解説記事2018年09月03日 【論考】 海外子会社のガバナンス(2018年9月3日号・№753)
論考
海外子会社のガバナンス
神奈川大学法学部教授 葭田英人
Ⅰ はじめに
近年、パナソニックのアメリカ子会社の贈賄や不適切会計をはじめ、東芝のアメリカ原子力子会社の減損処理をめぐる不正会計問題、沖電気工業のスペイン販売子会社架空売上事件、富士フイルム、キリン、丸紅、リクシルなどの海外子会社不正会計事件が後を絶たない。さらに、日本郵政でも、オーストラリアの子会社の業績が低迷し大幅赤字になるなど、海外企業買収におけるガバナンスの甘さが目立つ。
一方、ニチリンのアメリカ子会社棚卸資産過大計上事件は、親会社取締役会が、この子会社の月次業務報告において、売上と利益の増減が連動しない傾向に気づいて調査を指示したものであり、第三者調査委員会も、親会社のガバナンスや内部統制が子会社の不正を防止したものであると評価していることから、海外子会社不正事件において、親会社取締役による子会社監督責任が問題となる。
こうしたなか、2017年8月、経済産業省は、「我が国企業による海外M&A研究会」を設置し、11月にシンポジュウムを開催し、予想を超える注目を集めた。その後、2018年3月、海外M&Aの課題とその克服策をまとめ、報告書を公表した。本報告書には、海外M&Aを自社の成長に有効活用するためには、経営トップが、その本質を理解し、主体的にリーダーシップを発揮するとともに、プロセス全体にコミットして取り組んでいくことが重要であるとし、留意すべきポイントや参考事例をまとめている。
日本企業が海外企業を買収するのは、国内市場の伸び悩みから海外に活路を見いだそうとするためである。しかし、M&Aによる海外子会社の管理が問題となる。海外子会社は目が届きにくく、ずさんなコスト管理による巨額の損失をだす例が後を絶たない。
本稿においては、海外子会社の特有のリスクを踏まえて、親会社取締役の海外子会社監督義務を会社法の解釈上あるいは立法上認め得るか否かを検討する。さらに、企業グループ内部統制システムの整備義務の規定は、親会社取締役の海外子会社監督責任の根拠規定ととらえることができるのか、その関係を明らかにする。また、海外子会社の管理手法として、相互補完関係にあるグローバル内部通報制度と企業グループ内部監査制度について検討し、海外子会社のガバナンスの在り方を考察する。
Ⅱ 海外子会社の特有のリスク
海外子会社は国内子会社と異なり、海外特有の法令や商慣習があり、さらには地理的距離や言語の違いがある。特に、海外子会社には日本の親会社からの強い独立意識があり、統制を及ぼしにくい面がある。このような法規制やコンプライアンスリスクを踏まえた、海外子会社に対するリスク管理は不可欠であり、何か問題が発生した場合、日本の親会社の損害発生や信用失墜になりかねないことから、海外子会社のガバナンスは、日本の親会社が海外子会社をどこまでコントロールできるかが課題である。
海外子会社の事業・規模・地域・取引形態などに係る法令に含まれるコンプライアンスリスクを洗い出し、それらのリスクに適正に対処し得る対応策を構築して海外子会社に整備させ、海外子会社において適正に実施・運用されているかを、定期的な往査や報告等を通じて、海外子会社との意思疎通を図りながら水準維持に努める必要がある(注1)。
Ⅲ 親会社取締役の海外子会社監督責任
(1)子会社監督責任に関する裁判
① 野村證券孫会社事件 野村證券(株)のアメリカにおける100%孫会社が、米国証券取引委員会規則違反により118万米ドルの課徴金を課されたことに対して、野村證券(株)の株主が、同社の取締役に責任があるとして株主代表訴訟を提起した事件である。
東京地裁判決(東京地判平成13年1月25日判例時報1760号144頁)は、「親会社の取締役は、特段の事情がない限り、子会社の取締役の業務執行の結果、子会社に損害が生じ、さらに、親会社に損害が生じた場合であっても、直ちに親会社に対し任務懈怠の責任を負うわけではない。もっとも、親会社と子会社の特殊な資本関係に鑑み、親会社の取締役が子会社に指図するなど、実質的に子会社の意思決定を支配したと評価しうる場合であって、かつ、親会社の取締役の指図が親会社に対する善管注意義務や法令に違反するような場合には、特段の事情があるとして、親会社について生じた損害について、親会社の取締役に損害賠償責任があると解される」として、親会社取締役の子会社に対する監督責任は、原則として存在しないと判示した。
② 福岡魚市場事件 福岡魚市場の100%子会社のフクショクが「グルグル回し取引」という循環取引を帳簿上繰り返し行っていたが、在庫商品の含み損が膨らみ不良在庫となり経営が破綻した。福岡魚市場の株主が、同社の取締役等(代表取締役および取締役)に対して、子会社への不正融資等により18億8000万円の損害を被ったとして、損害賠償を求めて株主代表訴訟を提起した事件である。
福岡地裁判決(福岡地判平成23年1月26日金融・商事判例1367号41頁)においては、親会社の取締役等が、子会社に対する監視義務を怠り、詳細な調査や検討を行うことなく高額な貸付等を行ったことにつき、取締役等には忠実義務および善管注意義務違反があると判示した。
福岡高裁判決(福岡高判平成24年4月13日金融・商事判例1399号24頁)においては、経営破綻寸前の子会社に対して、不良在庫の実態を解明しないで経営状態を隠蔽したまま貸付を行い、子会社の損害を補填しており、取締役等の忠実義務および善管注意義務違反があるとして控訴を棄却した。
最高裁判決(最判平成26年1月30日金融・商事判例1435号10頁)においても、第1審および控訴審の判断が維持された。この判決が、親会社取締役の子会社監督義務を明らかに認めたものと解釈することはできないが、少なくとも、親会社取締役は、子会社に対して適切に監督することが求められているものといえる。
③ 判決の比較 野村證券孫会社事件において、東京地裁は、親会社取締役の子会社への指図が親会社に対する善管注意義務や法令に違反するような特段の事情がない限り、親会社取締役は、子会社の取締役の業務執行により子会社に損害が生じ、さらに、親会社に損害を与えた場合でも、直ちに親会社に対し任務懈怠の責任を負うわけではないと判示した。
これに対し、福岡魚市場事件において、最高裁は、親会社取締役が子会社の違法行為やリスクを認識した後、速やかに適切な対処をしなかった場合には、親会社取締役の子会社管理の懈怠による善管注意義務違反を認めた。
(2)親会社取締役の海外子会社管理義務 親会社は海外子会社を含む子会社に対して資本参加しており、親会社取締役は支配力を行使できる関係にあることから、子会社取締役は親会社取締役の指図に従わざるを得ない。さもなければ解任されることすらある。しかし、親会社取締役による子会社の監督の職務の範囲が不明確であることから、会社法に明文の規定を設ける必要性はあるが、現行の会社法の解釈論として、親会社取締役は、その親会社に対して負う善管注意義務の内容として、その子会社の業務を監督する責任・義務を負っているという見解が支配的であるといえる(注2)。
他方、子会社の業務執行権限を有するのは、本来、子会社取締役である。親会社による子会社に対する出資は親会社の財産であるが、親会社と子会社とは法人格が別である。したがって、親会社は子会社に対して原則株主としての権利しか行使し得ない。株主権を超えた子会社の業務執行に対する親会社取締役の監督義務は原則として認められない。親会社取締役は子会社取締役の違法行為を事前に防止する義務を負うと解すべきであるが、親会社取締役の子会社監督義務が法定化された場合、子会社取締役が子会社に対して負う善管注意義務・忠実義務と、親会社取締役が負う子会社監督義務ないし権限は対立する。子会社が完全子会社である場合を除いて、子会社取締役の自主的判断が尊重されるべきであるとする見解もある(注3)。
経済界からも、親会社取締役の子会社監督義務が会社法に明文化された場合には、親会社が子会社の監督義務を過度に広範囲に負うと解されかねない、ひいてはグループ経営そのものへの委縮効果が生じかねないなど強い反対論が出された。
最終的に、子会社経営の裁量権を奪いかねないとの懸念から、親会社取締役の子会社監督義務は会社法に明文化されることはなく、「その株式会社および子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備(会社法362条4項6号)」について会社法で規定することとなった。
しかし、親会社は子会社株主として、子会社に対する支配権・経営権を持っている。法的拘束力がなくても、子会社の株主総会を通じて、実質的に、子会社の人事や業務執行に影響力があるはずである。法人格が別であっても、企業グループの経営方針から逸脱することは認められない。親子会社は一心同体であるのだから、通常の株主同様の株主権を有するということでは済まされない。子会社取締役の自主的判断は尊重されるべきであるが、企業グループの効率性とのバランスを考慮した経営判断に基づいた親会社取締役の子会社監督責任は認められると解される。
特に、海外子会社の取締役は、海外の準拠法令に従って責任を果たすことになるが、親会社取締役は、海外子会社の特有のリスクを認識し、海外子会社の監督義務を果たさなければ、法的責任を問われるものとして対応する必要がある。
Ⅳ 親会社取締役の海外子会社監督責任と企業グループ内部統制システム
会社法改正において、企業グループにおける内部統制システムの決定義務が、会社法施行規則から会社法本体に明記され、監査役設置会社の大会社・監査等委員会設置会社・指名委員会等設置会社においては、法務省令で定める内部統制体制ならびに企業グループ内部統制体制の整備(会社法348条3項4号・362条4項6号・399条の13第1項1号ハ・416条1項1号ホ)について、取締役(会)が決定しなければならないとされている(会社法348条4項・362条5項・399条の13第2項・416条2項)。
このことは、企業グループ内部統制システムに子会社の管理が含まれ、子会社に対する監督責任が親会社取締役の善管注意義務であり、親会社取締役が子会社監督責任を追及されることがあり得ることを意味する。
したがって、子会社で何らかの不祥事が発覚した場合に、親会社取締役が単に知らなかったというだけで法的責任がないわけではなく、適正に企業集団内部統制を構築運用しているのかどうかが、法的責任認定の際の1つの争点になる(注4)。
なお、親会社が子会社の業務上の決定に介入した場合、それにより子会社に損失が生じれば、親会社および親会社取締役に民事責任が生じる。他方、業務への適切な介入を怠っていたという不作為につき、親会社および親会社取締役に対する任務懈怠責任が問われる場合もあり得る(注5)。
会社法上、企業グループ内部統制システムはコンプライアンスとリスク管理を目的とし、企業グループ内部統制体制の構築は親会社取締役の職務の一環であり、それが機能しているかどうかの監督ないし監視も親会社取締役の善管注意義務であり、不断の見直しが求められる。反面、企業グループ内部統制システムの適切な整備は、親会社取締役にとって、任務懈怠責任追及のリスクを軽減する効果があるものと考えられる。
企業グループ内部統制システムに不備がなければ、親会社取締役が、この企業グループ内部統制システムを信頼して監督ないし監視行為をすることは、親会社取締役の責務を果たすことになる。このことは「信頼の権利」と呼ばれ、アメリカの判例法において認められてきた法理であり、企業グループ内部統制体制が構築され十分機能しているときには、職務執行が違法もしくは不当であると疑うべき事実がない限り、善管注意義務違反とはならないと解することである。ただし、企業グループ内部統制体制が構築されていても不備があった場合には、親会社取締役は免責されることはない。さらに、担当者を信頼してまかせっきりにすることも監督責任を問われることになる。
海外子会社は、外国の準拠法に基づき設立され、その法令を遵守することが求められるため、日本の会社法上の企業グループ内部統制システムの適用の範囲外にある。しかし、日本法に基づき設立された会社が外国会社の経営を支配していれば、会社法上の子会社になり得ることから(会社法施行規則3条1項・2条3項2号)、子会社には外国法に基づき設立された海外子会社も含むことになる。したがって、海外子会社の特有のリスクを認識した上で、海外子会社の不正等に対して、海外子会社に不正等を生じさせることとなった親会社による企業グループ内部統制システムの不備に原因があると認められる場合には、親会社の取締役は任務懈怠責任を問われる可能性がある(注6)。
Ⅴ 海外子会社におけるグローバル内部通報制度と企業グループ内部監査制度
海外子会社が、通報窓口を設けて、法令違反や不正等の通報対応を行うグローバル内部通報制度については、現状は未整備の海外子会社も少なくない。しかし、海外子会社による不正等が相次ぐなか、海外子会社の管理手法としてグローバル内部通報制度の整備拡大の動きが広がっている。
海外子会社における法令違反や不正等を早期に発見することにより、迅速な対応が可能となり、被害の拡大を防止することができる。しかし、通報者は、法令違反や不正等を発見することを職務としてはいないし、通報により不利益を受ける場合もあるという限界がある。
さらに、相互補完によりリスクを低減する効果を高める管理手法として企業グループ内部監査制度がある。内部監査には、本来的な会社の自浄機能として、平時から問題点やリスクの洗い出しを通じて、不正・不祥事を未然に防止し早期発見することが期待されており、会社の不正・不祥事が多発するいま、内部監査の重要性はさらに高まっている(注7)。
企業グループにおける海外子会社向けの内部通報制度や内部監査制度については、親会社と海外子会社がそれぞれ自ら独立して実施する場合と、親会社が企業グループ全体をカバーする体制を採用している場合がある。
海外子会社独自の内部通報制度や内部監査制度は、現地における簡潔で迅速な対応を可能とするメリットがあるが、特に新興国などにおいては、不祥事等に対する意識が親会社とは差があることもままあり、遠隔地における管理には困難が伴うことから、親会社が企業グループ全体をカバーする体制を採用している方が、企業グループ内で統一的な水準の制度を設けることでグローバル・ルールを徹底することができ、親会社がリードすることで、不祥事等に対する親会社と海外子会社との意識の差があったとしても、これを回避することができる点がメリットであるといえる(注8)。
しかし、実務上どのようなアプローチで海外子会社におけるグローバル内部通報制度や企業グループ内部監査制度の整備を進めるのかは、画一的なベストなやり方はない。どのような方法が自社に相応しいか、法体系、商慣習、文化、言語、事業内容などの異なる海外子会社の特性とリスクを考慮しながら進められるべきものである。
Ⅵ むすび
親会社は、海外子会社に対して、通常の株主とは異なる特別の資本関係にある。海外子会社の取締役の自主的判断は尊重されるべきであるが、海外子会社の特有のリスクを踏まえて、企業グループの効率性とのバランスを考慮した経営判断に基づいた親会社取締役の海外子会社監督責任は認められる。
企業グループ内部統制体制の構築は親会社取締役の職務の一環であり、企業グループ内部統制に海外子会社の管理が含まれる。海外子会社に対する監督責任が親会社取締役の善管注意義務であり、親会社取締役が海外子会社監督責任を追及されることがあり得る。さらに、企業グループ内部統制システムがうまく機能しているかどうかの監督ないし監視も親会社取締役の善管注意義務である。
また、海外子会社におけるグローバル内部通報制度と企業グループ内部監査制度の重要性が高まり、整備拡大の動きが広まっている。親会社は、海外子会社の独立性を尊重する必要はあるが、海外子会社の運営とリスク管理上のルールを整備し、海外子会社の特性に応じた親会社主導でのガバナンス体制の構築と運用を図っていくことが肝要である。
(注1)遠藤元一「海外子会社を含めたグループ会社のコンプライアンス体制」国際取引法学会1号(2016)159頁。
(注2)塚本英臣「平成二六年改正会社法と親会社取締役の子会社監督責任」商事法務2054号(2014)28頁。
(注3)高橋英治「企業集団における内部統制」ジュリスト1452号(2013)30頁~32頁。
(注4)武井一浩「企業集団法制に関する改正」企業会計66巻3号(2014)39頁。
(注5)齋藤真紀「企業集団内部統制」商事法務2063号(2015)21頁。
(注6)高橋 均「海外子会社ガバナンス体制の構築」ビジネス法務17巻11号(2017)22頁。
(注7)山内洋嗣・金山貴昭「企業グループにおける内部監査」商事法務2159号(2018)42頁。
(注8)矢田 悠・辰野嘉則「企業グループにおける内部通報制度」商事法務2161号(2018)61頁。
海外子会社のガバナンス
神奈川大学法学部教授 葭田英人
Ⅰ はじめに
近年、パナソニックのアメリカ子会社の贈賄や不適切会計をはじめ、東芝のアメリカ原子力子会社の減損処理をめぐる不正会計問題、沖電気工業のスペイン販売子会社架空売上事件、富士フイルム、キリン、丸紅、リクシルなどの海外子会社不正会計事件が後を絶たない。さらに、日本郵政でも、オーストラリアの子会社の業績が低迷し大幅赤字になるなど、海外企業買収におけるガバナンスの甘さが目立つ。
一方、ニチリンのアメリカ子会社棚卸資産過大計上事件は、親会社取締役会が、この子会社の月次業務報告において、売上と利益の増減が連動しない傾向に気づいて調査を指示したものであり、第三者調査委員会も、親会社のガバナンスや内部統制が子会社の不正を防止したものであると評価していることから、海外子会社不正事件において、親会社取締役による子会社監督責任が問題となる。
こうしたなか、2017年8月、経済産業省は、「我が国企業による海外M&A研究会」を設置し、11月にシンポジュウムを開催し、予想を超える注目を集めた。その後、2018年3月、海外M&Aの課題とその克服策をまとめ、報告書を公表した。本報告書には、海外M&Aを自社の成長に有効活用するためには、経営トップが、その本質を理解し、主体的にリーダーシップを発揮するとともに、プロセス全体にコミットして取り組んでいくことが重要であるとし、留意すべきポイントや参考事例をまとめている。
日本企業が海外企業を買収するのは、国内市場の伸び悩みから海外に活路を見いだそうとするためである。しかし、M&Aによる海外子会社の管理が問題となる。海外子会社は目が届きにくく、ずさんなコスト管理による巨額の損失をだす例が後を絶たない。
本稿においては、海外子会社の特有のリスクを踏まえて、親会社取締役の海外子会社監督義務を会社法の解釈上あるいは立法上認め得るか否かを検討する。さらに、企業グループ内部統制システムの整備義務の規定は、親会社取締役の海外子会社監督責任の根拠規定ととらえることができるのか、その関係を明らかにする。また、海外子会社の管理手法として、相互補完関係にあるグローバル内部通報制度と企業グループ内部監査制度について検討し、海外子会社のガバナンスの在り方を考察する。
Ⅱ 海外子会社の特有のリスク
海外子会社は国内子会社と異なり、海外特有の法令や商慣習があり、さらには地理的距離や言語の違いがある。特に、海外子会社には日本の親会社からの強い独立意識があり、統制を及ぼしにくい面がある。このような法規制やコンプライアンスリスクを踏まえた、海外子会社に対するリスク管理は不可欠であり、何か問題が発生した場合、日本の親会社の損害発生や信用失墜になりかねないことから、海外子会社のガバナンスは、日本の親会社が海外子会社をどこまでコントロールできるかが課題である。
海外子会社の事業・規模・地域・取引形態などに係る法令に含まれるコンプライアンスリスクを洗い出し、それらのリスクに適正に対処し得る対応策を構築して海外子会社に整備させ、海外子会社において適正に実施・運用されているかを、定期的な往査や報告等を通じて、海外子会社との意思疎通を図りながら水準維持に努める必要がある(注1)。
Ⅲ 親会社取締役の海外子会社監督責任
(1)子会社監督責任に関する裁判
① 野村證券孫会社事件 野村證券(株)のアメリカにおける100%孫会社が、米国証券取引委員会規則違反により118万米ドルの課徴金を課されたことに対して、野村證券(株)の株主が、同社の取締役に責任があるとして株主代表訴訟を提起した事件である。
東京地裁判決(東京地判平成13年1月25日判例時報1760号144頁)は、「親会社の取締役は、特段の事情がない限り、子会社の取締役の業務執行の結果、子会社に損害が生じ、さらに、親会社に損害が生じた場合であっても、直ちに親会社に対し任務懈怠の責任を負うわけではない。もっとも、親会社と子会社の特殊な資本関係に鑑み、親会社の取締役が子会社に指図するなど、実質的に子会社の意思決定を支配したと評価しうる場合であって、かつ、親会社の取締役の指図が親会社に対する善管注意義務や法令に違反するような場合には、特段の事情があるとして、親会社について生じた損害について、親会社の取締役に損害賠償責任があると解される」として、親会社取締役の子会社に対する監督責任は、原則として存在しないと判示した。
② 福岡魚市場事件 福岡魚市場の100%子会社のフクショクが「グルグル回し取引」という循環取引を帳簿上繰り返し行っていたが、在庫商品の含み損が膨らみ不良在庫となり経営が破綻した。福岡魚市場の株主が、同社の取締役等(代表取締役および取締役)に対して、子会社への不正融資等により18億8000万円の損害を被ったとして、損害賠償を求めて株主代表訴訟を提起した事件である。
福岡地裁判決(福岡地判平成23年1月26日金融・商事判例1367号41頁)においては、親会社の取締役等が、子会社に対する監視義務を怠り、詳細な調査や検討を行うことなく高額な貸付等を行ったことにつき、取締役等には忠実義務および善管注意義務違反があると判示した。
福岡高裁判決(福岡高判平成24年4月13日金融・商事判例1399号24頁)においては、経営破綻寸前の子会社に対して、不良在庫の実態を解明しないで経営状態を隠蔽したまま貸付を行い、子会社の損害を補填しており、取締役等の忠実義務および善管注意義務違反があるとして控訴を棄却した。
最高裁判決(最判平成26年1月30日金融・商事判例1435号10頁)においても、第1審および控訴審の判断が維持された。この判決が、親会社取締役の子会社監督義務を明らかに認めたものと解釈することはできないが、少なくとも、親会社取締役は、子会社に対して適切に監督することが求められているものといえる。
③ 判決の比較 野村證券孫会社事件において、東京地裁は、親会社取締役の子会社への指図が親会社に対する善管注意義務や法令に違反するような特段の事情がない限り、親会社取締役は、子会社の取締役の業務執行により子会社に損害が生じ、さらに、親会社に損害を与えた場合でも、直ちに親会社に対し任務懈怠の責任を負うわけではないと判示した。
これに対し、福岡魚市場事件において、最高裁は、親会社取締役が子会社の違法行為やリスクを認識した後、速やかに適切な対処をしなかった場合には、親会社取締役の子会社管理の懈怠による善管注意義務違反を認めた。
(2)親会社取締役の海外子会社管理義務 親会社は海外子会社を含む子会社に対して資本参加しており、親会社取締役は支配力を行使できる関係にあることから、子会社取締役は親会社取締役の指図に従わざるを得ない。さもなければ解任されることすらある。しかし、親会社取締役による子会社の監督の職務の範囲が不明確であることから、会社法に明文の規定を設ける必要性はあるが、現行の会社法の解釈論として、親会社取締役は、その親会社に対して負う善管注意義務の内容として、その子会社の業務を監督する責任・義務を負っているという見解が支配的であるといえる(注2)。
他方、子会社の業務執行権限を有するのは、本来、子会社取締役である。親会社による子会社に対する出資は親会社の財産であるが、親会社と子会社とは法人格が別である。したがって、親会社は子会社に対して原則株主としての権利しか行使し得ない。株主権を超えた子会社の業務執行に対する親会社取締役の監督義務は原則として認められない。親会社取締役は子会社取締役の違法行為を事前に防止する義務を負うと解すべきであるが、親会社取締役の子会社監督義務が法定化された場合、子会社取締役が子会社に対して負う善管注意義務・忠実義務と、親会社取締役が負う子会社監督義務ないし権限は対立する。子会社が完全子会社である場合を除いて、子会社取締役の自主的判断が尊重されるべきであるとする見解もある(注3)。
経済界からも、親会社取締役の子会社監督義務が会社法に明文化された場合には、親会社が子会社の監督義務を過度に広範囲に負うと解されかねない、ひいてはグループ経営そのものへの委縮効果が生じかねないなど強い反対論が出された。
最終的に、子会社経営の裁量権を奪いかねないとの懸念から、親会社取締役の子会社監督義務は会社法に明文化されることはなく、「その株式会社および子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備(会社法362条4項6号)」について会社法で規定することとなった。
しかし、親会社は子会社株主として、子会社に対する支配権・経営権を持っている。法的拘束力がなくても、子会社の株主総会を通じて、実質的に、子会社の人事や業務執行に影響力があるはずである。法人格が別であっても、企業グループの経営方針から逸脱することは認められない。親子会社は一心同体であるのだから、通常の株主同様の株主権を有するということでは済まされない。子会社取締役の自主的判断は尊重されるべきであるが、企業グループの効率性とのバランスを考慮した経営判断に基づいた親会社取締役の子会社監督責任は認められると解される。
特に、海外子会社の取締役は、海外の準拠法令に従って責任を果たすことになるが、親会社取締役は、海外子会社の特有のリスクを認識し、海外子会社の監督義務を果たさなければ、法的責任を問われるものとして対応する必要がある。
Ⅳ 親会社取締役の海外子会社監督責任と企業グループ内部統制システム
会社法改正において、企業グループにおける内部統制システムの決定義務が、会社法施行規則から会社法本体に明記され、監査役設置会社の大会社・監査等委員会設置会社・指名委員会等設置会社においては、法務省令で定める内部統制体制ならびに企業グループ内部統制体制の整備(会社法348条3項4号・362条4項6号・399条の13第1項1号ハ・416条1項1号ホ)について、取締役(会)が決定しなければならないとされている(会社法348条4項・362条5項・399条の13第2項・416条2項)。
このことは、企業グループ内部統制システムに子会社の管理が含まれ、子会社に対する監督責任が親会社取締役の善管注意義務であり、親会社取締役が子会社監督責任を追及されることがあり得ることを意味する。
したがって、子会社で何らかの不祥事が発覚した場合に、親会社取締役が単に知らなかったというだけで法的責任がないわけではなく、適正に企業集団内部統制を構築運用しているのかどうかが、法的責任認定の際の1つの争点になる(注4)。
なお、親会社が子会社の業務上の決定に介入した場合、それにより子会社に損失が生じれば、親会社および親会社取締役に民事責任が生じる。他方、業務への適切な介入を怠っていたという不作為につき、親会社および親会社取締役に対する任務懈怠責任が問われる場合もあり得る(注5)。
会社法上、企業グループ内部統制システムはコンプライアンスとリスク管理を目的とし、企業グループ内部統制体制の構築は親会社取締役の職務の一環であり、それが機能しているかどうかの監督ないし監視も親会社取締役の善管注意義務であり、不断の見直しが求められる。反面、企業グループ内部統制システムの適切な整備は、親会社取締役にとって、任務懈怠責任追及のリスクを軽減する効果があるものと考えられる。
企業グループ内部統制システムに不備がなければ、親会社取締役が、この企業グループ内部統制システムを信頼して監督ないし監視行為をすることは、親会社取締役の責務を果たすことになる。このことは「信頼の権利」と呼ばれ、アメリカの判例法において認められてきた法理であり、企業グループ内部統制体制が構築され十分機能しているときには、職務執行が違法もしくは不当であると疑うべき事実がない限り、善管注意義務違反とはならないと解することである。ただし、企業グループ内部統制体制が構築されていても不備があった場合には、親会社取締役は免責されることはない。さらに、担当者を信頼してまかせっきりにすることも監督責任を問われることになる。
海外子会社は、外国の準拠法に基づき設立され、その法令を遵守することが求められるため、日本の会社法上の企業グループ内部統制システムの適用の範囲外にある。しかし、日本法に基づき設立された会社が外国会社の経営を支配していれば、会社法上の子会社になり得ることから(会社法施行規則3条1項・2条3項2号)、子会社には外国法に基づき設立された海外子会社も含むことになる。したがって、海外子会社の特有のリスクを認識した上で、海外子会社の不正等に対して、海外子会社に不正等を生じさせることとなった親会社による企業グループ内部統制システムの不備に原因があると認められる場合には、親会社の取締役は任務懈怠責任を問われる可能性がある(注6)。
Ⅴ 海外子会社におけるグローバル内部通報制度と企業グループ内部監査制度
海外子会社が、通報窓口を設けて、法令違反や不正等の通報対応を行うグローバル内部通報制度については、現状は未整備の海外子会社も少なくない。しかし、海外子会社による不正等が相次ぐなか、海外子会社の管理手法としてグローバル内部通報制度の整備拡大の動きが広がっている。
海外子会社における法令違反や不正等を早期に発見することにより、迅速な対応が可能となり、被害の拡大を防止することができる。しかし、通報者は、法令違反や不正等を発見することを職務としてはいないし、通報により不利益を受ける場合もあるという限界がある。
さらに、相互補完によりリスクを低減する効果を高める管理手法として企業グループ内部監査制度がある。内部監査には、本来的な会社の自浄機能として、平時から問題点やリスクの洗い出しを通じて、不正・不祥事を未然に防止し早期発見することが期待されており、会社の不正・不祥事が多発するいま、内部監査の重要性はさらに高まっている(注7)。
企業グループにおける海外子会社向けの内部通報制度や内部監査制度については、親会社と海外子会社がそれぞれ自ら独立して実施する場合と、親会社が企業グループ全体をカバーする体制を採用している場合がある。
海外子会社独自の内部通報制度や内部監査制度は、現地における簡潔で迅速な対応を可能とするメリットがあるが、特に新興国などにおいては、不祥事等に対する意識が親会社とは差があることもままあり、遠隔地における管理には困難が伴うことから、親会社が企業グループ全体をカバーする体制を採用している方が、企業グループ内で統一的な水準の制度を設けることでグローバル・ルールを徹底することができ、親会社がリードすることで、不祥事等に対する親会社と海外子会社との意識の差があったとしても、これを回避することができる点がメリットであるといえる(注8)。
しかし、実務上どのようなアプローチで海外子会社におけるグローバル内部通報制度や企業グループ内部監査制度の整備を進めるのかは、画一的なベストなやり方はない。どのような方法が自社に相応しいか、法体系、商慣習、文化、言語、事業内容などの異なる海外子会社の特性とリスクを考慮しながら進められるべきものである。
Ⅵ むすび
親会社は、海外子会社に対して、通常の株主とは異なる特別の資本関係にある。海外子会社の取締役の自主的判断は尊重されるべきであるが、海外子会社の特有のリスクを踏まえて、企業グループの効率性とのバランスを考慮した経営判断に基づいた親会社取締役の海外子会社監督責任は認められる。
企業グループ内部統制体制の構築は親会社取締役の職務の一環であり、企業グループ内部統制に海外子会社の管理が含まれる。海外子会社に対する監督責任が親会社取締役の善管注意義務であり、親会社取締役が海外子会社監督責任を追及されることがあり得る。さらに、企業グループ内部統制システムがうまく機能しているかどうかの監督ないし監視も親会社取締役の善管注意義務である。
また、海外子会社におけるグローバル内部通報制度と企業グループ内部監査制度の重要性が高まり、整備拡大の動きが広まっている。親会社は、海外子会社の独立性を尊重する必要はあるが、海外子会社の運営とリスク管理上のルールを整備し、海外子会社の特性に応じた親会社主導でのガバナンス体制の構築と運用を図っていくことが肝要である。
(注1)遠藤元一「海外子会社を含めたグループ会社のコンプライアンス体制」国際取引法学会1号(2016)159頁。
(注2)塚本英臣「平成二六年改正会社法と親会社取締役の子会社監督責任」商事法務2054号(2014)28頁。
(注3)高橋英治「企業集団における内部統制」ジュリスト1452号(2013)30頁~32頁。
(注4)武井一浩「企業集団法制に関する改正」企業会計66巻3号(2014)39頁。
(注5)齋藤真紀「企業集団内部統制」商事法務2063号(2015)21頁。
(注6)高橋 均「海外子会社ガバナンス体制の構築」ビジネス法務17巻11号(2017)22頁。
(注7)山内洋嗣・金山貴昭「企業グループにおける内部監査」商事法務2159号(2018)42頁。
(注8)矢田 悠・辰野嘉則「企業グループにおける内部通報制度」商事法務2161号(2018)61頁。
葭田英人 よしだ ひでと 筑波大学大学院修了。専門分野は、会社法・税法・信託法。近著は、『基本がわかる会社法』(三省堂・2017)、『信託の法制度と税制』(税務経理協会・2017)、『合同会社の法制度と税制(第二版)』編著(税務経理協会・2015)など。 |
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