解説記事2015年05月25日 【上場制度解説】 コーポレートガバナンス・コードの策定に伴う上場制度の整備について(2015年5月25日号・№595)
上場制度解説
コーポレートガバナンス・コードの策定に伴う上場制度の整備について
東京証券取引所 上場部企画グループ 調査役 佐々木元哉
東京証券取引所(以下「東証」という)は、コーポレートガバナンス・コードの策定に伴う有価証券上場規程等の一部改正(以下「本改正」という)について、2015年5月13日に公表した。(脚注1・2)本改正は、同年6月1日付で施行される。本稿では、本改正及びこれに伴うコーポレート・ガバナンスに関する報告書(以下「ガバナンス報告書」という)の記載要領の改訂等の概要を紹介する。なお、本稿において意見にわたる部分は、筆者の個人的見解である。
Ⅰ 東証によるコーポレートガバナンス・コードの制定
金融庁と東証が共同事務局を務めた「コーポレートガバナンス・コードの策定に関する有識者会議」(座長 池尾和人 慶応義塾大学経済学部教授)(以下「有識者会議」という)は、本年3月5日付で、「コーポレートガバナンス・コード原案」(以下「コード原案」という)を公表した(脚注3)。このコード原案自体は、有識者会議としての取りまとめであり、それ自体が上場会社に適用される規範となるものではなく、東証において、このコード原案をその内容とする「コーポレートガバナンス・コード」(以下「コード」という)が制定されることを予定したものであった(脚注4)。東証では、本改正にあたって、コード原案の内容(「基本原則」・「原則」・「補充原則」の内容)には変更を加えずに、東証の正式な文書としてコードを「制定」した。具体的には、コードは有価証券上場規程の「別添」として定め(脚注5)、そのうえで、後述するコードの趣旨・精神の尊重を定める規定(第445条の3)や、コードの各原則を実施しない理由の説明義務を定める規定(第436条の3)において、別添のコードを参照する方式としている。
コード原案の序文10項でうたわれているように、コードはプリンシプルベース・アプローチ(原則主義)を採用しており、コードで使用されている用語については、株主等のステークホルダーに対する説明責任等を負うそれぞれの上場会社が、コードの趣旨・精神に照らして、適切に解釈することが想定されている。これは、法律やこれまでの上場規則のように「しなければならないこと」「してはいけないこと」を詳細に規定するルールベース・アプローチ(細則主義)とは発想が異なるものである。このような性質の違いがあるため、コードの一つ一つの原則を上場規則の条文として書き込んでいく方式(脚注6)はとらず、上場規則の条文の中でコードを一括して参照することとしたものである。
Ⅱ コードの趣旨・精神の尊重
第445条の3は、上述のプリンシプルベース・アプローチの意義を踏まえて、コードの趣旨・精神の尊重規定を設けるものである。具体的には、有価証券上場規程の企業行動規範のうち「望まれる事項」に規定されている現行の「上場会社コーポレート・ガバナンス原則」の尊重規定(改正前の第445条の3)を、コードの趣旨・精神の尊重規定に置き換えている(脚注7)。「望まれる事項」は、上場会社に要請される事項を努力義務として定める規定群で、違反した場合の実効性確保手段の対象とはならないが、実効性確保手段(脚注8)の対象とならないことは何もしなくてもよいという意味ではなく、コードの趣旨・精神は、全ての上場会社によって尊重されることが期待される。すなわち、この条文が適用開始される6月1日以降、上場会社は、コードの趣旨・精神に沿った対応をとることが期待される。例えば、上場会社が株主・投資家からコードの対応状況について問われた場合には、本年の定時株主総会の前であっても真摯に回答するなど、適切な対応をとることが期待されている(脚注9)と言えよう。
Ⅲ コンプライ・オア・エクスプレインの上場規則での義務付け
第436条の3は、コードの各原則を実施しない場合の理由の説明を義務付ける規定を新設し、「『日本再興戦略』改訂2014」(脚注10)に従って、コードの各原則についてのコンプライ・オア・エクスプレインを制度化するものである。「エクスプレイン」を記載する媒体は、ガバナンス報告書である(脚注11)。
この説明義務は、有価証券上場規程の企業行動規範のうちの「遵守すべき事項」というカテゴリーに規定する。「遵守すべき事項」は、前述の「望まれる事項」と異なり、違反すれば公表措置等の実効性確保手段の対象となる規定群である。したがって、「実施するか、実施しない場合にはその理由を説明する」という規範(これは、ルールベースの規範である)に違反した場合、すなわち、コードの原則を実施せず、その理由の説明もしない場合には、「遵守すべき事項」の違反として、実効性確保手段の対象となる。もっとも、前述のプリンシプルベース・アプローチのもと、コードの解釈(いかなる状態をもってコードの各原則を実施している状態/実施していない状態にあると判断するか)については、一義的には株主等のステークホルダーに対する説明責任等を負う各上場会社に委ねられている(コード原案 序文10項参照)。また、各社が開示した実施しない理由の評価は、規制当局ではなく、株主等のステークホルダーによってなされることが想定されており(コード原案 序文12項参照)、上場会社と株主・投資家の間に認識の違いがあったり、会社の具体的な取組みに改善すべき点があれば、それは株主との対話を通じて解決が図られることが想定されている(コード原案 序文8項参照)。したがって、仮に東証が実効性確保手段を発動するとすれば、コードの原則を実施してないことが明らかであり、かつ、上場会社が取引所からの求めにもかかわらずその理由の説明を拒絶するような場合や、理由の説明が明らかに虚偽であるような場合と考えられる。
第436条の3の後段にあるとおり、実施しない場合に理由の説明義務が課されるコードの原則の範囲は、市場区分によって異なる。本則市場(市場第一部・市場第二部)の上場会社は、コードの73原則(5つの「基本原則」・30の「原則」・38の「補充原則」)の全てについて、いずれかを実施しない場合にはその理由を説明しなければならない。これに対し、マザーズ・JASDAQの上場会社は、5つの「基本原則」のいずれかを実施しない場合にその理由を説明しなければならないこととしている。マザーズ・JASDAQについて本則市場と異なる取扱いとしたのは、既にコードを導入している諸外国においても、例えば、英国のAIM市場など、新興企業向けの市場等においてはコードについてのコンプライ・オア・エクスプレインが強制されていないことを踏まえたものである。一方で、比較的、小規模なマザーズ・JASDAQの上場会社にとってもコーポレート・ガバナンスの充実を図ることは有益であると考えられることから、規程第445条の3のコードの趣旨・精神の尊重は、本則市場の上場会社と同様に求めることとし、さらに、コードの趣旨・精神に反するような大幅な逸脱を防止するため、「基本原則」部分については実施しない場合には説明を求めることとしたものである。
Ⅳ ガバナンス報告書への記載 ─2つの記載欄を追加─
1 コードの各原則を実施しない理由 前述のとおり、コードの各原則を実施しない場合の理由の説明は、ガバナンス報告書において行うことが求められる。ガバナンス報告書のフォーマット(脚注12)には、「コーポレートガバナンス・コードの各原則を実施しない理由」という名称の記載欄(テキストボックス)を新設する。本欄について、ガバナンス報告書の記載要領(脚注13)では、実施しない理由の説明は、実施しない原則を原則の項番等によって具体的に特定したうえで、どの原則に関する説明なのかを明示して記載すべきとしている。理由の説明内容としては、自社の個別事情を記載することや、今後の取組み予定、実施の目途がある場合はそれら(脚注14)を記載することが考えられる。プリンシプルベース・アプローチの意義に照らせば、自社の個別事情に照らして、コードの各原則に示された具体的な方策とは別の方策を採用することが、コードの「基本原則」等にうたわれた実現すべき普遍的な目標・理念を実現するうえで真に適切であると判断した理由を説明することは、理由の説明のひとつの合理的な在り方と考えられる。上場会社が、実施しない理由の説明が必要となる原則の全て(脚注15)を実施している場合には、その旨を本欄に記載することとなる。
2 コードの各原則に基づく開示 コードには、特定の事項を開示すべきとする原則が含まれている(脚注16)。上場会社がこれらの原則に基づいて開示を行うための受け皿(脚注17)として、「コーポレートガバナンス・コードの各原則に基づく開示」という名称の記載欄(テキストボックス)をガバナンス報告書に新設する。本欄の記載にあたっては、開示すべき事項の内容を本欄に直接記載してもよいし、有価証券報告書や会社のウェブサイト等でそうした開示を行っている場合には、その内容を参照すべき旨と閲覧方法(ウェブサイトのURL等)を本欄に記載することでも差し支えない。
3 ガバナンス報告書の更新時期 この2つの記載欄の記載内容に変更が生じた場合は、変更が生じた後最初に到来する定時株主総会の日以後遅滞なく記載を更新する必要がある。任意に、変更の都度、遅滞なく記載を更新することももちろん可能である。ただし、コードの適用開始後の初回の提出については、特例を設ける。すなわち、新設する2つの記載欄については、2015年6月1日以降に最初に到来する定時株主総会の後、準備ができ次第速やかに(遅くとも当該定時株主総会の6か月後までに)記載して提出すればよい。6月総会の会社であれば、最長で2015年12月まで初回の記載のための準備期間の猶予がある。なお、初回の特例に基づいて、定時株主総会の6か月後までに行う場合であっても、それらを除く既存の記載欄については、通常どおり、定時株主総会の日後遅滞なく更新が求められるため、留意が必要である。
Ⅴ 独立役員の独立性に関する情報開示の見直し
以上までに述べたコードの適用開始に伴う制度改正に加えて、東証では、独立社外取締役の円滑な選任に資するため、独立役員の独立性に関する情報開示の仕組みについて見直しを行う。これまでの独立役員制度では、独立役員に指定するための「独立性基準」(この基準に抵触する者は独立役員として指定できない)に加えて、独立性に関する情報開示の制度が、2種類、設けられていた。1つめは、「開示加重要件」と呼称するもので、一定の類型に該当する社外役員を独立役員に指定する場合には、当該社外役員がそうした類型に該当する旨及びそれを踏まえてもなお独立性ありと判断して独立役員として指定する理由を、ガバナンス報告書及び独立役員届出書において説明することを求めるものである。2つめは、「属性情報」と呼称するもので、開示加重要件に該当しない場合であっても一定の類型の者(取引先出身者、社外役員相互就任先出身者、寄付先出身者)については、その類型に該当する旨及びその概要の開示を求めるものである(脚注18)。
本改正では、このうち、「開示加重要件」の制度を廃止し、「属性情報」の開示を求める制度に一本化する。これまで開示加重要件とされていた類型については、「属性情報」として、一定の類型に該当する旨及びその概要の開示のみを求めることとする(脚注19)。今回の改正では、「独立性基準」の改正はないため、独立役員として指定可能な社外役員の範囲は変わらない。
本改正を踏まえ、独立役員届出書の様式を変更する。すなわち、独立役員届出書の様式上も、「開示加重要件」と「属性情報」の該当の有無のチェック欄が区分けされていたところ、これを一本化する(脚注20)。改正規則の施行日である本年6月1日以降に提出する独立役員届出書は、新様式によるものとする。なお、既に提出済みの独立役員届出書において、独立役員又は社外役員が「開示加重要件」に該当する旨の記載をしていた場合でも、改正規則の施行日に新様式の独立役員届出書を再提出する必要はない。施行日以降に、独立役員届出書の提出をすることが必要となったタイミング(脚注21)で新様式での提出を行えば足りる。
脚注
1 本改正については、本年2月24日に制度要綱案を公表し、パブリック・コメントの募集を行った。制度要綱案及び寄せられた意見の概要は、東証のウェブサイトに掲載している。http://www.jpx.co.jp/rules-participants/public-comment/detail/d1/20150224-01.html 2 規則改正新旧対照表は東証のウェブサイトに掲載している。http://www.jpx.co.jp/rules-participants/rules/revise/index.html 3 http://www.fsa.go.jp/news/26/sonota/20150305-1.html 4 3月5日付のコード原案の公表文では、「今後は、東京証券取引所において、関連する上場規則等の改正を行うとともに、このコード原案をその内容とする「コーポレートガバナンス・コード」が制定される予定です。」とされていた。
5 コード原案の「序文」及び「背景説明」については、有価証券上場規程の別添には含まれていない。
6 ルールベースである上場規則においては、その中で使用される用語について、金融商品取引法などに準拠した詳細な定義規定が置かれている。その上場規則の中の条文として、あえて厳格な用語の定義を置いていないコードの個別の原則を規定していくのは適当でないと考えられる。
7 なお、コードの制定に伴い、現行の「上場会社コーポレート・ガバナンス原則」は廃止される。いずれもOECDコーポレート・ガバナンス原則を源流としており、コードは上場会社コーポレート・ガバナンス原則の内容を包含するためである。
8 有価証券上場規程の第5章(第501条~第510条)に定めがあり、特設市場注意銘柄への指定、改善報告書の徴求、公表措置、上場契約違約金が規定されている。
9 プリンシプルとして、各社が適切と考える対応をとることが期待されるのであって、仮にそのような対応をとらなかったとしても、ルール(上場規則)の違反として実効性確保手段の対象となるものではない。
10 「『日本再興戦略』改訂2014」では、「東京証券取引所が、来年の株主総会のシーズンに間に合うよう新たに「コーポレートガバナンス・コード」を策定することを支援する。新コードについては、東京証券取引所の上場規則により、上場企業に対して“Comply or Explain”(原則を実施するか、実施しない場合にはその理由を説明するか)を求めるものとする。」とされていた。
11 条文中の「第419条に規定する報告書」とは、ガバナンス報告書を指すものである。
12 上場会社は、TDnetオンライン登録サイト上の入力フォームにおいてテキストや数値を入力することによってガバナンス報告書を作成する。
13 「コーポレート・ガバナンスに関する報告書 記載要領(2015年6月改訂版)」http://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/01.html 14 記載欄の名称は「実施しない理由」であるが、これは、上場会社が将来にわたって特定の原則を実施しないことを決定している場合のみを指すわけではなく、上場会社が、コードの各原則について、将来、実施する意思はあるがまだ実施できていないといった場合も、本欄に理由の記載をすることが必要である。その場合に、今後の取組み予定や実施時期の目途を説明することは排除されない(コード原案 序文15項参照)。
15 コードの各原則の中には、一定の場合に限って適用されるものが存在する(例えば、補充原則4-1②は、そもそも中期経営計画を策定していない上場会社には適用されない)。このような原則については、当該原則の適用対象から外れる上場会社は原則を実施することが求められないと考えられるため、実施しない理由の説明も不要であると考えられる。
16 具体的には、原則1-4、原則1-7、原則3-1、補充原則4-1①、原則4-8、原則4-9、補充原則4-11①、補充原則4-11②、補充原則4-11③、補充原則4-14②、及び原則5-1の11原則である。前掲注13「コーポレート・ガバナンスに関する報告書 記載要領(2015年6月改訂版)」の「別途1【コードにおいて特定の事項を開示すべきとする原則】」参照。
17 注16の表に掲げた11の原則についても、他の原則と同様にコンプライ・オア・エクスプレインの対象であり、開示することを強制するものではない。なお、これらの開示を行わないことは、列挙した11の「原則」・「補充原則」の全部または一部を実施しないということを意味するので、市場第一部・第二部の上場会社であれば、「コーポレートガバナンス・コードの各原則を実施しない理由」欄においてその理由の説明が必要となる。
18 開示加重要件は2009年12月の独立役員制度の創設時からの制度であり、属性情報の開示は、2012年5月の制度改正で追加された制度である。
19 改正後の独立役員制度における各類型の定義等の詳細については、「独立役員の確保に係る実務上の留意事項(2015年6月改訂版)」参照。http://www.jpx.co.jp/equities/listing/ind-executive/index.html 20 独立役員届出書の新様式は当取引所のウェブサイトで入手可能である。http://www.jpx.co.jp/equities/listing/ind-executive/index.html 21 独立役員届出書の更新の要否については、前掲注15「独立役員の確保に係る実務上の留意事項(2015年6月改訂版)」の「Ⅰ 7.独立役員届出書の更新」参照。
コーポレートガバナンス・コードの策定に伴う上場制度の整備について
東京証券取引所 上場部企画グループ 調査役 佐々木元哉
東京証券取引所(以下「東証」という)は、コーポレートガバナンス・コードの策定に伴う有価証券上場規程等の一部改正(以下「本改正」という)について、2015年5月13日に公表した。(脚注1・2)本改正は、同年6月1日付で施行される。本稿では、本改正及びこれに伴うコーポレート・ガバナンスに関する報告書(以下「ガバナンス報告書」という)の記載要領の改訂等の概要を紹介する。なお、本稿において意見にわたる部分は、筆者の個人的見解である。
Ⅰ 東証によるコーポレートガバナンス・コードの制定
金融庁と東証が共同事務局を務めた「コーポレートガバナンス・コードの策定に関する有識者会議」(座長 池尾和人 慶応義塾大学経済学部教授)(以下「有識者会議」という)は、本年3月5日付で、「コーポレートガバナンス・コード原案」(以下「コード原案」という)を公表した(脚注3)。このコード原案自体は、有識者会議としての取りまとめであり、それ自体が上場会社に適用される規範となるものではなく、東証において、このコード原案をその内容とする「コーポレートガバナンス・コード」(以下「コード」という)が制定されることを予定したものであった(脚注4)。東証では、本改正にあたって、コード原案の内容(「基本原則」・「原則」・「補充原則」の内容)には変更を加えずに、東証の正式な文書としてコードを「制定」した。具体的には、コードは有価証券上場規程の「別添」として定め(脚注5)、そのうえで、後述するコードの趣旨・精神の尊重を定める規定(第445条の3)や、コードの各原則を実施しない理由の説明義務を定める規定(第436条の3)において、別添のコードを参照する方式としている。
コード原案の序文10項でうたわれているように、コードはプリンシプルベース・アプローチ(原則主義)を採用しており、コードで使用されている用語については、株主等のステークホルダーに対する説明責任等を負うそれぞれの上場会社が、コードの趣旨・精神に照らして、適切に解釈することが想定されている。これは、法律やこれまでの上場規則のように「しなければならないこと」「してはいけないこと」を詳細に規定するルールベース・アプローチ(細則主義)とは発想が異なるものである。このような性質の違いがあるため、コードの一つ一つの原則を上場規則の条文として書き込んでいく方式(脚注6)はとらず、上場規則の条文の中でコードを一括して参照することとしたものである。
Ⅱ コードの趣旨・精神の尊重
有価証券上場規程 第445条の3 上場会社は、別添「コーポレートガバナンス・コード」の趣旨・精神を尊重してコーポレート・ガバナンスの充実に取り組むよう努めるものとする。 |
Ⅲ コンプライ・オア・エクスプレインの上場規則での義務付け
有価証券上場規程 第436条の3 上場内国株券の発行者は、別添「コーポレートガバナンス・コード」の各原則を実施するか、実施しない場合にはその理由を第419条に規定する報告書において説明するものとする。この場合において、「実施するか、実施しない場合にはその理由を説明する」ことが必要となる各原則の範囲については、次の各号に掲げる上場会社の区分に従い、当該各号に定めるところによる。 (1)本則市場の上場会社 基本原則・原則・補充原則 (2)マザーズ及びJASDAQの上場会社 基本原則 |
この説明義務は、有価証券上場規程の企業行動規範のうちの「遵守すべき事項」というカテゴリーに規定する。「遵守すべき事項」は、前述の「望まれる事項」と異なり、違反すれば公表措置等の実効性確保手段の対象となる規定群である。したがって、「実施するか、実施しない場合にはその理由を説明する」という規範(これは、ルールベースの規範である)に違反した場合、すなわち、コードの原則を実施せず、その理由の説明もしない場合には、「遵守すべき事項」の違反として、実効性確保手段の対象となる。もっとも、前述のプリンシプルベース・アプローチのもと、コードの解釈(いかなる状態をもってコードの各原則を実施している状態/実施していない状態にあると判断するか)については、一義的には株主等のステークホルダーに対する説明責任等を負う各上場会社に委ねられている(コード原案 序文10項参照)。また、各社が開示した実施しない理由の評価は、規制当局ではなく、株主等のステークホルダーによってなされることが想定されており(コード原案 序文12項参照)、上場会社と株主・投資家の間に認識の違いがあったり、会社の具体的な取組みに改善すべき点があれば、それは株主との対話を通じて解決が図られることが想定されている(コード原案 序文8項参照)。したがって、仮に東証が実効性確保手段を発動するとすれば、コードの原則を実施してないことが明らかであり、かつ、上場会社が取引所からの求めにもかかわらずその理由の説明を拒絶するような場合や、理由の説明が明らかに虚偽であるような場合と考えられる。
第436条の3の後段にあるとおり、実施しない場合に理由の説明義務が課されるコードの原則の範囲は、市場区分によって異なる。本則市場(市場第一部・市場第二部)の上場会社は、コードの73原則(5つの「基本原則」・30の「原則」・38の「補充原則」)の全てについて、いずれかを実施しない場合にはその理由を説明しなければならない。これに対し、マザーズ・JASDAQの上場会社は、5つの「基本原則」のいずれかを実施しない場合にその理由を説明しなければならないこととしている。マザーズ・JASDAQについて本則市場と異なる取扱いとしたのは、既にコードを導入している諸外国においても、例えば、英国のAIM市場など、新興企業向けの市場等においてはコードについてのコンプライ・オア・エクスプレインが強制されていないことを踏まえたものである。一方で、比較的、小規模なマザーズ・JASDAQの上場会社にとってもコーポレート・ガバナンスの充実を図ることは有益であると考えられることから、規程第445条の3のコードの趣旨・精神の尊重は、本則市場の上場会社と同様に求めることとし、さらに、コードの趣旨・精神に反するような大幅な逸脱を防止するため、「基本原則」部分については実施しない場合には説明を求めることとしたものである。
Ⅳ ガバナンス報告書への記載 ─2つの記載欄を追加─
1 コードの各原則を実施しない理由 前述のとおり、コードの各原則を実施しない場合の理由の説明は、ガバナンス報告書において行うことが求められる。ガバナンス報告書のフォーマット(脚注12)には、「コーポレートガバナンス・コードの各原則を実施しない理由」という名称の記載欄(テキストボックス)を新設する。本欄について、ガバナンス報告書の記載要領(脚注13)では、実施しない理由の説明は、実施しない原則を原則の項番等によって具体的に特定したうえで、どの原則に関する説明なのかを明示して記載すべきとしている。理由の説明内容としては、自社の個別事情を記載することや、今後の取組み予定、実施の目途がある場合はそれら(脚注14)を記載することが考えられる。プリンシプルベース・アプローチの意義に照らせば、自社の個別事情に照らして、コードの各原則に示された具体的な方策とは別の方策を採用することが、コードの「基本原則」等にうたわれた実現すべき普遍的な目標・理念を実現するうえで真に適切であると判断した理由を説明することは、理由の説明のひとつの合理的な在り方と考えられる。上場会社が、実施しない理由の説明が必要となる原則の全て(脚注15)を実施している場合には、その旨を本欄に記載することとなる。
2 コードの各原則に基づく開示 コードには、特定の事項を開示すべきとする原則が含まれている(脚注16)。上場会社がこれらの原則に基づいて開示を行うための受け皿(脚注17)として、「コーポレートガバナンス・コードの各原則に基づく開示」という名称の記載欄(テキストボックス)をガバナンス報告書に新設する。本欄の記載にあたっては、開示すべき事項の内容を本欄に直接記載してもよいし、有価証券報告書や会社のウェブサイト等でそうした開示を行っている場合には、その内容を参照すべき旨と閲覧方法(ウェブサイトのURL等)を本欄に記載することでも差し支えない。
3 ガバナンス報告書の更新時期 この2つの記載欄の記載内容に変更が生じた場合は、変更が生じた後最初に到来する定時株主総会の日以後遅滞なく記載を更新する必要がある。任意に、変更の都度、遅滞なく記載を更新することももちろん可能である。ただし、コードの適用開始後の初回の提出については、特例を設ける。すなわち、新設する2つの記載欄については、2015年6月1日以降に最初に到来する定時株主総会の後、準備ができ次第速やかに(遅くとも当該定時株主総会の6か月後までに)記載して提出すればよい。6月総会の会社であれば、最長で2015年12月まで初回の記載のための準備期間の猶予がある。なお、初回の特例に基づいて、定時株主総会の6か月後までに行う場合であっても、それらを除く既存の記載欄については、通常どおり、定時株主総会の日後遅滞なく更新が求められるため、留意が必要である。
Ⅴ 独立役員の独立性に関する情報開示の見直し
以上までに述べたコードの適用開始に伴う制度改正に加えて、東証では、独立社外取締役の円滑な選任に資するため、独立役員の独立性に関する情報開示の仕組みについて見直しを行う。これまでの独立役員制度では、独立役員に指定するための「独立性基準」(この基準に抵触する者は独立役員として指定できない)に加えて、独立性に関する情報開示の制度が、2種類、設けられていた。1つめは、「開示加重要件」と呼称するもので、一定の類型に該当する社外役員を独立役員に指定する場合には、当該社外役員がそうした類型に該当する旨及びそれを踏まえてもなお独立性ありと判断して独立役員として指定する理由を、ガバナンス報告書及び独立役員届出書において説明することを求めるものである。2つめは、「属性情報」と呼称するもので、開示加重要件に該当しない場合であっても一定の類型の者(取引先出身者、社外役員相互就任先出身者、寄付先出身者)については、その類型に該当する旨及びその概要の開示を求めるものである(脚注18)。
本改正では、このうち、「開示加重要件」の制度を廃止し、「属性情報」の開示を求める制度に一本化する。これまで開示加重要件とされていた類型については、「属性情報」として、一定の類型に該当する旨及びその概要の開示のみを求めることとする(脚注19)。今回の改正では、「独立性基準」の改正はないため、独立役員として指定可能な社外役員の範囲は変わらない。
本改正を踏まえ、独立役員届出書の様式を変更する。すなわち、独立役員届出書の様式上も、「開示加重要件」と「属性情報」の該当の有無のチェック欄が区分けされていたところ、これを一本化する(脚注20)。改正規則の施行日である本年6月1日以降に提出する独立役員届出書は、新様式によるものとする。なお、既に提出済みの独立役員届出書において、独立役員又は社外役員が「開示加重要件」に該当する旨の記載をしていた場合でも、改正規則の施行日に新様式の独立役員届出書を再提出する必要はない。施行日以降に、独立役員届出書の提出をすることが必要となったタイミング(脚注21)で新様式での提出を行えば足りる。
脚注
1 本改正については、本年2月24日に制度要綱案を公表し、パブリック・コメントの募集を行った。制度要綱案及び寄せられた意見の概要は、東証のウェブサイトに掲載している。http://www.jpx.co.jp/rules-participants/public-comment/detail/d1/20150224-01.html 2 規則改正新旧対照表は東証のウェブサイトに掲載している。http://www.jpx.co.jp/rules-participants/rules/revise/index.html 3 http://www.fsa.go.jp/news/26/sonota/20150305-1.html 4 3月5日付のコード原案の公表文では、「今後は、東京証券取引所において、関連する上場規則等の改正を行うとともに、このコード原案をその内容とする「コーポレートガバナンス・コード」が制定される予定です。」とされていた。
5 コード原案の「序文」及び「背景説明」については、有価証券上場規程の別添には含まれていない。
6 ルールベースである上場規則においては、その中で使用される用語について、金融商品取引法などに準拠した詳細な定義規定が置かれている。その上場規則の中の条文として、あえて厳格な用語の定義を置いていないコードの個別の原則を規定していくのは適当でないと考えられる。
7 なお、コードの制定に伴い、現行の「上場会社コーポレート・ガバナンス原則」は廃止される。いずれもOECDコーポレート・ガバナンス原則を源流としており、コードは上場会社コーポレート・ガバナンス原則の内容を包含するためである。
8 有価証券上場規程の第5章(第501条~第510条)に定めがあり、特設市場注意銘柄への指定、改善報告書の徴求、公表措置、上場契約違約金が規定されている。
9 プリンシプルとして、各社が適切と考える対応をとることが期待されるのであって、仮にそのような対応をとらなかったとしても、ルール(上場規則)の違反として実効性確保手段の対象となるものではない。
10 「『日本再興戦略』改訂2014」では、「東京証券取引所が、来年の株主総会のシーズンに間に合うよう新たに「コーポレートガバナンス・コード」を策定することを支援する。新コードについては、東京証券取引所の上場規則により、上場企業に対して“Comply or Explain”(原則を実施するか、実施しない場合にはその理由を説明するか)を求めるものとする。」とされていた。
11 条文中の「第419条に規定する報告書」とは、ガバナンス報告書を指すものである。
12 上場会社は、TDnetオンライン登録サイト上の入力フォームにおいてテキストや数値を入力することによってガバナンス報告書を作成する。
13 「コーポレート・ガバナンスに関する報告書 記載要領(2015年6月改訂版)」http://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/01.html 14 記載欄の名称は「実施しない理由」であるが、これは、上場会社が将来にわたって特定の原則を実施しないことを決定している場合のみを指すわけではなく、上場会社が、コードの各原則について、将来、実施する意思はあるがまだ実施できていないといった場合も、本欄に理由の記載をすることが必要である。その場合に、今後の取組み予定や実施時期の目途を説明することは排除されない(コード原案 序文15項参照)。
15 コードの各原則の中には、一定の場合に限って適用されるものが存在する(例えば、補充原則4-1②は、そもそも中期経営計画を策定していない上場会社には適用されない)。このような原則については、当該原則の適用対象から外れる上場会社は原則を実施することが求められないと考えられるため、実施しない理由の説明も不要であると考えられる。
16 具体的には、原則1-4、原則1-7、原則3-1、補充原則4-1①、原則4-8、原則4-9、補充原則4-11①、補充原則4-11②、補充原則4-11③、補充原則4-14②、及び原則5-1の11原則である。前掲注13「コーポレート・ガバナンスに関する報告書 記載要領(2015年6月改訂版)」の「別途1【コードにおいて特定の事項を開示すべきとする原則】」参照。
17 注16の表に掲げた11の原則についても、他の原則と同様にコンプライ・オア・エクスプレインの対象であり、開示することを強制するものではない。なお、これらの開示を行わないことは、列挙した11の「原則」・「補充原則」の全部または一部を実施しないということを意味するので、市場第一部・第二部の上場会社であれば、「コーポレートガバナンス・コードの各原則を実施しない理由」欄においてその理由の説明が必要となる。
18 開示加重要件は2009年12月の独立役員制度の創設時からの制度であり、属性情報の開示は、2012年5月の制度改正で追加された制度である。
19 改正後の独立役員制度における各類型の定義等の詳細については、「独立役員の確保に係る実務上の留意事項(2015年6月改訂版)」参照。http://www.jpx.co.jp/equities/listing/ind-executive/index.html 20 独立役員届出書の新様式は当取引所のウェブサイトで入手可能である。http://www.jpx.co.jp/equities/listing/ind-executive/index.html 21 独立役員届出書の更新の要否については、前掲注15「独立役員の確保に係る実務上の留意事項(2015年6月改訂版)」の「Ⅰ 7.独立役員届出書の更新」参照。
当ページの閲覧には、週刊T&Amasterの年間購読、
及び新日本法規WEB会員のご登録が必要です。
週刊T&Amaster 年間購読
新日本法規WEB会員
試読申し込みをいただくと、「【電子版】T&Amaster最新号1冊」と当データベースが2週間無料でお試しいただけます。
人気記事
人気商品
-
-
団体向け研修会開催を
ご検討の方へ弁護士会、税理士会、法人会ほか団体の研修会をご検討の際は、是非、新日本法規にご相談ください。講師をはじめ、事業に合わせて最適な研修会を企画・提案いたします。
研修会開催支援サービス -