解説記事2022年06月27日 SCOPE 海外富裕層の日本への転入時に二重課税のリスク(2022年6月27日号・№936)
有価証券等以外に課される米国出国税の調整は
海外富裕層の日本への転入時に二重課税のリスク
令和4年3月18日付の大阪国税局による文書回答事例「米国の永住権の放棄により所有する有価証券について譲渡があったものとみなされて外国所得税を課された場合の有価証券の取得費について」に、有価証券や投資信託(以下、有価証券等)に対し、米国出国税が課された場合の日本での二重課税の調整に関する取扱いが掲載されたが、実務家の間では、「有価証券等以外」にも米国出国税が課されてしまった場合の税務上の取扱いについて疑問が生じている。
そこで本誌が課税当局に取材したところ、現行の日米租税条約の規定では、有価証券等以外に課された米国出国税について日本側で二重課税を調整することは想定されておらず、二重課税のリスクがあることが確認された。
「全資産」に取得価額のステップアップが適用できるのは現状スペインのみ
米国出国税とは、米国市民が市民権を放棄した場合又は長期居住者が永住権を放棄した場合に、その放棄をした者が永住権等放棄時の純資産額が200万ドル以上である等所定の要件に該当すると、原則として「全ての資産」を対象に、永住権等を放棄したとされた日の前日における時価により資産が売却されたものとして、その資産の値上がり益に対して課税(日本の国外転出時課税と同様にみなし譲渡益課税)を行う仕組み。文書回答事例によると、日本国籍を有する個人が、米国の永住権を放棄することに伴い米国出国税が課された「有価証券等」を、その後日本の居住者として売却する場合は、所得税法60条の4の規定により取得価額のステップアップが適用され、譲渡所得の計算上、米国出国税適用時の時価を取得価額として計算することが可能とされている。
つまり、取得価額を米国出国税適用時の時価までステップアップすることで、米国での課税後に生じた値上がり益のみを日本側で課税対象とし、日米間の二重課税の調整を行う仕組みとなっている(図表1参照)。

もっとも、米国出国税は原則として「全ての資産」を対象としている。このため、実務家の間では、「有価証券等以外の資産」について米国出国税が課された場合も、所得税法60条の4同様、取得価額のステップアップによる日本側での二重課税の調整が可能なのか、との疑問が生じている。
この点について本誌が課税当局に取材したところ、現行の日米租税条約の規定では、有価証券等以外の資産については、米国出国税が課されたとしても取得価額のステップアップは認められないことが確認された。課税当局によれば、所得税法60条の4は、日本の国外転出時課税の対象とされる所得税法60条の2に規定する有価証券等について、米国出国税のような外国税制上の国外転出時課税に相当する税が課された場合に適用することを想定しているため、有価証券等以外の資産に直接適用できないことになる。
ただし、租税条約の内容によっては、令和元年の税制改正時に創設された租税条約実施特例法5条の2が適用され、条約相手国で国外転出時課税に相当する税制の適用を受けた場合、有価証券等のみならず、その適用を受けた「全資産」について取得価額のステップアップが可能とのことだ。もっとも、同条の適用を受けるためには、租税条約内に「条約相手国の税法上の国外転出時課税の適用を受けたことを考慮する」旨の規定が必要であり、現時点では日スペイン租税条約(13条7)のみがこれに該当する。したがって、そのような規定がない日米租税条約の場合は、有価証券等以外の資産に米国出国税が課されたとしても、所得税法60条の4、実施特例法5条の2のいずれも適用されず、日本側で取得価額のステップアップによる二重課税の調整は行われないという結論となる。
国外転出時課税制度は、課税逃れ防止を主目的に米国、日本を含め各国で導入されているため、富裕層が海外から日本へ転入する際には二重課税となるリスクが生じる。富裕層をクライアントに持つ実務家にとっては細心の注意が必要となろう。
なお、法令上は明確ではないものの、実施特例法5条の2が創設された令和元年度(平成31年度)の税制改正に関する解説の記載(図表2参照)を考慮すると、基本的に外国税額控除の適用による二重課税調整は想定されていないと考えられる。
【図表2】令和元年度(平成31年度)税制改正の解説(701〜702頁抜粋)
二重課税調整の方法については、日スペイン新租税条約第13条7において「租税の課税標準又は租税の額について適当な調整を行う」と規定されていることからすると、相手国等の相手国等転出時課税の規定の適用を受けた居住者がその適用によりその相手国等の外国所得税に係る所得金額の計算上収入金額に算入された金額を我が国の所得税に係る所得金額の計算上収入金額から控除する方法(所得調整)と、相手国等の相手国等転出時課税の規定の適用を受けた居住者がその相手国等において課された外国所得税の額を我が国の所得税の額から控除する方法(税額調整)とが考えられますが、我が国においては、外国転出時課税の規定の適用を受けた場合の譲渡所得等の特例の二重課税調整方法と同様に、前者の方法を採用して二重課税を調整することとされています。 |
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