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行政2024年03月01日 違反建築物に対する行政の法的対応が係争された事例 執筆者:日置雅晴

 横浜地裁令和4年3月2日判決(請求棄却・確定 判例地方自治506号101ページ)は、川崎市内の簡易宿泊所の建築物に対して、主要構造部が耐火構造になってないなど多数の防火関係の規定に違反している点において建築基準法、川崎市建築基準条例(委任条例)に違反しているとして、建築基準法9条に基づき使用制限命令が出された事案について、建築物の所有者がその取り消しを求めた事案である。

 建築基準法に違反して建築されたいわゆる違反建築物については、建築基準法は同法9条に「違反建築物に対する措置」の規定を置いており、「当該建築物の建築主、当該建築物に関する工事の請負人(請負工事の下請人を含む。)若しくは現場管理者又は当該建築物若しくは建築物の敷地の所有者、管理者若しくは占有者」と広範囲な関係者を対象として、「当該工事の施工の停止を命じ、又は、相当の猶予期限を付けて、当該建築物の除却、移転、改築、増築、修繕、模様替、使用禁止、使用制限その他これらの規定又は条件に対する違反を是正するために必要な措置(まとめて是正命令と称している)をとることを命ずることができる。」と状況に応じた権限を与えている。しかし、現実には、社会の中に存在する違法建築が相当数に上るとみられているのに対して、法9条の手続きが適用される事例はそれほど多くはない。

 違反建築の場合、施主もそのことを認識していることが多いことから、仮に行政が法9条の是正命令を出すに至っても、これを正面から係争する事案はあまり見られないことから、法9条による是正命令が裁判で係争された事案として、法9条の運用の実情を知るには参考になる事案である。

 令和3年度の建築基準法施行関係統計報告集計結果表によると、違反建築の認知件数や行政処分件数、是正件数などの件数が集約されているが、年度内に法9条の手続きの対象となった件数はわずかに24件であり、それ以前を見ても年間100件を超える年度は少ない。(一つの建築物で複数の違法があるケースもあるので、実際の対象物件数はもっと少ない)。ちなみに違法建築について、行政指導がなされる件数は概ね毎年6000件以上に上り、これに対して是正措置が完了した件数は毎年3000件から5000件程度存在している。この数字から読み取れるのは、違法建築が表面化しても、多くの事案においては行政の対応は是正を促す行政指導にとどまることが多く、そのうちの半数程度は指導を踏まえて建築主などによって是正措置がとられるものの、対処しない事案も相当数に上っていること、これに対して法9条の是正命令に至る事案は違法建築物のうちごく一部にとどまっていることがわかる。よく言えば、行政はかなり慎重な運用をおこなっている、悪くいえばあまり積極的には是正命令までは踏み切っていないということができるだろう。

 本件の事案も、いきなり使用制限命令が出されたものではなく、平成24年度から違法部分の是正を求める行政指導がなされていたにもかかわらず、当事者はこれに応じていなかった経緯があり、さらには使用禁止命令の対象も建物全部ではなく、3階部分に限定されている。本件で問題とされた違法が、簡易宿泊所という多数の者が宿泊する建築物において、必要とされる耐火構造になっていないということを含め、多数の防火関係規定の違法が見られ、放置しておけば重大な事故につながりかねない違法であることを考えると、事前の行政指導に従わなかった経緯や、使用禁止命令の対象が建物全部ではなく3階部分に限定されたものであることなど、行政の対応が慎重かつ制限的であることも含め、使用禁止命令は適法であるとした裁判所の判断は是認できるところである。

 このような建築行政の違法建築物に対する対処は、さまざまな評価が可能であるが、運用の実態の例として紹介する。

(2024年2月執筆)

執筆者

日置 雅晴ひおき まさはる

弁護士

略歴・経歴

略歴
1956年6月 三重県生まれ
1980年3月 東京大学法学部卒業
1982年4月 司法習修終了34期、弁護士登録
1992年5月 日置雅晴法律事務所開設
2002年4月 キーストーン法律事務所開設
2005年4月 立教大学法科大学院講師
2008年1月 神楽坂キーストーン法律事務所開設
2009年4月 早稲田大学大学院法務研究科教授

著書その他
借地・借家の裁判例(有斐閣)
臨床スポーツ医学(文光堂) 連載:スポーツ事故の法律問題
パドマガ(建築知識) 連載:パドマガ法律相談室
日経アーキテクチャー(日経BP社) 連載:法務
市民参加のまちづくり(学芸出版 共著)
インターネット護身術(毎日コミュニケーションズ 共著)
市民のためのまちづくりガイド(学芸出版 共著)
スポーツの法律相談(青林書院 共著)
ケースブック環境法(日本評論社 共著・2005年)
日本の風景計画(学芸出版社 共著・2003年)
自治体都市計画の最前線(学芸出版社 共著・2007年)
設計監理トラブル判例50選、契約敷地トラブル判例50選(日経BP社 共著・2007年)
新・環境法入門(法律文化社・2008年)
成熟社会における開発・建築規制のあり方(日本建築学会 共著・2013年)
建築生産と法制度(日本建築学会 共著・2018年)
行政不服審査法の実務と書式(日本弁護士連合会行政訴訟センター 共著・2020年)

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