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解説記事2020年11月23日 特別解説 のれんの計上額と減損に関する調査(2020年11月23日号・№859)

特別解説
のれんの計上額と減損に関する調査

はじめに

 2020年3月19日、国際財務報告基準(IFRS)を開発する国際会計基準審議会(IASB)は、投資者が企業に買収の説明責任を求める方法及びのれんの会計処理について公開協議を行うため、ディスカッション・ペーパー(DP)を公表した。ここでは、企業がのれんを会計処理する方法を変更すべきかどうかについても検討している。DPによると、「企業はのれんの減損テストを毎年行わなければならないが、このテストが有効かどうかに関して利害関係者の意見は分かれている。減損テストは投資者に取得の業績に関する情報を与えているという意見がある一方で、このテストは高コストで複雑であり、のれんの減損損失が報告されるのが遅すぎることが多いという意見もある。」とされている。我が国の現行の会計処理のように、のれんの償却を再導入すべきであるという意見もあるものの、償却の長所と短所を検討した上で、IASBは、減損のみのアプローチを維持すべきという予備的見解を出した。その理由は、「のれんを償却することが、企業が投資者に報告する情報を著しく改善するという明確な証拠がないからである。」とされている。
 IASBによるDPの公表とほぼ時を同じくして、我が国の企業会計基準委員会(ASBJ)が香港の公認会計士協会(HKICPA)のスタッフと共同で、リサーチ・ペーパー「のれん:企業結合後の会計処理の改善及び定量的調査の更新(以下「リサーチ・ペーパー」という。)」を公表した。この中には、のれんの残高や調査対象1社当たりののれんの残高、純資産に対するのれんの割合、高いのれんの割合を示している会社数等に関する定量的調査の結果(2015年度〜2018年度)が含まれている。
 本稿では、2019年度のデータに基づいて、主要な米国、欧州及び日本企業(IFRS任意適用日本企業、米国会計基準適用日本企業及び日本基準を適用する日本企業)について、のれんの残高、連結純資産に対する比率、減損損失の金額(費用化率)等を比較分析してみたい。また、リサーチ・ペーパーに含まれている定量的調査の結果(2015年度から2018年度まで)も適宜、比較のために掲載することとする。

調査の対象とした企業

 今回の調査の対象とした各国の企業は、表1のとおりである。

 欧米の企業各社ののれん残高や連結純資産に対する比率等のデータは、各社のウェブサイトに掲載されている英文のアニュアル・レポートにおける連結財務諸表(日本企業の場合には、有価証券報告書に含まれる連結財務諸表)でのものであり、欧米企業のデータは2019年12月期、日本企業は2020年3月期のものが大半を占める。なお、欧米企業ののれんの計上額等は、米ドル、欧ユーロ、英ポンド等の外貨建ての金額を、各社の決算期月末の為替レートで円貨に換算している。
(注)ストックス(STOXX)欧州600指数とは、STOXX社(スイス・チューリヒに本拠を置くインデックス・プロバイダー。ドイツ取引所のグループ企業)が算出する、ヨーロッパ17か国における欧州証券取引所上場の上位600銘柄により構成される株価指数。流動性の高い600銘柄の株価を基に算出される、時価総額加重平均型指数である。

のれんの計上額

 分析対象とした各社が2019年度末時点で計上したのれんの金額の単純合計額、及び1社あたりの平均計上額を示すと、表2のとおりであった。

のれんの計上額が連結純資産に占める比率

 表2で示したのれんの計上額が、分析対象企業全体の連結純資産(資本の部合計)に占める比率を示すと、表3のとおりであった。

のれんの計上額が連結純資産に占める比率が高い企業の数

 次に、のれんの計上額が連結純資産に占める比率が高い(100%超、50%超)企業の数を示すと、表4のとおりであった。

 主要な米国企業の場合、株主に対する還元策として、多額の自己株式の取得を行っている場合が多い。自己株式を取得すると、会計処理上は連結純資産から控除することになるが、表4にまとめた、のれんが連結純資産に対して占める割合を算出するにあたっては、自己株式取得による影響を除外するために、自己株式取得分を連結純資産に加算し直したうえで算定した比率と、調整を行わない比率の両方について、企業数を掲載している。ちなみに、今回の調査対象とした主要な米国企業100社が2019年度末時点で保有する自己株式の総額は、2兆1,956億ドルと、のれんの残高(2兆344億ドル)を上回っている。調査対象の企業の中では、フィリップ・モリス、マクドナルド、スターバックス、ボーイングといった米国を代表する企業の連結純資産が、多額の自己株式を取得したためにマイナス(債務超過)となっていた。英国を含む欧州や我が国の企業では、多額の自己株式を取得する事例はあまり見られない。連結貸借対照表を債務超過の状態にしてまで、自己株式の取得を積極的に行おうとするような経営者は、我が国ではなかなかいないであろう。企業文化の違いかもしれない。
 なお、主要な米国企業について、自己株式取得額を加算しない(無調整の)連結純資産額を簿価としてのれんが占める割合を計算すると、表3の比率は38.1%となり、表4の数値は、比率が100%超の企業数が24社、比率が50%超の企業数が51社となった。
 本稿で調査対象とした主要な米国企業は、のれんの計上額、自己株式の取得額、いずれも巨額であるが、欧州の主要な企業や我が国の主要な企業と比較すると連結純資産の部が格段に分厚いため、全体としてみると、のれんの計上額の連結純資産に対する比率がそれほどの高率にはなっていなかった。
 なお、株式の時価総額が上位200社に入るほど高くないために、今回の調査対象企業には含まれていないが、我が国におけるIFRS任意適用企業の中には、すかいらーく等、IFRSを任意適用して新規に上場した企業がある。これらの企業のほとんどが多額ののれんを計上しており、のれんの計上額が連結純資産の額を上回っている企業も8社あった(2020年3月末日現在)。このような現象は、我が国特有のものと考えられる。

各国の主要な企業が計上したのれんの減損損失の合計金額等

 分析対象とした各国の主要な企業が、2019年度に計上したのれんの減損損失の合計額は表5のとおりであった。また、のれんの減損損失の合計金額を、減損損失を計上した企業数で除すことにより、1社当たりの平均計上額も併せて算出している。

のれんの費用化率

 2019年度ののれんの費用化率(2018年度末ののれんの残高に対して、2019年度に減損損失を計上した程度)とのれんが費用化されるまでの年数を各国の企業別に示すと、表6のとおりであった。

 のれんが非償却(減損テストのみ)のIFRSを適用していながら、英国企業の減損処理額の大きさには驚かされるが、米国企業、欧州大陸企業、及びIFRSと米国会計基準を適用する日本企業の場合には、費用化率は非常に少ない。表6では特に数値を掲載していないが、我が国の会計基準を適用する日本企業(日本企業③)の場合、20年以内の年数でのれんを毎期均等償却することが求められていることから、毎期定額償却分だけで、費用化率は5%を上回るはずである。それに加えて、今回調査対象とした企業においては、2,000億円近い減損損失(費用化率約5%)が計上されていることから、我が国の会計基準を適用する日本企業の場合には、費用化率は10%を上回っている可能性がある(定額償却分5%+減損処理分5%+α)。

リサーチ・ペーパーのデータ

 本稿の調査とは調査対象企業や調査対象企業数が異なるために単純には比較できないが、傾向を見るための参考にはなるため、リサーチ・ペーパーのデータ(2014年度から2018年度まで)と本稿での2019年度の調査結果とを併記して記載することとしたい。なお、リサーチ・ペーパーでの調査対象企業は、表7のとおりである。2019年度の「日本企業」のデータは、今回調査した、主要なIFRS任意適用日本企業80社のデータを使用している。

 日米欧を問わず、1社当たりののれんの計上額は上昇を続けている。ASBJが行ったリサーチに比べ、2019年度の調査はより超大企業を対象としているため、特に米国企業の計上額が大きくなっている。なお、①から④を通じて、2019年度の「欧州企業」の数値は欧州大陸企業と英国企業の数値を単純平均したものを利用している。

 1社当たりののれんの計上額に比較すると緩やかではあるが、この比率も年々上昇傾向にある。絶対的な水準はまだ低いものの、日本企業の数値も大幅に上昇している。

 のれんの計上額が連結純資産を上回る企業は、米国企業では2割、欧州企業では1割存在するが、日本企業の場合には、前述したIFRSを適用して新規に上場したような企業を除くと、きわめて少ない。

 のれんの計上額が連結純資産額の半分超までハードルを下げると、主要な米国企業の半分近くが該当してくる。欧州の企業だと3分の1超であるが、より規模が大きい上位100社についてみると、4割程度となっている。

 のれん費用化率の逆数は、のれんが費用化されるまでに要する年数を表すが、米国企業の場合には、2018年度以外は平均すると150年前後、欧州企業は、毎期変動が激しいものの40年〜100年、日本企業は50年〜70年というところであろうか。いずれにしても、のれんの定時償却(最長の償却年数は20年)を行っている我が国の会計基準を適用する日本企業とは比べるまでもない。
 現在の経済状況からすると、2020年度は世界中の企業で多額ののれんの減損損失の計上が見込まれ、その結果としてのれんの費用化率が跳ね上がる可能性が高いと思われるが、どの程度の数字が出てくるであろうか。

終わりに

 2020年に入って早々、新型コロナウイルスの蔓延により、世界中で人や物の移動や経済的な活動が停滞しているため、我が国の企業はもとより、欧米も含めた世界中の企業の業績の大幅な悪化が見込まれている。2019年度までの好調な経済状況と企業の積極的な海外進出や多角化等により、のれんの残高は過去最高の水準にまで積み上がっていることから、2020年度には、場合によってはリーマン・ショックの時を上回るような、これまでに例を見ない水準ののれんの減損損失が計上される可能性がある。リーマン・ショックの際には、金融機関の債権に対する貸倒引当金の計上や貸倒損失の計上が、「Too little, too late」であったという批判が集中し、その反省を踏まえて、金融商品に関する基準書(IFRS第9号等)が新たに作成された。そして、貸付金の減損のルールが、どちらかというと事後的なこれまでの発生損失モデルから、事前の予防的な引き当てを重視する予想損失モデルへと大きく転換された経緯がある。のれんの減損損失の計上についても、コロナウイルスが蔓延する以前から「Too little, too late」の傾向が強いと指摘され続けていることから、今回のコロナ危機に対応して、企業がどれだけ適時適切にのれんの減損損失を計上し、質量ともに十分な開示を行うのか見ものである。ここで企業が対応を誤るとリーマン・ショックの二の舞になりかねず、減損処理だけでは、のれんに関する有用な情報が提供されないという投資家からの批判にさらされるかもしれない。のれんは減損処理だけではなく、毎期の定額償却も行うべきとする意見がわが国では以前から根強いが、国際的な議論の場では、これまでは終始劣勢であったことは否めない。本稿の冒頭で紹介したIASBのDPは、2020年12月31日まで意見募集を行っているが、それまでの間に形勢が逆転し、のれんの定期償却の必要性が見直される可能性もあると考えられる。
 しかし、まずはコロナウイルスによる全世界の混乱が収束し、通常の経済活動が再開されることが大前提である。一刻も早い終息と正常化がなされることを心から祈念したい。

参考文献
・企業会計基準委員会 リサーチ・ペーパー第2号「のれん及び減損に関する定量的調査」 2016年9月
・企業会計基準委員会スタッフ及び香港公認会計士協会スタッフ
「のれん:企業結合との会計処理の改善及び定量的調査の更新」 2020年3月

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