解説記事2003年10月27日 【最新判決研究】 仮装経理処理を誤り嘆願書を提出しなかった場合の損害賠償義務(2003年10月27日号・№040)
最新判決研究
仮装経理処理を誤り嘆願書を提出しなかった場合の損害賠償義務
前橋地裁平成10年(ワ)第483号 平成14年6月12日判決
東京高裁平成14年(ネ)第3787号 平成15年2月27日判決
品川 芳宣
筑波大学大学院教授
一、事実
(1)本件は、X(原告、被控訴人)が、その顧問税理士であったY(被告、控訴人)に対し、①Xの平成7年度分法人税の確定申告に当たり、平成2年度に発生したワラント債の売却損を特別損失と計上し、Xが平成7年11月に取得した土地に係る借入金の支払利子を損金の額に算入した申告により、M税務署長から更正処分を受け、過少申告加算税等の損害が発生し、②前記ワラント債の売却損につき平成2年度の減額更正の請求しうる旨の説明・助言をせず、Xにその機会を失わせたため還付金相当額の損害が発生したと主張して、委任契約(あるいは準委任契約)の債務不履行に基づく損害賠償を請求する事案である。
Xは、建築材料の販売等を目的とする株式会社であるが、Yに対し、顧問税理士として昭和53年4月ころから平成9年2月28日までの間、Xの毎年5月1日から翌年4月30日までを事業年度とする各年度の法人税等の税務申告手続を委任してきた。
Yは、平成8年7月1日、Xの平成7年度分の法人税等の確定申告(以下「本件確定申告」という。)を行った。
Yは、本件確定申告の際、Xが平成7年11月24日に代金4400万円で購入した土地(前橋市a町b丁目c番地d、以下「本件土地」という。)に係る借入金の支払利子を損金に算入し、Xが平成2年7月16日に売却したT金属のワラント債及び同月17日に売却したS電工のワラント債(以下これらを「本件ワラント債」という。)の売却損を平成7年度の特別損失として計上した。
(2)Xは、平成10年4月28日付けで、M税務署長によって、前記(1)の各処理を否認する内容の更正(以下「本件更正」という。)を受けた。その更正通知書に記載された更正の理由の要旨は、次のとおりである。
① 新規取得土地等に係る負債利子の損金不算入額・・・110万円
貴社が平成7年11月24日に取得した本件土地4400万円は新規取得土地等に該当しますので、当該取得価額を基準取得価額として計算した新規取得土地等に係る負債利子の損金不算入額110万円は、当事業年度の損金の額に算入されません。
② 有価証券売却損の損金不算入額・・・合計2544万円3489円
当事業年度に有価証券売却損として損金の額に算入したT金属のワラント債売却損903万7239円、S電工のワラント債売却損1640万6250円は、売却した平成2年7月16日・17日の属する事業年度の損金として計上すべきものであり、当事業年度の損金の額に算入されません。
また、前記②の更正理由については、YがXに対し、減額更正のために嘆願書提出を助言せず、平成2年度の減額更正の期限を逸したというものである。そのため、Xは、Yとの委任契約において、Yの債務不履行があったものとしてYに対する損害賠償を請求する旨本訴を提起したものである。
二、争点と当事者の主張
1 争点
(1)Yに注意義務違反があったか。
(2)損害の発生とその額
(3)過失相殺の有無とその程度
2 Xの主張
(1)Yは、Xの確定申告に当たって、税務に関する法令、実務に関する専門知識をもとに、更正処分や過少申告加算税の賦課処分を受けるなどにより損害を被ることのないように指導及び助言をする義務を負うところ、次のような注意義務違反を冒している。
① Yは、Xが新たに本件土地を取得したことを知りながら、租税特別措置法62条の2の規定に反し、本件土地に係る負債利子を損金に算入する処理をした。
② 本件ワラント債の売却損は平成2年度の決算において計上すべきであるが、これをしなかった場合でも、平成2年度の申告期限である平成3年6月30日から5年間は税務署長に対する嘆願の形式で減額更正を求めることができる。
Yは、5年経過前の平成8年6月19日以前に、本件ワラント債について、平成2年7月に売却損が生じていることを知っていたのに、平成2年度に関して減額更正ができることをXに説明し、その申立てを指導すべきであるにもかかわらず、これを怠った。なお、Xが減額更正の請求をすれば、嘆願といえども正当なものであれば税務署長はこれに応ずる義務があるから、認められた可能性は高かった。
(2)本件ワラント債売却損等に係る処理を怠ったことによる実損額は、3220万円余となる。
(3)Xが本件ワラント債の売却の事実を把握した時点で、Yが平成7年度の申告を適正に処理していれば平成2年度について減額更正されていたのであり、それ以前に、Xが売却の事実を把握していていたかどうかは損害に影響を与えていないから、過失相殺はない。
3 Yの主張
(1)Yが顧問契約で受注した業務は、各決算期の申告書等の作成などの税務顧問業務である。本件土地に係る負債利子の処理は、Xの経理責任者からの報告等により国税庁の通達解釈に基づいて会計処理をしたものであるから、X(後任の税理士)が本件更正について異議申立てすべきであった。また、Yが本件ワラント債売却損の事実を知らされたのは、平成7年度分確定申告書提出直前である平成7年6月20日過ぎであるので、平成7年度の特別損失として計上する方法を取らざるを得なかった。この方法でも、法人税法129条2項の趣旨に適うはずである。また、税務署長に対する嘆願による減額更正は、税務署長の裁量に過ぎず、本件においては、M税務署長が調査をする時間的余裕もなく、減額更正は客観的に無理であった。よって、Yに委任契約上の注意義務違反はない。
(2)Xが主張する損害は、Xが異議申立てすれば回避できたものであり、仮にYに注意義務違反があったとしても、損害との間に相当因果関係はない。
(3)仮に、Yに注意義務違反が認められるとしても、Xが主張する損害について少なくとも9割以上の過失相殺が認められる。
三、一審判決要旨
1 事実の認定について
前記一の事実のほか、各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
(1)Yは、昭和46年に税理士登録をし、昭和53年4月ころ、Xの前代表取締役B(故人)から依頼を受けてその税務顧問となり、平成5年8月まで5万円、同年9月以降は6万5000円の顧問料(消費税別)を受領していた。また、Yは、Xの各事業年度の税務申告手続を行い、申告手数料(消費税別)として毎年60~70万円を受領していた。この顧問契約は、平成9年2月13日に、XからYに対し、同月末をもって顧問契約を解除する旨の通知がされたことによって解約された。
(2)Yは、平成7年1月ころ、Bの妻Cから、X建材部の駐車場用地として本件土地を購入する予定がある旨を告げられ、その後、本件土地付近の現場を検分・調査したが、それによると、本件土地等の取得経緯、使用状況は次のとおりであった。Xは、かねてより、前橋市a町b丁目c番e・f所在の事務所及び倉庫(いずれもD所有)を建材部事務所・倉庫として利用していた。その後、その隣地である土地(c番g)上に、Eが代表取締役を務める株式会社Fにおいて新たに事務所・倉庫を建築することとなり、Xは、平成8年3月1日からこれを賃借する予定でいたが、これに先立ち事務所駐車場を確保するために、Gから、平成7年11月24日、c番gの土地に接する本件土地(c番d)を買い受けて取得した。
(3)Yは、例年、決算期後1か月以内の5月中に決算修正仕訳(一次)をXの経理責任者から受け取り、YがX事務所に約1週間程度赴いて決算整理事項チェックリストを利用しながら、Xの経理責任者から資料の説明を受けつつ、建材卸売り(販売)と不動産賃貸(管理)の各部門の決算仕訳(2次)を確定する作業を行い、その後、更にXから提出される工事部門の集計を取りまとめることによって決算書を確定させていた(3次)。
しかし、平成8年5月ころ以降、Xの役員間で役員の更迭をめぐる交渉が続き、同年6月15日にようやくこれに関する和解が成立し、同日、Xの経理責任者(H課長、後に退社)から後任(I)に、平成7年度決算に関する修正仕訳(1次)が引き継がれるに至った。その際、上記資料によって、平成2年7月の本件ワラント債売却という仕訳がされていた事実が初めて判明した。
そこで、Yは、後任の経理責任者(I)に事実確認を依頼し、同人から証券会社に照会された結果、平成8年6月19日、Y証券M支店から平成2年7月16日にT金属のワラント債が売却されていた旨の回答があり、同回答は翌20日、Yに伝えられた。また、S電工ワラント債についても同様に確認が進められ、同月24日、Yに、平成2年7月17日に売却済みである旨のS証券T支店による照会回答結果が伝えられた。
なお、この間、Yは、Xの経理担当者に対して、減額更正の期間が平成8年6月30日までであることを説明した上で、早急に調査をするように指示することはなかった。
Yは、平成8年6月28日、前記事実の各処理をした確定申告書及び決算報告書を取りまとめてX代表者の承認印の押捺を受けて、平成7年度の申告期限である同年7月1日、M税務署にこれを提出した。この間、Yは、本件ワラント債売却損につき減額更正の請求をする方法があり得ることをXの経理担当者や代表者に説明したことはなかった。
(4)平成10年1月、Xは、M税務署の担当官から、前記事実等の各処理につき誤りがある旨の指摘を受けた。そのため、Xは、Yに対し、その旨を連絡し、上記指摘に係る各処理に関連して、①本件ワラント債売却損を平成2年度に計上しなかった理由、②平成8年6月までに減額更正の請求をしなかった理由、③平成7年度の申告で本件ワラント債売却損の処理をした理由をそれぞれ質問する内容の照会書を送付した。これに対し、Yは、①決算書に添付の有価証券内訳書はJ常務(当時の原告会計責任者)に作成してもらったものを指示どおりそのまま使用したもので、平成2年度に本件ワラント債売却損を認識できなかった、②平成8年6月までに減額更正の請求を行えば平成7年度の税額が同額分増加することになる(更正の請求を行えば平成7年度の売却損計上は損金計上にならない)、③申告書に本件ワラント債売却損を加算しなかったのは損金であるとの認識である、旨を回答した。
その後の平成10年4月、Xは、上記税務処理に係る損害賠償を求める催告書をYに送付したが、Yは、売却損の件は時間をかけて税務当局と交渉中であり、検討中との回答を受けていること、修正申告に応じないようにしないと交渉が無駄になること等をXに連絡した。しかし、平成10年4月28日付けで、M税務署長により本件更正がされた。
2 Yの注意義務違反について
(1)本件土地に係る負債利子の損金算入について
各証拠を総合すると、平成7年11月24日にXが取得した本件土地に係る負債利子の損金算入に関する税務上の取扱いは、以下のとおりである。
法人税の課税所得の計算においては、法人が支払う借入金の利子は、原則として、支払った事業年度の損金の額に算入することができるが、新規土地取得等に係る負債利子の課税特例が昭和63年に新設されたため(昭和63年12月31日以後に取得した土地等に適用)、法人が各事業年度終了の時において新規取得土地を有する場合には、新規土地取得土地等に係る負債の利子は損金の額に算入されない(措法62の2)。
負債利子の損金不算入期間は、新規取得土地等を取得した日から4年を経過するまでの期間であるが、新規取得土地等が「長期間にわたって使用される建物又は構築物の敷地の用に供された土地等(これらの建物又は構築物と一体的に使用される施設の用に供される土地等を含む。)」に該当するときは、取得の日から「その建物又は構築物がその用に供された日」までが損金不算入期間となる(措法62の2③二イ)。
そして、上記の「建物等と一体的に使用される土地等」の範囲につき、法人税基本通達では「建物等と機能的及び地理的な一体性を有して事業の用に供される施設の用に供される土地等をいう」旨が明らかにされ、これにつき更に「機能的一体性及び地理的一体性について、極めて限定的に解することは、この課税制度の目的、趣旨、最近の都会地における土地の事情等からみても実情にそぐわないと考えられる。・・・地理的一体性については特定建物用の敷地と接していることまで要求するのではなく、特定建物等又はこれと一体的に使用される施設の用途又は使用目的に応じた一定の地区内での地域的概念として考えるべきである」との解説がされている。
上記取扱いを本件土地の取得経緯や使用状況等に関するYの調査結果に即してみると、Xが本件土地を取得した時点(平成7年11月26日)において、本件土地は、当時のX建材部事務所・倉庫の駐車場として利用されていたことに加え、平成8年4月以降は新たにXが賃借する予定の新事務所・倉庫の所在地に隣接して引続き駐車場として利用されることが見込まれていたというのがあるから、Yの調査結果を前提とする限り、本件土地は上記の要件を充たす余地があることは否定できない。したがって、本件土地に係る負債利子を損金に算入したYの処理は、当時の調査結果を前提に法令や基本通達を踏まえた税務処理をして確定申告をしたものということができるから、たとえ後にXがこれに関して更正処分等を受けることがあったとしても、Xに対する債務不履行を構成することはない。
(2)本件ワラント債売却損の損金算入について
各証拠を総合すると、平成2年度に発生した有価証券売却損が平成7年度申告の時点で判明した場合における税務上の取扱いは、以下のとおりである。
有価証券の譲渡損益は、その譲渡に係る契約をした日の属する事業年度で計上しなければならない(法法61の2①)から、平成7年度の申告において平成2年度に発生した売却損として計上することはできない。
この場合には、①仮装経理に基づく過大申告につき修正の経理した上で、修正経理で特別損失と計上した金額を法人税申告書別表四で加算した確定申告書を提出し(法法129②)、②税務署長宛に減額更正(通法70②)を求める嘆願書を提出することになる(納税者は過大な申告をした場合には、法定申告期限から5年が経過していなければ、税務署長は減額更正をすることができる(通法70②)ためである。)。
そして、上記の修正の経理は、損益計算書中の財務諸表(損益計算書)の特別損益の項目において、前記損益修正損等と計上して仮装経理を修正してその事実を明らかにすべきものと理解されている。
上記取扱いに関する知識は、税理士として当然に保有・駆使することが期待される程度のものと考えられる。そして、上記認定したとおり、Yは、税理士としてXとの間で顧問契約を締結し、毎事業年度の決算書類の作成及び確定申告書の代理を行ってきたものであるから、上記取扱いに関する知識を駆使することによって、違法・不当な申告によりXが更正処分や過少申告加算税の賦課処分を受けることがないようにすることはもちろん、過年度の決算・申告の誤りによって過大な所得申告があったことを発見した場合には適切な事後措置を講ずること(本件ワラント債売却損につき減額更正の請求(嘆願)をすべきこと)を助言・指導すべき義務があったということができる。
これをYが採った処理についてみると、確定申告書に添付された「雑損失等の内訳書」では、他の有価証券売却損に係る取引と何ら区別することなく、本件ワラント債に係る各損失を「平成8年4月30日」の売却損として計上し(合計8732万円余)、損益計算書の特別損益の部・特別損失の項目に「有価証券売却損」として上記8732万円余を計上して当期利益を3165万円余とし、これを当期利益として所得の金額が算出されている。上記税務処理は、平成2年度に発生した有価証券売却損を平成7年度の損金に算入した点において法人税法61条の2第1項に違反し、同法129条2項に規定する修正の経理を含むものでないことが明らかである。
そして、Yは、法定申告期限(平成8年7月1日)前の同年6月15日ころに平成2年度に計上すべきであった本件ワラント債売却損が存在することを知ったために検討の時間的余裕が十分でなかったことは窺われるものの、その一方で、上記の取扱いに関する知識は高度に専門的な部類に属するものでない上、当該売却損の発生に係る取引事実については、Xにおいて殊更にこれを隠ぺいする仮装経理がされていたような形跡はなく、Xの経理担当者に直ちに証券会社に対する照会等の調査を指示することによって早急にほぼ確実な裏付け資料を入手し得る性質のものであったことに照らすと、Yが本件ワラント債につき上記のような処理と採り、平成2年度の申告につき減額更正の請求をすべきことについてXに助言・指導をしなかったことは、上記顧問契約上の義務に違反した債務不履行に当たるというべきである。
なお、Yは、減額更正・嘆願の制度を知っており、その除斥期間がまもなく満了することも知りつつ、上記処理をとったかのような供述するが、上記処理は当時既に文献等で説明がされていた取扱いに明らかに反するものであるにもかかわらず、Yは、Xの経理責任者等にそうした方法をあえて選択する理由を全く説明していないことに加え、平成10年2月当時にYがXに対してした上記処理に関する回答内容を考慮すると、上記供述を採用することはできない。
3 損害の発生・その額について
(1)過少申告加算税について(認容額258万円余)
Xは、本件更正に基づき、合計269万円余の過少申告加算税、延滞税等を支払うことになったが、これを不算入額に応じて按分すると(本件ワラント債売却損に関する不算入額が合計2544万円余、本件土地に係る負債利子に関する不算入額が110万円)、本件ワラント債に関する部分が占める金額は、258万円余(=2,699,500÷{25,443,489÷(25,443,489+1,100,000)}、となる。
上記金額は、Yが本件ワラント債売却損を損金に算入して申告する処理をしたことにより納付を余儀なくされたものであるから、Yによる債務不履行により生じた損害ということができる。
(2)還付金相当額について(認容額1456万円余)
各証拠によれば、本件ワラント債に係る売却損に関する平成2年度申告につき、減額更正の請求をし、税務当局により減額更正の決定がされればXが還付を受けたであろう金額を算出すると、法人税が954万円余、事業税額が305万円余、県民税が57万円余、市民税が140万円余(合計1456万円余)となることが認められる。
そして、本件では、Yが本件ワラント債に係る売却損が存在することを知ったのは法定申告期限の直前である平成8年6月15日ころであったものの、本件ワラント債に係る取引事実やその数額については、証券会社に対する照会結果等のほぼ確実な裏付けがあることに加え、税務署の担当官が「期限内であれば必ず返した」旨を名言していた旨のA証言の内容を考慮すれば、YがXの経理担当者に減額更正の請求の必要性を説明して、早急に資料を整理させた上で平成7年度申告の際に所要の処理を採っていれば、税務当局による減額更正に基づき上記金額が還付されたであろう蓋然性を肯定することができるから、Yの債務不履行とXの上記還付金相当額の損害との間の因果関係を認めることが相当である。
4 過失相殺について
前記の認定事実によれば、平成8年5月ころ以降、Xの役員間で更迭をめぐる交渉が続き、平成7年度の確定申告の準備は例年に比し遅れており、平成8年6月の申告当時、Yは時間的余裕のない状態での処理を強いられたことに加え、Xの経理担当者の交替によって例年どおりの決算書作成に係る協力を得がたい状況に置かれたということができ、こうした中、申告期限の直前になって本件ワラント債売却損に係る取引事実が判明したために前記のような処理が行われたことを考慮すると、その責任の一部はXの側にもあると認めるのが相当である。
これら本件に現れた一切の事情を総合的に考慮すれば、本件においてYに賠償を命ずべき金額については、民法418条を適用して、認定の損害額(合計1715万円余)のうち、その4割を減ずることが相当である(過失相殺後の損害額1029万円余)。
以上によれば、Xの本訴請求はYに対し1029万円余及びこれに対する平成11年8月26日から支払済みまで民法所定年5分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却する。
四、控訴審判決要旨
控訴棄却。
(1)当裁判所も、Yの請求は原審が認容した程度の理由があるものと判断するが、その理由は、次のとおり補正し、Yの当審における追加主張に対する判断を付加するほか、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。
(2)国税通則法70条2項は、納付すべき税額を減少させる更正や還付金があるものとする更正などについては、同条1項に定める3年の更正の期限を5年に伸長しているところ、その趣旨は、納税者に不当に不利益を課す結果となっている課税処分については、できる限りその状態を是正すべきものとすることにあると解されるのであって、同条2項に基づいてされる更正が裁量に属するとしても、上記のとおり、Yが平成7年度の確定申告に当たり、前記記載のような申告と所要の処置を講じていれば、職権に基づく更正決定により上記金額が還付された蓋然性があったというべきである。
(3)Yは、S電工ワラント債の売却を確認したのは平成8年6月24日であるから、直ちに嘆願書を提出したとしても、同月30日の更正期限までに税務当局が更正の決定をすることは客観的に不可能であった旨主張する。しかしながら、Yが本件ワラント債の売却損の存在を知ったのが平成8年6月15日ころであることは原審の認定するとおりであり、また、証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件の場合、本件ワラント債の売却損の認定及びそれに伴う税額の更正の決定(還付金額の決定)は比較的容易であって、上記の認定判断はそれほど時日を要するものではないことが認められるから、YはXの経理担当者に説明し、証券会社に照会をさせるなどして早急に資料を整えた上、税務当局に嘆願書を提出するなど所要の措置を講じていれば、税務当局が上記期限までに更正の決定をすることは不可能ではなかったというべきである。
五、解説
はじめに、
本件は、税理士の業務上の過誤を理由とする損害賠償請求事件である。この種の損害賠償請求事件は、最近多くなってきているが、その多くは税理士に対しかなり厳しい注意義務を要求する傾向にある(注1)。
本件においては、①借入金で取得した土地につき、当該借入金に係る支払利子の損金算入を規制とした当時の租税特別措置法62条の2の適用を誤ったことに注意義務違反があるか、及び②5年前に生じたワラント債売却損の処理につき、更正の請求の期間が経過しているとはいえ税務署長に対して嘆願書を提出して減額更正を求めなかったことに注意義務違反があるか、が問題とされたものである。
特に、前記②については、減額更正の期間制限ぎりぎりに5年前の粉飾経理が発覚したものであるが、この問題については、国税通則法と法人税法の関係規定の解釈論や当該減額更正が税務署長の裁量に委ねられている場合にその処理期間との関係でどのように考えるべきかが大きな問題となる。
そのほか、本件においては、本件のような場合の損失額の算定方法や過失相殺の要否とその割合についても考えさせられる所が多い。いずれにしても、本件のように、過去の粉飾経理をどのように修正すべきかについては、実務上よく起こり得ることであるので、単に損害賠償請求事例の一事例としてではなく、粉飾経理の処理事案としても関係規定の解釈上も参考になる所が多い。
1 民法上の損害賠償責任
(1)民法415条は、「債務者カ其債務ノ本旨ニ従ヒタル履行ヲ為ササルトキハ債権者ハ其損害ノ賠償ヲ請求スルコトヲ得 債務者ノ責ニ帰スへキ事由ニ因リテ履行ヲ為スコト能ハサルニ至リタルトキ亦同シ」と規定している。この「債務ノ本旨」に従って履行をしないというのは、法律の規定、契約の趣旨、取引慣行、信義則等に照らしてみて適当な履行をしないことである。
また、この債務不履行には、履行遅滞(履行できるのに履行しないこと)、履行不能(履行できないこと)及び不完全履行(ないし積極的債権侵害、債務者の行為で債権者が損害を蒙った場合)の三つが含まれると解されている(注2)。いずれの場合にも、債務者の責任が生じるためには、債務不履行が債務者の責めに帰せられる事由に基づくことを必要とするが、その挙証責任は債務者にある。
なお、債務履行に当たって債務者が補助者として用いる者の行為によって不履行が生じた場合には、その履行補助者の故意・過失を、債務者の故意・過失と信義則上同視することによって、補助者の故意・過失ある行為について、債務者が不履行責任を負うものと解されている(注3)。
(2)かくして、債務不履行が生じた場合には、「損害の発生」と「債務不履行と損害の発生の間の相当因果関係の存在」という二つの要件が備わった場合に、損害賠償請求権が発生する。そして、損害賠償の範囲については、①債務不履行に因って通常生じる損害と②特別の事情に因って生じた損害のうち当事者の予見可能性のあるものとされている(民法416条)。
2 税理士の業務遂行上の損害賠償責任
(1)次に、税理士の業務遂行における債務不履行の有無については、税理士法等の関係法令の規定等が問題となる。税理士法1条は、「税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とする。」と規定している。この「納税義務の適正な実現を図る」ことは、「過大でも過少でもなく納税する」ことを意味し、税理士が納税者の権利を擁護することもそこに含まれていると解されている(注4)。従って、経済取引において税コストを最小にしようとするいわゆる節税のための納税者からの相談についても、税理士は、納税者に有利になるように適正に対応することが期待されている。
(2)また、税理士は、他人の求めに応じ、租税に関し税務代理、税務書類の作成及び税務相談を行うことを業とし(同法2条1項)、それらの業務のほか、税理士の名称を用いて、他人の求めに応じ、税理士業務に付随して、財務書類の作成、会計帳簿の記帳の代行その他財務に関する事務を業として行うこともできる(同法2条2項)。
そのため、裁判例においても、「税理士は、税務に関する専門家として、依頼者の信頼に応え、日頃から研鑚を図り、税務に関する法令及び実務に精通し、右職務を遂行しなければならず、依頼者から税務に関して指導、助言を求められたり、税務書類の作成、税務申告の代行等を委任された場合、法令等の解釈、適用を正しく行って指導、助言をし、書類作成や申告手続に過誤がないようにしなければならない。」(注5)と解されている。
(3)そして、このような責任は、基本的には委任契約上の債務不履行に係るものであるため、受任者注意義務を定めた民法644条が適用される。同条は、受任者が委任の本旨に従い、善良なる管理者の注意をもって委任事務を処理する義務を負う旨定めている。
この善管注意義務は、受任者の職業、地位等につき通常人を基準として要求される義務を意味し、専門家なら通常払うであろう注意義務が基準となり、それを欠いたときに債務不履行が成立すると解されている。
3 本件土地に係る負債利子の損金算入
(1)本件においてYの注意義務違反が問われた一つは、Xが平成7年11月24日に取得した本件土地に係る負債利子について、Yが平成7年度法人税の損金額に算入したものの本件更正において当該損金算入が否認されたことにある。
問題となった旧租税特別措置法62条の2は、昭和63年度の税制改正において、バブル対策土地税制の一環として設けられたものである。その内容は、本判決でも判示しているように、昭和63年12月31日以後取得した土地等について、当該取得に係る負債利子を当該取得した日から4年を経過するまでの期間損金不算入とするものである。しかし、取得した土地等が「長期間にわたって使用されるものとして政令で定める建物又は構築物の敷地の用に供された土地等(これを一体的に使用される土地等として政令で定めるものを含む。)」(旧措法62の2③二イ)に該当する場合には、当該建物又は構築物がそのように供された日から当該負債利子が損金算入される。
(2)この建物等と一体的に使用される土地等の範囲については、次のような通達による取扱いがあった(租税特別措置法旧関係通達62の2(3)-8)。
「措置法第62条の2第3項第2号イに規定する『建物又は構築物と一体的に使用される土地等』とは、その特定建物等と機能的及び地理的な一体牲を有して事業の用に供される施設の用に供される土地等をいうのであるから、例えば、工場と公道との間の取付道路の用に供される土地等、スーパーマーケットの近隣地に設置される駐車場の用に供される土地等はこれに該当することに留意する。」
また、この取扱い通達については、次のような解説があった(注6)。
「しかし、機能的一体性及び地理的一体性について、極めて限定的に解することは、この課税の特例制度の目的、趣旨、最近の都会地における土地事情等からもみて実情にそぐわないこととなる。
機能的一体性については、例えば、工場と公道との間の取付道路の用に供される土地のように、厳密に解すれば「工場」と「道路」という異なる用途に使用されている場合であっても、それらはすべて工場のためのものであるが、機能的一体性を有しているものと考えて差し支えないものといえる。
また、地理的一体性については、建物等の敷地と接していることまでを要求するのではなく、長期間にわたって使用される建物等又はこれと一体的に使用される施設の用途又は使用目的に応じた一定の地区内での地域的概念として考えるべきである。」
なお、以上のような新規取得等に係る負債の利子の課税の特例については、平成10年度の税制改正において廃止され、平成10年1月1日以後に取得した新規取得土地等については適用がないこととされた。
(3)かくして、本件において、本訴の規定では、本件土地は、当時のX建材部事務所・倉庫の駐車場として利用されていたことに加え、平成8年4月以降には新たにXが賃借する予定の新事務所・倉庫の所在地に隣接して引き続き駐車場として利用されることが見込まれていたというものである。この事実関係の下では、前記通達の取扱いの適用があったものとも考えられる。
そのため、本判決は、Xに対する債務不履行を構成することはないと判断している。この判断からすると、Xは、本件更正について異議申立ての手続を経ていたならば、本件更正の一部が取り消されることもあり得ることを示唆している。この判示については、一つの先例として参考になろう。
なお、本判決は、本件課税特例が租税特別措置法の定めたことによることを参照しながら、その取扱いが法人税基本通達に定められていると誤解しているが、このような税務に対する不十分な認識が次の問題点についての判断にもつながっているようにも考えられる。
4 本件ワラント債売却損の損金算入
(1)本件においては、本件ワラント債売却損の処理が最大の問題となっている。本判決の認定した事実によれば、本件ワラント債売却損は、平成2年7月に生じたものというものであるから、本来であれば、平成2年度分法人税の損金の額に算入されるべきものである。Xがこの損失を平成2年度に計上しなかったのは、一種の仮装(粉飾)経理であったものと認められる。
このような仮装経理に関しては、法人税法上、「・・・・仮装して経理したところに基づくものがあるときは、税務署長は、当該事業年度の所得に対する法人税につき、その内国法人が当該事業年度の各事業年度の確定した決算において当該事実に係る修正の経理をし、かつ、当該決算に基づく確定申告書を提出するまでの間は、更正をしないことができる。」(法法129②)とされている。すなわち、この規定は、粉飾経理に対する対応措置として設けられたものであるが、国税通則法24条に定める通常の更正(税務署長は、納税申告に誤りを発見したときは、その調査により更正することになっている。)の特例を定めたものである。
この場合、税務署長による減額更正の期間制限が法定申告期限から5年とされている(通法70②一)ことと、法人税法129条2項に定める「修正の経理」の意義が問題となる。この「修正の経理」については、単なる反対仕訳等の簡便な処理ではなく、確定決算において「財務諸表(損益計算書)の特別損益の項目において、前記損益修正損等と計上して仮装経理の結果を修正して、その修正した事実を明示することである」(注7)と解されている。
(2)ところで、本件においては、本判決の認定事実によれば、Yは、平成8年6月15日頃、本件ワラント債売却損の存在を知らされ、同年6月19日及び20日に証券会社から当該ワラント債が平成2年7月に売却されたとの回答を得たというものであり、Yは、本件ワラント債売却損を損金算入した平成7年度分法人税の確定申告書を同年6月28日に取りまとめ、その法定申告期限である同年7月1日にM税務署長に提出したというものである。
確かに、Yの税務処理は、前述の法人税法129条2項の規定に従った処理ではなく、後日本件更正が行われることも明らかではあったので、その謗は免れない。しかし問題は、前述の事実関係の下で、法律が定める税務処理を行うことがYに期待できたかどうかということと、減額更正の期間制限直前に嘆願書が提出した場合に税務署長がそれに応えられたかどうかである。
まず、法人税法129条2項の規定に従い、かつ、前述の「修正の経理」の意義に照らし、XとYは、平成7年度の決算を確定させるために、(定時)株主総会において本件ワラント債売却損を損益計算書上の特別損失に計上した計算書類の承認を得なければならない。この場合、Xは、平成8年6月下旬には商法上の定めにより通常の定期株主総会の開催を予定していたであろうが、場合によっては当該株主総会を早期に繰上げて開催せざるを得なかったことが予測される。いずれにしても、平成8年6月15日に本件ワラント債売却損の存在を知ったとしても、商法上の計算書類を確定させ、株主総会の承認を得るには、当該売却損の発覚後少なくとも1週間を要することになろう(証券会社の最終確認が取れたのが6月20日であるから、それだけで5日間要している。)。
(3)次に問題になるのが、本件で最も問題とされているM税務署側の対応である。前述のように、本件ワラント債売却損の発覚後1週間で決算を確定させ、その間に法人税の確定申告書を作成し得たとしても、平成7年度分法人税確定申告書を提出し得るのは、せいぜい6月22日過ぎになるものと考えられる(本件では、法定申告期限である7月1日に提出している。)。そうすると、M税務署長が平成2年度分法人税の減額更正を行う処理期間は、1週間程度となる。この期間にM税務署長が減額更正できるかは、甚だ疑問である。
本判決は、M税務署担当官の「期限内に申請があれば減額更正する」旨の供述を採用して、その注意義務違反を認めているが、その供述がどの程度信ぴょう性のあるものかは甚だ疑わしい。例えば、新潟地裁昭和62年6月25日判決(税務訴訟資料158号706頁)(注8)では、本件のような粉飾経理の修正に伴う減額更正の期間制限が争われた事案につき、5年分の粉飾について多額な資産処分益を計上した上で過去の粉飾を整理特別損失として処理(修正経理)したところ、当該処理を税務当局が問題視したため、最終的に修正手続を終了させるために約1年要した。
そのため、5年間の減額更正につき、最初の1年間が期間制限を経過することとなり、それでも、次の事業年度の減額更正の期間期限の10日前に修正手続を了したのであるが、10日間では減額処理ができないということで、当該事業年度の減額更正も期間制限を徒過し、結局、3年間の減額更正に終わった。この税務署側の処理の当否をめぐって訴訟で争われることとなった。
前述の新潟地裁判決は、このような税務署側の処理について、特段の責められるべき点があるとはいえないとして、それ以上の減額更正を要しないとした。つまり、この判決では、期間制限の10日前の減額申請では税務署長の減額更正はできないと判断したものである。しかも、この事件では、当該期間制限の1年前に原告側の減額申請があり、その間当事者の折衝が行われてきたというものであり、当該事実関係を税務署も十分承知していたものであるから、10日間という期間は本件よりもはるかに余裕があったはずである。
(4)ともあれ、本件においては、粉飾発覚後15日の余裕しかなかったものであるが、その間に、YがXに対し商法上の計算書類を確定させ、それを踏まえて確定申告書を提出し、その後にM税務署長が減額更正を行ってXに対して送達を済ます(通法28①)ことは、相当に困難であったと考えられる。このことは、Yの処理が不適切であったこととは別に、Xの損害発生との間に相当因果関係を欠かせるものと考えられる。
もっとも、本訴においては、Yの主張・立証をみても、前述の大阪地裁平成元年6月29日判決や新潟地裁昭和62年6月25日判決のような参考とすべき先行裁判例に全くふれていないのであるから、Y側の主張・立証にも問題があったものと考えられる。
また、納税者が一旦提出した納税申告書につき減額更正を請求(更正の請求)し得るのは、原則として、法定申告期限から1年以内とされ(通法23①)、いわゆる後発的事由が生じた場合には当該事由発生後2月以内にすることが可能とされ(通法23②)、そのほか、各税法に特則が定められているが、法人税については、前事業年度の法人税額等の更正を伴う更正の請求(法法82)に限られている。そのほか、減額更正を要すべき事情が生じた場合には、法律上の定めはないので、本件のように嘆願書を提出した上で税務署長の裁量を待つことになる。しかしながら、本件のように、法人税法129条2項の規定によって減額更正が遅らされるものについては、修正の経理を経た後2月以内に更正の請求をできる道を開く必要があるものと考えられる。
なお、本判決は、本件ワラント債売却損を平成7年度の損金の額に算入したのは法人税法61条の2第1項に違反する旨判示しているが、当該条項は平成12年度税制改正において新設されたものであるから、本件においては引用できないはずである(注9)。この点についても、本件各判決が租税法の解釈に不十分であることが窺える。
5 損害の発生額・過失相殺
(1)本件においては、前述のように、本件ワラント債売却損の税務処理に関し、Yに対する注意義務違反とXの損害発生との間に相当因果関係が薄いように考えられる。しかし、本判決は、Yに対する注意義務違反を認め、本件更正に伴う附帯税負担額のうち本件ワラント債売却損に対応する部分(258万円余)と本件ワラント債売却損について嘆願書を提出すれば戻ってきたであろう還付金相当額(1456万円余)の合計額を損害発生額としている。このような判断は、前述のような問題があるにしても、一つの先例として参考になる。
(2)次に、本判決は、本件における過失相殺について、X側の対応のまずさにも配慮して、当該賠償金額について4割を減ずることが相当である旨判示している。
しかしながら、本件においては、前述のように、本件ワラント債売却損について平成2年度分法人税の減額更正を求めることに相当の無理があったものと考えられるから、仮に、本判決のように、注意義務違反を認めるとしても、過失相殺は、8~9割という高率な減殺を認めるべきであったとも考えられる。
6 本判決の意義と問題点
(1)以上のように、本件は、Xの顧問税理士であったYが、Xの平成7年度分法人税につき、本件土地に係る借入金利子と平成2年度に発生した本件ワラント債売却損をそれぞれ損金の額に算入して確定申告した場合に、M税務署長から、本件土地に係る借入金利子については当時の租税特別措置法62条の2の規定により損金不算入とし、本件ワラント債売却損は平成7年度の損金ではないとする本件更正を受けたことにつき、Yの損害賠償責任の有無とその損害額が争われたものである。この争点のうち、本件ワラント債売却損については、平成2年度分法人税について減額更正を要請する嘆願書を提出しなかったことがYの注意義務違反となるかが実質的に問題とされた。
かくして、本判決は、本件土地に係る負債利子については、当時の租税特別措置法関係通達と当該通達の解説の存在からみて、Yの処理が明確に誤りであったとも言えないとして、その注意義務違反を否定した。しかし、本判決は、本件ワラント債売却損については、Yが減額更正を求める嘆願書を提出させるようにしていたら減額更正を受けられたであろうとして、その注意義務違反を認めた。
このような判断は、先例としては注目されるべきであり、その損害額の認定や過失相殺についても、先例として参考になる。
(2)しかしながら、本判決には、前述のように、本件ワラント債売却損の処理について、Yに対して注意義務違反を認めたことには疑問が残る。もちろん、Yの税務処理が不適切であったことは明らかであるが、そうであるからと言って、嘆願書を提出した場合にM税務署長から減額更正を受けられたかというと、前掲した裁判例に照らし極めて疑わしい。その意味では、本判決には問題がある。
もっとも、本訴においては、前述のように、Y側の主張・立証にも不十分な点が見受けられる。また、本判決には、前述のように、当時の法人税法の適用等租税法の解釈等に不適切な点も見受けられるので、その点も本判決の結論に影響を及ぼしているようにも考えられる。いずれにしても、本件は、税理士に対する損害賠償請求事件ではあるが、その争点が税務処理の適否にあるのであるから、租税法の解釈・適用に正確さが望まれるところである。
(注1)本件各判決のほか、東京地裁平成4年7月31日判決(判例時報1463号88頁)、東京地裁平成5年11月24日判決(判例時報1509号48頁)、京都地裁平成7年4月28日判決(平成3年(ワ)第2369号)、東京地裁平成7年11月27日判決(平成5年(ワ)第2494号)、大阪地裁平成14年7月26日判決(平成12年(ワ)第13647号)、大阪高裁平成15年6月6日判決(平成14年(ネ)第2565号)等参照
(注2)林良平編 「注解 判例民法 債権法・」56頁参照
(注3)林良平編・前掲書 56頁参照
(注4)内田輝紀 「詳解・改正税理士法」税理23巻8号110頁参照
(注5)京都地裁平成7年4月28日判決(平成3年(ワ)第2369号等)。そのほか、前出(注1)の各判決参照。
(注6)桜井巳津男他「法人税関係 措置法通達遂条解説 8訂版」(財経詳報社)672頁
(注7)大阪地裁平成元年6月29日判決(税務訴訟資料170号952頁)、同判決の内容については、品川芳宣「重要租税判決の実務研究」(大蔵財務協会)264頁参照。
(注8)本判決の概要と問題点については、前出(注7)「重要租税判決の実務研究」17頁参照
(注9)当時、有価証券の譲渡損益の計上取扱いについては、法令上の明文規定はなく、法人税法22条2項及び4項の規定を受けて、いわゆる引渡基準により処理されていた(当時の法基通2-1-22参照)。
仮装経理処理を誤り嘆願書を提出しなかった場合の損害賠償義務
前橋地裁平成10年(ワ)第483号 平成14年6月12日判決
東京高裁平成14年(ネ)第3787号 平成15年2月27日判決
品川 芳宣
筑波大学大学院教授
一、事実
(1)本件は、X(原告、被控訴人)が、その顧問税理士であったY(被告、控訴人)に対し、①Xの平成7年度分法人税の確定申告に当たり、平成2年度に発生したワラント債の売却損を特別損失と計上し、Xが平成7年11月に取得した土地に係る借入金の支払利子を損金の額に算入した申告により、M税務署長から更正処分を受け、過少申告加算税等の損害が発生し、②前記ワラント債の売却損につき平成2年度の減額更正の請求しうる旨の説明・助言をせず、Xにその機会を失わせたため還付金相当額の損害が発生したと主張して、委任契約(あるいは準委任契約)の債務不履行に基づく損害賠償を請求する事案である。
Xは、建築材料の販売等を目的とする株式会社であるが、Yに対し、顧問税理士として昭和53年4月ころから平成9年2月28日までの間、Xの毎年5月1日から翌年4月30日までを事業年度とする各年度の法人税等の税務申告手続を委任してきた。
Yは、平成8年7月1日、Xの平成7年度分の法人税等の確定申告(以下「本件確定申告」という。)を行った。
Yは、本件確定申告の際、Xが平成7年11月24日に代金4400万円で購入した土地(前橋市a町b丁目c番地d、以下「本件土地」という。)に係る借入金の支払利子を損金に算入し、Xが平成2年7月16日に売却したT金属のワラント債及び同月17日に売却したS電工のワラント債(以下これらを「本件ワラント債」という。)の売却損を平成7年度の特別損失として計上した。
(2)Xは、平成10年4月28日付けで、M税務署長によって、前記(1)の各処理を否認する内容の更正(以下「本件更正」という。)を受けた。その更正通知書に記載された更正の理由の要旨は、次のとおりである。
① 新規取得土地等に係る負債利子の損金不算入額・・・110万円
貴社が平成7年11月24日に取得した本件土地4400万円は新規取得土地等に該当しますので、当該取得価額を基準取得価額として計算した新規取得土地等に係る負債利子の損金不算入額110万円は、当事業年度の損金の額に算入されません。
② 有価証券売却損の損金不算入額・・・合計2544万円3489円
当事業年度に有価証券売却損として損金の額に算入したT金属のワラント債売却損903万7239円、S電工のワラント債売却損1640万6250円は、売却した平成2年7月16日・17日の属する事業年度の損金として計上すべきものであり、当事業年度の損金の額に算入されません。
また、前記②の更正理由については、YがXに対し、減額更正のために嘆願書提出を助言せず、平成2年度の減額更正の期限を逸したというものである。そのため、Xは、Yとの委任契約において、Yの債務不履行があったものとしてYに対する損害賠償を請求する旨本訴を提起したものである。
二、争点と当事者の主張
1 争点
(1)Yに注意義務違反があったか。
(2)損害の発生とその額
(3)過失相殺の有無とその程度
2 Xの主張
(1)Yは、Xの確定申告に当たって、税務に関する法令、実務に関する専門知識をもとに、更正処分や過少申告加算税の賦課処分を受けるなどにより損害を被ることのないように指導及び助言をする義務を負うところ、次のような注意義務違反を冒している。
① Yは、Xが新たに本件土地を取得したことを知りながら、租税特別措置法62条の2の規定に反し、本件土地に係る負債利子を損金に算入する処理をした。
② 本件ワラント債の売却損は平成2年度の決算において計上すべきであるが、これをしなかった場合でも、平成2年度の申告期限である平成3年6月30日から5年間は税務署長に対する嘆願の形式で減額更正を求めることができる。
Yは、5年経過前の平成8年6月19日以前に、本件ワラント債について、平成2年7月に売却損が生じていることを知っていたのに、平成2年度に関して減額更正ができることをXに説明し、その申立てを指導すべきであるにもかかわらず、これを怠った。なお、Xが減額更正の請求をすれば、嘆願といえども正当なものであれば税務署長はこれに応ずる義務があるから、認められた可能性は高かった。
(2)本件ワラント債売却損等に係る処理を怠ったことによる実損額は、3220万円余となる。
(3)Xが本件ワラント債の売却の事実を把握した時点で、Yが平成7年度の申告を適正に処理していれば平成2年度について減額更正されていたのであり、それ以前に、Xが売却の事実を把握していていたかどうかは損害に影響を与えていないから、過失相殺はない。
3 Yの主張
(1)Yが顧問契約で受注した業務は、各決算期の申告書等の作成などの税務顧問業務である。本件土地に係る負債利子の処理は、Xの経理責任者からの報告等により国税庁の通達解釈に基づいて会計処理をしたものであるから、X(後任の税理士)が本件更正について異議申立てすべきであった。また、Yが本件ワラント債売却損の事実を知らされたのは、平成7年度分確定申告書提出直前である平成7年6月20日過ぎであるので、平成7年度の特別損失として計上する方法を取らざるを得なかった。この方法でも、法人税法129条2項の趣旨に適うはずである。また、税務署長に対する嘆願による減額更正は、税務署長の裁量に過ぎず、本件においては、M税務署長が調査をする時間的余裕もなく、減額更正は客観的に無理であった。よって、Yに委任契約上の注意義務違反はない。
(2)Xが主張する損害は、Xが異議申立てすれば回避できたものであり、仮にYに注意義務違反があったとしても、損害との間に相当因果関係はない。
(3)仮に、Yに注意義務違反が認められるとしても、Xが主張する損害について少なくとも9割以上の過失相殺が認められる。
三、一審判決要旨
1 事実の認定について
前記一の事実のほか、各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
(1)Yは、昭和46年に税理士登録をし、昭和53年4月ころ、Xの前代表取締役B(故人)から依頼を受けてその税務顧問となり、平成5年8月まで5万円、同年9月以降は6万5000円の顧問料(消費税別)を受領していた。また、Yは、Xの各事業年度の税務申告手続を行い、申告手数料(消費税別)として毎年60~70万円を受領していた。この顧問契約は、平成9年2月13日に、XからYに対し、同月末をもって顧問契約を解除する旨の通知がされたことによって解約された。
(2)Yは、平成7年1月ころ、Bの妻Cから、X建材部の駐車場用地として本件土地を購入する予定がある旨を告げられ、その後、本件土地付近の現場を検分・調査したが、それによると、本件土地等の取得経緯、使用状況は次のとおりであった。Xは、かねてより、前橋市a町b丁目c番e・f所在の事務所及び倉庫(いずれもD所有)を建材部事務所・倉庫として利用していた。その後、その隣地である土地(c番g)上に、Eが代表取締役を務める株式会社Fにおいて新たに事務所・倉庫を建築することとなり、Xは、平成8年3月1日からこれを賃借する予定でいたが、これに先立ち事務所駐車場を確保するために、Gから、平成7年11月24日、c番gの土地に接する本件土地(c番d)を買い受けて取得した。
(3)Yは、例年、決算期後1か月以内の5月中に決算修正仕訳(一次)をXの経理責任者から受け取り、YがX事務所に約1週間程度赴いて決算整理事項チェックリストを利用しながら、Xの経理責任者から資料の説明を受けつつ、建材卸売り(販売)と不動産賃貸(管理)の各部門の決算仕訳(2次)を確定する作業を行い、その後、更にXから提出される工事部門の集計を取りまとめることによって決算書を確定させていた(3次)。
しかし、平成8年5月ころ以降、Xの役員間で役員の更迭をめぐる交渉が続き、同年6月15日にようやくこれに関する和解が成立し、同日、Xの経理責任者(H課長、後に退社)から後任(I)に、平成7年度決算に関する修正仕訳(1次)が引き継がれるに至った。その際、上記資料によって、平成2年7月の本件ワラント債売却という仕訳がされていた事実が初めて判明した。
そこで、Yは、後任の経理責任者(I)に事実確認を依頼し、同人から証券会社に照会された結果、平成8年6月19日、Y証券M支店から平成2年7月16日にT金属のワラント債が売却されていた旨の回答があり、同回答は翌20日、Yに伝えられた。また、S電工ワラント債についても同様に確認が進められ、同月24日、Yに、平成2年7月17日に売却済みである旨のS証券T支店による照会回答結果が伝えられた。
なお、この間、Yは、Xの経理担当者に対して、減額更正の期間が平成8年6月30日までであることを説明した上で、早急に調査をするように指示することはなかった。
Yは、平成8年6月28日、前記事実の各処理をした確定申告書及び決算報告書を取りまとめてX代表者の承認印の押捺を受けて、平成7年度の申告期限である同年7月1日、M税務署にこれを提出した。この間、Yは、本件ワラント債売却損につき減額更正の請求をする方法があり得ることをXの経理担当者や代表者に説明したことはなかった。
(4)平成10年1月、Xは、M税務署の担当官から、前記事実等の各処理につき誤りがある旨の指摘を受けた。そのため、Xは、Yに対し、その旨を連絡し、上記指摘に係る各処理に関連して、①本件ワラント債売却損を平成2年度に計上しなかった理由、②平成8年6月までに減額更正の請求をしなかった理由、③平成7年度の申告で本件ワラント債売却損の処理をした理由をそれぞれ質問する内容の照会書を送付した。これに対し、Yは、①決算書に添付の有価証券内訳書はJ常務(当時の原告会計責任者)に作成してもらったものを指示どおりそのまま使用したもので、平成2年度に本件ワラント債売却損を認識できなかった、②平成8年6月までに減額更正の請求を行えば平成7年度の税額が同額分増加することになる(更正の請求を行えば平成7年度の売却損計上は損金計上にならない)、③申告書に本件ワラント債売却損を加算しなかったのは損金であるとの認識である、旨を回答した。
その後の平成10年4月、Xは、上記税務処理に係る損害賠償を求める催告書をYに送付したが、Yは、売却損の件は時間をかけて税務当局と交渉中であり、検討中との回答を受けていること、修正申告に応じないようにしないと交渉が無駄になること等をXに連絡した。しかし、平成10年4月28日付けで、M税務署長により本件更正がされた。
2 Yの注意義務違反について
(1)本件土地に係る負債利子の損金算入について
各証拠を総合すると、平成7年11月24日にXが取得した本件土地に係る負債利子の損金算入に関する税務上の取扱いは、以下のとおりである。
法人税の課税所得の計算においては、法人が支払う借入金の利子は、原則として、支払った事業年度の損金の額に算入することができるが、新規土地取得等に係る負債利子の課税特例が昭和63年に新設されたため(昭和63年12月31日以後に取得した土地等に適用)、法人が各事業年度終了の時において新規取得土地を有する場合には、新規土地取得土地等に係る負債の利子は損金の額に算入されない(措法62の2)。
負債利子の損金不算入期間は、新規取得土地等を取得した日から4年を経過するまでの期間であるが、新規取得土地等が「長期間にわたって使用される建物又は構築物の敷地の用に供された土地等(これらの建物又は構築物と一体的に使用される施設の用に供される土地等を含む。)」に該当するときは、取得の日から「その建物又は構築物がその用に供された日」までが損金不算入期間となる(措法62の2③二イ)。
そして、上記の「建物等と一体的に使用される土地等」の範囲につき、法人税基本通達では「建物等と機能的及び地理的な一体性を有して事業の用に供される施設の用に供される土地等をいう」旨が明らかにされ、これにつき更に「機能的一体性及び地理的一体性について、極めて限定的に解することは、この課税制度の目的、趣旨、最近の都会地における土地の事情等からみても実情にそぐわないと考えられる。・・・地理的一体性については特定建物用の敷地と接していることまで要求するのではなく、特定建物等又はこれと一体的に使用される施設の用途又は使用目的に応じた一定の地区内での地域的概念として考えるべきである」との解説がされている。
上記取扱いを本件土地の取得経緯や使用状況等に関するYの調査結果に即してみると、Xが本件土地を取得した時点(平成7年11月26日)において、本件土地は、当時のX建材部事務所・倉庫の駐車場として利用されていたことに加え、平成8年4月以降は新たにXが賃借する予定の新事務所・倉庫の所在地に隣接して引続き駐車場として利用されることが見込まれていたというのがあるから、Yの調査結果を前提とする限り、本件土地は上記の要件を充たす余地があることは否定できない。したがって、本件土地に係る負債利子を損金に算入したYの処理は、当時の調査結果を前提に法令や基本通達を踏まえた税務処理をして確定申告をしたものということができるから、たとえ後にXがこれに関して更正処分等を受けることがあったとしても、Xに対する債務不履行を構成することはない。
(2)本件ワラント債売却損の損金算入について
各証拠を総合すると、平成2年度に発生した有価証券売却損が平成7年度申告の時点で判明した場合における税務上の取扱いは、以下のとおりである。
有価証券の譲渡損益は、その譲渡に係る契約をした日の属する事業年度で計上しなければならない(法法61の2①)から、平成7年度の申告において平成2年度に発生した売却損として計上することはできない。
この場合には、①仮装経理に基づく過大申告につき修正の経理した上で、修正経理で特別損失と計上した金額を法人税申告書別表四で加算した確定申告書を提出し(法法129②)、②税務署長宛に減額更正(通法70②)を求める嘆願書を提出することになる(納税者は過大な申告をした場合には、法定申告期限から5年が経過していなければ、税務署長は減額更正をすることができる(通法70②)ためである。)。
そして、上記の修正の経理は、損益計算書中の財務諸表(損益計算書)の特別損益の項目において、前記損益修正損等と計上して仮装経理を修正してその事実を明らかにすべきものと理解されている。
上記取扱いに関する知識は、税理士として当然に保有・駆使することが期待される程度のものと考えられる。そして、上記認定したとおり、Yは、税理士としてXとの間で顧問契約を締結し、毎事業年度の決算書類の作成及び確定申告書の代理を行ってきたものであるから、上記取扱いに関する知識を駆使することによって、違法・不当な申告によりXが更正処分や過少申告加算税の賦課処分を受けることがないようにすることはもちろん、過年度の決算・申告の誤りによって過大な所得申告があったことを発見した場合には適切な事後措置を講ずること(本件ワラント債売却損につき減額更正の請求(嘆願)をすべきこと)を助言・指導すべき義務があったということができる。
これをYが採った処理についてみると、確定申告書に添付された「雑損失等の内訳書」では、他の有価証券売却損に係る取引と何ら区別することなく、本件ワラント債に係る各損失を「平成8年4月30日」の売却損として計上し(合計8732万円余)、損益計算書の特別損益の部・特別損失の項目に「有価証券売却損」として上記8732万円余を計上して当期利益を3165万円余とし、これを当期利益として所得の金額が算出されている。上記税務処理は、平成2年度に発生した有価証券売却損を平成7年度の損金に算入した点において法人税法61条の2第1項に違反し、同法129条2項に規定する修正の経理を含むものでないことが明らかである。
そして、Yは、法定申告期限(平成8年7月1日)前の同年6月15日ころに平成2年度に計上すべきであった本件ワラント債売却損が存在することを知ったために検討の時間的余裕が十分でなかったことは窺われるものの、その一方で、上記の取扱いに関する知識は高度に専門的な部類に属するものでない上、当該売却損の発生に係る取引事実については、Xにおいて殊更にこれを隠ぺいする仮装経理がされていたような形跡はなく、Xの経理担当者に直ちに証券会社に対する照会等の調査を指示することによって早急にほぼ確実な裏付け資料を入手し得る性質のものであったことに照らすと、Yが本件ワラント債につき上記のような処理と採り、平成2年度の申告につき減額更正の請求をすべきことについてXに助言・指導をしなかったことは、上記顧問契約上の義務に違反した債務不履行に当たるというべきである。
なお、Yは、減額更正・嘆願の制度を知っており、その除斥期間がまもなく満了することも知りつつ、上記処理をとったかのような供述するが、上記処理は当時既に文献等で説明がされていた取扱いに明らかに反するものであるにもかかわらず、Yは、Xの経理責任者等にそうした方法をあえて選択する理由を全く説明していないことに加え、平成10年2月当時にYがXに対してした上記処理に関する回答内容を考慮すると、上記供述を採用することはできない。
3 損害の発生・その額について
(1)過少申告加算税について(認容額258万円余)
Xは、本件更正に基づき、合計269万円余の過少申告加算税、延滞税等を支払うことになったが、これを不算入額に応じて按分すると(本件ワラント債売却損に関する不算入額が合計2544万円余、本件土地に係る負債利子に関する不算入額が110万円)、本件ワラント債に関する部分が占める金額は、258万円余(=2,699,500÷{25,443,489÷(25,443,489+1,100,000)}、となる。
上記金額は、Yが本件ワラント債売却損を損金に算入して申告する処理をしたことにより納付を余儀なくされたものであるから、Yによる債務不履行により生じた損害ということができる。
(2)還付金相当額について(認容額1456万円余)
各証拠によれば、本件ワラント債に係る売却損に関する平成2年度申告につき、減額更正の請求をし、税務当局により減額更正の決定がされればXが還付を受けたであろう金額を算出すると、法人税が954万円余、事業税額が305万円余、県民税が57万円余、市民税が140万円余(合計1456万円余)となることが認められる。
そして、本件では、Yが本件ワラント債に係る売却損が存在することを知ったのは法定申告期限の直前である平成8年6月15日ころであったものの、本件ワラント債に係る取引事実やその数額については、証券会社に対する照会結果等のほぼ確実な裏付けがあることに加え、税務署の担当官が「期限内であれば必ず返した」旨を名言していた旨のA証言の内容を考慮すれば、YがXの経理担当者に減額更正の請求の必要性を説明して、早急に資料を整理させた上で平成7年度申告の際に所要の処理を採っていれば、税務当局による減額更正に基づき上記金額が還付されたであろう蓋然性を肯定することができるから、Yの債務不履行とXの上記還付金相当額の損害との間の因果関係を認めることが相当である。
4 過失相殺について
前記の認定事実によれば、平成8年5月ころ以降、Xの役員間で更迭をめぐる交渉が続き、平成7年度の確定申告の準備は例年に比し遅れており、平成8年6月の申告当時、Yは時間的余裕のない状態での処理を強いられたことに加え、Xの経理担当者の交替によって例年どおりの決算書作成に係る協力を得がたい状況に置かれたということができ、こうした中、申告期限の直前になって本件ワラント債売却損に係る取引事実が判明したために前記のような処理が行われたことを考慮すると、その責任の一部はXの側にもあると認めるのが相当である。
これら本件に現れた一切の事情を総合的に考慮すれば、本件においてYに賠償を命ずべき金額については、民法418条を適用して、認定の損害額(合計1715万円余)のうち、その4割を減ずることが相当である(過失相殺後の損害額1029万円余)。
以上によれば、Xの本訴請求はYに対し1029万円余及びこれに対する平成11年8月26日から支払済みまで民法所定年5分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却する。
四、控訴審判決要旨
控訴棄却。
(1)当裁判所も、Yの請求は原審が認容した程度の理由があるものと判断するが、その理由は、次のとおり補正し、Yの当審における追加主張に対する判断を付加するほか、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。
(2)国税通則法70条2項は、納付すべき税額を減少させる更正や還付金があるものとする更正などについては、同条1項に定める3年の更正の期限を5年に伸長しているところ、その趣旨は、納税者に不当に不利益を課す結果となっている課税処分については、できる限りその状態を是正すべきものとすることにあると解されるのであって、同条2項に基づいてされる更正が裁量に属するとしても、上記のとおり、Yが平成7年度の確定申告に当たり、前記記載のような申告と所要の処置を講じていれば、職権に基づく更正決定により上記金額が還付された蓋然性があったというべきである。
(3)Yは、S電工ワラント債の売却を確認したのは平成8年6月24日であるから、直ちに嘆願書を提出したとしても、同月30日の更正期限までに税務当局が更正の決定をすることは客観的に不可能であった旨主張する。しかしながら、Yが本件ワラント債の売却損の存在を知ったのが平成8年6月15日ころであることは原審の認定するとおりであり、また、証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件の場合、本件ワラント債の売却損の認定及びそれに伴う税額の更正の決定(還付金額の決定)は比較的容易であって、上記の認定判断はそれほど時日を要するものではないことが認められるから、YはXの経理担当者に説明し、証券会社に照会をさせるなどして早急に資料を整えた上、税務当局に嘆願書を提出するなど所要の措置を講じていれば、税務当局が上記期限までに更正の決定をすることは不可能ではなかったというべきである。
五、解説
はじめに、
本件は、税理士の業務上の過誤を理由とする損害賠償請求事件である。この種の損害賠償請求事件は、最近多くなってきているが、その多くは税理士に対しかなり厳しい注意義務を要求する傾向にある(注1)。
本件においては、①借入金で取得した土地につき、当該借入金に係る支払利子の損金算入を規制とした当時の租税特別措置法62条の2の適用を誤ったことに注意義務違反があるか、及び②5年前に生じたワラント債売却損の処理につき、更正の請求の期間が経過しているとはいえ税務署長に対して嘆願書を提出して減額更正を求めなかったことに注意義務違反があるか、が問題とされたものである。
特に、前記②については、減額更正の期間制限ぎりぎりに5年前の粉飾経理が発覚したものであるが、この問題については、国税通則法と法人税法の関係規定の解釈論や当該減額更正が税務署長の裁量に委ねられている場合にその処理期間との関係でどのように考えるべきかが大きな問題となる。
そのほか、本件においては、本件のような場合の損失額の算定方法や過失相殺の要否とその割合についても考えさせられる所が多い。いずれにしても、本件のように、過去の粉飾経理をどのように修正すべきかについては、実務上よく起こり得ることであるので、単に損害賠償請求事例の一事例としてではなく、粉飾経理の処理事案としても関係規定の解釈上も参考になる所が多い。
1 民法上の損害賠償責任
(1)民法415条は、「債務者カ其債務ノ本旨ニ従ヒタル履行ヲ為ササルトキハ債権者ハ其損害ノ賠償ヲ請求スルコトヲ得 債務者ノ責ニ帰スへキ事由ニ因リテ履行ヲ為スコト能ハサルニ至リタルトキ亦同シ」と規定している。この「債務ノ本旨」に従って履行をしないというのは、法律の規定、契約の趣旨、取引慣行、信義則等に照らしてみて適当な履行をしないことである。
また、この債務不履行には、履行遅滞(履行できるのに履行しないこと)、履行不能(履行できないこと)及び不完全履行(ないし積極的債権侵害、債務者の行為で債権者が損害を蒙った場合)の三つが含まれると解されている(注2)。いずれの場合にも、債務者の責任が生じるためには、債務不履行が債務者の責めに帰せられる事由に基づくことを必要とするが、その挙証責任は債務者にある。
なお、債務履行に当たって債務者が補助者として用いる者の行為によって不履行が生じた場合には、その履行補助者の故意・過失を、債務者の故意・過失と信義則上同視することによって、補助者の故意・過失ある行為について、債務者が不履行責任を負うものと解されている(注3)。
(2)かくして、債務不履行が生じた場合には、「損害の発生」と「債務不履行と損害の発生の間の相当因果関係の存在」という二つの要件が備わった場合に、損害賠償請求権が発生する。そして、損害賠償の範囲については、①債務不履行に因って通常生じる損害と②特別の事情に因って生じた損害のうち当事者の予見可能性のあるものとされている(民法416条)。
2 税理士の業務遂行上の損害賠償責任
(1)次に、税理士の業務遂行における債務不履行の有無については、税理士法等の関係法令の規定等が問題となる。税理士法1条は、「税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とする。」と規定している。この「納税義務の適正な実現を図る」ことは、「過大でも過少でもなく納税する」ことを意味し、税理士が納税者の権利を擁護することもそこに含まれていると解されている(注4)。従って、経済取引において税コストを最小にしようとするいわゆる節税のための納税者からの相談についても、税理士は、納税者に有利になるように適正に対応することが期待されている。
(2)また、税理士は、他人の求めに応じ、租税に関し税務代理、税務書類の作成及び税務相談を行うことを業とし(同法2条1項)、それらの業務のほか、税理士の名称を用いて、他人の求めに応じ、税理士業務に付随して、財務書類の作成、会計帳簿の記帳の代行その他財務に関する事務を業として行うこともできる(同法2条2項)。
そのため、裁判例においても、「税理士は、税務に関する専門家として、依頼者の信頼に応え、日頃から研鑚を図り、税務に関する法令及び実務に精通し、右職務を遂行しなければならず、依頼者から税務に関して指導、助言を求められたり、税務書類の作成、税務申告の代行等を委任された場合、法令等の解釈、適用を正しく行って指導、助言をし、書類作成や申告手続に過誤がないようにしなければならない。」(注5)と解されている。
(3)そして、このような責任は、基本的には委任契約上の債務不履行に係るものであるため、受任者注意義務を定めた民法644条が適用される。同条は、受任者が委任の本旨に従い、善良なる管理者の注意をもって委任事務を処理する義務を負う旨定めている。
この善管注意義務は、受任者の職業、地位等につき通常人を基準として要求される義務を意味し、専門家なら通常払うであろう注意義務が基準となり、それを欠いたときに債務不履行が成立すると解されている。
3 本件土地に係る負債利子の損金算入
(1)本件においてYの注意義務違反が問われた一つは、Xが平成7年11月24日に取得した本件土地に係る負債利子について、Yが平成7年度法人税の損金額に算入したものの本件更正において当該損金算入が否認されたことにある。
問題となった旧租税特別措置法62条の2は、昭和63年度の税制改正において、バブル対策土地税制の一環として設けられたものである。その内容は、本判決でも判示しているように、昭和63年12月31日以後取得した土地等について、当該取得に係る負債利子を当該取得した日から4年を経過するまでの期間損金不算入とするものである。しかし、取得した土地等が「長期間にわたって使用されるものとして政令で定める建物又は構築物の敷地の用に供された土地等(これを一体的に使用される土地等として政令で定めるものを含む。)」(旧措法62の2③二イ)に該当する場合には、当該建物又は構築物がそのように供された日から当該負債利子が損金算入される。
(2)この建物等と一体的に使用される土地等の範囲については、次のような通達による取扱いがあった(租税特別措置法旧関係通達62の2(3)-8)。
「措置法第62条の2第3項第2号イに規定する『建物又は構築物と一体的に使用される土地等』とは、その特定建物等と機能的及び地理的な一体牲を有して事業の用に供される施設の用に供される土地等をいうのであるから、例えば、工場と公道との間の取付道路の用に供される土地等、スーパーマーケットの近隣地に設置される駐車場の用に供される土地等はこれに該当することに留意する。」
また、この取扱い通達については、次のような解説があった(注6)。
「しかし、機能的一体性及び地理的一体性について、極めて限定的に解することは、この課税の特例制度の目的、趣旨、最近の都会地における土地事情等からもみて実情にそぐわないこととなる。
機能的一体性については、例えば、工場と公道との間の取付道路の用に供される土地のように、厳密に解すれば「工場」と「道路」という異なる用途に使用されている場合であっても、それらはすべて工場のためのものであるが、機能的一体性を有しているものと考えて差し支えないものといえる。
また、地理的一体性については、建物等の敷地と接していることまでを要求するのではなく、長期間にわたって使用される建物等又はこれと一体的に使用される施設の用途又は使用目的に応じた一定の地区内での地域的概念として考えるべきである。」
なお、以上のような新規取得等に係る負債の利子の課税の特例については、平成10年度の税制改正において廃止され、平成10年1月1日以後に取得した新規取得土地等については適用がないこととされた。
(3)かくして、本件において、本訴の規定では、本件土地は、当時のX建材部事務所・倉庫の駐車場として利用されていたことに加え、平成8年4月以降には新たにXが賃借する予定の新事務所・倉庫の所在地に隣接して引き続き駐車場として利用されることが見込まれていたというものである。この事実関係の下では、前記通達の取扱いの適用があったものとも考えられる。
そのため、本判決は、Xに対する債務不履行を構成することはないと判断している。この判断からすると、Xは、本件更正について異議申立ての手続を経ていたならば、本件更正の一部が取り消されることもあり得ることを示唆している。この判示については、一つの先例として参考になろう。
なお、本判決は、本件課税特例が租税特別措置法の定めたことによることを参照しながら、その取扱いが法人税基本通達に定められていると誤解しているが、このような税務に対する不十分な認識が次の問題点についての判断にもつながっているようにも考えられる。
4 本件ワラント債売却損の損金算入
(1)本件においては、本件ワラント債売却損の処理が最大の問題となっている。本判決の認定した事実によれば、本件ワラント債売却損は、平成2年7月に生じたものというものであるから、本来であれば、平成2年度分法人税の損金の額に算入されるべきものである。Xがこの損失を平成2年度に計上しなかったのは、一種の仮装(粉飾)経理であったものと認められる。
このような仮装経理に関しては、法人税法上、「・・・・仮装して経理したところに基づくものがあるときは、税務署長は、当該事業年度の所得に対する法人税につき、その内国法人が当該事業年度の各事業年度の確定した決算において当該事実に係る修正の経理をし、かつ、当該決算に基づく確定申告書を提出するまでの間は、更正をしないことができる。」(法法129②)とされている。すなわち、この規定は、粉飾経理に対する対応措置として設けられたものであるが、国税通則法24条に定める通常の更正(税務署長は、納税申告に誤りを発見したときは、その調査により更正することになっている。)の特例を定めたものである。
この場合、税務署長による減額更正の期間制限が法定申告期限から5年とされている(通法70②一)ことと、法人税法129条2項に定める「修正の経理」の意義が問題となる。この「修正の経理」については、単なる反対仕訳等の簡便な処理ではなく、確定決算において「財務諸表(損益計算書)の特別損益の項目において、前記損益修正損等と計上して仮装経理の結果を修正して、その修正した事実を明示することである」(注7)と解されている。
(2)ところで、本件においては、本判決の認定事実によれば、Yは、平成8年6月15日頃、本件ワラント債売却損の存在を知らされ、同年6月19日及び20日に証券会社から当該ワラント債が平成2年7月に売却されたとの回答を得たというものであり、Yは、本件ワラント債売却損を損金算入した平成7年度分法人税の確定申告書を同年6月28日に取りまとめ、その法定申告期限である同年7月1日にM税務署長に提出したというものである。
確かに、Yの税務処理は、前述の法人税法129条2項の規定に従った処理ではなく、後日本件更正が行われることも明らかではあったので、その謗は免れない。しかし問題は、前述の事実関係の下で、法律が定める税務処理を行うことがYに期待できたかどうかということと、減額更正の期間制限直前に嘆願書が提出した場合に税務署長がそれに応えられたかどうかである。
まず、法人税法129条2項の規定に従い、かつ、前述の「修正の経理」の意義に照らし、XとYは、平成7年度の決算を確定させるために、(定時)株主総会において本件ワラント債売却損を損益計算書上の特別損失に計上した計算書類の承認を得なければならない。この場合、Xは、平成8年6月下旬には商法上の定めにより通常の定期株主総会の開催を予定していたであろうが、場合によっては当該株主総会を早期に繰上げて開催せざるを得なかったことが予測される。いずれにしても、平成8年6月15日に本件ワラント債売却損の存在を知ったとしても、商法上の計算書類を確定させ、株主総会の承認を得るには、当該売却損の発覚後少なくとも1週間を要することになろう(証券会社の最終確認が取れたのが6月20日であるから、それだけで5日間要している。)。
(3)次に問題になるのが、本件で最も問題とされているM税務署側の対応である。前述のように、本件ワラント債売却損の発覚後1週間で決算を確定させ、その間に法人税の確定申告書を作成し得たとしても、平成7年度分法人税確定申告書を提出し得るのは、せいぜい6月22日過ぎになるものと考えられる(本件では、法定申告期限である7月1日に提出している。)。そうすると、M税務署長が平成2年度分法人税の減額更正を行う処理期間は、1週間程度となる。この期間にM税務署長が減額更正できるかは、甚だ疑問である。
本判決は、M税務署担当官の「期限内に申請があれば減額更正する」旨の供述を採用して、その注意義務違反を認めているが、その供述がどの程度信ぴょう性のあるものかは甚だ疑わしい。例えば、新潟地裁昭和62年6月25日判決(税務訴訟資料158号706頁)(注8)では、本件のような粉飾経理の修正に伴う減額更正の期間制限が争われた事案につき、5年分の粉飾について多額な資産処分益を計上した上で過去の粉飾を整理特別損失として処理(修正経理)したところ、当該処理を税務当局が問題視したため、最終的に修正手続を終了させるために約1年要した。
そのため、5年間の減額更正につき、最初の1年間が期間制限を経過することとなり、それでも、次の事業年度の減額更正の期間期限の10日前に修正手続を了したのであるが、10日間では減額処理ができないということで、当該事業年度の減額更正も期間制限を徒過し、結局、3年間の減額更正に終わった。この税務署側の処理の当否をめぐって訴訟で争われることとなった。
前述の新潟地裁判決は、このような税務署側の処理について、特段の責められるべき点があるとはいえないとして、それ以上の減額更正を要しないとした。つまり、この判決では、期間制限の10日前の減額申請では税務署長の減額更正はできないと判断したものである。しかも、この事件では、当該期間制限の1年前に原告側の減額申請があり、その間当事者の折衝が行われてきたというものであり、当該事実関係を税務署も十分承知していたものであるから、10日間という期間は本件よりもはるかに余裕があったはずである。
(4)ともあれ、本件においては、粉飾発覚後15日の余裕しかなかったものであるが、その間に、YがXに対し商法上の計算書類を確定させ、それを踏まえて確定申告書を提出し、その後にM税務署長が減額更正を行ってXに対して送達を済ます(通法28①)ことは、相当に困難であったと考えられる。このことは、Yの処理が不適切であったこととは別に、Xの損害発生との間に相当因果関係を欠かせるものと考えられる。
もっとも、本訴においては、Yの主張・立証をみても、前述の大阪地裁平成元年6月29日判決や新潟地裁昭和62年6月25日判決のような参考とすべき先行裁判例に全くふれていないのであるから、Y側の主張・立証にも問題があったものと考えられる。
また、納税者が一旦提出した納税申告書につき減額更正を請求(更正の請求)し得るのは、原則として、法定申告期限から1年以内とされ(通法23①)、いわゆる後発的事由が生じた場合には当該事由発生後2月以内にすることが可能とされ(通法23②)、そのほか、各税法に特則が定められているが、法人税については、前事業年度の法人税額等の更正を伴う更正の請求(法法82)に限られている。そのほか、減額更正を要すべき事情が生じた場合には、法律上の定めはないので、本件のように嘆願書を提出した上で税務署長の裁量を待つことになる。しかしながら、本件のように、法人税法129条2項の規定によって減額更正が遅らされるものについては、修正の経理を経た後2月以内に更正の請求をできる道を開く必要があるものと考えられる。
なお、本判決は、本件ワラント債売却損を平成7年度の損金の額に算入したのは法人税法61条の2第1項に違反する旨判示しているが、当該条項は平成12年度税制改正において新設されたものであるから、本件においては引用できないはずである(注9)。この点についても、本件各判決が租税法の解釈に不十分であることが窺える。
5 損害の発生額・過失相殺
(1)本件においては、前述のように、本件ワラント債売却損の税務処理に関し、Yに対する注意義務違反とXの損害発生との間に相当因果関係が薄いように考えられる。しかし、本判決は、Yに対する注意義務違反を認め、本件更正に伴う附帯税負担額のうち本件ワラント債売却損に対応する部分(258万円余)と本件ワラント債売却損について嘆願書を提出すれば戻ってきたであろう還付金相当額(1456万円余)の合計額を損害発生額としている。このような判断は、前述のような問題があるにしても、一つの先例として参考になる。
(2)次に、本判決は、本件における過失相殺について、X側の対応のまずさにも配慮して、当該賠償金額について4割を減ずることが相当である旨判示している。
しかしながら、本件においては、前述のように、本件ワラント債売却損について平成2年度分法人税の減額更正を求めることに相当の無理があったものと考えられるから、仮に、本判決のように、注意義務違反を認めるとしても、過失相殺は、8~9割という高率な減殺を認めるべきであったとも考えられる。
6 本判決の意義と問題点
(1)以上のように、本件は、Xの顧問税理士であったYが、Xの平成7年度分法人税につき、本件土地に係る借入金利子と平成2年度に発生した本件ワラント債売却損をそれぞれ損金の額に算入して確定申告した場合に、M税務署長から、本件土地に係る借入金利子については当時の租税特別措置法62条の2の規定により損金不算入とし、本件ワラント債売却損は平成7年度の損金ではないとする本件更正を受けたことにつき、Yの損害賠償責任の有無とその損害額が争われたものである。この争点のうち、本件ワラント債売却損については、平成2年度分法人税について減額更正を要請する嘆願書を提出しなかったことがYの注意義務違反となるかが実質的に問題とされた。
かくして、本判決は、本件土地に係る負債利子については、当時の租税特別措置法関係通達と当該通達の解説の存在からみて、Yの処理が明確に誤りであったとも言えないとして、その注意義務違反を否定した。しかし、本判決は、本件ワラント債売却損については、Yが減額更正を求める嘆願書を提出させるようにしていたら減額更正を受けられたであろうとして、その注意義務違反を認めた。
このような判断は、先例としては注目されるべきであり、その損害額の認定や過失相殺についても、先例として参考になる。
(2)しかしながら、本判決には、前述のように、本件ワラント債売却損の処理について、Yに対して注意義務違反を認めたことには疑問が残る。もちろん、Yの税務処理が不適切であったことは明らかであるが、そうであるからと言って、嘆願書を提出した場合にM税務署長から減額更正を受けられたかというと、前掲した裁判例に照らし極めて疑わしい。その意味では、本判決には問題がある。
もっとも、本訴においては、前述のように、Y側の主張・立証にも不十分な点が見受けられる。また、本判決には、前述のように、当時の法人税法の適用等租税法の解釈等に不適切な点も見受けられるので、その点も本判決の結論に影響を及ぼしているようにも考えられる。いずれにしても、本件は、税理士に対する損害賠償請求事件ではあるが、その争点が税務処理の適否にあるのであるから、租税法の解釈・適用に正確さが望まれるところである。
(注1)本件各判決のほか、東京地裁平成4年7月31日判決(判例時報1463号88頁)、東京地裁平成5年11月24日判決(判例時報1509号48頁)、京都地裁平成7年4月28日判決(平成3年(ワ)第2369号)、東京地裁平成7年11月27日判決(平成5年(ワ)第2494号)、大阪地裁平成14年7月26日判決(平成12年(ワ)第13647号)、大阪高裁平成15年6月6日判決(平成14年(ネ)第2565号)等参照
(注2)林良平編 「注解 判例民法 債権法・」56頁参照
(注3)林良平編・前掲書 56頁参照
(注4)内田輝紀 「詳解・改正税理士法」税理23巻8号110頁参照
(注5)京都地裁平成7年4月28日判決(平成3年(ワ)第2369号等)。そのほか、前出(注1)の各判決参照。
(注6)桜井巳津男他「法人税関係 措置法通達遂条解説 8訂版」(財経詳報社)672頁
(注7)大阪地裁平成元年6月29日判決(税務訴訟資料170号952頁)、同判決の内容については、品川芳宣「重要租税判決の実務研究」(大蔵財務協会)264頁参照。
(注8)本判決の概要と問題点については、前出(注7)「重要租税判決の実務研究」17頁参照
(注9)当時、有価証券の譲渡損益の計上取扱いについては、法令上の明文規定はなく、法人税法22条2項及び4項の規定を受けて、いわゆる引渡基準により処理されていた(当時の法基通2-1-22参照)。
品川芳宣 (しながわよしのぶ) 国税庁審理課課長補佐、東京地裁調査官、税務大学校教育二部長、国税庁資産評価企画官、同徴収課長、同管理課長、高松国税局長などを経て、平成7年筑波大学社会科学系教授。 【主要著書】 『課税所得と企業利益』(税務研究会)、『役員給与税務事例集』(商事法務研究会)、『役員報酬の法律と実務』(同)、『附帯税の事例研究』(財経詳報社)、『法人税の判例』(ぎょうせい)、『相続税財産評価の論点』(同)、『重要租税判決の実務研究』(大蔵財務協会)、『役員報酬の税務事例研究』(財経詳報社)他多数。 |
当ページの閲覧には、週刊T&Amasterの年間購読、
及び新日本法規WEB会員のご登録が必要です。
週刊T&Amaster 年間購読
新日本法規WEB会員
試読申し込みをいただくと、「【電子版】T&Amaster最新号1冊」と当データベースが2週間無料でお試しいただけます。
人気記事
人気商品
最近閲覧した記事
-
-
団体向け研修会開催を
ご検討の方へ弁護士会、税理士会、法人会ほか団体の研修会をご検討の際は、是非、新日本法規にご相談ください。講師をはじめ、事業に合わせて最適な研修会を企画・提案いたします。
研修会開催支援サービス -
Copyright (C) 2019
SHINNIPPON-HOKI PUBLISHING CO.,LTD.