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解説記事2008年10月27日 【解説】 税・財政・社会保障制度の一体改革に向けて(2008年10月27日号・№280)

解説
税・財政・社会保障制度の一体改革に向けて

 (社)日本経済団体連合会税制・会計G長 井上 隆

 米国発の金融危機、世界同時株安による市場の混乱が実体経済にも深刻な影響を及ぼしつつある。
 麻生総理は補正予算の成立に続いて、新しい経済対策「生活対策」の迅速な策定を10月16日に指示した。そのなかには、「持続可能な社会保障構築と、その安定財源確保に向けた中期プログラムを早急に策定する」旨が明記されている。金融不安で短期のみならず中長期的にも経済成長への懸念が拡大している今こそ、足元の未曾有の危機への迅速な対応とともに、中長期的な視点から、社会保障制度の持続可能性確保や税体系の抜本改革の道筋を示すことが強く求められている。
 本稿では、日本経団連が10月2日に公表した「税・財政・社会保障制度の一体改革に関する提言」の概要を紹介したい。なお、文中、意見にわたる部分は筆者の私見である旨を予めお断りしておく。

Ⅰ わが国を取り巻く環境変化と課題

1 社会保障制度の機能強化と持続可能性の確立
 わが国は、現状の少子化傾向を大幅に改善しない限り、2050年には現役世代1.3人で1人の高齢者を支えるという、超高齢化社会に急スピードで突入している。一方、現行の社会保障制度は人口拡大や右肩上がりの高度経済成長を前提としたものであり、このままでは、中長期的な持続可能性の維持は不可能であるし、今後の経済活力の向上にマイマスの影響を及ぼす。今後、社会保障関係費は年1兆円のオーダーで確実に増大していく。既に、基礎年金制度の安定性を高めるために、来年度から国庫負担割合の引上げが法定されているものの、その他の財源確保の方策すら未だ不明確なままである。加えて、小児科・産科・救急医療体制に対する不安の増大、医師・診療科の偏在や介護従事者の不足など、国の最も重要な役割である国民のセーフティーネット自体にも綻びが目立ちはじめている。国民の安心確保といった必要な箇所には財源を重点的に投入して制度の安定性を向上しなければならない。さらに、将来の国力を左右する重大問題である少子化に関しても、財源不足から一向に抜本的な対策が講じられていない。老後や非常時に対する不安、少子高齢化・人口減少による国の将来の不透明さが、国民全体の閉塞感につながっていることは間違いない。

2 財政の健全性確保  わが国の国・地方を合わせた長期債務残高は、対GDP比148%(2008年度末)と、先進国中最悪の状況にある。今後、現役世代の数が減少していくなかで、将来世代に巨額のツケをまわす現在の財政構造を一刻も早く改善の方向へ誘導する必要がある。行政の合理化や無駄の排除は勿論のこと、歳出・歳入両面にわたる構造的な見直しを行い、国・地方の基礎的財政収支の黒字化を達成し、中長期的には、政府債務残高の対GDP比を安定的に低下させていかなければならない。財政健全化に向けた取組みは、小泉内閣のもとで策定された、いわゆる「骨太方針2006」を基礎として続けられているが、現時点では歳入改革、すなわち税体系の抜本改革が行われないまま、歳出削減に偏った改革が行われ、国民の不安や不信の一因にもなっている。

3 経済の成長力強化  一方、縮小均衡に陥ることなく、持続的な経済成長を維持していかなければ、国民の生活水準を向上させていくことはできず、社会保障制度の持続可能性確保や財政の健全化も図ることはできない。まずは、現下の景気回復に向けて、緊急的な経済対策を迅速に措置するとともに、改めて骨太の成長戦略を実行する必要がある。先進国で最も高い法人実効税率の引下げ、わが国の成長の糧であるイノベーションの推進、諸外国との経済連携協定(EPA)、自由貿易協定(FTA)の締結加速、電子行政・電子社会の実現による社会全体の効率性・生産性の向上を図ることも重要である。さらに、道州制の導入による地域活力の向上など、グローバル化、少子高齢化・人口減少といった環境変化に即した戦略を再構築していく必要がある。

Ⅱ 税・財政・社会保障制度の一体改革の推進
 本来、税・財政・社会保障制度の一体改革を実現するためには、今後数十年程度を見据えて、わが国の将来像を明らかにし、そのための給付や負担の水準がどのようになるのか、国民自らが選択を行い、コンセンサスを形成していくことが欠かせない。
 社会保障制度に関しては、北欧諸国に代表される「高福祉・高負担」型の経済社会モデル、他方には米国に象徴される自助努力中心型のモデルが存在する。経団連としては、日本の社会保障制度は、企業や個人が活力を失わず、かつ国民全員がセーフティーネットからこぼれ落ちることのない、経済の身の丈に合致した制度、現在のイギリスやドイツにみられるような「中福祉・中負担」型が望ましいと考える。
 一方、このような安心できる社会保障制度を支えるためには、持続可能な安定的財源を確保していかなければならない。わが国の税体系は現在、個人と法人に対する所得課税が6割を占め、今回の金融危機の影響も含め、景気変動に対して極めて不安定な体系となっている。今後は、現行の所得税中心の税体系を、消費、所得、資産の各課税のバランスがとれた体系へと改革していく必要がある。また、改革にあたって、国民一人ひとりが自ら受益するために必要な負担を、安易に子孫に先送りすることなく、自ら担っていくという点を再確認することが重要である。
 さて、これらの社会保障像や税体系を現実のものとしていくためには、長い時間がかかる。一方で、年金、医療、介護などの社会保障制度の綻びが目立ち、深刻化する少子化への対策も急を要している。
 そこで、今回の提言では2009年度から2011年度までの3年間を、改革の第一フェーズと位置付け、次のような改革の工程表を示した。なお、提言取りまとめ時点では予想だにしなかった今回の金融危機の如く、経済情勢は日々変化する。実施にあたっては、景気や歳出入への影響に注意し、柔軟かつ機動的な判断が求められることはいうまでもない。

Ⅲ 当面の改革の具体像

1 2009年度-経済活性化、社会保障制度の機能強化、少子化対策の実施
 2009年度においては、まず、現下の経済局面を打開し、一刻も早く景気を回復軌道に戻すことが必要である。現在政府で検討中の、緊急総合対策や追加経済対策も、2008年度に実施可能なものに加え、2009年度の税制改正で対応すべきものは着実に実現すべきである。
 たとえば、内需拡大の刺激策として、2009年で期限を迎える住宅ローン減税などの住宅取得促進税制を拡充するとともに、省エネ投資促進のための税制措置などを講ずるべきである。投資促進の観点からは、長期保有の事業用資産の買換え特例制度も延長が重要である。また、少子化対策、子育て支援の一環として、所得税や個人住民税において、現在の扶養控除制度を税額控除方式へと組み替え、中低所得層の子育て世代に集中的に減税となるような制度に再構築することも必要である。
 一方、社会保障制度においては、まず、基礎年金の国庫負担割合の引上げを予定通り行う必要がある。同時に、医療・介護分野の綻びに対しても緊急対応として重点的に公費を投入すべきである。また、少子化対策への歳出も躊躇すべきではない。特に、働きながら子育てをしたいと希望するすべての人が安心して子どもを預けて働くことができるように、保育サービスの量的拡充と提供手段の多様化を図るための緊急的な歳出を拡充するべきである。
 2009年度単年度では、歳出の超過が増大するであろうが、昨今のドイツの大連立政権下にみられる税制改革のように、大胆な改革は単年度ではなく、数年をかけたプログラムとして連続的に実現していくことが必要である。

2 2010年度、遅くとも2011年度-大胆な所得税減税と消費税率引上げ実施  経済情勢を注意深く観察することはいうまでもないが、2010年度か、遅くとも2011年度に大胆な所得税減税と消費税率の引上げを一体的に実施する必要があろう。年金をはじめとする社会保障制度の綻びへの緊急対応や少子化対策、所得税減税や地方の安定的財源確保、さらに基礎的財政収支の黒字化なども見据えると、最低でも消費税率を5%程度引き上げることが必要と考えられる。その際、経団連が究極の構造改革と位置づける道州制の導入に向けて、地方の安定財源確保の観点から、10%となった消費税の配分を、国7%、地方3%として地方消費税の拡充を図ることが適当と考える。
 一方、消費税による負担増大や景気への影響を緩和するために、消費税率引上げと同時に、中低所得者層(概ね年収500万円以下の世帯)に対して、5年程度の時限措置として消費税率1%規模に相当する大胆な定額減税(一世帯当たり10万円程度)を行うべきであろう。その際、中低所得者層においては、所得税から控除しきれない場合が考えられるため、個人住民税からも控除する措置が必要となる。また、極力品目を限定しながら、軽減税率の適用を検討することも考えられる。しかし、軽減税率は、制度の複雑化や納税者、執行当局双方のコスト増大、税収の減少といった数多くの課題がある点には留意が必要である。経団連の試算によれば、所得税減税と軽減税率の適用により、中低所得者層における消費税引上げによる負担増はほとんど解消され、景気への影響も最小化することが可能である。
 また、税制の公平性、効率性を高め、さらに個々人にとっては同じ公的負担である税と社会保障負担、さらにはこれらの負担と児童手当などを併せて、給付つき税額控除制度といった新たな政策の幅を拡大させる観点からも、社会保障・納税者番号制度を早急に導入すべきである。電子政府、電子行政の実現による効率化、信頼性の向上や内需拡大といった観点からも具体化が急がれる。

3 国際的整合性を踏まえた法人実効税率の引下げ  世界各国では、自国企業の競争力強化や外国からの投資促進のために法人税の引下げ競争が繰り広げられている。いまや、EU平均の法人実効税率は28%となり、わが国(約40%)と比べ、10%以上の税率差が生じている。社会保険料と税を合わせた企業負担を比較しても、スウェーデンやフランスよりやや低いものの、米、英、ドイツまた韓国、中国、台湾などのアジア諸国より高い。ドイツでは高い企業負担を軽減して国際競争力を強化するよう、本年度から法人実効税率が約10%も引き下げられたところである。企業活動の活性化は、雇用や所得、配当の増大を通じて日本経済全体の成長力向上に資するものである。人口減少のなかでわが国の成長は、海外の成長力をいかに国内の成長に結び付けていくかが重要な課題であり、国際的整合性を踏まえた法人実効税率の引下げは、わが国の成長戦略にとって必須である。

 金融危機、世界同時株安のなか、近いうちに衆院解散総選挙が予想される。足元の課題解決と同時に、中長期的な展望のもとで国の将来像に係る国民的な議論の高まりが期待される。
(いのうえ・たかし)

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