解説記事2003年03月17日 【最新判決研究】 外国親会社から付与されたストックオプションの権利行使利益は一時所得か?(2003年3月17日号・№11)
Title
外国親会社から付与されたストックオプションの権利行使利益は一時所得か?
Date
東京地裁平成13年(行ウ)第44号、第212号
平成14年11月26日判決
品川 芳宣
筑波大学大学院教授
Shinagawa Yoshinobu
The professor of the University of Tsukuba graduate school
一、事実
(1)X(原告)は、内国法人である日本K社の従業員であった者であるが、日本K社の親会社である米国テキサス州所在の米国K社(日本K社の株式を100%保有)から、入社直後の平成3年10月以降数回にわたっていわゆるストックオプション(以下「本件ストックオプション」という。)を付与された。
本件ストックオプションは、1989年エクイティ・インセンティブ・プランと称されるものに基づくものであり、その目的は、米国K社と関連会社の選択された従業員に、会社の成長と業績を通じて利益を得ること及び会社の将来の成功に貢献させる誘因を生み出すことを奨励し、その結果、株主の利益のために会社の価値を増大させ、会社と関連会社の発展、成長及び利益を保持するのに有能な人材を引き付け、留め置くことにある。
本件ストックオプションは、いかなる従業員(米国K社及びその関連会社の従業員をいう。)も参加者として選定される適格性を有する者とされ、参加者は委員会(取締役会の人事委員会を意味する。)が選定する。オプションとは、委員会が定めた価格により、委員会が定めた期間内に参加者が株式の購入を許容することを認める権利をいう。本件ストックオプションは、非適格ストックオプション(米国証券取引法422条に合致)として、米国K社取締役会による報酬委員会がXへの付与を決定したものである。
(2)Xは、平成8年ないし平成11年に、それぞれ本件ストックオプションに係る権利を次表のとおり行使して米国K社の普通株式を取得し、これを売却して利益を得た。そして、この利益(1株当たりの金額は、結局、権利行使日における米国K社の株式価格と権利行使価格との差額となる。以下、この差額を「権利行使利益」という。)を一時所得に当たるものとして、次表のとおりその金額を記載して所得税の確定申告をした。
これに対し、Y署長(被告)は、前記権利行使利益は給与所得に当たるとして、平成12年3月9日付で、平成8年分ないし平成10年分所得税につき、各更正を行い(第44号事件)、平成12年11月8日付で、平成11年分所得税につき更正(第212号事件、以下各更正を合わせて「本件各更正」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件賦課決定」という。)をした。Xは、本件各更正等を不服として、前審手続を経て、本訴を提起した。
二、争点と当事者の主張
1 争点
本件の争点は、主として、①Xが本件ストックオプションの行使によって得た利益(権利行使利益)の所得区分、すなわち、これを給与所得又は雑所得として課税すべきか、一時所得として課税すべきかが争われ、そのほか、②本件各更正に理由付記不備の違法があるか、③本件各更正及び本件賦課決定が信義則に反する違法なものであるかが争われたが、①の請求が認められたため、②及び③は不問とされた。
2 Y署長の主張
(1)給与所得の概念は、勤労性所得(人的役務からの所得)のうち非独立的労働又は従属的労働の対価を意味するものということになる。この概念からすれば、給与所得の要件は、①就労の対価であること(対価性要件)、②その役務の提供が、非独立的労働又は従属的労働であること(雇用類似要件)となり、資産性所得や一時所得と区別するための要件である①の対価性要件についてみれば、その所得の名目や法形式のみによることなく、「使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価」と認められるものであれば足りるとみるべきである。これによれば、雇用契約や事業に付随して贈与を受けた場合にも、それが「使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価」と認められるものであれば給与所得に当たるというべきである。
(2)本件ストックオプションのように、親会社と子会社の一定の従業員との間で締結されたとしても、そのようなオプションの付与がインセンティブとなって、当該従業員が業務において高度の貢献をするべく努力し、それにより子会社の業績が向上すれば、親会社の利益となり、ひいては付与されるストックオプションの権利行使利益として実現されるということが付与契約の当事者に認識されるものであるし、一般に、当該従業員等が子会社と一定期間雇用関係を継続することがその付与の条件とされているのであり、これを上記の対価性要件についてみるに、子会社従業員等からみれば、一定期間子会社の指揮命令に服して労務を提供することによりストックオプションの権利行使利益が得られるのであるから、これが子会社の指揮命令に服して提供した労務の対価(給与所得)として得られるものであることは明らかである。
本件ストックオプション付与契約の趣旨は、Xが日本K社に勤務し、同社に対し、役務を提供することを基礎として、米国K社が当該就労の対価として、株式の権利行使時における時価と権利行使価格との差額に相当する経済的利益を与える趣旨のものと認められる。
(3)平成8年に制定された租税特別措置法(以下「租特法」という。)29条の2が、ストックオプションに係る経済的利益の給与所得課税の例外規定として位置付けられることからも、本件ストックオプションは、給与所得に該当する。
(4)本件ストックオプションの権利行使利益は、仮に給与所得でないとしても、それがXの就労と対価性を有することは明らかであるから、雑所得に該当する。
3 Xの主張
(1)本件ストックオプションを含む多くのストックオプションにおいて、行使価格は付与時の同社の株式の時価で設定されており、また、多くの会社において行使可能になるまでの期間制限を設けているため、付与を受けた時点ですぐに利益を得られるわけではなく、また、行使制限がなくなった後でも、株価が付与時の株価を上回っている保障はなく、行使によって利益を得られるかは極めて不確実である。また、仮に利益が得られたとしても、Xの精勤以外の様々の要因によってもたらされるその利益は、株価の変動によって乱高下するものである。このような得られるかどうかも不分明で、かつ、株式市場の動向など様々な要因によって収入金額が大きく変動する所得が、従業員であるXの「精勤」と対価関係に立つ利益であるとはいい得ない。また、旧労働省及び法務省の担当官の国会答弁においても、ストックオプションの労働の対価性は否定されている。
(2)本件においては、Xと日本K社との間には、雇用契約という法律関係が存在し、Xは同社の指揮命令に服し、支配従属関係の下で労務を提供しているが、Xと米国K社との間には、雇用契約もこれに類する契約関係もないから形式的な契約形式として雇用契約等が存在しないのはいうまでもなく、また、同社からの指揮命令により特定の人的役務を提供したこともなく、実質的にみても雇用契約等に類する法律関係は存在しない。もともと、自社のストックオプションの行使利益でさえも給与所得とはなり得ず、なおさら、直接、雇用契約等のない米国K社からの本件ストックオプションの行使利益が形式的に給与所得に該当しないのは自明のことである。
(3)一時所得は、生命保険契約に基づく一時金や時効利益による利益など、その実現が不確実で一時期に発生するものを広く含んでおり、偶発性が一時所得とされる所得の最も特徴的な性質であるといえる。そして、前記のとおり、ストックオプションの権利行使利益についても、所得の発生及び実現についてはまさに偶発性が認められるものであるから、一時所得に分類されている他の利得との間で異同はない。また、ストックオプションの権利行使利益が「対価性」を有していない以上、同利益は雑所得には該当しない。
三、判決要旨
請求認容。
(1)所得税法28条1項にいう給与所得とは、雇用契約またはこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付の意味であり、このような給与所得に当たるかどうかを判断をするに当たっては、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし、断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重要な要素になるものと解される(以下、ここで定義した意味での対価を「就労の対価」ということがある。)。
(2)本件ストックオプションそのものは、付与時までの就労に対する対価として、又はXの長期的就労による貢献を期待し、その対価として与えられたものということは可能であり、したがって、これを給与所得として課税の対象にすることは、理論上可能であると解される。しかしながら、このように考えた場合の本件ストックオプションによる収入金額は、本件ストックオプションを取得したときにおける価額、すなわち、オプション価格となるはずである(所法36②①。なお、同法施行令84条の規定は、本件ストックオプションのオプションには適用されない。)ところ、本件ストックオプションのオプション価格の算定とは、米国K社の株式が将来様々な値動きをする可能性があることを総合的に考慮した上で、将来の一定期間内に、一定の権利行使価格でこれを取得する権利を取得することにどの程度の経済的価値があるものと評価するかという観点から検討されるべき問題であり、いわば期待権の価値をどのように評価するかという問題として理解されるべきものである。これに対し、権利行使利益とは、様々な可能性がある中で、たまたま生じた結果の一つにすぎないのであるから、これをオプション価格とみるべきであるというのは、1億円の宝くじが当たった後になって、当該宝くじの販売価格は1億円と評価すべきであるというのに等しい。また、同一の時期に付与され、同一の時期に権利行使が可能になったストックオプションであっても、実際の権利行使時期が異なれば権利行使利益も異なることになるが、上記の見解によれば、その異なる権利行使利益の額が、いずれも当該ストックオプションの価額であることにならなければならないのであるから、そのような見解は、一物に二価、三価があることを認めるにもほかならないこととなる。要するに、このような見解は、オプション価格の算定について根本的な誤解をしているものといわざるを得ず、到底採用できるものではない。
(3)次に、本件ストックオプションの権利行使利益そのものが就労の対価であるとの見解が成り立ち得るものであるかどうかが問題となるが、結論からいえば、このような見解も成り立ち得ないものであるといわざるを得ない。その理由は、次のとおりである。
① 本件ストックオプションそのものに着目する以上、その権利は、遅くとも、一定期間の就労という条件が充たされ、権利行使が可能になった時期には完全に従業員であるXに移転しており、権利行使利益は、Xが取得した権利を運用して得た利益であるというべきであるから、これを給与に当たるとすることは困難であるといわざるを得ない。Y署長の主張中には、権利行使利益の源泉は本件ストックオプションであり、本件ストックオプションそのものは、就労の対価と評価できるものなのであるから、これに由来する権利行使利益も就労の対価とみてよいという趣旨に受け取れる部分もあるけれども、このような見解に立った場合には、従業員が会社から就労の対価として何らかの給与を受けた場合に、その給付されたものばかりでなく、その運用益等に対しても際限なく給与所得として課税の対象とすることが許されるということにもなりかねず、採用することはできないものといわざるを得ない。
② 給与所得は、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいうものである。そして、労務の「対価」であると評価できるためには、従業員が提供した労務と当該給付との間に経済的合理性に基づいた対価関係がなければならないはずであり、そのようにいえるためには、従業員が提供した労務の質及び量と当該給付との間に厳密な比例関係は不要としても何らかの相関関係がなければならないものと解される。このことは、本件ストックオプションに企業への定着(他の企業に移籍しないこと)に対する対価という側面があるとしても、同様にいい得る事柄であって、企業への定着と当該給付との間には何らかの関連性ないし相関関係がなければならないものと解される。また、以上の点では、現行所得税法における給与所得と一時所得の位置付けという面からみても、同様にいい得る事柄である。
③ そこで、以上に基づいて検討するに、仮にXの日本K社における就労(ないし定着。以下同じ)が、米国K社の株価に反映され、Xの就労と株価上昇との間に一定の相関関係があるということができるならば、本件ストックオプションの権利行使時における株価と権利行使価格との差額、すなわち、権利行使利益は、Xの日本K社における就労が反映された結果であって、就労の対価であるとみる余地はあり得るかもしれない。しかしながら、従業員の就労は必ずしも企業の業績に反映されるとは限らない上に、株価は企業の業績ばかりでなく、その時々の経済状況や、その企業が属する業界の状況、株式市場の状況等様々な要素によって定まるものであることは周知の事実である。まして、本件で問題となっているのは、Xが就労している日本K社ではなく、その親会社である米国K社の株価なのであるから、Xの就労との関係は、より間接的で希薄なものになっているのであって、Xの就労と米国K社の株価上昇との間に相関関係が存在するということは困難であるといわざるを得ない。また、一定の期間の就労という条件が充たされ、本件ストックオプションに係る権利の行使が可能になった後において、権利を行使するかどうか、どの時期に行使するかは、専らXの判断に委ねられており、その判断によって権利行使利益の額が左右されることになるが、このようにして額が定まった権利行使利益は、使用者によって定められているものということができないことはもとより、従業員であるXの就労の価値によって定められたものでもなく、Xの投資判断という就労とはおよそ異なる要素によって定まるものといわざるを得ない。
④ 以上のように検討していくと、本件ストックオプションの権利行使利益を得られるかどうか、また、得られるとしてその額がどの程度になるのかは、米国K社の株価の推移という多分に偶然的な要素と、その権利を行使するXの投資判断という、Xの就労の質及び量とはおよそ異なる要素によって定まるものであって、むしろ、本件ストックオプションの運用益と評価すべきものであり、これを就労の対価とみることはできないものといわざるを得ない。
(4)当裁判所の見解は、本件ストックオプションについては、その付与時又は権利行使利益が可能になった時期に、その時点におけるオプションを課税標準として給与所得課税をすべきであるとするものではない。ストックオプションの本質が期待権であり、これを保有しているだけでは経済的利益が現実化しているとはいえない側面がある以上、単に本件ストックオプションが付与され、あるいはその権利が行使可能になっただけの段階においては、課税を控えるのが相当であるという考え方も十分にあり得るところであり、Y署長がそのような見解に立っているのであれば、それ自体は合理的なものであるということができる。しかしながら、そのような見解に立った以上、本件ストックオプションに対しては、給与所得としての課税を断念し、権利行使利益に対して一時所得課税を行うか、租特法29条の2のように法令上の手当てをし、課税の対象とその額の算定方法を明確化した上で、給与所得課税をすべきなのであり、そのような法令上の手当もしないまま、ストックオプションの権利行使利益に給与所得課税を行うことは、法律の解釈の限界を超えるものといわざるを得ないということをいっているのである。
(5)租特法29条の2の規定が、給与所得課税の例外規定として位置付けられていることは、Y署長が主張するとおりである。しかしながら、同条の規定そのものは、租特法上のストックオプションについての課税のあり方について定めを置いているにすぎず、ストックオプション一般について、上で検討したような問題、すなわち、ストックオプションそのものを給与所得とみるのか、権利行使利益を給与所得とみるのか、ストックオプションそのものを給与所得とみるとして、その価格を何に基づいて算定するのかといった問題を何ら解決しているものではない。したがって、この規定に基づいて、ストックオプション一般が給与所得であることが明らかにされたということができるかどうかにはそもそも疑問があるものといわざるを得ないし(むしろ、ストックオプションに対する課税に関しては、その対象や課税価格の算定について様々な問題点が存するところから、とりあえず、租特法上のストックオプションに限って、給与所得としての位置付けを与えた上で、課税の特例を定めたものと解することも可能である。)、仮に、租特法29条の2がストックオプションは給与所得に当たるとの前提で定められた規定であるとしても、前記のとおり、ストックオプションそのものは給与所得であり、そのオプション価格を対象として給与所得課税をすることは可能であるとの見解に立つならば、権利行使利益に対して給与所得課税を行うことはできないという前記の結論と、ストックオプションが給与所得に当たるという結論との間には何ら矛盾は生じないというべきである。
(6)Y署長は、仮に本件ストックオプションの権利行使利益が給与所得に当たらないとしても雑所得に当たるものと解すべきである旨主張する。しかしながら、その根拠は、本件ストックオプションの権利行使利益は就労の対価としての性質を有するというところにあるところ、この主張を採用することができないことは既に説示したとおりである。したがって、この点に関するY署長の主張も失当といわざるを得ない。
(7)以上に検討した点に照らしてみれば、本件ストックオプションの権利行使利益は、Xの就労の対価ではなく、その投資判断に基づく偶然的、偶発的所得であって、勤労性所得ではなく、ストックオプションという期待権に基づく資産性所得であり、回帰的に発生するとは限らないものとみるべきものであって、給与所得や雑所得とは異なっており、一時所得であるというほかないものであるから、これを給与所得であるとしてされた本件各更正は、その余の争点について判断するまでもなく、違法な点があるということになり、それを前提にしてされた本件各賦課決定も違法ということになる。
四、解説
はじめに
本件はいわゆるストックオプションに係る経済的利益の所得の種類が争われた最初の判決である。ストックオプションについては、いわゆるインセンティブ型報酬・給与の支給方法として、アメリカを中心に発展してきたものであるが(注1)、我が国においても、いわゆる新規事業法の改正、商法改正、租特法等の関係税法の改正等を経て、急速に拡充されつつある。
本件は、このようなストックオプションをめぐる制度とそれに対する課税の取扱いが変遷する中で、ストックオプションの権利を行使して得た利益が一時所得に当たるか給与所得に当たるかが争われたものであるが、国税庁側の課税の取扱いの変更(一時所得→給与所得)もあって、本訴が提訴される前から納税者と税務官庁との間で粉糾し、社会的にも注目されていた。
結局、本判決は、納税者側の主張を容認して本件ストックオプションによる権利行使利益が一時所得に当たるものと判断したが、それが近年特に注目されている藤山裁判長によるものであるだけに、大きな関心を呼んでいる。その後の反響では、本判決を支持するものが多いようであり、専門誌等の解説等においても、その結論については、ほとんどの論者が支持している(注2)。
しかしながら、ストックオプションの制度それ自体は、役員や使用人が会社の業績向上に貢献することに対するインセンティブ報酬制度としての性格を有するものであるから(注3)、ストックオプションが全く給与所得としての性格を帯びていないとも解せられない。もっとも、ストックオプションに係る課税の取扱いの変遷が、本判決における所得の種類についての判定に微妙な影響を及ぼしているものとも考えられる。
そこで、本稿では、ストックオプションに対する課税のあり方を考察しつつ、本判決の是非について検討することとする。
1 ストックオプション課税制度の変遷
(1)本件のように、ストックオプションに係る経済的利益の所得の種類が争われるようになった発端は、国税庁の課税の取扱いの改正にある。また、その改正は、我が国においてストックオプションが法制度(新規事業法及び商法の改正)として定着し、それに対応して課税制度が改正されてきたことに深くかかわっている。
すなわち、ストックオプションは、一般に、会社の役員や従業員等(以下「従業員等」という。)に対し、一定期間の勤続を条件として、一定の価格(権利行使価格)で自社株式(親会社の株式の場合もある。)を購入する権利を付与することを内容とするものである。我が国においては、平成7年11月の新規事業法の改正までは、新株発行等についての商法規制もあって、商法等の制約を受けない米国企業等が我が国子会社の従業員等のためにストックオプション制度を設けているにとどまった。
かくして、平成7年11月の新規事業法の改正によってストックオプション導入の道が開かれ、平成9年5月の商法改正により、新株引受権方式等によるストックオプション制度(同法280の19等)が一般化されることになった。更に、商法では、平成13年の改正(平成14年4月1日施行)により、従来のストックオプション制度として位置付けられていた新株引受権及び(自己)株式譲渡請求権に代えて、新株予約権制度(商法280の19)が導入された。この新株予約権制度は、付与対象者の制限廃止や譲渡制限の緩和を図るなどストックオプションとしての機能を一層拡充するとともに、証券取引法上の有価証券として位置付けられ、資金調達手段としての役割も強化されている。
(2)以上のようなストックオプションの法制度の変遷(拡充)に対応し、新株等を取得する権利が与えられた場合等の課税の法令上の規定と取扱いは、次のように改正されてきた。
① 平成8年改正前の所得税基本通達23~35共-6(以下「平成8年前通達」という。)は、次のように定めていた。
「新株等を取得する権利を与えられた場合の所得は、一時所得とする。ただし、当該発行法人の役員若しくは使用人又はこれらの者であった者に対し支給すべきであった給与又は退職手当等に代えて当該新株等を取得する権利を与えたと認められる場合には、給与所得又は退職所得とする。」
② 新規事業法が平成7年11月に改正されたことに対応し、ストックオプション制度導入の円滑化に資するため、平成8年度税制改正において、租特法29条の2において所定の要件を満たしたストックオプションについて次のような特例措置を設けた。
(イ)従業員等が新株を取得する権利を行使した場合には、その権利の行使時に生じた経済的利益には所得税を課さない。
(ロ)(イ)の特例の適用を受けて取得した株式を譲渡した場合には、当該株式の譲渡による所得については、株式等の申告分離課税(税率26%)を適用する。
③ 平成8年に改正された所得税基本通達23~35共-6(以下「平成8年通達」という。)は、前記①の取扱いを次のように改めた。
「新株等を取得する権利を与えられた場合の所得は、一時所得とする。ただし、当該発行法人の役員又は使用人に対しその地位又は職務等に関して当該新株等を取得する権利を与えたと認められる場合には給与所得とし、これらの者の退職に着目して当該新株等を取得する権利を与えたと認められる場合には退職所得とする。」
④ 平成9年の商法改正に対応し、租特法29条の2の規定が改正され、当該課税特例について所定の拡充措置(所得税法施行令84条等の改正を含む。)が設けられた。
⑤ 平成10年に改正された所得税基本通達23~35共-6(以下「平成10年通達」という。)は、前記③の取扱いを次のように改めた。
「イ、令第84条第1号又は第2号に掲げる権利を与えられた取締役又は使用人がこれを行使した場合 給与所得とする。ただし、・・・・主として職務の遂行に関連を有しない利益が供与されていると認められるときは、雑所得とする。
ロ、令第84条第3号に掲げる権利を与えられた者がこれを行使した場合 一時所得とする。ただし、当該発行法人の役員又は使用人に対しその地位又は職務等に関連して新株(これに準ずるものを含む。・・・・)を取得する権利が与えられたと認められるときは給与所得とし・・・・ 」
⑥ 平成14年に改正された所得税基本通達23~35共-6では、⑤の取扱いが一層明確にされた。
2 給与所得の意義とストックオプション
(1)所得税法上、給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいう(所法28①)。この場合、「これらの性質を有する給与」の解釈が問題となる。
この解釈に関し、最高裁昭和37年8月10日第二小法廷判決(民集16巻8号1749頁)は、「勤労者が勤労者たる地位にもとづいて使用者から受ける給付は、すべて右9条5号(編注=現行法28条1項)にいう給与所得を構成する」と判示しており、一般にも容認されている。また、給与所得の意義については、給与所得と事業所得の区分が争われた裁判例(注4)において判示される場合が多かった。その中でも代表的な最高裁昭和56年4月24日第二小法廷判決(民集35巻3号672頁)は、弁護士の顧問料収入が給与所得に当たるか事業所得に当たるかが争われた事案に関し、次のとおり判示している。
「事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ、反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいい、これに対し、給与所得とは雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した業務の対価として使用者から受ける給付をいう。なお、給与所得については、とりわけ、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならない。」
以上のように、ある収入が給与所得に当たるためには、「雇用契約又はこれに類する原因に基づき・・・・受ける給付」といえるか否かが最大の問題点となるが、本判決もこの解釈を前提にしている。
(2)次に、給与所得の金額の計算上収入金額とすべき金額は、原則として、「収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)」(所法36①)とされている。そして、金銭以外の経済的利益で収入する場合のその価額は、「当該物若しくは権利を取得し、又は当該利益を享受する時における価額とする。」(所法36②)とされている。
この経済的利益については、資産の無償又は低額による譲受け、土地、家屋の無償又は低額による借受け、金銭の無利息又は低率による借受け、債務免除等が挙げられる(所基通36-15参照)。本件で問題となっているストックオプションは、資産(権利)の無償又は低額による譲受けにほかならない。
また、これらの経済的利益の額は、「享受する時における価額」すなわち「時価」によって評価されることになるのであるが、その評価が極めて困難であり、特に、本件のようなストックオプションの評価が最も問題となる。
(3)ところで、ストックオプションについては、ストックオプションの付与時には、それを受ける従業員等に何らかの経済的価値(いわゆる公正価値)のある権利が与えられるから、その段階で経済的利益を享受したことになり、また、ストックオプションの行使により株式を取得した場合には、通常、当該株式の時価の方が取得価額(又は払込価額)よりも高額であろうから、当該時価と取得価額との差額について経済的利益として認識される。そして、当該株式の譲渡段階で、保有期間中の利益(損失)を含め、一連の所得が最終的に確定したことになる。
このような経済的利益については、付与段階では、当該公正価値の評価が困難であることや実現した所得としては疑義があることから、理論上の問題はともかく現状では課税関係は生じないが(注5)、権利の行使段階では、租特法29条の2の規定の要件を満たすいわゆる適格ストックオプションの場合(非課税)と当該要件を満たさない非適格ストックオプションの場合(課税)とで異にする。そして、譲渡段階では、株式の譲渡所得等として課税される。
次に、ストックオプションの費用的性格としては、それが役員報酬の一部として取り扱われたり、あるいはインセンティブ型報酬システムに組み込まれてきたことから、米国では、報酬(給与)的性格を有するものと認識されてきた(注6)。また、我が国のストックオプション導入の商法改正に当たっても、ストックオプションに係る経済的利益が「商法上の役員報酬」又は「労働基準法上の賃金」に直ちに当たらないとしても、実質的には報酬の一部に当たることが認識されていた(注7)。
3 給与所得と一時所得・雑所得との区分
(1)他方、一時所得については、所得税法上、「利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。」(所法34①)と定められている。
このように、一時所得とは、一時的、偶発的に生じた所得で、しかも、営利を目的とする継続性や役務等の対価性がなく、他の所得分類に該当しない所得であることにその特質がある。また、一時所得が区分されてきた沿革からみても、「一時所得は、それ自体積極的な内容をもった所得分類ではなく、他の所得類型に該当しない所得をいわば補充的に分類するカテゴリーである」(注8)ということになる。
実務上、所得税基本通達では、①懸賞の賞金品、②競馬の馬券の払戻金、③労働基準法114条の規定により支払われる付加金、④法人からの贈与により取得する金品、⑤借家人が受け取る立退料(譲渡所得に該当するもので除く。)等を挙げている(所基通34-1)。
(2)また、一時所得と他の所得との区分が裁判例で争われることが多いが、名古屋高裁昭和43年2月28日判決(税資52号337頁)は、前記の「所得以外の一時の所得」の意義について、次のとおり判示し、所得の源泉性、恒常性を強調している。
「所得源泉を有する所得以外の所得の趣旨と解すべきであり、従って所得発生の基盤となる一定の源泉から繰り返し収得されるものは一時所得でなく、又逆に右の如き所得源泉を有しない臨時的な所得は一時所得と解するのが相当である。しかしながら域行為若しくは状態が所得源泉とみられるかどうかは、結局所得の基礎の源泉性、恒常性によって区別するほかはない。」
なお、一時所得の認定事例としては、マンション建設予定地の近隣居住者がマンション建設者から支払を受けた金員(最高裁昭和56年4月23日第一小法廷判決・税資117号217頁)、保険料負担者が得た生命保険金(大阪高裁昭和57年9月17日判決・同127号818頁)、電力会社の委託検針員がその委託検針契約の解約に伴って受ける解約慰労金等(福岡地裁昭和62年7月21日判決・訟務月報34巻1号187頁)、土地整理組合から交付を受けた補償金(保留地の処分価額が予定価額を上回ったもの)(最高裁平成6年3月8日第三小法廷判決・税資200号894頁)等がある。これらの判決は、いずれも役務又は資産の対価性が乏しく、一時的に収得したものを一時所得と判断している。
(3)次に、本件で問題となっている雑所得については、所得税法上、「利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう。」(所法35①)と定められている。
すなわち、所得税法では、雑所得については特に定義を設けず、他の所得分類(定義)に該当しないものはすべて「雑所得」というカテゴリーに受けとめる方法を採っている。その意味では、雑所得は、一時所得との共通性が認められているが、継続的な所得源泉性、役務等の対価性等の面で一時所得と異なる性格を有している。
なお、一時所得と雑所得の区分が争われた事例としては、中元、歳暮名義の贈答、祝儀等の収入が、一般的に人の地位、職務行為に対処関連してなされる場合も含むのであり、かつ、反覆継続的になされた供与の一環であるから、一時所得ではなく雑所得に当たると認定した事例(東京地裁昭和45年4月7日判決・税資64号1700頁)等がある。
結局、給与所得又は一時所得若しくは雑所得の区分については、雇用契約又はこれに類する原因の存否、役務等の対価性、継続的な所得源泉の存否、偶発・一時性等がそれらの判断基準となっている。
4 本件ストックオプションの所得区分
(1)本件ストックオプションについて、本判決は、付与時までの就労に対する対価又は長期的就労による貢献を期待しての対価ということも可能であり、給与所得とすることも理論上可能であると判示しながらも、①そうであればその収入金額は付与時の公正価値とすること、②課税の対象となる権利行使利益の額は株価の上昇というたまたま生じた結果の一つであること、③本件ストックオプションに係る権利の行使をするか、また、どの時期に行使するかは、専らXの判断に委ねられており、その判断によって権利行使利益の額が左右されること、④租特法29条の2のような法令上の手当てもせずに給与所得課税を行うことは、法令の解釈の限界を超えていること、⑤本件ストックオプションが就労の対価としての性質を有しない以上、雑所得に当たらないこと、等の理由を挙げて、当該権利行使利益を一時所得に当たる旨判示している。
そして、このような判断については、現在までに公表されている見解によれば、その理由付けについては若干の異論があるようであるが、その結論については概ね支持(歓迎)されている(注9)。
(2)しかしながら、ストックオプションについては、①当該発行会社に対して何らかの役務を提供する者(従業員等)でなければ取得できないこと、②権利行使時においても、発行会社は、当該株式の時価と当該行使価額の差額について犠牲(①の役務提供の対価とみることも可能である。)を払っていること、③そうであるからこそ、欧米においてもストックオプションを報酬の一部として認識されており、我が国の商法改正の立法趣旨においてそのように解されていること、④法人税法施行令136条の4では、権利行使価額と当該株式の時価との差額について役員報酬等と認識していること、⑤給与所得、一時所得又は雑所得の区分においては、給与所得の性質を有している所得についてはその判定が優先されること、⑥本件における親会社と子会社の従業員との関係についても、前掲最高裁昭和56年判決がいう「雇用契約又はこれに類する原因」に当たると解する余地があること、⑦また、本判決は付与時であれば役務提供の対価性があるとするが、通常のストックオプションは付与後一定期間権利行使できず、その間、役務提供を通じて会社の業績向上(株価上昇)が期待されているから、権利行使利益も役務提供と相関関係があること、⑧租特法29条の2が設けられたのは、もともと給与所得としての性質を有する利益について課税の特例を設けたものであり、当該規定によって給与所得の性質が生じたものでないこと等から、その権利行使に係る経済的利益を給与所得とする方が妥当であると考えられる。
もっとも、本件ストックオプションについては、①発行会社が米国の親会社であるため、Xの役務提供とストックオプション取得との関係が間接的になること、②国税庁がかつては一時所得として課税していたものを通達の改正によって、しかも遡及して課税したこと等から、給与所得課税に疑義が生じることにもなる(注10)。
この課税の取扱いの変更については、ストックオプションの法制度の整備等に対応したもので相応に合理性を有するものと考えられ、本質的に給与所得性を有するものを給与所得として課税する取扱いに改めたものと認められる。したがって、給与所得課税に当たっては、本判決が判示するような新たな法的根拠を必要とするものとも考えられない(すなわち、本件においては、行政先例法は成立し得ないものと考えられる。)。
ただし、本件のような事実関係の下では、課税の取扱いの変更を納税者に対して明確に示した上で、遡及課税を回避した方がより妥当な解決方法であったともいえる。そのため、Y署長も、過少申告加算税の賦課決定については、平成8年分から平成10年分まで取消している。これは、国税通則法65条4項にいう「正当な理由」を容認したものであろうが、X側は、本税についても信義則違反を主張している。
なお、親会社と子会社の従業員との関係については、前述の「・・・・これに類する原因」とみる余地もあり、それが給与所得性を否定する絶対的根拠でないことは前述した。
5 本判決の意義と問題点
(1)本判決は、本訴提起以降何かと話題を提供してきた事案につき、最近年相次いで課税処分を取り消してきて納税者の味方とも言われる藤山裁判長によるものだけに、判決前から多いに注目されていた。そして、藤山裁判長は、期待どおりに(?)、本件ストックオプションに係る経済的利益を一時所得に当たると認定し、本件各更正を取り消し、“藤山判例”に一ページを添えた。
確かに、従前の租税訴訟においては、納税者側が勝訴できるのはせいぜい数パーセントに過ぎないため、不服申立制度を含めた租税争訟制度自体の当否が問題視されたり、納税者側に無力感が漂うことが多かった。その意味では、最近年の藤山判決は、租税訴訟制度に一種のカンフル剤を提供してきたとも言える。
しかしながら、藤山判決には、従来の裁判例の考え方とは異なった判示が多くみられるが、それはそれで従来の裁判例の考え方に従って納税申告をしてきた納税者の法的安定性と予測可能性を害することにもなる。そのため、藤山判決の真の評価は、その判決が上訴審でも維持され、“判例”として支持されるか否かにかかっている。それは、本判決についても言えることである。
(2)すなわち、本判決はストックオプションに係る経済的利益を一時所得と認定したものであるが、そこには多くの問題点が存することを指摘した。すなわち、ストックオプションの制度は、経営上の観点から言えば、従業員等の勤労意欲と会社貢献を高めるために考案されたものであり、それに係る経済的利益の供与は、それらの役務提供の対価としての性質が最も強い。また、その経済的利益の供与は、本判決が判示するように何も偶発的な株価上昇と従業員等の経済判断のみによって持たらされるわけでなく、発行会社の関係者でなければその権利を取得できず、しかも、権利付与後の一定期間役務提供した後でなければ権利行使はできず、かつ、発行会社においても当該株式の時価と権利行使価額との差額について経済的犠牲を支払うもの(役務提供等に対する対価の支払)でもある。
そうであるからこそ、米国においては、ストックオプションに係る経済的利益供与の損金性を容認しており、我が国の企業会計においても、その費用処理が具体化しつつある。この場合の費用性は、偶発的な損失ではなく、何らかの対価性を容認するものであり、その対価は従業員等の役務提供等に対するものと解するのが極めて自然である。然すれば、前述の給与所得、一時所得及び雑所得に関する所得税法の規定とその解釈論に照らせば、ストックオプションに係る経済的利益は、給与所得としての性質が最も強く、次いで雑所得の性質があり(特に、役員又は従業員以外の者が取得した場合)、一時所得としての性質は完全に否定はできないものの最も薄いものと言える。
(3)もっとも、本件においては、前述のように、国税庁の取扱いに幾度かの変更があり、その変更が納税者側に明確に示されてきたとも言い難い状況が認められる中で、遡及して課税されてきたという事情があるようである。このような事情の下では、本件各更正の一部(例えば、給与所得としての取扱いが一層明確にされた平成10年前の各更正)について違法性が生じることも考えられ、Xは、信義則違反を主張している。
もっとも、このような手続上の違法問題は、それに関した厳格な事実認定を必要とするものであるが、本判決に表われている事実関係のみでは判断しかねる。上訴審での一層の審理が必要であるように考えられる。
なお、本判決が出されたことにより、既に給与所得として修正申告等をした納税者が、本判決を理由に国税通則法23条2項1号に基づく更正の請求をできるか、当該修正申告等が税務職員の誤指導に基づくもの等として無効確認の訴が提起できるか、が取り沙汰されているようである。このような問題は、東京高裁昭和54年6月26日判決(行裁例集30巻6号1167頁)が、土地取得に要した借入金利息を当該土地の取得費に当たることを初めて容認した時にも問題になったことがある。この件に関しては、京都地裁昭和56年11月20日判決(税資121号374頁)が、「このように法令の解釈について判例により新判断が示された場合又は通達の改正があった場合を右後発的理由ということはできない。」と判示しており、本件にも参考になろう。
(注1)中村実他「米国インセンティブ型報酬システムと日本導入における課題」『経営研究(野村総合研究所)』(1999年1月)20頁参照
(注2)三木義一「ストックオプション地裁判決とその問題点」税理46巻2号10頁、大渕博義ほか7名「私はこう見る、こう読む!「ストックオプション事件」」速報税理15年1月11日号18頁等参照
(注3)品川芳宣「ストック・オプションの課税処理とその問題点」『税法の課題と超克』(山田二郎先生古希記念論文集)162頁、同「インセンティブ報酬制度導入の必要性と問題点」『役員報酬の税務事例研究』(財経詳報社)589頁等参照
(注4)東京地裁昭和43年4月25日判決(税資52号731頁)、東京高裁昭和47年9月14日判決(同66号245頁)、横浜地裁昭和50年4月1日判決(同87号19頁)、東京高裁昭和51年10月18日判決(同90号213頁)、東京地裁昭和52年7月27日判決(同95号222頁)、東京高裁昭和53年4月11日判決(同101号99頁)、最高裁昭和53年8月29日第三小法廷判決(同102号281頁)、東京高裁昭和56年2月25日判決(同116号359頁)、最高裁昭和56年4月24日第二小法廷判決(民集35巻3号672頁)、盛岡地裁平成11年4月16日判決(税資242号145頁)、仙台高裁平成11年10月27日判決等参照
(注5)品川芳宣「第6章 税法との関係」『ストック・オプション等の会計をめぐる論点』(財団法人企業財務制度研究会、1999年7月)473頁、前出(注3)等参照
(注6)前出(注1)2頁、前出(注5)374頁等参照。
(注7)吉川満「ストック・オプションの費用計上をめぐる会計問題」大和レビュー・2003年新春号14頁等参照
(注8)注解所得税法研究会編「注解 所得税法 増補改訂版」大蔵財務協会646頁
(注9)前出(注2)参照
(注10)前出(注2)において本判決を支持する見解も、この課税の取扱いの改正を強制したことを批判するものが多い。
外国親会社から付与されたストックオプションの権利行使利益は一時所得か?
Date
東京地裁平成13年(行ウ)第44号、第212号
平成14年11月26日判決
品川 芳宣
筑波大学大学院教授
Shinagawa Yoshinobu
The professor of the University of Tsukuba graduate school
一、事実
(1)X(原告)は、内国法人である日本K社の従業員であった者であるが、日本K社の親会社である米国テキサス州所在の米国K社(日本K社の株式を100%保有)から、入社直後の平成3年10月以降数回にわたっていわゆるストックオプション(以下「本件ストックオプション」という。)を付与された。
本件ストックオプションは、1989年エクイティ・インセンティブ・プランと称されるものに基づくものであり、その目的は、米国K社と関連会社の選択された従業員に、会社の成長と業績を通じて利益を得ること及び会社の将来の成功に貢献させる誘因を生み出すことを奨励し、その結果、株主の利益のために会社の価値を増大させ、会社と関連会社の発展、成長及び利益を保持するのに有能な人材を引き付け、留め置くことにある。
本件ストックオプションは、いかなる従業員(米国K社及びその関連会社の従業員をいう。)も参加者として選定される適格性を有する者とされ、参加者は委員会(取締役会の人事委員会を意味する。)が選定する。オプションとは、委員会が定めた価格により、委員会が定めた期間内に参加者が株式の購入を許容することを認める権利をいう。本件ストックオプションは、非適格ストックオプション(米国証券取引法422条に合致)として、米国K社取締役会による報酬委員会がXへの付与を決定したものである。
(2)Xは、平成8年ないし平成11年に、それぞれ本件ストックオプションに係る権利を次表のとおり行使して米国K社の普通株式を取得し、これを売却して利益を得た。そして、この利益(1株当たりの金額は、結局、権利行使日における米国K社の株式価格と権利行使価格との差額となる。以下、この差額を「権利行使利益」という。)を一時所得に当たるものとして、次表のとおりその金額を記載して所得税の確定申告をした。
表 |
| | | |
株 | 千円 | 千円 | |
平成8年分 | 8,960 | 35,170 | 17,614 |
平成9年分 | 2,075 | 14,426 | 6,960 |
平成10年分 | 60,418 | 210,462 | 104,866 |
平成11年分 | 5,124 | 20,034 | 9,721 |
これに対し、Y署長(被告)は、前記権利行使利益は給与所得に当たるとして、平成12年3月9日付で、平成8年分ないし平成10年分所得税につき、各更正を行い(第44号事件)、平成12年11月8日付で、平成11年分所得税につき更正(第212号事件、以下各更正を合わせて「本件各更正」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件賦課決定」という。)をした。Xは、本件各更正等を不服として、前審手続を経て、本訴を提起した。
二、争点と当事者の主張
1 争点
本件の争点は、主として、①Xが本件ストックオプションの行使によって得た利益(権利行使利益)の所得区分、すなわち、これを給与所得又は雑所得として課税すべきか、一時所得として課税すべきかが争われ、そのほか、②本件各更正に理由付記不備の違法があるか、③本件各更正及び本件賦課決定が信義則に反する違法なものであるかが争われたが、①の請求が認められたため、②及び③は不問とされた。
2 Y署長の主張
(1)給与所得の概念は、勤労性所得(人的役務からの所得)のうち非独立的労働又は従属的労働の対価を意味するものということになる。この概念からすれば、給与所得の要件は、①就労の対価であること(対価性要件)、②その役務の提供が、非独立的労働又は従属的労働であること(雇用類似要件)となり、資産性所得や一時所得と区別するための要件である①の対価性要件についてみれば、その所得の名目や法形式のみによることなく、「使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価」と認められるものであれば足りるとみるべきである。これによれば、雇用契約や事業に付随して贈与を受けた場合にも、それが「使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価」と認められるものであれば給与所得に当たるというべきである。
(2)本件ストックオプションのように、親会社と子会社の一定の従業員との間で締結されたとしても、そのようなオプションの付与がインセンティブとなって、当該従業員が業務において高度の貢献をするべく努力し、それにより子会社の業績が向上すれば、親会社の利益となり、ひいては付与されるストックオプションの権利行使利益として実現されるということが付与契約の当事者に認識されるものであるし、一般に、当該従業員等が子会社と一定期間雇用関係を継続することがその付与の条件とされているのであり、これを上記の対価性要件についてみるに、子会社従業員等からみれば、一定期間子会社の指揮命令に服して労務を提供することによりストックオプションの権利行使利益が得られるのであるから、これが子会社の指揮命令に服して提供した労務の対価(給与所得)として得られるものであることは明らかである。
本件ストックオプション付与契約の趣旨は、Xが日本K社に勤務し、同社に対し、役務を提供することを基礎として、米国K社が当該就労の対価として、株式の権利行使時における時価と権利行使価格との差額に相当する経済的利益を与える趣旨のものと認められる。
(3)平成8年に制定された租税特別措置法(以下「租特法」という。)29条の2が、ストックオプションに係る経済的利益の給与所得課税の例外規定として位置付けられることからも、本件ストックオプションは、給与所得に該当する。
(4)本件ストックオプションの権利行使利益は、仮に給与所得でないとしても、それがXの就労と対価性を有することは明らかであるから、雑所得に該当する。
3 Xの主張
(1)本件ストックオプションを含む多くのストックオプションにおいて、行使価格は付与時の同社の株式の時価で設定されており、また、多くの会社において行使可能になるまでの期間制限を設けているため、付与を受けた時点ですぐに利益を得られるわけではなく、また、行使制限がなくなった後でも、株価が付与時の株価を上回っている保障はなく、行使によって利益を得られるかは極めて不確実である。また、仮に利益が得られたとしても、Xの精勤以外の様々の要因によってもたらされるその利益は、株価の変動によって乱高下するものである。このような得られるかどうかも不分明で、かつ、株式市場の動向など様々な要因によって収入金額が大きく変動する所得が、従業員であるXの「精勤」と対価関係に立つ利益であるとはいい得ない。また、旧労働省及び法務省の担当官の国会答弁においても、ストックオプションの労働の対価性は否定されている。
(2)本件においては、Xと日本K社との間には、雇用契約という法律関係が存在し、Xは同社の指揮命令に服し、支配従属関係の下で労務を提供しているが、Xと米国K社との間には、雇用契約もこれに類する契約関係もないから形式的な契約形式として雇用契約等が存在しないのはいうまでもなく、また、同社からの指揮命令により特定の人的役務を提供したこともなく、実質的にみても雇用契約等に類する法律関係は存在しない。もともと、自社のストックオプションの行使利益でさえも給与所得とはなり得ず、なおさら、直接、雇用契約等のない米国K社からの本件ストックオプションの行使利益が形式的に給与所得に該当しないのは自明のことである。
(3)一時所得は、生命保険契約に基づく一時金や時効利益による利益など、その実現が不確実で一時期に発生するものを広く含んでおり、偶発性が一時所得とされる所得の最も特徴的な性質であるといえる。そして、前記のとおり、ストックオプションの権利行使利益についても、所得の発生及び実現についてはまさに偶発性が認められるものであるから、一時所得に分類されている他の利得との間で異同はない。また、ストックオプションの権利行使利益が「対価性」を有していない以上、同利益は雑所得には該当しない。
三、判決要旨
請求認容。
(1)所得税法28条1項にいう給与所得とは、雇用契約またはこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付の意味であり、このような給与所得に当たるかどうかを判断をするに当たっては、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし、断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重要な要素になるものと解される(以下、ここで定義した意味での対価を「就労の対価」ということがある。)。
(2)本件ストックオプションそのものは、付与時までの就労に対する対価として、又はXの長期的就労による貢献を期待し、その対価として与えられたものということは可能であり、したがって、これを給与所得として課税の対象にすることは、理論上可能であると解される。しかしながら、このように考えた場合の本件ストックオプションによる収入金額は、本件ストックオプションを取得したときにおける価額、すなわち、オプション価格となるはずである(所法36②①。なお、同法施行令84条の規定は、本件ストックオプションのオプションには適用されない。)ところ、本件ストックオプションのオプション価格の算定とは、米国K社の株式が将来様々な値動きをする可能性があることを総合的に考慮した上で、将来の一定期間内に、一定の権利行使価格でこれを取得する権利を取得することにどの程度の経済的価値があるものと評価するかという観点から検討されるべき問題であり、いわば期待権の価値をどのように評価するかという問題として理解されるべきものである。これに対し、権利行使利益とは、様々な可能性がある中で、たまたま生じた結果の一つにすぎないのであるから、これをオプション価格とみるべきであるというのは、1億円の宝くじが当たった後になって、当該宝くじの販売価格は1億円と評価すべきであるというのに等しい。また、同一の時期に付与され、同一の時期に権利行使が可能になったストックオプションであっても、実際の権利行使時期が異なれば権利行使利益も異なることになるが、上記の見解によれば、その異なる権利行使利益の額が、いずれも当該ストックオプションの価額であることにならなければならないのであるから、そのような見解は、一物に二価、三価があることを認めるにもほかならないこととなる。要するに、このような見解は、オプション価格の算定について根本的な誤解をしているものといわざるを得ず、到底採用できるものではない。
(3)次に、本件ストックオプションの権利行使利益そのものが就労の対価であるとの見解が成り立ち得るものであるかどうかが問題となるが、結論からいえば、このような見解も成り立ち得ないものであるといわざるを得ない。その理由は、次のとおりである。
① 本件ストックオプションそのものに着目する以上、その権利は、遅くとも、一定期間の就労という条件が充たされ、権利行使が可能になった時期には完全に従業員であるXに移転しており、権利行使利益は、Xが取得した権利を運用して得た利益であるというべきであるから、これを給与に当たるとすることは困難であるといわざるを得ない。Y署長の主張中には、権利行使利益の源泉は本件ストックオプションであり、本件ストックオプションそのものは、就労の対価と評価できるものなのであるから、これに由来する権利行使利益も就労の対価とみてよいという趣旨に受け取れる部分もあるけれども、このような見解に立った場合には、従業員が会社から就労の対価として何らかの給与を受けた場合に、その給付されたものばかりでなく、その運用益等に対しても際限なく給与所得として課税の対象とすることが許されるということにもなりかねず、採用することはできないものといわざるを得ない。
② 給与所得は、雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいうものである。そして、労務の「対価」であると評価できるためには、従業員が提供した労務と当該給付との間に経済的合理性に基づいた対価関係がなければならないはずであり、そのようにいえるためには、従業員が提供した労務の質及び量と当該給付との間に厳密な比例関係は不要としても何らかの相関関係がなければならないものと解される。このことは、本件ストックオプションに企業への定着(他の企業に移籍しないこと)に対する対価という側面があるとしても、同様にいい得る事柄であって、企業への定着と当該給付との間には何らかの関連性ないし相関関係がなければならないものと解される。また、以上の点では、現行所得税法における給与所得と一時所得の位置付けという面からみても、同様にいい得る事柄である。
③ そこで、以上に基づいて検討するに、仮にXの日本K社における就労(ないし定着。以下同じ)が、米国K社の株価に反映され、Xの就労と株価上昇との間に一定の相関関係があるということができるならば、本件ストックオプションの権利行使時における株価と権利行使価格との差額、すなわち、権利行使利益は、Xの日本K社における就労が反映された結果であって、就労の対価であるとみる余地はあり得るかもしれない。しかしながら、従業員の就労は必ずしも企業の業績に反映されるとは限らない上に、株価は企業の業績ばかりでなく、その時々の経済状況や、その企業が属する業界の状況、株式市場の状況等様々な要素によって定まるものであることは周知の事実である。まして、本件で問題となっているのは、Xが就労している日本K社ではなく、その親会社である米国K社の株価なのであるから、Xの就労との関係は、より間接的で希薄なものになっているのであって、Xの就労と米国K社の株価上昇との間に相関関係が存在するということは困難であるといわざるを得ない。また、一定の期間の就労という条件が充たされ、本件ストックオプションに係る権利の行使が可能になった後において、権利を行使するかどうか、どの時期に行使するかは、専らXの判断に委ねられており、その判断によって権利行使利益の額が左右されることになるが、このようにして額が定まった権利行使利益は、使用者によって定められているものということができないことはもとより、従業員であるXの就労の価値によって定められたものでもなく、Xの投資判断という就労とはおよそ異なる要素によって定まるものといわざるを得ない。
④ 以上のように検討していくと、本件ストックオプションの権利行使利益を得られるかどうか、また、得られるとしてその額がどの程度になるのかは、米国K社の株価の推移という多分に偶然的な要素と、その権利を行使するXの投資判断という、Xの就労の質及び量とはおよそ異なる要素によって定まるものであって、むしろ、本件ストックオプションの運用益と評価すべきものであり、これを就労の対価とみることはできないものといわざるを得ない。
(4)当裁判所の見解は、本件ストックオプションについては、その付与時又は権利行使利益が可能になった時期に、その時点におけるオプションを課税標準として給与所得課税をすべきであるとするものではない。ストックオプションの本質が期待権であり、これを保有しているだけでは経済的利益が現実化しているとはいえない側面がある以上、単に本件ストックオプションが付与され、あるいはその権利が行使可能になっただけの段階においては、課税を控えるのが相当であるという考え方も十分にあり得るところであり、Y署長がそのような見解に立っているのであれば、それ自体は合理的なものであるということができる。しかしながら、そのような見解に立った以上、本件ストックオプションに対しては、給与所得としての課税を断念し、権利行使利益に対して一時所得課税を行うか、租特法29条の2のように法令上の手当てをし、課税の対象とその額の算定方法を明確化した上で、給与所得課税をすべきなのであり、そのような法令上の手当もしないまま、ストックオプションの権利行使利益に給与所得課税を行うことは、法律の解釈の限界を超えるものといわざるを得ないということをいっているのである。
(5)租特法29条の2の規定が、給与所得課税の例外規定として位置付けられていることは、Y署長が主張するとおりである。しかしながら、同条の規定そのものは、租特法上のストックオプションについての課税のあり方について定めを置いているにすぎず、ストックオプション一般について、上で検討したような問題、すなわち、ストックオプションそのものを給与所得とみるのか、権利行使利益を給与所得とみるのか、ストックオプションそのものを給与所得とみるとして、その価格を何に基づいて算定するのかといった問題を何ら解決しているものではない。したがって、この規定に基づいて、ストックオプション一般が給与所得であることが明らかにされたということができるかどうかにはそもそも疑問があるものといわざるを得ないし(むしろ、ストックオプションに対する課税に関しては、その対象や課税価格の算定について様々な問題点が存するところから、とりあえず、租特法上のストックオプションに限って、給与所得としての位置付けを与えた上で、課税の特例を定めたものと解することも可能である。)、仮に、租特法29条の2がストックオプションは給与所得に当たるとの前提で定められた規定であるとしても、前記のとおり、ストックオプションそのものは給与所得であり、そのオプション価格を対象として給与所得課税をすることは可能であるとの見解に立つならば、権利行使利益に対して給与所得課税を行うことはできないという前記の結論と、ストックオプションが給与所得に当たるという結論との間には何ら矛盾は生じないというべきである。
(6)Y署長は、仮に本件ストックオプションの権利行使利益が給与所得に当たらないとしても雑所得に当たるものと解すべきである旨主張する。しかしながら、その根拠は、本件ストックオプションの権利行使利益は就労の対価としての性質を有するというところにあるところ、この主張を採用することができないことは既に説示したとおりである。したがって、この点に関するY署長の主張も失当といわざるを得ない。
(7)以上に検討した点に照らしてみれば、本件ストックオプションの権利行使利益は、Xの就労の対価ではなく、その投資判断に基づく偶然的、偶発的所得であって、勤労性所得ではなく、ストックオプションという期待権に基づく資産性所得であり、回帰的に発生するとは限らないものとみるべきものであって、給与所得や雑所得とは異なっており、一時所得であるというほかないものであるから、これを給与所得であるとしてされた本件各更正は、その余の争点について判断するまでもなく、違法な点があるということになり、それを前提にしてされた本件各賦課決定も違法ということになる。
四、解説
はじめに
本件はいわゆるストックオプションに係る経済的利益の所得の種類が争われた最初の判決である。ストックオプションについては、いわゆるインセンティブ型報酬・給与の支給方法として、アメリカを中心に発展してきたものであるが(注1)、我が国においても、いわゆる新規事業法の改正、商法改正、租特法等の関係税法の改正等を経て、急速に拡充されつつある。
本件は、このようなストックオプションをめぐる制度とそれに対する課税の取扱いが変遷する中で、ストックオプションの権利を行使して得た利益が一時所得に当たるか給与所得に当たるかが争われたものであるが、国税庁側の課税の取扱いの変更(一時所得→給与所得)もあって、本訴が提訴される前から納税者と税務官庁との間で粉糾し、社会的にも注目されていた。
結局、本判決は、納税者側の主張を容認して本件ストックオプションによる権利行使利益が一時所得に当たるものと判断したが、それが近年特に注目されている藤山裁判長によるものであるだけに、大きな関心を呼んでいる。その後の反響では、本判決を支持するものが多いようであり、専門誌等の解説等においても、その結論については、ほとんどの論者が支持している(注2)。
しかしながら、ストックオプションの制度それ自体は、役員や使用人が会社の業績向上に貢献することに対するインセンティブ報酬制度としての性格を有するものであるから(注3)、ストックオプションが全く給与所得としての性格を帯びていないとも解せられない。もっとも、ストックオプションに係る課税の取扱いの変遷が、本判決における所得の種類についての判定に微妙な影響を及ぼしているものとも考えられる。
そこで、本稿では、ストックオプションに対する課税のあり方を考察しつつ、本判決の是非について検討することとする。
1 ストックオプション課税制度の変遷
(1)本件のように、ストックオプションに係る経済的利益の所得の種類が争われるようになった発端は、国税庁の課税の取扱いの改正にある。また、その改正は、我が国においてストックオプションが法制度(新規事業法及び商法の改正)として定着し、それに対応して課税制度が改正されてきたことに深くかかわっている。
すなわち、ストックオプションは、一般に、会社の役員や従業員等(以下「従業員等」という。)に対し、一定期間の勤続を条件として、一定の価格(権利行使価格)で自社株式(親会社の株式の場合もある。)を購入する権利を付与することを内容とするものである。我が国においては、平成7年11月の新規事業法の改正までは、新株発行等についての商法規制もあって、商法等の制約を受けない米国企業等が我が国子会社の従業員等のためにストックオプション制度を設けているにとどまった。
かくして、平成7年11月の新規事業法の改正によってストックオプション導入の道が開かれ、平成9年5月の商法改正により、新株引受権方式等によるストックオプション制度(同法280の19等)が一般化されることになった。更に、商法では、平成13年の改正(平成14年4月1日施行)により、従来のストックオプション制度として位置付けられていた新株引受権及び(自己)株式譲渡請求権に代えて、新株予約権制度(商法280の19)が導入された。この新株予約権制度は、付与対象者の制限廃止や譲渡制限の緩和を図るなどストックオプションとしての機能を一層拡充するとともに、証券取引法上の有価証券として位置付けられ、資金調達手段としての役割も強化されている。
(2)以上のようなストックオプションの法制度の変遷(拡充)に対応し、新株等を取得する権利が与えられた場合等の課税の法令上の規定と取扱いは、次のように改正されてきた。
① 平成8年改正前の所得税基本通達23~35共-6(以下「平成8年前通達」という。)は、次のように定めていた。
「新株等を取得する権利を与えられた場合の所得は、一時所得とする。ただし、当該発行法人の役員若しくは使用人又はこれらの者であった者に対し支給すべきであった給与又は退職手当等に代えて当該新株等を取得する権利を与えたと認められる場合には、給与所得又は退職所得とする。」
② 新規事業法が平成7年11月に改正されたことに対応し、ストックオプション制度導入の円滑化に資するため、平成8年度税制改正において、租特法29条の2において所定の要件を満たしたストックオプションについて次のような特例措置を設けた。
(イ)従業員等が新株を取得する権利を行使した場合には、その権利の行使時に生じた経済的利益には所得税を課さない。
(ロ)(イ)の特例の適用を受けて取得した株式を譲渡した場合には、当該株式の譲渡による所得については、株式等の申告分離課税(税率26%)を適用する。
③ 平成8年に改正された所得税基本通達23~35共-6(以下「平成8年通達」という。)は、前記①の取扱いを次のように改めた。
「新株等を取得する権利を与えられた場合の所得は、一時所得とする。ただし、当該発行法人の役員又は使用人に対しその地位又は職務等に関して当該新株等を取得する権利を与えたと認められる場合には給与所得とし、これらの者の退職に着目して当該新株等を取得する権利を与えたと認められる場合には退職所得とする。」
④ 平成9年の商法改正に対応し、租特法29条の2の規定が改正され、当該課税特例について所定の拡充措置(所得税法施行令84条等の改正を含む。)が設けられた。
⑤ 平成10年に改正された所得税基本通達23~35共-6(以下「平成10年通達」という。)は、前記③の取扱いを次のように改めた。
「イ、令第84条第1号又は第2号に掲げる権利を与えられた取締役又は使用人がこれを行使した場合 給与所得とする。ただし、・・・・主として職務の遂行に関連を有しない利益が供与されていると認められるときは、雑所得とする。
ロ、令第84条第3号に掲げる権利を与えられた者がこれを行使した場合 一時所得とする。ただし、当該発行法人の役員又は使用人に対しその地位又は職務等に関連して新株(これに準ずるものを含む。・・・・)を取得する権利が与えられたと認められるときは給与所得とし・・・・ 」
⑥ 平成14年に改正された所得税基本通達23~35共-6では、⑤の取扱いが一層明確にされた。
2 給与所得の意義とストックオプション
(1)所得税法上、給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいう(所法28①)。この場合、「これらの性質を有する給与」の解釈が問題となる。
この解釈に関し、最高裁昭和37年8月10日第二小法廷判決(民集16巻8号1749頁)は、「勤労者が勤労者たる地位にもとづいて使用者から受ける給付は、すべて右9条5号(編注=現行法28条1項)にいう給与所得を構成する」と判示しており、一般にも容認されている。また、給与所得の意義については、給与所得と事業所得の区分が争われた裁判例(注4)において判示される場合が多かった。その中でも代表的な最高裁昭和56年4月24日第二小法廷判決(民集35巻3号672頁)は、弁護士の顧問料収入が給与所得に当たるか事業所得に当たるかが争われた事案に関し、次のとおり判示している。
「事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ、反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいい、これに対し、給与所得とは雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した業務の対価として使用者から受ける給付をいう。なお、給与所得については、とりわけ、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならない。」
以上のように、ある収入が給与所得に当たるためには、「雇用契約又はこれに類する原因に基づき・・・・受ける給付」といえるか否かが最大の問題点となるが、本判決もこの解釈を前提にしている。
(2)次に、給与所得の金額の計算上収入金額とすべき金額は、原則として、「収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)」(所法36①)とされている。そして、金銭以外の経済的利益で収入する場合のその価額は、「当該物若しくは権利を取得し、又は当該利益を享受する時における価額とする。」(所法36②)とされている。
この経済的利益については、資産の無償又は低額による譲受け、土地、家屋の無償又は低額による借受け、金銭の無利息又は低率による借受け、債務免除等が挙げられる(所基通36-15参照)。本件で問題となっているストックオプションは、資産(権利)の無償又は低額による譲受けにほかならない。
また、これらの経済的利益の額は、「享受する時における価額」すなわち「時価」によって評価されることになるのであるが、その評価が極めて困難であり、特に、本件のようなストックオプションの評価が最も問題となる。
(3)ところで、ストックオプションについては、ストックオプションの付与時には、それを受ける従業員等に何らかの経済的価値(いわゆる公正価値)のある権利が与えられるから、その段階で経済的利益を享受したことになり、また、ストックオプションの行使により株式を取得した場合には、通常、当該株式の時価の方が取得価額(又は払込価額)よりも高額であろうから、当該時価と取得価額との差額について経済的利益として認識される。そして、当該株式の譲渡段階で、保有期間中の利益(損失)を含め、一連の所得が最終的に確定したことになる。
このような経済的利益については、付与段階では、当該公正価値の評価が困難であることや実現した所得としては疑義があることから、理論上の問題はともかく現状では課税関係は生じないが(注5)、権利の行使段階では、租特法29条の2の規定の要件を満たすいわゆる適格ストックオプションの場合(非課税)と当該要件を満たさない非適格ストックオプションの場合(課税)とで異にする。そして、譲渡段階では、株式の譲渡所得等として課税される。
次に、ストックオプションの費用的性格としては、それが役員報酬の一部として取り扱われたり、あるいはインセンティブ型報酬システムに組み込まれてきたことから、米国では、報酬(給与)的性格を有するものと認識されてきた(注6)。また、我が国のストックオプション導入の商法改正に当たっても、ストックオプションに係る経済的利益が「商法上の役員報酬」又は「労働基準法上の賃金」に直ちに当たらないとしても、実質的には報酬の一部に当たることが認識されていた(注7)。
3 給与所得と一時所得・雑所得との区分
(1)他方、一時所得については、所得税法上、「利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。」(所法34①)と定められている。
このように、一時所得とは、一時的、偶発的に生じた所得で、しかも、営利を目的とする継続性や役務等の対価性がなく、他の所得分類に該当しない所得であることにその特質がある。また、一時所得が区分されてきた沿革からみても、「一時所得は、それ自体積極的な内容をもった所得分類ではなく、他の所得類型に該当しない所得をいわば補充的に分類するカテゴリーである」(注8)ということになる。
実務上、所得税基本通達では、①懸賞の賞金品、②競馬の馬券の払戻金、③労働基準法114条の規定により支払われる付加金、④法人からの贈与により取得する金品、⑤借家人が受け取る立退料(譲渡所得に該当するもので除く。)等を挙げている(所基通34-1)。
(2)また、一時所得と他の所得との区分が裁判例で争われることが多いが、名古屋高裁昭和43年2月28日判決(税資52号337頁)は、前記の「所得以外の一時の所得」の意義について、次のとおり判示し、所得の源泉性、恒常性を強調している。
「所得源泉を有する所得以外の所得の趣旨と解すべきであり、従って所得発生の基盤となる一定の源泉から繰り返し収得されるものは一時所得でなく、又逆に右の如き所得源泉を有しない臨時的な所得は一時所得と解するのが相当である。しかしながら域行為若しくは状態が所得源泉とみられるかどうかは、結局所得の基礎の源泉性、恒常性によって区別するほかはない。」
なお、一時所得の認定事例としては、マンション建設予定地の近隣居住者がマンション建設者から支払を受けた金員(最高裁昭和56年4月23日第一小法廷判決・税資117号217頁)、保険料負担者が得た生命保険金(大阪高裁昭和57年9月17日判決・同127号818頁)、電力会社の委託検針員がその委託検針契約の解約に伴って受ける解約慰労金等(福岡地裁昭和62年7月21日判決・訟務月報34巻1号187頁)、土地整理組合から交付を受けた補償金(保留地の処分価額が予定価額を上回ったもの)(最高裁平成6年3月8日第三小法廷判決・税資200号894頁)等がある。これらの判決は、いずれも役務又は資産の対価性が乏しく、一時的に収得したものを一時所得と判断している。
(3)次に、本件で問題となっている雑所得については、所得税法上、「利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう。」(所法35①)と定められている。
すなわち、所得税法では、雑所得については特に定義を設けず、他の所得分類(定義)に該当しないものはすべて「雑所得」というカテゴリーに受けとめる方法を採っている。その意味では、雑所得は、一時所得との共通性が認められているが、継続的な所得源泉性、役務等の対価性等の面で一時所得と異なる性格を有している。
なお、一時所得と雑所得の区分が争われた事例としては、中元、歳暮名義の贈答、祝儀等の収入が、一般的に人の地位、職務行為に対処関連してなされる場合も含むのであり、かつ、反覆継続的になされた供与の一環であるから、一時所得ではなく雑所得に当たると認定した事例(東京地裁昭和45年4月7日判決・税資64号1700頁)等がある。
結局、給与所得又は一時所得若しくは雑所得の区分については、雇用契約又はこれに類する原因の存否、役務等の対価性、継続的な所得源泉の存否、偶発・一時性等がそれらの判断基準となっている。
4 本件ストックオプションの所得区分
(1)本件ストックオプションについて、本判決は、付与時までの就労に対する対価又は長期的就労による貢献を期待しての対価ということも可能であり、給与所得とすることも理論上可能であると判示しながらも、①そうであればその収入金額は付与時の公正価値とすること、②課税の対象となる権利行使利益の額は株価の上昇というたまたま生じた結果の一つであること、③本件ストックオプションに係る権利の行使をするか、また、どの時期に行使するかは、専らXの判断に委ねられており、その判断によって権利行使利益の額が左右されること、④租特法29条の2のような法令上の手当てもせずに給与所得課税を行うことは、法令の解釈の限界を超えていること、⑤本件ストックオプションが就労の対価としての性質を有しない以上、雑所得に当たらないこと、等の理由を挙げて、当該権利行使利益を一時所得に当たる旨判示している。
そして、このような判断については、現在までに公表されている見解によれば、その理由付けについては若干の異論があるようであるが、その結論については概ね支持(歓迎)されている(注9)。
(2)しかしながら、ストックオプションについては、①当該発行会社に対して何らかの役務を提供する者(従業員等)でなければ取得できないこと、②権利行使時においても、発行会社は、当該株式の時価と当該行使価額の差額について犠牲(①の役務提供の対価とみることも可能である。)を払っていること、③そうであるからこそ、欧米においてもストックオプションを報酬の一部として認識されており、我が国の商法改正の立法趣旨においてそのように解されていること、④法人税法施行令136条の4では、権利行使価額と当該株式の時価との差額について役員報酬等と認識していること、⑤給与所得、一時所得又は雑所得の区分においては、給与所得の性質を有している所得についてはその判定が優先されること、⑥本件における親会社と子会社の従業員との関係についても、前掲最高裁昭和56年判決がいう「雇用契約又はこれに類する原因」に当たると解する余地があること、⑦また、本判決は付与時であれば役務提供の対価性があるとするが、通常のストックオプションは付与後一定期間権利行使できず、その間、役務提供を通じて会社の業績向上(株価上昇)が期待されているから、権利行使利益も役務提供と相関関係があること、⑧租特法29条の2が設けられたのは、もともと給与所得としての性質を有する利益について課税の特例を設けたものであり、当該規定によって給与所得の性質が生じたものでないこと等から、その権利行使に係る経済的利益を給与所得とする方が妥当であると考えられる。
もっとも、本件ストックオプションについては、①発行会社が米国の親会社であるため、Xの役務提供とストックオプション取得との関係が間接的になること、②国税庁がかつては一時所得として課税していたものを通達の改正によって、しかも遡及して課税したこと等から、給与所得課税に疑義が生じることにもなる(注10)。
この課税の取扱いの変更については、ストックオプションの法制度の整備等に対応したもので相応に合理性を有するものと考えられ、本質的に給与所得性を有するものを給与所得として課税する取扱いに改めたものと認められる。したがって、給与所得課税に当たっては、本判決が判示するような新たな法的根拠を必要とするものとも考えられない(すなわち、本件においては、行政先例法は成立し得ないものと考えられる。)。
ただし、本件のような事実関係の下では、課税の取扱いの変更を納税者に対して明確に示した上で、遡及課税を回避した方がより妥当な解決方法であったともいえる。そのため、Y署長も、過少申告加算税の賦課決定については、平成8年分から平成10年分まで取消している。これは、国税通則法65条4項にいう「正当な理由」を容認したものであろうが、X側は、本税についても信義則違反を主張している。
なお、親会社と子会社の従業員との関係については、前述の「・・・・これに類する原因」とみる余地もあり、それが給与所得性を否定する絶対的根拠でないことは前述した。
5 本判決の意義と問題点
(1)本判決は、本訴提起以降何かと話題を提供してきた事案につき、最近年相次いで課税処分を取り消してきて納税者の味方とも言われる藤山裁判長によるものだけに、判決前から多いに注目されていた。そして、藤山裁判長は、期待どおりに(?)、本件ストックオプションに係る経済的利益を一時所得に当たると認定し、本件各更正を取り消し、“藤山判例”に一ページを添えた。
確かに、従前の租税訴訟においては、納税者側が勝訴できるのはせいぜい数パーセントに過ぎないため、不服申立制度を含めた租税争訟制度自体の当否が問題視されたり、納税者側に無力感が漂うことが多かった。その意味では、最近年の藤山判決は、租税訴訟制度に一種のカンフル剤を提供してきたとも言える。
しかしながら、藤山判決には、従来の裁判例の考え方とは異なった判示が多くみられるが、それはそれで従来の裁判例の考え方に従って納税申告をしてきた納税者の法的安定性と予測可能性を害することにもなる。そのため、藤山判決の真の評価は、その判決が上訴審でも維持され、“判例”として支持されるか否かにかかっている。それは、本判決についても言えることである。
(2)すなわち、本判決はストックオプションに係る経済的利益を一時所得と認定したものであるが、そこには多くの問題点が存することを指摘した。すなわち、ストックオプションの制度は、経営上の観点から言えば、従業員等の勤労意欲と会社貢献を高めるために考案されたものであり、それに係る経済的利益の供与は、それらの役務提供の対価としての性質が最も強い。また、その経済的利益の供与は、本判決が判示するように何も偶発的な株価上昇と従業員等の経済判断のみによって持たらされるわけでなく、発行会社の関係者でなければその権利を取得できず、しかも、権利付与後の一定期間役務提供した後でなければ権利行使はできず、かつ、発行会社においても当該株式の時価と権利行使価額との差額について経済的犠牲を支払うもの(役務提供等に対する対価の支払)でもある。
そうであるからこそ、米国においては、ストックオプションに係る経済的利益供与の損金性を容認しており、我が国の企業会計においても、その費用処理が具体化しつつある。この場合の費用性は、偶発的な損失ではなく、何らかの対価性を容認するものであり、その対価は従業員等の役務提供等に対するものと解するのが極めて自然である。然すれば、前述の給与所得、一時所得及び雑所得に関する所得税法の規定とその解釈論に照らせば、ストックオプションに係る経済的利益は、給与所得としての性質が最も強く、次いで雑所得の性質があり(特に、役員又は従業員以外の者が取得した場合)、一時所得としての性質は完全に否定はできないものの最も薄いものと言える。
(3)もっとも、本件においては、前述のように、国税庁の取扱いに幾度かの変更があり、その変更が納税者側に明確に示されてきたとも言い難い状況が認められる中で、遡及して課税されてきたという事情があるようである。このような事情の下では、本件各更正の一部(例えば、給与所得としての取扱いが一層明確にされた平成10年前の各更正)について違法性が生じることも考えられ、Xは、信義則違反を主張している。
もっとも、このような手続上の違法問題は、それに関した厳格な事実認定を必要とするものであるが、本判決に表われている事実関係のみでは判断しかねる。上訴審での一層の審理が必要であるように考えられる。
なお、本判決が出されたことにより、既に給与所得として修正申告等をした納税者が、本判決を理由に国税通則法23条2項1号に基づく更正の請求をできるか、当該修正申告等が税務職員の誤指導に基づくもの等として無効確認の訴が提起できるか、が取り沙汰されているようである。このような問題は、東京高裁昭和54年6月26日判決(行裁例集30巻6号1167頁)が、土地取得に要した借入金利息を当該土地の取得費に当たることを初めて容認した時にも問題になったことがある。この件に関しては、京都地裁昭和56年11月20日判決(税資121号374頁)が、「このように法令の解釈について判例により新判断が示された場合又は通達の改正があった場合を右後発的理由ということはできない。」と判示しており、本件にも参考になろう。
(注1)中村実他「米国インセンティブ型報酬システムと日本導入における課題」『経営研究(野村総合研究所)』(1999年1月)20頁参照
(注2)三木義一「ストックオプション地裁判決とその問題点」税理46巻2号10頁、大渕博義ほか7名「私はこう見る、こう読む!「ストックオプション事件」」速報税理15年1月11日号18頁等参照
(注3)品川芳宣「ストック・オプションの課税処理とその問題点」『税法の課題と超克』(山田二郎先生古希記念論文集)162頁、同「インセンティブ報酬制度導入の必要性と問題点」『役員報酬の税務事例研究』(財経詳報社)589頁等参照
(注4)東京地裁昭和43年4月25日判決(税資52号731頁)、東京高裁昭和47年9月14日判決(同66号245頁)、横浜地裁昭和50年4月1日判決(同87号19頁)、東京高裁昭和51年10月18日判決(同90号213頁)、東京地裁昭和52年7月27日判決(同95号222頁)、東京高裁昭和53年4月11日判決(同101号99頁)、最高裁昭和53年8月29日第三小法廷判決(同102号281頁)、東京高裁昭和56年2月25日判決(同116号359頁)、最高裁昭和56年4月24日第二小法廷判決(民集35巻3号672頁)、盛岡地裁平成11年4月16日判決(税資242号145頁)、仙台高裁平成11年10月27日判決等参照
(注5)品川芳宣「第6章 税法との関係」『ストック・オプション等の会計をめぐる論点』(財団法人企業財務制度研究会、1999年7月)473頁、前出(注3)等参照
(注6)前出(注1)2頁、前出(注5)374頁等参照。
(注7)吉川満「ストック・オプションの費用計上をめぐる会計問題」大和レビュー・2003年新春号14頁等参照
(注8)注解所得税法研究会編「注解 所得税法 増補改訂版」大蔵財務協会646頁
(注9)前出(注2)参照
(注10)前出(注2)において本判決を支持する見解も、この課税の取扱いの改正を強制したことを批判するものが多い。
品川芳宣 (しながわよしのぶ) 国税庁審理課課長補佐、東京地裁調査官、税務大学校教育二部長、国税庁資産評価企画官、同徴収課長、同管理課長、高松国税局長などを経て、平成7年筑波大学社会科学系教授。 【主要著書】 『課税所得と企業利益』(税務研究会)、『役員給与税務事例集』(商事法務研究会)、『役員報酬の法律と実務』(同)、『附帯税の事例研究』(財経詳報社)、『法人税の判例』(ぎょうせい)、『相続税財産評価の論点』(同)、『重要租税判決の実務研究』(大蔵財務協会)、『役員報酬の税務事例研究』(財経詳報社)他多数。 |
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