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解説記事2022年10月17日 未公開判決事例紹介 住所の内外判定、滞在日数が決め手(2022年10月17日号・№950)

未公開判決事例紹介
住所の内外判定、滞在日数が決め手
東京地裁、シンガポールの永住資格等では足りず

 本誌931号7頁で紹介した所得税決定処分等取消請求事件の判決について、一部仮名処理した上で紹介する。

○所得税法上の居住者であるか否かが争われた事件。東京地方裁判所(岡田幸人裁判長)は令和4年5月12日、シンガポール法人の残余財産の分配を受けた株主の住所は国内にあるとして納税者の請求を棄却した(令和2年(行ウ)第227号)。東京地裁は、①平成27年における原告の日本での滞在日数は271日(約74%)でありシンガポールでの滞在日数は少ない、②原告は、本件各シンガポール法人の業務に関しても、基本的には国内にあるM社本店ないし滞在していた妻所有のマンションで報告を受け、指示を出していたものと認められる、③原告が国内にほとんど資産を有していないのは過去に滞納処分の執行を度々受けていたからであり、原告の生活の本拠が日本になかったことを必ずしも意味しないなどと指摘し、原告の生活の本拠たる住所は国内にあったと判断した。

主  文

1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求
 A税務署長が平成30年9月27日付けで原告に対してした、平成27年分の所得税及び復興特別所得税の決定処分のうち課税総所得金額152万4000円、納付すべき所得税及び復興特別所得税額1900円を超える部分並びに同処分に伴う無申告加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。

第2 事案の概要等
1 事案の概要

 A税務署長(処分行政庁)は、原告の平成27年(平成27年1月1日から同年12月31日までの期間。以下同じ。)分の所得税及び復興特別所得税(以下「所得税等」という。)について、原告が、平成27年において、所得税法上の居住者(後記2(1)ア)に該当し、シンガポール共和国(以下「シンガポール」という。)に設立された法人で原告がその株式を保有する▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲ LTD(以下「S社」という。)の清算(以下「本件清算」という。)に係る残余財産の分配(以下「本件分配」という。)として取得した債権(以下「本件債権」という。)等の所得について納税申告書を提出する義務があったにもかかわらずこれを提出しなかったとして、原告に対し平成27年分の所得税等の決定処分(以下「本件決定処分」という。)及び無申告加算税賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件決定処分と併せて「本件各処分」という。)をした。
 本件は、原告が、被告を相手に、本件決定処分の一部と本件賦課決定処分の全部の取消しを求める事案である。
2 関係法令の定め
(1)所得税法(平成26年法律第10号による改正前のものをいう。以下同じ。)の定め

ア 課税の範囲について
 居住者(国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人をいう〔2条1項3号〕。以下同じ。)で、非永住者(居住者のうち、日本の国籍を有しておらず、かつ、過去10年以内において国内に住所又は居所を有していた期間の合計が5年以下である個人をいう〔2条1項4号〕。以下同じ。)以外のものは、全ての所得に所得税が課される(5条1項、7条1項1号)。
 非居住者(居住者以外の個人をいう〔2条1項5号〕。以下同じ。)は、164条1項各号に掲げる非居住者の区分に応じ、それぞれ同項各号及び同条2項各号に掲げる国内源泉所得(後記イ参照)に所得税が課される(5条2項、7条1項3号)。
イ 国内源泉所得について
 161条は国内源泉所得を同条各号に掲げるものをいうと定めているところ、内国法人(国内に本店又は主たる事務所を有する法人をいう〔2条1項6号〕。以下同じ。)から受ける24条1項所定の剰余金の配当、利益の配当、剰余金の分配又は金銭の分配(以下「配当等」という。)は、25条1項で配当等とみなされるもの(後記エ参照)も含めて国内源泉所得に該当するものの、外国法人(内国法人以外の法人をいう〔2条1項7号〕。)から受ける配当等はこれに該当しない(161条5号イ参照)。
 また、国内にある営業所に預け入れられた預貯金の利子は国内源泉所得に該当するが、国外にある営業所に預け入れられた預貯金の利子はこれに該当しない(161条4号ハ参照)。
 さらに、人的役務の提供に対する報酬(給与等)のうち、国内において行う勤務その他の人的役務の提供に基因するものは国内源泉所得に該当するが、国外において行う人的役務の提供に基因するものはこれに該当しない(161条8号イ参照)。
ウ 所得金額の計算における収入金額について
 その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする(36条1項)。上記金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額は、当該物若しくは権利を取得し、又は当該利益を享受する時における価額とする(同条2項)。
エ みなし配当課税について
 法人の株主等が、当該法人の解散による残余財産の分配(25条1項3号)により金銭その他の資産の交付を受けた場合において、その金銭の額及び金銭以外の資産の価額の合計額が、当該法人の資本金等の額のうちその交付の基因となった当該法人の株式又は出資に対応する部分の金額を超えるときは、その超える部分の金額に係る金銭その他の資産は、24条1項所定の配当等とみなされる(25条1項柱書き、同項3号。同項により配当等とみなして課税する方法を、以下「みなし配当課税」という。)。同項に規定する株式又は出資に対応する部分の金額の計算の方法その他同項の規定の適用に関し必要な事項は、政令で定めることとされ(同条2項)、所得税法施行令(平成29年政令第105号による改正前のもの。以下同じ。)61条2項にその定めがある。
(2)国税通則法(平成28年法律第15号による改正前のもの。以下「通則法」という。)の定め
ア 税務署長は、納税申告書を提出する義務があると認められる者が当該申告書を提出しなかった場合には、その調査により、当該申告書に係る課税標準等及び税額等を決定する(25条)。
イ 上記アの決定があった場合は、当該納税者に対し、その決定に基づき納付すべき税額に100分の15の割合を乗じて計算した金額(ただし、納付すべき税額が50万円を超えるときは、当該超える部分に相当する税額に100分の5の割合を乗じて計算した金額を加算した金額。)に相当する無申告加算税を課する。ただし、期限内申告書の提出がなかったことについて正当な理由があると認められる場合は、この限りでない。(66条1項、2項)。
(3)内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律(平成27年法律第9号による改正前のもの。以下「国外送金法」という。)の定め
ア 居住者(非永住者を除く。)は、その年の12月31日においてその価額の合計額が5000万円を超える国外財産を有する場合には、財務省令で定めるところにより、その氏名、住所又は居所等並びに当該国外財産の種類、数量及び価額(当該国外財産のその年の12月31日における時価又は時価に準ずるものとして財務省令で定める価額。同価額が外国通貨で表示される場合における当該国外財産の価額の本邦通貨への換算は、同日における外国為替の売買相場により行う。〔内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律施行令10条4項、5項〕)その他必要な事項を記載した調書(以下「国外財産調書」という。)を、その年の翌年の3月15日までに所定の税務署長(その年分の所得税の納税義務がある者については、その者の所得税の納税地の所轄税務署長)に提出しなければならない(5条1項)。
イ 国外財産に係る所得税に関し修正申告書若しくは期限後申告書の提出又は更正若しくは決定(死亡した者に係るものを除く。)があり、通則法66条の規定の適用がある場合において、国外財産調書について提出期限内に提出がないときは、無申告加算税(前記(2)イ)の額は、同条の規定にかかわらず、同条の規定により計算した金額に、当該無申告加算税の額の計算の基礎となるべき税額に100分の5の割合を乗じて計算した金額を加算した金額とする(6条2項)。
3 前提事実(争いのない事実、顕著な事実並びに掲記の証拠〔書証は特記しない限り枝番を含む。以下同じ。〕及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)関係者等

ア 原告は、昭和11年2月5日、O市で出生した日本国籍を有する男性である。平成27年当時、原告には、妻である□□□□(以下「妻」という。)、□□□□との間の長女である●●●●(以下「長女」という。)及び長男である▽▽▽▽(以下「長男」という。)がいたが、長女及び長男は既に婚姻しており、原告は、妻と生計を一にしていた(乙4)。
  妻は、平成17年7月1日に○○県A市H町××−××に所在するマンションの501号室(以下「本件Hマンション」という。)を購入し、以後、本件Hマンションに居住していた(乙6、17)。
イ 原告は、平成14年3月25日に日本に設立し、鋼管製造、金属加工及び各種鉄鋼製品の輸出入等を目的とする株式会社M(以下「M社」という。)で、設立時から平成21年12月29日までの間、取締役(平成20年8月30日までは代表取締役)を務め、平成26年12月29日以降、再び取締役を務めている。妻、長女及び長男は、いずれもM社の設立時の取締役であり、長男は平成18年3月に取締役を辞任しているが、妻と長女は重任を繰り返し、妻は、平成26年12月29日以降、代表取締役を務めている。M社の本店所在地は平成22年5月1日以降、○○県A市(以下省略)である(以下、同所に所在するM社の本店を「M社本店」という。)。(乙12の1・2)
ウ 原告は、シンガポールのPermanent Resident(シンガポールの永住資格を有する者を指す。以下同じ。)であり、平成27年当時、シンガポールに設立された法人であるS社、▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼ LTD(以下「P社」という。)及び■■■■■■■■■.LTD.(以下「R社」といい、S社及びP社と併せて以下「本件各シンガポール法人」という。)の役員であった(甲8、乙2、14)。平成27年当時、S社の発行済み株式の60%に当たる81万株を原告が保有し、残りの40%に当たる54万株を長女が保有していた(乙2)。なお、P社については、発行済株式の70%に当たる560万株を原告が保有し、残りの30%に当たる240万株を長女が保有していた。
(2)本件清算について
ア シンガポール会社法では、会社は株主総会の特別決議により解散することができ(甲12)、特別決議が成立するには、議決権の4分の3以上を有する株主の賛成が必要である(甲13)。
イ 平成27年6月8日にM社本店でS社の臨時株主総会(以下「本件臨時株主総会」という。)が開催されたところ、その議事録(甲14。以下「本件議事録」という。)には、原告が議長を務め、原告のほかに長女の代理人である妻が出席し、シンガポール会社法の規定に基づきS社を解散し、清算人として◆◆◆◆(以下「本件清算人」という。)を任命する旨の特別決議(以下「本件清算決議」という。なお、本件清算決議が有効かどうかについては後記のとおり争いがある。)がされた旨の記載がある。
ウ 本件清算人は、原告に対し、平成27年11月3日、本件清算に伴う残余財産の分配(本件分配)としてS社のP社に対する債権(本件債権。帳簿上の価額は666万8682アメリカドル。)を現物分配する旨の通知書(乙3。以下「本件分配通知書」という。)を送付し、原告は、本件分配通知書下部の現物分配を受け取った旨が記載されている箇所に署名した(乙3)。
(3)原告は、平成27年において、本件分配のほか、別表6のとおりシンガポール及びアメリカ合衆国(以下「アメリカ」という。)の金融機関から計997万3215円の利息を受け取り(以下「本件利息」という。)、別表12のとおりS社及びP社から役員報酬として2729万1700円を受け取った(以下「本件役員報酬」という。)。
 なお、原告は、平成27年12月31日時点で、シンガポール及びアメリカの金融機関に預金残高(前記2(3)アの国外財産)があり、その価額の合計額は5000万円を超えていた(乙26〜30)。
(4)本件訴訟に至る経緯
ア 原告は、平成27年分の所得税等の確定申告書及び国外財産調書を提出しなかった。
イ A税務署長は、平成30年9月27日付けで、原告に対し、原告が所得税法上の居住者に該当することを前提として、国外において生じた本件分配に係る配当所得(以下「本件配当所得」という。)、本件利息に係る利子所得及び本件役員報酬に係る給与所得、並びに国内において生じた雑所得を得ていたとして、平成27年分の所得税等について決定処分(本件決定処分)をし、併せて無申告加算税の賦課決定処分(本件賦課決定処分)をした(甲1)。
  本件決定処分においては、原告は、本件分配によって、S社のP社に対する666万8682アメリカドルの債権を取得したものであり、それによって、原告には、所得税法25条1項及び2項並びに所得税法施行令61条2項により、7億3470万5608円の本件配当所得が生じたものとされている。
ウ 原告は、平成30年12月25日付けで、本件各処分につき審査請求をしたところ(甲2)、国税不服審判所長は、令和元年12月12日付けで同審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をし(甲3)、同月19日、同裁決に係る裁決書謄本を原告に送達した(甲4、弁論の全趣旨)。
エ 原告は、令和2年6月16日、本件訴訟を提起した(顕著な事実)
4 本件各処分に係る課税の根拠及び計算
 被告が主張する本件各処分に係る課税の根拠及び計算は、別紙2記載のとおりであるところ、原告は後記5において争点となっている点を除き、これを争うことを明らかにしていない。
5 争点及び当事者の主張
 本件の争点は、次の(1)から(3)までであり、争点に関する当事者の主張の要旨は、別紙3記載のとおりである(同別紙で定義した略語は本文においても用いる。)。
(1)平成27年において、原告は所得税法上の居住者に該当するか。
(2)原告に本件配当所得があったか(本件清算決議は無効か。)。
(3)本件債権の価額

第3 当裁判所の判断
1 認定事実

 前記前提事実に加え、後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1)原告は、昭和11年2月5日、O市で出生した日本国籍を有する男性であり、昭和45年頃から平成15年頃まで、鋼管加工や亜鉛メッキ鋼管の製造を行う会社である△△鋼管工業株式会社の代表取締役を務めていたところ、平成8年3月及び平成14年2月には鉄鋼関連事業を行うことを目的としてシンガポールにS社及びP社をそれぞれ設立して、その役員に就任し、同年3月には鉄鋼製品の輸出入等を目的として日本にM社を設立し、その代表取締役に就任し、平成22年には野菜の生産・卸売業を目的としてシンガポールにR社を設立して、その役員に就任した。原告は平成27年当時、M社の取締役であるとともに、本件各シンガポール法人の役員でもあった。(前提事実(1)ア〜ウ、甲8、18、乙2、12、14、原告本人)
(2)ア 原告は、平成27年において、別表1−1及び別表1−2のとおり、日本、シンガポール及び第三国に滞在しており、日本の滞在日数が271日、国外の滞在日数が94日(そのうちアメリカが17日)であった。また、同年における原告の出入国回数は合計12回であり、そのうちシンガポールから帰国した回数は4回であった(乙5)。
 イ 妻は、平成27年において、別表2−1及び別表2−2のとおり、日本に339日間、国外に26日間、それぞれ滞在していた。また、同年における妻の出入国回数は3回であり、その帰国した際の出発国の内訳はアメリカが2回、フランス共和国が1回であった(乙5の1)。
 ウ 原告は、平成27年当時、日本に滞在している間は、妻が所有する本件Hマンションにおいて妻と共に起居していた(前提事実(1)ア、乙6、原告本人)。妻は本件Hマンションにおける電気、ガス及び水道の使用契約を締結していたところ、同年のこれらの使用実績は別表3のとおりであった(乙18〜20)。原告が平成27年11月27日付けで日本年金機構に提出した平成28年分公的年金等の受給者の扶養親族等申告書には、原告の住所として本件Hマンションが記載されている(乙11)。
 エ 原告は、平成27年当時、シンガポールのPermanent Residentであり、シンガポール所在のアパートを賃貸しており、電気・水道料金等を支払っていた。上記アパートの所在地は、P社の2015年(平成27年)5月5日時点のBusiness Profileに、役員である原告の住所として登録されている。(甲6、8、18、原告本人)
(3)ア 原告は、平成20年8月30日にM社の代表取締役を辞任した後も、M社内部では会長やオーナーと呼ばれており、対外的にはM社の社長として活動していた。Kは、かねてよりM社の国外の関連法人やS社の役員を務め、平成20年8月からはM社の営業の責任者であったところ、同月30日に原告に代わってM社の代表取締役に就任した。もっとも、Kは、自身は雇われ社長であり、代表取締役就任の前後を通じて営業の責任者としての立場は変わらず、M社や本件各シンガポール法人を含む国外の関連法人(以下「国外関連法人」という。)の最終的な意思決定者は原告であるとの認識であった。Kは、M社の営業の責任者の立場にあった平成20年8月から平成26年5月までの間、原告に対し、週1回、受注状況を報告し、月1回、国外関連法人の営業損益や売掛金の残高等を報告するほか、必要な報告を随時行っていた。これらの報告は、原告がM社本店に出社しているときはその会長室で行われていたが、原告が出社していないときは、本件Hマンションや宿泊先のホテルにファックスする方法で行われていた。また、Kは、M社本店において、原告から直接又は電話で、M社や国外関連法人の業務に関し様々な指示を受けていた。(前提事実(1)イ、乙7、8、12の1、13、原告本人)
 イ M社の従業員は原告の住所を本件Hマンションであると認識していた(乙7、8)。平成27年当時も、原告がM社に出社する際や、東京や海外へ行く際などは、M社の運転手が、車で本件Hマンションまで原告を迎えに行っていた(乙7〜10)。また、M社内部では、原告に係る秘書業務マニュアルが作成されていたところ、平成27年10月に変更・追加された本件秘書業務マニュアル(乙9)には、原告の自宅は本件Hマンションであること、日課として、毎朝原告の出張の有無にかかわらず幹部スケジュールを作成し、原告の出張時以外は本件Hマンションにファックス送信すること、原告がM社本店に出社する場合の会長室の準備・片付けの方法などが記載されている。
 ウ 原告は、平成27年当時、S社及びP社から別表12のとおり役員報酬を得ていた(ただし、役員報酬を得ていた時期は、S社については同年2月まで、P社については同年3月以降である。)。一方、M社を含むその余の法人からは役員報酬を得ていなかった。(甲10、18、原告本人)
(4)ア 原告は、平成27年頃、当時既に事業を行っていなかったS社を解散により消滅させようと考えた(原告本人)。
 イ 平成27年5月29日、M社本店において、S社の取締役会(本件取締役会)が開催され、原告のほか、平成18年11月にS社の役員に任命された長女の代理人として妻が出席した(乙2、15)。本件取締役会の議事録(乙15)は英語で作成されているところ、そこには、S社を解散し、清算人として本件清算人を指名し、本件清算人にS社の全ての現物資産を株主に対して分配する権限を与える旨の特別決議(本件清算決議)を付議するため、速やかに臨時株主総会を招集することが可決された旨の記載があり、同議事録には、議長として原告の署名がある。なお、本件清算人は、シンガポールの司法書士である。(原告本人)
 ウ 平成27年6月8日、M社本店でS社の臨時株主総会(本件臨時株主総会)が開催され、原告のほか、長女の代理人として妻が出席し、原告が議長を務めた。本件臨時株主総会の議事録(本件議事録)は英語で作成されているところ、そこには本件清算決議がされた旨の記載があり、議長として原告の署名がある。(前提事実(2)イ、甲14、原告本人)。
 エ 平成27年11月3日、シンガポールにおいてS社の最終の株主総会(本件最終株主総会)が開催され、本件清算人並びに原告及び長女の各代理人が出席し、本件清算に係る残余財産の分配につき可決された(乙16)。
 オ 本件清算人は、平成27年11月3日付けで、原告に対し、本件分配通知書を送付した。本件分配通知書には、英語で、本件臨時株主総会における特別決議により本件清算人はS社の余剰資産の全てを株主に現物分配する権限を与えられたこと、同権限に従って、同日、S社のP社に対する本件債権(帳簿上の価額は666万8682アメリカドル)の現物分配を決定したこと等が記載されていた。本件分配通知書下部には英語でS社から上記の現物分配を受け取ったことを認める旨の記載があり、受取人の署名欄があるところ、原告は同欄に署名をした。(前提事実(2)ウ、乙3、原告本人)
 カ 上記のとおり、本件取締役会の議事録、本件臨時株主総会の議事録(本件議事録)及び本件分配通知書は英語で記載されているところ、原告は平成27年当時、シンガポールにおいて、R社等の業務を行う際に英語を使うこともあった(原告本人)。
 キ S社のBusiness Profileには、平成27年6月8日に任意解散したことや、本件清算人の氏名等が登記されている(乙22)。
(5)2015年(平成27年)12月31日時点のP社の貸借対照表(甲16)の資産(Assets)の部には、流動資産(Current assets)合計1407万9065アメリカドル、非流動資産(Non-current assets)合計806万3920アメリカドル、資産合計2214万2985アメリカドルである旨の記載があり、純資産と負債(Equity and Liabilities)の部には、流動負債(Current liabilities)合計431万5398アメリカドル、株主に帰属する資本(Equity attributable to equity holders)合計1782万7587アメリカドル、純資産負債合計2214万2985アメリカドルである旨の記載がある。また、上記株主に帰属する資本の内訳は、資本金(Share capital)439万2800アメリカドル、繰越損失(Accumulated losses)−1953万9146アメリカドル、資本準備金(Equity reserve)3297万3933アメリカドルである(甲16)。また、P社は、少なくとも平成27年1月分から平成29年8月分までの役員報酬を役員に対して支払っており、原告も平成27年3月以降これを受け取っていた(乙24の1)。
(6)原告は、日本において、平成17年に、平成14年分の所得税に係る更正処分を受け、度々滞納処分の執行を受けていたところ、平成27年時点においてもその滞納額は本税のみでも16億円を超えていた(甲11、弁論の全趣旨)。
2 争点(1)(平成27年において、原告は所得税法上の居住者に該当するか。)について
(1)所得税法2条1項3号は、「国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人」を「居住者」とするところ(関係法令(1)ア)、同号にいう「住所」とは、生活の本拠、すなわち、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり、一定の場所がある者の住所であるか否かは、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきものと解するのが相当である(最高裁平成20年(行ヒ)第139号同23年2月18日第二小法廷判決・裁判集民事236号71頁参照)。
  そして、客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かは、滞在日数、住居、職業、生計を一にする配偶者その他の親族の居所、資産の所在等を総合的に考慮して判断するのが相当である。
(2)前記認定事実によれば、原告の平成27年における日本での滞在日数は271日であり1年間のうち約74%にも及んでいたこと、原告と生計を一にする妻の同年における日本での滞在日数は339日であり1年間のうち約92%に及んでいたこと、原告は、日本での滞在期間中は、妻が所有する本件Hマンションにおいて妻と共に起居しており、日本年金機構に対しても原告の住所は本件Hマンションであると申告していたことが認められる(認定事実(2)ア〜ウ)。
  また、原告は平成27年当時、本件Hマンションと同じく○○県A市内を本店所在地とするM社の取締役を務め(前提事実(1)イ)、M社の最終的な意思決定者でもあったところ、M社の従業員らは原告の住所を本件Hマンションと認識しており、原告は、基本的に、M社本店ないし本件Hマンションにおいて、M社や国外関連法人に係る業務上の報告等を受け、必要な指示を出していたものと認められる(認定事実(3)ア、イ)。
  以上に照らせば、原告は平成27年当時、本件Hマンションを中心にして日常生活を過ごし、M社及び国外関連法人の業務に携わっていたものであり、生活の本拠たる住所が国内にあったことは明らかである。
(3)原告は、平成27年当時、①シンガポールのPermanent Residentであり、シンガポールのアパートを賃借し、公共料金の支払もしていた、②R社の代表者としての業務をシンガポールで行っており、S社及びP社のみから役員報酬を得ていた、③原告は日本でほとんど資産を有しない反面、シンガポールやアメリカに主な財産を有していた、などと主張して、原告の住所は日本ではなく、シンガポールにあったと主張する。
  しかしながら、平成27年において、原告の日本での滞在日数は前記のとおり271日であるのに対し、アメリカ以外の国外での滞在日数は77日にすぎず、その中にはバンコクやパリから帰国した際の滞在日数も含まれていることからすると(認定事実(2)ア、別表1−1・2参照)、原告のシンガポールでの滞在日数は更に少ないものであったと考えられる(なお、妻についていえばアメリカ等に短期間滞在した事実は認められるものの、シンガポールに滞在した事実はうかがわれない〔認定事実(2)イ、別表2−1・2〕。)。また、前記のとおり、原告は、本件各シンガポール法人の業務に関しても、基本的には、M社本店ないし本件Hマンションで報告を受け、指示を出していたものと認められる上、平成27年にM社本店で開催されたS社の本件取締役会及び本件臨時株主総会には原告自らが出席する一方で、同年にシンガポールで開催されたS社の本件最終株主総会には代理人をして出席させている(認定事実(4)イ、ウ、エ)。以上に加えて、原告が国内にほとんど資産を有していないのは過去に滞納処分の執行を度々受けていたからであり(認定事実(6))、原告の生活の本拠が日本になかったことを必ずしも意味しないことからすれば、原告が主張する上記各事情をもってしても、原告の住所が日本ではなくシンガポールにあったということはできない。
(4)以上によれば、平成27年において、原告は所得税法上の居住者に該当するものと認められる。
3 争点(2)(原告に本件配当所得があったか〔本件清算決議は無効か。〕。)について
(1)前記認定事実によれば、原告は、S社を解散により消滅させようと考え(認定事実(4)ア)、本件取締役会において、本件清算決議を付議するために本件臨時株主総会を招集する旨の決議に賛成し、その議事録に議長として署名し(同イ)、本件臨時株主総会において本件清算決議に賛成し、本件議事録に議長として署名し(同ウ)、本件清算決議に基づき本件清算人が原告に対して送付した本件分配通知書にも受取人として署名をし(同オ)、S社のBusiness Profileにも任意解散し清算された旨が登記されたというのであり(同キ)、以上のような事実経過に加え、現在に至るまでの間、本件清算決議が無効であることを前提として上記登記された情報を是正するための手続がとられた形跡もうかがえないことからすれば、本件清算決議にこれを無効とすべきような瑕疵があるとは認められない。
(2)原告は、S社の清算によって金銭等の財産を受け取っていないにもかかわらず課税されるのであれば、ただ支出を伴うだけの手続になってしまうため、あえて清算の手続を選択する理由はなかったと主張するが、本件清算をしたことによって原告が意図せず課税されたとしても、それが本件清算決議の無効事由になり得ないことは明らかである。原告は、S社をP社に吸収合併させることを考えていたのに、S社の担当者が原告の指示を理解せず清算手続を選択し手続を進めたなどと主張するが、そのような主張を裏付ける証拠はない。原告は、英語で書かれた本件議事録や本件分配通知書につきその内容を理解せずに署名したかのような主張もするが、原告は平成27年当時、R社等の業務を行うに際し英語も使っていたというのであり(認定事実(4)カ)、本件議事録や本件分配通知書の内容を理解せずに署名したとはにわかに考え難く、原告の上記主張も採用することができない。
(3)以上のとおりであるから、本件清算決議が無効であるとは認めることができず、本件清算決議が無効であることを前提とした原告の主張は採用することができない。よって、原告は本件清算に伴う本件分配として本件債権を取得したものといえるから、本件配当所得があったものと認められる。
4 争点(3)(本件債権の価額)について
(1)所得税法上、各種所得の金額の計算において、金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合は、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額をもって収入金額とする旨を定めており、当該価額とは、当該物若しくは権利を取得し、又は当該利益を享受する時における価額、すなわち時価によって評価するものと定められている(関係法令(1)ウ)。そして、金銭債権とは、その債務者に当該債権の回収が不能となるような事由が生じていない限り、その額面金額の全額の支払を受け得るものであるから、金銭債権をもって収入する場合の金銭債権の時価とは、当該債権を取得した時点においてその債務者に上記のような事由が生じていない限り、当該債権の額面金額であると解すべきである。
(2)前記認定事実によれば、平成27年の末日時点のP社の貸借対照表上、資産が負債を大幅に上回っている上、P社は、少なくとも平成27年1月から平成29年8月までの間役員報酬を支払っており、P社の役員である原告も実際にこれを受け取っていたことが認められる(認定事実(5))。以上によれば、原告が本件分配として本件債権を取得した平成27年11月3日時点において、P社に、本件債権の回収が不能となるような事由が生じていたとは認められない。
  この点、原告は、平成27年末時点のP社の貸借対照表のうち、Equity reserveの金額である3297万3933アメリカドルは、P社の原告に対する債務の価額であり、本来はその負債に計上すべきものであって、実際には本件分配がされた時点においてもP社は債務超過の状態であったと主張する。しかしながら、Equity reserveとは、P社の説明によっても予見可能な将来において支払が計画されておらず、支払がされる可能性も低いために資本の一部を形成するものであるというのであり(甲17、乙34)、全証拠によっても、P社が本件分配時において債務超過であったという事実を認めるに足りない。
(3)以上によれば、本件分配時点における本件債権の時価は、その額面どおりの666万8682アメリカドルであったというべきである。
5 本件各処分の適法性について
 前記2のとおり、原告は平成27年において、所得税法上の居住者に該当し、全ての所得に所得税が課されるものであるところ、前記3及び4のとおり、原告は本件配当所得として時価666万8682アメリカドルの本件債権を取得したものであるから、原告の平成27年分の所得税等の金額は別紙2の1記載のとおりとなり、本件決定処分における税額と同額である。また、以上によれば、原告は平成27年分の所得税等について納税申告書を提出する義務があったのにこれを提出しなかったものであり、そのことについて正当な事由があるとは認められないから、通則法66条1項に規定する無申告加算税の賦課に係る要件を満たすところ、原告は、平成27年12月31日時点においてその価額の合計額が5000万円を超える国外財産を有していたのに、国外送金法所定の国外財産調書を提出しなかったものであるから(前提事実(3)、(4)ア)、原告の平成27年分の所得税等に係る無申告加算税の金額は別紙2の2記載のとおりとなり、本件賦課決定処分における税額と同額である。
 したがって、本件各処分は適法である。

第4 結論
 以上によれば、原告の請求にはいずれも理由がないから、これらを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第51部
裁判長裁判官 岡田幸人
裁判官 溝渕章展
裁判官釜村健太は、異動のため署名押印することができない。
裁判長裁判官 岡田幸人

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