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解説記事2015年04月27日 【特集】 検証・IBM事件 高裁判決〔第1回〕(2015年4月27日号・№592)

特集
132条創設の真実がいま初めて明らかに
検証・IBM事件 高裁判決〔第1回〕

 本誌既報のとおり(589号7頁参照)、今年3月25日にIBM事件の高裁判決が下され、地裁判決に引き続き納税者が勝訴している。
 このIBM事件としばしば比較されるのがヤフー・IDCF事件だ。ともに追徴税額が巨額にのぼる大型訴訟であり、また、132条と132条の2という適用条文の違いはあるものの、行為計算否認規定の適用が争点となっているという共通点を持つ両事件だが、ヤフー・IDCF事件では一審・二審ともに国側が全面勝訴しており、判決は正反対の結果となっている。
 同じ行為計算否認規定の適用を巡る事件で結果が全く異なることとなった理由はどこにあるのか、そして、高裁判決を踏まえ予想されるIBM事件の今後の展開は――。
 ヤフー・IDCF事件において国側で助言を行うとともに鑑定意見書を執筆し、また、IBM事件において適用されている法人税法61条の2(有価証券の譲渡益又は譲渡損の益金又は損金算入)、24条1項4号(自己株式取得で生ずるみなし配当)及び連結納税制度の創設の改正を自ら手掛けた朝長英樹税理士(日本税制研究所 代表理事)に話を聞いた。


132条は「持株会社を利用した租税回避行為」に課税するために創設された
――まず初めに、今回のIBM事件の高裁判決に対する朝長先生のご見解のポイントをお聞きかせください。 朝長 地裁判決も同様ですが、今回の高裁判決も法人税法132条の解釈に重大な問題があり、それが本件の判断を歪めてしまっている、と感じています。
――詳しく教えてください。 朝長 132条は、大正9年に、法人の株式を持っている株主が持株会社を創設すれば株主を含む企業グループの全体の税負担を減少させることができることとなる仕組みを導入する税制改正が行われたことに当時の財閥等が目を付けて、持株会社を創って業績の良い事業会社の株式を持たせ、その持株会社に配当を行うことにより税負担を減少させる、ということを行っていたことに対処するために、大正12年に、持株会社の留保所得を株主に対する配当とみなす規定と一体の規定として創設されたものです。
 要するに、本件のように持株会社を創って大きな利益を上げている事業会社の株式を持たせることにより税負担を減少させることに対処することを目的として、みなし配当の規定と伴に132条(創設時には所得税法73条の3)の規定が創設された、ということです。
――132条は、持株会社を創って税金を少なくしたものに課税をするために創られた、ということですか。 朝長 そうです。この持株会社は、当時、「財産保全会社」と呼ばれていました。
 この132条の創設の趣旨・目的を踏まえれば、本件のようなケースこそがその本来の適用対象となるケースということになると考えています。
――それは驚きですね。
「譲渡益に課税なし、譲渡損等は損金算入」という仕組みの利用は租税回避の“常套手段”
朝長 当時は、現在と異なり、個人の課税の範囲が非常に狭くなっていました。このため、個人が株式を財産保全会社に時価で譲渡してもその譲渡益に対しては課税を受けない一方、財産保全会社はその株式に係る配当を受け取ってその株式の時価が下がってからこれをその個人に譲渡し、譲渡損を計上するという手法で法人税の負担を減らす、ということが行われていました。大正12年にこの規定を創設した時の帝国議会の審議では、適用例として唯一このケースが挙げられています。
――個人株主には株式の譲渡益に対する課税が行われないことから、まず個人株主が株式を持株会社に譲渡し、持株会社は配当を受け取った後に、配当落ちした株式の譲渡損を計上してこれをその個人に売り戻す、ということですね。個人株主が配当を受けるよりも、法人株主が配当を受けて譲渡損失を計上する方が税負担が軽いわけですね。 朝長 そうです。
――IBM事件では、これまでそのような話は全く出てきたことがないのではないでしょうか。 朝長 IBM事件においては、米国IBMが日本に設立した中間持株会社に日本IBMの株式を譲渡した際に米国の税法でその巨額な譲渡益に課税が行われない仕組みとなっていることを利用して、まず米国IBMが中間持株会社に日本IBMの株式を時価で譲渡し、次に中間持株会社が時価で帳簿価額を計上した日本IBMの株式を日本IBMに譲渡することにより巨額の譲渡損を計上した上で、その譲渡損を連結納税によって日本IBMの利益と相殺し、法人税の負担を減少させています。
 このように、資産を譲渡する側でその譲渡益に対する課税が行われず、資産を取得する側でその資産の譲渡損、減価償却費、評価損などの損金が計上できる仕組みとなっていることを利用して税の負担を減少させるという点でも、IBM事件は、132条が創設された時期に多く発生していた租税回避事件と共通点がある、と考えています。
 先ほど、大正12年の制度創設時に唯一挙げられていると申し上げたケースも同じ手法と言ってよいわけですが、制度創設後の戦前・戦中の文献の中にも、租税回避の「常套手段」は、個人に対する課税範囲が狭いことと、法人において損金の範囲が制限されていないことを利用する行為である、と述べているものがあります。
 このような方法を用いると、株式の発行法人が大きな利益を上げていれば上げているほど、持株会社で大きな損失を計上することができるという、社会通念に照らして明らかにおかしいと判断される結果が生ずることになります。

132条はIBM事件のようなケースに課税するために創られ、現にそのようなケースに適用されてきた
――持株会社を創ることによる租税回避という共通点だけでなく、資産の譲渡益に対する課税を受けずに資産の帳簿価額を引き上げて譲渡損等を損金に計上するという手法を用いることによる租税回避という共通点もある、ということですね。 朝長 そうです。132条は、元々、そのようなものに課税をするために創設され、現に、そのようなものに適用されてきたわけです。
――132条の沿革を辿れば、132条は、IBM事件のようなケースに課税をするために創られ、現にIBM事件のようなケースに適用されてきた、ということでしょうか。 朝長 そのように捉えてよいと思っています。

制度創設時まで遡って趣旨・目的を確認することが必要
――今回の高裁判決でも、昭和25年改正まで遡って132条の解釈の妥当性を検討していますよね。 朝長 確かに、今回の高裁判決では昭和25年改正に遡って解釈の検討を行っており、その点では地裁判決よりも高く評価することは可能である、と思っています。
――それではまだ不十分ということでしょうか。 朝長 そうです。昭和25年改正の趣旨・目的等の検討も、大正12年の制度創設の趣旨・目的、大正15年の改正の趣旨・目的、昭和25年頃までの適用例などを正しく理解しているという前提があって、初めて十全に生きることになります。
 高裁判決の判決文を見てみると、昭和25年改正の趣旨・目的等の検討の前提となるものに関する理解が無いまま、単に少し古くまで遡ってみた、というだけにしかなっていないように見受けられます。
 これでは、昭和25年改正の意味を深く正しく理解することはできません。
――確かに、ヤフー・IDCF事件では、132条の2の創設の趣旨・目的の話がたくさん出てきていますね。 朝長 法令の解釈は、その法令の創設の趣旨・目的を知らずして語ることはできません。

132条の創設時には「経済合理性」という判断基準は存在しない
――IBM事件の地裁判決では、同族会社の行為又は計算が経済合理性を欠くものと認められるか否かという基準が132条の適用の判断基準とされていました。 朝長 そうですね。高裁判決もその点は同様で、132条は「行為又は計算が純粋経済人として不合理、不自然なものと認められるか否か」ということによって適用の有無を判断するべきであると述べています。
 しかし、132条の創設時には、「純粋経済人……」などというような話は全く出てきていませんし、そのような話は132条の創設とは全く何の関係もありません。132条が適用されるか否かは、あくまで税制度の適用関係が客観的に見ておかしな結果になっていないか、ということが判断基準になっていると言ってよいと考えられます。
 IBM事件の地裁判決や高裁判決は、132条の創設の趣旨・目的を確認することを失念したまま、IBM事件とは性質の異なる事件における同条の解釈を借用し、あたかもその解釈が同条の唯一の解釈であるかのごとく誤認したものとなっている、と考えています。
 「行為又は計算が純粋経済人として不合理、不自然なものと認められるか否か」ということを132条の適用の判断基準とすることが適当な事案も確かに存在すると思いますが、それが132条の唯一の適用の判断基準であると考えるのは、明らかに誤っている、と考えています。
――なるほど。極めて重要なご指摘ですね。
 132条の創設の趣旨・目的の確認を行わないままその解釈を判示しているということになると、その解釈の内容が適切か否かという以前に、そもそも法令解釈の方法に問題がある、ということになるのではないでしょうか。
朝長 そうですね。
 今回のIBM事件の高裁判決に対する私の見解としては、まず、このような点を述べておきたいと思います。
 これらの詳細に関しては、次回以降に述べさせて頂きます。

高裁判決は納税者が主張した132条の通説の解釈を明確に否定
――今のお話が今回の高裁判決に対する朝長先生のご見解のポイントということですね。 朝長 そうですね。
 ただ、このような私の見解とは関連しませんが、今回の高裁判決で最も注目を集めることとなると思われるのは、今回初めて132条の解釈を正面から取り上げて判断が示されており、その判断の結論が国の主張を認め、納税者側が主張する従来の通説の解釈を明確に否定した、というところです。
 判決としては納税者の勝訴となっていますが、132条の解釈に関しては国の全面勝訴と言ってもよい状態になっていると考えています。
――裁判所が従来の通説の解釈は誤りであるという判断を下した、ということですね。 朝長 そうです。国も納税者側も、同族会社の行為又は計算が経済的合理性を欠くものと認められるか否かという基準によって132条の適用の有無を判断するべきであるという点では共通していると考えてよいわけですが、その基準の内容に関しては異なる主張をしています。
 国は、「独立当事者間の通常の取引と異なるものは経済的合理性を欠く」「租税回避の意図があったか否か、租税回避以外に正当な理由ないし事業目的があったか否かを判断する必要はない」と主張し、納税者側は、「行為又は計算が、異常ないし変則的であり、かつ、租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合」でなければ上記の基準に該当しない、と主張しています。
 裁判所は、「租税回避」の範囲を広く解することになる国の主張を採用し、納税者の主張を排斥しています。

二つの「租税回避」事件に関する見解が求められる
――先ほどお話が出た大正12年の制度創設の趣旨・目的や昭和25年頃までの適用例などに関しては、国は何も主張していないのでしょうか。 朝長 そうですね。法令の解釈をする場合、そのような話は非常に重要な不可欠のものであるわけですが、本来は学者が意見書で述べるべきなのかもしれません。他の法領域の争いにおいては、おそらく大学の先生方などがそのような話について意見書を書くというケースが多いと思います。
――ヤフー・IDCF事件では、納税者側から7名の著名な学者の方が10通の意見書を出されています。一方、IBM事件では、本誌559号(17頁参照)で朝長先生が触れられた1通だけですね。 朝長 ヤフー・IDCF事件とIBM事件は、同時期に生じた「租税回避」という共通の問題に関する極めて重要な大型事案であり、「租税回避」は税の実務の領域だけでなく税法の研究の領域においても非常に重要な部分を占めていますから、ヤフー・IDCF事件で意見書を書かれた先生方は、IBM側から意見書の作成依頼がなかったとしても、IBM事件に関する見解を雑誌等で述べられるのではないかと思っています。
――そういうものが出れば、実務家にとっても、税法の研究者にとっても興味深いものになるでしょうね。 朝長 従来の税の訴訟事案に関する判例評釈等の中には、残念ながら内容の乏しいものが少なくないのが現実ですが、ヤフー・IDCF事件とIBM事件は、従来の「租税回避」に関する理論や解釈を大きく変えることになる可能性があるかつてない極めて重要な事案ですから、両方の事件の「租税回避」に関して深度のある検証を行った判例評釈等を多くの研究者や実務家の方々が出されると、研究や実務の水準の向上に大きく資することになるものと思っています。

最高裁で改めて132条の解釈の審理をしてもらうことを優先するべき
――高裁、地裁とも、ヤフー・IDCF事件とIBM事件とでは正反対の判決になり、いずれの事件も上告受理申立て中ですが、やはり第一審の判決が覆る可能性は低いのでしょうか。 朝長 ヤフー・IDCF事件とは異なり、私は、IBM事件に関しては、私は国側で鑑定意見書を書いているわけではなく、詳しい状況が分かりませんので、あまり自信を持って言うことはできませんが、最高裁で判決が覆る可能性は例外に漏れず低いのではないでしょうか。
――最高裁で上告が受理されず、このまま確定する可能性が高いということでしょうか。 朝長 最高裁では、基本的には法令解釈に重大な誤りがあるかどうかが審理され、事実関係は審理されないことになっていますので、今回のIBM事件の高裁判決のように、法令解釈では国が勝ち、事実関係の判断で国が負ける、というケースにおいては、国が上告しても判決が覆る可能性はかなり低い、と言えるかもしれません。そういう点からすると、上告が不受理となる可能性が高いとも言えるでしょう。
 最高裁で審理をして判断を下してもらえるとしたら、国が「高裁判決において国は法令解釈で勝ったが、実はその国の法令解釈は誤っていた」と自ら主張する場合くらいしかないのではないかと考えています。
――国がそのような主張をすることがあり得るのでしょうか? 朝長 確かにその可能性は極めて低いでしょうね。
 しかし、私は、この事件については、もう一度、132条の解釈を再検討して、正しい解釈を確認した上で判断を下すべきである、と思っています。
 私自身はこの事件の当事者ではありませんので、裁判の勝ち負け自体にはあまり関心はありませんが、法律の条文の解釈には関心を持たざるを得ません。
 今回の高裁判決は、従来の判決とは異なり、132条の解釈に正面から取り組んでより深く検討を行っている点は評価すべきであると思っていますが、まだまだ中途半端で不十分であることも間違いないと思っています。
――創設の趣旨・目的を確認していないというのは、どう考えても問題ですよね。 朝長 そうですね。後に改めて述べたいと思っていますが、このIBM事件は、132条の創設時に同条を適用するケースとして想定されていたものにあまりにも似ています。それにもかかわらず、高裁段階における132条の解釈の検討はまだまだ不十分ですし、しかも、IBM事件の判決を受けて金融機能等を持たせた中間持株会社を創って税負担を減少させるスキームの売込みが既に行われているという現実もあります。このため、このIBM事件については、最高裁で、132条の解釈について改めて深度のある審理を行って頂いた上で判断を下してもらえるようにすることを優先した方がよい、と考えています。

高裁では、国は一つの主張のみを残し二つの主張は撤回
――ここからは判決文を見ながら更に詳しいお話をお聞きしたいと思います。
 132条の解釈では国が勝ったということですが、この点についてもう少し具体的に教えてください。
朝長 まず、高裁の判決文から国及びIBMの主張と高裁の判断を確認してみましょう。
 国は、地裁で展開していた3つの主張のうち、2つの主張を高裁段階で撤回しています。
 国は、地裁では、法人税法132条1項に定められている「不当」に該当するのか否かの判断の基準となる事実として、次の3つの主張をしていました。
① IBMを中間持株会社としたことに正当な理由ないし事業目的があったとはいい難いこと
② 本件一連の行為(米国WTによるIBMの持分取得、本件増資、本件融資、本件株式購入及び日本IBMによる自己株式取得に伴う本件各譲渡)を構成する本件融資は、独立した当事者間の通常の取引とは異なるものであること
③ 本件各譲渡を含む本件一連の行為に租税回避の意図が認められること
 これらのうち、①と③は高裁段階で撤回し、②は高裁でもそのまま残されました。
――国はなぜ①と③の主張を撤回したのでしょうか。 朝長 法人税法132条の文理解釈と昭和25年の改正の経緯からすれば、租税回避の意図があることは同条の適用要件ではない、というのが撤回の理由とされています。国は、「原審において、本件一連の行為の不当性を強調するあまり、上記①及び③の各評価事実の主張をしたが、これを撤回する。」と述べています。
 現在の132条は、昭和25年に改正され、租税回避の「目的」の有無ではなく、不当に法人税の負担を減少させるという「結果」になっているのか否かにより、適用の可否を判断することになっています。
――なるほど。「目的」や「意図」に関する立証は必要がない、ということですね。  昨年、IBM事件の地裁判決が出された後に本誌が朝長先生にインタビューをさせて頂いた際、「目的」ではなく「結果」で判断する必要があるという点を強調されていましたが(本誌559号23頁参照)、国も高裁では同じ主張をした、ということですね。
朝長 「目的」ではなく「結果」で判断するという点では、主張は同じです。
 しかし、「結果」の内容に関する主張は、違っています。
――その「結果」の内容の相違に関しては次回以降に詳しくお聞きしたいと思いますが、そもそも国が「目的ではなく結果で判断する」という主張を地裁で行わなかったのはなぜでしょうか。 朝長 132条の解釈は、時の経過とともに大きく歪んでいる、と言っても良い状態にありますので、国が地裁段階で上記①~③のような主張をしたことも止むを得ないと思っています。
 IBMの課税の後に課税が行われたヤフー・IDCF事件においても、地裁の初めの頃までは、国は同じような観点から主張を行っていました。IBM事件とヤフー・IDCF事件とでは、課税の根拠条文は異なりますが、「租税回避」という点では共通ですので、同時期の「租税回避」事件における国の主張が同じような内容のものとなるのは当然です。
 ヤフー・IDCF事件においては、地裁の早い段階で、国が主張の内容を修正しましたが、IBM事件においては、そのような修正は行われないまま地裁で敗訴するという結果になっていました。
 そういう経緯からすると、IBM事件における①と③の主張の高裁段階での撤回は、遅ればせながらも一歩前進したものと受け止めています。
――逆に言うと、本来はもっと前進する必要があるということでしょうか。
朝長
 そうですね。私は、国の地裁段階における主張は、132条の解釈に疑問があるだけでなく、本件の結果が「不当」であることを明らかにすることも十分ではなかった、と考えています。そして、高裁段階でもそれらが十分には是正されなかったことが国の敗因であると思っています。
 具体的なことは、次回以降にお話をさせて頂きます。

国は「独立当事者間の通常の取引でないものは経済的合理性を欠き租税回避に該当」と主張
――高裁段階での国の主張としては、上記②だけが残ったということですが、132条の解釈に関して国がどのような主張をしたのか、もう少し詳しく教えてください。 朝長 先ほども少し触れましたが、高裁で国が行った132条の解釈に関する主張を判決文から引用すると、次のとおりです。
 同項〔法人税法132条1項〕の「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められる」か否かは、同族会社の行為又は計算が、経済的、実質的見地において純粋経済人の行為又は計算として不合理、不自然なもの(経済的合理性を欠くもの)と認められるかどうかにより判断すべきものである。
 そして、同族会社の行為又は計算が、独立かつ対等で相互に特殊な関係にない当事者間で通常行われる取引(以下「独立当事者間の通常の取引」という。)とは異なり、当該行為又は計算によって当該同族会社の益金が減少し、又は損金が増加する結果となる場合には、特段の事情がない限り、経済合理性を欠くものというべきである。
――前半部分は、地裁段階の主張と違いがないように見えます。 朝長 そうですね。前半の部分は変わらず、後半の部分で「租税回避」の範囲を広げる解釈に修正した、ということになっていると言って良いと思います。

ヤフー・IDCF事件における132条の解釈に関する国の主張は制約にならず
――132条の2の解釈のように、税制度の「濫用」や「潜脱」を「租税回避」と捉えるというところまでは広がっていないわけですね。 朝長 そうですね。132条の創設時の資料や昭和25年頃までの文献においては、「脱税」「合法的脱税」「逋脱」「租税回避」というような用語が必ずしも明確に定義が整理されないまま用いられていますが、実際の適用例から判断すると、税制度を濫用したり潜脱したりするものに132条を適用する、という解釈をしてよいものが多いと考えています。
 このため、私自身は、132条に関しても税制度の「濫用」や「潜脱」も「租税回避」とするというように整理するべきであると考えていますが、高裁段階の国の主張は、「租税回避」をそこまで広く捉える解釈は採っていません。
――ヤフー・IDCF事件で国が行った「132条の2は、132条とは違って、「濫用」や「潜脱」を「租税回避」として否認するためのものである」という主張が、132条における「租税回避」の範囲を広げる解釈を採りにくくした、ということはなかったのでしょうか。 朝長 国側の関係者の心理までは分かりませんので確たることは言えませんが、仮に私がIBM事件に関して国側で鑑定意見書の作成を依頼されたとしても、そのようなことは思わないはずです。
 私自身は、かねてから132条についてなされてきた様々な解釈の多くに大きな問題があると考えていますし、ヤフー・IDCF事件においては132条自体の解釈が問題となったわけではありませんので、ヤフー・IDCF事件の鑑定意見書も、132条における「租税回避」の範囲に関してそれを狭く捉えるべきであるなどとは主張していません。
 ヤフー・IDCF事件における国の主張も、そうなっていると思います。
――確かに、132条の2の適用が争われているヤフー・IDCF事件で132条の解釈を深く踏み込む必要はないですよね。 朝長 ヤフー・IDCF事件における国の主張も、132条の2の解釈を述べるために必要となる範囲で132条の解釈に言及する、というものになっていると思います。

132条の解釈を時代の変化に合わせて見直すという観点が必要
朝長 IBM事件をヤフー・IDCF事件と比べて見てみると、132条の解釈に当たっては、創設の趣旨・目的に即して解釈をしなければならないということ、そして、時代の変化に合わせて適切に解釈を修正して行かなければならないということの二つをもう一度良く考える必要があると感じます。
 この前者に関しては、既にヤフー・IDCF事件の裁判の中でも明確になっていることですが、後者に関しては、IBM事件の地裁と高裁のいずれにおいても、ほとんど全く考慮されていません。
 大正12年に創られて以来、132条の基本構造はあまり変わっていませんが、経済活動は比べ物にならないくらい多様化し複雑になっていますので、当然、「租税回避」も非常に複雑かつ多様なものとなってくるわけです。
 本来、法令の解釈は時代の変化に合わせて適切に修正していかなければならないわけで、それをやらないということは、正しく法令解釈を行っていないということにならざるを得ないと思います。
――今回の高裁でも、132条の解釈を時代の変化に合わせて見直す必要がないかどうかということを検討していないことに課題がある、ということですね。 朝長 そうですね。それをやらないと、いつまでも同じ解釈しか採らない時代錯誤の判決が下されることになってしまいます。
 IBM事件は、日本の税制における取扱いだけでなく、米国の税制における取扱いまで見ながら、「租税回避」に該当するのか否かを判断するべきものです。
 このように、海外の税制における取扱いまで見ながら「租税回避」に該当するのか否かを判断するという観点は、132条の創設時にはもちろん、ヤフー・IDCF事件にもないものですが、多国籍企業がグローバルに租税戦略を展開するというような状況まで生じている時代においては、非常に重要となります。

国は「IBMが源泉所得税を減らすことを目的として本件スキームを実行した」と主張
――国は、上記②については、高裁でも同じように主張しているわけですよね。 朝長 そうです。
 しかし、高裁の判決文における国の主張を見ると、高裁における主張は地裁における主張と少し違っているように思われます。
――どの部分が違っているのでしょうか。 朝長 地裁における国の主張は、上記②の文章を見て頂くと分かるとおり、「本件融資」が「独立した当事者間の通常の取引とは異なる」というものでした。
 この主張は高裁においても維持されていますが、高裁では、次のように、「源泉所得税を減らすことを目的として本件の一連の行為を行った」という見方を前面に強く打ち出したものとなっています。
 被控訴人〔納税者〕が設置される以前は、米国WTは、日本IBMから配当又は同社株式の同社への売却の方法により利益の還元を受けていた。その際、当該収入は、日本の所得税法上配当所得という国内源泉所得であるため、米国WTは当該配当所得について所得税を負担し、日本IBMはその支払に当たって源泉所得税の徴収、納付義務を負っていた。当該源泉所得税については、米国IBMが米国において外国税額控除を受けるべきものであったが、米国連邦税法上外国税額控除を受けられる金額に制限があり、米国IBMは、上記源泉所得税額の全額を控除しきれない状態であった。そこで、米国IBMは、被控訴人を設置し、日本IBMから米国WTへの送金に被控訴人を介在させることにより本件税額圧縮を図ることを目的として、本件一連の行為を行った。
 すなわち、米国WTは、平成14年2月、休眠会社である被控訴人を700万円で買収し、被控訴人に日本IBM株式を取得させるため、被控訴人の本件増資に応じ、被控訴人に10年間無担保等の条件で1兆8000億円余の本件増資を行い、被控訴人は、米国WTから日本IBMの発行済株式全部を1兆9500億円で取得(本件株式購入)した結果、被控訴人は、米国WTの100%子会社になり、日本IBMの100%親会社となった。被控訴人は、平成14年12月期以降、米国WTに代わり日本IBMから配当又は同社株式の同社への売却の方法により利益を受ける際、その配当所得に係る所得税を負担することとなり、日本IBMは、総額約901億8619万円の源泉所得税を徴収、納付していたところ、被控訴人は、本件融資に係る借入金の利息及び本件各譲渡により発生した有価証券譲渡に係る譲渡損失額を計上しており、課税所得がなかったため、上記源泉所得税の全額還付を受けた。
 また、被控訴人は、上記利益を米国WTに還元する際、同社に対する本件融資に係る借入金の返済として支払をしているところ、元本返済分は米国WTの国内源泉所得ではないから課税されることはなく、利息返済部分についてのみ米国WTが負担する源泉所得税の徴収、納付義務を負うことになった。被控訴人が、平成14年12月期から平成17年12月期にかけて、上記利息返済分につき徴収、納付した源泉所得税額は、約25億9670万円であった。
 したがって、被控訴人が設置される以前と比較して、IBMグループは、日本国内で負担する源泉所得税額を大幅に圧縮することができたもので、本件一連の行為が本件税額圧縮の実現の目的で行われたことは明らかである。
朝長 国は、上記のように述べた上で、さらに次のような主張をしています。
 本件融資は独立当事者間の通常の取引とは異なるものであり、経済的合理性を欠く
 本件増資も独立当事者間の通常の取引とは明らかに異なっており、経済的合理性を欠く
 本件株式購入も独立当事者間の通常の取引とは異なるものであり、経済的合理性を欠く
 本件各譲渡〔日本IBMの株式の日本IBMへの譲渡〕も独立当事者間の通常の取引とは異なるものであり、経済的合理性を欠く
 そして、これらの主張をまとめて次のように述べています。
 本件一連の行為は、本件税額圧縮〔源泉所得税を減少させること〕の実現のために一体的に行われたものであり、その結果、被控訴人〔納税者〕は、本件税額圧縮を実現しただけでなく、本件各譲渡により巨額の有価証券譲渡に係る譲渡損失額を計上し、法人税の負担が減少したのである。
――IBM事件では源泉所得税を減少させたことに対して課税を行っているわけではありませんよね。源泉所得税を減らすことができるのであれば、納税者側にこれを減らそうとする動機が生じるのはやむを得ないのではないでしょうか。なぜそれが租税回避なのかという点が分かりにくいように感じます。 朝長 そのように感じるのは、132条の解釈に疑問があることと、本件の結果が「不当」であることを十分に明らかにすることができていないことによるものと考えます。
 詳細に関しては、次回以降に述べることとします。

納税者側は地裁における主張を維持しつつ補充的に国の主張を否定
――納税者側はどのような主張をしているのでしょうか。 朝長 納税者側は地裁で勝訴していますので、高裁では地裁の主張を維持しつつ、国の主張に対して次のように補充的な反論をしています。
 控訴人〔国〕が当審で主張する「独立当事者間の通常の取引と異なる場合には、原則として、経済合理性を欠く」とする具体的判断基準は誤りである
 米国WTによる被控訴人の持分取得、本件増資、本件株式購入、本件融資及び本件各譲渡を、本件税額圧縮実現のための一連の行為であるとする控訴人の主張は誤りである
 本件融資、本件増資、本件株式購入及び本件各譲渡という各取引がいずれも独立当事者間の通常の取引と異なるという控訴人の主張は誤りである
――納税者側としては、当然、このような反論をすることになるでしょうね。 朝長 そうですね。

「正当な理由ないし事業目的」があっても132条の適用は有り得る
――高裁は、132条の解釈について、どのような判断をしたのでしょうか。 朝長 先ほども簡単に触れましたが、高裁判決では、132条の解釈について、次のように述べています。
 同族会社の行為又は計算が、同項〔法人税法132条1項〕にいう「これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」か否かは、専ら経済的、実質的な見地において当該行為又は計算が純粋経済人として不合理、不自然なものと認められるか否かという客観的、合理的基準に従って判断すべきものと解される(最高裁昭和53年4月21日第二小法廷判決・訟務月報24巻8号1694頁(最高裁昭和53年判決)、最高裁昭和59年10月25日第一小法廷判決・集民143号75頁参照)。
 そして、同項が同族会社と非同族会社の間の税負担の公平を維持する趣旨であることに鑑みれば、当該行為又は計算が、純粋経済人として不合理、不自然なもの、すなわち、経済的合理性を欠く場合には、独立かつ対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる取引(独立当事者間の通常の取引)と異なっている場合を含むものと解するのが相当であり、このような取引に当たるかどうかについては、個別具体的な事案に即した検討を要するものというべきである。
 このように述べた上で、納税者の主張に対して更に次のように述べています。
 法人税法132条1項の「不当」か否かを判断する上で、同族会社の行為又は計算の目的ないし意図も考慮される場合があることを否定する理由はないものの、他方で、被控訴人が主張するように、当該行為又は計算が経済的合理性を欠くというためには、租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められること、すなわち、専ら租税回避目的と認められることを常に要求し、当該目的がなければ同項の適用対象とならないと解することは、同項の文理だけでなく上記の改正の経緯にも合致しない。
 そのような解釈は、同族会社が少数の株主又は社員によって支配されているため、当該会社の法人税の税負担を不当に減少させる行為や計算が行われやすいことに鑑み、同族会社と非同族会社の税負担の公平を図るために設けられた同項の趣旨を損ないかねないものというべきである。
――高裁は「正当な理由ないし事業目的」が存在しないことを132条の適用の判断基準とすれば同条の趣旨を損ないかねない、とまで言っているわけですね。 朝長 高裁判決は、「正当な理由ないし事業目的」があったとしても132条の適用が有り得るということを明確に述べています。
 すなわち、高裁判決は、従来の132条の通説の解釈を明確に否定した、ということです。
――これは132条の解釈の非常に大きな転換となりますね。 朝長 そうですね。
 なお、念の為に申し上げておきますが、私は、先ほど概略をお話したとおり、そのような解釈が適切であるとは思っていません。

日本IBM株式を譲渡する行為は源泉所得税を減らす行為と一体的に行われたものではない
――高裁は、本件の事実関係に関してはどのように判断したのでしょうか。 朝長 高裁は、本件の事実関係に関して、次のように述べています。
 米国IBMは、被控訴人〔納税者〕が中間持株会社となった後は、被控訴人が日本IBMから利益の還元を受ける方法として、配当を受けるとしても、又は自己株式の取得による金銭の交付を受けるとしても、いずれの方法によっても、米国IBM(直接は米国WT)が負担する日本の源泉徴収税額は同じように軽減されることを前提とした上で、その資金需要の必要性や資金効率の改善という観点から、日本IBMからの利益還元が、いかなる時期、規模、方法によることが望ましいかを判断していたことが明らかである。
 そうすると、本件各譲渡が、本件税額圧縮(IBMグループが日本国内において負担する源泉所得税額を圧縮しその利益を米国IBMに還元すること)の実現のため、被控訴人の中間持株会社化(米国WTによる被控訴人の持分取得、本件増資、本件融資及び本件株式購入)と一体的に行われたという控訴人の主張は、本件全証拠によっても認めることができないというほかない。
――日本IBMの株式を譲渡する行為は源泉所得税を減らす行為と一体的に行われたものではない、ということですか。 朝長 そうですね。
 言い換えると、高裁の判断は、租税回避スキームの一環として日本IBMの株式を同社に譲渡する行為が行われたとは認められない、ということです。
 国が本件の事実関係に関して「源泉所得税を減らすことを目的として本件一連の行為を行った」という見方を前面に強く打ち出して自らの主張を述べようとしたことが、かえって裏目に出た、という印象を受けます。
 配当と自己株式取得のいずれであっても源泉所得税の額が同じように軽減されることは、初めから分かっていることであって、「源泉所得税を減らすこと」が自己株式取得による株式の譲渡損失の発生を説明するために十分な材料となり得ないことは明らかだと思います。
 実際の事実関係は、国が主張したものとは少し違っていたはずだと思っています。
――なぜ国は源泉所得税の軽減を柱にして事実関係を構成するようなことをしたのでしょうか。 朝長 その理由は私にはよく分かりません。しかし、事実関係をそのように構成した背景には、132条における「不当」と「結果」に関する理解の問題があると思っています。
(次回に続く)

朝長英樹 ともなが ひでき
 財務省主税局において、金融取引に係る法人税制の抜本改正(平成12年)・組織再編成税制の創設(平成13年)・連結納税制度の創設(平成14年)などを主導。
 税務大学校研究部において、事業体税制等を研究。平成18年7月に税務大学校教授を最後に退官。
 現在、日本税制研究所 代表理事、朝長英樹税理士事務所 所長

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