解説記事2022年11月07日 論考 SMBC日興証券相場操縦事件のエンフォースメント(2022年11月7日号・№953)
論考
SMBC日興証券相場操縦事件のエンフォースメント
神奈川大学法学部教授 葭田英人
1 はじめに
証券取引等監視委員会は、不正な株取引をしたとして、金融商品取引法違反(相場操縦罪)で、法人としてのSMBC日興証券と、元副社長ら元幹部6人を東京地検特捜部に告発し、同特捜部は4月13日に起訴した。金融商品取引法(以下、金商法という。)で最も罰則が重い相場操縦罪に問われた、金融史上前例を見ない事件に発展した。
2020年秋、神奈川県地盤の中堅百貨店株を対象とし相場操縦で行政処分が下った投資家の不正調査がきっかけで発覚した。今後の事件の全貌解明の結果によっては株式市場が大きく変化することになるかもしれない。
具体的には、ブロックオファー取引における買い支えは、自社の資金で利益を出すために、安値の株式を買う純粋な投資判断としての通常取引と区別しにくく、自己資金での売買ルールの規制強化により通常取引自体やりにくくなるおそれがある。さらに、ブロックオファー取引の仕組み自体に何らかの規制を設ける可能性があり、証券会社がブロックオファー取引による株式を顧客に提供しにくくなるおそれもある。また、売買を誘引する取引でなくブロックオファー取引を成立させるための取引で、本来の株価を維持するための買い支えである場合も違法となるのか等が課題となるであろう。
また、内部管理システムの不備は否定できず、リスク管理体制の甘さが問われることになる。今後の取引の正常化は難しく、業績への影響が懸念される。さらに、親会社として役員等を送り込んできた三井住友フィナンシャルグループの監督責任も問われることになるであろう。
つまり、親会社の取締役による子会社の監督の職務の範囲が不明確であることから、会社法に明文の規定を設けることはできない。しかし、現行の会社法の解釈論として、親会社の取締役は、その親会社に対して負う善管注意義務の内容として、その子会社の業務を監督する責任・義務を負っているという見解が支配的である。したがって、子会社の取締役の選任を含め、グループ全体としてガバナンスが機能していなかったとして親会社の監督責任が問われることになる。いずれにしろ、金融グループとしての不信感が高まることになりかねない事態である。
そこで、金商法で禁止されている相場操縦行為とその罰則について検討し、法人として処罰を受けた場合、金商法の両罰規定に基づく法人の罰金・課徴金について、同事件を通して、法人処罰の特徴を明らかにし、そのあり方を考察する。さらに、当該事件において行われたブロックオファー取引の違法性について検討する。
2 SMBC日興証券相場操縦事件の概要
2022年3月24日、本件相場操縦事件で、東京地検特捜部は不正に株式を買い支えたとして金商法違反の疑いで同社および元幹部5人を起訴した。さらに、4月13日、元副社長を起訴し、同社および元幹部を追起訴した。
組織的な関与を重くみて、同社の社内管理体制が改めて問われ、3月25日、金融担当大臣も行政処分を検討する考えを示している。大手証券会社が金商法違反の容疑で刑事告発されるのはきわめて異例のことである。
容疑は相場操縦行為のうちの「安定操作取引」で、株価を取引が終了する間際にかけて一定の幅に固定した疑いである。多くの株式を市場で売却しようとすると、株価が値崩れを起こすことになる。そこで、同社が、取引時間外に多くの株式を売却したい大株主からいったん買い取って、時間外に別の投資家を募り売却するブロックオファー取引を行った。
ブロックオファー取引では、大株主から買い取った金額と別の投資家に売却する金額の差額が同社の利益となる。同社が売り注文を受ける際、その日の終値を基準に売買価格を設定することから、終値が低ければ売り手の大株主は売却をキャンセルするおそれがある。そこで、ブロックオファー取引の買取価額が下がらないよう市場で対象銘柄の不正な買い支えを行い、組織的に株価を維持しようとしたのではないかとの疑いが持たれている。
SMBC日興証券の内部の売買審査部門でチェックシステムが機能していなかったことから、社内では、一連の取引が違法であると認識されていなかったようである。しかし、自然な株価形成をゆがめ、投資家の不信感を招いた責任は重大である。一方、社内の自己売買部門が投資判断として対象銘柄の買い取りを行ったのか、意図的に買い支えを行ったのか立証する必要がある。
3 相場操縦行為の禁止
(1)金商法で禁止されている相場操縦行為
相場操縦行為とは、自然な需給関係により公正な価格形成が行われるべき相場において、意図的、人為的に相場を歪める行為であり、相場操縦行為者は、金商法により刑罰や課徴金などの罰則が科される。金商法で禁止されている相場操縦行為には、仮装売買、馴合売買、変動操作、市場操作情報の流布、虚偽情報による相場操縦、安定操作などがある。
① 仮装売買
仮装売買とは、特定の株式の売買が盛んに行われていると第三者に誤解を生じさせ、取引を誘引することを目的として、自らの売注文と買注文を同時に発注し約定させる、権利の移転や金銭の授受等を目的としない仮装の売買取引のことをいう(金商法159条1項1号〜3号、9号)。
② 馴合売買
馴合売買とは、ある特定の株式の売買が頻繁に行われていると他の投資家に誤解させ、取引を誘引することを目的として、売主と買主が通謀して、同じ時期に同じ価格で売買注文を行う取引のことをいう(金商法159条1項4号〜8号、9号)。
③ 変動操作
変動操作とは、有価証券の売買取引を誘因する目的で相場を変動させる一連の売買取引のことをいう(金商法159条2項1号)。「有価証券の売買取引を誘因する目的」とは、人為的に操作を加えて相場を変動させて、投資家に需給関係により相場が形成されているものと誤認させ、売買取引に誘い込み、株価を上昇させ自分は売り抜けて儲けることを目的とするものである。
④ 市場操作情報の流布(風説の流布)
市場操作情報の流布とは、ある特定の株式の相場変動を図ることを目的として、証券取引や上場会社等に関する事実関係の確認されていない情報や合理的な根拠に基づかない噂を流布することをいう(金商法159条2項2号)。
⑤ 虚偽情報による相場操縦
虚偽情報による相場操縦とは、有価証券の売買取引等を行うにつき、取引を誘引する目的をもって、重要な事項について、虚偽の表示や誤解を生む表示を故意に行うことをいう(金商法159条2項3号)。
⑥ 安定操作
安定操作とは、有価証券の売買取引を誘因する目的で相場を変動させ、他人を引き込んで、自分は売り抜ける一連の売買取引ではなく、需給関係に基づく株価形成に反して、株価を安定させる取引である。「何人も、政令で定めるところに違反して、取引所金融商品市場における上場金融商品等又は店頭売買有価証券市場における店頭売買有価証券の相場をくぎ付けし、固定し、又は安定させる目的をもつて、一連の有価証券売買等又はその申込み、委託等若しくは受託等をしてはならない。」と規定されている(金商法159条3項)。
しかし、「安定操作取引は、有価証券の募集若しくは特定投資家向け取得勧誘又は有価証券の売出し若しくは特定投資家向け売付け勧誘等を容易にするために、取引所金融商品市場又は店頭売買有価証券市場において一連の有価証券売買等を行う場合でなければしてはならない。」と定められている(金商法施行令20条1項)。
つまり、1度に大量の株式を市場に送り出した場合、供給過剰となり株価が下落し、有価証券の募集・売出し等が困難になるため、引受証券会社は株価が下がりそうになると買い戻すことが認められている。有価証券の募集・売出し等を円滑に行う目的で買い支え等の売買を行って価格の安定を図る取引については、一定の要件の下で金商法上認められており、東証においても実施されている。このような安定操作取引が行われた場合は、東証ウェブサイトにおいて安定操作届出書や安定操作報告書を公表する必要がある。
なお、一定の要件とは、安定操作取引について、有価証券に係る目論見書または特定証券等情報に記載または記録し(金商法施行令21条)、安定操作有価証券を上場する各金融商品取引所または安定操作有価証券を登録する各認可金融商品取引業協会への届出をすることである(金商法施行令21条)。
(2)相場操縦行為に関する罰則
① 金商法違反(刑事罰)
相場操縦行為を行った場合には、10年以下の懲役もしくは1,000万円以下の罰金またはそれらが併科される(金商法197条1項)。また、財産上の利益を得る目的で相場操縦行為を行い、相場を変動または固定させる取引を行った場合には、10年以下の懲役および3,000万円以下の罰金が科される(金商法197条2項)。さらに、法人が関与した場合には、その法人に関係する個人だけではなく、法人自体にも7億円以下の罰金が科される(金商法207条1項1号)。なお、相場操縦行為により財産を得た場合には、その財産は没収される(金商法198条の2)。
② 法人処罰と両罰規定
企業犯罪が行われた場合、役員等だけでなく、役員等と関係がある法人を処罰する旨の「両罰規定」を置くことが多い。法人である会社に懲役や禁固刑を科しようがないため、会社に科される刑は、罰金のような財産刑に限られる。不正競争防止法では上限を10億円とする罰金が、金商法では上限を7億円とする罰金が科されることが規定されている。
法人処罰に関して、両罰規定に基づく法人の責任の根拠が問題であり、法人の行為なのか、役員等の行為なのか、役員等の責任と法人の責任の関係をどのように捉えるべきかを明らかにする必要がある。
役員等の違法行為によって会社が利益を得た場合には、両罰規定の適用は認められると思われるが、役員等の違法行為によって会社が損失を被った場合には、役員等の違法行為により行われた犯罪を、両罰規定により法人も処罰されることの妥当性が問題となる。つまり、法人の行為ではなく、役員等の違法行為により行われた犯罪であり、両罰規定により損失を被った法人も処罰されることは妥当ではないと思われる。
本件の場合は、ブロックオファー取引により会社が利益を得ていることから両罰規定の対象になるであろうが、法人が支払った罰金や課徴金については、役員等としての善管注意義務違反に当たらない場合には、役員等の損害賠償責任は生じないが、役員等の善管注意義務違反があった場合には、役員等が職務上の義務を怠ったために生じた法人の損害(法人が支払った罰金や課徴金)であることから、法人は役員等に対して当該金額相当額の損害賠償請求をすべきである。
4 SMBC日興証券のブロックオファー取引の違法性
本件ブロックオファー取引は、有価証券の売買取引を誘因する目的で相場を変動させる一連の相場操縦行為ではない。しかし、有価証券の相場をくぎ付けし、固定し、または安定させる目的をもって、有価証券の売買等を行う安定操作には該当する。しかも、ブロックオファーでの購入者が、買値の基準となる取引日の終値を下落させるために空売りを行ったことから、株価の下落を防止する目的で、社内の自己売買部門が買い支えを行ったとすると、1度に大量の株式が市場に出回った場合、供給過剰となり株価が下落し、有価証券の募集・売出し等が困難になることを防止するため、引受証券会社は株式を買い戻すことが認められている安定操作取引と同様である。ただし、有価証券の募集・売出し等を円滑に行う目的で買い支え等の売買を行って価格の安定を図る取引については、一定の要件の下で金商法上認められている。
前述のように、一定の要件である届出や報告等の手続がなされている場合には安定操作取引が認められている。安定操作取引を行う際には、投資家に情報を開示する必要があるからである。たしかに、SMBC日興証券のブロックオファー取引により損失を受けた者はいなかったようであるが、この取引は、所定の手続(届出や報告等)を行っていなかったことから違法性が問われている。やはり、所定の手続を経ずに、需給関係に基づいた株価形成をゆがめ、市場の公平性を阻害した責任は重大である。
5 むすび
SMBC日興証券のブロックオファー取引は、金商法で禁止されている相場操縦行為の一類型として、需給関係に基づく株価形成に反して、株価を安定させる安定操作にあたる。今後、刑事罰または行政処分および経営責任が焦点となる。また、ブロックオファー取引に関連する規制も、さらに具体的に明確化する必要がある。
なお、本件において、相場操縦行為によって、被告人である役員等が有罪となった場合、その刑事責任は、10年以下の懲役もしくは1,000万円以下の罰金または併科となると思われる。また、SMBC日興証券が法人として受ける罰金は7億円以下となるであろう。しかし、法人自身が両罰規定により支払う罰金・課徴金について、そのあり方を根本的に検討する必要がある。
私見としては、役員等の違法行為により法人が利益を取得した場合には、法人自身を両罰規定の対象とすべきであろうが、法人が役員等の違法行為により損失を与えられた場合には、法人自身も被害者であることから、法人自身を両罰規定の対象とすべきではないと考える。なお、法人自身が両罰規定により支払った罰金・課徴金および法人が役員等の違法行為により被った損失については、違法行為に関与した役員等の経営責任に起因する場合には、法人は役員等に対して当該金額相当額の損害賠償請求をすることは当然のことであろう。
一方、ブロックオファー取引での購入者が、買値の基準となる取引日の終値を下落させるために空売りを行ったことから、株価の下落を防止する目的で防戦買いを行ったとすると、自然な株価を維持するために、意図的・人為的に相場を歪める行為に対抗した行為とも考えることができる。ブロックオファー取引が行われることを知って空売りすること自体は違法ではないにせよ、適切な取引であるとはいえない。裁判所が、どのような判示をするのか、今後の裁判の行方に注目したい。
なお、金融庁は2022年10月7日、SMBC日興証券に対して、3か月の一部業務停止命令と内部管理体制の強化を求める業務改善命令を出した。さらに、三井住友銀行との間で、顧客企業の同意を得ずに非公開情報を共有したとして、金商法に定めるファイアウォール規制に違反するとして業務改善命令を出した。また、親会社の三井ファイナンシャルグループにも、子会社の経営管理に問題があったとして監督責任を問う異例の改善措置命令を出した。
葭田英人 よしだ ひでと
筑波大学大学院修了。専門分野は、会社法・税法・信託法。近著は『コーポレートガバナンスと社外取締役・社外監査役』(三省堂・2020)、『会社法入門(第六版)』(同文舘出版・2020)、『合同会社の法制度と税制(第三版)』(税務経理協会・2019)など。
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