相続・遺言2024年02月16日 本妻側対愛人の子(3) その子は真実彼の子か 執筆者:北村明美

Aさんの夫Mさんが亡くなった。すい臓がんであった。すい臓がんだとわかったのは、4ヵ月前だった。一番焦ったのは夫M本人だったと思うとAさんは述べた。
「あの人は、もっと長生きして、若い愛人とその子と別荘で悠々自適の余生を送るつもりだったから」
24歳のBさんはMさんの死後、出産した。女の子であった。生前、Mさんはその子が自分の子であることを信じ、自分の子を宿してくれているBさんをいとおしく思い、可愛がった。
Aさんと夫Mさんの息子2人も、その女の子はMさんの子だと思っていた。Mさんは認知していなかったので、その女の子がMさんの遺産を相続するためには、Bさんは、死後認知請求訴訟を家庭裁判所に提起しなければならなかった(民法787条)。
相手方は検察官である(人事訴訟法12条3項)。父親であるMさんが亡くなっているため、検察官を相手方にするのである。
死後認知請求訴訟は、父の死後3年以内に提起しなければならないが、Bさんの動きはすばやかった。家庭裁判所から、利害関係人として、Aさんや嫡出子である息子らに、訴訟が係属したことが通知された。Aさん達は、補助参加という形で、訴訟に参加することができる。相手方の検察官は、事情を全く知らないため、実質的には、婚外子と配偶者・嫡出子の間の争いになるのである。
訴訟では、婚外子が父親との親子関係を証拠によって証明することが必要だ。ほとんどの場合、親子関係の証明にはDNA鑑定の結果が一番有効な証拠となる。Bさんの子のケースでは、父親であるMさんは死亡しているので、本妻であるAさんとその長男が、DNA鑑定に協力した。
その結果は?
なんと、DNA鑑定は、Bさんの子とMさんは親子ではないとの鑑定結果だった。
「夫MはBにだまされていたのだとMに言ってやりたい」。Aさんはそう言った。
***DNA鑑定***
平成元(1989)年、科学警察研究所でDNA鑑定が実用化し、1992年、「DNA型鑑定の運用に関する指針」(刑事局長通達)が制定された。親子鑑定にDNAが用いられるようになったのはそれ以降である。
バイオテクノロジーは進化し続け、出生前親子鑑定が容易になった。母体血で鑑定する手法がアメリカからはじまり広がった。男性の検体は、通常、口の中を綿棒でぬぐって粘膜細胞を取るが、企業によっては、使用済みの紙コップや歯ブラシ、毛髪などもOKとしている。そうなると、男性に知られずに、妊娠した女性は、胎児の父親が誰かを知ることができる。
父親として望ましくない男性の胎児は中絶するという傾向に対し、安易な中絶を助長しかねないという批判がある。「規律する法律もなく、ビジネスが、生命の軽視と安易な選別を助長している」と述べる大学教授もおられる。一方で、「救われる母親や子供もいる」という産婦人科医もおられる。
バイオテクノロジーの進化は、いつも、人間に悩ましい問題を突きつける。
*****
実は、もう一人、21歳の女性Cさんから、Mさんが父親であるとして死後認知請求訴訟が提起された。22年前のCさんの母親とMさんが仲睦まじく写っている写真などが証拠として出された。そしてDNA鑑定が行われた。
99.9%、このCさんとMさんの父子関係があるという結果が出た。
(2024年2月執筆)
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執筆者

北村 明美きたむら あけみ
弁護士
略歴・経歴
名古屋大学理学部物理学科卒業
コンピューターソフトウェア会社などに勤務
1985年弁護士登録(愛知県弁護士会所属)
著書・論文
「女の遺産相続」(NTT出版)
「葬送の自由と自然葬」(凱風社・共著)など
「医療事故紛争の上手な対処法」(民事法研究会・共著)
「証券取引法の仲介制度の運用上の問題点」(商事法務 ・1285)
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