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解説記事2022年04月18日 論考 所得税法59条1項の客観的交換価値と「時価二元論」の相克(2022年4月18日号・№927) 〜最高裁の上告不受理決定がもたらす課税実務の混迷〜

論考
所得税法59条1項の客観的交換価値と「時価二元論」の相克
〜最高裁の上告不受理決定がもたらす課税実務の混迷〜
 中央大学名誉教授・税理士 大淵博義

Ⅰ 上告不受理決定の功罪

 資産の著しく低額な譲渡におけるみなし譲渡課税について規定する所得税法59条1項の「その時における価額」の意義が争われていた税務訴訟事件が訴訟提起から10年を迎え、このほど、納税者の上告受理申立てに対して、最高裁の上告不受理決定が言い渡され事件は終結した。
 しかしながら、その争われた論点に関しては、最高裁が上告不受理決定として、その審理を排斥したことにより、少数株式の「取引相場のない株式」(以下「非上場株式」という。)の同条1項の「その時における価額」(売買価額)は、所得税基本通達(以下「所基通」という。)59−6(1)が規定する、売主の譲渡直前の株式の議決権割合によって財産評価基本通達(以下「評価通達」という。)を適用して、原則法の類似業種比準価額が適正な客観的交換価額と認定され、他方で、少数株式の買主の価額は納税者が採用した配当還元価額が合理的であるとして受贈益課税を行なっていない課税処分を是認した差戻控訴審判決が確定した。
 すなわち、売買取引における適正価額(客観的交換価額)は、売主と買主のそれぞれに存在するという「時価二元論」を正当とした先例判決が確定したということである。
 しかしながら、かかる「時価二元論」の正当化を前提とした判決は前代未聞であり、その課税処分が違法であることを訴えて鑑定意見書及び論考により批判して10年の月日が経過した結果が、最高裁は上告審としては審理不要というのである。それは、納税者はもとより、その違法性を論じてきた者として、全く理不尽であると考えていることは当然のことであろう。
 それは、利害相反する不特定多数の第三者間で成立する客観的交換価額(価値)が売主と買主にその異なる金額が成立するはずがないし、その結果、本件株式の売買契約書の作成に際して、二つの売買金額が記載する道理はないという、きわめて単純な常識から導かれる論理に思いを致せば、その理不尽さは証明を要しない条理というべきものである(脚注1)。
 それが上告審で審理には及ばない理由が不明のままに、上告不受理決定とされたのである。
 本論稿では、この事件の差戻控訴審判決を中心として取り上げて判決の矛盾点を指摘し批判することとする。また、鑑定意見書を提出した訴訟事件の中でも、かなりの数の上告不受理決定を経験しているが、「まだ、最高裁がある!」という納税者の希望の叫びは、いまや悲痛な叫びと化しているのである。
 最高裁の裁量と言われている上告不受理決定により、その理由が明らかにされずに排斥され審理促進が図られているというのが現在の最高裁の現状である。それが、裁判上の事務処理の促進に重点が置かれ、上告不受理決定が安易に出されるとすれば、その反動として、現在の裁判制度に対する不信、特に、「税務裁判は二審制?」という声が漏れ聞かれるのは、このような上告不受理決定における最高裁の裁量に対する批判である(脚注2)。
 その現状は、上告受理申立てが、受理されるか否かの基準が極めて曖昧なために、訴訟代理人の弁護士が、この案件は上告受理されるかどうかの判断の予測可能が困難なために、安易な上告受理申立てが常態化しその件数が相当数に上っていることは容易に推測できる。
 また、より重大な問題は、このことにより上告受理申立てが不受理決定がされた結果、納税者は高額な手数料(印紙代)を支払ったことに対する便益を享受することができないということである。
 本来、代理人弁護士の責任問題ではないかというのが納税者としての思いであろう。しかし、その責任を代理人弁護士に求めることは無理である。上告受理申立てが受理されるか否かの基準が明確でないこと、つまり、上告受理申立てが受理される要件とされている、その事件が「解釈に関する重要な事項」を含むものであるとしても、法律が「受理することができる。」としていることから、上告受理するか否かは最高裁の裁量とも読めるという見解が聞かれるところである。
 しかし、この条文が創設された平成10年当時の改正の趣旨は、このような最高裁の裁量と言われるような解説はみられないと考えている。しかして、それ以前の最高裁の上告事件は、事実認定の問題が相当数に上っていることから、それを整理して振り落とすための改正であり、また、争点の解釈問題はすでに判例等として定着しているという場合には、上告不受理とされるという解説がなされていたものと理解している。
 しかしながら、ここ10数年の上告不受理決定事件をみていると、解釈問題として極めて問題であり疑問があること、しかも、少なくとも納税者にとって、その解釈に重要な事項が含まれていると思われること、そもそも、「解釈の重要な事項」にいう「重要な」という不確定・抽象的概念が何故に使用されたのか、その立法趣旨が不明確であるという現状において、その重要性の判断は最高裁の(自由な)裁量に委ねられているという思いを強くしている。
 果たして、それが三審制の我が国の裁判として評価できるのかという思いを抱いている。本稿では、このような思いから、この事件を中心として紹介して、上告不受理決定に対するあり方に関して疑問と問題提起を行うこととしたい。

Ⅱ 本件訴訟の概要と訴訟の経緯

 この訴訟事件は、評価会社A社の代表取締役である甲(被相続人、同族株主22.79%グループ)は、甲が病気で急逝した約4カ月前の平成19年8月に、A社の役員及び幹部社員が平成16年に設立した(有)S社に対して、評価会社の7.88%相当の72万5,000株の株式を1株75円の配当還元価額相当額(総額5,437万円)で譲渡したところ(譲渡後は14.91%)、課税庁は、1株当たりの類似業種比準価額2,505円、総額18億1,612万円が所得税法59条1項(みなし譲渡)の「その時における価額」であると認定して、同条項を適用して更正処分を行った、というものである。
 一審東京地裁平成29年8月30日判決は納税者敗訴、控訴審東京高裁平成30年7月19日判決では所得税基本通達(以下「所基通」という)59−6における財産評価基本通達(以下「評価通達」という)の引用不備により納税者が逆転勝訴、その上告審の最高裁令和2年3月24日判決は、譲渡所得課税の過去の増加益の清算課税という趣旨からは売主甲の譲渡直前の議決権割合により評価通達を適用して評価すべきであるとして、甲のA社に対する支配力の程度を再度審理すべきとして破棄差戻しの判決を言い渡した。その差戻控訴審・東京高裁令和3年5月20日判決(控訴棄却・納税者上告受理申立)は控訴棄却の判決を言い渡したが、その上告受理申立てに対して、本年1月14日付で、上告不受理の決定がなされたところである。
 本稿では、差戻控訴審判決(脚注3)を中心に検討を加えることとする。

Ⅲ 本判決等の「その時における価額」の判断基準の検証

1 先例判決と正反対の差戻控訴審判決等の判断基準
 最初に指摘しておきたいことがある。それは、本件と同じ少数の非上場株式の配当還元価額による売買価額が否認され売主の議決権割合による類似業種比準価額によるみなし譲渡課税処分が行われて争われた大分地裁平成13年9月25日判決(税資251号順号8982、いわゆる「上野事件」)は、少数株式であるから配当還元価額による売買価額が適正であると認定し、課税処分が取り消された先例判決の存在である。筆者はこの事件で鑑定意見書を提出したが、そこで論じたことは、次の点である。
 法人税基本通達(以下「法基通」という。)9−1−14(評価損の時価の評価)は、昭和55年度の法基通の全文改正により、評価通達に基づく評価損算定の時価評価を認めたのである。その解説では、
 「関係会社間等において非上場株式等の売買を行う場合の適正取引価額の判定に当たっても、準用されることになろう。この場合には、意図的に分割して行うような場合を除き、原則としてその売買取引の株数単位で(すなわち、買手側の立場に立って)、本通達による評価の特例を準用することになろう。」(脚注4)と明確に解説している。
 非上場株式の時価を巡っては多くの問題が指摘されていたことから、同年の通達改正の解説において、一つの割切りとして、売買対象とされる非上場株式については、売買対象となった株式単位で評価通達を適用して評価することとしたものである。それ以来、少数株式(取得後の持株も少数株式の場合)の売買価額は、上記通達により運用されていたものである。少なくとも、平成12年12月の所基通59−6(1)が創設されるまでは、かかる法人税実務が定着していたところである。しかして、この点に関しては、所得税通達の改正までは法人税の取扱と同等に行われていたものであり、その所得税通達の改正後の法人税との間の実質的な不平等課税を合理的に説明することはできない。
 しかるに、上野事件判決と正反対の差戻控訴審判決が本件上告不受理決定で終結するとは全く予想していないことであり、しかして、最高裁は、最終的な決着をつける責任を回避したと思料する。我が国は憲法では三審制の裁判を受ける権利が保障されているはずである。その憲法上の保障に対して、本件事件の上告不受理決定との不整合性をどのように説明するのであろうか。

2 差戻控訴審判決の要旨
(1)所得税法59条1項にいう「その時における価額」の意義

 その価額は、当該譲渡の時における当該資産の客観的交換価値、すなわち、それぞれの資産の現況に応じ、不特定多数の独立当事者間の自由な取引において通常成立すると認められる価額(時価)を意味するものと解される。
(2)所基通59−6(1)による評価額の適正性
 そして、譲渡人に生じている資産の増加益の額に、譲受人の会社への支配力の程度が影響することはなく、譲渡所得の課税の趣旨に照らせば、譲渡人の会社への支配力の程度に応じた評価方法を用いるべきであり、少数株主に該当するか否かについても当該株主について判断すべきである(本件最高裁判決参照)。したがって、本件の事実関係に当該通達を適用した本件株式譲渡の価額は、1株当たり2,505円になる。
(3)本件株式譲渡にかかる譲渡代金をもって時価といえるか
 ①譲受人のS社から見れば、本件株式譲渡が不合理な取引であったとはいえないが、②譲渡人の甲からすれば、相続税の負担を軽減しようという目的があったこと、③本件株式の譲渡価額について、財務資料等を検討したり、甲と対等な立場で交渉を経るなどして決定されたりしたという事情も認められないこと④かかる本件株式譲渡の実態に鑑みると、本件株式譲渡における価額は、当該譲渡の時における当該資産の客観的交換価値とみることはできない。
(利害相反する関係にある第三者間の取引であるから、本件株式譲渡は時価であるとする納税者の主張に対して)
 具体的な取引における売買価額が当該資産の客観的交換価値に合致していると認められるためには、⑤当該取引が対等な立場にある当事者間における自由な交渉を経て行われたものであることも重要な要素と考えるべきであり、⑥譲渡人の下に生じている増加益の客観的な評価に必要な諸要素を適正に評価すべく、種々の経済性を考慮して決定された価額により取引されたと認められるといった事情も重要な要素となるものと解されること、⑦本件株式譲渡は、長年にわたりA社の代表取締役としてその経営に強い影響力を及ぼしてきた甲が主導したものであり、配当還元方式により決められた価額での引受を、購入資金の引き当てまで配慮したうえでS社に要請したという経緯があること、⑧甲とS社とは、その株主がA社の役員又は従業員であることから、敵対的な議決権行使等をしないことが一般的に期待できるのであることから、実質的に見て両者が互いに自由な意思決定ができる独立・対等な立場にあったということはできないこと(脚注5)、また、⑨本件株式譲渡が、相続税対策という目的を有していたことは否定できないこと等からすると、⑩「不特定多数の独立当事者間において自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」又は「自由な意思決定ができる独立・対等な立場にある当事者間(純然たる第三者間)において、客観的交換価値を反映するような種々の経済性を考慮して決定された価額」であるということはできない。
(譲渡人から見た時価と譲受人から見た時価とが異なることはありえず、所得税法(譲渡所得課税)上の時価と法人税法上の時価とが異なるということはあり得ないという納税者の主張に対して)    
 ⑪同一の株式の取引であっても、所得税と法人税の各課税において、各税法の趣旨・目的等に照らして評価される価額があり得るところであり、S社の法人税法の所得計算において認定された株価と甲の本件株式譲渡に係る譲渡所得税の計算において認定された株価とが異なるとの一事をもって、所得税の計算において認定された株価が不合理だと認定することはできない。また、⑫申立人らの二重課税に当たるとの主張も採用することはできない。

3 差戻控訴審判決の矛盾・疑問点
 本判決は、「その時における価額」は客観的交換価値(価額)と判示しながら、その価額は 2,505円と判示する一方で、本件株式譲渡の買受人のS社の買取価額75円は合理的な取引価額と認定している。ここでの「客観的交換価額」とは、このような二つの価額が存在する場合には成立しない価額概念である。
 売買における「交換価額」とは、売主が提供する譲渡資産とその対価として買主が支払う金銭とが同価値としての等価交換であり、その時に初めて「客観的交換価額」が成立するものである。つまり、本判決のように、時価二元論を前提とした「客観的交換価額」が成立する余地はないということである。
 本判決は、みなし譲渡課税における「その時における価額」について、「それぞれの資産の現況に応じ、不特定多数の独立当事者間の自由な取引において通常成立すると認められる価額(時価)を意味する」と正解しながら、時価二元論を肯定したことは矛盾であるというより誤謬である。
 次に、すでに指摘したところであるが、時価二元論の下では、売買契約書は作成できないということである。同契約書に、売主の価額2,505円、買主の価額75円という契約書はあり得ないし、また、その二つの売買代金の決済方法についても記載不能である。
 ところで、本件売買が法人間で行われた場合には、法人税法22条2項の「資産の無償による譲受」の規定により、受贈益が計上されるのがこれまでの課税実務である。しかしながら、本判決等の時価二元論によれば、その買主の法人には受贈益課税は行なわれないことになるのであろうが、その税務実務の齟齬がもたらす混迷はどのように解決するのであろうか。
 この点に関する納税者の主張に対して、本判決等は、法人税法と所得税法で税目が違えばその価額が異なっても構わないとして、売主と買主の株価とが異なるとの一事をもって、所得税の計算において認定された株価が不合理だと認定することはできない(前記判示⑪)、と判示している。
 この判示は、その論理自体誤っているし、売買当事者間の価額が異なることの合理的説明にはなっていない。

 ところで、最高裁を含む本判決等の基本的出発点における誤謬は、非上場株式の私法上の売買取引の価額決定において、税法上の譲渡所得課税の趣旨目的(増加益の清算課税)が影響を与えることはあり得ないということである(脚注6) 。しかるに、差戻最高裁判決が、この点を捨象して、売買取引による動態的な時価の評価に当たって、相続における静態的な評価基準の評価通達を無条件に取り入れることは、それ自体に根本的な問題が含まれているということである。しかも、その際には、買主の立場(少数株主となるにすぎない立場)が一切加味されていない価額であるということの誤りに気が付いていない。
 さらに、前記①〜⑩までの説示は、独立当事者間取引(純然たる第三者間取引)における売買価額(客観的交換価額の決定)には何ら影響を及ぼすような事実ではないことも指摘しておく。例えば、S社がA社の財務資料を検討し、同社と対等の立場で交渉したとしても、純然たる第三者間の売買取引において、7.88%相当の少数株式の価値が、配当還元価額の33倍の2,505円で売買されることはあり得ないことである。
 しかも、本件売買取引における独立当事者間価格とは、7.88%の少数株式が独立した第三者間売買で通常成立する価額というものであるから、かかる第三者間売買において、売主の譲渡直前の議決割合(支配力)が、考慮されることはあり得ないことである。
 以上の点は、平成12年12月において、前記上野事件潰しと理解している所基通59−6の創設が誤っていたということであり、今後の課税実務の混迷を防止する視座からも、廃止すべきことを指摘しておく。

 本件事件の差戻控訴審判決は、多くの解釈に関する重要な事項が含まれているにもかかわらず、最高裁が上告受理申立てに対して、不受理決定を言い渡したということである。しかも、その不受理決定の具体的な理由も附記されていないという問題もある。
 そこで、以下では、このような最高裁の不受理決定の運用が許されるのか、という視座からの検討を加えることとしたい。
 なお、筆者は訴訟法の専門家ではないために、お門違いの指摘であるという批判があることを覚悟の上で指摘するが、それが誤りであるというのであれば、その根拠を示して批判していただきたい。

Ⅳ 民事訴訟法の規定と「上告不受理決定」の実際

1 民事訴訟法の規定の内容
 民事訴訟法(以下「民訴法」という。)235条は、判決書の記載事項の一つとして、「理由」を記載することが義務付けられており、したがって、判決に理由附記不備があれば、その判決は違法として取消事由となる。また、民訴法122条は、「決定」にも、当該規定が準用されているが、この規定により最高裁における不受理決定についても、その不受理の理由を附記することが必要とされている。
 ところで、上告受理申立てに関して規定する民訴法318条1項は、「最高裁判所は、原判決に最高裁判所の判例(カッコ内略)と相反する判断がある事件その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件について、申立てにより、決定で、上告審として事件を受理することができる。と規定している。
 税務訴訟における納税者の最高裁への上告受理申立てに対して、多数の事件で上告不受理決定が言い渡されているが、それは、この規定によれば、各税法の「解釈に関する重要な事項が含まれていない」事件と評価されたということ以外には考えられない。しかし、その一方で、解釈の重要な事項が含まれているとしても、最高裁は、「受理することができる」という条文解釈を、「受理しないことができる」という解釈を前提として運用されている。つまり、裁量により運用されているという理解も可能であろう。しかし、そうだとしても、その裁量には羈束的な裁量の法理(基準)が要求されるべきである。

2 「法令の解釈に関する重要な事項」の上告受理申立ての対応
 税法上の訴訟は、税法の解釈適用に関する争点が中心であり、その争点の解釈については、過去の判例はなく、一義的な解釈が定着しているというものでもない。かかる解釈問題が争点とされている事件は、最高裁判例等により疑問もなく定着している場合以外は、納税者の上告受理申立ては積極的に受理して、司法の最高峰として最高裁の判決により解釈の統一を図ることは当然のことである。下級審における法律解釈の統一を図ることが最高裁の重要な機能の一つとされているからである。
 この点に関して、行政事件訴訟の上告不受理決定について痛烈な批判をされているのが、元東京地裁行政専門部の判事であった濱秀和弁護士(脚注7)及び行政法学者である阿部泰隆弁護士(脚注8)(神戸大学<名誉教授>・中央大学教授を経て弁護士)の著作がある。
 この二冊の書籍は、自らが弁護士等として関わった訴訟事件を中心として上告不受理決定について、その事案の内容を紹介して批判を加えている。現実に訴訟に関わった代理人弁護士の声として切実な訴えであり、その問題提起は貴重である。最高裁はその声を謙虚に受け止めて改善を図る努力をすべきであると考える。

3 最高裁における上告不受理決定の運用の実相
 みなし譲渡課税事件の差戻控訴審判決の問題点又は誤謬については、すでに指摘したところから明らかなように、そもそも、その上告受理申立てが不受理決定とされる事案ではないということは明らかであると考えるが、それが何故に最高裁が上告不受理決定により審理不要としたのかという理由が問われなければならない。
 ここでは、紙幅の関係から詳細な検証はできないが、その許される範囲内で最低限の指摘をしておきたい。
 筆者は、過去に多くの事件で上告不受理決定を経験しているが、国税における課税実務33年(内訴訟事務及び審理事務を18年、税務大学校教授2年)を経験し、その後、研究者として17年間の経験があり、数多くの税務訴訟において鑑定意見書を提出している。その中の大半は「法令の解釈に関する重要な事項」に該当するものであるにも関わらず、相当数の事件が上告不受理決定で終結している。
 これまで、その原因が不明であったが、元最高裁判事の回想録の書籍に掲載された上告受理申立ての不受理決定に至る最高裁における運用の実際を知り、これまでに関係した事件が不受理決定とされた理由が判明したのである。しかし、その回想録では、最高裁がかかる運用を行うことの法律上の根拠が説明されていないために、我が国の三審制の裁判を受ける権利が蔑ろにされているのではないかと感じているところである。以下、その元最高裁判事(行政法学者)藤田宙靖氏の著作から誤解のないように注意しながら、その要旨を紹介しよう。

<藤田宙靖『最高裁回想録〜学者判事の7年半〜』(有斐閣2012年)138頁〜142頁>
 藤田元判事(第三小法廷)は、重要な問題を含む事件として「審議事項」となった217件のうち、92件については、却下決定、不受理決定などがあるとされ、その不受理決定の原因につき、三つのケースを紹介している。
 ①ほぼ同一内容の訴訟を複数の納税者が起こしているケースにおいて、どれか一つを判決して他は不受理決定とする場合、②問題自体は重要なものを含むが、すでに最高裁の判例が確定し現在の段階では変更する必要は無いと判断され不受理とされる場合、③以上の形式的な判断によって受理するかどうかを決定するもの以外に、より実質的な判断に基づく「不受理」の選択もあるということである。
 これは主として、理論的には確かに重要な法解釈上の問題を含むけれども、紛争の実質に照らしてみた場合、果たして、最高裁がここで理論的な決着を付けることが合理的であるかどうかが問われるケースであると言ってよい。……そこで、「紛争の実質に照らして、果たしてここで最高裁が理論的な決着を付けることが合理的であるかどうか」ということであるが、ここにも、いくつかのパターンがあるように思われる。
 例えば、(a)(略)、それよりも一層重要な例として、(b)紛争の内容自体も実質的に重要なものであるのであるが、これまでに無かったような全くの新しいタイプの紛争で、先例も無ければ学説等での議論も殆どなされておらず、今後、この種の問題がどのような形で展開して行くのかにつき、現状では見通しが付け難い、というようなケースがある。
 こういったケースにおいて、理論的に言えば最高裁として決着が付けられないことはないが、その判断が最高裁判例になると、今後それが独り歩きを始めて、思いもよらない結果をもたらさないとも限らない、ここはもう少し、類似の事案やそれに対する下級審の判断、あるいは学説等の積み重ねを待ったうえで、例えば、下級審の判断が分かれる等、本当に最高裁が乗り出さなければならない時まで判断を控えた方が合理的だ、ということになる例があるのである。


 以上が同氏の上告不受理決定の運用に関する記述であるが、その一方で、天皇陛下の質問に対して、「『学者は、分からないことは分からないと言って判断を先送りすることができるし、……裁判官は、本当は分からなくても、ともかく決めなければならず、判断を先送りすることができないところが、何よりも大きな違いである』という返事をしてきた。」(同書149頁)と叙述されている。
 ここで藤田元判事の陛下の質問に対するお答えは、従前の最高裁判事が述べていたことであるが、現実の不受理決定に係る最高裁の運用は、それとはかなり異なるのではないかと思われる。
 ところで、前記民訴法の平成10年の改正前では、困難な解釈問題を含む税務訴訟事件であっても、当時の最高裁は理由附記して判決を言い渡していたにも関わらず、上記の最高裁判決の実質的先送りのための運用が、当該民訴法の改正の規定を根拠法とされているということの合理的な説明は困難であるといわざるを得ない。
 ましてや、前述したように上告不受理決定にも判決と同様の理由附記が必要とされているにもかかわらず、「民事訴訟法318条1項には該当しない」という条文の規定を付記するだけでは、上告人(国民)にはいかなる理由で最高裁の審理が認められなかったのか、これでは我が国の裁判は二審制ではないかという批判に的確に反論できないのではなかろうか。
 そのために、現在の上告受理申立ての件数は整理されずに、相当数の件数に上っていると推測しているが、このような事態を解消するためには、上告受理申立てが不受理決定される明確な基準を示し、かつ、解釈の重要な事項が含まれる場合には、前記改正前の場合と同様に、最高裁は上告を受理して判決することが求められると考える。そして、訴訟の健全性の視座からもこのことが喫緊の課題であると言うべきである。

Ⅴ 結  語

1 藤田元判事の回想録について
 同氏の回想録により、何故に、困難な重要な解釈上の法律問題があるにも関わらず、上告不受理決定がなされたのかという疑問は、ある程度解消されたが、それは、不受理とされた運用の実態を知り得たというにすぎず、かかる最高裁の運用を理解したということではない。逆に、これまで以上に、不受理決定の運用の実際が明らかになったことによって最高裁に対する運用の不満は助長されたところである。
 ところで、藤田氏の回想録の上告不受理決定とされる事例のうち、①の同種事件の場合の上告不受理決定、②最高裁の判例が確定していて、現在の段階では変更する必要は無いと判断され不受理とされるのは理解できるところであろう。これが上告不受理決定の中心でなければならない。
 問題は、次の③の上告不受理決定のケースである。ここでは、理論的には重要な法解釈上の問題を含むが、「紛争の実質に照らしてみた場合、果たして、最高裁がここで理論的な決着を付けることが合理的であるかどうかが問われるケース」であると述べている点である。
 筆者は訴訟法の専門家ではないので論点の理解が十分でないのではという不安もあるが、当事者の紛争解決という裁判所の最も重要な機能を下級審に委ねて、最高裁が上告人の主張に対する判断を回避して先送りするということは、最高裁を信じて上告受理を申し立てた納税者の主張を封印するということであり、あってはならないと考えている。
 この点に関して、藤田元判事が述べる最高裁の上告不受理決定の運用が、改正民訴法318条1項の文言から導くことができるのであろうか。その上告受理申立てが法律の解釈問題であるが、「重要な事項が含まれていない」という場合に、上告不受理決定ができることとされているのであるから、その文言からの解釈として、藤田元判事のいう最高裁の不受理決定の運用が認められると解することは条文解釈としても、また、あるべき健全な訴訟の実現という点からみても、はなはだ疑問という以外にはない。
 加えて、「重要な事項」の「重要な」という不確定かつ抽象的な概念が、最高裁の受理か不受理かを決定する裁量権の判断基準であるとすれば、そもそも、その法律の条文自体が不適切ではないかと考える(脚注9)。このような不明瞭な文言により、納税者(国民)の三審制による裁判を受ける権利をはく奪するに等しい現在の最高裁の不受理決定の運用は不適切といえよう。
 また、困難な解釈問題が最高裁により先送りされるということは、下級審判決の解釈の統一を図るという最高裁の責務を果たしていないことにもなり許されないと思料する。
 したがって、平成10年の民訴法改正前においては、すべて審理し判断していた重要な解釈に係る税務事件は、上告不受理決定により判断を先送りするのではなく、前述した①及び②の上告受理申立て以外の法律解釈の事案は、すべからく受理して上告審の最高裁判決による判断を示すべきであろう。
 最高裁が、上告・上告受理申立ての事件が多数であり多忙であるという問題は、本来の反論にはならない。例えば、最高裁判事の補佐としての最高裁調査官を倍増するとか、判事を増員する制度改正を図ることが先決であり、さらに、可能な限り最高裁判事の小法廷の構成をそれぞれの法律の専門性に応じた判事で構成し、その上告事件等を専門分野の小法廷に割り当てる等の努力で、その最高裁の問題点はある程度の解消が可能になるであろう(脚注10)。

2 本件みなし譲渡課税事件の上告不受理決定について
 本件事件の本判決等の判示内容には、問題点、疑問点そして誤謬と思われる判示が多く指摘できるが、その事件が上告不受理決定とされて最高裁の審理の対象外とされたことは、理解に苦しむところである。
 この事件が受理されないのであれば、上告受理申立てが受理される案件があるのかという思いである。
 それは、本件事件だけではなく、完全支配子会社の合併について、親会社が子会社事業を継続することが必要であるという理由で、親会社が子会社欠損金を承継し控除したことを否認したTPR事件の控訴審判決に対する上告受理申立てに係る不受理決定は理解不能といえるものである。それは、文理解釈を誤り、趣旨解釈も誤っているということである。
 かかる裁判の現状を踏まえて、巷間、税務訴訟の勝訴は困難であり、最高裁での審理も制限されるから、訴訟提起はしないという多くの税理士及び納税者の声を、最高裁はどのように受け止めているのであろうか。
 司法改革ということの重要性を再認識して、健全でわかり易い訴訟制度の構築に司法組織全体が考える時が来ているのでないかと考える。

脚注
1  筆者は、本件差戻控訴審判決に対する批判的所見を上告受理申立ての添付資料として提出していただいたが、そこでもこの点を強く指摘したところである。
2  上告不受理決定は最高裁の裁量であるといわれることがある。その裁量が最高裁の自由裁量であるはずもないが、その不受理の具体的な理由が示されていないために、自由裁量の運用がなされているという疑問が湧くことになる。
3  この差戻控訴審判決、最高裁差戻判決及び一審判決の納税者敗訴判決を、以下では「本判決等」と呼称する。なお、差戻控訴審判決の評釈については、税務弘報69巻12号(2021年)129頁も参照。
4  国税庁法人税課長 大村雅基監修・渡辺淑夫 田中豊『コンメンタール・法人税基本通達』(税務研究会 平成7年)の法基通9−1−14の解説。この点に関して、その創設の経緯等の詳細は、本件最高裁差戻判決を論じた拙稿(大淵博義「取引相場のない株式のみなし譲渡課税判決が提起した問題点」税務弘報68巻11号113頁以下(2020年)及び同「非上場株式の評価を巡る最近の動向」租税研究2018年3月号256頁以下参照。
5  かかる議論が行われ、納税者に不利に働く原因とされることがあるが、それを正当化するためには、逆に、夫婦間で離婚訴訟中であり夫婦関係が破たんしているとしても(相続人間の争いも同様)、評価通達はその夫婦を同族株主グループから排除しないで判定しているが、これを改めるのが先決である。
6  それは、現実に土地等の売買価額の協議決定に際して、譲渡所得課税の趣旨目的が前提とされることはあり得ないし、本件株式の売買において、少数株主になるにすぎない買主が売主の支配株主であることを考慮する余地もないことに思いを致すべきである。
7  濱秀和『最高裁上告不受理事件の諸相Ⅰ』(信山社 2011年)
8  阿部泰隆『最高裁上告不受理事件の諸相Ⅱ』(信山社 2011年)
9  租税法にかかる抽象的概念が使用されるのであれば、租税法律主義(課税要件明確主義)違反とされよう。
10  筆者は以前から、「法曹一元化」(一定期間弁護士等を経験した司法資格者から裁判官に任官する制度)の移行を図るべきであるということ強調しているが、ここではそれを指摘するに止めておく。

大淵博義 おおふち ひろよし
 1970年中央大学商学部卒業。東京国税局直税部訟務官室、東京国税局法人税課審理係、国税庁直税部審理室訟務専門官、税務大学校教授、中央大学教授を経て、現在、中央大学名誉教授。2015年税理士登録。著書に『法人税法解釈の検証と実践的展開(第Ⅰ巻)改訂増補版、(第Ⅱ巻)、(第Ⅲ巻)』(税務経理協会)、『寄附金課税の実務』(共著)(新日本法規出版)、『最新判例による法人税法の解釈と実務』(大蔵財務協会)ほか多数。

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