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解説記事2022年03月21日 未公開判決事例紹介 社債利子の実質所得者巡り外国銀行東京支店が勝訴(2022年3月21日号・№923)

未公開判決事例紹介
社債利子の実質所得者巡り外国銀行東京支店が勝訴
47億円の源泉所得税納税告知処分取消し

 本誌918号40頁で紹介した源泉所得税納税告知処分取消等請求事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。

○英国銀行の東京支店(原告)が発行した社債の利子に係る実質所得者について争われた事件。東京地裁(鎌野真敬裁判長)は令和4年2月1日、実質所得者は処分行政庁が主張する外国子会社ではなく原告のロンドン本店であると判断し、当該社債の利子の支払いが外国法人に対する利子の支払いに当たるとしてされた源泉所得税の納税告知処分等を取り消した(令和2年(行ウ)第271号)。

主  文

1 ○○税務署長が令和元年6月10日付けで原告に対してした平成26年5月分から平成30年5月分までの別表1及び2記載の源泉徴収による所得税の各納税告知処分及び各不納付加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。
2 被告は、原告に対し、53億4717万6776円並びに①別表3の各「年月分」欄の「本税の額」及び「不納付加算税の額」を合計した各金額(当該金額に1万円未満の端数があるときは、これを切り捨てる。)について、令和元年6月15日から令和2年12月31日までについては年1.6%、令和3年1月1日から支払決定の日又は充当の日までについては年7.3%の割合又は租税特別措置法95条に規定する還付加算金特例基準割合のいずれか低い割合による金員(ただし、これに1円未満の端数があるときは、その端数を切り捨てる。)及び②別表3の各「年月分」欄の「延滞税の額」の各金額(当該金額に1万円未満の端数があるときは、これを切り捨てる。)について、令和元年8月6日から令和2年12月31日までについては年1.6%、令和3年1月1日から支払決定の日又は充当の日までについては年7.3%の割合又は租税特別措置法95条に規定する還付加算金特例基準割合のいずれか低い割合による金員(ただし、これに1円未満の端数があるときは、その端数を切り捨てる。)を、各年月分ごとに合計したもの(各年月分の①+②。ただし、これに100円未満の端数があるときは、その端数を切り捨てる。)の総額を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求
 主文同旨

第2 事案の概要
 外国法人である原告の東京支店(以下「東京支店」という。)は、その事業資金を調達するために、英国ロンドン市にある原告の本店(以下「ロンドン本店」という。)に対して社債(後記2(2)ア及びイ。以下、併せて「本件社債」という。)を発行し、ロンドン本店は、外国法人かつ原告の完全子会社である△△△△(以下「A社」という。)に、A社は、内国法人である□□□□(以下「I社」という。)に順次本件社債を譲渡した。
 本件は、原告が、本件社債の利子(以下「本件利子」という。)の収益を実質的に享受している者はI社又はロンドン本店であるとして、本件利子の各支払に際して源泉徴収をしなかったところ、○○税務署長から、本件利子の収益を実質的に享受している者はA社であり、本件利子の各支払は外国法人に対する利子の支払に当たるとして、本件利子についての源泉徴収に係る所得税の各納税告知処分及び各不納付加算税賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)を受けたことから、本件各処分の取消しを求めるとともに、本件各処分に基づいてされた源泉所得税の本税、不納付加算税及び延滞税の各納付は法律上の原因なく行われたものであるとして、被告に対し、過納金として53億4717万6776円の還付及びその還付加算金の支払を求める事案である。
1 関係法令等の定め
 本件に関係する法令等の定めは、別紙2「関係法令等の定め」に記載のとおりである
2 前提事実(争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)原告について

 原告は、全ての分野を網羅する銀行業務を取り扱うこと等を目的とする法人であり、その本店所在地は英国ロンドン市であり、東京都○○区に東京支店を有している(乙3)。
(2)本件社債の発行等
ア 東京支店は、平成24年5月18日付けで、その資金調達のために、ロンドン本店に対し、以下のとおり(その後、償還期限については後記(4)アのとおり変更されている。)社債(本件社債)を発行し、ロンドン本店からその対価の支払を受けた。
 (ア)社債募集総額 40億3500万豪ドル
 (イ)利息 豪ドルのLIBOR(ロンドン銀行間取引金利をいう。以下同じ。)からスプレッドを控除して算定される利率を乗じて算出される金額に東京支店の利益に基づき計算される追加プレミアムの額を加えた額
 (ウ)償還期限 平成25年5月17日
イ 原告は、平成28年にオーストラリア支店を閉鎖したことにより豪ドルの主要な調達拠点を失ったことに伴い、前記アの本件社債の基準通貨の変更等を行うこととなった。そのため、東京支店は、前記アの本件社債の償還等を行うとともに、平成28年12月22付けで、ロンドン本店に対し、以下のとおり社債(本件社債)を発行した。
 (ア)社債募集総額 30億9450万米ドル
 (イ)利息 前記ア(イ)と同じ(ただし、豪ドルのLIBORの部分は米ドルのLIBORである。)
 (ウ)償還期限 平成29年5月17日(ただし、後記(4)アの自動更新の条項が付されている。)
(3)本件社債の発行に関連して、概ね次のとおり、各関係者との間で各契約(ただし、前記(2)イの本件社債の発行に関しては、後記(4)の改定のほか基準通貨の変更等に伴う所要の変更がされたもの。以下、同各契約の全部又は一部を指して「本件各契約」という。)が締結され、本件各契約に従い本件社債の譲渡等がされている(以下、本件各契約に基づいた本件社債の発行等に関する取引の全体を指して「本件資金調達取引」ということがある。)。
ア 財務代理人契約
 東京支店は、本件社債の発行に関して、平成24年5月15日付けで、ロンドン本店との間で、FISCAL AGENCY AGREEMENT(以下「本件財務代理人契約」という。)を締結した。本件財務代理人契約には要旨次のとおり定められている。(甲7、乙1)
 (ア)本件社債の利子は、豪ドルのLIBORからスプレッドを控除して算定される利率を乗じて算出される金額と、東京支店の利益に基づき計算される追加プレミアムの額との合計額となる。
 (イ)東京支店による本件利子などの全ての支払は、課税の権限ある当局による税金の源泉徴収又は控除なしで支払われる。
  万一、東京支店による本件利子の支払に関し税金の源泉徴収又は控除がされた場合には、東京支店は、かかる税金の源泉徴収又は控除がされなければ本件社債の保有者が受領したであろう金額を受領できるように、追加の金額を支払うものとする。
 (ウ)利払日は、各年間利払基準日の直前の営業日(予定利払日)及び早期利払日をいう。
イ ファイナンス契約
 ロンドン本店は、本件社債の発行と引換えに東京支店に支払う資金を調達するため、平成24年5月15日付けで、ルクセンブルク大公国(以下「ルクセンブルク」という。)の法人であり、原告の完全子会社であるA社との間で、FINANCING AGREEMENT(以下「本件ファイナンス契約」という。)を締結し、同月18日付けで、A社に対し、本件社債を25億ポンド(40億3500万豪ドルに相当する金額。以下「当初対価額」という。)で譲渡した。本件ファイナンス契約には要旨次のとおり定められている。(甲8、乙4)
 (ア)ロンドン本店は、本件社債に対するロンドン本店の持分及び売買実行時又はこれ以後において同持分に付随し又は同持分から生じる一切の権利を含めて売却するものとし、A社はこれを買い受ける。
なお、当初対価額は売買実行時に支払われる。
 (イ)本件社債に対するロンドン本店の持分は、いかなる担保権も設定されない状態でA社に売却される。
 (ウ)本件社債の対価額(代金)は、40億3500万豪ドルに相当する金額(当初対価額)をいうが、ロンドン本店とA社は、本件社債の買入価格を定期的に調整するために、両者間で平準化払を支払うことに同意しており、当初対価額はロンドン本店とA社との間の平準化払の支払により調整される。
平準化払とは、本件ファイナンス契約5.1条の規定によりロンドン本店がA社に支払う一切の金額及び本件ファイナンス契約5.2条の規定によりA社がロンドン本店に対して支払う一切の金額をいうところ、各支払日に決定される平準化LIBOR金額が平準化返済金額を超える場合は、ロンドン本店が超過分に相当する金額を当初対価額の調整としてA社に支払い(5.1条)、平準化返済金額が平準化LIBOR金額を超える場合は、A社は超過分に相当する金額を当初対価額の調整としてロンドン本店に支払う(5.2条)。
  上記平準化LIBOR金額は、①本件社債の利払日においては、25億ポンドに対してLIBORの利率を乗じた金額であり、②本件ファイナンス契約の契約終了日においては、25億ポンドである。
  上記平準化返済金額は、①本件社債の利払日においては、東京支店が本件社債について支払う金額に相当する金額であり、②本件ファイナンス契約の契約終了日においては、当該支払日時点の本件社債の公正価格である。
 (エ)支払日は、①各支払予定日、②本件社債の元本又は利息につき何らかの支払が行われる他の一切の日及び③契約終了日をいう。
 (オ)契約終了日は、①終了予定日、②両当事者が前記(ウ)に定める金額の支払義務の終了に同意する日又は③本件社債の償還日のうち、いずれか早い日をいう。
ウ 資産担保ローン契約
 A社は、平成24年5月15日付けで、内国法人であるI社、ロンドン本店及びその英国子会社である▲▲▲▲(以下「B社」という。)との間で、前記イの本件社債の対価額である25億ポンドを調達するため、ASSET LINKED LOAN AGREEMENT(以下「本件資産担保ローン契約」という。)を締結した。本件資産担保ローン契約には要旨次のとおり定められている。(甲11、乙5)
 (ア)I社は、平成24年5月18日付けで、A社に対して25億ポンドを貸し付け、A社はこれを借り受ける。
 (イ)I社は、I社、A社又は原告等に関連する支払不能事由が発生した場合、後記カの譲渡担保契約の規定に従い、本件社債をA社に返還するものとする。
エ 資金参加契約
 I社は、平成24年5月15日付けで、B社との間で、LMA FUNDED PARTICIPATION(以下「本件資金参加契約」という。)を締結した。本件資金参加契約には要旨次のとおり定められている。(甲14)
 (ア)B社は、本件資産担保ローン契約に基づくI社からA社に対する貸付けの元本の全額である25億ポンドをI社に対して支払い、本件資産担保ローン契約に基づく元本及び利子の返済金額の全てについての受領権を取得する。
 (イ)I社は、自らが本件資産担保ローン契約に基づき受領する元本及び利子の返済金額の全てにつき、B社に対して支払う義務を負う。
オ 参加契約
 I社は、平成24年5月15日付けで、ロンドン本店、A社、B社等との間で、PARTICIPATION AGREEMENT(以下「本件参加契約」という。)を締結し、同月18日付けで、B社からA社の口座に25億ポンドが支払われた。本件参加契約には要旨次のとおり定められている。(甲13)
 (ア)B社がA社の口座に本件資産担保ローン契約に係る融資金額に相当する金額を支払うことにより、本件資産担保ローン契約に基づくI社からA社への貸付義務及び本件資金参加契約に基づくB社からI社への貸付義務が履行されたものとみなされる。
 (イ)I社は、B社から前払手数料及び四半期手数料を受領する。
 (ウ)ロンドン本店は、A社が当事者として本件社債の発行に係る資金調達に関連する取引に参加することの対価として、年間手数料を支払う。
カ 譲渡担保契約
 A社は、平成24年5月15日付けで、I社及びB社との間で、ASSIGNMENT OF OWNER-
SHIP FOR COLLATERAL PURPOSES(以下「本件譲渡担保契約」という。)を締結し、本件資産担保ローン契約に基づくI社からA社への貸付金について担保を提供することを目的として、本件社債をI社に譲渡した。本件譲渡担保契約には要旨次のとおり定められている。(甲12、乙6)
 (ア)本件社債は、本件資産担保ローン契約に基づき、I社がA社へ貸し付けた金銭の弁済を担保することを目的として、A社からI社に対して譲渡されており、I社は譲渡資産(本件社債及び本件利子。以下「本件社債等」ともいう。)の完全な所有権を取得し、議決権等を含め譲渡資産に付随する全ての権利を行使することができる。
 (イ)譲渡資産の譲渡は、本件社債のI社への移転及び■■■■(以下「S社」という。)にI社名義で開設した口座(以下「本件I社口座」という。)への登録により、両当事者間で効力を生ずる。
 (ウ)I社は、本件譲渡担保契約の有効期間中又はI社が本件譲渡担保契約の条項に基づき譲渡資産を譲渡若しくは移転するまでは、関連する契約に基づき別段の要請、定め若しくは許可がされていない限り、又は、当事者間で別段の合意がされない限り、次のことを誓約する。
  a I社は譲渡資産に対する権利、権原又は持分の全部又は一部について売却又はその他の処分を行わず、常に本件社債を本件I社口座で維持保管するものとすること。
  b I社が受領した本件社債の償還金及び関連資産の支払を本件I社口座にのみ入金されるようにすること。
  c 譲渡資産をI社の自己の資産又は顧客の資産から分別して管理すること。
  d A社以外の者のために譲渡資産にいかなる法的負担又は担保権を設定しないこと。
(エ)A社とI社は、7条(債務不履行における救済措置)に従った譲渡担保の実行後において、以下に相当する額を被担保債務(本件資産担保ローン契約に基づきA社がI社に対して負う債務)への返済に充当することに同意する。
  a 7.2条に従って決定した譲渡資産の価額(ロンドン本店が取引上合理的な方法で決定した公正価格)
  b 売却、移転、譲渡又は処分を行った場合のその実行収益
(オ)A社とI社は、次に定める場合、A社の費用負担でA社に譲渡資産を再譲渡するために必要なあらゆる措置を執らなければならない。
  a 被担保債務全額について、無条件かつ取消不能な支払若しくは履行がされた場合、又は被担保債務全額が消滅した場合
  b 本件資産担保ローン契約に基づく更改の結果、A社がI社に対して被担保債務を負わなくなった場合
キ 質権設定契約
 I社は、平成24年5月15日付けで、A社及びB社との間で、A社に対する本件譲渡担保契約に基づいて譲渡資産(本件社債等)を再譲渡する義務を担保するため、I社を質権設定者、A社を質権者とするPLEDGE OVER SECURITIES ACCOUNT(以下「本件質権設定契約」という。)を締結した。本件質権設定契約には要旨次のとおり定められている。(乙8)
(ア)A社が質権実行事由の発生をS社に通知するまで、I社は次の権利を有する。
  a 本件I社口座で保有している質権設定資産(本件社債等)に付随する議決権の行使
  b 本件I社口座で保有している質権設定資産の転換、分割、統合、償還、取得、先買選択権又はその他に関する権利の行使
(イ)I社が本件社債の保有者である間、又は、本件社債に基づいて発行者から支払を受ける権利を有している間、本件社債の償還による利益を確保し、発行者からの関連資産の支払が本件I社口座にされることを確保するため、あらゆる合理的措置を執ることにI社は同意する。
(ウ)I社とA社は、質権実行事由の発生の有無を問わず、A社が次の権限を有することに同意する。
  a 本件資産担保ローン契約に基づくA社からI社への支払又は金銭若しくは有価証券の移転は、本件I社口座に振り替えること
  b 本件譲渡担保契約8条又は9条に基づくI社からA社への支払又は金銭若しくは有価証券の移転は、本件I社口座から引き落とすこと
  c 本件資産担保ローン契約20条に基づくI社からB社への支払又は金銭若しくは有価証券の移転は、本件I社口座から引き落とすこと
(エ)A社が事前に文書で同意した場合又は本件譲渡担保契約に定めがある場合を除き、I社は、本件質権設定契約が終了し又は解除されるまで、以下のことを誓約する。
  a 質権設定資産に関する全ての権利、権原又は持分を売却又はその他の方法で処分せず、また、常に本件社債を本件I社口座で維持保管すること
  b 質権設定資産や本件I社口座の全部又は一部について、法的負担又は担保権、その移転又は現金化に対する制限を設定又は付与せず、I社の支配の範囲内において、第三者に許可しないこと
  c I社の支配の範囲内である限りにおいて、債券の償還金及び債券の発行者から支払われてI社によって受領された関連資産の支払を本件I社口座にのみ入金されるようにすること
  d 質権設定資産は、自己の資産又は顧客の資産から分別して管理保管すること
ク 質権管理業務委託契約
 I社、A社及びS社は、平成24年5月15日付けで、質権設定者の名義で開設された質権口座の運用を促進することを目的として、Tripartite Pledge Service Agreement between CBL customers(以下「本件質権管理業務委託契約」という。)を締結した。本件質権管理業務委託契約には要旨次のとおり定められている。(乙9)
 (ア)本件I社口座から本件社債等を移転するためには、A社からS社への通知が必要であり、S社は、A社からの通知のみを根拠として手続を行う権利を有する。
 (イ)S社は、質権口座に保持されている担保に関する転換、分割等に関して、I社の指示に従わなければならない。
(4)本件各契約の改定
ア 本件社債の当初の償還期限は平成25年5月17日とされていたが、原告は同年以降も本件資金調達取引を継続することとした。これにより、本件社債の償還期限が平成26年5月17日に延長されるとともに、発行者又は社債権者から事前の更新拒絶の通知がない限り、平成31年(令和元年)5月17日まで償還期限が毎年自動更新されることとなった(甲15)。
イ 前記アに伴い、本件各契約についても、本件社債の償還期限に合わせて、それぞれ返済期限を平成31年(令和元年)5月17日まで延長する旨の変更契約が締結された。
ウ また、前記アに伴い、償還期限より前に本件社債に関する利子が複数回にわたり支払われることになったため(当初は償還期限の利払のみが想定されていた。)、A社及びI社は、平成25年5月15日付けで本件譲渡担保契約を改定し、担保調整メカニズムを導入した。
 これは、A社が、担保評価日に本件社債の元本額を豪ドル(平成29年以降は米ドル)から本件社債発行日の直物レートによりポンドに換算した金額に、本件I社口座に送金された本件利子の額を加算した上で、本件資産担保ローン契約に基づく貸金債権の元本額を控除する計算により担保余剰金額(以下「担保余剰金額」という。)を算出し、その額が正の金額である場合、A社はI社に当該金額を通知して、I社は当該金額をA社に再譲渡し、その額が負の金額である場合、A社は、I社に当該金額を通知して、その額の絶対値と同額を本件I社口座に送金しなければならないというものである。
 なお、I社において担保を再譲渡する義務が生じた場合、A社は、本件質権管理業務委託契約に基づき、直ちにS社に対し、譲渡資産又は超過担保額を自らの指定する口座に移転することを指示することができるとされている。(甲16、乙7)
(5)本件利子の支払
 本件社債に関しては、別表4の各「年月日」欄記載の年月日に、同「東京支店→本件I社口座(本件利子)」欄記載のとおりの金額が東京支店から本件I社口座に本件利子として支払われているところ、これらの本件利子の支払に当たって源泉徴収は行われていない(甲43、弁論の全趣旨)。
(6)本件訴え提起に至る経緯
ア ○○税務署長は、令和元年6月10日付けで、原告に対して、別表1及び別表2記載のとおり、平成26年5月分から平成30年5月分までの源泉徴収に係る所得税につき本件各処分をした(甲20)。
イ 原告は、本件各処分の内容に従い、令和元年6月14日に別表3の「本税の額」及び「不納付加算税の額」欄記載のとおりの源泉所得税の本税及び不納付加算税を納付するとともに、同年8月5日に別表3の「延滞税の額」欄記載のとおりの延滞税を納付した(甲21、22)。
ウ 原告は、令和元年9月6日、本件各処分を不服として、国税不服審判所長に対して審査請求をした(甲23)。
エ 原告は、令和2年7月9日、本件訴えを提起した。

第3 争点及び争点に関する当事者の主張
1 争点

 本件の争点は、本件利子の実質所得者(所得税法12条)がロンドン本店であるかA社であるかである(なお、I社が本件利子の実質所得者ではないこと、ロンドン本店が本件利子の実質所得者である場合には、原告に本件利子に係る源泉徴収義務が生じないことは、当事者間に争いはない。)。
2 争点に関する当事者の主張
(被告の主張)
(1)判断枠組み

 所得税法12条は、資産から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属するものとして、所得税法の規定を適用する旨規定しており、課税物件の法律上の帰属につき、その形式と実質とが相違している場合には、実質に即して帰属を判定すべきとする法律的帰属説が通説とされている。
 そして、課税物件である所得の帰属は、一次的には法律上帰属すると認められる者をみた上で、その者が単なる名義人で収益を享受していないと認められる場合には、名義や形式にとらわれることなく、その法律上の帰属の実質に即してその帰属先(真の法律上の帰属者)を判断するのが相当である。
 これを社債の利子に係る所得についてみると、通常、社債の利子は社債権者に帰属するものであるから、まず、法律上帰属するとみられる社債の名義上の所有者に社債の利子に係る所得が帰属するかを検討し、社債の所有者が単なる名義人であって、社債から生ずる収益を享受せず、実際に当該収益を享受する社債の実質的な所有者(利子を享受する実質的な権利者)が別に存在する場合には、その者に収益が帰属するものとして課税がされることになる。その際、課税物件たる所得の帰属に関し、名義や形式にとらわれることなく、法律的実質に着目して判断されなければならないから、社債の所有者が単なる名義人かどうか、また、収益を享受する社債の実質的所有者(利子を収受する実質的な権利者)が誰かについての判断に当たっては、社債及び利子に関連する契約内容や取引の実態から、社債及び利子の譲渡の目的、社債及び利子の法的な処分権限、利子の経済的利益の帰属先、利子の入金口座の管理状況などを検討して、総合的に判断するのが相当である。
(2)当てはめ
ア 本件においては、①ロンドン本店から本件社債の所有権を譲り受けたA社は、I社に対し、担保目的で本件社債等を譲渡し、被担保債権が消滅した場合には、第三者に優先して、I社から本件社債等の返還を受けることを予定しており、本件社債の名義人のI社は本件利子に係る経済的利益を得ることを目的としていなかったこと、②A社は、本件譲渡担保契約及び本件質権設定契約等により本件I社口座から本件社債等を移転する権限を有する一方、I社は本件社債等の処分権限が制限されていたこと、③本件利子については、本件I社口座に入金された直後にほぼ同額がA社に送金されており、A社が本件利子に係る経済的利益の帰属先であったこと、④A社が本件I社口座及び入金された本件利子を管理していたことなどからすれば、A社が、本件社債の実質的所有者(本件利子を収受する実質的権利者)であり、実際に本件社債による収益を享受する者であると認めるのが相当である。
イ 他方で、以下の事実に照らせば、ロンドン本店については、本件社債の実質的所有者(本件利子を収受する実質的権利者)であると認めることはできず、本件社債の収益を実質的に享受しているともいえない。
(ア)本件ファイナンス契約は、ロンドン本店が東京支局の資金調達のためにA社との間で締結したものであり、ロンドン本店は、本件ファイナンス契約において、A社に対し、売買実行時又はその後に生じるあらゆる権利を含めて本件社債を売り渡したものであり、本件ファイナンス契約には、かかる売買を担保目的で行う旨の定めはなく、債務弁済に伴い、ロンドン本店が本件社債を買い戻す旨の条項も設けられていない。
(イ)本件ファイナンス契約を始めとする本件各契約については、ロンドン本店が本件社債等を自由に処分し得ることを可能にする権限を付与する条項はない。
(ウ)本件ファイナンス契約においては、本件社債の対価額(代金)は、40億3500万豪ドルに相当する金額(当初対価額)であるが、当初対価額はロンドン本店とA社との間の平準化払の支払により調整されるものとされている。そして、平準化LIBOR金額が平準化返済金額を超過する場合には、ロンドン本店がA社に対してその超過額を支払うこともあり得るほか、平準化返済金額が平準化LIBOR金額を超過し、A社がロンドン本店に対してその超過額を支払う場合であっても、A社が支払うのは飽くまで上記超過額であって、本件利子相当額ではない。
  したがって、本件利子の経済的利益がロンドン本店に帰属するものということはできない。
(エ)本件ファイナンス契約を始めとする本件各契約をみても、ロンドン本店において、本件利子が入金される本件I社口座を管理し、あるいは入金された本件利子を移転することを可能とする条項は見当たらず、実際にロンドン本店が本件I社口座を管理していた、あるいは本件I社口座に入金された本件利子を移転していたとの事実もない。
ウ 以上によれば、本件利子については、A社が、所得税法12条所定の「資産から生ずる収益」を「享受する者」であり、実質所得者に当たるというべきである。
(3)原告の主張について
ア 原告は、本件各契約により、本件利子と同額がロンドン本店に支払われることになっているなどとして、本件利子がロンドン本店に法的に帰属する旨主張するが、本件ファイナンス契約に基づいてA社からロンドン本店に支払われるのは、本件社債の当初対価額を調整する目的で支払われる平準化払であり、本件利子そのものではないし、その金額も平準化返済金額が平準化LIBOR金額を超える場合におけるその超過額であるなど、その契約上の仕組みとして、本件利子又は本件利子相当額がA社からロンドン本店に支払われるものとはなっていない。
イ また、原告は、本件ファイナンス契約の終了時に、本件社債の公正価格がA社からロンドン本店に返還される旨主張するが、本件ファイナンス契約の終了時においても、A社は、本件社債の譲渡対価に係る平準化払として、本件社債の公正価格が契約終了時におけるポンド換算額で25億ポンドを超える場合に、その超過額をロンドン本店に支払うことになるのであって、本件ファイナンス契約上、A社がロンドン本店に本件社債の公正価格を支払うとはされておらず、その契約上の仕組みとして、本件社債の償還金がロンドン本店に支払われるものともなっていない。
(原告の主張)
(1)所得税法12条は、その文言から明らかであるように、収益を実質的に享受する者に対して、当該収益が帰属するものとして所得税法の規定を適用する旨を定めている。すなわち、同条は、資産から生ずる収益を享受する者に収益が帰属する旨を定めているのであって、収益を生み出す資産の保有者に収益が帰属する旨を定めるものではない。
  そして、所得税法12条については、いわゆる法律的帰属説が通説的な見解とされているところ、法律的帰属説における法律上(私法上)の真実の権利者とは、単に法形式上の所有者をいうものではなく、当該収益を自由に処分することができる権利、すなわち、収益の自由処分権を有する者を意味すると解されており、これを判断するに当たっては、関連する契約に基づく権利関係も斟酌されなければならず、また、経済的効果や経済的目的なども踏まえ、受領した収益について自ら使用あるいは享受する権利が第三者に対する支払を定める契約上の義務等により制限されているかの検討も必要となる。
(2)ア 本件各契約を精査すると、本件利子について、各利払日の到来時期においては、東京支店から本件I社口座に本件利子が振り込まれた後、I社からA社に対して本件利子と同額の担保余剰金額の支払がされる一方、A社からロンドン本店に対して、本件利子と同額の平準化返済金額の支払がされるものとなっている。また、本件ファイナンス契約においては、本件社債の譲渡後における社債の公正価格や為替の変動によるリスク及びリターンをロンドン本店に帰属させる条項が置かれており、その経済的効果としてはトータル・リターン・スワップと実質的に同一である。
  上記のような本件各契約上の仕組みは、法的実質として、ロンドン本店が本件利子の収益を享受する法的権利を保持していたことを明らかにしている。すなわち、A社が本件利子相当額に係る所得を自ら使用・享受する権利は、ロンドン本店に対して本件利子相当額を支払うべき契約又は法的義務により制限を受けていたものであり、I社及びA社は、本件資金調達取引の開始当初から、一定の手数料収入のほかには本件利子も含めて本件資金調達取引に基づく損益を稼得あるいは負担することを想定しておらず、飽くまで一定の手数料収入を得ることのみを目的とする導管として関与したにすぎない。
イ 本件におけるロンドン本店の会計上の取扱いについてみると、平準化返済金額と平準化LIBOR金額に係る債権債務が、それぞれ別個独立の支払を構成するものとして互いに相殺することなく、その全額が認識・計上されていた。具体的には、本件利子については、その全額につきロンドン本店が東京支店から受け取る利子収益としてロンドン本店の損益計算書に計上され、本件利子に係る債権はロンドン本店の資産として貸借対照表に計上されている。また、平準化LIBOR返済金額については、その全額が、ロンドン本店からB社に対して支払われる費用としてロンドン本店の損益計算書に計上されており、このような会計上の取扱いは、国際財務報告基準(いわゆるIFRS)に基づくものである。他方で、A社の貸借対照表及び損益計算書においては、同基準に基づき本件社債及び本件利子は資産あるいは収益として認識・計上されていない。
  さらに、本件各契約の金銭の支払に係る実際の処理状況については概ね次のとおりである。すなわち、I社からA社に対する担保余剰金額の支払が各利払日から数日を要することが多い一方、A社としては本件ファイナンス契約に基づき各利払日において平準化返済金額を支払うことが義務付けられており、かかる契約上の要請を満たす必要があったため、A社は、各利払日において、ロンドン本店から本件利子と同額・同通貨の一時的な融資を受けることとし、かかる融資を受ける債権と引き換えに、ロンドン本店から本件利子をスポットレートでポンドに換算した金額の支払を受ける権利を取得し、その権利とロンドン本店のA社に対する平準化返済金額に係る権利とを相殺するという処理を行っていた。このように、ロンドン本店とA社における実際の決済処理においては、ロンドン本店からA社に対して平準化LIBOR金額が支払われるとともに、それとは別個独立のものとして平準化返済金額に係る決済の処理が行われていた。そして、数日後にI社からA社に支払われた担保余剰金額をもって、A社からロンドン本店に対する上記一時的な融資に係る元本等の返済が行われていたものであり、平準化返済金額と同額の送金も実際には行われていた。
  このような会計上の取扱いや実際の処理状況は、本件ファイナンス契約に基づき本件利子が法的にも経済的にもロンドン本店に帰属していることと整合的である。
ウ そして、本件においては、I社が本件利子の実質所得者でないことは争いがないところ、I社が実質所得者ではないことに係る被告の主張は、A社が実質所得者ではないことにも同様に当てはまるのであり、I社が実質所得者ではないというのであれば、A社もまた実質所得者ではないと考えるのが合理的である。
(3)ア 被告は、平準化返済金額がA社からロンドン本店に支払われるものではなく、平準化返済金額と平準化LIBOR金額との差額のみが支払われることを理由に、ロンドン本店が本件利子の実質所得者であることを否定する。
  しかし、上記被告の主張は、本件ファイナンス契約の契約期間中に生じる本件社債のリターンである本件利子が、本件ファイナンス契約の規定上、ロンドン本店に帰属することを被告自身が認めていることと矛盾するし、本件のような英国法上のネッティングの仕組みを採用するか、平準化返済金額と平準化LIBOR金額の各債権につき別個の債権を成立させた上で相殺を実施するという仕組みを採用するかは技術的な問題にすぎない。
イ 被告は、ロンドン本店からA社への本件社債の譲渡につき、本件ファイナンス契約において担保目的とはされていないと主張するが、本件ファイナンス契約による本件社債の譲渡が通常の社債の譲渡であれば、譲渡の対価と引き換えに社債を引き渡すことにより取引は完結するのであって、本件資金調達取引のような仕組みが採用されることはない。
ウ 被告は、ロンドン本店が本件社債に対する処分権限を有していないと主張するが、実質所得者が検討されるべきは、本件社債の実質的所有者ではなく、その収益たる本件利子であるところ、本件利子については、本件ファイナンス契約における仕組みに基づき、ロンドン本店がA社から本件利子と同額である平準化返済金額の支払を受ける権利を有していたものであり、前記(2)イの会計上あるいは実際の決済処理の状況も踏まえると、ロンドン本店こそが本件利子についての処分権限を有していたものというべきである。
エ 被告は、本件利子の経済的利益がロンドン本店に帰属しない旨主張するが、被告も認めるとおり、本件ファイナンス契約において、本件社債の譲渡後における社債の公正価格や為替の変動によるリスク及びリターンをロンドン本店に帰属させる条項が置かれているのであるから、本件利子の経済的利益はロンドン本店に帰属するものであって、被告の上記主張には理由がない。
オ 被告は、ロンドン本店が本件I社口座及び本件利子を管理していなかったと主張するが、A社とロンドン本店のいずれが本件利子の実質所得者であるかという本件の争点とは無関係である。

第4 当裁判所の判断
1 認定事実
(1)本件社債の発行に至る経緯

ア 東京支店においては、本件社債が発行される前まで、原告及びその子会社(以下「原告グループ」という。)における内部手続に従い、ロンドン本店から本支店間取引としての融資取引(以下「本件本支店間融資取引」という。)により資金調達を行っており、本件本支店間融資取引における利率は、ロンドン本店が近接する時点においてマーケット上で資金調達すると仮定した場合の当該調達に係るコストの金額を参照して算定されていた(甲2、3、弁論の全趣旨)。
イ しかし、平成23年頃、原告グループにおいて、財務効率を改善するため、その資金調達の在り方について検討が行われることとなった。
(ア)すなわち、英国の税法上、英国法人については、英国外支店の所得を含む全世界所得が法人税の課税対象とされた上で、一定の制限の下で、当該英国における法人税額から英国外支店がその所得に対して課税された外国税額の控除(以下「外国税額控除」という。)を受けることができるなどとされていたが、原告においては、日本の課税額に係る外国税額控除を十分に受けられない年度が継続し、外国税額控除を受けられずに繰り越された部分が多額となっていた。
(イ)そこで、本件本支店間融資取引の経済的実質を変えず、かつ、前記(ア)の外国税額控除を受けられずに繰り越された部分を活用できるよう原告グループ内の資金調達の方法が検討され、その結果、利益連動プレミアムを利率の計算要素の一つとする社債を発行した上で、当該社債を最終的に英国外の第三者が保有する方法によることが適切であると考えられるに至った(弁論の全趣旨)。
(ウ)他方、前記(イ)のとおり、社債を英国外の第三者が保有する場合、当該第三者にとっては、原告グループ内の資金調達に係る取引に参加し、社債の保有等に係るリスクを負担することになるなどの問題があり、当該第三者に何らの不利益が及ばない仕組みを採用することが必要とされた。
  具体的には、当該第三者による社債の購入の費用は原告グループから提供され、当該第三者における資金調達を要しないこと、経済的な面において、当該第三者が当該取引に係るリスクを一切負担せず、逆に一定の手数料収入を享受できること、当該第三者の会計において、本件資金調達取引がパス・スルーとして取り扱われ、資産、負債及び損益の計上が不要となるような仕組みを採用することが重要と考えられた。(甲6の2、弁論の全趣旨)
(エ)ところで、内国法人が前記第三者の立場を引き受け、当該第三者が原告グループから資金提供を受けた上で、ロンドン本店から社債を直接購入した場合、日本の会計基準においては、当該第三者の貸借対照表上、当該社債を資産、原告グループから提供された資金を負債としてそれぞれ計上する必要があり、その損益計算書上も、社債に係る利子及び原告グループから提供された資金に係る利払を損益に計上する必要があった。
  そのため、当該第三者の会計において、本件資金調達取引がパス・スルーとして取り扱われるようにすべく、当該第三者がロンドン本店から直接社債を購入するのではなく、別の法人がロンドン本店から社債を購入した上で、当該第三者が当該別の法人に対してその購入資金の貸付けを行い、当該貸付けに係る担保として社債を譲り受ける形式にすることとした。
  その結果、原告は、原告の完全子会社であるA社を上記別の法人として本件資金調達取引に介在させることとした。なお、A社においても、本件資金調達取引に参加するか否かを決定するに当たって、ルクセンブルクでの法制の下で、その参加がA社の財務実績に悪影響を及ぼさず、A社の利益に資するか否かという観点から検討が加えられ、本件資金調達取引に参加したとしても、本件資金調達取引に内在するリターン及びリスクに伴う影響を受けることがない旨を確認した。(甲39〜41、弁論の全趣旨)
ウ 原告は、以上のような検討結果等を踏まえつつ、原告グループと従前から取引関係のあったI社に対し、前記第三者としての立場を引き受けてもらうことを打診した。この際、原告は、I社の親会社である●●●●に対して、前記イ(ウ)の条件をいずれも充足するものであることを説明している。(甲6の2、弁論の全趣旨)
(2)本件各契約の締結及び実行状況等
ア 原告、A社及びI社等の本件資金調達取引における関係者間で本件各契約が締結され、本件各契約の内容に従い本件社債の発行及び譲渡がそれぞれ行われた(前記前提事実(2)〜(4))。
イ 本件各契約に基づき本件社債がA社に譲渡されるなどした後のロンドン本店の財務諸表においては、本件社債及び本件利子がロンドン本店の資産あるいは収益として計上され、平準化LIBOR金額がロンドン本店からB社に対する負債あるいは費用として計上されていた。また、東京支店の財務諸表においては、本件社債及び本件利子がロンドン本店に対する負債あるいは費用として計上されていた。
  他方、A社の財務諸表においては、本件社債及び本件利子につき資産あるいは収益として計上されていなかった。(甲9の1〜11、42、43、弁論の全趣旨)
ウ(ア)本件各契約においては、本件利子の各利払日にI社からA社に対する担保余剰金額が、A社からロンドン本店に対して平準化返済金額(実際に支払われる金額は平準化返済金額と平準化LIBOR金額との差額)がそれぞれ支払われることになっているが、実際には、I社からA社に対する担保余剰金額の支払が本件利子の各利払日から数日を要することが多く、他方で、A社としては本件ファイナンス契約に基づき同各利払日において平準化返済金額を支払うことが義務付けられており、かかる本件ファイナンス契約上の義務を履行するための措置を講じることが必要となり、概要以下のとおり措置を執ることとなった。なお、これとは別に、ロンドン本店は、本件利子の各利払日にA社に対して平準化LIBOR金額を支払っている。(甲43、50〜55の2、弁論の全趣旨)
 a A社は、各利払日において、ロンドン本店から本件利子と同額かつ同通貨での一時的な融資を受ける。
 b A社は、ロンドン本店との間で、前記aの融資に係る金額とこれをスポットレートでポンドに換算した金額とを交換する為替交換取引を行い、ロンドン本店から本件利子相当額をスポットレートでポンドに換算した金額の支払を受ける権利を取得する。
 c A社とロンドン本店とは、前記bの権利とロンドン本店のA社に対する平準化返済金額に係る権利とを相殺する。
 d A社は、各利払日から数日後、I社から担保余剰金額の支払を受け、ロンドン本店に対する前記aの一時的な融資に係る元本(本件利子と同額かつ同通貨)及び数日分の利息を支払う。
(イ)a 本件利子については、別表4の「東京支店→本件I社口座(本件利子)」欄の各「年月日」欄記載の年月日に同各「金額」欄記載のとおりの金額が、それぞれ東京支店から本件I社口座に振り込まれた(甲43、弁論の全趣旨)。
 b そして、①別表4(番号7の部分を除く。以下、本項において同じ。)の「ロンドン本店→A社(一時的融資)」欄の各「年月日」欄記載の年月日に、ロンドン本店からA社に対して、同各「金額」欄記載の金額が融資され(前記(ア)a)、②同日、同各融資に関して前記(ア)bの為替交換取引がされた上で、A社のロンドン本店に対する本件利子相当額をスポットレートでポンドに換算した金額の支払を受ける権利とロンドン本店のA社に対する別表4の「A社→ロンドン本店(平準化返済金額)」欄の各「金額」欄記載のポンドに係る金額の支払を受ける権利とが相殺され(同b、c)、さらに、③別表4の「I社→A社(担保余剰金額)」欄の各「年月日」欄記載の年月日に、I社からA社に対して、同各「金額」欄記載の金額が支払われたほか、別表4の「A社→ロンドン本店(一時的融資の返済)」欄の各「年月日」欄記載の年月日に、A社からロンドン本店に対して、同各「金額」欄記載の金額が支払われた(同d)(甲43、50〜52の6、53〜55の1、弁論の全趣旨)。
 c また、平成30年5月16日、I社からA社に対して、別表4(番号7の部分)の「I社→A社(担保余剰金額)」欄の「金額」欄記載の金額が支払われているところ、A社は、ロンドン本店との間で、スポット為替取引を行い、上記の金額をポンドに換算した金額を受領する権利を取得し、同権利とロンドン本店のA社に対する別表4の「A社→ロンドン本店(平準化返済金額)」欄の「金額」欄記載のポンドに係る金額の支払を受ける権利とを相殺した上で、ロンドン本店に対し、上記スポット為替取引により、A社がロンドン本店に負担することとなった利子相当額の支払義務の履行として5332万4693.3米ドルを支払った(甲43、52の7、55の2、弁論の全趣旨)。
2 検討
(1)判断枠組み

 所得税法12条は、資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属するものとして、この法律の規定を適用する旨規定しているところ(実質所得者課税の原則)、その趣旨は、課税物件の法律上(私法上)の帰属につき、その形式と実質が相違している場合には、実質に即して帰属を判断すべきとするものと解され、本件の課税物件である本件利子の実質所得者を判断するに当たっては、本件利子に係る経済的損益の帰属先のほか、本件資金調達取引全体の仕組み、本件資金調達取引に至る経緯あるいは関係者の認識、本件資金調達取引の実施状況など諸般の事情を総合的に考慮すべきものと解される。
(2)当てはめ
ア 前記前提事実(2)ないし(4)及び弁論の全趣旨によれば、本件各契約においては、東京支店から本件I社口座に支払われた本件利子につき、それらに相当する金額を、I社はA社に対して担保余剰金額として、A社はロンドン本店に対して平準化返済金額としてそれぞれ支払う義務を負うこととされ、本件利子に係る経済的な損益は、その支払義務の名目を変化させつつも、法的な支払義務を通じて最終的にロンドン本店に帰属するものとなっている。これに加え、前記前提事実(2)ないし(4)及び弁論の全趣旨によれば、本件各契約においては、本件ファイナンス契約の終了時において、ロンドン本店はA社に対して平準化LIBOR金額として25億ポンドを、A社はロンドン本店に平準化返済金額として本件社債の公正価格を支払う義務を負うとされていることなどが認められ、これらの事実に照らせば、本件資金調達取引は、ロンドン本店から本件社債が譲渡された後における本件社債の公正価格や為替の変動に伴う損益を含む本件社債等に関する損益の全てがロンドン本店に帰属するようその仕組みが構築されていることが認められる。
イ また、前記認定事実(1)イ及びウ並びに(2)イによれば、本件資金調達取引は、本件本支店間融資取引の経済的実質を変えず、原告グループにおける財務効率を改善させることを目的として作り上げられたものであるところ、A社やI社の財務状況には一切悪影響を与えず、一定の手数料収入のみを取得させることを不可欠の要素としていたこと、本件各契約の関係者の財務諸表においても、本件社債及び本件利子についてはロンドン本店の資産又は収益として計上され、A社の資産又は収益としては計上されていないことが認められるなど、本件資金調達取引が行われるに至る経緯や関係者の認識としても本件社債等に係る損益につきロンドン本店に全て帰属させることを想定していたものである。
  加えて、前記認定事実(1)イによれば、A社については、原告の完全子会社という立場の下、日本の会計基準との関係において、本件資金調達取引がI社においてパス・スルーとして取り扱われるような仕組みとするためのいわば手段(導管)として本件資金調達取引に関わることとなったことが認められ、かかるA社の関与の経緯に照らしても、A社において本件利子に係る収益を取得するなどということは一切想定していなかったというべきであるし、そのような事態になることはかえって望まないところであったというべきである。
ウ そして、本件各契約締結後の本件資金調達取引の実施状況をみても、前記認定事実(2)によれば、本件利子の各利払日とI社からA社に対する担保余剰金額の支払日との間に若干の時間差が生じたことに伴う修正措置を講じつつも、本件各契約が予定する損益状況に実質的な影響が生じないように本件各契約の関係者間における各種支払等がされていたことが認められる。
エ 以上のとおり、本件資金調達取引においては、本件利子に係る収益を含む本件社債等に関する経済的な損益につき、法的な権利義務関係を通じて、最終的にロンドン本店に帰属するという仕組みを採用していることのほか、本件社債等に係る損益を全てロンドン本店に帰属させることが本件資金調達取引を実施する不可欠の要素であることは、本件資金調達取引を行う関係者間における一貫した共通認識であって、本件資金調達取引の実際の実施状況もこれに沿う形で行われているものである。かかる本件利子の経済的損益の帰属先も含めた本件資金調達取引の仕組み、本件資金調達取引に至る経緯あるいは関係者の認識、本件資金調達取引の実施状況に鑑みれば、本件利子に係る収益については、実質的にロンドン本店が支配するものであり、I社あるいはA社が当該収益を支配するものではないというのが、本件資金調達取引の関係者間の真実の法律関係であると認めるのが相当であり、ロンドン本店が本件利子の実質所得者であるというべきである。
(3)被告の主張について
ア 被告は、①本件ファイナンス契約において、本件社債をロンドン本店が買い戻す旨の条項等は設けられていないこと、②本件各契約において、ロンドン本店が本件社債等を自由に処分し得る権限を付与する条項はないこと、③本件ファイナンス契約においてA社が支払うのは平準化返済金額が平準化LIBOR金額を超過する場合のその超過額であり、本件利子相当額とはされていないこと、④ロンドン本店において、本件利子が入金される本件I社口座の管理等を行っていた事実もないことなどから、ロンドン本店は本件利子の実質所得者ではないと主張する。
イ しかしながら、①本件における実質所得者を判断すべきは本件利子であって、本件社債ではないのであるから、本件社債をロンドン本店が買い戻す旨の条項がないことをもって、本件利子の実質所得者がロンドン本店ではないということはできない。
  なお、被告は、資産性所得である利子所得については、その元となる資産の帰属をもってその利子の帰属をも判定すべき旨を主張するようであるが、かかる主張は、資産ではなく所得の帰属を問題とする所得税法12条の文言と整合しないことのほか、たとえ利子所得が資産性所得であるとしても、当該資産に係る権利と利子に係る権利とは同一のものではなく、両者の帰属が分離し得ることに鑑みると、元となる資産の帰属は利子の帰属を判断する事情の一つにすぎないというべきであり、被告の上記主張は採用することができない。
ウ また、②本件社債等そのものの直接的な処分権がロンドン本店にあることを明示的に定める条項がないこと、④ロンドン本店が本件I社口座を管理していたなどの事実がないことについては、ロンドン本店が実質所得者であることを否定する考慮要素とはなり得るものの、本件利子の実質所得者については、前記(1)のとおり本件資金調達取引の仕組みや関係者の認識等を総合的に考慮して判断すべきものであり、それらの事情を総合的に考慮した結果、本件利子の実質所得者をロンドン本店と認めるのが相当であることは前記(2)に説示したとおりであって、被告が主張する上記事情はこれを覆すには足りない。
エ さらに、③本件ファイナンス契約においてA社が支払うのは、平準化返済金額が平準化LIBOR金額を超過する場合のその超過額であって、本件利子相当額ではないが、平準化返済金額と平準化LIBOR金額を相互に支払うか、両者を相殺してその差額のみを支払うかのいずれの仕組みを採用するかは、単なる支払方法という技術的なものにとどまり、本件各契約の根幹を左右するものとはなり得ないから、被告の上記③の主張をもって、前記(2)の判断を左右するものではない。
  なお、被告は、利子を収受する権利自体を移転するような条項が付されていない限り、社債から生じる利子は、当該社債の所有者に帰属することになるとも主張するが、収益の実質所得者については、前記(1)の事情を総合的に考慮して判断されるべきものと解され、被告が主張するような条項の存否のみで決せられるものではなく、また、本件利子を収受する権利の行使として本件利子を直接取得するのか、導管としての存在(A社等)を介して他の名目により取得するのかは、本件利子に係る収益を取得するための形式的な手段の差異にすぎないというべきである。したがって、被告の上記主張は採用することができない。
オ そのほか、被告は、所得税法12条所定の実質所得者について、経済的効果や経済的目的に即して判断することは許容されないなどとも主張するが、実質所得者の判断に当たっては、前記(1)の事情を総合的に考慮して判断されるべきものと解され、その一つの事情として経済的損益の帰属等を考慮することが許容されないものとは解されず、被告の上記主張は採用することができない。
(4)小括
 以上によれば、本件利子の実質所得者はロンドン本店と認めるのが相当である。
3 本件処分の適法性等について
(1)前記2のとおり、本件利子の実質所得者がロンドン本店である場合、原告に本件利子に係る源泉徴収義務が生じないことは当事者間に争いがなく、本件利子について原告が源泉徴収義務を負うことを前提としてされた本件各処分は違法であり、いずれも取り消されるべきものである。
(2)また、前記前提事実(6)のとおり、原告は、本件各処分に従い、令和元年6月14日に別表3の「本税の額」及び「不納付加算税の額」欄記載のとおりの源泉所得税の本税及び不納付加算税を納付するとともに、同年8月5日に別表3の「延滞税の額」欄記載のとおりの延滞税を納付しているところ、前記(1)のとおり、本件各処分が取り消されるべきものである以上、被告は、原告に対し、過納金の還付として53億4717万6776円(本税分47億4188万1376円、不納付加算税分4億7418万5000円、延滞税分1億3111万0400円)の支払義務を負うほか、①別表3の各「年月分」欄の「本税の額」及び「不納付加算税の額」を合計した各金額(ただし、国税通則法120条4項により、当該金額に1万円未満の端数があるときはこれを切り捨てる。)について、上記本税及び不納付加算税の納付があった日の翌日(同法58条1項1号ロ)である令和元年6月15日から令和2年12月31日までについては年1.6%、令和3年1月1日から支払決定の日又は充当の日までについては年7.3%の割合又は租税特別措置法95条に規定する還付加算金特例基準割合のいずれか低い割合による金員(ただし、同法96条2項により、これに1円未満の端数があるときは、その端数を切り捨てる。)及び②別表3の各「年月分」欄の「延滞税の額」の各金額(ただし、国税通則法120条4項により、当該金額に1万円未満の端数があるときは、これを切り捨てる。)について、上記延滞税の納付があった日の翌日(同法58条1項1号ロ)である令和元年8月6日から令和2年12月31日までについては年1.6%、令和3年1月1日から支払決定の日又は充当の日までについては年7.3%の割合又は租税特別措置法95条に規定する還付加算金特例基準割合のいずれか低い割合による金員(ただし、同法96条2項により、これに1円未満の端数があるときは、その端数を切り捨てる。)を、各年月分ごとに合計したもの(上記①及び②を合計したもの。ただし、国税通則法120条3項により、これに100円未満の端数があるときは、その端数を切り捨てる。)の総額を支払う義務を負うことになる。
4 結論
 よって、原告の請求はいずれも理由があるからこれらを認容することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第38部
裁判長裁判官 鎌野真敬
裁判官 栗原志保
裁判官 池田好英

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