資料2002年06月12日 【主要判例】 H14. 6.12 前橋地方裁判所 平成10年(ワ)第483号 損害賠償請求事件事件
H14. 6.12 前橋地方裁判所 平成10年(ワ)第483号 損害賠償請求事件事件
平成14年6月12日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成10年(ワ)第483号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成14年4月17日
判決
主文
1 被告は,原告に対し,金1029万4336円及びこれに対する平成11年8月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを3分し,その2を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。
4 この判決の第1項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請 求
被告は,原告に対し,金3220万0447円及びこれに対する平成11年8月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,原告が,その顧問税理士であった被告に対し,(1)平成7年度の確定申告に当たり,①平成2年度に発生したワラント債の売却損を特別損失と計上し,②原告が平成7年11月に取得した土地に係る借入金の支払利子を損金に算入した違法な申告により,税務署から更正処分を受け,過少申告加算税等の損害が発生し,(2)上記ワラント債の売却損につき減額更正の請求をしうる旨の説明・助言をせず,原告にその機会を失わせたために還付金相当額の損害が発生したと主張して,委任契約(あるいは準委任契約)の債務不履行に基づく損害賠償請求をした事案である。
2 争いのない事実等(争いのない事実以外は認定証拠を括弧内に掲記)
(1) 原告は,建築材料の販売等を目的とする株式会社である。
被告は税理士であり,原告は被告に対し,顧問税理士として昭和53年4月ころから平成9年2月28日までの間,原告の毎年5月1日から翌年4月30日までを事業年度とする各年度の所得申告等の税務申告手続を委任してきた。
(2) 被告は,平成8年7月1日,原告の平成7年5月1日から平成8年4月30日までの事業年度(平成7年度,申告期限は平成8年7月1日)の法人税等の確定申告を行った(甲6の1,2)。
被告は,上記確定申告の際,
ア 原告が平成7年11月24日に代金4400万円で購入した土地(前橋市a町b丁目c番地d,以下「本件土地」という。)に係る借入金の支払利子を損金に算入し,
イ 原告が平成2年7月16日に売却した太平洋金属のワラント債及び同月17日に売却した昭和電工のワラント債(以下これらを「本件ワラント債」という。)の売却損を平成7年度の特別損失として計上した。
(3) 原告は,平成10年4月28日付けで,前橋税務署長によって,上記(2)ア及びイの各処理を否認する内容の更正決定(以下「本件更正決定」という。)を受けた。その更正通知書に記載された更正の理由は,要旨次のとおりである(甲7の2)。
ア 新規取得土地等に係る負債利子の損金不算入額……110万円
貴社が平成7年11月24日に取得した本件土地4400万円は新規取得土地等に該当しますので,当該取得価額を基準取得価額として計算した新規取得土地等に係る負債利子の損金不算入額110万円は,当事業年度の損金の額に算入されません。
イ 有価証券売却損の損金不算入額……合計2544万3489円
当事業年度に有価証券売却損として損金の額に算入した大平洋金属のワラント債売却損903万7239円,昭和電工のワラント債売却損1640万6250円は,売却した平成2年7月16日・17日の属する事業年度の損金として計上すべきものであり,当事業年度の損金の額に算入されません。
3 争点及び当事者の主張
(1) 被告に注意義務違反があったか。
(原告の主張)
ア 被告の注意義務の内容
(ア) 被告は,原告との間の顧問契約及び税務申告の委任契約により,税務の専門家として税務に関する法令,実務に関する専門知識に基づいて,日常的な相談業務のほか,各期の確定申告書や決算書類を作成する業務を行っていた。
(イ) そして,原告の確定申告に当たっては,被告は,税務に関する法令,実務に関する専門知識をもとに,更正処分や過少申告加算税の賦課処分を受けるなどにより損害を被ることのないように指導及び助言をする義務を負う。
イ 本件土地に係る負債利子の損金算入に関する注意義務違反
法人が昭和63年12月31日以降に土地を取得した場合は,その土地取得のための借り入れに対する利子は損金に算入されない(租税特別措置法62条の2第1項)。
ところが,被告は,原告が新たに本件土地を取得したことを知りながら,前記法律に反して上記2(2)アのとおり,本件土地に係る負債利子を損金に算入する処理をした。
ウ 本件ワラント債売却損の損金算入等に関する注意義務違反
有価証券の売却損は,本来これが発生した事業年度において損金として計上すべきものである。したがって,本件ワラント債の売却損は平成2年度の決算において計上すべきであるが,これをしなかった場合でも,平成2年度の申告期限である平成3年6月30日から5年間は税務署長に対する嘆願の形式で減額更正を求めることができる。
被告は,5年経過前の平成8年6月19日以前に,本件ワラント債について,平成2年7月に売却損が生じていることを知っていたのに,①平成7年度の申告において本件ワラント債の売却損を計上し,②本件ワラント債の売却損については平成2年度の申告に関して減額更正ができることを原告に説明し,その申立てを指導すべきであるにもかかわらず,これを怠った(そのために5年間を経過しその機会を失った)という注意義務違反がある。
なお,原告が減額更正の請求をすれば,嘆願といえども正当なものであれば税務署長はこれに応ずる義務があるから,認められた可能性は高かった。
また,原告は異議申立てをしていないが,これは,平成10年1月に税務署から平成7年度の申告の誤りを指摘されたときから,その処理に関する税務署との協議等の一切を被告に任せていたからである。
(被告の主張)
ア 顧問契約締結による被告の受任業務の内容
(ア) 被告は,原告との間で昭和53年4月ころから顧問契約を締結したが,当初から明文の顧問契約書を取り交わしてはいなかった。
(イ) 原告は,その経理担当者が原告の取引事実に基づき伝票の起案・仕訳・元帳記帳までを毎月行い,日常の経営管理上の必要性から原告独自のコンピューターシステムで試算表を作成・管理していた。そして,平均3か月遅れの会計伝票とともに原告の経理責任者が作成した資産・負債の勘定残高明細書が,原告から被告に持ち込まれ,被告は貸借対照表の月別勘定残高一覧表についての照合,仕訳科目の適正及び消費税のチェックをしていた。
(ウ) 原告と被告の会計処理上の役割分担を前提にすれば,財務相談・財務分析などを内容とする会計顧問業務が前記顧問契約の範囲外であることは明らかである。被告が前記顧問契約に基づき受任した業務は,各決算期の申告書等の作成などの税務顧問業務である。
イ 本件土地に係る負債利子の損金算入に関する注意義務違反の有無
本件土地に係る負債利子を損金に算入した上記2(2)アの処理は,租税特別措置法62条の2第1項に違反しない。
被告は,原告の当時の経理責任者からの報告や現地確認などを踏まえて,法人税基本通達等の一部改正における「新規土地取得等に係る負債の利子の課税の特例(租税特別措置法62条の2第3項第2号イ)」における「一体的に利用される土地等」に関する通達解釈(乙1)に基づく会計処理をしたものである。
なお,被告と原告の委任契約は平成9年2月28日終了しており,その後本件更正決定に対して,異議申立て等の手続をとるべきなのは,被告の後任者である原告の現在の顧問税理士である。それにもかかわらず,原告は,本件更正決定について何ら異議申立て等の手続をとらないで,全面的に受け入れたのである。
したがって,被告に委任契約上の注意義務違反はない。
ウ 本件ワラント債売却損の損金算入等に関する注意義務違反の有無
(ア) 被告が,本件ワラント債が既に平成2年7月ころ売却されていたのを 知ったのは,平成7年度の確定申告書提出の直前である平成8年6月20日過ぎに当時の原告の経理責任者から報告を受けた際である。
被告は,本件ワラント債の売却損について原告との間の委任契約に基づき平成7年度の特別損金として計上した上,平成8年6月28日に確定申告書を作成し,原告代表者に説明し,承認印の押捺を受けて,法定提出期限である同年7月1日に前橋税務署に適法に提出した。
(イ) 被告の上記処理は,申告期限から1年以上経過した時期において,平成3年4月期決算という粉飾した事業年度に遡って修正できないことから,当期である平成8年4月期決算において経費の計上漏れという仮装経理の典型例である特別損失としての計上という唯一とりうる方法で修正したものであり,法人税法129条2項の趣旨にも合致するものであるから,適法であり,被告に委任契約上の注意義務違反はない。
(ウ) また,減額更正の請求は,申告期限から1年経過後は原告の権利ではなく税務署に対する嘆願の制度にすぎない。原告から減額更正の請求を受けたところで,減額更正の決定通知をするかしないかは,税務署長の裁量事項である。被告が本件ワラント債の売却を知った時点において,申告期限から1年経過していたものであり,原告との顧問契約の内容として,減額更正の嘆願の制度についての説明,申立て指導の義務などは生じない。
(エ) 被告の上記処理は,税務署長に対する減額更正の嘆願の請求をしたこ とと同様の効果を持つものであり,損金処理を認めず増額更正した本件更正決定に対して原告が異議申立て等の手続をすれば,減額更正される可能性は十分にあった。このように減額更正される可能性を残した被告の処理には,原告との間の税務顧問契約上の注意義務違反は何ら認められない。
そして,本件更正決定に対して異議申立て等の手続をとるべきなのは,被告の後任者である現在の原告の顧問税理士である。にもかかわらず,何ら異議申立て等の手続を採ることなく本件更正決定を全面的に受け入れたという事実にこそ着目すべきである。
したがって,被告に委任契約上の注意義務違反はない。
(2) 損害の発生及びその額
(原告の主張)
ア 本件ワラント債売却損・本件土地に係る負債利子の各損金算入により課せられた過少申告加算税等
原告は,本件更正決定に基づき以下の支出をし,または支払義務を負うに至った。下記(ア)の本税は,被告が正しく申告すれば,本来原告が納付すべきものであるため損害としては請求しない。しかし,下記(イ)ないし(オ)は,被告が適法に申告していれば原告が支払う必要のない加算税や延滞税であり,被告の注意義務違反により生じた原告の損害(合計269万9500円)である。
下記加算税等は本件ワラント債売却損の損金算入に関する過誤と本件土地に係る負債利子の損金算入に関する過誤が合算されて算出されている。これをそれぞれの原因に分けるとすれば,本件ワラント債については2544万3489円,本件土地に係る負債利子については110万円の加算された所得金額を基準に按分することが考えられる(前者が258万7741円,後者が11万1759円)。
(ア) 本税
a 法人税 995万4000円
b 事業税 318万5300円
c 県民税 57万7300円
d 市民税 146万3300円
(イ) 法人税の過少申告加算税 99万5000円
(ウ) 事業税の過少申告加算税 31万8500円
(エ) 法人税の延滞税 85万7600円
(オ) 延滞金
a 事業税 32万3500円
b 県民税 5万8600円
c 市民税 14万6300円
イ 減額更正がされれば還付された金額
原告には,被告の注意義務違反により減額更正を受ける機会を失ったことによって,減額更正の請求をすれば還付された金員について損害が生じた。その内訳は以下のとおりである。
(ア) 法人税 954万1500円
(イ) 事業税 305万3200円
(ウ) 県民税 57万2400円
(エ) 市民税 140万2500円
ウ 実損額
(ア) 原告は,恒常的に所得800万円を超過する会社であり,被告から損害賠償を受けるときも同様である。
(イ) 800万円を超える所得に対しては,法人税34.5パーセント,事業税11パーセント,市県民税5.97パーセントの合計51.47パーセントを税として納付する必要がある。ただし,事業税は損金として所得から控除できるため,これを斟酌した実効税率は,合計46.37パーセントである。
(ウ) したがって,以下の計算式により,原告が本来保有していた上記イ及びウの合計1726万9100円を課税後に確保するためには3220万0447円の支払を受ける必要があり,これが実損額として考えられるべきである。
17,269,100÷(1-0.4637)=32,200,447
(被告の主張)
ア 原告の主張アは,不知ないし争う。
イ 原告の主張イのうち,(エ)は知らない。(ア)ないし(ウ)の具体的数額について,原告が机上で計算・作成した理論値を前提とした計算の結果であることは認め,その余は否認ないし争う。
ウ 原告の主張ウは,否認ないし争う。
エ そもそも,いずれの損害も原告が本件更正決定に対する異議申立てをすれば回避できたものであり,仮に被告に注意義務違反があったとしても,損害との間に相当因果関係がない。
(3) 過失相殺
(被告の主張)
仮に,被告に注意義務違反が認められるとしても,原告が主張する損害について少なくとも9割以上の過失相殺が認められる。
ア 本件土地に係る負債利子の損金算入について
本件更正決定は,原告の現在の顧問税理士自身も適法な処理として申告したものを前提としており,しかも,現在の顧問税理士は本件更正決定について何ら異議申立て等の手続をとらずに全面的に受け入れてしまったのであり,原告の過失割合は大きい。
イ 本件ワラント債売却損の損金算入等について
被告は原告の資産管理に一切関与していなかったところ,①平成3年ないし平成5年の各4月期のいずれにおいても,原告の経理責任者すなわち原告自身が本件ワラント債売却の事実を把握しておらず,②被告は,平成8年6月中旬ころ提出された決算のための修正の資料の中において本件ワラント債の売却という仕訳がなされていることに気づき,原告経理責任者の証券会社への問い合わせの結果,売却の日時・単価などの事実を知ったのであるから,本件ワラント債の売却という資産管理を自らなす原告に帰すべき過失割合は極めて大きい。
(原告の主張)
被告の主張は争う。
原告が本件ワラント債の売却の事実を把握した時点で,被告が平成7年度の申告を適正に処理していれば減額更正されていたのであり,それ以前に,原告で売却の事実を把握していたかどうかは損害に影響を与えない。
第3 争点に対する判断
1 本件の経緯について
前記争いのない事実等,甲1~7,12~16,23~25,30,乙5,8~11(以下,書証番号に枝番のあるものについては,その全てを含む。),証人Aの証言,被告本人の供述及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる(なお,各項目の末尾に,その事実認定に特に関連性のある証拠を掲げた。)。
(1) 被告は,昭和46年に税理士登録をし,昭和53年4月ころ,原告の前代表取締役B(故人)から依頼を受けてその税務顧問となり,平成5年8月まで5万円,同年9月以降は6万5000円の顧問料(消費税別)を受領していた。また,被告は,原告の各事業年度(5月1日から翌年4月30日まで)の税務申告手続を行い,申告手数料(消費税別)として毎年約60~70万円を受領していた。
上記顧問契約は,平成9年2月13日に,原告から被告に対し,同月末日をもって顧問契約を解除する旨の通知がされたことによって解約された。
(2) 被告は,平成7年1月ころ,Bの妻Cから,原告建材部の駐車場用地として本件土地を購入する予定がある旨を告げられ,その後,本件土地付近の現場を検分・調査したが,それによると,本件土地等の取得経緯,使用状況は次のとおりであった。
ア 原告は,かねてより,前橋市a町b丁目c番e所在(以下,前橋市a町所在の土地・建物はその地番のみを表示する。)の事務所,c番e及びc番f所在の倉庫(いずれもD所有)を建材部事務所・倉庫として利用していた(甲30)。
イ その後,その隣地である同番g等の土地上に,Eが代表取締役を務める株式会社Fにおいて新たに事務所・倉庫を建築することとなり,原告は平成8年3月1日からこれを賃借する予定でいたが(乙14),これに先立ち事務所駐車場を確保するために,Gから,平成7年11月24日,c番g等の土地に接する本件土地(c番d)を買い受けて取得した(乙9~11)。
(3) 被告は,例年,決算期後1か月以内の5月中に決算修正仕訳(1次)を原告の経理責任者から受け取り,被告が原告事務所に約1週間程度赴いて決算整理事項チェックリストを利用しながら,原告の経理責任者から資料につき説明を受けつつ,建材卸売り(販売)と不動産賃貸(管理)の各部門の決算仕訳(2次)を確定する作業を行い,その後更に原告から提出される工事部門の集計を取りまとめることによって決算書を確定させていた(3次)。
しかし,平成8年5月ころ以降,原告の役員間で役員の更迭をめぐる交渉が続き,同年6月15日にこれにようやく関する和解が成立し,同日,原告の経理責任者(H課長,後に退社)から後任(I)に,平成7年度決算に関する修正仕訳(1次)が引き継がれるに至った。その際,上記資料によって,平成2年7月の本件ワラント債売却という仕訳がされていた事実が初めて判明した。
そこで,被告は,後任の経理責任者(I)に事実確認を依頼し,同人から証券会社に照会がされた結果,平成8年6月19日,山一証券前橋支店から平成2年7月16日に大平洋金属のワラント債が売却されていた旨の回答があり(甲24),同回答は翌20日,被告に伝えられた。また,昭和電工ワラント債についても同様に確認が進められ,同月24日,被告に,平成2年7月17日に売却済みである旨の新日本証券高崎支店による照会回答結果(乙12)が伝えられた。
なお,この間,被告は,原告の経理担当者に対して,減額更正の期間が平成8年6月30日までであることを説明した上で,早急に調査をするよう指示することはなかった。
(4) 被告は,平成8年6月28日,前記争いのない事実等(2)の各処理をした確定申告書及び決算報告書を取りまとめて原告代表者の承認印の押捺を受けて,平成7年度の申告期限である同年7月1日,前橋税務署にこれを提出した(甲6)。なお,これまでの間,被告は,本件ワラント債売却損につき減額更正の請求をする方法があり得ることを原告の経理担当者や代表者に説明したことはなかった。
(5) 平成10年1月,原告は,前橋税務署の担当官から,前記争いのない事実等(2)の各処理につき誤りがある旨の指摘を受けた。そのため,原告は被告に対し,その旨を連絡し,上記指摘に係る各処理に関連して,①本件ワラント債売却損を平成3年4月期に計上しなかった理由,②平成8年6月までに減額更正の請求をしなかった理由,③平成8年4月期の申告で本件ワラント債の売却損の処理をした理由をそれぞれ質問する内容の照会書を送付した(甲12)。これに対し,被告は,①決算書に添付の有価証券内訳書はJ常務(当時の原告会計責任者)に作成してもらったものを指示どおりそのまま使用したもので,平成3年4月期に本件ワラント債売却損を認識できなかった,②平成8年6月までに減額更正の請求を行えば平成8年4月期の税額が同額分
増加することになる(更正の請求を行えば8年4月期の売却損計上は損金算入にならない),③申告書に本件ワラント債売却損を加算しなかったのは損金であるとの認識である,旨を回答した(甲13)。
その後の平成10年4月,原告は,上記税務処理に係る損害賠償を求める催告書を被告に送付したが(甲14,25),被告は,売却損の件は時間をかけて税務当局と交渉中であり,検討中との回答を受けていること,修正申告に応じないようにしないと交渉が無駄になること等を原告に連絡した(甲15,16)。
(6) しかし,平成10年4月28日付けで前記争いのない事実等(3)のとおり,前橋税務署長により本件更正決定がされた。
2 争点(1)(被告の注意義務違反)について
(1) 本件土地に係る負債利子の損金算入について
ア 乙1,証人Aの証言,被告本人の供述,関連する法令等を総合すると,平成7年11月24日に原告が取得した本件土地に係る負債利子の損金算入(前記争いのない事実等(2)ア)に関する税務上の取扱いは,以下のとおりである。
(ア) 法人税の課税所得の計算においては,法人が支払う借入金の利子は,原則として支払った事業年度の損金の額に算入することができるが,新規土地取得等に係る負債利子の課税特例が昭和63年に新設されたため(昭和63年12月31日以後に取得した土地等に適用),法人が各事業年度終了の時において新規取得土地等を有する場合には,新規取得土地等に係る負債の利子は損金の額に算入されない(租税特別措置法62条の2)。
(イ) 負債利子の損金不算入期間は,新規取得土地等を取得した日から4年を経過するまでの期間であるが,新規取得土地等が「長期間にわたって使用される建物又は構築物の敷地の用に供された土地等(これらの建物又は構築物と一体的に使用される施設の用に供される土地等を含む。)」に該当するときは,取得の日から「その建物又は構築物がその用に供された日」までが損金不算入期間となる(租税特別措置法62条の2第3項2号イ)。
(ウ) そして,上記の「建物等と一体的に使用される土地等」の範囲につき,法人税基本通達では「建物等と機能的及び地理的な一体性を有して事業の用に供される施設の用に供される土地等をいう」旨が明らかにされ,これにつき更に「機能的一体性及び地理的一体性について,極めて限定的に解することは,この課税制度の目的,趣旨,最近の都会地における土地事情等からみても実情にそぐわないと考えられる。…地理的一体性については,特定建物等の敷地と接していることまで要求するのではなく,特定建物等又はこれと一体的に使用される施設の用途又は使用目的に応じた一定の地区内での地域的概念として考えるべきである」との解説がされている。
イ 上記取扱いを上記1(3)に認定した本件土地の取得経緯や使用状況等に関する被告の調査結果に即してみると,原告が本件土地を取得した時点(平成7年11月26日)において,本件土地(c番d)は,当時の原告建材部事務所・倉庫(c番e及びc番f)の駐車場として利用されていたことに加え,平成8年4月以降には新たに原告が賃借する予定の新事務所・倉庫の所在地(c番g等)に隣接して引き続き駐車場として利用されることが見込まれていたというのであるから,被告の調査結果を前提とする限り,本件土地は上記ア(イ)・(ウ)の要件を充たす余地があることは否定できない。したがって,本件土地に係る負債利子を損金に算入した被告の処理は,当時の調査結果を前提に法令や基本通達を踏まえた税務処理をして確定申告をしたものという
ことができるから,たとえ後に原告がこれに関して更正処分等を受けることがあったとしても,原告に対する債務不履行を構成することはない。
(2) 本件ワラント債売却損の損金算入について
ア 甲17,21,27~29,乙7,証人Aの証言,被告本人の供述,関連する法令等を総合すると,平成2年度に発生した有価証券売却損が平成7年度申告の時点で判明した場合における税務上の取扱いは,以下のとおりである。
(ア) 有価証券の譲渡損益はその譲渡に係る契約をした日の属する事業年度で計上しなければならない(法人税法61条の2第1項)から,平成7年度の申告において平成2年度に発生した売却損を計上することはできない。
(イ) この場合には,①仮装経理に基づく過大申告につき修正の経理をした上で,修正経理で特別損失と計上した金額を法人税申告書別表四で加算した確定申告書を提出し(法人税法129条2項),②税務署長宛に減額更正(国税通則法70条2項)を求める嘆願書を提出することになる(納税者は過大な申告をした場合には法定申告期限から1年間は更正請求ができるが(国税通則法23条1項),これを経過しても法定申告期限から5年が経過していない場合には,税務署長は減額更正をすることができる(国税通則法70条2項)ためである。)。
(ウ) そして,上記(イ)①の修正の経理は,損益計算書中の財務諸表(損益計算書)の特別損益の項目において,前期損益修正損等と計上して仮装経理を修正してその事実を明らかにすべきものと理解されている。
イ 上記取扱いに関する知識は,税理士として当然に保有・駆使することが期待される程度のものと考えられる。そして,上記1に認定したとおり,被告は,税理士として原告との間で顧問契約を締結し,毎事業年度の決算書類の作成及び確定申告の代理を行ってきたものであるから,上記取扱いに関する知識を駆使することによって,違法・不当な申告により原告が更正処分や過少申告加算税の賦課処分を受けることがないようにすることはもちろん,過年度の決算・申告の誤りによって過大な所得申告があったことを発見した場合には適切な事後措置を講ずること(本件ワラント債売却損につき減額更正の請求(嘆願)をすべきこと)を助言・指導すべき義務があったということができる。
ウ これを被告が採った処理についてみると,確定申告書に添付された「雑損失等の内訳書」では,他の有価証券売却損に係る取引(平成8年4月20日茨城カントリークラブ会員権売却損,平成8年4月25日大京観光株式売却損)と何ら区別することなく,これに続けて,本件ワラント債に係る各損失を「平成8年4月30日」の売却損として計上し(合計8732万4831円),損益計算書の特別損益の部・特別損失の項目に「有価証券売却損」として上記8732万4831円を計上して当期利益を3165万2303円とし,これを当期利益として所得の金額が算出されている(甲6の1の法人税確定申告書別表四参照)。上記税務処理は,平成2年度に発生した有価証券売却損を平成7年度の損金に算入した点において法人税法61条の2第1項
に違反し,同法129条2項に規定する修正の経理を含むものでないことが明らかである。
そして,被告は,法定申告期限(平成8年7月1日)前の同年6月15日ころに平成2年度に計上すべきであった本件ワラント債売却損が存在することを知ったために検討の時間的余裕が十分でなかったことは窺われるものの,その一方で,上記アの取扱いに関する知識は高度に専門的な部類に属するものではない上,当該売却損の発生に係る取引事実については,原告において殊更にこれを隠ぺいする仮装経理がされていたような形跡はなく,原告の経理担当者に直ちに証券会社に対する照会等の調査を指示することによって早急にほぼ確実な裏付け資料を入手しうる性質のものであったことに照らすと,被告が本件ワラント債につき上記のような処理を採り,平成2年度の申告につき減額更正の請求をすべきことについて原告に助言・指導をしなかったこ
とは,上記顧問契約上の義務に違反した債務不履行に当たるというべきである。
なお,被告は,減額更正・嘆願の制度を知っており,その除斥期間が間もなく満了することも知りつつ,上記処理をとったかのような供述するが(第2回口頭弁論調書中の同人の速記録20,32頁参照),上記処理は当時既に文献等で説明がされていた取扱いに明らかに反するものであるにもかかわらず,被告は,原告の経理責任者等にそうした方法をあえて選択する理由を全く説明していないことに加え,平成10年2月当時に被告が原告に対してした上記処理に関する回答内容(上記1(5)参照)を考慮すると,上記供述を採用することはできない。
エ これに対し,被告は,被告が本件ワラント債の売却損につき採った処置は税務署長に対する減額更正の嘆願の請求をしたことと同様の効果を持つものであり,損金処理を認めず増額更正した本件更正決定に対して原告が異議申立て等の手続をすれば,減額更正される可能性は十分にあったとして,注意義務違反はない旨の主張をするが,被告の上記処理が法人税法61条の2第1項に違反し,同法129条2項に規定する修正の経理を含むものでないことは先に説示したとおりであるから,これを採用することはできない。
3 争点(2)(損害の発生・額)について
(1) 過少申告加算税等について(認容額258万7628円)
ア 原告は,本件更正決定に基づき,以下の支払をし,または支払義務を負うに至った(認定証拠を括弧内に掲記)。
(ア) 本税
a 法人税 995万4000円(甲7の2)
b 事業税 318万5300円(甲8)
c 県民税 57万7300円(甲8)
d 市民税 146万3300円(甲9)
(イ) 法人税の過少申告加算税 99万5000円(甲7の2)
(ウ) 事業税の過少申告加算税 31万8500円(甲8)
(エ) 法人税の延滞税 85万7600円(甲31)
(オ) 延滞金
a 事業税 32万3500円(甲10)
b 県民税 5万8600円(甲10)
c 市民税 14万6300円(甲11)
(イ~オの合計269万9500円)
イ 上記イ~オの合計269万9500円は,前記争いのない事実等(2)の各処理を否認した更正決定とこれに伴う賦課決定により課されたものが合算されているところ,これを不算入額に応じて按分すると(本件ワラント債売却損に関する不算入額が合計2544万3489円,本件土地に係る負債利子に関する不算入額が110万円),本件ワラント債に関する部分が占める金額は,258万7628円(=2,699,500 ÷{25,443,489÷(25,443,489+1,100,000)},1円未満の端数切捨て)となる。
上記金額は,被告が本件ワラント債売却損を損金に算入して申告する処理をしたことにより納付を余儀なくされたものであるから,上記2(2)の被告による債務不履行により生じた損害ということができる。
なお,被告は,上記損害は原告が本件更正決定に対する異議申立て等をすれば回避できたものであるから,被告の債務不履行との間に相当因果関係がない旨を主張するが,上記2(2)エと同様の理由によりこれを採用することはできない。
(2) 還付金相当額について(認容額1456万9600円)
ア 次に,甲20の1~6によれば,本件ワラント債に係る売却損に関する平成2年度申告につき,減額更正の請求をし,税務当局により減額更正の決定がされれば原告が還付を受けたであろう金額を算出すると,法人税が954万1500円,事業税が305万3200円,県民税が57万2400円,市民税が140万2500円(合計1456万9600円)となることが認められる。
イ そして,本件では,被告が本件ワラント債に係る売却損が存在することを知ったのは法定申告期限の直前である平成8年6月15日ころであったものの,本件ワラント債に係る取引事実やその数額については,証券会社に対する照会結果等のほぼ確実な裏付けがあることに加え,税務署の担当官が「期間内であれば必ず返した」旨を明言していた旨のA証言の内容(同人の速記録8頁)を考慮すれば,被告が原告の経理担当者に減額更正の請求の必要性を説明して,早急に資料を整理させた上で平成7年度申告の際に所要の処理を採っていれば,税務当局による減額更正に基づき上記金額が還付されたであろう蓋然性を肯定することができるから,被告の債務不履行と原告の上記還付金相当額の損害との間の因果関係を認めることが相当である。
ウ これに対し,被告は,更正請求の期間経過後に税務当局に職権による減額更正を求めたとしても,更正決定をするか否かはその裁量に属するから,因果関係を認めることはできない旨を主張する。
しかし,職権による減額更正につき税務当局に裁量が認められるとしても,このことは税務当局が更正決定を常に義務付けられるものではないことを意味するに止まるから,減額更正の請求をし得た時点で入手していた資料その他の事情から税務当局により更正決定がされたであろう蓋然性を認定しうる場合における因果関係の存否の判断を左右するものではない。したがって,被告の上記主張を採用することはできない。
(3) 損害賠償金に対する課税額相当の損害について
原告は,本件損害賠償金に対する課税額分を加算すべきである旨を主張するが,損害賠償金に課税するか否かは国又は地方公共団体と被害者(原告)と関係として専ら立法政策によって決せられる事柄であり,加害者(被告)が被害者(原告)に生じた損害を填補した後にその損害賠償金に対して課税されることがあったとしても,これは加害者(被告)が負担すべき損害賠償の内容・額とは別個の問題である。したがって,原告が支払を受けた損害賠償金に課税されることがあったとしても,その課税額相当分を損害賠償額の算定に当たって考慮することはできない。
4 争点(3)(過失相殺)について
上記1の認定事実によれば,平成8年5月ころ以降,原告の役員間で役員の更迭をめぐる交渉が続き,平成7年度の確定申告の準備は例年に比して遅れており,平成8年6月の申告当時,被告は時間的余裕のない状態での処理を強いられたことに加え,原告の経理担当者の交替によって例年どおりの決算書作成に係る協力を得がたい状況に置かれたということができ,こうした中,申告期限の直前になって本件ワラント債売却損に係る取引事実が判明したたために前記争いのない事実等(2)イのような処理が行われたことを考慮すると,その責任の一部は原告の側にもあると認めるのが相当である。
これら本件に現れた一切の事情を総合的に考慮すれば,本件において被告に賠償を命ずべき金額については,民法418条を適用して,上記3認定の損害額(合計1715万7228円)のうち,その4割を減ずることが相当である(過失相殺後の損害額1029万4336円,1円未満の端数切捨て)。
第4 結 論
以上によれば,原告の本訴請求は被告に対し1029万4336円及びこれに対する平成11年8月26日から支払済みまで民法所定年5分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は失当として棄却し,主文のとおり判決する。
前橋地方裁判所民事第1部
裁判長裁判官 中 野 智 明
裁判官 丹 羽 敏 彦
裁判官 櫛 橋 明 香
平成14年6月12日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成10年(ワ)第483号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成14年4月17日
判決
主文
1 被告は,原告に対し,金1029万4336円及びこれに対する平成11年8月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを3分し,その2を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。
4 この判決の第1項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請 求
被告は,原告に対し,金3220万0447円及びこれに対する平成11年8月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,原告が,その顧問税理士であった被告に対し,(1)平成7年度の確定申告に当たり,①平成2年度に発生したワラント債の売却損を特別損失と計上し,②原告が平成7年11月に取得した土地に係る借入金の支払利子を損金に算入した違法な申告により,税務署から更正処分を受け,過少申告加算税等の損害が発生し,(2)上記ワラント債の売却損につき減額更正の請求をしうる旨の説明・助言をせず,原告にその機会を失わせたために還付金相当額の損害が発生したと主張して,委任契約(あるいは準委任契約)の債務不履行に基づく損害賠償請求をした事案である。
2 争いのない事実等(争いのない事実以外は認定証拠を括弧内に掲記)
(1) 原告は,建築材料の販売等を目的とする株式会社である。
被告は税理士であり,原告は被告に対し,顧問税理士として昭和53年4月ころから平成9年2月28日までの間,原告の毎年5月1日から翌年4月30日までを事業年度とする各年度の所得申告等の税務申告手続を委任してきた。
(2) 被告は,平成8年7月1日,原告の平成7年5月1日から平成8年4月30日までの事業年度(平成7年度,申告期限は平成8年7月1日)の法人税等の確定申告を行った(甲6の1,2)。
被告は,上記確定申告の際,
ア 原告が平成7年11月24日に代金4400万円で購入した土地(前橋市a町b丁目c番地d,以下「本件土地」という。)に係る借入金の支払利子を損金に算入し,
イ 原告が平成2年7月16日に売却した太平洋金属のワラント債及び同月17日に売却した昭和電工のワラント債(以下これらを「本件ワラント債」という。)の売却損を平成7年度の特別損失として計上した。
(3) 原告は,平成10年4月28日付けで,前橋税務署長によって,上記(2)ア及びイの各処理を否認する内容の更正決定(以下「本件更正決定」という。)を受けた。その更正通知書に記載された更正の理由は,要旨次のとおりである(甲7の2)。
ア 新規取得土地等に係る負債利子の損金不算入額……110万円
貴社が平成7年11月24日に取得した本件土地4400万円は新規取得土地等に該当しますので,当該取得価額を基準取得価額として計算した新規取得土地等に係る負債利子の損金不算入額110万円は,当事業年度の損金の額に算入されません。
イ 有価証券売却損の損金不算入額……合計2544万3489円
当事業年度に有価証券売却損として損金の額に算入した大平洋金属のワラント債売却損903万7239円,昭和電工のワラント債売却損1640万6250円は,売却した平成2年7月16日・17日の属する事業年度の損金として計上すべきものであり,当事業年度の損金の額に算入されません。
3 争点及び当事者の主張
(1) 被告に注意義務違反があったか。
(原告の主張)
ア 被告の注意義務の内容
(ア) 被告は,原告との間の顧問契約及び税務申告の委任契約により,税務の専門家として税務に関する法令,実務に関する専門知識に基づいて,日常的な相談業務のほか,各期の確定申告書や決算書類を作成する業務を行っていた。
(イ) そして,原告の確定申告に当たっては,被告は,税務に関する法令,実務に関する専門知識をもとに,更正処分や過少申告加算税の賦課処分を受けるなどにより損害を被ることのないように指導及び助言をする義務を負う。
イ 本件土地に係る負債利子の損金算入に関する注意義務違反
法人が昭和63年12月31日以降に土地を取得した場合は,その土地取得のための借り入れに対する利子は損金に算入されない(租税特別措置法62条の2第1項)。
ところが,被告は,原告が新たに本件土地を取得したことを知りながら,前記法律に反して上記2(2)アのとおり,本件土地に係る負債利子を損金に算入する処理をした。
ウ 本件ワラント債売却損の損金算入等に関する注意義務違反
有価証券の売却損は,本来これが発生した事業年度において損金として計上すべきものである。したがって,本件ワラント債の売却損は平成2年度の決算において計上すべきであるが,これをしなかった場合でも,平成2年度の申告期限である平成3年6月30日から5年間は税務署長に対する嘆願の形式で減額更正を求めることができる。
被告は,5年経過前の平成8年6月19日以前に,本件ワラント債について,平成2年7月に売却損が生じていることを知っていたのに,①平成7年度の申告において本件ワラント債の売却損を計上し,②本件ワラント債の売却損については平成2年度の申告に関して減額更正ができることを原告に説明し,その申立てを指導すべきであるにもかかわらず,これを怠った(そのために5年間を経過しその機会を失った)という注意義務違反がある。
なお,原告が減額更正の請求をすれば,嘆願といえども正当なものであれば税務署長はこれに応ずる義務があるから,認められた可能性は高かった。
また,原告は異議申立てをしていないが,これは,平成10年1月に税務署から平成7年度の申告の誤りを指摘されたときから,その処理に関する税務署との協議等の一切を被告に任せていたからである。
(被告の主張)
ア 顧問契約締結による被告の受任業務の内容
(ア) 被告は,原告との間で昭和53年4月ころから顧問契約を締結したが,当初から明文の顧問契約書を取り交わしてはいなかった。
(イ) 原告は,その経理担当者が原告の取引事実に基づき伝票の起案・仕訳・元帳記帳までを毎月行い,日常の経営管理上の必要性から原告独自のコンピューターシステムで試算表を作成・管理していた。そして,平均3か月遅れの会計伝票とともに原告の経理責任者が作成した資産・負債の勘定残高明細書が,原告から被告に持ち込まれ,被告は貸借対照表の月別勘定残高一覧表についての照合,仕訳科目の適正及び消費税のチェックをしていた。
(ウ) 原告と被告の会計処理上の役割分担を前提にすれば,財務相談・財務分析などを内容とする会計顧問業務が前記顧問契約の範囲外であることは明らかである。被告が前記顧問契約に基づき受任した業務は,各決算期の申告書等の作成などの税務顧問業務である。
イ 本件土地に係る負債利子の損金算入に関する注意義務違反の有無
本件土地に係る負債利子を損金に算入した上記2(2)アの処理は,租税特別措置法62条の2第1項に違反しない。
被告は,原告の当時の経理責任者からの報告や現地確認などを踏まえて,法人税基本通達等の一部改正における「新規土地取得等に係る負債の利子の課税の特例(租税特別措置法62条の2第3項第2号イ)」における「一体的に利用される土地等」に関する通達解釈(乙1)に基づく会計処理をしたものである。
なお,被告と原告の委任契約は平成9年2月28日終了しており,その後本件更正決定に対して,異議申立て等の手続をとるべきなのは,被告の後任者である原告の現在の顧問税理士である。それにもかかわらず,原告は,本件更正決定について何ら異議申立て等の手続をとらないで,全面的に受け入れたのである。
したがって,被告に委任契約上の注意義務違反はない。
ウ 本件ワラント債売却損の損金算入等に関する注意義務違反の有無
(ア) 被告が,本件ワラント債が既に平成2年7月ころ売却されていたのを 知ったのは,平成7年度の確定申告書提出の直前である平成8年6月20日過ぎに当時の原告の経理責任者から報告を受けた際である。
被告は,本件ワラント債の売却損について原告との間の委任契約に基づき平成7年度の特別損金として計上した上,平成8年6月28日に確定申告書を作成し,原告代表者に説明し,承認印の押捺を受けて,法定提出期限である同年7月1日に前橋税務署に適法に提出した。
(イ) 被告の上記処理は,申告期限から1年以上経過した時期において,平成3年4月期決算という粉飾した事業年度に遡って修正できないことから,当期である平成8年4月期決算において経費の計上漏れという仮装経理の典型例である特別損失としての計上という唯一とりうる方法で修正したものであり,法人税法129条2項の趣旨にも合致するものであるから,適法であり,被告に委任契約上の注意義務違反はない。
(ウ) また,減額更正の請求は,申告期限から1年経過後は原告の権利ではなく税務署に対する嘆願の制度にすぎない。原告から減額更正の請求を受けたところで,減額更正の決定通知をするかしないかは,税務署長の裁量事項である。被告が本件ワラント債の売却を知った時点において,申告期限から1年経過していたものであり,原告との顧問契約の内容として,減額更正の嘆願の制度についての説明,申立て指導の義務などは生じない。
(エ) 被告の上記処理は,税務署長に対する減額更正の嘆願の請求をしたこ とと同様の効果を持つものであり,損金処理を認めず増額更正した本件更正決定に対して原告が異議申立て等の手続をすれば,減額更正される可能性は十分にあった。このように減額更正される可能性を残した被告の処理には,原告との間の税務顧問契約上の注意義務違反は何ら認められない。
そして,本件更正決定に対して異議申立て等の手続をとるべきなのは,被告の後任者である現在の原告の顧問税理士である。にもかかわらず,何ら異議申立て等の手続を採ることなく本件更正決定を全面的に受け入れたという事実にこそ着目すべきである。
したがって,被告に委任契約上の注意義務違反はない。
(2) 損害の発生及びその額
(原告の主張)
ア 本件ワラント債売却損・本件土地に係る負債利子の各損金算入により課せられた過少申告加算税等
原告は,本件更正決定に基づき以下の支出をし,または支払義務を負うに至った。下記(ア)の本税は,被告が正しく申告すれば,本来原告が納付すべきものであるため損害としては請求しない。しかし,下記(イ)ないし(オ)は,被告が適法に申告していれば原告が支払う必要のない加算税や延滞税であり,被告の注意義務違反により生じた原告の損害(合計269万9500円)である。
下記加算税等は本件ワラント債売却損の損金算入に関する過誤と本件土地に係る負債利子の損金算入に関する過誤が合算されて算出されている。これをそれぞれの原因に分けるとすれば,本件ワラント債については2544万3489円,本件土地に係る負債利子については110万円の加算された所得金額を基準に按分することが考えられる(前者が258万7741円,後者が11万1759円)。
(ア) 本税
a 法人税 995万4000円
b 事業税 318万5300円
c 県民税 57万7300円
d 市民税 146万3300円
(イ) 法人税の過少申告加算税 99万5000円
(ウ) 事業税の過少申告加算税 31万8500円
(エ) 法人税の延滞税 85万7600円
(オ) 延滞金
a 事業税 32万3500円
b 県民税 5万8600円
c 市民税 14万6300円
イ 減額更正がされれば還付された金額
原告には,被告の注意義務違反により減額更正を受ける機会を失ったことによって,減額更正の請求をすれば還付された金員について損害が生じた。その内訳は以下のとおりである。
(ア) 法人税 954万1500円
(イ) 事業税 305万3200円
(ウ) 県民税 57万2400円
(エ) 市民税 140万2500円
ウ 実損額
(ア) 原告は,恒常的に所得800万円を超過する会社であり,被告から損害賠償を受けるときも同様である。
(イ) 800万円を超える所得に対しては,法人税34.5パーセント,事業税11パーセント,市県民税5.97パーセントの合計51.47パーセントを税として納付する必要がある。ただし,事業税は損金として所得から控除できるため,これを斟酌した実効税率は,合計46.37パーセントである。
(ウ) したがって,以下の計算式により,原告が本来保有していた上記イ及びウの合計1726万9100円を課税後に確保するためには3220万0447円の支払を受ける必要があり,これが実損額として考えられるべきである。
17,269,100÷(1-0.4637)=32,200,447
(被告の主張)
ア 原告の主張アは,不知ないし争う。
イ 原告の主張イのうち,(エ)は知らない。(ア)ないし(ウ)の具体的数額について,原告が机上で計算・作成した理論値を前提とした計算の結果であることは認め,その余は否認ないし争う。
ウ 原告の主張ウは,否認ないし争う。
エ そもそも,いずれの損害も原告が本件更正決定に対する異議申立てをすれば回避できたものであり,仮に被告に注意義務違反があったとしても,損害との間に相当因果関係がない。
(3) 過失相殺
(被告の主張)
仮に,被告に注意義務違反が認められるとしても,原告が主張する損害について少なくとも9割以上の過失相殺が認められる。
ア 本件土地に係る負債利子の損金算入について
本件更正決定は,原告の現在の顧問税理士自身も適法な処理として申告したものを前提としており,しかも,現在の顧問税理士は本件更正決定について何ら異議申立て等の手続をとらずに全面的に受け入れてしまったのであり,原告の過失割合は大きい。
イ 本件ワラント債売却損の損金算入等について
被告は原告の資産管理に一切関与していなかったところ,①平成3年ないし平成5年の各4月期のいずれにおいても,原告の経理責任者すなわち原告自身が本件ワラント債売却の事実を把握しておらず,②被告は,平成8年6月中旬ころ提出された決算のための修正の資料の中において本件ワラント債の売却という仕訳がなされていることに気づき,原告経理責任者の証券会社への問い合わせの結果,売却の日時・単価などの事実を知ったのであるから,本件ワラント債の売却という資産管理を自らなす原告に帰すべき過失割合は極めて大きい。
(原告の主張)
被告の主張は争う。
原告が本件ワラント債の売却の事実を把握した時点で,被告が平成7年度の申告を適正に処理していれば減額更正されていたのであり,それ以前に,原告で売却の事実を把握していたかどうかは損害に影響を与えない。
第3 争点に対する判断
1 本件の経緯について
前記争いのない事実等,甲1~7,12~16,23~25,30,乙5,8~11(以下,書証番号に枝番のあるものについては,その全てを含む。),証人Aの証言,被告本人の供述及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる(なお,各項目の末尾に,その事実認定に特に関連性のある証拠を掲げた。)。
(1) 被告は,昭和46年に税理士登録をし,昭和53年4月ころ,原告の前代表取締役B(故人)から依頼を受けてその税務顧問となり,平成5年8月まで5万円,同年9月以降は6万5000円の顧問料(消費税別)を受領していた。また,被告は,原告の各事業年度(5月1日から翌年4月30日まで)の税務申告手続を行い,申告手数料(消費税別)として毎年約60~70万円を受領していた。
上記顧問契約は,平成9年2月13日に,原告から被告に対し,同月末日をもって顧問契約を解除する旨の通知がされたことによって解約された。
(2) 被告は,平成7年1月ころ,Bの妻Cから,原告建材部の駐車場用地として本件土地を購入する予定がある旨を告げられ,その後,本件土地付近の現場を検分・調査したが,それによると,本件土地等の取得経緯,使用状況は次のとおりであった。
ア 原告は,かねてより,前橋市a町b丁目c番e所在(以下,前橋市a町所在の土地・建物はその地番のみを表示する。)の事務所,c番e及びc番f所在の倉庫(いずれもD所有)を建材部事務所・倉庫として利用していた(甲30)。
イ その後,その隣地である同番g等の土地上に,Eが代表取締役を務める株式会社Fにおいて新たに事務所・倉庫を建築することとなり,原告は平成8年3月1日からこれを賃借する予定でいたが(乙14),これに先立ち事務所駐車場を確保するために,Gから,平成7年11月24日,c番g等の土地に接する本件土地(c番d)を買い受けて取得した(乙9~11)。
(3) 被告は,例年,決算期後1か月以内の5月中に決算修正仕訳(1次)を原告の経理責任者から受け取り,被告が原告事務所に約1週間程度赴いて決算整理事項チェックリストを利用しながら,原告の経理責任者から資料につき説明を受けつつ,建材卸売り(販売)と不動産賃貸(管理)の各部門の決算仕訳(2次)を確定する作業を行い,その後更に原告から提出される工事部門の集計を取りまとめることによって決算書を確定させていた(3次)。
しかし,平成8年5月ころ以降,原告の役員間で役員の更迭をめぐる交渉が続き,同年6月15日にこれにようやく関する和解が成立し,同日,原告の経理責任者(H課長,後に退社)から後任(I)に,平成7年度決算に関する修正仕訳(1次)が引き継がれるに至った。その際,上記資料によって,平成2年7月の本件ワラント債売却という仕訳がされていた事実が初めて判明した。
そこで,被告は,後任の経理責任者(I)に事実確認を依頼し,同人から証券会社に照会がされた結果,平成8年6月19日,山一証券前橋支店から平成2年7月16日に大平洋金属のワラント債が売却されていた旨の回答があり(甲24),同回答は翌20日,被告に伝えられた。また,昭和電工ワラント債についても同様に確認が進められ,同月24日,被告に,平成2年7月17日に売却済みである旨の新日本証券高崎支店による照会回答結果(乙12)が伝えられた。
なお,この間,被告は,原告の経理担当者に対して,減額更正の期間が平成8年6月30日までであることを説明した上で,早急に調査をするよう指示することはなかった。
(4) 被告は,平成8年6月28日,前記争いのない事実等(2)の各処理をした確定申告書及び決算報告書を取りまとめて原告代表者の承認印の押捺を受けて,平成7年度の申告期限である同年7月1日,前橋税務署にこれを提出した(甲6)。なお,これまでの間,被告は,本件ワラント債売却損につき減額更正の請求をする方法があり得ることを原告の経理担当者や代表者に説明したことはなかった。
(5) 平成10年1月,原告は,前橋税務署の担当官から,前記争いのない事実等(2)の各処理につき誤りがある旨の指摘を受けた。そのため,原告は被告に対し,その旨を連絡し,上記指摘に係る各処理に関連して,①本件ワラント債売却損を平成3年4月期に計上しなかった理由,②平成8年6月までに減額更正の請求をしなかった理由,③平成8年4月期の申告で本件ワラント債の売却損の処理をした理由をそれぞれ質問する内容の照会書を送付した(甲12)。これに対し,被告は,①決算書に添付の有価証券内訳書はJ常務(当時の原告会計責任者)に作成してもらったものを指示どおりそのまま使用したもので,平成3年4月期に本件ワラント債売却損を認識できなかった,②平成8年6月までに減額更正の請求を行えば平成8年4月期の税額が同額分
増加することになる(更正の請求を行えば8年4月期の売却損計上は損金算入にならない),③申告書に本件ワラント債売却損を加算しなかったのは損金であるとの認識である,旨を回答した(甲13)。
その後の平成10年4月,原告は,上記税務処理に係る損害賠償を求める催告書を被告に送付したが(甲14,25),被告は,売却損の件は時間をかけて税務当局と交渉中であり,検討中との回答を受けていること,修正申告に応じないようにしないと交渉が無駄になること等を原告に連絡した(甲15,16)。
(6) しかし,平成10年4月28日付けで前記争いのない事実等(3)のとおり,前橋税務署長により本件更正決定がされた。
2 争点(1)(被告の注意義務違反)について
(1) 本件土地に係る負債利子の損金算入について
ア 乙1,証人Aの証言,被告本人の供述,関連する法令等を総合すると,平成7年11月24日に原告が取得した本件土地に係る負債利子の損金算入(前記争いのない事実等(2)ア)に関する税務上の取扱いは,以下のとおりである。
(ア) 法人税の課税所得の計算においては,法人が支払う借入金の利子は,原則として支払った事業年度の損金の額に算入することができるが,新規土地取得等に係る負債利子の課税特例が昭和63年に新設されたため(昭和63年12月31日以後に取得した土地等に適用),法人が各事業年度終了の時において新規取得土地等を有する場合には,新規取得土地等に係る負債の利子は損金の額に算入されない(租税特別措置法62条の2)。
(イ) 負債利子の損金不算入期間は,新規取得土地等を取得した日から4年を経過するまでの期間であるが,新規取得土地等が「長期間にわたって使用される建物又は構築物の敷地の用に供された土地等(これらの建物又は構築物と一体的に使用される施設の用に供される土地等を含む。)」に該当するときは,取得の日から「その建物又は構築物がその用に供された日」までが損金不算入期間となる(租税特別措置法62条の2第3項2号イ)。
(ウ) そして,上記の「建物等と一体的に使用される土地等」の範囲につき,法人税基本通達では「建物等と機能的及び地理的な一体性を有して事業の用に供される施設の用に供される土地等をいう」旨が明らかにされ,これにつき更に「機能的一体性及び地理的一体性について,極めて限定的に解することは,この課税制度の目的,趣旨,最近の都会地における土地事情等からみても実情にそぐわないと考えられる。…地理的一体性については,特定建物等の敷地と接していることまで要求するのではなく,特定建物等又はこれと一体的に使用される施設の用途又は使用目的に応じた一定の地区内での地域的概念として考えるべきである」との解説がされている。
イ 上記取扱いを上記1(3)に認定した本件土地の取得経緯や使用状況等に関する被告の調査結果に即してみると,原告が本件土地を取得した時点(平成7年11月26日)において,本件土地(c番d)は,当時の原告建材部事務所・倉庫(c番e及びc番f)の駐車場として利用されていたことに加え,平成8年4月以降には新たに原告が賃借する予定の新事務所・倉庫の所在地(c番g等)に隣接して引き続き駐車場として利用されることが見込まれていたというのであるから,被告の調査結果を前提とする限り,本件土地は上記ア(イ)・(ウ)の要件を充たす余地があることは否定できない。したがって,本件土地に係る負債利子を損金に算入した被告の処理は,当時の調査結果を前提に法令や基本通達を踏まえた税務処理をして確定申告をしたものという
ことができるから,たとえ後に原告がこれに関して更正処分等を受けることがあったとしても,原告に対する債務不履行を構成することはない。
(2) 本件ワラント債売却損の損金算入について
ア 甲17,21,27~29,乙7,証人Aの証言,被告本人の供述,関連する法令等を総合すると,平成2年度に発生した有価証券売却損が平成7年度申告の時点で判明した場合における税務上の取扱いは,以下のとおりである。
(ア) 有価証券の譲渡損益はその譲渡に係る契約をした日の属する事業年度で計上しなければならない(法人税法61条の2第1項)から,平成7年度の申告において平成2年度に発生した売却損を計上することはできない。
(イ) この場合には,①仮装経理に基づく過大申告につき修正の経理をした上で,修正経理で特別損失と計上した金額を法人税申告書別表四で加算した確定申告書を提出し(法人税法129条2項),②税務署長宛に減額更正(国税通則法70条2項)を求める嘆願書を提出することになる(納税者は過大な申告をした場合には法定申告期限から1年間は更正請求ができるが(国税通則法23条1項),これを経過しても法定申告期限から5年が経過していない場合には,税務署長は減額更正をすることができる(国税通則法70条2項)ためである。)。
(ウ) そして,上記(イ)①の修正の経理は,損益計算書中の財務諸表(損益計算書)の特別損益の項目において,前期損益修正損等と計上して仮装経理を修正してその事実を明らかにすべきものと理解されている。
イ 上記取扱いに関する知識は,税理士として当然に保有・駆使することが期待される程度のものと考えられる。そして,上記1に認定したとおり,被告は,税理士として原告との間で顧問契約を締結し,毎事業年度の決算書類の作成及び確定申告の代理を行ってきたものであるから,上記取扱いに関する知識を駆使することによって,違法・不当な申告により原告が更正処分や過少申告加算税の賦課処分を受けることがないようにすることはもちろん,過年度の決算・申告の誤りによって過大な所得申告があったことを発見した場合には適切な事後措置を講ずること(本件ワラント債売却損につき減額更正の請求(嘆願)をすべきこと)を助言・指導すべき義務があったということができる。
ウ これを被告が採った処理についてみると,確定申告書に添付された「雑損失等の内訳書」では,他の有価証券売却損に係る取引(平成8年4月20日茨城カントリークラブ会員権売却損,平成8年4月25日大京観光株式売却損)と何ら区別することなく,これに続けて,本件ワラント債に係る各損失を「平成8年4月30日」の売却損として計上し(合計8732万4831円),損益計算書の特別損益の部・特別損失の項目に「有価証券売却損」として上記8732万4831円を計上して当期利益を3165万2303円とし,これを当期利益として所得の金額が算出されている(甲6の1の法人税確定申告書別表四参照)。上記税務処理は,平成2年度に発生した有価証券売却損を平成7年度の損金に算入した点において法人税法61条の2第1項
に違反し,同法129条2項に規定する修正の経理を含むものでないことが明らかである。
そして,被告は,法定申告期限(平成8年7月1日)前の同年6月15日ころに平成2年度に計上すべきであった本件ワラント債売却損が存在することを知ったために検討の時間的余裕が十分でなかったことは窺われるものの,その一方で,上記アの取扱いに関する知識は高度に専門的な部類に属するものではない上,当該売却損の発生に係る取引事実については,原告において殊更にこれを隠ぺいする仮装経理がされていたような形跡はなく,原告の経理担当者に直ちに証券会社に対する照会等の調査を指示することによって早急にほぼ確実な裏付け資料を入手しうる性質のものであったことに照らすと,被告が本件ワラント債につき上記のような処理を採り,平成2年度の申告につき減額更正の請求をすべきことについて原告に助言・指導をしなかったこ
とは,上記顧問契約上の義務に違反した債務不履行に当たるというべきである。
なお,被告は,減額更正・嘆願の制度を知っており,その除斥期間が間もなく満了することも知りつつ,上記処理をとったかのような供述するが(第2回口頭弁論調書中の同人の速記録20,32頁参照),上記処理は当時既に文献等で説明がされていた取扱いに明らかに反するものであるにもかかわらず,被告は,原告の経理責任者等にそうした方法をあえて選択する理由を全く説明していないことに加え,平成10年2月当時に被告が原告に対してした上記処理に関する回答内容(上記1(5)参照)を考慮すると,上記供述を採用することはできない。
エ これに対し,被告は,被告が本件ワラント債の売却損につき採った処置は税務署長に対する減額更正の嘆願の請求をしたことと同様の効果を持つものであり,損金処理を認めず増額更正した本件更正決定に対して原告が異議申立て等の手続をすれば,減額更正される可能性は十分にあったとして,注意義務違反はない旨の主張をするが,被告の上記処理が法人税法61条の2第1項に違反し,同法129条2項に規定する修正の経理を含むものでないことは先に説示したとおりであるから,これを採用することはできない。
3 争点(2)(損害の発生・額)について
(1) 過少申告加算税等について(認容額258万7628円)
ア 原告は,本件更正決定に基づき,以下の支払をし,または支払義務を負うに至った(認定証拠を括弧内に掲記)。
(ア) 本税
a 法人税 995万4000円(甲7の2)
b 事業税 318万5300円(甲8)
c 県民税 57万7300円(甲8)
d 市民税 146万3300円(甲9)
(イ) 法人税の過少申告加算税 99万5000円(甲7の2)
(ウ) 事業税の過少申告加算税 31万8500円(甲8)
(エ) 法人税の延滞税 85万7600円(甲31)
(オ) 延滞金
a 事業税 32万3500円(甲10)
b 県民税 5万8600円(甲10)
c 市民税 14万6300円(甲11)
(イ~オの合計269万9500円)
イ 上記イ~オの合計269万9500円は,前記争いのない事実等(2)の各処理を否認した更正決定とこれに伴う賦課決定により課されたものが合算されているところ,これを不算入額に応じて按分すると(本件ワラント債売却損に関する不算入額が合計2544万3489円,本件土地に係る負債利子に関する不算入額が110万円),本件ワラント債に関する部分が占める金額は,258万7628円(=2,699,500 ÷{25,443,489÷(25,443,489+1,100,000)},1円未満の端数切捨て)となる。
上記金額は,被告が本件ワラント債売却損を損金に算入して申告する処理をしたことにより納付を余儀なくされたものであるから,上記2(2)の被告による債務不履行により生じた損害ということができる。
なお,被告は,上記損害は原告が本件更正決定に対する異議申立て等をすれば回避できたものであるから,被告の債務不履行との間に相当因果関係がない旨を主張するが,上記2(2)エと同様の理由によりこれを採用することはできない。
(2) 還付金相当額について(認容額1456万9600円)
ア 次に,甲20の1~6によれば,本件ワラント債に係る売却損に関する平成2年度申告につき,減額更正の請求をし,税務当局により減額更正の決定がされれば原告が還付を受けたであろう金額を算出すると,法人税が954万1500円,事業税が305万3200円,県民税が57万2400円,市民税が140万2500円(合計1456万9600円)となることが認められる。
イ そして,本件では,被告が本件ワラント債に係る売却損が存在することを知ったのは法定申告期限の直前である平成8年6月15日ころであったものの,本件ワラント債に係る取引事実やその数額については,証券会社に対する照会結果等のほぼ確実な裏付けがあることに加え,税務署の担当官が「期間内であれば必ず返した」旨を明言していた旨のA証言の内容(同人の速記録8頁)を考慮すれば,被告が原告の経理担当者に減額更正の請求の必要性を説明して,早急に資料を整理させた上で平成7年度申告の際に所要の処理を採っていれば,税務当局による減額更正に基づき上記金額が還付されたであろう蓋然性を肯定することができるから,被告の債務不履行と原告の上記還付金相当額の損害との間の因果関係を認めることが相当である。
ウ これに対し,被告は,更正請求の期間経過後に税務当局に職権による減額更正を求めたとしても,更正決定をするか否かはその裁量に属するから,因果関係を認めることはできない旨を主張する。
しかし,職権による減額更正につき税務当局に裁量が認められるとしても,このことは税務当局が更正決定を常に義務付けられるものではないことを意味するに止まるから,減額更正の請求をし得た時点で入手していた資料その他の事情から税務当局により更正決定がされたであろう蓋然性を認定しうる場合における因果関係の存否の判断を左右するものではない。したがって,被告の上記主張を採用することはできない。
(3) 損害賠償金に対する課税額相当の損害について
原告は,本件損害賠償金に対する課税額分を加算すべきである旨を主張するが,損害賠償金に課税するか否かは国又は地方公共団体と被害者(原告)と関係として専ら立法政策によって決せられる事柄であり,加害者(被告)が被害者(原告)に生じた損害を填補した後にその損害賠償金に対して課税されることがあったとしても,これは加害者(被告)が負担すべき損害賠償の内容・額とは別個の問題である。したがって,原告が支払を受けた損害賠償金に課税されることがあったとしても,その課税額相当分を損害賠償額の算定に当たって考慮することはできない。
4 争点(3)(過失相殺)について
上記1の認定事実によれば,平成8年5月ころ以降,原告の役員間で役員の更迭をめぐる交渉が続き,平成7年度の確定申告の準備は例年に比して遅れており,平成8年6月の申告当時,被告は時間的余裕のない状態での処理を強いられたことに加え,原告の経理担当者の交替によって例年どおりの決算書作成に係る協力を得がたい状況に置かれたということができ,こうした中,申告期限の直前になって本件ワラント債売却損に係る取引事実が判明したたために前記争いのない事実等(2)イのような処理が行われたことを考慮すると,その責任の一部は原告の側にもあると認めるのが相当である。
これら本件に現れた一切の事情を総合的に考慮すれば,本件において被告に賠償を命ずべき金額については,民法418条を適用して,上記3認定の損害額(合計1715万7228円)のうち,その4割を減ずることが相当である(過失相殺後の損害額1029万4336円,1円未満の端数切捨て)。
第4 結 論
以上によれば,原告の本訴請求は被告に対し1029万4336円及びこれに対する平成11年8月26日から支払済みまで民法所定年5分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は失当として棄却し,主文のとおり判決する。
前橋地方裁判所民事第1部
裁判長裁判官 中 野 智 明
裁判官 丹 羽 敏 彦
裁判官 櫛 橋 明 香
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