カートの中身空

閲覧履歴

最近閲覧した商品

表示情報はありません

最近閲覧した記事

解説記事2023年08月28日 第2特集 鼎談 信託型ストック・オプションに関する国税庁見解の法的検討(後編)(2023年8月28日号・№992) ~国税当局への照会制度の課題の検討を兼ねて~

第2特集
鼎談 信託型ストック・オプションに関する国税庁見解の法的検討(後編)
~国税当局への照会制度の課題の検討を兼ねて~
 北海道大学大学院法学研究科教授 佐藤修二
 弁護士法人淀屋橋・山上合同 弁護士 木村浩之
 JTC東京法律事務所 弁護士 川添文彬

 信託型ストック・オプション(以下、SO)に対する国税庁の見解に対する法的視点からの検証、法人課税信託との関係などについて語っていただいた前編(本誌991号(2023年8月14日号))に続き、後編では、今回の信託型SO問題で改めてクローズアップされることとなった国税当局への照会制度をテーマに議論してもらった。
 そもそも照会制度を利用するのか、口頭照会と文書照会の使い分け、現状の照会制度の問題点、信託型SOに対する照会制度の利用の可否、これらの論点を踏まえた照会制度への期待など、“藪蛇”とも揶揄される照会制度の利用を躊躇する向きも少なくない中で租税法務の専門家の本音を聞く貴重な機会となった。
※なお、本鼎談は、国税当局や裁判所が同じ見解を有するとは限らないことを前提としたうえで、令和5年7月31日時点までの公開情報のみに基づき、一定の前提事実の下で個人的な意見・見解を述べたものであり、個別企業に対する一切の法的助言を構成しないことに留意されたい。

国税当局への照会制度の検討

佐藤:ところで、信託型SOについては、国税当局への照会の有無や内容が話題になっていますね。まず川添先生から国税当局への照会制度の概要をご説明いただけないでしょうか。

国税当局への照会制度の概要
川添:ご案内のとおり、租税法令には明確な課税のルールが定められていないことも多く、実務では、租税法令、通達等を確認しても一義的な課税関係を導けない問題に頻繁に遭遇します。そのような場合の国税当局への照会方法として、大要、①当該納税者に対する税務調査の担当部署などに照会し、口頭でご回答いただく方法(以下「口頭照会」といいます。)、②事前照会に対する文書回答手続(以下「文書照会」といいます。)の2つの方法があると考えています。各方法の概要をまとめると下表の通りです。なお、口頭照会については私の実務経験に基づき、また、文書照会については事務運営指針(脚注1)等に基づき、概要をまとめたものであることについてはご留意ください。

 口頭照会と文書照会の効果としては、その後の税務調査時に納税者の見解を否認される事実上のリスクを低減するという点が最も重要な効果であると考えています。法的な効果としては、照会に対する回答内容に反する処理がなされた場合、信義則違反や加算税との関係で「正当な理由」になるかどうかという点が問題になりうると思いますが、これらは一般条項又は抽象的な要件の適用の有無の問題ですので、事案によって結論は分かれうるのではないかと存じます。税務官庁の公的見解の表示に反する課税処分が信義則違反になりうることを判示した最高裁昭和62年10月30日判決の判示に照らせば、文書回答を得た納税者が文書回答を信じて行動し、文書回答と同じ前提事実の下で、文書回答に反する処理がなされた場合には、流石に信義則違反になるのではないかという気はいたします。
木村:私は国税局の審理課に勤務していたことがあるのですが、組織再編税制に係る適格要件の充足の有無や子会社を再建支援する際の寄附金課税の有無など、複雑ないし高度な判断が要求される特定の制度に係る個別の照会については、税務調査の担当部署ではなく、審理課などの審理を専担する部署で事前照会を受けております。これは文書照会ではありませんので、口頭照会の一種になろうかと思います。

照会制度の利用方法
佐藤:概要をご説明いただき、ありがとうございます。国税当局に照会するかどうか、いずれの照会方法を利用するかを、どのように使い分けていらっしゃるでしょうか?
川添:照会するかどうかについては、照会した方が良いと考えられる事案であれば、依頼者に照会制度の概要をご案内し、依頼者に照会するかどうかを決めていただいています。照会した方が良いかどうかは、照会をしなかった場合に否認されるリスクの多寡、否認された場合の課税金額、照会して依頼者の望む回答が得られそうな事案かどうか、照会に時間及び費用をかけられるかなどの諸事情を考慮して検討しています。
 口頭照会と文書照会の使い分けについては、文書照会の要件を充たすかどうかという検討のほか、先ほど申し上げたような特徴を踏まえて、事案に応じて適切と考えられるものをお勧めしています。私の経験の範囲内の話にすぎませんが、納税者は当該事案が解決できれば良いことが多く、回答内容が公表されることまで望んでいないことが多いと感じています。私は、口頭照会をした経験はそれなりにあるのですが、文書照会をした経験は未だないです。
木村:国税当局に照会すること自体に抵抗がある納税者もおられるように感じております。照会をすると課税されるのではないかという懸念かと思います。そういった懸念を措くとしても、個人的には、口頭照会については、先ほどお話をした審理専担部署にするものでなければあまり意味がないと考えております。調査担当部署の回答はあくまでもその時点の担当者の意見にすぎないため、担当者が変わると意見が異なるということもあり得るからです。

照会制度の問題点
佐藤:照会制度につき使い勝手が悪いとお考えの点は何かございますでしょうか?
川添:口頭照会についていえば、前提事実、結論、理由をまとめた事前相談メモを作成して照会をした場合に、意味のあるご回答をいただけることも多くございますが、他方で、明確なご回答をいただけずに又は全くご回答をいただけずに残念に思うことも一定数ございます。
 文書照会についていえば、要件が厳しい印象を持っております。例えば、将来行う予定の取引等については、その課税関係次第で実行できるかどうかが決まるような事案においては、その時点で個別具体的な資料(契約書案等)がないこともあり、照会のためにこれを準備するのは負担が大きすぎる場合もあると考えております。また、これは最近、国税庁Q&A問5【税制非適格ストックオプションを行使して取得した株式の価額】において明らかにされた点なのですが、それ以前は、株価の評価・算定についても、株式発行による資金調達取引・増資が所得税基本通達23~35共−9(4)イに定める「売買実例」として扱われるかどうかにつき不明確でしたので、それを事前照会したいニーズがありえたと思います。もっとも、この点に関する照会は、「個々の財産の評価や取引等価額の算定に関する事前照会」であって照会不可となるとすると、要件が厳しすぎるように思います。なお、これらの照会の要件の意味自体が必ずしも明確ではない点も問題点として挙げられるかもしれません。
木村:口頭照会に対する回答は公的見解とならず、国税当局を拘束しないというのが最も使いにくい点かと思います。これに対して、文書照会に対する回答は公的見解として国税当局を拘束するように思いますので、一定の意義があると考えております。文書照会はもっと使われてよいように思いますが、公表事例をみると数が少ないので、川添先生がおっしゃるとおり、要件が厳しいのかもしれません。

信託型SOに対する照会制度の利用の可否
佐藤:信託型SOについて、これまでの照会の経緯は外部からは知りようがありませんが、今から照会制度を用いる余地はあるのでしょうか?
川添:ご質問の点に関して、個人的には、大きく2点が気になっております。
 1点目は、国税庁Q&A問12【税制適格ストックオプション(信託型)の課税関係】において、信託型SOにつき、一定の要件を充たす場合に、税制適格SO(租税特別措置法29条の2)と扱うことが認められたということです。この国税庁Q&Aについては、純粋な法律の解釈論という視点から、法律上の税制適格SO(租税特別措置法29条の2)の要件を充足しておらず、法律による行政の原理(憲法73条1号前段参照)に反するのではないかといった疑問がもしかしたらありうるのかもしれませんが、私は民間の実務家ですので、納税者にとって有利な又は救済的な解釈がされる限り、国税庁の取扱いに特に異論はございません。もっとも、この国税庁Q&Aに従い、信託型SOを税制適格SOと扱う場合、国税庁の見解の想定から外れて、行使時に課税を受けることになった時に、租税特別措置法29条の2の要件を充たすとして裁判所で争うことは難しいかもしれません。そのため、この点に関する国税庁の見解に、少しでも不明確な点があれば、課税リスクを低減するために、文書照会等で確認することが重要・有益だと思います。例えば、国税庁Q&A問12に記載された「信託受益権の付与に係る契約」とは、いかなる契約内容のものが想定されているのか、何を定めていれば同条の要件を充たすと考えられるのか、これを「付与決議に基づき……締結された契約」(租税特別措置法29条の2第1項柱書)として扱うことが想定されているのかなどは、必ずしも明確ではないようにも思われます。
 2点目は、国税庁見解の射程が、委託者として金銭を拠出し、受益者になった役員の行使するSOにも及ぶのかという点です。スタートアップの信託型SOの取引における委託者(株主等)は、通常、大株主である起業家・共同創業者であり、発行会社の役員らでもあることが多いと思われます。そして、当該役員らが信託に拠出した資金を原資として、受託者が適切な時価を発行会社に払込み新株予約権の発行を受けて、その後、受託者が当該役員らにも当該新株予約権を無償で交付するという事実関係を前提として、仮に信託型SOの取引全体をみるのであれば、国税庁見解を前提にしたとしても、SOの時価発行対価の原資を拠出した当該役員らが無償でSOを取得したとは評価し難いようにも思えるのです。このような役員らの行使するSOに対しても、国税庁見解の射程が及ぶのかという点は個人的に疑問に思っており、これを文書照会で明確にできると望ましいように思います。
 しかし、先ほど申し上げたとおり、文書照会については、「事前照会に係る取引等と同様の事案について、税務調査中・不服申立て中・税務訴訟中である等、税務上の紛争等が生じているもの」ではないことが要件であるところ、信託型SOにつき、国税庁見解と納税者見解が相違し、税務調査等の蓋然性がある状況においては、このような文書照会は、照会の要件を満たさず、回答できませんということになりそうな気もいたします。そうすると、この場合には文書照会は利用できない、口頭照会でも回答できるような事項ではない、ということで、結局、照会による明確化は望めないということになってしまうのかもしれません。

照会制度に期待すること
佐藤:実務家として、今後、照会制度に期待することは何かございますか?
川添:理想を申し上げるならば、幅広い事項につき利用可能で、一度回答(タックス・ルーリング)がなされたら、重要な点において前提事実が異ならない限り、否認されないことが法律上明確に保証される事前のタックス・ルーリングの法制度の創設(立法による創設)を期待しています。租税法令には不明確なことが多すぎて、かつ、企業がその不明確さを解決する方法が十分に整備されていないことが、企業の経済活動を阻害していると思います。税務紛争が生じてから裁判で解決するよりも、税務紛争を防ぐための事前のタックス・ルーリングの制度が充実していた方が生産的・建設的ではないかと思います。
木村:私も同感であり、事前照会という制度そのものは納税者の予測可能性を高めるものとして非常に有用ですので、より使い勝手のよい制度に改めていただけると良いと思います。立法が難しければ、事務運営指針で対応することも考えられます。例えば、移転価格税制における事前相談と事前確認を組み合わせた制度のように、事前照会の窓口を国税局審理課などに一本化して、特定の税制にかかわらず一般的に課税に関する相談を受け付けることとし、一定の課税関係の確認がなされた場合は前提事実が異ならない限り原則として国税当局を拘束するといった運用ができると、事前照会の使いやすさは飛躍的に向上するのではないかと思います。

全体の総括

佐藤:それでは、このあたりで締め括ることにしましょう。信託型SOについては、T&Amasterが今年2月初旬に取り上げ、5月の終わり頃からは日本経済新聞などでも繰り返し取り上げられるようになり、話題になりました。これらの記事は、そもそもこの問題をよく知らなかった私などにとって、何が問題であるのかを大まかに把握するには非常に分かりやすいものでした。ただ、特に新聞記事には、その性質上、法的に細かな分析は、期待すべきものではないでしょう。しかしながら、本件は、国税庁サイドと企業サイドで大きく見解が異なる以上、今後、訴訟をはじめとする法的な方法で解決するしかないことも考えられます。それゆえ、今回の企画で、お二人の法律家、それも、株式報酬全般に精通した川添先生、信託税制と国税庁の実務に詳しい木村先生にお話を伺えたことは、私にとっても貴重なことでした。研究者の端くれになってみると、なかなか、うっかりしたことは言えないなという気持ちから、こうしたホットな話題に触れることには二の足を踏むところもあるのですが(笑)、実務家時代から長年存じ上げているお二人とご一緒だからこそ、可能となった企画であると思います。私も、今回の鼎談をきっかけに、先生方と議論したテーマについて自分自身も考えを深めてみたいと思います。
編集部:貴重な議論、誠にありがとうございました。
(完)

脚注
1 事前照会に対する文書回答の事務処理手続等について(事務運営指針)(最終改正)令和5年6月30日課審1−23ほか

佐藤修二 (さとう しゅうじ)
1997年、東京大学法学部卒業。2000年、弁護士登録。2005年、ハーバード・ロースクール卒業(LL. M.,Tax Concentration)。2011年~14年、東京国税不服審判所国税審判官。2019年~22年、東京大学法科大学院客員教授。2022年~現在、北海道大学大学院法学研究科教授。
著書に、 『租税と法の接点』(大蔵財務協会、2020)、『対話でわかる国際租税判例』(共著、中央経済社、2022)、『事例解説 租税弁護士が教える事業承継の法務と税務』(監修、日本加除出版、 2020)、『夏休みの自由研究のテーマにしたい「税」の話』(共著、中央経済社、2020)など。

木村浩之 (きむら ひろゆき)
2005年東京大学法学部卒業、2005年~2009年国税庁(国家公務員一種)、2010年弁護士登録、2016年ライデン大学国際租税センター修了(国際租税法上級LL.M.)、2020年一橋大学法学研究科非常勤講師(担当科目:国際租税法)、現在弁護士法人淀屋橋・山上合同パートナー弁護士、日本税法学会理事。
著書に『新版 基礎から学ぶ相続法』(清文社、2022年)、『対話でわかる国際租税判例』(編著、中央経済社、2022年)、『中小企業のための予防法務ハンドブック』(共著、中央経済社、2021年)、『事例解説 租税弁護士が教える事業承継の法務と税務』(共著、日本加除出版、2020年)、『受益権複層化信託の法務と税務』(共著、日本法令、2020年)、『祖税条約入門 −条文の読み方から適用まで』(中央経済社、2017年)など。

川添文彬 (かわぞえ ふみあき)
弁護士。一橋大学法科大学院(2012年卒)、ライデン大学(ITC Leiden−国際租税法LL.M.)(2018年卒)、アンダーソン・毛利・友常法律事務所(2014年~2020年)を経て、JTC東京法律事務所代表弁護士(2021年~)、早稲田大学法務教育研究センター講師(租税判例研究)(2021年~)及びスマート・アワード・ブラザーズ株式会社代表取締役CEO(2021年~)。
近時の論文として、「信託型ストック・オプションの租税実務上の諸問題~国税庁の見解を踏まえた対応策の検討~」税務弘報2023年7月号、「未上場スタートアップのストック・オプション及び株式報酬の租税実務上の諸問題~SO及びRSUの活用に向けての環境整備を中心に~」税経通信2023年8月号。

当ページの閲覧には、週刊T&Amasterの年間購読、
及び新日本法規WEB会員のご登録が必要です。

週刊T&Amaster 年間購読

お申し込み

新日本法規WEB会員

試読申し込みをいただくと、「【電子版】T&Amaster最新号1冊」と当データベースが2週間無料でお試しいただけます。

週刊T&Amaster無料試読申し込みはこちら

人気記事

人気商品

  • footer_購読者専用ダウンロードサービス
  • footer_法苑WEB
  • footer_裁判官検索