準の適正な適用に懸命になっていることがよく分かる。今後とも本事例集の紹介は続けたいと考える。

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