解説記事2018年02月26日 【巻頭特集】 従業員の出向・出張に伴う税務(1)~出向編~(2018年2月26日号・№728)

巻頭特集
従業員の出向・出張に伴う税務(1)~出向編~
 日本税制研究所 代表理事 税理士 朝長英樹

 近年は、我が国の親会社が海外に子会社を持つというケースが非常に多くなっており、そのようなケースにおいては、ほとんど例外なく、親会社の従業員が海外の子会社に出向したり出張したりすることとなっている。
 そして、親会社の従業員が海外の子会社に出向したり出張したりするケースが増えるにつれて、それらの税務処理が税務調査で否認されるケースも増えてきているわけであるが、この近年の海外子会社への従業員の出向や出張に伴う税務に関しては、税務調査において国税当局の解釈として述べられることと税理士等の税務の専門家の解釈として述べられることのいずれを見ても、やや疑問なしとしないところがある。
 そこで、本稿においては、我が国の親会社が海外の子会社に従業員を出向させたり出張させたりするケースを念頭に置きながら、我が国の親会社の法人税の実務処理について解説を行うこととする。
 第1回目となる今回は、従業員の出向に伴う税務に焦点を当て、出向者に対する給与の較差補填の取扱いを定めた法人税基本通達9-2-47の創設理由にまで遡りながら、同通達が本来念頭に置く損金算入の範囲、過去に行われていたと思われる実務を整理した上で、出向元法人が出向者に関する費用等を負担している場合に税務調査で否認を受けないようにするための対応のポイントを示すこととする。※全2回でお届けします。

Ⅰ.従業員の出向に伴う税務
 我が国の法人が従業員を他の法人に出向させた場合の税務処理に関しては、我が国の法人が出向元法人としてその従業員に関する経費等の一部を負担するケースにおいて税務調査でその負担が国外関連者に対する寄附金であるとされる例が非常に多くなっているため、以下、においては、そのようなケースの税務処理を中心に解説を行うものとする。

1 法人税基本通達9-2-47(出向者に対する給与の較差補填)  法人が自らの使用人を他に出向させてその使用人の「給与の額」を負担した場合の取扱いに関しては、次のとおり、法人税基本通達9-2-47が定められており、同通達は、そのような場合の取扱いに関する法人税法22条3項(当該事業年度の損金の額)の国税庁の解釈を示したものとなっている。
(出向者に対する給与の較差補填)
9-2-47
 出向元法人が出向先法人との給与条件の較差を補填するため出向者に対して支給した給与の額(出向先法人を経て支給した金額を含む。)は、当該出向元法人の損金の額に算入する。
(注)出向元法人が出向者に対して支給する次の金額は、いずれも給与条件の較差を補填するために支給したものとする。
1 出向先法人が経営不振等で出向者に賞与を支給することができないため出向元法人が当該出向者に対して支給する賞与の額
2 出向先法人が海外にあるため出向元法人が支給するいわゆる留守宅手当の額
 この通達を設けた理由に関しては、現在、国税庁の職員により、次のように解説が行われている。
 出向者としては、その出向後においても従来どおりの労働条件を保証するよう出向元法人に対して要求する権利が保留されているということができる
(小原一博編著『法人税基本通達逐条解説〔八訂版〕』789頁、税務研究会出版局、平成28年)

 この場合の出向元法人における給与の較差部分の負担は、出向元法人と出向者との間の雇用契約に基づくものであって、単なる贈与的性格のものではない。すなわち、その出向者の労務が出向先法人に提供されていても、その給与の較差部分の負担を当然にその出向先法人に対して強制できる性質のものではなく、出向先法人においてこれを負担し得ない事情があれば、出向元法人においてこれを支給しなければならないという性質のものである。
 このように、給与条件の較差補填のために出向元法人からその出向者に対して支給される金額は、本来の雇用契約に基づくものであり、また、その出向は出向元法人の業務の遂行に関連して行われるのが通常であるところから、その支給した金額は、出向元法人において損金の額に算入される。
(同前)

 現在、法人の使用人が他の法人に出向してその出向元法人がその使用人の「給与の額」を負担しているというケースにおいては、国税当局と納税者及び税理士等の専門家のいずれも、上記の通達と上記の解説を参照しつつ、その取扱いがどのようになるのかということを判断する、という状況にあるものと想定されるが、上記の通達と上記の解説からは、出向元法人が行う「給与の較差部分の負担」は雇用契約に基づくものであって出向先法人において給与の較差部分を負担し得ないという事情があれば出向元法人が負担しなければならないと捉えられていること(注)、そして、この「給与の較差部分の負担」には「留守宅手当」の負担が含まれるとされていることくらいまでは分かるが、それ以上の詳しいことは、よく分からない。
(注)出向元法人が行う出向者に関する経費等の負担は、出向元法人と出向者との間の雇用契約に基づくものという整理がなされており、出向元法人と出向先法人との間の取引という整理がなされているわけではないため、移転価格税制の対象とはならないものと理解されている。

2 通達の創設理由  この法人税基本通達9-2-47は、昭和44年の通達の抜本改正によって新たに創設されたものであるが、創設時(創設時は「法人税基本通達9-2-29」)に、その創設理由がどのようなものであったのかということを確認してみると、当時の国税庁の職員によって次のように説明されている。
 出向元法人が出向先法人との給与条件の較差を補てんするため出向使用人に対し支給した金額は出向元法人の損金の額に算入される。給与条件の較差の補てんであるから、出向元法人と出向先法人との間の給与額の較差の補てんだけでない。この取扱いは、出向元法人にとつては現実に勤務しない使用人に対する支出であり給与とみるかどうかに疑問もあるので、出向元法人が使用人を出向させる場合には、自己の都合によつて行なわれることが多く、出向元法人の負担すべきものと考えることもできるからである。
(国税庁審理課課長補佐 御園生均「≪解説≫法人税基本通達の制定について」税務弘報VOL.17 NO.8、38頁、昭和44年)

(1)損金算入の根拠  上記の説明においては、出向元法人が支出する金銭の額が「出向元法人にとつては現実に勤務しない使用人に対する支出であり給与とみるかどうかに疑問もある」という事情があったためにその金銭の額を給与とみるということを明確にする趣旨で通達が制定され、その金銭の額を給与とみる理由は「出向元法人が使用人を出向させる場合には、自己の都合によつて行なわれることが多く、出向元法人の負担すべきものと考えることもできるから」であるということが明確に述べられている。
 つまり、「現実に勤務しない使用人に対する支出」は、使用人の出向が「自己の都合によつて行なわれる」ということであれば、出向元法人は、使用人を出向させることによって何らかの利益を得るはずであって、「現実に勤務しない使用人に対する支出」も、実際には、対価性のある支出となっており、法人税法22条3項によって損金の額となる、ということである。
 この「出向元法人が使用人を出向させる場合には、自己の都合によつて行なわれることが多く、出向元法人の負担すべきものと考えることもできるから」という部分は、出向元法人が行う「現実に勤務しない使用人に対する支出」の出向元法人における損金算入の根拠を示すものとなっている。使用人の出向が「自己の都合によつて行なわれる」と言い得るのは、その字義から明らかなとおり、出向元法人が使用人を出向させることによって何らかの利益を得ることができる場合である。
 換言すれば、出向元法人は使用人を出向させることによって何らかの利益を得ることが多く、そのように何らかの利益を得ることができる場合には、「現実に勤務しない使用人に対する支出」であっても、出向元法人がそれを負担するべきである、ということが法人税基本通達9-2-47の創設理由となっているわけである。
 法人税基本通達9-2-47の創設理由がこのようなものであるということは、出向元法人が使用人を出向させることによって全く何の利益も得ることがないというケースがあったとすれば、形式上、同通達の適用がある状態にあったとしても、同通達の適用がないものとして、出向元法人が負担したものの損金算入が否認されるということも有り得る、ということになる。そのような場合には、出向元法人が損金算入していたものは、本来、出向先法人が負担するべきものであるとして、基本的には、出向元法人が出向先法人に対して寄附を行ったものとする課税が行われることとなる。
 要するに、「現実に勤務しない使用人に対する支出」を行うことに何らかの対価性があるのか否かということが、その支出が出向元法人において損金の額に算入されるのか否かの判断基準となっており、何らかの対価性があるという場合には「現実に勤務しない使用人に対する支出」が損金の額となり、他方、全く何の対価性もないという場合には「現実に勤務しない使用人に対する支出」は損金の額とはならない、ということである。
 このように、上記の説明の「出向元法人が使用人を出向させる場合には、自己の都合によつて行なわれることが多く、出向元法人の負担すべきものと考えることもできるから」という部分は、短い文章ではあるものの、よく読解してみると、法人税法22条3項と37条を正しく理解した上で法人税基本通達9-2-47が創られたということを確認することができる重要な説明となっていることが分かる。
 出向者に関する経費等は出向先法人において損金算入するのが「原則」であって出向元法人で損金算入するのは「特例」であると言われるが、この「原則」と「特例」という用語は、法令に関して用いられる「原則」と「特例」という意味内容のものではない。出向元法人が対価性のある支出を損金の額とする根拠は法人税法22条3項であり、その損金算入は、法人税法の「原則」の取扱いであって「特例」の取扱いではない。つまり、厳密に言えば、対価性があるが故に出向元法人が支出する出向者に関する経費等は、法人税法の「原則」によって出向元法人の損金の額となるのであって、法人税法の「特例」によって出向元法人の損金の額となるわけではない、ということである。
 上記1において引用した解説を読むと、出向元法人と出向者との間に雇用契約があって出向元法人が「給与の較差部分の負担」を行わなければならないということが損金算入の根拠であるかのごとく誤解するおそれがあるが、正確に言えば、それは、損金算入の根拠となっているものではなく、負担することとなるものの範囲の根拠となっているものである。
(2)損金算入の範囲  上記の昭和44年当時の国税庁の職員の説明においては、出向元法人において損金の額となるものが「給与額の較差の補てん」ではなく「給与条件の較差の補てん」であると述べられているが、この部分は、法人税基本通達9-2-47が適用される範囲を考える上で、非常に重要となる。
 法人税基本通達9-2-47は、その見出しが出向者に対する「給与の較差補填」となってはいるものの、その定めは、「給与」ではなく「給与条件」の較差を補填するという目的で出向元法人が支出したものを損金の額に算入する、という内容となっているわけである。
 特に、我が国の親会社の従業員が海外の子会社に出向するというケースにおいては、特別な手当等や福利厚生費等の負担が問題となることから、法人税基本通達9-2-47が「給与」の較差補填ではなく「給与条件」の較差補填に関する取扱いを定めたものであるということを正しく理解しておくことが非常に重要となる。この理解を誤ると、較差補填を「給与」だけで考えてしまい、「給与額の較差補填でないものは損金の額とはならない」などという誤った考え方で誤った処理をしてしまうということになりかねない。
 ところで、この「給与条件」という用語は、法令及び法人税基本通達では他に使用例がない異例のものとなっているため、どのような意味内容のものとして用いられることとなったのかということを確認しておく必要がある。
 この「給与条件」という用語は、法令用語や法律用語でないことは改めて言うまでもなく、国語辞典にも存在せず、この通達以外の場面で用いられることも殆どないと考えられるため、一般用語とも言い難いものであり、昭和44年当時の解説等を調べてみても、この「給与条件」という異例の用語の意味内容に関して説明をしたものは、見当たらない。
 このため、その意味内容に関しては、推測によるしかないわけであるが、通達の文言や上記の説明等から判断すると、「給与条件」という用語は、「勤務条件」又は「労働条件」という法令用語から新たに創られたものではないかと考えられる。
 「勤務条件」や「労働条件」は、「勤労条件」と同義とされており、次のように説明されている。
 勤労とは、広く精神的、肉体的な役務に従うことをいうのであるが、その賃金等の対価の額、支払方法、その他役務を提供する場合の条件、例えば、時間、休息、場所等がすべて「勤労条件」と呼ばれるものである。
(『法令用語辞典<第9次改訂版>』学陽書房、平成26年)

 このような「勤務条件」や「労働条件」(=「勤労条件」)の定義は、昭和44年当時と変わっていないわけであるが、税法において「勤務」「労働」や「勤労」という用語を用いると、特定の使用人の給与のみを指して出向先法人における役員報酬などは含まないと解されるおそれがあること、損金の額に影響を与えない条件は税法において問題とする必要がないこと等により、「勤務」「労働」や「勤労」という用語に換えて税法において広義に用いられている「給与」という用語を用いることとしたのではないかと推測される。
 この「給与条件」という用語に関しては、昭和44年の通達の制定時から、「給与」に関する条件のみを指すものとされていたわけではない点に、十分、留意する必要がある。
 この通達の制定時には、当時の国税庁の職員により、次のような説明がなされている。
 給与条件の較差補てんであり給与そのものの較差だけの補てんではないので、たとえば親会社と子会社の福利厚生費等のちがいを含めて親会社が負担しても損金に算入される
(国税庁審理課 桜井巳津男「改正法人税基本通達の重要事項について」税経通信Vol.24 No.8、121頁、昭和44年)

 要するに、親会社が出向者に関する「福利厚生費等」を計上したとしても親会社はそれを損金の額とすることができるということであり、この通達においては「給与」以外のものも損金の額とすることができるものとされていることがよく分かる。
 このように、出向元法人と出向者との間には雇用契約があるため、法人税基本通達9-2-47によって損金の額となるものの範囲は、自ずと、広くなってくるわけである。
 また、出向元法人における「福利厚生費等」が損金の額となるということは、「給与の較差補填」として支出されたものだけではなく、さまざまな目的で支出されたものが損金の額となり得る、ということを意味している点にも、十分、留意しておく必要がある。
 一部には、我が国の出向元法人が負担した出向者の居住地国における所得税相当額は「給与の較差補填」ではないことから出向先法人に対する寄附金となるというような主張も見受けられるが、そのような主張は誤っている、ということである。給与の額をいわゆるグロスアップ計算によることには何ら問題はなく、また、国税不服審判所は、平成23年7月6日に、外国から帰国した出向者の当該外国における所得税相当額を我が国の出向元法人が負担してその負担額が我が国における源泉所得課税の対象となるのか否かということが争われた事案に裁決を下しているが、その裁決においては、その所得税相当額の負担が出向元法人の「給与」とされており、その所得税相当額の負担が出向先法人への寄附金とされている形跡は、全く認められない。
 上記1において引用した解説を読むと、法人税基本通達9-2-47によって損金の額となるものは、「給与の較差部分の負担」や「出向元法人からその出向者に対して支給される金額」だけであると誤解するおそれがあるが、同通達は、そのような狭いものだけを損金の額に算入するというものではないわけである。
 また、後に4においても述べるが、出向元法人が負担する経費等の損金算入の根拠が雇用契約があるということではなく対価性がある支出であるということ―言い換えると、支出することに合理的な理由や相当の理由などがあるということ―であるということになると、給与条件の較差補填以外のものであっても、損金算入が可能である、ということになる。

3 「留守宅手当」の注記を追加した昭和55年改正  法人税基本通達9-2-47に関しては、昭和55年に、注記を設ける改正が行われており、この改正により、同注2に「留守宅手当」の定めが追加されている。
 この「留守宅手当」に関する定めを追加した改正に関しては、どのようなものが「留守宅手当」となるのかということや「留守宅手当」が「給与条件の較差補填」とどのような関係となるのかということなどが明確ではなく、実務と理論のいずれの観点からも、やや疑問があると言わざるを得ないわけであるが、この改正を行った際には、国税庁が国税局に運用案を示しており、そこでは、「法人が負担すべき海外出向者に係る労災保険等の保険料を国内法人である出向元法人が負担した場合」には出向元法人において「法定福利費として損金の額に算入するのが相当である」とされており、「本人負担の保険料を出向元法人が負担した場合」には出向元法人において「留守宅手当等に含めて取り扱うのが相当である」とされている。
 労災保険に関しては、勤務地の国の災害補償制度によるのが原則とされており、使用人が海外に出向した場合には、法人が負担する保険料は、出向元法人ではなく、出向先法人が負担するのが原則となるわけであるが、この運用案においては、この出向先法人が負担するのが原則とされている労災保険料についても、出向元法人が負担して「法定福利費」として損金算入することを認めており、また、この運用案においては、社会保険の保険料のうち本人が負担しなければならない部分についても、出向元法人が負担して「留守宅手当等」として損金算入することを認めているわけである。
 このように「留守宅手当」以外の費用について損金算入を認めたり、「留守宅手当」の範囲を広く捉えたりする取扱いがその後の国税局の実務上の取扱いとなったことは、社会保険料の「本人負担部分」の負担を「較差補填(又は留守宅手当)」とするということを述べた次の書籍の解説からも窺い知ることができる。
 国内社会保険は加入が義務付けられており、海外に出向したとしても出向者は継続加入が必要となり、会社負担は認められます。出向先国でも社会保険制度がある場合には出向先でも加入すると、国内社会保険料との二重負担が生じます。また、社会保険制度がない場合には出向先法人から制度がないことを理由に負担しない場合もあり得ます。したがって、いずれの場合であっても出向元の社員として国内社会保険の継続加入が不可欠であることから保険料等を出向元が負担せざるを得ず、本人負担部分も出向元負担〔ママ〕が負担したとしても、いわゆる較差補填(又は留守宅手当)としてが〔ママ〕認められると考えられます
(西巻茂『寄附金課税のポイントと重要事例Q&A《第2版》』479頁、税務研究会出版局、平成29年)

 また、昭和55年に国税庁において通達改正を主導された渡辺淑夫氏は、法人税基本通達9-2-47の「給与の較差補填」と「留守宅手当」に関して、次のように述べておられる。
渡辺 給与の較差補填といえば、給与ベースの違いを埋め合わせるものというように理解されていることが多いんですが、決してそれだけではないと思うんですね。
 また、仮に給与ベースの違いを埋め合わせるといっても、そもそも給与ベースなるもの自体、それぞれの国や地域における生活レベルとか、勤務内容、精神的な負担の大小などの諸要素をいろいろ考慮した上で決定され、また比較されてしかるべきだと思うんです。
 この点、とかく給与については、労働の質とか生産性だけで議論されがちなんですが、必ずしもそれだけではないんですね。労働者のおかれた環境とか精神的、物理的環境の変化といったものにも配慮して、仮にそこにマイナスの変化があれば、そういった面で補填ということも勤務条件としては非常に大切なことだと思います。したがって、留守宅手当についても、当然にそのへんを考慮して会社は決めていくと思いますし、さりとてそうそう無駄使いをするとは考えられない。基本的には、こういった面にも常に経済法則が働いていると言っていいんじゃないかと思います。
 いずれにしても、会社は一般使用人、すなわち労働者に対して決して過大なものは払いませんからね。
(渡辺淑夫「個別事例による寄付金かどうかの判断基準(中)」MSG会社税務研究94-3、15頁、平成6年3月)

 この発言からは、「給与の較差補填」は、給与ベースの違いを埋め合わせるものだけでなく、労働者の置かれた環境、精神的、物理的環境の変化といったものに配慮して補てんするものまで含むものであり、「留守宅手当」も、当然、そのようなものまで考慮して決めるものである、と捉えられていることが分かる。
 要するに、法人税基本通達9-2-47に「留守宅手当」の注記を追加した昭和55年の改正時における「給与の較差補填」と「留守宅手当」の範囲の捉え方も、かなり広いものとなっている、ということである。

4 従来の実務を窺わせるもの  上記3において引用した書籍の解説からも、法人税基本通達9-2-47に基づく従来の実務を窺い知ることができるわけであるが、次の書籍の解説からも、同通達に基づく従来の実務を窺い知ることができる。
(3)給与条件の較差補填以外の負担  出向者に対して支給する給与の額を出向元法人と出向先法人が分担する場合に、その分担することにつき合理的な理由があるケースは、(2)の「給与条件の較差補填」以外にもあると考えられます。
 例えば、出向元法人が出向先法人の業務を監督するために使用人を出向させる場合で、その出向者の出向先法人における業務の内容が出向先法人での本来の業務に従事するにとどまらず、出向元法人の立場に立って出向先法人の業務を監督する面をも兼ねるため、その出向者に対して支給する給与の額をその勤務の内容等に応じた合理的な負担区分に基づき、出向元法人が一部を負担しているケースがあります。
 このように出向元法人と出向先法人とが出向者に対する給与を給与条件の較差補てん以外の理由に基づき分担する場合であっても、その分担することに合理的な理由があり、それぞれの法人が「自己の負担すべき給与の額に相当する金額」を負担している限り、出向元法人における負担額が出向先法人に対する贈与(寄附)として取り扱われるといった課税上の問題は生じません
 この出向者に対して支給する給与を出向元法人と出向先法人が分担するケースとしては様々なものが考えられますが、出向者が出向するに至った事情、出向先法人で従事する業務の内容などに照らして合理性があれば、その負担額につき課税上の問題は生じないと考えてよいでしょう。
(戸島利夫『出向・転籍の税務〔第4版〕』49・50頁、税務研究会出版局、平成26年)

 この解説は、その見出しに的確に要約されているとおり、「給与条件の較差補填以外の負担」であっても出向元法人で損金の額とすることができるものがあるということを述べたものである。
 この解説からも、出向元法人が負担する経費等の損金算入の根拠が雇用契約があるということではないということを正しく理解することの重要性がよく分かるはずである。
 この解説では、「出向者が出向するに至った事情、出向先法人で従事する業務の内容などに照らして合理性があれば」、出向元法人の負担額が損金の額に算入されると考えてよい、としている。つまり、出向元法人が出向者に関する経費等を負担している場合、「合理的な理由」や「合理性」があれば、出向元法人においてその経費等を損金算入することができる、ということである。
 また、出向元法人が出向先法人よりも出向者給与を多く負担することに「合理性」や「相当の理由」があれば、出向元法人において損金算入することができるとして、それらの例を挙げた次のような解説も存在する。
 出向者給与の「負担割合の合理性」は一概にはいえませんが、次のような場合には、出向元(親会社)が多く負担することに相当の理由があるといえます(基通9-2-47)。
① 給与水準に較差があり出向元が高水準の場合
② 出向先が業績不振で賞与等の支給ができない場合
③ 出向元からの無理やり出向で出向先にはメリットがない場合 ④ 専属下請先等への出向で給与負担額を徴収する=外注費等の支払経費の増加の相関関係がある場合
(西巻・前掲114・115頁)

 この解説によれば、上記③や④のような場合には、「給与条件の較差補填以外の負担」であっても、出向元法人が負担することに「相当の理由」があることから、出向元法人において損金算入することができる、ということになる。
 また、「留守宅手当」に関しても、次のように、独身者に対する留守宅手当であっても損金算入することができるとした解説が存在する。
 海外出向者は、国内の留守家族との二重生活を強いられ、その補償等の意味合いも含めていわゆる留守宅手当の出向元負担も認められています(独身者の留守宅手当ても認められます。)。
(西巻・前掲472・473頁)

 要するに、「留守宅手当」に関しても、上記3において確認したとおり、社会保険料の本人負担分の出向元法人による負担まで含めて捉えたり、労働者の置かれた環境、精神的、物理的環境の変化といったものに配慮して補てんするものまで含めて捉えたり、上記のとおり、独身者に支給するものまで含めて捉えるなど、かなり範囲が広くなっている。

5 近年は「給与条件の較差の補填」と「留守宅手当」の範囲を狭く捉え過ぎていること  上記4までにおいて引用した解説は、いずれも国税庁の職員や国税庁・国税局の職員であった方々が起稿したものであり、昭和44年の通達の制定以後、実際に国税当局がそのように取り扱っていたと捉えてよいものとなっていると考えているが、本稿の読者のほとんどの方々は、近年、国税当局が主張したり税務の専門家が解説したりする「給与条件の較差の補填」と「留守宅手当」の範囲は、そのように広くはない、と感ずるものと思われる。
 確かに、税務調査の事例やセミナー等における税務の専門家の説明などからすると、近年、国税当局や税務の専門家が述べる「給与条件の較差の補填」と「留守宅手当」の範囲は、上記4までにおいて引用した解説で述べられているそれらの範囲よりも狭くなっているものと考えられる。
 その原因が何かということを考えてみると、その原因は、基本的には、次の二つと考えてよいように思われる。
① 近年は税法の立法と解釈のいずれにおいても全般的に本質を追求する姿勢が後退してテクニカルに物事を解決しようとする姿勢が強まっていること
② 法人が異なるごとに取扱いが違うのがむしろ当然であって出向者や出向先ごとに取扱いが違っても何らおかしくないという当たり前のことが正しく理解されていないこと
 上記①は、近年、税法の立法を含めて、税法の解釈のあり方には、少なからず課題がある、ということを述べたものである。
 近年は、税法が複雑になり、法人の活動や取引も複雑になってきたが、国税当局者と税務の専門家のいずれも、それらの複雑化に十分に対応できない結果、本質を追求する姿勢が後退し、テクニカルに物事を解決しようとする姿勢が目立つようになってきている。
 本稿のテーマに即して言えば、法人税基本通達9-2-47の理解が浅いために、同通達の文言を表面的に捉えて、いわゆるハウツーの対応に終始する、ということになってしまい、結果として、損金の額となるものの範囲を狭く見誤ることとなっている、ということである。
 上記②は、法人税基本通達9-2-47が対象とする出向の場面に対する認識が不足しているということを述べたものである。
 上記2において国税庁の職員の昭和44年の解説を引用して述べたとおり、法人税基本通達9-2-47は、法人が使用人を他の法人に出向させる場合には「自己の都合によつて行なわれることが多く」、「出向元法人の負担すべきもの」が多くなる、ということを考慮して設けられたものであるため、同通達により出向元法人において損金の額となるものの範囲を判断する場合には、その判断の基準として、出向元法人の「自己の都合」がどのような内容のものでどの程度のものであるのか等が最も重要となる。
 しかし、現実には、法人税基本通達9-2-47によって出向元法人において損金の額となるものの範囲の判断においては、出向元法人の
「自己の都合」の内容等が最も重要な判断基準となるということを理解していないために、その内容等を考慮することがないまま、一律に横並びで画一的な取扱いがあるかのごとく誤解して同通達の定めを読む、という傾向が顕著に見受けられる。
 また、法人税基本通達9-2-47による取扱いを考えるに当たっては、「給与条件」に着目する必要があるため、出向元法人における労使関係がどのような状態となっているのか、出向者の精神的・物理的な負担がどれくらいか、出向先の国や地域の生活レベルがどのようなものか、勤務内容がどのようなものか、出向者の医療や年金等におけるマイナス要素がどれくらいあるのか、出向者の家族関係等におけるマイナス要素がどれくらいあるのか等のさまざまな要素を考慮する必要があるわけであるが、現実には、そのようなことを十分に考慮することなく同通達の定めを理解しようとする傾向も見受けられる。
 つまり、法人税基本通達9-2-47による取扱いは、法人が異なるごとに違うのがむしろ当然であって、出向者や出向先ごとに違っても何らおかしくないという、当たり前のことが正しく理解されていないわけである。
 法人税基本通達の前文の最後には、次のように定められているわけであるが、法人税基本通達9-2-47も、この前文の定めをよく読んだ後に、改めて読み直してみる必要があるように思われる。
 いやしくも、通達の規定中の部分的字句について形式的解釈に固執し、全体の趣旨から逸脱した運用を行なつたり、通達中に例示がないとか通達に規定されていないとかの理由だけで法令の規定の趣旨や社会通念等に即しない解釈におちいつたりすることのないよう留意されたい。

6「給与条件の較差の補填」と「留守宅手当」の範囲を正しく捉えるために何をすべきか  上記5において述べたとおり、近年は、法人税基本通達9-2-47の文言を表面的に捉え、結果的に、「給与条件の較差の補填」や「留守宅手当」の範囲を狭く捉え過ぎる傾向があると見受けられるわけであるが、これらの範囲を正しく捉えてもらうために何をなすべきかということを考えてみると、結論は、上記5までにおいて述べてきたようなことを正しく知ってもらう努力をするしかない、ということになるものと思われる。
 法人税基本通達9-2-47は、上記2において見たとおり、制定当時は、正しく理解されており、上記3及び4において見たとおり、その後も、正しく理解されて運用されてきたわけであるが、しかし、上記5において見たとおり、近年は、その理解が明らかに表面的で不適切なものとなってきている。
 このような傾向は、上記5において述べたとおり、法人税基本通達9-2-47に特有なものではなく、近年の税法の立法と解釈の全般に見受けられるものであって、同通達に関して見受けられる表面的で不適切な理解をしてしまうという傾向は、税法の解釈の全般に亘る近年の傾向を典型的に示すものと言ってよいものと考えられる。

7 どのような対応が必要となるのか  出向元法人が出向者に関する費用等を負担している場合に、税務調査で否認を受けることがないようにするために、どのように対応すればよいのか、ということに関しては、調査官も、上記6において述べたとおり、法人税基本通達9-2-47の「給与条件の較差の補填」や「留守宅手当」の範囲を狭く捉えている可能性が高いため、まず、調査官に同通達の定めを正しく理解してもらうようにすることが不可欠となる。法人税基本通達9-2-47の定めを正しく理解するのか否かによって、税務調査の内容が大きく変わることとなり、当然、結果も大きく変わることとなる。
 ただし、調査官が法人税基本通達9-2-47の定めを正しく理解してくれるという保証はないため、事前に対策を講ずる場合には、調査官が「給与条件の較差の補填」や「留守宅手当」の範囲を狭く捉えているという前提に立って対策を講ずるということとせざるを得ない。そうすると、事前の対策は、近年、セミナーやインターネット上で説明されているようなものと大差のないものとならざるを得ない。
 本稿においては、それらの詳細は省略することとし、次のとおり、一部、上記6までにおいて述べたことを織り込んだ上で、事前の対策の概略のみを記載しておくこととする。
① 出向者に関する費用等は、できるだけ出向先法人の負担とするように努めること
② 出向元法人が出向者に関する費用等を負担する場合には、出向元法人がその費用等を負担することでどのようなメリットが得られるのかということを説明できるようにしておくこと
③ 給与(赴任支度金、留守宅手当、海外出向手当などの各種手当を含む)・賞与、退職給与、語学研修費、子女教育費、社会保険料(本人負担分を含む)、旅費交通費、住居費、車代、運転手代、所得税、福利厚生費などについて、どのように負担をするのかということを定めた契約書を作っておくこと
④ 出向元法人と出向先法人との負担割合を変えるときにはその理由を説明できるようにしておくこと
⑤ 税務調査では、出向先法人が負担すべき金額を出向者と同等の者の所在地国における給与水準によって判定し、その金額まで出向先法人が負担していない場合には、その不足額が出向元法人から出向先法人への寄附金の額であるという指摘が行われることが専らであるため、出向先法人においてその所在地国における給与水準を把握して給与規定を作成するとともに、出向者と同等の者の所在地国における給与水準を説明できるようにしておくこと
 このように、「給与条件の較差の補填」や「留守宅手当」の範囲が狭いという前提に立って事前の対策を講ずる必要があるということになると、結局、法人税基本通達9-2-47の定めを正しく理解する意味はないのではないか、という疑問が湧いてくるものと思われるが、同通達の定めを正しく理解することには、十分、意味がある。
 その理由は、近時の税務調査で否認を受けていたり、現在の税務調査で問題があるとの指摘を受けたり、将来の税務調査で問題があるとの指摘を受ける可能性があったり、また、従来のやり方を有利に変更しようと考えていたりするケースにおいては、法人税基本通達9-2-47の定めの正しい理解がどのようなものかということを主張することが程度の差こそあれプラスに働く可能性が高い、と考えられるからである。
(第2回に続く)

朝長英樹 ともなが ひでき
 財務省主税局において、金融取引に係る法人税制の抜本改正(平成12年)・組織再編成税制の創設(平成13年)・連結納税制度の創設(平成14年)などを主導。
 税務大学校研究部において、事業体税制等を研究。平成18年7月に税務大学校教授を最後に退官。
 現在、日本税制研究所代表理事、朝長英樹税理士事務所所長

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