解説記事2023年08月28日 判例評釈 東京地方裁判所令和4年2月14日判決(公刊物未登載)(取引相場のない株式~発行会社を介する三者間の低額売買)・前編(2023年8月28日号・№992)
判例評釈
東京地方裁判所令和4年2月14日判決(公刊物未登載)(取引相場のない株式~発行会社を介する三者間の低額売買)・前編
StanRiver税理士法人 代表社員 弁護士・公認会計士・税理士 小林拓真
本判決は、同族会社が、税務署長等を歴任していた高名な税理士からアドバイスを受けて、代表取締役(父)から自己株式を低額で取得し、それを取締役(長男)へ譲渡したところ、父にはみなし譲渡課税が、長男には経済的利益(給与等)が認定された事例である。
以下では、父に課されたみなし譲渡課税について、事案「1」、争点「2」、原告側の主張「3」及び判旨「4」を概観した後、過去の判例で示された譲渡所得の本質と照らし合わせながら、本判決で示された判断を検討していく。
1.事案の概要
建設業を営む原告会社X1は、その代表取締役である原告父X2から、平成24年2月23日に、X1の株式5000株を1株1500円で取得した上で(以下、これに係る取引を「本件取引1」という。)、原告長男X3に対し、同年3月31日に、当該株式5000株を1株1500円で処分した(以下、これに係る取引を「本件取引2」という。)。
また、X1は、X1の取締役を辞任した訴外Aから、同年7月6日に、当該株式1万1460株を1株1500円で取得した上で(以下、これに係る取引を「訴外取引」という。)、X3に対し、平成25年2月22日に、当該株式1万1460株を1株1500円で処分した(以下、これに係る取引を「本件取引3」という。)。
第1事件は、札幌南税務署長(以下、「本件税務署長」という。)が、本件取引1は所得税法59条1項2号所定の「著しく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡」に該当するなどとして、更正処分等(X2分)をしたことから、X2が取消しを求めた事案である。
第2事件は、本件税務署長が、本件取引2及び3は廉価でされたものであり、それによって享受した経済的な利益は所得税法28条1項所定の「給与等」に該当するなどとして、X3に対し更正処分等をしたことから、X3が取消しを求めた事案、及び、X1が当該給与等に係る源泉徴収義務を負うことになるなどとして、納税告知処分等を受けたことから、X1が取消しを求めた事案である。
2.争 点
本件の争点は、主に以下の点であるが、本稿では、この内(1)を取り上げる。
(1)本件取引1が所得税法59条1項2号所定の「著しく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡」に該当するか。
(2)本件取引2及び3によって享受した経済的な利益が所得税法28条1項所定の「給与等」に該当するか。
(3)本件取引1から3までに係る意思表示が錯誤無効であるか否か。
3.原告側の主張
原告側の主張は、おおよそ以下のとおりである。
(1)自己株式の取得は、資産の譲渡ではなく、資本等取引である。自己株式の取得においては、それが廉価でされた場合であっても、その相手方であった株主と他の株主との間で利益が移転するだけであり、株主と発行会社との間では、何らの利益も移転しない。したがって、所得税法59条1項(みなし譲渡課税)の適用はない。
(2)自己株式の取得が廉価でされた場合には、これによる経済的な利益がその相手方であった株主から他の株主に移転することになるが、この経済的な利益は、後に当該他の株式が譲渡されたときに課税の対象とされる増加益に含まれることになる。このような場合にまでみなし譲渡課税の規定を適用することは、同一の所得に対する二重課税という不当な事態を招く結果となる。
4.判 旨
「所得税法33条1項は、譲渡所得とは、資産の譲渡による所得をいう旨を規定しているところ、この譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものである……。すなわち、譲渡所得に対する課税においては、資産の譲渡は課税の機会にすぎず、その時点において所有者である譲渡人の下で生じている増加益に対して課税されることとなるところ、所得税法59条1項は、同項各号に掲げる事由により譲渡所得の基因となる資産の移転があった場合に、当該資産についてその時点において生じている増加益の全部又は一部に対して課税することができなくなる事態を防止するため、譲渡所得等に係る総収入金額の計算に関する特例として、その計算については、「その時における価額」に相当する金額により資産の譲渡があったものとみなすこととしたものと解される……。」
「X2は、本件取引1については、X1が自己株式を取得したもので、いわゆる資本等取引として整理されるものであるから、対価の額の多寡にかかわらず、X2とX1との間では、何らの利益も移転していないし、それをもって、X2がX1に対して資産の譲渡をしたとは認められない旨などを主張している。
しかしながら、……譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものであるところ、ここでいう所得税法33条1項所定の「資産」は、譲渡性を有する財産権で譲渡所得の基因となり得るものを広く含む概念であり、同項所定の「譲渡」も、その資産を移転させる一切の行為をいうものと解されるから、本件取引1がこれに該当することは明らかである。また、X2の主張する資本等取引の概念は、法人税法上のものにとどまるし、ある発行会社が自己株式を取得した場合であっても、その相手方である個人からみれば、保有期間中の増加益を観念することができ、当該株式が自らの支配を離れて他に移転することにも変わりはないため、上記の趣旨が妥当するものと解される。その上、上記の趣旨からも明らかなように、譲渡所得に対する課税は、譲渡人と譲受人との間で移転した利益を捉えて課税する趣旨のものではないから、この点に関するX2の主張は、その前提を欠くものといえる。
したがって、この点に関するX2の主張は理由がない。」
「また、X2は、仮に自己株式の取得である本件取引1が廉価でされた場合には、これによる経済的な利益がX2から他の株式を有する株主に対して移転することになるが、この経済的な利益は、後に当該他の株式が譲渡されたときに課税の対象とされる増加益の中に含まれることになるから、当該場合に所得税法59条1項の規定を適用しないとしても、課税の潜脱を防止しようとした同項の規定の趣旨に反することにはならないし、当該場合にまで同項の規定を適用することは、同一の所得に対する二重課税という不当な事態を招く結果となり、憲法29条の規定に反して許されないというべきである旨なども主張している。
しかしながら、前記(1)アで述べたように、譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものであるところ、ある発行会社が自己株式を取得した場合であっても、この趣旨が妥当することは、上記(2)で述べたとおりである。また、X2の主張するところの他の株式に生じた経済的な利益は、本件取引1の対象とされたX1の株式5000株とは別個の資産である当該他の株式において反射的に生じたものにとどまるから、全くの同一の所得に対して二重課税をすることにはならないものと解されるし、少なくとも本件の事実関係の下においては、所得税法59条1項の規定を適用したとしても、それをもって、直ちに違法とすることはできないというべきである。」
5.検 討
本判決は、過去の判例で示された譲渡所得課税の考え方を踏襲し、それに基づき判断を行っている。
そこで、以下では、過去の判例で示された、みなし譲渡課税を含む譲渡所得課税の本質を振り返りつつ検討を行いたい。
所得税法上、譲渡所得は、「資産の譲渡による所得」とされている(第33条第1項)。
ここで、「資産」とは、譲渡性のある財産権をすべて含むとされ、動産・不動産はもとより、借地権、無体財産権、暗号資産なども含まれると解されている(但し、たな卸し資産、営利を目的として継続的に譲渡される資産及び山林は除かれる(第33条第2項))。
また、「譲渡」とは、所有権その他の権利の移転を広く含むとされ、売買や交換はもとより、競売、収用、現物出資などもこれに含まれると解されている。
この譲渡所得課税の本質は、「資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税する」というものである(最高裁判所昭和43年10月31日第一小法廷判決)。
すなわち、資産を手放す(支配を失う)タイミングで資産に内在している価値の増加分(キャピタル・ゲイン)に課税を行うというものである。
この場合、手放すことにより得られる所得は、譲渡所得に対する課税に影響しない。すなわち、たとえ無償による譲渡(得られる所得が無い場合)であっても、譲渡所得課税は行われることになる。
この点、最高裁昭和50年5月27日第三小法廷判決は、「「資産の譲渡」とは、有償無償を問わず資産を移転させるいつさいの行為をいうものと解すべきである。」と判示している。
なお、このように解すると、贈与、相続あるいは遺贈等も含めあらゆる無償の譲渡が課税の対象になるはずだが、所得税法は、幾度かの改正を経て、無償の譲渡については、①法人に対する贈与又は遺贈、②法人に対する低廉譲渡、③限定承認に係る相続又は遺贈のみを課税の対象とし(みなし譲渡課税)、結果として譲渡所得課税に制限を加えている(第59条第1項)。
また、譲渡所得課税は、資産の所有者において譲渡という「きっかけ」があった場合に、当該資産に内在する価値を所有者において清算してしまうものであり、原則として、相手方の事情を考慮しない。
すなわち、譲渡により相手方に経済的価値が流入したかとか、譲渡されたものを相手方も資産として認識していたかといった事情は、譲渡所得課税を左右しない。
さて、本件取引1では、X2がX1に対し、X1株式を譲渡しているが、当該譲渡は、個人から法人への譲渡であるため、みなし譲渡課税が行われるべきか否かが問題となっている。
まず、当該X1株式の譲渡は、X2にとっては、財産権を移転する行為であり、資産の譲渡であることに疑いはないであろう。
一方で、X2は、X1にとってX1株式は自己の株式であるから資産ではなく、さらに、自己株式の取得は資本等取引であるからX1には何らの利益も移転していないとして、X1株式の譲渡は、資産の譲渡にはあたらないと主張している。
しかしながら、上記のとおり、一旦所有者側で資産の譲渡が認められた以上、相手方の事情によらず課税が生じるのが譲渡所得課税であるから、X2が述べるX1側の事情は、結論に影響を与えるものではない。
判決でも「資本等取引の概念は、法人税法上のものにとどまるし、ある発行会社が自己株式を取得した場合であっても、その相手方である個人からみれば、保有期間中の増加益を観念することができ、当該株式が自らの支配を離れて他に移転することにも変わりはない」としてX2の主張を排斥しているが、同様の趣旨と考えられる。
本件は、資産が譲り受ける側にとって自己の株式に該当することから、特に経済的な効果の面で特殊な事情が見られるため、X2はその点を様々な例を用いて主張しているが、譲渡所得課税の本質に対する従来の考え方が踏襲される限り、そのような事情が採り上げられる余地はないであろう。
以上より、本件取引1は、自己株式の取得というやや特殊な取引であるものの、みなし譲渡課税が検討される取引といえる。
ところで、認定された事実によると、X3はX1の取締役であったがX1の株式を有していなかったため、父であるX2は、X1の経営意欲を向上させ更なる成長を促そうと、自ら所有するX1の株式をX3に譲渡することを計画している。
この時点で、X3がX1の計画に同意していたか否かは定かでないが、訴外取引では、X3にX1株式を取得する動機があったと認定されていることから、X3が当該計画に同意していた可能性は高い。すなわち、X2とX3との間では、事前にX1株式を譲渡することの同意があった可能性が高い。
その後、税理士から、一旦会社がX1株式を取得し、その後処分する形でX3に譲渡すれば税負担が少なく済むと指導されたため、X2及びX3ともに税理士の指導に従ったとされている。
この点、X1は、X2が株式の67.9%(配偶者と合わせると74.2%)を保有する同族会社であったことから、X2が主導してX1に株式を取得・処分させることは容易であったことが予想される。また、X1は、平成24年2月16日にX2から自己の株式を取得し、わずか一月後の3月22日にX3に処分していることから、X1自身には、自己の株式を取得する動機も必要もなかったことがうかがわれる。
つまり、X1によるX1株式の取得・処分は、税負担の軽減のみを目的とした極めて形式的なものであったことが考えられる。
以上からすると、本件では、端的にX2からX3にX1株式の譲渡が行われたと考えるのが取引の実体に即していたのではないだろうか。
(中編に続く)
小林拓真(こばやし たくま)
StanRiver税理士法人 代表社員
弁護士・公認会計士・税理士
平成8年 慶応義塾大学商学部卒
10年 慶應義塾大学大学院民事法学研究科修了
14年 公認会計士登録
20年 弁護士登録
平成22年~令和2年
公認会計士実務補習所法人税法講師
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