カートの中身空

閲覧履歴

最近閲覧した商品

表示情報はありません

最近閲覧した記事

解説記事2019年02月25日 【特別解説】 監査法人の強制ローテーションと入札の手続(欧州企業の事例)(2019年2月25日号・№776)

特別解説
監査法人の強制ローテーションと入札の手続(欧州企業の事例)

はじめに
 会計監査の発展の歴史は会計不祥事の歴史と表裏一体とも言われている。これまでの会計監査の充実に向けた様々な取組みを通じて、会計監査を実施するための規制・基準は相当程度整備されてきたが、最近の不正会計事案などを契機として、改めて会計監査の信頼性が問われる状況に至っている。
 平成28年3月8日に公表された会計監査のあり方に関する懇談会による提言「会計監査の信頼性確保のために」においては、監査の基準等が整備されても不正会計事案等が引きも切らない背景には、次のような要因があると分析されている。
・これらの規制・基準が監査の現場に十分に定着していない、
・こうした規制・基準を定着させるための体制が監査法人や企業等において十分に整備されていない、
・そのような体制整備がなされているかを外部から適切にチェックできる枠組みが十分に確立されていない、
 さらに、不正会計問題への対応に際しては、いたずらに規制・基準を強化するのではなく、その費用と便益を検証しつつ、問題の本質に焦点を当てた対応を取るべきであるとされた。そして、会計監査の信頼性確保に向けて講ずるべき取組みは、以下の5つの柱に整理されている。
(1)監査法人のマネジメントの強化
(2)会計監査に関する情報の株主等への提供の充実
(3)企業不正を見抜く力の向上
(4)「第三者の眼」による会計監査の品質のチェック
(5)高品質な会計監査を実施するための環境の整備
 そのための具体的な施策としては、監査法人のガバナンス・コードの制定や、監査報告書の透明化等が挙げられているほか、「第三者の眼」による会計監査の品質のチェックや監査法人の独立性の確保という観点から、EU諸国において既に導入されている監査法人を一定期間毎に強制的に交代させるローテーション制度の導入が、我が国においても有効な選択肢の一つであると考えられるとされている。しかし一方で、監査法人のローテーション制度については、監査人の知識・経験の蓄積が中断されることにより監査品質が低下するおそれがある、あるいは、大手監査法人の数が限られている監査市場の現状を踏まえると、当該制度の円滑な導入・実施は現時点では困難であるとの指摘もあることを踏まえて、懇談会の報告書においては、我が国における監査法人のローテーション制度の導入に伴うメリット・デメリットや、制度を導入した際に実効性を確保するための方策等について、金融庁において深度ある調査・分析がなされるべきであるとされた。そして、その成果物として、平成29年7月20日に金融庁から「監査法人のローテーション制度に関する調査報告(第一次報告)」が公表されている。
 本稿では、欧州企業の直近のアニュアルレポート(監査委員会の報告書)を基に、既に欧州域内諸国で行われている監査法人の交替制度(入札手続)について調査を試みた。
 本稿で紹介している欧州企業による開示は、各社の直近(2017年12月期のものがほとんど)のアニュアルレポート(監査委員会の報告書)の抜粋を和訳したものである。

EU法定監査規則における規定の概要
 監査法人の強制ローテーション制度については新EU法定監査規則第17条に以下のとおり規定されている。
(a)PIE(社会的影響度の高い事業体)の会計監査人を任命する場合、初回の任期については、原則として、最短任期を1年(更新可能)とし、最長継続任期を10年(更新されている場合は、更新前の期間と合算)とする(第1項)。ただし、加盟国は、1年より長い最短任期、又は10年より短い最長継続任期を設定することができる。(第2項)
(b)最長継続任期経過後、会計監査人は、同一ネットワークに属するメンバーファームを含め、当該PIEに対して4年間会計監査を実施してはならない。(第3項)
(c)加盟国は、以下の場合において、最長継続任期の延長を可能とすることができる。(第4項)
 -最長継続任期経過後、公開入札が行われた場合(20年まで延長可能)
 -共同監査を実施し、共同監査報告書が提出された場合(24年まで延長可能)
(d)(公開入札による20年までの延長、共同監査による24年までの延長について)監査委員会の推薦に基づき、経営機関又は監督機関が、当初の最長継続任期の延長を株主総会に提案し、これが承認された場合、最長継続任期の延長が可能となる。(第5項)
(e)例外的に、PIEが規制当局に最長継続任期の延長を依頼し、これが許可された場合、(公開入札による20年までの延長、共同監査による24年までの延長について、延長後の最長継続任期を超えて、更に)2年を上限として会計監査人の再任が可能となる。(第6項)
 この新EU法定監査規制は2014年6月16日に効力を発生し、翌17日に施行された。

欧州企業による開示例(監査人の入札手続の流れ)
 監査法人の強制ローテーションや入札手続については、監査委員会の報告書において説明がなされている。欧州企業の直近のアニュアルレポート(年次報告書)の監査委員会の報告書の中で、監査法人の強制ローテーションや入札手続の具体的なスケジュールや、新たな監査人を選任するにあたっての判断基準等を詳細に記載している事例があるため、本稿では、それらを和訳したうえで、いくつか紹介することとしたい。
 学術出版事業や、各種ビジネスに関する情報分析、また国際会議などのビジネスイベント運営事業を手がける多国籍企業であるInforma社は、監査人の入札手続は2016年中に2か月にわたって、以下の順番で行われたと開示している。なお、入札前のインフォーマ社の監査人はデロイトであった。
1.どの監査法人に対してプロポーザルの提出を要請するかについての当初の評価
2.外部の監査事務所3社に対してプロポーザルを提出するように要請
3.それぞれの外部の監査事務所のパートナーと経営者との会合が開かれ、予備的な質問に対して監査事務所側から回答
4.それぞれの監査事務所が、当社グループによる選定規準(監査チーム、国際的な専門性、業務のアプローチ及び文化的な土壌等を含む)に整合したプロポーザル文書を書面により提出
5.各監査事務所との対面によるプレゼンテーションの場で、提案内容が検討され、質問が行われる
6.Informa社の監査人選定パネルと一次選考を経て残った監査事務所のシニアパートナーとの1対1のミーティングを開催
 これらの手続の後、監査人選定パネルは取締役会に対し、デロイトを再任する旨の勧告を提出した。

具体的な監査人選定のプロセスについての開示
 次に、英国の化学会社であるCroda International社は、1年間にわたる監査人選定プロセスを「ケース・スタディ」として、次のように詳細に注記している。

2016年10月 監査委員会委員長とグループの財務部長が、後任の監査事務所となる可能性がある事務所の責任者と面談し、これから実施しようとしている入札手続の概要を伝えた。なお、外部監査人としての任期の関係で、PWCは入札に招待されなかった。入札に際して非常に重要な、筆頭業務執行社員や監査チームの主要なメンバーに対して期待する事柄や監査チームの望ましい構成等についても要望を伝えた。これにより、監査事務所は入札をリードする最も適切な業務執行社員を選任することができる。さらに、独立性に関する問題が生じるのを避けるためのプロセスについても協議された。
2016年11月~
2017年1月
キックオフミーティングに引き続き、3つの監査事務所が入札に応募してプロポーザルを提出した。Croda社にフィットするような担当者を選任するために時間がとられ、その後、入札に応募した各監査事務所から選ばれた入札の責任者が監査委員会に通知された。
2017年4月 監査委員会が、入札プロセスにおける詳細な監査人の選定基準を、次のように最終決定した。
・筆頭業務執行社員と監査チームの専門性、適性及び文化的な適合
・我々のビジネス、業界及び主要な地域に関する知識と理解
・データ・アナリティクスの使用を含む監査アプローチ
・SAPや監査の品質を含む技術的な専門性。直近のFRC(財務報告評議会)による監査品質のレビュー及び検査の結果を含む。
・利益相反と独立性
・報告と伝達の品質。建設的にチャレンジする能力を含む。
・監査事務所のこれまでの経験
・コストパフォーマンス
2017年7月/
8月
正式な入札の要請が発行され、データルームが開かれた。
2017年9月 入札に応募した監査事務所の責任者が当社の要人と何度も面談を行ったことにより、主要な要件や文化、ビジネスに関する理解が深まった。それぞれの会合について、当方の出席者からのフィードバックが収集され、それらはその後の意思決定プロセスに対するインプットとなった。
2017年10月 一次選考を通過した監査事務所について、口頭によるプレゼンテーションと監査人選定パネルによるインタビューが行われた。選定パネルの構成員は、監査委員会の構成員全員と、当社グループの専務理事、財務責任者及び財務のコントローラーである。選定パネルによる勧告を考慮した上で、監査委員会による正式な意思決定が行われた。その結果、KPMGを当社の監査人として選任する勧告が取締役会に対して行われた。

4大監査法人(Big4)による寡占
 欧州、特に英国の大企業の監査では、4大監査法人(KPMG、E&Y、PwC及びDeloitte)のシェアが高すぎるとして以前より問題になっている。監査法人の強制ローテーションや入札制度はこのような現状を変える大きなチャンスとも思われたが、FTSE構成銘柄に指定されている主要な英国企業の監査委員会報告書における監査人入札に関する記載を見ると、「(現任の監査事務所を除く)3つの監査事務所に対してプロポーザル提出の要請を行った。」といった、現任の監査事務所を除く4大監査法人に対してプロポーザル提出の要請が行われたことを伺わせるような記述がよく見受けられた。中堅の監査事務所にとっては、4大監査法人の壁を崩すのはまだまだ至難の業のようである。
 スタンダード・ライフ社は、この点について、監査人入札に関する説明の中で、以下のように説明している。
 入札に応募する能力がある(eligible)4大監査法人のうちの3監査事務所が入札に招かれ、それらのうちの2社がプロポーザルを提出した。4大監査法人以外の事務所についても検討を行ったが、規模や複雑性、当社グループの地理的な広がり等の点を勘案した結果、監査委員会は、これらの監査事務所はいずれも、サービスを効果的に実施するために必要なリソースを持ち合わせていないという結論に達した。

外部監査人に求められる要件
 また、英国を代表する製薬会社であるグラクソ・スミスクライン(GSK)社は、外部監査人の業務に対する期待(Performance expectations)として、極めて多岐にわたる項目を列挙している(2017年度までの監査人であったPwCを想定したものになっている)。なお、GSK社は2000年以来、PwCに外部監査を委嘱していたが、2018年1月1日以後開始する事業年度から、Deloitteに監査人が交替している。
 現時点において、各監査事務所が抱えている問題点や課題を一覧にしたような、盛りだくさんなリストであるといえよう。

監査人の特定の責任 ・監査アプローチと重点項目について事前に協議し、新たな事業モデルが示すものに関与して、早期に理解すること。
・SOX法の適用範囲について確認し、追加が必要な手続についてGSK社の経営者と協議して承認を得、適時に報告すること。
・GSK社内のすべての各階層において適時に報告を行うことにより、サプライズが生じるのを回避すること。
・経営者が問題提起した論点について適時に回答すること。
・合意した締め切り期日を遵守すること。
・監査チームの主要なメンバーについて継続性を保ち、引継ぎを計画的に行うこと。
・GSKの経営陣が監査報告書の草案を検討し、要請や問い合わせに回答するための時間を十分に確保すること。
・現地及び本部の監査チームとの間で整合的なコミュニケーションを行うこと。
監査人のより幅広い責任 ・テクニカルな問題やガバナンスの問題について、最新の知見を適時に提供すること。
成長可能性報告書(viability statement)の要求事項やESMA(欧州証券市場監督局)、証券取引委員会(SEC)のガイドライン、IFRS第15号やIFRS第16号といったIFRSの新しい基準書に関するものを含む。
・業界における報告及び統合報告のベストプラクティスのトレンドについて報告すること。
・独立性のポリシーを遵守すること(FRCの倫理基準や該当するSECの基準等)
・現地のリスクや重要性を反映させた、焦点を絞った、かつ整合的な監査アプローチを全世界で展開すること。
・作業の重複を防ぐため、監査部門と保証部門で連携すること。及びグローバルな倫理基準を遵守することで監査の結果について共通の理解を醸成すること。
・すべてのレベルにおいて、整合的な助言を提供すること。
・最終的に、取締役会に対して高品質な業務を提供すること。当社グループに対して細心の注意を払うとともに、最大限の誠実性をもって業務に当たること。
監査事務所間で業務を移行する特定の責任 ●デロイトへの業務の移行について、シームレスで、有効かつ効率的な引継ぎを行うこと。以下の事項を含む。
・GSK社の連結財務諸表とその子会社の監査に関連するすべての情報について、アクセスを提供すること。
・それがGSK社の連結財務諸表の監査にとって有用性がある場合には、非監査業務を通じて入手したGSKに関する情報を提供すること。
・デロイトが監査調書を理解することに役立てるため、事実や証拠に基づく説明、又は書面による説明を適時に提供すること。
・適切な環境や話し合いの場を確保するための実務的な相互交流の条件について合意すること。
・フォーマット、メカニズム及び対応時間を含む、情報へのアクセスを取り決めにより提供すること。
・監査業務を観察できるように、デロイトと連携をとること。
・関連する情報を作成するために要した時間について、十分に分析すること。
・年度内に合意した、引継ぎに関して追加的に生じた事項を完了すること。

終わりに
 「会計監査の在り方に関する懇談会」の提言が公表されてから3年のうちに、監査法人のガバナンス・コードや監査上の主要な検討事項(KAM)が制度化され、監査人の交代時における開示のあり方等についても、「会計監査についての情報提供の充実に関する懇談会」において議論が始まった。また、この懇談会の第1回の会合が行われた平成30年11月2日付で、「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正案が公表され、その中では、「情報の信頼性・適時性の確保に向けた取組み」として、監査役会等の活動状況、監査法人による継続監査期間やネットワークファームに対する監査報酬等の開示を求めることが提案されている。このように、会計監査の信頼性を確保するための取組みは、今まさに着々と制度化が進められているところ、ということがいえよう。その中で、今回取り上げた監査法人の強制交替(ローテーション)制度は、米国ではまだ制度化されていないということもあり、制度化されるとすれば、おそらく最後になる(最終的には制度化されない可能性もある)ものと予想されている。
 しかしながら、監査市場が4大監査法人の寡占状態にあり、競争の原理による監査品質向上というモチベーションが働きにくいとされる我が国の現状は、監査法人の強制ローテーションや入札がすでに導入された欧州大陸や英国と大きく変わらない。今後、監査法人の強制ローテーション制度を導入した欧州諸国において、監査品質の大幅な改善が見られたり、あるいは我が国や米国において大規模な会計不祥事が再度生じたりしたような場合には、監査責任者のみならず、監査法人そのものも強制的に交替させるべき、という要求が投資家等から強まることは確実であり、今回内閣府令において改正が提案されている、監査法人による継続監査期間の開示は、監査法人の強制交替制度に向けた地ならしである、という見方もすることができよう。平成時代の30年間は監査人にとってまさに激動の年月であったが、元号が変わっても、変化の激しい日々が続くと思われる。

<参考文献> 会計監査のあり方に関する懇談会提言「会計監査の信頼性確保のために」平成28年3月8日
監査法人のローテーション制度に関する調査報告(第一次報告)平成29年7月20日
金融庁

当ページの閲覧には、週刊T&Amasterの年間購読、
及び新日本法規WEB会員のご登録が必要です。

週刊T&Amaster 年間購読

お申し込み

新日本法規WEB会員

試読申し込みをいただくと、「【電子版】T&Amaster最新号1冊」と当データベースが2週間無料でお試しいただけます。

週刊T&Amaster無料試読申し込みはこちら

人気記事

人気商品

  • footer_購読者専用ダウンロードサービス
  • footer_法苑WEB
  • footer_裁判官検索