解説記事2025年10月20日 ニュース特集 判決から見る中小企業の会社法トラブル(Ⅱ)(2025年10月20日号・№1095)
ニュース特集
任期途中退任の取締役に770万円の損害賠償認める事案も
判決から見る中小企業の会社法トラブル(Ⅱ)
会社の日常的な業務の上では、大企業よりも中小企業や中堅企業の方がトラブルに見舞われることが多いようだ。本特集では、中小企業において訴訟に至ったトラブルを本誌1014号に引き続き紹介することとする。具体的には、①自己株式を取得する際に源泉徴収を行わず、所得税等の不納付加算税等が課せられたとして自社の元取締役に対して損害賠償請求を行った事件、②取締役の任期途中で定款変更が行われ、任期満了前に退任させられた元取締役が会社に対して損害賠償請求を行った事件、③監査役設置会社であるものの、長い期間にわたり監査役が選任されていなかったため、株主代表訴訟を提訴したが却下された事件である。②の任期途中で退任させられた元取締役に対しては、会社法339条2項の類推適用により、再任されなかったことによって生じた損害の賠償請求ができるとし、約770万円の損害賠償が認められている。
自己株式取得の際に源泉徴収を行わず、不納付加算税等が賦課
最初に紹介するのは、資本提携が破談となった際に生じたトラブルだ。本件は、原告であるA社(取締役設置会社)が自社株式を取得した際に源泉徴収をせず、その後、所得税等の不納付加算税及び延滞税を納付することを余儀なくされることになったため、その当時の会社の取締役であるとともに、相手先の会社の代表取締役を務めていた者(被告)に対して、会社法423条1項に基づき、504万円余りの損害賠償請求を行ったものである(東京地裁令和7年6月16日判決、令和6年(ワ)第70048号)。破談となった原因は会社代表者の逮捕と特殊ではあるが、自己株式を取得する際に源泉徴収を失念するケースはよくあるため注意が必要だ。では、事件の概要を紹介することとしよう。
東証プライム市場に上場する東邦ホールディングスの完全子会社であるB社は、ファクタリング業等を行うA社(原告)に資本参加することを目的として、原告代表者及びその妻が所有する1,000株のうち、490株を譲り受けた。この資本参加の際に、B社の代表取締役である被告がA社の取締役に就任した。しかし、原告代表者らが医療法人に対する業務上横領の疑いで逮捕されたことを契機に、B社は資本参加を解消し、取得した株式を返還することを決定。原告代表者は個人での資金調達が困難であったことから、原告のA社が自己株式490株を2億円で買い戻すことになったというものである。ただし、A社は自己株式取得の際、所得税等の源泉徴収を行わず、所得税等を納付していなかった。
被告は源泉徴収する旨を進言する義務あり
原告であるA社は、被告はB社側の取締役として、原告の取締役会の招集や議事進行等を行っていたほか、B社側の窓口として株式譲渡の内容、条件及び手続をすべて決定していたことから、株式譲渡及び譲渡代金支払に関し、税務上、原告に損失が発生しないよう、所得税等を徴収する必要がないか否かを検討の上、原告代表者に対し、所得税等を徴収すべきである旨を進言するなどの義務を負っていたというべきであることから、取締役として善管注意義務及び忠実義務に違反したなどと主張した。
株式譲渡の内容は原告代表者が決定
原告は、前記のとおり株式譲渡はB社側が主導したと主張したが、裁判所は、株式の買戻しのための資金調達ができないとの判断の結果、原告による自己株式取得スキームを採用すると判断したのは原告代表者であると指摘。また、原告代表者は、株式譲渡の内容を認識し、株式譲渡の前には自己株式取得をすること自体は顧問税理士に相談し、株式譲渡後も、株式譲渡契約書を示して顧問税理士に相談していることからすると、株式譲渡の内容及び条件についての原告の意思決定は、原告代表者が行ったと認められると判断し、被告に業務執行における善管注意義務違反及び忠実義務違反といった任務懈怠を認めることはできないとした。
他の取締役の職務執行の監視義務あるも
その上で裁判所は、取締役は他の取締役の業務執行を当該取締役に全面的に任せきりにすることは許されず、善管注意義務の一環として、会社の状況を把握し、他の取締役の職務執行を相互に監視すべき義務を負っているとした。そして、被告は、株式譲渡契約書を作成し、株式譲渡の譲渡人であるB社の代表取締役であって、原告による株式譲渡の内容、原告が自己株式取得をすることを認識していたと認められるとした。
しかし、原告には顧問税理士がおり、その税理士事務所の職員の1人は原告の取締役であり、自己株式取得の内容を認識していたことからすると、被告は株式譲渡契約書を作成しているものの、株式譲渡の税務リスクにつき、相応の調査をすべき義務があったとは直ちに認められないとし、株式譲渡や譲渡代金の支払の際に、所得税等を徴収する必要がある旨を進言しなかったからといって、被告に取締役としての監視義務違反があったと認めることはできないとの判断を示し、原告の請求を棄却している。
自己株式取得の際の源泉徴収失念に注意
自己株式を取得した際の源泉徴収を失念してしまい、争いとなるケースがある。例えば、裁決では、請求人(会社)は自己株式を取得したものの、事業を前代表者から譲り受けたとは認められないため、自己株式の取得は所得税法施行令61条1項4号に規定する「事業の全部の譲受け」による取得には該当しないとの判断を示し、請求人は自己株式の取得の際に支払ったみなし配当に該当する金額について源泉徴収義務を負うことになると判断したものがある(東裁(諸)平29−11)。なお、本件については、その後、税理士に対して損害賠償請求が行われ、東京地裁の判決では、3,800万円余りの損害賠償責任が認められている(本誌918号4頁参照)。
取締役任期を短縮する定款変更で退任
次に紹介する事件は、被告の取締役であった原告が任期途中に取締役の任期を短縮する定款変更決議がなされ、当初の任期満了前に変更後の任期満了により退任させられたと主張し、被告であるJ社に対し、会社法339条2項類推適用に基づき、2,170万円余りの損害賠償を求めたものである(東京地裁令和7年6月4日判決、令和5年(ワ)第70358号)。
取締役の任期を2年から1年に
被告のJ社は、取締役設置会社でない会社であり、原告は令和元年10月に取締役に就任したが、令和5年3月開催の定時株主総会で取締役に再任されず、任期満了により取締役を退任した。令和4年3月当時のJ社の定款には、「取締役の任期は、選任後2年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までとする」と規定されていたが、令和4年10月開催の臨時株主総会において、「取締役の任期は、選任後1年以内に終了する……」と任期を短縮する定款変更を行っていた。
原告は、取締役の任期の途中にその任期を短縮する旨の定款変更がなされた場合には、当初の任期が満了する前に変更後の任期の満了により退任させられた取締役は、会社に対し、会社法339条2項類推適用に基づき、損害賠償を請求することができると主張した。
正当な理由があるか否か
裁判所は、会社法339条2項は株主総会決議によって解任された取締役は、その解任について正当な理由がある場合を除き、会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができると定めており、その趣旨は株主に解任の自由を保障するとともに、他方で取締役の任期に対する期待を保護して両者の調整を図る点にあると指摘。当該趣旨は、取締役の任期途中に任期を短縮する旨の定款変更がされて本来の任期前に取締役から退任させられたが、取締役として再任されることがなかった者についても、株主総会決議により取締役の任用契約時に予定されていた任期を短縮する点で同様に当てはまるというべきであるから、そのような取締役は、会社が当該取締役を再任しなかったことについて正当な理由がある場合を除き、会社に対し、会社法339条2項の類推適用により、再任されなかったことによって生じた損害の賠償を請求することができると解するのが相当であるとした。
その上で裁判所は、会社が取締役を再任しなかったことについて正当な理由がある場合とは、解任の場合と同様、会社において取締役としての職務の執行を委ねることができないと判断することもやむを得ない、客観的、合理的事情が存する場合や、会社が取締役に対し取締役としての責務の遂行を期待することが客観的に難しい状況がある場合等を指すものと解されるとした。
本件については、被告J社は、原告が労務管理業務を放棄したり、債権回収業務を放置したりしたなどと主張したが、いずれも証拠上認められないか、不再任につき正当な理由を基礎付けるものではないとし、原告の請求を認め、取締役として任期短縮がなければその残存期間に得られたであろう利益及び任期満了時に得られたであろう利益の損失による損害として770万円余りの損害賠償が認められている。
監査役が不在、株主代表訴訟の訴えを却下
最後に紹介するのは、監査役設置会社であるものの、監査役が選任されていなかったため、株主が代表取締役及び会社に対して株主代表訴訟を提訴したが、却下された事件である(東京地裁令和7年6月16日判決、令和6年(ワ)第70527号)。監査役が不在のまま放置されているケースがあれば、無用なトラブルを避けるためにも早急な対応が必要といえそうだ。
監査役が死亡も、その後10年以上選任せず
本件は、N社の株主である原告が、同社の代表取締役である被告に対して提起した株主代表訴訟である。原告は、被告がN社の事業を縮小する一方、自らが一人株主であると主張するK社において、N社と同種同一の事業を営み、事業を拡大させ、N社の利益に反する背信的行為をし、善管注意義務に違反したとして、会社法423条に基づき、1,613万円余りの損害賠償請求を行ったもの。原告はN社の発行株式総数224株のうち、180株を所有する株主であり、N社の取締役である。また、本件の原告(妻)と被告(夫)は夫婦であり、離婚調停中であった。なお、N社は、取締役設置会社兼監査役設置会社で、公開会社でない株式会社であるが、N社の監査役が平成24年3月に死亡した以降、監査役が選任されていなかったため、原告は令和5年8月、N社の代表取締役である被告及びN社に対し、提訴請求をしたものである。
被告、原告は総会で監査役選任可能と主張
被告は、原告はN社の発行済株式総数の約80%を有する株主であるが、株主総会の招集を受けても出席せず、監査役を選任することが可能であるにもかかわらず、これを怠っていたものであり、N社の監査役宛てではない提訴請求により、会社法847条1項の提訴請求がされたとはいえないと主張。これに対して原告は、被告からDV被害を受け続けており、また、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の影響から、会社に直接出社し、自己の株主権を行使することは困難であると主張。このような原因を作出した被告が提訴請求の欠缺を主張すること自体、信義則に反することから、監査役が死亡し、代わりの者が選任されていないという不利益を株主である原告に及ぼしてはならないとした。
提訴請求の相手は監査役
裁判所は、N社は監査役設置会社であるため、提訴請求の相手は監査役(会社法386条2項)であり、原告のN社代表取締役である被告及びN社に対する提訴請求によっては、N社に被告に対する責任追及の訴えを提起することの要否及び当否について検討する機会が与えられたとはいえず、会社法847条1項の提訴請求がされたとは認めることができないと判断し、原告の訴えを却下した。
なお、原告は、DV被害によるPTSDの影響から、会社に出社することが困難であり、新たな監査役を選任できなかったと主張するが、裁判所は、定時株主総会では「役員選任の件」が議題とされており、N社の定款において、株主総会に出席できる代理人を株主に限る旨の規定はないから、原告の訴訟代理人弁護士が代理人として、N社の会議室で開催される定時株主総会に出席し、原告の議決権を行使することも可能であり、監査役を選任決議することが困難であるとはいえないとしている。
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