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解説記事2020年03月09日 特別解説 不確実な税務ポジションに関する注記(2020年3月9日号・№826)

特別解説
不確実な税務ポジションに関する注記

はじめに

 2019年1月1日以後開始する事業年度から、IFRIC解釈指針第23号「法人所得税務処理に関する不確実性」の適用が開始される。この解釈指針は、法人所得税の税務処理に不確実性がある場合の、IAS第12号「法人所得税」の適用に関する取扱いを明確化することを目的としている。本解釈指針を適用して作成した連結財務諸表が公表されるのに先立ち、本稿では、IFRSを任意に適用して連結財務諸表や有価証券報告書を作成している日本企業(以下「IFRS任意適用日本企業という。」)を題材に、法人所得税に関する不確実な税務ポジションについての開示を紹介することとしたい。なお、本稿で紹介する開示の出典は、キリンホールディングスが2018年12月期、その他の企業が2019年3月期の有価証券報告書であり、いずれもIFRIC解釈指針第23号が適用される前のものである。

不確実な税務ポジションに関するこれまでの規定

 「不確実な税務ポジション」とは、税務上の取扱いが不明確な項目、又は報告企業と関連税務当局との未解決の紛争に係る項目を指し、通常、税法の解釈もしくは特定の取引に対する税法の適用、又はその両方について不明確な点がある場合に生じる。IAS第12号「法人所得税」では、この測定に関して特別な規定を設けていないため、企業は不確実な税務ポジションについて、税務当局に納付又は還付されると予想される額で算定する(IAS第12号第46項)という基本原則に基づいて処理しなければならない。なお、開示については、IAS第12号第88項に、次のように規定されている。

 企業は、税金関連の偶発負債及び偶発資産を、IAS第37号「引当金、偶発負債及び偶発資産」に従って開示する。偶発負債及び偶発資産は、例えば、税務当局との未解決の論争から生じる場合がある。(以下略)

 そして、IAS第37号では、引当金又は偶発負債に関する開示として、次のような項目の記載を求めている(第84項~第86項)。

・期中の引当金の変動額
・債務内容の説明及び結果として生じる経済的便益の流出が予想される時期
・流出の金額又は時期についての不確実性の内容
・偶発債務に関しては、財務上の影響の見積額

 また、IAS第37号では、上記の開示が他社との係争における企業の立場を著しく不利にすると予測されるような極めて稀な場合には、上記の情報の全部または一部を開示しないことができるが、この適用免除規定を利用する企業は、係争の全般的な内容を、情報を開示しなかった旨及びその理由とともに開示しなければならないとされている(第92項)。
 なお、企業は、IAS第1号「財務諸表の表示」第125項(見積りの不確実性の発生要因)に基づく次のような開示が必要になる場合もある。

 企業は、報告期間の末日における、将来に関して行う仮定及び見積りの不確実性の他の主要な発生要因のうち、翌事業年度中に資産及び負債の帳簿価額に重要性のある修正を生じる重要なリスクがあるものに関する情報を開示しなければならない。当該資産及び負債に関して、注記には次の事項の詳細を記載しなければならない。
(a)その内容
(b)報告期間の期末日現在の帳簿価額
 資産及び負債の中には、その帳簿価額を算定する際に、不確実な将来の事象が報告期間の末日において当該資産及び負債に与える影響の見積りが必要となるものがある。例えば、進行中の係争の将来の結果に左右される引当金などである(第126項。一部省略あり)。

 また、我が国の「税効果会計に係る会計基準」においても、IAS第12号と同様に、不確実な税務ポジションの測定や開示に関する規定はない。

武田薬品工業の開示

 武田薬品工業が、「経営者の見積り及び仮定に影響を受ける重要な会計方針」において、税務上の不確実性についてかなり詳細な記述を行っている。武田薬品工業が開示した内容は、以下のとおりであった。

(法人所得税)
 当社グループは、税法及び税規制の解釈指針に基づき税務申告を行っており、これらの判断および解釈に基づいた見積額を計上しております。通常の営業活動において、当社グループの税務申告は様々な税務当局による税務調査の対象であり、これらの調査の結果、追加税額、利息又は罰金の支払いが課される場合があります。法律及び様々な管轄地域の租税裁判所の判決に伴う法改正により、税務ポジションの見積りの多くは固有の不確実性を伴います。税務当局が当社グループの税務ポジションを認める可能性が高くないと結論を下した場合に、当社グループは、税務上の不確実性を解消するために必要となる費用の最善の見積り額を認識します。また、未認識のタックス・ベネフィットは事実及び状況の変化に伴い調整されます。これらの税務ポジションは、例えば、現行の税法の大幅改正、税務当局による税制又は解釈指針の発行、税務調査の際に入手した新たな情報、又は税務調査の解決により調整が行われる可能性があります。当社グループは、不確実な税務ポジションに係る当社グループの見積りは、現時点において判明している事実及び状況に基づき適切かつ十分であると判断しております。

ホンダグループの2社及び京セラが行った開示

 本田技研工業は、重要な会計方針において、以下のような開示を行った。

(15)法人所得税
 当社及び連結子会社が採用する税務ポジションについては、税務上の解釈や過去の実績などの様々な要因を踏まえた総合的な判断に基づき、当該税務ポジションが税務当局により認められる可能性が高い場合に、その財務諸表における影響を反映しています。

 また、ホンダグループの自動車部品製造企業であるユタカ技研は、法人所得税に関する貸借対照表の注記において、以下のような開示を行った。

(15)法人所得税
 当社は前連結会計年度において、在外子会社との国外関連取引に係る移転価格について、税法上の技術的な解釈に基づく再測定により、不確実な税務ポジションに係る負債を認識いたしました。当連結会計年度においては、米国子会社との移転価格に関する事前確認制度の申請に伴い、米国において不確実な税務ポジションに係る税務リスクが減少し、負債の取り崩しを行っております。

 さらに、京セラは以下のような開示を行っていた。

(重要な会計上の見積り及び見積りを伴う判断 法人所得税費用)
 当社は、税務調査を受けることを前提に税務上認識された不確実な税務ポジションについて、50%超の実現可能性がないと判断した場合、当該部分を不確実な税務ポジションとして負債に計上しています。なお、法人所得税における不確実性に関する会計処理の金額と税務当局との解決による金額は異なる可能性があります。当社は、当連結会計年度末において不確実な税務ポジションを総額で2,055百万円計上しています。当社は、法人所得税の不確実性に関する最終的な解決が将来の損益計算書へ重要な影響を及ぼすことはないと考えています。

 IFRS任意適用日本企業の場合、本田技研工業の開示のように、「当該税務ポジションが税務当局により認められる可能性が高い場合に、その財務諸表における影響を反映しています。」と開示されているケースが多いが、京セラの場合、「税務当局から認められる可能性が高い(税務当局から認められない可能性が低い)」という場合の具体的な判断基準として、「50%超の実現可能性がないと判断した場合」と明示している。これは、IAS第37号第15項及び第16項を踏まえた取扱いであるといえる。

(現在の債務)
15. 稀な場合において、現在の債務があるのかどうかが明確でないことがある。このような場合に、利用可能なすべての証拠を考慮したうえで、報告期間の末日において現在の債務が存在している可能性の方が高い時は、過去の事象が現在の債務を生じさせているものとみなされる。
16. ほとんどの場合、過去の事象が現在の債務を生じさせているのかどうかは明白である。稀な場合、例えば、訴訟問題においては、ある事象が発生しているのか否かや、当該事象が現在の債務を生じさせているのか否かが議論となることもある。このような場合には、企業は、全ての利用可能な証拠を考慮したうえで、報告期間の末日において現在の債務が存在しているのか否かを決定する。考慮される証拠には、報告期間後の事象により提供された追加的な証拠も含まれる。そのような証拠を基準として、次のように扱う。
(a)報告期間の末日において現在の債務が存在している可能性の方が高い(more likely than not=50%超)場合には、企業は引当金を認識する。
(b)報告期間の末日において現在の債務が存在していない可能性の方が高い場合には、企業は、経済的便益を有する資源の流出の可能性がほとんどない場合を除き、偶発負債を開示する。

最頻値アプローチと期待値アプローチ(引当金の測定方法)

 IAS第37号では、引当金として認識する金額は、報告期間の末日における現在の債務を決済するために必要となる支出の最善の見積りでなければならないとされており(第36項)、測定対象とする引当金が母集団の大きい項目に関係している場合には、債務はすべての生じ得る結果をそれぞれの関連する確率で加重平均して見積られる(期待値)。また、単一の債務を測定する場合には、単独の最も可能性の高い結果(最頻値)が、当該負債の最善の見積りとなり得るとされている(第39項、第40項)。保険契約や製品保証に係る引当金のような場合には、期待値による測定に親和性が高いが、個別性が極めて高い税務上のポジションや税務訴訟等に関する引当金については、一般的には最頻値による測定がより馴染むものと考えられる。しかし企業は、最頻値により測定を行う場合であっても、期待値による測定結果を含む、他の生じ得る結果を考慮しなければならない点に留意が必要である。

キリンホールディングス及びJVCケンウッドが行った開示

 キリンホールディングスとJVCケンウッドは、海外の連結子会社が受けている現地での税務調査に関わる問題について、詳細な開示を行っている。まず、キリンホールディングスが貸借対照表の注記で行った開示は次のとおりである。

(7)法人所得税の取り扱いに関する不確実性
 LION PTY LTDは、オーストラリア税務当局による定期的な税務調査を受けております。現在、2013年から2016年までの所得期間について税務調査中です。LION PTY LTDは、現地の税務情報の自主的開示制度に基づき開示されている税務ガバナンスに準拠して税務申告しており、当社グループは今回の税務調査における各案件に対して当該機関の税務申告は適切であると考えております。しかし、最終的にオーストラリア税務当局が、LION PTY LTDと異なる税務ポジションを確定させた場合、当期の連結財務諸表において未認識の法人所得税額が、将来追加で発生する可能性があります。

 JVCケンウッドは、貸借対照表の注記において、以下のような開示を行った。

(5)不確実な税務ポジション
 当社の連結子会社であるJVC(Philippines),Inc.(以下「JPL」)は、フィリピン内国歳入庁から過年度(2004年3月期)の法人所得税、付加価値税及び源泉所得税に関し、2008年12月2日付書簡で合計6億フィリピンペソ(本税に加え金利及び加算金等を含む)の追徴課税を受け係争していましたが、2018年11月にフィリピン最高裁判所によるJPLの上訴棄却の判決を受領しました。JPLは当該判決に対して再考申請を提出し、係争を継続しています。こうした状況に鑑み、当社では再考申請が棄却された場合に備えて、2015年2月に費用計上済みの和解申請金69百万フィリピンペソ(当時の為替レートによる円換算額187百万円)に加えて、当連結会計年度において将来の資金負担が生じる可能性を考慮して合理的に見積った52百万フィリピンペソ(当連結会計年度末日の為替レートによる円換算額110百万円)を未払法人税等として計上しています。

 日本企業の多角化・国際化に伴い、海外における税務上の係争事例も増えていると考えられる。我が国でもそうであるが、税務上の係争は長期間を要することが多く、懲罰的な追徴課税等により、金額も多額になる場合がある。本稿で取り上げたIFRS任意適用日本企業では、IAS第37号第92項の不利な開示の免除条項を適用している事例はなかったが、不確実な税務ポジションの識別や認識、測定は、きわめてデリケートな判断が要求される局面であろう。

IFRIC解釈指針第23号「法人所得税務処理に関する不確実性」の概要

 2019年度から適用されるIFRIC解釈指針第23号の概要は、次のとおりである。
① 不確実な税務処理を個別に考慮すべきかどうか
 税務上の取り扱いが不明確な取引が複数存在する場合、それらを個別に考慮すべきか、あるいは集合的に考慮すべきかについては、企業はどのアプローチが不確実性の解消についてより適切な予測を提供するかに基づいて決定する必要がある。
② 税務当局による調査
 不確実な税務処理の評価にあたっては、税務当局は調査権限を有する金額について調査すること、及びすべての関連情報について十分な知識を有していることを仮定する必要がある。
③ 課税所得(税務上の欠損金)、税務基準額、繰越欠損金、繰越税額控除及び税率(以下、課税所得等)の決定
 企業の行った不確実な税務処理を税務当局が認める可能性が高いと企業が結論付ける場合は、不確実性の影響を反映せず、実際の法人所得税申告と整合するように課税所得額を決定(例えば、申告書で使用した数値をそのまま用いる)する必要がある。他方、そのような可能性が高くはないと企業が結論付ける場合には、課税所得等を算定する際に、不確実性の影響を反映しなければならない。その方法は、「最も可能性の高い金額(最頻値)」、「期待値」のうち、不確実性の解消について、より適切な予測を提供すると判断する方法を使用するものとされている。
 なお、本解釈指針はIAS第12号の規定の解釈を明確化したものであり、新たな開示等の要求事項は追加されていない。

終わりに

 ソフトバンクグループが東京国税局の税務調査を受け、2018年3月期の1年間で4,000億円超の申告漏れを指摘されていたという報道が2019年6月になされた。これは、子会社株式をファンドに移した際に計上した損失の一部が認められなかったことが原因であるという。新聞等での報道によると、ソフトバンクグループは、買収した英半導体設計大手アーム社の株式をファンドに出資する形で移したが、株の取得価格と時価評価額との間に大きな開きがあった。ソフトバンクグループは差額を巨額の損失として計上したが、国税局は過大だとして一部を認めなかったとのことであった。これを受けてソフトバンクグループは修正申告を行ったが、申告後も損失が上回ったために、結果的に追徴課税はなかったとされている。一般的に、我が国の企業は、欧米の大企業に比べると、タックスヘイブンや税務上の恩典等を駆使して納税額を抑えるような税務戦略に対して積極的ではないと言われてきたが、最近は必ずしもそうとは言えなくなってきたようである。我が国の人口が減少を続け、経済成長が頭打ちとなる中で、日本企業が海外に進出する流れは今後も続く可能性が高く、国内外における税務当局との軋轢や係争、更正措置等の、不確実な税務ポジションが生じうる余地はますます増える可能性が高いと予想される。不確実な税務ポジションが生じた場合の取扱いがIFRIC解釈指針第23号の公表によって明確化されたことにより、実務上のばらつきは収束する方向に向かうと考えられるが、会計処理や開示を行う以前に、不確実な税務ポジションを識別し、追跡し、かつ文書化することには非常な困難が伴うことには変わりがない。IFRIC解釈指針第23号の公表・適用によって今後企業が開示する情報にどのような変化が生じるのか、注目したい。

参考文献
・情報センサー2017年10月号 IFRS実務講座 「法人所得税務処理に関する不確実性(IFRIC第23号)」の公表 EY新日本有限責任監査法人
・実務上の処理に関する分析:不確実な税務上のポジション(IFRS適用企業及び適用準備企業のための知見) 新日本有限責任監査法人

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