解説記事2018年01月08日 【判例評釈】 不動産譲渡対価の支払いにかかる源泉徴収義務について非居住者であるか否かが問題とされた事件(2018年1月8日号・№721)
判例評釈
不動産譲渡対価の支払いにかかる源泉徴収義務について非居住者であるか否かが問題とされた事件
東京地判平成28年5月19日・東京高判平成28年12月1日
TMI総合法律事務所 弁護士・税理士 岩品信明
Ⅰ 事案の概要
株式会社X(原告)は、Yから土地(以下「本件土地」という。)及び建物(以下「本件建物」といい、本件土地と併せて「本件不動産」という。)を購入し、本件不動産の売買代金7億6000万円(以下「本件代金」という。)、固定資産税及び都市計画税を支払った。処分行政庁は、Yは所得税法(平成26年法律第10号による改正前のもの。以下同じ。)2条1項5号にいう「非居住者」に該当し、Xは同法212条1項に基づく源泉徴収義務を負うとして、Xに対して源泉徴収税の納税告知処分(以下「本件告知処分」という。)をした。これに対し、Xは、Yは所得税法上の「非居住者」には該当せず、また、仮に非居住者に該当するとしても、Xは源泉徴収義務を負わない旨主張して、本件告知処分の取消しを求めた。
争点は、①Yが所得税法2条1項5号の非居住者に該当するか否か、及び、②買主であるXが所得税法212条1項に基づく源泉徴収義務を負うか否かである。
Ⅱ 判 旨
請求棄却(控訴)。控訴審(東京高判平成28年12月1日)は控訴棄却。
控訴審では概ね第一審の判示内容が引用されているため、主として第一審の判示内容について解説する。
(1)①Yが所得税法2条1項5号の非居住者に該当するか否か
ア 「住所」について 第一審裁判所は、「同法は、日本国内の居住者を判定する際の要件となる上記『住所』の意義について明文の規定を置いていないが、『住所』とは、反対の解釈をすべき特段の事由がない以上、生活の本拠、すなわち、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指し、一定の場所がその者の住所に当たるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきである。」と判示した。
そして、「Yは、米国において、米国籍及び社会保障番号を取得しており、日本国内には米国発給の旅券を用いて入国している。また、Yは、平成10年以降、多くて年4回日本に入国しているものの、その滞在期間は、1年の半分にも満たない。そして、Yが、2000年(平成12年)11月に本件米国住居を購入し、2001年(平成13年)以降は本件米国住居において本件長男と同居して生活していたことに鑑みれば、本件支払日の当時において、Yの生活の本拠は、本件米国住居にあったというべきである。」として、Yは日本国内に住所を有していなかったと判断した。
イ 「居所」について 第一審裁判所は、「所得税法2条1項3号は、『国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人』を『居住者』とする旨定めているところ、同号にいう『居所』とは、人が多少の期間継続的に居住するが、その生活との関係の度合いが住所ほど密着ではない場所をいうものと解される。そして、同号が『現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人』と規定していることに鑑みれば、『居所』とは、特段の事情がない限り、国内において、1年以上継続的に居住している場合における、当該生活の場所をいうものと解される。他方において、当該者が一時的に日本国外に出国したことにより、現実に当該生活の場所で生活していた期間が継続して1年に満たないからといって、そのことのみをもって『居所』該当性を否定するのは相当ではなく、飽くまでも一時的な目的で国外に出国することが明らかであるような場合においては、当該在外期間についても、『現在まで引き続いて1年以上居所を有する』か否かの判定において、日本国内に居所を有するものと同視することができるというべきである(所得税基本通達2-2参照)。」と判示した。
そして、「Yは、日本国内に滞在している間は、本件建物を生活の場所としているものの、Yが本件建物に滞在していたのは、平成10年以降多くとも年4回程度にすぎず、日本国内における滞在期間も1年の過半には満たない。そして、Yが本件支払日以前の1年間において本邦に滞在した日数は156日であるから、Yが本件支払日時点において日本国内に1年以上居所を有していなかったことは明らかである。」として、Yは引き続いて1年以上日本国内に居所を有していないと判断した。
ウ 小括 「Yは、本件支払日において、①日本国内に住所を有しておらず、②本件支払日まで引き続いて1年以上日本国内に居所を有していなかったのであるから、Yは、本件支払日において、所得税法上の『非居住者』であったというべきである」。
(2)買主である不動産会社Xが所得税法212条1項に基づく源泉徴収義務を負うか否か 第一審裁判所は、本件譲渡対価を支払う際、XにはYが「非居住者」であるか否かを確認すべき義務を負っていたこと自体については、原被告間で争いがないとした。そして、Xが本件注意義務を尽くしていなかった場合には、Xが源泉徴収義務を負うこと自体について当事者間に争いはないとして、まず、Xが本件譲渡対価を支払う際に本件注意義務を尽くしていたか否かについて検討した。
「①(Xの担当者)Aは、平成19年8月当時、本件建物に電話を掛けても繋がらず、本件建物を三、四回訪問しても不在であったのであり、②本件不動産の売却交渉が開始した後も、Yが、約1か月にわたり、渡米し、Aはこれを認識していたというのであって、③Yが、Aに対し、以前米国で生活していた旨を説明していたことを併せ考えれば、Xの担当者は、例えば、Yが米国と日本を行き来するなどしている可能性をも踏まえて、Yの非居住者性を検討する必要があったということができる。さらに、④Yが、本件代金を26口に分割して本件米国口座に振込送金することを依頼しており、⑤本件手書メモには、本件米国口座の名義人の名前が『Y1』である旨が記載され、原告の担当者は、Yの住所として、本件米国住所を本件送金依頼書に記入していたことに鑑みれば、原告の担当者は、Yが非居住者である(米国に生活の本拠を有している)可能性をも踏まえて、Yに対し、その具体的な生活状況等(例えば、Yの出入国の有無・頻度、米国における滞在期間、米国における家族関係や資産状況等)に関する質問をするなどして、Yが非居住者であるか否かを確認すべき注意義務を負っていたというべきであり(実際、本件経理担当者は、Xの担当者に対し、Yが非居住者であるか否かについて確認することを指示している。)、上記の事実関係の下においては、Yの住民票等の公的な書類を確認したからといって、そのことのみをもって、原告が本件注意義務を尽くしたということはできない。」
Ⅲ 解 説
(1)本判決の位置づけ 本判決は、不動産譲渡契約を締結して買主が売主に対して代金を支払った場合に、売主が居住者か非居住者かが問題となり、支払者において源泉徴収義務があるか否かが争いとなった事案である。
前提として、支払者が非居住者に対して不動産の譲渡対価を支払う場合には、支払者は譲渡対価の10%相当額の源泉徴収義務を負う(平成26年法律第10号による改正前の所得税法161条1項1号の3、212条、213条)。このように非居住者に対する不動産譲渡対価の支払いの際に支払者に対して源泉徴収義務を課したのは、不動産譲渡対価は国内源泉所得であるところ、非居住者は無申告のままで納税せず、また、税務当局としても非居住者から徴収することが困難であるため、支払者に源泉徴収義務を課して課税権を確保することを趣旨としている。一方、支払者が居住者に対して不動産の譲渡対価を支払う場合には、支払者には源泉徴収義務はない。
本件では、売主が日本にも一定期間滞在して生活していたような場合に、売主が日本に「住所」または「居所」を有して居住者と言えるのか、それとも非居住者であるのかが問題となったものである。
(2)非居住者性の認定 本事件では、売主であるYが居住者であればそもそもXに源泉徴収義務はないため、Yが居住者であるか非居住者であるかが問題とされた。
「住所」の意義については、著名な事件では、武富士事件(最判平成23年2月18日)において、贈与税の納税義務の有無との関係で問題となった。本判決は、源泉所得税の事案であるが、武富士事件等における「住所」の意義に従った上で、具体的な事情を挙げてあてはめを行った。「住所」及び「居所」の定義については、税目が異なっていても特段相違はなく、概ね確定しているようである。
(3)支払者の注意義務と源泉徴収義務 第一審裁判所は、本件譲渡対価を支払う際、XはYが「非居住者」であるか否かを確認すべき義務を負っていたこと自体については、原被告間で争いがないとした。そして、Xがかかる注意義務を尽くしていなかった場合には、Xが源泉徴収義務を負うこと自体について当事者間に争いはないとして、まず、Xが本件譲渡対価を支払う際に本件注意義務を尽くしていたか否かについて検討し、結果としてXは本件注意義務を尽くしていないとしてXは源泉徴収義務を負うと判断した。
源泉徴収制度は、最終的な税負担者による納税が十分に期待できない場合に、最終的な税負担者に代えて支払者に対して源泉徴収義務を課すことにより、課税権を確保する制度である。過去、源泉徴収制度については、源泉徴収義務者とされる者から憲法14条(法の下の平等)または29条(財産権)に違反するとの主張がなされたが、最判昭和37年2月28日は憲法に違反するものではないと判示した。
この点については、Xは、源泉徴収義務を課す前提として、支払者が、支払いの相手方との間において特に密接な関係にあり、かつ、徴税上の特別の便宜を有し、能率を上げ得る立場になることを前提としているところ、不動産の譲渡においては、相手方が非居住者であるか否かを判別することが不可能又は困難な場合にまで支払者と支払いを受ける者が密接な関係にあるといえるかは疑問であると主張した。
これに対し、第一審裁判所及び高等裁判所は、注意義務を尽くした場合に源泉徴収義務が免除されるか否かについては判断せず、そもそも本件注意義務を尽くしていないためXは源泉徴収義務を負うとした。
源泉徴収義務者が源泉徴収税額を追徴された場合には、源泉徴収義務者は納税義務者に対して求償することができる。もっとも、本件のように納税義務者が非居住者の場合に、納税義務者が自発的に求償に応じない場合には、実際に求償することは困難である。すなわち、源泉徴収義務者としては、非居住者の居住地国で訴訟を提起するか、日本で求償権について訴訟提起し、判決を外国で執行することが考えられるが、いずれにしても源泉徴収義務者にとって大きな負担となる。特に、本件のような不動産取引は一回的な取引に過ぎず、通常は両当事者の関係が密接でないため、居住者か非居住者か一見して明らかでない場合にまで、源泉徴収義務者にこのような負担を課すことは、課税権の確保という国の利益のために、求償の困難性を納税者に転嫁しているものであって、源泉徴収制度の想定された範囲を逸脱しているおそれがあると考えられる。
(4)その他 本件では、YはZに駐車場を賃貸し、Zは毎月駐車場賃料を支払っていたが、本来、Zは源泉徴収義務があるにもかかわらず、税務当局から源泉徴収漏れの指摘などはなされなかったようである。この点については、Xは租税公平主義に違反する旨の主張をしたが、第一審裁判所は租税公平主義に違反することにならないと判示した。
Xと国との関係と、Zと国との関係は別個であるため、このような場合に租税公平主義に違反しないことになると思われるが、Xとしては、同じ状況に置かれているZとの関係で税務上の別異に取り扱われていることになるため、納得し難いことは十分に理解できる。
不動産譲渡対価の支払いにかかる源泉徴収義務について非居住者であるか否かが問題とされた事件
東京地判平成28年5月19日・東京高判平成28年12月1日
TMI総合法律事務所 弁護士・税理士 岩品信明
Ⅰ 事案の概要
株式会社X(原告)は、Yから土地(以下「本件土地」という。)及び建物(以下「本件建物」といい、本件土地と併せて「本件不動産」という。)を購入し、本件不動産の売買代金7億6000万円(以下「本件代金」という。)、固定資産税及び都市計画税を支払った。処分行政庁は、Yは所得税法(平成26年法律第10号による改正前のもの。以下同じ。)2条1項5号にいう「非居住者」に該当し、Xは同法212条1項に基づく源泉徴収義務を負うとして、Xに対して源泉徴収税の納税告知処分(以下「本件告知処分」という。)をした。これに対し、Xは、Yは所得税法上の「非居住者」には該当せず、また、仮に非居住者に該当するとしても、Xは源泉徴収義務を負わない旨主張して、本件告知処分の取消しを求めた。
争点は、①Yが所得税法2条1項5号の非居住者に該当するか否か、及び、②買主であるXが所得税法212条1項に基づく源泉徴収義務を負うか否かである。
Ⅱ 判 旨
請求棄却(控訴)。控訴審(東京高判平成28年12月1日)は控訴棄却。
控訴審では概ね第一審の判示内容が引用されているため、主として第一審の判示内容について解説する。
(1)①Yが所得税法2条1項5号の非居住者に該当するか否か
ア 「住所」について 第一審裁判所は、「同法は、日本国内の居住者を判定する際の要件となる上記『住所』の意義について明文の規定を置いていないが、『住所』とは、反対の解釈をすべき特段の事由がない以上、生活の本拠、すなわち、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指し、一定の場所がその者の住所に当たるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきである。」と判示した。
そして、「Yは、米国において、米国籍及び社会保障番号を取得しており、日本国内には米国発給の旅券を用いて入国している。また、Yは、平成10年以降、多くて年4回日本に入国しているものの、その滞在期間は、1年の半分にも満たない。そして、Yが、2000年(平成12年)11月に本件米国住居を購入し、2001年(平成13年)以降は本件米国住居において本件長男と同居して生活していたことに鑑みれば、本件支払日の当時において、Yの生活の本拠は、本件米国住居にあったというべきである。」として、Yは日本国内に住所を有していなかったと判断した。
イ 「居所」について 第一審裁判所は、「所得税法2条1項3号は、『国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人』を『居住者』とする旨定めているところ、同号にいう『居所』とは、人が多少の期間継続的に居住するが、その生活との関係の度合いが住所ほど密着ではない場所をいうものと解される。そして、同号が『現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人』と規定していることに鑑みれば、『居所』とは、特段の事情がない限り、国内において、1年以上継続的に居住している場合における、当該生活の場所をいうものと解される。他方において、当該者が一時的に日本国外に出国したことにより、現実に当該生活の場所で生活していた期間が継続して1年に満たないからといって、そのことのみをもって『居所』該当性を否定するのは相当ではなく、飽くまでも一時的な目的で国外に出国することが明らかであるような場合においては、当該在外期間についても、『現在まで引き続いて1年以上居所を有する』か否かの判定において、日本国内に居所を有するものと同視することができるというべきである(所得税基本通達2-2参照)。」と判示した。
そして、「Yは、日本国内に滞在している間は、本件建物を生活の場所としているものの、Yが本件建物に滞在していたのは、平成10年以降多くとも年4回程度にすぎず、日本国内における滞在期間も1年の過半には満たない。そして、Yが本件支払日以前の1年間において本邦に滞在した日数は156日であるから、Yが本件支払日時点において日本国内に1年以上居所を有していなかったことは明らかである。」として、Yは引き続いて1年以上日本国内に居所を有していないと判断した。
ウ 小括 「Yは、本件支払日において、①日本国内に住所を有しておらず、②本件支払日まで引き続いて1年以上日本国内に居所を有していなかったのであるから、Yは、本件支払日において、所得税法上の『非居住者』であったというべきである」。
(2)買主である不動産会社Xが所得税法212条1項に基づく源泉徴収義務を負うか否か 第一審裁判所は、本件譲渡対価を支払う際、XにはYが「非居住者」であるか否かを確認すべき義務を負っていたこと自体については、原被告間で争いがないとした。そして、Xが本件注意義務を尽くしていなかった場合には、Xが源泉徴収義務を負うこと自体について当事者間に争いはないとして、まず、Xが本件譲渡対価を支払う際に本件注意義務を尽くしていたか否かについて検討した。
「①(Xの担当者)Aは、平成19年8月当時、本件建物に電話を掛けても繋がらず、本件建物を三、四回訪問しても不在であったのであり、②本件不動産の売却交渉が開始した後も、Yが、約1か月にわたり、渡米し、Aはこれを認識していたというのであって、③Yが、Aに対し、以前米国で生活していた旨を説明していたことを併せ考えれば、Xの担当者は、例えば、Yが米国と日本を行き来するなどしている可能性をも踏まえて、Yの非居住者性を検討する必要があったということができる。さらに、④Yが、本件代金を26口に分割して本件米国口座に振込送金することを依頼しており、⑤本件手書メモには、本件米国口座の名義人の名前が『Y1』である旨が記載され、原告の担当者は、Yの住所として、本件米国住所を本件送金依頼書に記入していたことに鑑みれば、原告の担当者は、Yが非居住者である(米国に生活の本拠を有している)可能性をも踏まえて、Yに対し、その具体的な生活状況等(例えば、Yの出入国の有無・頻度、米国における滞在期間、米国における家族関係や資産状況等)に関する質問をするなどして、Yが非居住者であるか否かを確認すべき注意義務を負っていたというべきであり(実際、本件経理担当者は、Xの担当者に対し、Yが非居住者であるか否かについて確認することを指示している。)、上記の事実関係の下においては、Yの住民票等の公的な書類を確認したからといって、そのことのみをもって、原告が本件注意義務を尽くしたということはできない。」
Ⅲ 解 説
(1)本判決の位置づけ 本判決は、不動産譲渡契約を締結して買主が売主に対して代金を支払った場合に、売主が居住者か非居住者かが問題となり、支払者において源泉徴収義務があるか否かが争いとなった事案である。
前提として、支払者が非居住者に対して不動産の譲渡対価を支払う場合には、支払者は譲渡対価の10%相当額の源泉徴収義務を負う(平成26年法律第10号による改正前の所得税法161条1項1号の3、212条、213条)。このように非居住者に対する不動産譲渡対価の支払いの際に支払者に対して源泉徴収義務を課したのは、不動産譲渡対価は国内源泉所得であるところ、非居住者は無申告のままで納税せず、また、税務当局としても非居住者から徴収することが困難であるため、支払者に源泉徴収義務を課して課税権を確保することを趣旨としている。一方、支払者が居住者に対して不動産の譲渡対価を支払う場合には、支払者には源泉徴収義務はない。
本件では、売主が日本にも一定期間滞在して生活していたような場合に、売主が日本に「住所」または「居所」を有して居住者と言えるのか、それとも非居住者であるのかが問題となったものである。
(2)非居住者性の認定 本事件では、売主であるYが居住者であればそもそもXに源泉徴収義務はないため、Yが居住者であるか非居住者であるかが問題とされた。
「住所」の意義については、著名な事件では、武富士事件(最判平成23年2月18日)において、贈与税の納税義務の有無との関係で問題となった。本判決は、源泉所得税の事案であるが、武富士事件等における「住所」の意義に従った上で、具体的な事情を挙げてあてはめを行った。「住所」及び「居所」の定義については、税目が異なっていても特段相違はなく、概ね確定しているようである。
(3)支払者の注意義務と源泉徴収義務 第一審裁判所は、本件譲渡対価を支払う際、XはYが「非居住者」であるか否かを確認すべき義務を負っていたこと自体については、原被告間で争いがないとした。そして、Xがかかる注意義務を尽くしていなかった場合には、Xが源泉徴収義務を負うこと自体について当事者間に争いはないとして、まず、Xが本件譲渡対価を支払う際に本件注意義務を尽くしていたか否かについて検討し、結果としてXは本件注意義務を尽くしていないとしてXは源泉徴収義務を負うと判断した。
源泉徴収制度は、最終的な税負担者による納税が十分に期待できない場合に、最終的な税負担者に代えて支払者に対して源泉徴収義務を課すことにより、課税権を確保する制度である。過去、源泉徴収制度については、源泉徴収義務者とされる者から憲法14条(法の下の平等)または29条(財産権)に違反するとの主張がなされたが、最判昭和37年2月28日は憲法に違反するものではないと判示した。
この点については、Xは、源泉徴収義務を課す前提として、支払者が、支払いの相手方との間において特に密接な関係にあり、かつ、徴税上の特別の便宜を有し、能率を上げ得る立場になることを前提としているところ、不動産の譲渡においては、相手方が非居住者であるか否かを判別することが不可能又は困難な場合にまで支払者と支払いを受ける者が密接な関係にあるといえるかは疑問であると主張した。
これに対し、第一審裁判所及び高等裁判所は、注意義務を尽くした場合に源泉徴収義務が免除されるか否かについては判断せず、そもそも本件注意義務を尽くしていないためXは源泉徴収義務を負うとした。
源泉徴収義務者が源泉徴収税額を追徴された場合には、源泉徴収義務者は納税義務者に対して求償することができる。もっとも、本件のように納税義務者が非居住者の場合に、納税義務者が自発的に求償に応じない場合には、実際に求償することは困難である。すなわち、源泉徴収義務者としては、非居住者の居住地国で訴訟を提起するか、日本で求償権について訴訟提起し、判決を外国で執行することが考えられるが、いずれにしても源泉徴収義務者にとって大きな負担となる。特に、本件のような不動産取引は一回的な取引に過ぎず、通常は両当事者の関係が密接でないため、居住者か非居住者か一見して明らかでない場合にまで、源泉徴収義務者にこのような負担を課すことは、課税権の確保という国の利益のために、求償の困難性を納税者に転嫁しているものであって、源泉徴収制度の想定された範囲を逸脱しているおそれがあると考えられる。
(4)その他 本件では、YはZに駐車場を賃貸し、Zは毎月駐車場賃料を支払っていたが、本来、Zは源泉徴収義務があるにもかかわらず、税務当局から源泉徴収漏れの指摘などはなされなかったようである。この点については、Xは租税公平主義に違反する旨の主張をしたが、第一審裁判所は租税公平主義に違反することにならないと判示した。
Xと国との関係と、Zと国との関係は別個であるため、このような場合に租税公平主義に違反しないことになると思われるが、Xとしては、同じ状況に置かれているZとの関係で税務上の別異に取り扱われていることになるため、納得し難いことは十分に理解できる。
岩品信明 いわしな のぶあき TMI総合法律事務所パートナー。東京大学法学部第一類卒業。ノースウェスタン大学大学院卒業(LL.M.)。2006年6月TMI総合法律事務所入所。2007年7月より2年間、東京国税局調査第一部に勤務。2011年10月経済産業省外国事業体課税研究会委員就任。 |
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