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解説記事2008年08月11日 【会計基準等解説】 EUの同等性評価と今後の展望(2008年8月11日号・№270)

解説
EUの同等性評価と今後の展望

 証券取引等監視委員会事務局証券検査課長(前金融庁総務企画局参事官) 黒澤利武

 本稿においては、EUにおける会計基準の同等性評価の動向と、今後の展望を取り扱いたい(脚注1)。

Ⅰ EUの同等性評価

1.通 過 点
 欧州委員会(EC)は、去る4月22日、外国の会計基準の同等性評価に関する最終報告書を発表し、続く6月2日、これを踏まえたEU目論見書指令規則等の修正案を欧州議会等に提示した。
 日本および米国の会計基準については、国際財務報告基準(IFRS)とのコンバージェンスが着実に進展していることや、EU企業によるIFRSの使用を調整措置なしに受け入れていること等を踏まえ、2009年1月以降、IFRSと完全に「同等」と扱うべきことを提案している(脚注2)。
 EUの目論見書指令および透明性指令が施行され、EU域内でIFRSが統一的に採用され、そして、それ以外の外国会計基準はIFRSと「同等」でない限りEU域内での使用は認めない方針が出されたのが、2005年のことである。それ以来連綿と続けられてきた同等性評価を巡るわが国とEUの交渉は、ここで、1つ重要な通過点を超えることとなったわけである。

2.転 換 点  2005年といえば、欧州証券規制当局委員会(CESR)が、日米加の会計基準の同等性評価に関する最初の技術的助言を出した年でもある。広く知られているように、この助言は、日本基準についてはIFRSと「同等」としながらも、26項目にも及ぶ補正措置が必要であるとした。
 補正措置のなかには、定量的な補正計算を要する項目も少なからず含まれており、これは、実質的に数値調整を求めているに等しいと受け止められた。日米の証券当局等からは反発の声が上がったのも、けだし当然であった。
 しかし、その3年後、CESRは同等性評価のアプローチを大転換させる。従来の「ボトムアップ・アプローチ」は、投資家の視点を強調し、同等性評価に際しては、まず個々の会計基準を、その基準設定過程から切り離して静態的に比較分析し、重要な差異があれば補正を求める、そして、そのような重要な差異がコンバージェンスによって解消しない限りは、その基準はIFRSと完全に同等とは評価できないとする思考であった。
 しかし、この思考回路は、会計基準のダイナミックな変動過程をあまりにも軽視するものであった。実際、この3年間に起こったことは、IFRSと各国基準とのコンバージェンスの前例のない加速化であり、その結果としての、各基準設定主体が基準開発過程で深く相互に影響を及ぼし合う統合プロセスの立ち現われであった。
 はたして本年3月、CESRは、新たな技術的助言において、より動態的な「ホーリスティック・アプローチ」に転換する。すなわち、仮に基準間に差異があったとしても、それらの差異の解消を目的とした合理的なコンバージェンス・プログラムが存在し、かつ、それが確実に実行されていると評価できさえすれば、完全に「同等」と評価できるとするものであった。これに従い、CESRは、日米の会計基準はIFRSと同等であり、補正措置は要しないと提言したのである。
 CESRの方針転換を余儀なくさせた要因は、日米証券当局の動きにもあった。米国SECは、2005年に発表された「ロードマップ」で示された方針に沿って、大方の予想よりも早く、昨年末に、外国企業が使用するIFRSに対する調整措置の撤廃に踏み切った。日本当局も、かねてよりEU企業の使用するIFRSを調整措置なしに受け入れてきていた。こうしたなか、独りEUのみが、日米の会計基準に対して補正措置を求めるなどというオプションは、政治的にはノン・オプションというほかなかったのであろう。

3.着 地 点  同等性評価のプロセスは未だ道半ばであり、予断を許すものではない。ECとしての打出し案が一応出されたという段階に過ぎず、今後、コミトロジー・プロセスに則り、欧州議会や加盟国政府との調整が始まる。結論が出されるのは秋以降と見込まれる。
 その際、議論の焦点となりそうなのは、コンバージェンスの進展状況と、国際会計基準委員会財団(IASCF)のガバナンス改革である。
 前者について、日本基準に照らしていえば、企業会計基準委員会(ASBJ)と国際会計基準審議会(IASB)との「東京合意」に則り、確実にコンバージェンス・プログラムをこなしていくことが肝要である。特にCESRが指摘した26項目の差異の解消が優先事項であることに変わりはない。
 他方、後者のガバナンス改革を欧州関係者が重要視するのは、米国SECによるIFRSの受入れのあり方が影響している。つまり、SECはあくまでもIASBが策定した、いわば純正なIFRSの使用しか認めていない。ところが、ECは、IAS39号(金融商品会計)の一部をカーブ・アウトした基準を採用しており、EUからすれば、米国との間では会計基準の完全な相互承認が実現した形にはなっていないのである。
 このため、EUとしては、当面、カーブ・アウトの解消をできるような方向に、IASBがIFRSを見直すよう働きかけを強めていかざるを得ない。さらに、より長期的にも、EUは、カーブ・アウトせざるを得ないような基準をIASBが勝手に開発していかないような枠組みを確立する必要を感じている。これが、IASCFのガバナンス改革の話につながっていくのである。

Ⅱ IASCFにおける課題―失楽園(その1)―

1.公共財の設定団体として―カエサルのものはカエサルへ―
(1)ガバナンス改革の必然性
 IASCFのガバナンス改革は時代の要請である。EUなどの思惑とは関係なく、そうなのである。
 2001年にIASBが設立された当時、IFRSは、野心的な実験という位置付けを超えるものではなかった。米国財務会計基準審議会(FASB)のモデルに倣い、純粋に民間のイニシアティブとして、国際的に通用する会計基準を作成するという実験が開始された。実験は今や成功しつつあるようにみえる。そして、成功しつつあるが故に、改革が要請されるのである。
 IFRSは、EUを含め100か国以上において会計基準として公的に受け入れられつつあり、今や紛うことなく「国際公共財」の地位を獲得しつつある。公共的なるものには、公共的な説明責任(Public accountability)が伴う。数年前、IFAC(国際会計士連盟)は、まったく同じ問題意識から、IAASB(国際監査・保証基準審議会)等の説明責任を高めるべく、PIOBを設立する等の改革を実施している。いわゆるIFAC改革である。IASCFも、これを大いに参考にするべきであろう。楽園の外には現実が待っているのである。
(2)IASCFの「公共的な説明責任」  公共的な説明責任(Public accountability)とは何か。確かに、基準設定過程は独立であり続ける必要がある。しかし、それは同時に、まずステークホルダーの意見を広く謙虚に聞き、これらに適切に対応することでもある(Public participation)。IASBは、議事こそ公開であるものの、そのメンバーは基本的に常勤の専門家で占められ、オブザーバーの参加も一切認められていない。これは、IAASBなど他の国際的な基準設定主体ではみられないことである。さらに、ステークホルダーの多くを代表する基準諮問委員会(SAC)とIASBのインターアクションにも改善の余地が感じられる。
 第2に、会計基準は、各国の証券当局においてEndorseされ、かつ、Enforceできるように設定されなければ意味がない(Public applicability)。最近、IASCFの定款改定の文脈において、日米欧の主要な証券当局から構成されるモニタリング・ボディーを創設し、IASCFにおけるデュー・プロセス監視機能を強化する提案がなされているのも、このような問題意識からである。そして、独立性確保の観点からは、安定的かつ独立の財源確保も重要な課題となってこよう(Public funding)。
 現在のIASBは、米国FASBをモデルとしている。しかし、その米国においてさえ、SOX法以来、FASBへの公的関与は強まる傾向がある。それ以外の国、特に欧州大陸法の伝統のある諸国では、もともと会計基準には法令に準ずる権威が与えられ、したがって、その設定プロセスにも公的な色彩が濃い。IFRSが世界的に広まるにつれ、IASCFは、こうした諸国に対しても一定の説得力のある基準設定のあり方を構築していく必要に迫られているのである。
 要すれば、民間の自由気儘さと公的な権威を「いいとこ取り」することは、もとより適わないことなのであろう。聖者に俗世の権威は似つかわしくない。カエサルのものはカエサルへ返すべきなのかもしれない。

2.IFRSの位置付けからみて―バベルの塔の憂鬱―  IFRSの整合的な採用(Endorsement)そして適用(Enforcement)は、IFRSの将来にとって決定的な重要性を有する。
 IFRSの整合的な採用は「IFRSブランド問題」とも呼ばれるものであり、各国当局がIFRSをそのまま採用せず、一部に変更を加えて採用することから生ずる問題である。EUのように、カーブ・アウトがごく一部であり、かつ、その部分が官報等により開示されている場合にはまだ混乱は少ないが、そのような開示すらなされていない場合、投資家にとって問題は深刻となる。
 しかし、IFRSブランド問題は、実は上記IASCFガバナンス問題と表裏一体の関係にある。IASCFが、現在のように、孤高の民間の基準設定団体である限り、IASBは各国当局と公式なパイプがなく、IFRSの全面採用を期待し要請することくらいはできても、各国における採用実態や適用状況を監視したり、是正したりすることなど望むべくもない。さらにいえば、もともと各国における執行実態や市場慣行に関するインプットも十分ないまま、IASBのボードルーム内で開発されていく基準は、結局、カーブ・アウトされざるを得ない宿命にあるのであろう。
 IFRSの整合的な適用は、また別の問題である。これは、IASBが原則主義(プリンシプル・ベース)を標榜し、多数の解釈指針を出すことに慎重であることと密接に関連する。ここには歴史の皮肉がある(脚注3)。IASBの前身たるIASCが開発した国際会計基準(IAS)は、精緻な米国基準と比べて、大雑把すぎて実用に耐えないと批判されることがあった。これが、IASBに引き継がれ、「IFRS」という目新しい包装紙に包み直された途端、中身はさして変わっていないにもかかわらず、「原則主義」に基づくものとして急に評価されるようになった。曰く、原則主義の方が多様な状況にある諸外国において採用するのに都合がよい、また、会計士の職業的判断を尊重する意味でも優れている、と。IFRSは、原則主義であるが故に、細目主義の米国基準より優れているという話になってしまったのである。
 しかし、同じ会計基準から異なった会計処理が導かれ得るという状況は、基準設定主体にとってはともかく、投資家や執行当局などにとっては耐え難い不安定さを意味する場合があるのである。
 IFRSの究極の目標は、世界で唯一にして共通の会計基準(the single set of global standards)となることである。けだし天にも届かんばかりの高邁壮大な構築物である。それが、しかし現実にはIFRSの名のもとに多数かつ多様な基準を包含し、さらに多数かつ多様な解釈を許容するものだとすると、どうか。もはや1つの言語ではあるまい。

Ⅲ 日米における課題―失楽園(その2)―

1.改定ロードマップの公表とその後―遠い道程のために―
 本稿が印刷に回るころ、米国SECが、いわゆる「改定ロードマップ」を公表している可能性がある。SECは、昨年夏、コンセプト・リリースという論点ペーパーを突然公表し、外国企業同様、米国企業にもIFRSの使用を認める可能性を初めて示唆、市場関係者を驚かせた。最近になり、SEC委員長は、この夏にも、米国企業にIFRSを使用する段階に至るための「改定ロードマップ」を公表したいと発言してきている。
 ただ、その内容は憶測するしかないのが現状である。仮に最終的に米国基準をIFRSにスイッチすることを視野に入れるとしても、そのタイムフレーム、そして、そこに至るための諸条件も不明である。移行方法も、EU等の諸外国は自国基準からIFRSに一気に全面移行する「ビッグバン・アプローチ」を採ったが、米国も同じようにするのか、それとも、一部企業にのみオプションとしてIFRSを容認する段階を挟み込む「マルチ・ステップ・アプローチ」なのかも判然としない。さらに、IFRSに移行する場合、IASBを、FASB同様にSOX法上の「認定基準設定主体」としてSECが認定する必要があるのかどうかも未解決の問題のようである。

2.IFRS採用にあたっての課題  わが国の場合、当面、2011年までは「東京合意」に沿って、コンバージェンス完成に注力することになるものと思われるが、その先どうするかは、まさにこれからの検討課題である。
 IFRS採用には確かにメリットがある。まず、IFRSが国内外で使えるとなれば、国際的に活動する企業にとっては、活動拠点あるいは上場市場に合わせて複数の会計処理をしなければならないコストが大幅に節約できることになる。米国ビジネスの利益に敏感といわれるSECのコックス委員長らが、IFRS採用のメリットとして強調するのも、まさにこの点である。
 IFRS採用にはしかし、課題も多い。まず、投資家にとってのメリットが必ずしも判然としていない点である。コンバージェンスが進展すれば、日本基準も十分に高品質で国際的に整合的になるわけであり、それをIFRSにスイッチする限界効用は限定的となる。他方、投資家は、英語で記述されるIFRSに合わせて自らを再教育する必要があり、限界費用は大きく感じられるであろう。
 さらに、仮にビッグバン・アプローチでなくマルチ・ステップ・アプローチのもと、IFRSの選択適用となった場合、投資家にとっては耐え難いコストが発生する可能性がある。日本、米国、IFRSの3つの基準による財務報告が日本市場で乱立することとなり、比較可能性が大きく損なわれる一方、投資家は、3つの基準すべてを理解できるようにならなければならなくなるのである。
 また、先述のIASCFのガバナンス改革問題もある。日本のステークホルダーのなかには、IASBは市場関係者の意見を必ずしも謙虚に聞こうとせず、全面時価会計や包括利益会計へ性急に移行しようとする傾向がみられるという意見があるようである。IASBの基準選定プロセスを、より開かれた、より柔軟なものにする改革が期待されている。IFRSを採用するためには、まずIASCF改革を実施し、関係者の不安払拭に努めることが大前提となろう。この問題意識は、米国や欧州の関係者にも共通のものである。
 IFRS採用は容易ならざることであろう。しかし、狭き門より入るほかないのではないか。滅びに至る門は大きく広く、そこから入る人は多く、他方、命に至る門は狭く、道は細く、それを見出す人は少ないのである。

3.会計村は大競争時代に  IFRSを採用した場合、実務上、大きな構造変化がもたらされる可能性がある。どの国でも、IFRSを採用するまでは、会計士・会計学者・発行体・基準設定主体・証券当局等の会計関係者は、自国の言葉で書かれた自国の会計基準という、いわば「非関税障壁」により外国からの競争から遮断され、そのなかで、それぞれ、それなりに棲み分けてきているものである。
 IFRSの採用は、この非関税障壁を一気に取り払い、いわば「会計村」の人々をグローバルな競争に放り出すことを意味する。失楽園である。
 会計士は、英語のIFRSを理解できなければ監査実務はできなくなる。それでも4大ないしは6大監査法人のネットワーク・ファームは本部の支援を得て対応していくのであろうが、中小法人には苦境も予想される。IFRSの採用は、会計士界の新陳代謝、さらには監査業界の再編を促す可能性もある。
 学界への影響もあろう。自国語で自国基準についてしか論ずることのできない会計学者は微妙な立場に置かれるかもしれない。無論、これまで特定の国の制度に縛り付けられていた会計学が、その桎梏から解き放たれて、真に普遍的な「科学」としての会計学に脱皮するきっかけとなるという見方もできなくはないであろうが。
 さらに、発行体においても、当局においても、同様に、IFRSの実務に精通した人材を早急に育成する喫緊の必要に迫られよう。また、当局間においては、解釈指針を巡る競争または摩擦が起こるかもしれない。IASBが、原則主義を堅持し、解釈指針の作成を滞らせる場合、広大なグレー・ゾーンが残されてしまう可能性がある。しかし、投資家が発行体を訴える、あるいは当局が発行体を調査するような局面では、白黒をはっきりさせざるを得なくなるものである。より早く、より説得力のある解釈を作ることのできる当局が、他の当局を凌駕し、IFRS運用の主導権を握っていくことになろう。
 米国SECが、いつ、どのような「改定ロードマップ」を出すのかはわからない。しかし、かなり確かなのは、仮に米国がIFRS採用を決断するとすれば、それは、米国が、会計村の大競争を見据え、そこで勝ち残れるとの算段ができた時だということである。賢者は負ける喧嘩はしないのである。
 しかし、負けるかもしれないとわかっていても、せざるを得ない喧嘩もある。そういう国もある。現状、IFRSはグローバル・スタンダードとはいい難い。100か国以上で容認されているとはいえ、世界最大の資本市場である米国が自国基準として採用していないからである。逆にいえば、仮に米国もIFRSを採用するのであれば、IFRSは文字どおり「ザ・グローバル・スタンダード」となる。グローバルな基準を受け入れない市場には、グローバルになるチャンスは与えられなくなる惧れがある。東京市場の国際的な地位の維持確保は、政策当局にとって最重要の政策目標の1つであることは論を待たない。されば進むよりほかあるまい。求めて得ざるということはないのであろうから。
(くろさわ・としたけ)

脚注
1 本稿において意見にわたる部分は筆者個人のものであり、筆者の属する、または属したいかなる組織の見解をも代表するものではない。
2 日米以外のEU域外国であるカナダ、中国、韓国の会計基準については、同等性評価は先送りされ、2011年までに、IFRSへのコンバージェンス状況や会計基準の適用実態等を踏まえて、評価されることとされている。
3 Lawrence A. Cunningham, The SEC's Global Accounting Vision: Realistic Appraisal of a Quixotic Quest, North Carolina Law Review, Vol.87(2008), The George Washington University Law School,Washington D.C.

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