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解説記事2022年08月08日 未公開判決事例紹介 営業損益悪化も取締役解任の正当な理由とはいえず(2022年8月8日号・№942)

未公開判決事例紹介
営業損益悪化も取締役解任の正当な理由とはいえず
東京地裁、元取締役の損害賠償請求を認容

 本誌941号4頁で紹介した損害賠償請求事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。

○正当な理由なく取締役を解任されたとして株式会社(被告)の元取締役兼代表取締役(原告)が損害賠償請求を行った事件。東京地方裁判所(西山渉裁判官)は令和4年3月14日、原告の請求を認め、被告に約1,712万円を支払うよう命じた。裁判所は、被告の営業損益が悪化し、約1億3,956万円の営業損失を計上するに至ったことが認められるものの、原告の経営方針や経営能力に起因することを認めるに足りる証拠はないと判断した(令和2年(ワ)第11661号)。

主  文

1 被告は、原告に対し、1712万5403円及びこれに対する令和2年9月3日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求
 主文同旨

第2 事案の概要
1
 本件は、株式会社である被告の取締役兼代表取締役であった原告が、正当な理由なく取締役を解任されたとして、被告に対し、会社法339条2項に基づく損害賠償として残任期中の報酬相当額から既払額を控除した残額1712万5403円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である令和2年9月3日から支払済みまで年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)当事者等
ア S株式会社(以下「S社」という。)は、美術品類等を対象としたオークションの企画・開催・運営等の事業を営む会社等の事業活動を支配又は管理することを目的とする株式会社であり、その株式を東京証券取引所JASDAQに上場している(甲7)。
イ 被告は、平成29年8月1日に設立された、美術品の公開オークションを主たる事業とする株式会社であり、S社の完全子会社である。
ウ 原告は、被告の設立時からその取締役兼代表取締役の地位にあったが、令和2年4月1日に被告の取締役を解任された(以下「本件解任」という。)。
(2)本件解任に至るまでの事情
ア S社は、平成元年に「○○○○○○オークション株式会社」として設立され、平成29年12月に子会社の事業活動を支配又は管理することを目的とする持株会社となった。この持株会社化によるグループ再編に伴い、持株会社化前のS社の中核事業であったオークション事業を新設会社である被告が承継し、相対取引事業を同じく新設会社であるP株式会社(以下「P社」という。)が承継する一方、オークション事業を支えるために「○○○○○株式会社」が行っていた他業種事業は同社が商号を変更したA株式会社(以下「A」という。)が引き続き行うこととなった(甲1、乙23の3頁、12頁)。
イ 持株会社化後のS社の子会社には、オークション事業を行う被告のほか、アートディーリング及び画廊業を行うP社、宝石オークション及びインターネットオークション開発を行うM株式会社(以下「M社」という。)、エネルギー事業及びオークション事業以外の事業開発・育成を行うAがあり、Aの複数の子会社(S社の孫会社)を含め、S社を中心とする企業グループを形成していた(以下、この企業グループを「Sグループ」という。乙23の12頁)。
ウ 被告は、原告が取締役兼代表取締役の地位にあった各期のうち、平成30年5月期においては約5553万円の営業利益を計上し、令和元年5月期には約185万円の営業損失を計上し、令和2年5月期には約1億3956万円の営業損失を計上した(乙4から6まで)。
エ Aは、上記アのグループ再編後、太陽光発電事業、マレーシアにおけるPKS事業(パーム椰子の種からパーム油を採油した後の残滓物(PKS)を主燃料とするバイオマス発電所にPKSを販売する事業)、アメリカ(テキサス州)における中古不動産物件紹介事業及びミャンマーにおけるマイクロファイナンス事業を開始したものの、これらの事業によって収益を継続的かつ安定的に計上する状況に至ることはなく、特にPKS事業においては初期投資と人事ミスにより赤字が累積する結果となった。
オ X(以下「X」という。)は、平成30年6月28日当時、S社及びAの取締役兼代表取締役を兼任していたが、S社の監査役会による同日付け勧告書(甲3)及びこれを受けて設置された原告を含む3名を委員とするS社の構造改革諮問委員会による同年7月12日付け意見書(甲4)を受け、同年8月30日、S社の代表取締役を辞任して代表権のない取締役会長となるとともに、自ら事業を主導していたAの代表取締役も辞任した(甲7、乙40)。
カ Sグループにおいては、S社の役員がSグループに属する子会社等の役員を兼任しており、原告も、S社の取締役のほか、被告の取締役兼代表取締役、P社及びM社の監査役、Aの取締役等を兼任していたが、兼任役員への報酬の支払を1社に集約するよう提言した上記オの意見書を受け、平成30年7月以降、それまでS社、被告及びP社の3社から受領していた役員報酬を被告のみから受領するようになった。
キ 被告において、令和元年7月16日、顧客から預かっていた絵画49点及びその鑑定書のうち、絵画1点及び鑑定書2点が紛失していることが発覚した(以下「本件紛失」という。)。これに先立ち、被告の担当者は、上記絵画49点を顧客から預かった際には実物の確認を行ったものの、このうち社外の額装業者に預けた28点を同年4月5日に同業者から受け取った際及び同月26日に棚卸をした際には実物の確認をしなかった。本件紛失の原因は、被告内部の者による盗難がうかがわれる状況であったが、社内調査及び警察による捜査によっても、紛失した上記絵画等の発見には至らなかった。なお、原告は、本件紛失発覚後の同年8月29日、被告の取締役に重任された。
ク Xは、令和元年8月29日、Aの代表取締役に復帰する一方、同年10月頃には、S社による株式会社O(以下「O社」という。)の買収を計画し、同年11月中にS社とO社との間で買収に関する基本合意を締結することを目指して準備作業を進めたものの、Xを除くS社の取締役の全員が反対したため、上記計画に基づくO社の買収を断念した。他方、原告は、同年10月下旬以降、S社の管理担当取締役として、O社の買収に向けた準備作業を進めていたものの、S社の他の取締役らから情報不足等を理由として性急な基本合意の締結に疑問を呈する意見等が出されたことを受け、最終的にはO社の買収に反対するに至った(甲5、乙15から18まで)。
ケ Xは、令和元年12月12日、S社の少数株主として、他の株主1名と共に、原告を含む取締役2名及び監査役2名の解任並びに取締役4名及び監査役2名の選任を目的事項として、S社に対し臨時株主総会の招集を請求した上で、東京地方裁判所にその招集許可を申し立て、令和2年1月29日、同裁判所からその許可を得て、同年3月6日、S社の株主に対し、臨時株主総会の招集通知を発した。原告は、同月26日に開催された同招集通知に係る臨時株主総会(以下「本件臨時株主総会」という。)において、S社の取締役を解任され、他方、Xは、同日、S社の代表取締役に復帰した(甲6、7)。
コ 本件臨時株主総会の招集通知が発せられた後、原告を含むS社の当時の取締役会は、令和2年3月9日、「株主の皆様へ」と題する書面(以下、別紙部分及び下記の添付書面を含めて「3月9日書面」という。乙9)をS社の株主に送付するとともに、東京証券取引所の適時開示システムにIR情報として掲載した。3月9日書面は、Xを除くS社の当時の全ての役員(代表取締役、原告を含む取締役3名及び監査役3名)の連名で作成されたものであり、その本文部分には、本件臨時株主総会の目的とされた全ての議案に反対する旨が記載されていたほか、株主に対し、本件臨時株主総会に出席しないよう、また、委任状・議決権行使書等の提出をせず、一切無視・放置するよう要請する旨が記載されていた。また、3月9日書面のうち参考書面として添付された「X氏の「招集の背景」に対する反論」と題するS社の当時の代表取締役名義の書面には、S社が2期連続の赤字決算となった全ての原因はXが代表取締役又は担当取締役であったAの事業の損失にあるとする趣旨の記載のほか、「Aの放漫経営による大きな損失」「お手盛り同様の多額な報酬受領と乱脈に近い経費の費消」「前者の貸付金については契約書が存在せず」「適切に管理せず現地社員に丸投げした結果」との記載がされていた。なお、原告は、3月9日書面がIR情報として開示された当時、S社の管理担当取締役であり、東京証券取引所における開示に関する責任者であった(甲7、乙9)。
(3)本件解任時における原告の残任期等
 本件解任時において、原告の取締役としての残任期は16か月と30日(令和2年4月1日から令和3年8月30日まで)であり、原告の取締役報酬額は月額107万2500円であった。他方、被告は、本件解任後の令和2年4月24日、原告に対し、107万2500円を支払った。
3 争点及び争点に関する当事者の主張
(1)本件解任の正当な理由の有無
(被告の主張)

ア ①原告がSグループの中核事業であるアートオークション事業を担う被告の取締役に就任した後、保守的な経営を加速化させて同事業の業績を下降させ続けたこと、②原告がS社のIR情報として3月9日書面を掲載したことにより、S社及びその完全子会社としてSグループの中核事業を担う被告の社会的信用を著しく毀損し、証券取引市場の秩序を乱したこと、③原告が3月9日書面においてS社の株主に対して本件臨時株主総会への出席及び議決権行使を控えるよう要請したことは、原告がS社の取締役として不適格であり、ひいてはSグループにおける最も中核的な子会社である被告の取締役として不適格であることを基礎づける事情であるから、本件解任には正当な理由がある。
イ 上記ア①の事情に加え、②原告が、被告において顧客から預かった絵画等を紛失するおそれのある不十分な管理体制を漫然と放置し、被告が最も重視すべき信用問題に関わる本件紛失を発生させた上、その後も管理体制を改善する措置を講じなかったことは、原告が被告の取締役として不適格であることを基礎づける事情であるから、本件解任には正当な理由がある。
(原告の主張)
ア S社と被告は別の会社であるから、S社の取締役として不適格であるとしても、直ちに被告の取締役として不適格であることにはならない。
イ 原告の取締役在任中に被告の営業損益が悪化したのは、美術品の取引相場の急落及び市場全体の流通量の減少に起因する取扱高の大幅な下落が原因であり、令和元年5月期から令和2年5月期においてはコロナ禍によるオークションの延期も原因として加わったものであるから、この間における被告の業績や原告の対応は本件解任の正当な理由とはならない。
ウ 3月9日書面のうち添付された参考書面の記載内容は本質的な部分において真実であり、仮に些末な点に誤りや過ぎた表現があったとしても、3月9日書面の株主に対する送付及びIR情報としての開示は株主及び一般投資家に対する適切な情報開示である上、証券取引市場の秩序を乱していないから、3月9日書面の送付及び開示は本件解任の正当な理由とはならない。
エ 3月9日書面での本件臨時株主総会における議決権不行使等の要請については、取締役及び監査役の一部を入れ替えるか否かのみが議題であり、株主にはこれに賛成するか反対するかという選択肢しかなかったことからすれば、賛成の意思を有する株主においてはその旨の議決権を行使することにより、反対の意思を有する株主においては上記要請に従って議決権の行使を控えることで決議を成立させないことにより、その意思を明確にすることが可能であり、株主の意思表明の自由は確保されていたから、上記要請は会社法令等に違反するものではなく、本件解任の正当な理由とはならない。
オ 被告における絵画等の管理体制は、その全株式を有するS社から承継したものであり、担当取締役及び担当責任者を決めて権限と責任を委ねるなど、紛失を防止するために一般的に要請される体制が整備されていたから、管理体制に不備があったとはいえない。また、管理体制に何らかの不備があったとしても、本件紛失は原告のみの不作為に直接又は主として起因するものではない。さらに、原告は、本件紛失が発覚した後、防犯カメラを設置するなどの再発防止策を講じている上、株主であるS社によって取締役に重任されている。これらの事情に照らせば、被告主張の本件紛失に関する事情は本件解任の正当な理由とはならない。
(2)原告の損害の有無及び額
(原告の主張)

ア 原告は、本件解任により、残任期中に得られたであろう報酬相当額1819万7903円(≒1,072,500円×16+1,072,500×30/31)から既払額107万2500円を控除した残額1712万5403円の損害を被った。
イ 原告主張の損害は本件解任によって発生したものであるから、本件解任後に被告主張の事情が生じていたとしても、本件解任時に既に発生していた損害が当該事情によって事後的に減少することはない。
(被告の主張)
ア 原告の残任期中に被告の経営状況や原告の取締役としての職務内容に変化が全くないとは考え難いことからすれば、残任期中の報酬相当額を直ちに原告の損害と認定すべきではなく、本件解任により原告が被った損害の内容の判断は、個別具体的事情を考慮して行うべきである。
イ 原告は、本件解任後に、被告の役員であった期間に得たノウハウや取引先情報等を最大限に利用して被告と競業する事業を積極的に展開し、不当な利益を得る一方で、被告に多大な損害を生じさせているから、残任期中の報酬相当額の全額を損害とすべきではなく、少なくとも被告と競合する合同会社を設立して稼働を始めた令和2年5月以降の期間における報酬相当額は賠償の対象外とすべきである。

第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(本件解任の正当な理由の有無)について

 被告は、原告が被告の取締役として不適格であることを基礎づける事情として、①被告の業績に関し、原告が保守的な経営を加速化させて業績を下降させ続けたことや、②本件紛失に関し、原告が不十分な管理体制を漫然と放置して本件紛失を発生させ、その後も改善措置を講じなかったことを指摘し、これらの事情をもって本件解任には正当な理由があると主張する。しかし、①については、原告が取締役兼代表取締役の地位にあった各期において、被告の営業損益が悪化し、令和2年5月期には約1億3956万円の営業損失を計上するに至ったこと(前提事実(2)ウ)が認められるものの、このような状況が原告の経営方針や経営能力に起因することを認めるに足りる証拠はないから、被告の業績に関する事情をもって本件解任に正当な理由があるということはできない(なお、被告が指摘するS社によるO社の買収計画については、そもそも被告の取締役としての職務に関するものではない上、高度の経営判断が求められる企業買収に関する取締役の判断には広範な裁量があるというべきところ、O社の買収に関してはXを除く当時のS社の取締役全員が相応の根拠に基づいて一致して反対していたこと(同(2)ク)を踏まえると、その買収に関するS社の取締役としての原告の対応をもって被告の取締役として不適格であると断ずることもできない。)。また、②についても、本件紛失の発生前に被告において構築すべきであった管理体制の内容やこれを構築すべき義務を原告が負うことを基礎づける事情に関する具体的な主張立証はされておらず、本件紛失の発覚後に原告が従前の管理体制を改善する措置を講じなかった事実を認めるに足りる証拠もない上、本件紛失の発覚後に原告が取締役に重任されていること(同(2)キ)からしても、本件紛失に関する事情をもって本件解任に正当な理由があるということはできない。
 また、被告は、原告はS社の取締役として不適格であるから被告の取締役としても不適格であるとも主張する。しかし、同一の企業グループに属する親会社とその完全子会社という関係にあるとはいえ、両社は別の会社であり、持株会社であるS社とオークション事業を行う被告とでは取締役としての職務内容等に差異があるというべきであるから、このような差異を捨象して、S社の取締役として不適格であるから直ちに被告の取締役として不適格であるということはできない。この点を措くとしても、被告の業績に関する事情については、上記説示のとおり、これをもって本件解任に正当な理由があるということはできないし、原告がS社の取締役として関与した3月9日書面に関する事情についても、Aの経営実績(前提事実(2)エ)やS社において経営権に争いが生じていたという当時の状況(同(2)ク、ケ)を踏まえれば、Xが主導していたAの事業内容等に関する問題を指摘した部分(同(2)エ、オ、コ)は、その表現に穏当さや厳密さを欠く点があったとしても、これによって違法にS社や被告の社会的信用を著しく毀損したとか、証券取引市場の秩序を乱したとまでは認め難いし、株主に本件臨時株主総会への出席等を控えるよう要請した部分(同(2)コ)も、取締役としての善管注意義務等に違反するとまでは断じ難いから、これらの事情をもって本件解任に正当な理由があるということもできない。
 したがって、正当な理由に関する被告の主張は採用することができない。
2 争点(2)(原告の損害の有無及び額)について
 前記前提事実(3)及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件解任によって残任期中の報酬相当額1819万7903円(≒1,072,500円×16+1,072,500×30/31)の損害を被ったこと及び被告からその一部の弁済として107万2500円の支払を受けたことが認められるから、原告が本件解任により被った損害額の残額は1712万5403円であると認められる。
 これに対し、被告は、原告の残任期中に被告の経営状況や原告の取締役としての職務内容に変化が全くないとは考え難いと主張するが、そもそも主張内容が抽象的である上、1年5か月程度の期間である原告の残任期中に上記報酬相当額を減少させる方向で被告主張の事情の変化が生じる蓋然性があったことはうかがわれない。また、被告は、原告が被告と競業する事業を積極的に展開していることなどの本件解任後に生じた事情を指摘して、残任期中の報酬相当額の全額を損害とすべきではないなどとも主張するが、被告が指摘する諸事情が本件解任後に生じたことを認めるに足りる証拠はない上、仮にそれらの事情が本件解任後に生じていたとしても、当該事情によって原告が被った上記損害額を減額すべきものとは解されない。したがって、残任期中の報酬相当額の全額を原告の損害とすべきではない旨の被告の主張は採用することができない。
3 よって、原告の請求は理由があるから認容することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第8部
裁判官 西山 渉

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