解説記事2006年11月27日 【ニュース特集】 ストックオプション訴訟、10年後の決着(2006年11月27日号・№188)

実務解説
ストックオプション訴訟、10年後の決着

 T&Amaster編集部 佐治俊夫


 平成18年11月16日、最高裁判所第一小法廷は、「納税者が勤務先の日本法人の親会社である米国法人から付与されたストックオプション(以下「SO」という。)の権利行使益を一時所得として所得税の申告をしたことにつき、国税通則法65条4項にいう「正当な理由」がある」と判示し、係争年分の所得税の確定申告に係る過少申告加算税の賦課決定を取り消す判決を言い渡した。SO訴訟の主たる争点である所得区分については、最高裁第三小法廷平成17.1.25判決において、「給与所得」との判断が示されており、当該判示について、最高裁は見直しの姿勢をみせていない。「正当な理由」の有無については、最高裁第三小法廷平成18.10.24判決においても、上記最高裁判所第一小法廷判決と同内容の判示がされている。
 最上級審の判断が固まったことで、SO訴訟はおおむね決着したことになる。当初の事案が平成8年分の所得税であることからすれば、10年後に決着をみた。本稿は、SO訴訟について、総括を試みるものである。

Ⅰ 結 論(争点に対する最高裁の判示)

1 親会社である外国法人から付与されたSO行使利益は給与所得

 SO訴訟は、親会社である外国法人から日本法人の役員(従業員)に付与されたSO権利行使益の所得区分が主たる争点になっていた。
 原告(納税者)は「一時所得」に該当すると主張し、被告(国・税務署長)は「給与所得」に該当すると主張した。
 最高裁判所第三小法廷(藤田宙靖裁判長)は、平成17.1.25判決において、以下のとおり判示した。なお、本判決においては、租税法上の信義則の解釈適用の誤りをいう点は重要でないとして、上告受理決定の際に排除されていた。
 「前記事実関係によれば、本件ストックオプション制度に基づき付与されたストックオプションについては、被付与者の生存中は、その者のみがこれを行使することができ、その権利を譲渡し、又は移転することはできないものとされているというのであり、被付与者は、これを行使することによって、初めて経済的な利益を受けることができるものとされているということができる。そうであるとすれば、B社は、上告人に対し、本件付与契約により本件ストックオプションを付与し、その約定に従って所定の権利行使価格で株式を取得させたことによって、本件権利行使益を得させたものであるということができるから、本件権利行使益は、B社から上告人に与えられた給付に当たるものというべきである。本件権利行使益の発生及びその金額がB社の株価の動向と権利行使時期に関する上告人の判断に左右されたものであるとしても、そのことを理由として、本件権利行使益がB社から上告人に与えられた給付に当たることを否定することはできない。
 ところで、本件権利行使益は、上告人が代表取締役であったA社からではなく、B社から与えられたものである。しかしながら、前記事実関係によれば、B社は、A社の発行済み株式の100%を有している親会社であるというのであるから、B社は、A社の役員の人事権等の実権を握ってこれを支配しているものとみることができるのであって、上告人は、B社の統括の下にA社の代表取締役としての職務を遂行していたものということができる。そして、前記事実関係によれば、本件ストックオプション制度は、B社グループの一定の執行役員及び主要な従業員に対する精勤の動機付けとすることなどを企図して設けられているものであり、B社は、上告人が上記のとおり職務を遂行しているからこそ、本件ストックオプション制度に基づき上告人との間で本件付与契約を締結して上告人に対して本件ストックオプションを付与したものであって、本件権利行使益が上告人が上記のとおり職務を遂行したことに対する対価としての性質を有する経済的利益であることは明らかというべきである。そうであるとすれば、本件権利行使益は、雇用契約又はこれに類する原因に基づき提供された非独立的な労務の対価として給付されたものとして、所得税法28条1項所定の給与所得に当たるというべきである。」

2 一時所得としての申告は「正当な理由」に該当する
 原告(納税者)は、「給与所得」と判断されるとしても、納税者が一時所得として申告したことについて、国税通則法65条4項の「正当な理由」が認められることは明らかであると主張し、被告(国・税務署長)は、「正当な理由」があるとは認められないと主張した。
 最高裁判所第三小法廷(藤田宙靖裁判長)は、平成18.10.24判決において、以下のとおり判示した。
 「過少申告加算税は、過少申告による納税義務違反の事実があれば、原則としてその違反者に対して課されるものであり、これによって、当初から適正に申告し納税した納税者との間の客観的不公平の実質的な是正を図るとともに、過少申告による納税義務違反の発生を防止し、適正な申告納税の実現を図り、もって納税の実を挙げようとする行政上の措置である。この趣旨に照らせば、過少申告があっても例外的に過少申告加算税が課されない場合として国税通則法65条4項が定めた「正当な理由があると認められる」場合とは、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、上記のような過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいうものと解するのが相当である。
 前記事実関係等によれば、外国法人である親会社から日本法人である子会社の従業員等に付与されたストックオプションに係る課税上の取扱いに関しては、現在に至るまで法令上特別の定めは置かれていないところ、課税庁においては、上記ストックオプションの権利行使益の所得税法上の所得区分に関して、かつてはこれを一時所得として取り扱い、課税庁の職員が監修等をした公刊物でもその旨の見解が述べられていたが、平成10年分の所得税の確定申告の時期以降、その取扱いを変更し、給与所得として統一的に取り扱うようになったものである。この所得区分に関する所得税法の解釈問題については、一時所得とする見解にも相応の論拠があり、最高裁平成16年(行ヒ)第141号同17年1月25日第三小法廷判決・民集59巻1号64頁によってこれを給与所得とする当審の判断が示されるまでは、下級審の裁判例においてその判断が分かれていたのである。このような問題について、課税庁が従来の取扱いを変更しようとする場合には、法令の改正によることが望ましく、仮に法令の改正によらないとしても、通達を発するなどして変更後の取扱いを納税者に周知させ、これが定着するよう必要な措置を講ずべきものである。ところが、前記事実関係等によれば、課税庁は、上記のとおり課税上の取扱いを変更したにもかかわらず、その変更をした時点では通達によりこれを明示することなく、平成14年6月の所得税基本通達の改正によって初めて変更後の取扱いを通達に明記したというのである。そうであるとすれば、少なくともそれまでの間は、納税者において、外国法人である親会社から日本法人である子会社の従業員等に付与されたストックオプションの権利行使益が一時所得に当たるものと解し、その見解に従って上記権利行使益を一時所得として申告したとしても、それには無理からぬ面があり、それをもって納税者の主観的な事情に基づく単なる法律解釈の誤りにすぎないものということはできない。
 以上のような事情の下においては、上告人が平成11年分の所得税の確定申告をする前に同8年分ないし同10年分の所得税についてストックオプションの権利行使益が給与所得に当たるとして増額更正を受けていたことを考慮しても、上記確定申告において、上告人が本件権利行使益を一時所得として申告し、本件権利行使益が給与所得に当たるものとしては税額の計算の基礎とされていなかったことについて、真に上告人の責めに帰することのできない客観的な事情があり、過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお上告人に過少申告加算税を賦課することは不当又は酷になるというのが相当であるから、国税通則法65条4項にいう「正当な理由」があるものというべきである。」

Ⅱ 主たる争点(所得区分)に対する両当事者の主張

 所得区分を巡る主たる争点での両当事者の主張を検証する。主たる争点においては、(1)給与所得課税の問題点と(2)信義則の適用に、納税者側の主張を区分することができる。

1 給与所得課税の問題点
 納税者(以下「X」という)は、給与所得の意義について、以下の判示を引用し、本件権利行使益がこれに該当しないものであると主張した。
 給与所得とは「雇用契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付」をいい、「給与所得については、とりわけ、給与支給者との関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうかが重視されなければならない。」(最高裁昭和56.4.24判決)と解される。
① Xが付与されたのはSOという権利であって、権利行使益が給付されたわけではなく、権利行使益が米国親会社から支給されたものではない。
② 給与所得課税には労務の対価の支給者と使用者の同一性が要件となる。
③ 本件権利行使益は給与所得に対して行われる源泉徴収になじまないものである。
④ 租税特別措置法29条の2の規定は、本件SOの行使益に対する課税が行われた後に改正されたものであるから、本件SOの権利行使益に対する課税の法令上の根拠とはなり得ない。
⑤ 本件権利行使益は本来的にキャピタルゲインとしての性質を有する所得であり、役務提供の対価としての性質を有しない。
 一方、税務署長(以下「Y」という)は、次のように反論した。
① SOの本質はインセンティブ報酬であり、労務の提供と不可分に結び付けられている。
② 給与所得を規定する所得税法28条1項は、雇用契約等の使用者からの給付に限定するとは規定しておらず、使用者以外の第三者からの給付であることの一事をもって給与所得から除外しているとは解されない。
③ 給与所得該当性をみるうえでも、租税特別措置法29条の2の趣旨を踏まえた解釈が行われるべきである。
④ 最高裁昭和56年判決は、使用者と給与支給者が食い違う場合の給与所得該当性を否定することまで、その射程に含むものではない。
⑤ SOに係る権利行使益は、直接の雇用契約関係にない親会社から受けるものであるが、使用者である子会社の指揮命令に服しての労務の提供に基因して得られるものであり、子会社における労務の対価として給与所得に該当するものというべきである。

2 信義則の適用
 Xは、信義則の適用について、下記の最高裁昭和62.10.30判決を引用し、いずれの適用要件についても満たしていることを主張した。
 租税法律関係に信義則が適用されるためには、「租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお、被控訴人の信頼利益等を保護すべき特段の事情の存在が必要である。特別の事情が存在するか否かの判断に当たっては、①税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、②納税者がその表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したところ、③後にその表示に反する課税処分が行われ、④そのために納税者が経済的不利益を受ける事になったかについて納税者の責に帰すべき事由がないかどうかという点を考慮しなければならない。」
 Yは、次のように反論した。
① そもそも、権利行使益が一時所得でなく給与所得として課税されるならば権利を行使しなかったという関係があるかは疑問である。
② 信義則違反が適用されるためには、Xが具体的な経済的不利益を受けたことが必要であり、単に更正による税負担の増加というだけでは足りない。

Ⅲ 「正当な理由」の有無に対する両当事者の主張

 国税通則法65条4項の(過少申告加算税が賦課されない)「正当な理由」の有無を争点に限定した最高裁第三小法廷平成18.10.24判決・最高裁第一小法廷平成18.11.16判決では、上告人(納税者)は次の指摘を行い、上告人には「正当な理由」が認められると主張した。
① SOの権利行使益の所得区分について正しい法解釈が確定していなかったこと
② 課税庁が本件確定申告直前まで一時所得という見解を採用し、多くの税務署でそうした指導がなされていたこと
③ 本件確定申告当時において一時所得という見解に相応な根拠があったこと
④ 見解を変更したことについて課税庁は納税者に対する周知徹底等の配慮を怠っていたこと
⑤ いかなる所得区分が正しいのか判断できないほど、納税申告に混乱が生じていたこと
⑥ こうした混乱状態をつくった責任は課税庁にあること
 一方、被上告人(国)は、以下のように反論した。
① 課税庁とは異なる解釈にも相当の根拠があることをもって、過少申告加算税を課すべきでない「正当な理由」に当たると解するのであれば、税法の解釈について、課税庁とは異なる解釈の存在するすべての事案について、過少申告加算税を課すことができないことになりかねない。
② 本件のような権利行使利益を給与所得とする課税庁の申告時の取扱いを十分認識しながら、自らの法解釈に基づいて権利行使利益を一時所得として過少な申告をしたものであり、客観的にも、上告人の解釈が誤りで、課税庁の取扱いが法律に従ったものであった以上、上告人に国税通則法65条4項に規定する「正当な理由」があるとは認められない。

Ⅳ SO訴訟事件の経過の検証

1 何故SOへの給与所得課税が始まったのか

 外国親会社から付与されたSOの権利行使益(以下「本件SO権利行使益」という)の所得区分が「給与所得」であるとして、更正処分を行われたのは、平成8年分の所得税からだが、何故平成8年分から課税することになったのかは明らかではない。平成7年11月に特定新規事業実施円滑化臨時措置法が改正され、認定会社に対してSO制度が設けられることになった。いわゆるSO税制(租税特別措置法29条の2)も平成8年4月から施行された。SOに対する特例の課税制度が創設されたことで、SOの権利行使益に対する原則的な課税方法が検討されていたのが、平成8年ということになる。
 平成8年6月18日付の所得税基本通達の一部改正では、新株等を取得する権利を与えられた場合の所得は一時所得としながら、当該発行法人の役員または使用人に対しその地位または職務等に関して当該新株等を取得する権利を与えたと認められる場合には給与所得とする取扱いが明らかにされた。また、改正後の通達は、平成9年1月1日以後に新株引受権を行使する場合について適用することとされているとの解説が行われている。
 当該通達で明らかにされた国内の発行法人から付与されるSOの課税関係とは別に、本件SO権利行使益については、課税当局担当者執筆の平成6年版所得税質疑応答集(大蔵財務協会)に、「現実に権利を行使した本年分の一時所得として課税されます。」との回答がなされていた。
 このような状況から、少なくとも平成7年分の所得税までは、本件SO権利行使益は「一時所得」として取り扱われてきたことになる。
 しかし、平成8年分の所得税については、微妙なものともいえるだろう。
 平成8年6月18日付の所得税基本通達の一部改正の解説(「税務通信」平成8年7月22日号)では、私見との断り書きを付しながらも、国税庁担当官が、「役員又は使用人が使用者である発行法人からその地位又は職務等に関して受ける経済的利益は、尽きるところその身分関係(雇用関係や委任関係等)に基づいて受けるものであることから給与所得として課税するのが原則であり、同様の状況で供与される他の経済的利益については現に給与所得として課税されているところである。」との解説を行っている。また、次のような記述も行われている。「ただ、側聞するところによると外国法人の関連法人である内国法人又は外国法人の日本支店に勤務する役員又は使用人に対して当該外国法人から有利な発行価額による新株を取得する権利を与える例はいくつかあったようである。この場合、その新株を取得する権利を与える者が外国法人で、その権利を受ける者がその外国法人と直接雇用関係を有しない子会社の役員又は使用人である場合には一時所得とされ、また、外国法人の日本支店の役員又は使用人については、本来支給すべきであった給与等に代えて権利を与えたと認められる場合を除いて、一時所得として課税されているものと思われる。」
 この解説を読んだ実務家が、本件SO権利行使益の所得区分をどのように解すべきか、非常に悩まされる記述ではあるが、当該通達の適用が、平成9年1月1日からと解説されていることも併せて考えれば、本件SO権利行使益に対して、平成8年分から「給与所得」課税が行われると予想することは困難であろう。
 あるべき論からすれば、当該通達の改正の適用に併せて、本件SO権利行使益についても平成9年1月1日以後に新株引受権を行使する場合に「給与所得」課税することを周知させておけばこれほど大きな問題には至らなかった。本件SO権利行使益に対し、平成8年分からの給与所得課税を一部で行ってしまったがために、課税当局としても、是正のタイミングを失することになったといえるだろう。

2 「給与所得」VS「一時所得」
 SO訴訟では、納税者が主張する「一時所得」と、課税庁が主張する「給与所得」の間で厳しい論戦が展開された。
 東京地裁民事3部・東京地裁民事2部と、行政事件専門部において、納税者が勝訴する判決が続けて言い渡されることになり、世間の関心も高まった。しかしながら、一旦、「給与所得」が横浜地裁で息を吹き返すと、控訴審では「給与所得」が定着することになった。何が流れを変えたのかは不明だが、「SO制度の本質論」が裁判所の依拠するところとなった。「SOの本質はインセンティブ報酬であり労務の提供と不可分」とする課税庁の主張が裁判所に定着することになった。

3 信義則排除で勝負あり
 信義則の適用要件が大変に厳しいことは納税者側も受け止めていた。それ故にことさらに、「給与所得」VS「一時所得」の争点を強調し、事案を深く吟味する第一審では成果をあげていたように思われた。控訴審で全滅し、最高裁に上告する段階では、租税法律主義・信義則の主張を大きくせざるをえなかった。
 しかしながら、最高裁は上告審として受理する時点において、信義則を理由とする部分を上告受理申立て理由から排除、上告審としての受理はされたが、口頭弁論が開催されないことで、「所得区分」を巡る主たる争点では、納税者側が敗訴した。

4 「正当な理由」で一矢報いるが
 SO訴訟の経過をたどっていくと、過少申告加算税での不利を課税庁側はある程度織り込み済みであったとも観察される。まず、平成8年分の所得税についての更正処分では自ら加算税の取消しを行っている。平成7年分まで「一時所得」としての課税が行われていたことは明らかであったし、事案によって加算税が取り消されることはやむを得ない状況であったともいえるだろう。
 しかしながら、最高裁の判示は、課税庁の予想よりも厳しいものといえる。課税の取扱いの変更には、少なくとも「通達」での周知が求められ、納税者が課税庁の申告時の取扱いを十分認識している事案に対して「正当な理由」が認められることになった。最高裁判所からすれば、更正の請求により訴訟を提起したものと更正処分を受けて訴訟を提起したものとの間で、過少申告加算税を課さないことで公平を維持することを優先したかったのかもしれない。
(さじ・としお)

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