解説記事2022年01月17日 特別解説 我が国の主要な企業の監査報告書において開示された監査上の主要な検討事項(KAM)②(2022年1月17日号・№914)

特別解説
我が国の主要な企業の監査報告書において開示された監査上の主要な検討事項(KAM)②


 本稿と次回では、日本企業の監査報告書に記載されたKAMの事例を紹介することとしたい。前回に掲載したKAMの項目別に、監査報告書に記載された個数が多かった項目を以下に再掲する。
 今回は、に記載の6項目に関するKAMの開示事例(監査上のリスクと監査上の対応)を紹介し、次回にはそれ以外の項目の中から特徴的な事例をいくつか要約・抜粋して紹介することとしたい。

① のれんの評価・減損
日立製作所

会計監査人:EY新日本有限責任監査法人
【パワーグリッド事業に関するのれんを含む資金生成単位グループの回収可能価額の測定】

監査上の主要な検討事項の内容及び決定理由 監査上の対応
 会社は、連結財政状態計算書において、パワーグリッド事業に関するのれん480,006百万円を計上している。当該のれんはのれん残高の41%、総資産の4%に相当する。
 当該のれんを含む資金生成単位グループの減損テストにおいて、会社は回収可能価額を使用価値により測定した。使用価値の測定は、将来キャッシュ・フローを割り引く方法によっており、将来キャッシュ・フロー及び割引率の見積りの影響を受ける。将来キャッシュ・フローは、事業計画を基礎としており、その見積りには、売上収益成長率、売上総利益率等の経営者の判断が求められる重要な仮定が用いられている。
 当該のれんが多額であり、重要な仮定に関する経営者の判断が連結財務諸表に与える影響が大きいことから、当監査法人は当該回収可能価額の算定を監査上の主要な検討事項とした。
 当監査法人は、当該のれんを含む資金生成単位グループの回収可能価額について、主として以下の手続を実施した。
・事業計画資料を閲覧し、事業計画の内容を理解した。
・事業計画の策定プロセスの有効性を評価するために、パワーグリッド事業取得時点の事業計画を、取得後の実績及び減損テスト時点の事業計画と比較した。
・当監査法人のネットワーク・ファームの評価専門家を関与させ、使用価値の評価方法、将来  キャッシュ・フローの見積りに用いられた重要な仮定及び割引率について検討した。
・売上収益成長率、売上総利益率について、経営管理者への質問を行うとともに、実績及び市場成長率等の利用可能な外部データを比較した。
・割引率に織り込まれたリスクについて、経営管理者への質問を行うとともに、将来キャッシュ・フローへ織り込まれたリスクとの整合性を検討した。
・重要な仮定について、合理的に起こりうる変化を仮定した感応度分析を行い、回収可能価額への影響を検討した。

 

② 有形・無形(固定)資産の評価、減損
阪急阪神ホールディングス

会計監査人:有限責任あずさ監査法人
【阪急阪神ホテルズの固定資産の減損損失の認識の要否に関する判断及び減損損失の計上額の妥当性】

監査上の主要な検討事項の内容及び決定理由 監査上の対応
 阪急阪神ホールディングス株式会社の連結損益計算書に計上されている構造改革損失18,618百万円には、減損損失9,676百万円が含まれる。(中略)また、阪急阪神ホテルズの有形固定資産51,144百万円が連結貸借対照表に計上されている。
 これらの固定資産は規則的に減価償却されるが、減損の兆候があると認められる場合には、資産グループから得られる割引前将来キャッシュ・フローの総額と帳簿価額を比較することによって、減損損失の認識の要否を判定する必要がある。判定の結果、減損損失の認識が必要とされた場合、帳簿価額を回収可能価額まで減額し、帳簿価額の減少額は減損損失として認識される。
 ホテル事業においては、新型コロナウイルスの影響により、一部のホテルは継続的に営業損益がマイナスとなっており、それ以外のホテルにおいても経営環境の著しい悪化による減損の兆候が認められている。このため、当連結会計年度において減損損失の認識の要否の判定を行った。
 判定の結果、減損損失の認識が必要と判定されたホテルについては、帳簿価額を回収可能価額まで減額し、帳簿価額の減少額を減損損失として計上した。減損損失の認識の判定に用いられる将来キャッシュ・フローの見積りは、経営者が作成したホテル事業の中期経営計画を基礎として見積もられており、特に、新型コロナウイルスの影響の収束時期に関して不確実性が高い仮定が使用されている。これらに係る経営者による判断が将来キャッシュ・フローの見積りに重要な影響を及ぼす。
 以上から、当監査法人は、阪急阪神ホテルズの固定資産の減損損失の認識の要否に関する判断及び減損損失の計上額の妥当性が、当連結会計年度の連結財務諸表監査において特に重要であり、「監査上の主要な検討事項」の一つに該当すると判断した。
 当監査法人は、阪急阪神ホテルズの固定資産の減損損失の認識の要否に関する判断の妥当性及び減損損失の計上額の妥当性を評価するため、主に以下の手続を実施した。
(1)内部統制の評価
  固定資産の減損損失の認識の要否の判定及び減損損失の測定に関連する内部統制の整備及び運用状況の有効性を評価した。評価に当たっては、特に将来キャッシュ・フローの見積り(その基礎となる中期経営計画を含む)に関連する統制に焦点を当てた。
(2)将来キャッシュ・フローの見積りの合理性の評価
  将来キャッシュ・フローの見積りに当たって採用された主要な仮定の合理性を評価するため、当該見積りの基礎とされた中期経営計画(特に、新型コロナウイルスの感染状況が業績に及ぼす影響や、ホテル事業の構造改革を含む各種施策の実現可能性)に関して、主に以下の手続を実施した。
・中期経営計画に関する資料を閲覧するとともに、当該計画及びホテル事業の構造改革に関して阪急阪神ホテルズの経営者及び親会社である阪急阪神ホールディングス株式会社の経営者に対して質問した。
・中期経営計画における将来の業績計画の見積りに利用された新型コロナウイルスの影響の収束時期に関する主要な仮定について、第三者機関による市場予測レポート等に照らして、その合理性について検討した。
・将来キャッシュ・フローの見積りの合理性を  評価するため、過年度におけるキャッシュ・フローの実績との比較及び中期経営計画における新型コロナウイルスの影響の収束時期に関する主要な仮定との整合性の検討を行った。
(3)正味売却価額の合理性の評価
  回収可能価額の算定に当たり、正味売却価額の基礎となる不動産鑑定評価の検討において、当監査法人の不動産の鑑定評価の専門家を関与させた。

 

③ 繰延税金資産の回収可能性の判断
LIXILグループ

会計監査人:有限責任監査法人トーマツ
【繰延税金資産の回収可能性の評価】

監査上の主要な検討事項の内容及び決定理由 監査上の対応
 連結財務諸表注記19に記載されている通り、会社は当連結会計年度末において、繰延税金資産を77,939百万円計上しており、当該金額は総資産の4%を占めている。そのうち税務上の繰越欠損金に対する繰延税金資産は54,817百万円であり、日本の連結納税グループにおける株式会社LIXILの計上額がその太宗を占めている。
 会社は、将来減算一時差異及び税務上の繰越欠損金について、それらを回収できる課税所得が生じると見込まれる範囲において繰延税金資産を認識している。
 連結財務諸表注記19に記載されている通り、会社は、利用が長期間にわたる見込みである税務上の繰越欠損金を有しており、経営者によって承認された3か年分の事業計画を基礎とする将来の課税所得の発生時期及び金額の仮定に基づき、繰延税金資産の回収可能性を評価している。
 主要な仮定である3か年分の課税所得は、日本国内における人口減少に伴う住宅着工数減少の予想される中、売上総利益率の改善や販売費及び一般管理費の削減による収益性向上を前提とした事業計画に基づいており、これらの施策の達成に影響を受けるため経営者による主観的な判断を含んでいる。
 また、将来の課税所得は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大が将来の業績に与える影響は軽微であるとの仮定を前提としており、経営者の判断を含んでいる。
 以上より、経営者が用いた将来課税所得の仮定は経営者の主観的な判断により影響を受けるため、当監査法人は株式会社LIXILにおける繰延税金資産の回収可能性の評価を監査上の主要な検討事項に該当するものと判断した。
 当監査法人は、株式会社LIXILの繰延税金資産の回収可能性の評価を検証するにあたり、主として以下の監査手続を実施した。
・将来の課税所得の見積りの基礎となった事業計画の策定に係る内部統制を含め、繰延税金資産の回収可能性の見積りに関連する内部統制の整備・運用状況の有効性を検証した。
・税務の専門家を税務処理の妥当性の検討に利用して一時差異及び繰越欠損金の残高について検証するとともに、一時差異及び繰越欠損金の解消する期間に関する経営者の見積りの妥当性を評価した。
・経営者による将来の課税所得の見積りを評価するため、その基礎となる将来の事業計画の妥当性について検討した。将来の事業計画の検討に当たっては、経営者によって承認された事業計画との整合性を検討するとともに、過年度に策定された事業計画とその実績を比較することにより、将来計画の見積りの精度を評価した。
・将来の事業計画に含まれる収益力向上の見込みについては、経営者と議論するとともに、主要な施策ごとに過年度における施策の効果の見積りとその実績を比較することにより、将来の見積りの精度を評価した。また、過去からの趨勢分析及び利用可能な外部データとの比較を実施するとともに、売上収益や営業利益率などの主要な仮定について感応度分析を実施し、仮定の変動が見積りの結果に与える影響を評価した。
・経営者が見積りに含めた新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴う影響の仮定に関し、経営者の仮定と他の監査手続により得られた外部及び内部の情報との矛盾の有無を検討した。

 

④ 引当金
日本板硝子

会計監査人:EY新日本有限責任監査法人
【リストラクチャリング引当金の評価】

監査上の主要な検討事項の内容及び決定理由 監査上の対応
 連結財務諸表注記33.引当金に記載されているとおり、2021年3月31日現在、会社はリストラクチャリング引当金10,737百万円を計上している。
 リストラクチャリング引当金は、詳細なリストラクチャリング計画が存在し、その計画が、影響を受ける従業員に対して通知された場合に推定的債務の要件を満たしているものとして計上される。
 会社は、事業構造改革施策の一環として、合計2,000人規模の人員削減を実行しているが、推定的債務の要件を満たしているかどうかの判断や当該推定的債務の見積りには、将来の不確実性に関する経営者による判断が含まれる。そのため、監査法人は当該事項を監査上の主要な検討事項に該当すると判断した。
 リストラクチャリング引当金の計上時期及び計上金額について、主に以下の監査手続を実施した。
・推定的債務の要件を満たす詳細な計画が存在することを評価するために、リストラクチャリング計画を入手し、計画の進捗状況、及び従業員への通知状況について経営者と協議し、関連証憑を査閲した。
・リストラクチャリング引当金の明細を入手し、計上根拠資料を査閲した。また、継続的活動に係る支出や将来の営業損失が含まれていないか検討した。

 

⑤ 収益認識
オリエンタルランド

会計監査人:有限責任あずさ監査法人
【テーマパーク売上及びホテル売上の計上額の正確性】

監査上の主要な検討事項の内容及び決定理由 監査上の対応
 株式会社オリエンタルランドの当連結会計年度の連結損益計算書に計上されている売上高170,581百万円には、注記事項「セグメント情報等」に記載のとおり、テーマパーク売上134,293百万円(うち、アトラクション・ショー収入66,938百万円、商品販売収入41,579百万円、飲食販売収入22,642百万円)及びホテル売上28,627百万円が含まれており、その合計金額は連結売上高の95%を占めている。
 これらの売上は、実現主義の原則に基づき、財の引渡し又はサービスの提供時に認識される。売上高はそれ自体が重要な経営指標であるとともに、様々な経営指標の基礎となるため財務諸表利用者にとって重要な情報である。
 その中でも、アトラクション・ショー収入、商品販売収入、飲食販売収入及びホテル売上は取引処理の大部分をITシステムに依存しており、また、取引量が多く、料金体系も多岐にわたるため、売上計上額の正確性に固有のリスクが存在する。
 以上から、当監査法人は、アトラクション・ショー収入、商品販売収入、飲食販売収入及びホテル売上の計上額の正確性が、当連結会計年度の連結財務諸表監査において特に重要であり、「監査上の主要な検討事項」の一つに該当すると判断した。
 当監査法人は、アトラクション・ショー収入、商品販売収入、飲食販売収入及びホテル売上の計上額の正確性を検討するため、主に以下の監査手続を実施した。
(1)内部統制の評価
  アトラクション・ショー収入、商品販売収入、飲食販売収入及びホテル売上の認識プロセスに関連する内部統制の整備及び運用の状況の有効性を評価した。評価にあたっては、特に以下に焦点を当てた。
・各売上の構成要素となるチケット単価、商品単価、飲食単価及び客室単価について、社内承認を得た上で、正確にシステム上の単価マスタに登録する統制
・各売上の構成要素となる入園者実績データ、商品販売実績データ、飲食販売実績データ及び稼働客室実績データが正確に連携されるシステム統制
・上記単価データと入園者実績データ、商品販売実績データ、飲食販売実績データ及び稼働客室実績データを用いてシステム上で売上が正確に計算されるシステム統制
(2)売上計上額の正確性の検討
  アトラクション・ショー収入、商品販売収入、飲食販売収入及びホテル売上の計上額の正確性を評価するため、主に以下の手続を実施した。
・当監査法人が過去の単価実績と当期の価格変動の影響を基礎として単価を推定する。それに入園者実績数、商品販売実績数、飲食販売実績数及び稼働客室実績数を乗じることで推定売上高を算定し、実際の売上計上額との重要な乖離の有無を確認する。

 

⑥ 棚卸資産の評価
任天堂

会計監査人:PwC京都監査法人
【製品の評価】

監査上の主要な検討事項の内容及び決定理由 監査上の対応
 会社は、2021年3月31日現在、連結貸借対照表上、たな卸資産を86,817百万円計上している。そのうち製品は70,544百万円であり、製品評価減を12,762百万円含んでおり、重要な会計上の見積りに関する注記に関連する開示を行っている。
 会社は、製品の評価について、過去の販売実績に基づく在庫回転率や市場の状況などに着目し、将来の販売計画の実現可能性を見積って評価を行っている。ゲーム業界における製品は、ライフサイクルが比較的短く、販売可能性は不確実なものである。そのため、将来の正味売却価額や販売可能性は、それらの不確実性を前提とした販売計画に影響を受ける。
 製品の評価は、主に経営者による将来の販売可能性の見積りに基づいており、その基礎となる将来の販売計画は、経営者の判断を伴う重要な仮定により影響を受けるものであるため、当監査法人は当該事項を監査上の主要な検討事項に相当する事項に該当するものと判断した。
 当監査法人は、製品の評価を検討するにあたり、主として以下の監査手続を実施した。
・一定の回転期間を超える場合に規則的に帳簿価額を切り下げる場合の基準について、過去実績に基づき、当該基準の適用が妥当か検討した。
・会社の製品評価の基礎となる在庫数量、入荷・払出データの信頼性について、当監査法人の専門家を関与させ、検討した。
・会社のたな卸資産評価の基準に適合した製品の評価の正確性及び網羅性について、再計算し、その結果と会社の計算結果とを比較した。
・将来の販売可能性に基づき評価を行っている製品については、重要な在庫について、販売計画の実現可能性について経営者と議論するとともに、過去実績や利用可能な外部データとの比較を実施した。

終わりに

 次回は、頻出する項目ではないが、我が国の企業の監査報告書に記載されたKAMのうち、特徴的なものを紹介することとする。

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