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解説記事2020年11月09日 ニュース特集 M&A仲介契約をめぐる報酬等の請求でトラブル(2020年11月9日号・№857)

ニュース特集
東京地裁、公認会計士・会社双方の請求を認めず
M&A仲介契約をめぐる報酬等の請求でトラブル


 今回紹介する公認会計士の報酬等請求事件は、M&Aの仲介業務に対する報酬の算出方法をめぐるものだ。原告の公認会計士は、M&Aの仲介契約では時価総資産レーマン方式による旨が明記されていたとして、時価純資産レーマン方式で算出した報酬額との差額を請求する一方、被告の会社は、被買収会社が現金主義による会計処理を行っていたために原告が被告に仲介契約に基づく善管注意義務として告知義務があったとして損害賠償請求を行ったものである。同事件に対して東京地方裁判所(五十嵐章裕裁判長)は、本件仲介契約においては、原告の報酬金額の算定方式を時価総資産レーマン方式とするとの合意があったとは認められないとの判断を示す一方、現金主義による会計処理は善管注意義務として告知すべき義務があったと認めたものの、会社側は現金主義による会計処理を行っていたことを認識し得る状況であったため、双方の請求を棄却する判決を下している(令和2年9月23日)。

会計士は報酬を求め、会社側は不正会計処理見逃しで損害賠償請求

 本件は、公認会計士である原告が東証2部に上場する会社である被告との間で買収に係る仲介契約を締結し、仲介業務をしたと主張して、被告に対し同契約に基づく報酬の残高である約5,200万円の支払いを求めたものである。
 一方、被告の会社は反訴として、原告は被告が買収を検討していた企業が一部現金主義による会計処理をしていたことを認識していたが、当該事項は買収を実行するか否かの判断において重大な影響を与える事項であるため、仲介契約に基づく善管注意義務の1つの内容として被告に対し告知すべき義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り被告に損害を生じさせたと主張。原告に対し、債務不履行に基づき損害賠償金約3億5,000万円の支払いを求めたものである。
 事件の経緯は表1の通りであり、主な争点は2つである。1点目はM&Aなどの仲介業務を行う際の成功報酬を算出するときに使用される手数料の算出方法であるレーマン方式についてであり、2点目は被買収会社であるX社が現金主義による会計処理を行ったことについて被告の会社に対して仲介業務を行った原告の会計士が告知を行う義務があったかどうかである。

【表1】事件の経緯

平成28年1月: X社(被買収会社)は、原告(公認会計士)が代表取締役を務める会社(M&A及び組織再編等の支援を目的)と企業提携の仲介に関する業務を委託。

同年5月:被告(会社)は、X社との間での企業提携を実現するため、原告に対し、企業提携の仲介契約を締結。

【仲介契約】(一部抜粋)
第5条
 最終契約が締結された場合、被告は、原告に対し、成功報酬として、X社の時価総資産価額(営業権を含む。)について下表の区分毎の手数料率を乗じて得られた金額の累計額に消費税相当額を加算した金額を支払うものとする。
(報酬表)
X社の時価総資産価額(営業権を含む。) 手数料率
5億円以下の部分          5パーセント
5億円超10億円以下の部分      4パーセント
10億円超50億円以下の部分      3パーセント
50億円超100億円以下の部分     2パーセント
100億円超の部分          1パーセント


同年8月:X社の代表取締役が被告に株式を売却。X社が被告の子会社となる。
原告は被告に対し仲介契約の報酬として約2,800万円の支払いを請求し、被告は原告の請求通り仲介契約報酬を支払った。
※報酬額は、X社の時価総資産額ではなく、時価純資産額(株式譲渡価額)に手数料率を乗じた金額を基に算出された金額である。

同年10月~
   12月頃:
被告は、X社における現金主義に基づく会計処理の存在を認識(被告の会計監査人がX社において同社の仕入計上基準について尋ね、同社は海外からの仕入の一部を現金主義により計上していると回答)。

平成29年1月:被告は原告に対し、X社における本件会計処理の存在を告げなかったため、被告に損害が生じたと主張。

同年2月頃:原告は、仲介契約書の報酬規定において、時価総資産レーマン方式を採用していることを認識。これ以降、仲介契約に基づく報酬の残額を支払うよう求める。

同年5月:原告が本訴を提起。

レーマン方式とは?
 M&Aなどの仲介業務を行う際の成功報酬を算出するときに使用される手数料の算出方法のこと。移動した資産の価額に対し一定の割合を乗じて報酬金額等を算出する仕組みとなっている。このうち、移動した資産の価額について、資産から負債を控除した純資産の価額とする方式を時価純資産レーマン方式といい、資産及び営業権を含めた事業全体の価値を示す総資産の価額とする方式を時価総資産レーマン方式という。

会計・税務上の影響は認識せず
 原告は、X社が現金主義による会計処理をしていることを認識したが、本件会計処理を是正した場合、X社において会計上又は税務上の影響が生じるのかという点及び影響が生じるとしていかなる規模の影響なのかという点については一切認識していなかったなどと主張した(表2参照)。
 一方、被告は、原告は仲介契約を締結した当初から、報酬金額の算定方式を時価総資産レーマン方式とするとの意思がなかったなどと主張した。

【表2】主な争点と当事者の主張

原告(公認会計士) 被告(会社)
仲介契約において、原告の報酬金額の算定方式を時価総資産レーマン方式とする旨の合意がされたか否か
 本件仲介契約においては、第5条「時価総資産価額(営業権を含む。)」と定め、明確に時価総資産レーマン方式を用いるとの意思を有していた。被告も、仲介契約における原告の報酬の算定方法について、仲介契約第5条に合意し、仲介契約を締結したのであるから、原告と被告との間で、原告の報酬金額の算定に当たっては時価総資産レーマン方式を用いるとの合意がされた。仲介契約に基づく報酬を時価総資産レーマン方式によって算定すると、約8,700万円であり、受領済みの報酬額を控除した約5,200万円が未払いとなっている。  原告は、被告が時価純資産レーマン方式により算定した報酬金額に全く異議を述べず、請求書を発行した。その後、被告は原告に対し、同請求書に基づき報酬を支払ったが、平成29年4月に至るまで報酬金額について特段異議を述べなかったことからすれば、原告は仲介契約を締結した当初から、報酬金額の算定方式を時価総資産レーマン方式とするとの意思がなかったといえる。
仲介契約に基づき原告が負う善管注意義務の内容及び原告が故意又は重過失によって同義務に違反したか否か
 原告は、平成28年3月以降、X社の財務情報に関する質問事項及びQ&Aシートの内容からX社が現金主義による会計処理をしていることを認識したが、本件会計処理を是正した場合、X社において会計上又は税務上の影響が生じるのかという点及び影響が生じるとしていかなる規模の影響なのかという点については一切認識していなかったため、原告が株式譲渡契約の条件、内容及びその実行の判断について、重大な影響を与えることが明らかな事項を認識していたとはいえない。
 仮に原告が被告に対してX社が本件会計処理をしていることを告知すべき義務を負っていたとしても、原告は被告に対して、(現金主義による会計処理を行っている旨の記載がある)Q&Aシートのデータをインターネット上で共有できるドロップボックス(クラウドサービス)を用いて提供することによって、X社における本件会計処理の存在を告知し、同義務を果たした。
 原告は、仲介契約に基づき、被告に対し、株式譲渡契約の条件、内容並びにそれらに関する交渉についての支援及び助言等をする立場にあり、M&A並びにそれに関する会計及び税務の専門家として一般的に要求される善管注意義務を負う。
 現金主義に基づき会計処理を行うと、仕入が計上される期間と売上が計上される期間が対応せず、純資産や利益が実態に反し過大に計上されるため、現金主義に基づく会計処理は、企業会計原則及び企業会計基準に反する粉飾行為であるといえる。X社が本件会計処理をしていることは、株式譲渡に関する譲渡価額の交渉及び決定に重大な影響を与えることが明らかな事項に当たるため、原告はX社における本件会計処理の存在を認識した以上、被告に対してそのことを告知する義務を負っていた。

両者ともに時価純資産レーマン方式と認識

 東京地裁は、本件仲介契約においては、原告の報酬の算定方式として時価総資産レーマン方式を採用する旨の規定であると解されるとしたが、被告は、被告の取締役会において仲介契約に基づく報酬金額は株式の譲渡金額に一定の割合を乗じる方式で算定すると説明するなど、仲介契約の締結時から一貫して原告の報酬金額の算定方式は時価純資産レーマン方式であると認識していたと認められるとした。
 一方、原告も報酬金額の算定方式が自らの報酬金額に大きく影響を及ぼす重要な事項であるにもかかわらず、本件訴訟に係る紛争が顕在化するまでの間、被告に対し特段の異議を述べなかったのであるから、仲介契約に基づく報酬金額の算定方式が時価純資産レーマン方式であると認識していたことが認められると指摘。したがって、東京地裁は、本件仲介契約においては、原告の報酬金額の算定方式を時価総資産レーマン方式とするとの合意があったとは認められないとの判断を示した。

現金主義の会計処理自体が株式譲渡価額の決定に重大な影響も

 また、仲介契約に基づく善管注意義務に関しては、原告が株式譲渡における譲渡価額の決定に関して重大な影響を与え得る事項を認識した場合は当該事項を告知すべき義務を負うと認められると指摘した。
 その上で、企業会計原則は企業に対し、発生主義による計上を要求している一方で、重要性の原則が採用され、重要性の乏しいものについては例外的に簡便な処理をすることが許容されていると認められるとした。本件の現金主義による仕入の計上については、企業会計原則に反するものであって、規模のいかんによっては重要性の原則に照らしても許容されない可能性が存するのであって、その規模を把握していない場合、現金主義による会計処理がされていること自体が株式譲渡における譲渡価額の決定に関して重大な影響を与え得るものであったとして、東京地裁は、原告は被告に対し、仲介契約に基づく善管注意義務としてX社が現金主義による会計処理をしていることを告知すべき義務を負っていたと認められるとの判断を示した。
告知義務違反はなし
 この点について被告は、原告が仲介契約に基づく報酬を得たいがために本件会計処理の存在を秘匿したなどと主張する。
 しかし、原告が被告に提供したX社に対するデューデリジェンスを行った際の資料であるQ&Aシートには、一部の取引に対して現金主義による会計処理を行っている旨が記載されており、これにより被告は本件会計処理の存在を認識し得る状態となっていたといえるから、東京地裁は、原告が被告に対する告知義務に違反したということはできないとし、原告の被告に対する仲介契約に基づく善管注意義務があったということはできないとした。

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