解説記事2023年01月16日 特別解説 日本企業による会計監査人交代の理由(臨時報告書における開示例) その2(2023年1月16日号・№962)
特別解説
日本企業による会計監査人交代の理由(臨時報告書における開示例) その2
はじめに
本稿では、前回に引き続き、会計監査人の交代を行った会社が臨時報告書で行った開示を、 会計監査人交代の理由(異動の決定または異動に至った理由及び経緯)を中心に紹介することとする。なお、本稿での調査分析の対象とした臨時報告書は、2022年4月4日から9月末日までの間に提出されたものである。
臨時報告書における開示例(類型別の分類)
本稿では、以下の各社の事例を取り上げる。
(1)会計上の不祥事等に起因する会計監査人の交代
・アクアライン
・メタリアル
・オウケイウェイヴ
(2)金融庁による監査法人に対する処分に起因する会計監査人の交代
・ブロードメディア
・極楽湯ホールディングス
・ドミー
(3)会社が定期的に監査法人の入札等を行っていることに起因する会計監査人の交代
・第一稀元素化学工業
・東海東京フィナンシャル・ホールディングス
具体的な開示例
(1)会計上の不祥事等に起因する会計監査人の交代
① アクアライン 臨時報告書 2022年5月10日提出
有限責任監査法人トーマツから監査法人やまぶきに変更
株式会社アクアラインは、東証グロース市場に上場する、水道全般の工事や修理を業とする企業である。臨時報告書における開示の内容は次のとおりであった。
当社の会計監査人である有限責任監査法人トーマツは、2022年5月31日開催予定の第27期定時株主総会終結の時をもって任期満了となります。
当社は、2021年12月3日付の「第三者委員会の調査報告受領に関するお知らせ」にて公表した第三者委員会の調査結果を踏まえ、2021年12月15日付「再発防止策の策定及び新たな事業開始に関するお知らせ」にて公表した再発防止策に基づきコンプライアンス体制の構築・強化及び事業モデルの再考を視野に入れた改革等を進めている最中であります。
このような状況において、有限責任監査法人トーマツの継続監査期間が長期にわたっていること、かつ、監査費用等が増加傾向にあることを踏まえ、当社の事業規模に適した監査対応、監査報酬の相当性等について検討した結果、監査法人やまぶきを新たな会計監査人として選任することといたしました。
② メタリアル 臨時報告書 2022年5月13日提出
監査法人アヴァンティアからフロンティア監査法人に変更
株式会社メタリアルは、東証グロース市場に上場する、自動翻訳の開発及び販売を行う企業である。2021年9月までは「ロゼッタ」という社名であった。臨時報告書における開示の内容は次のとおりであった。
当社の会計監査人である監査法人アヴァンティアは、2022年5月26日開催予定の第18期定時株主総会終結の時をもって任期満了となります。
当社は、2021年11月30日付の「特別調査委員会の調査報告書公表に関するお知らせ」にて公表した特別調査委員会の調査結果を踏まえ、2021年11月30日付で関東財務局長宛に過年度の有価証券報告書等の訂正報告書を提出しております。加えて、特別調査委員会からの提言を踏まえ、経営改善へ向けた具体的な再発防止策を策定し、株式会社東京証券取引所に2022年1月31日付で改善報告書を提出し、その防止策に基づき、新たな内部統制の整備及び運用体制の構築を進めている最中であります。
このような状況において、監査法人アヴァンティアの継続監査期間は2022年2月期を含めてすでに5期が経過しており、当社では内部統制を再構築するにあたって、新たな視点を取り入れることで、従来よりも多角的に内部統制を構築できるものと考え、監査法人アヴァンティアと協議を行い、上述の方針について合意を得られたことから、新たにフロンティア監査法人を会計監査人として選任することといたしました。
③ オウケイウェイヴ 臨時報告書 2022年4月28日提出(2022年5月24日に臨時報告書の訂正報告書を提出)
南青山監査法人から、柴田洋氏、大瀧秀樹氏に変更
株式会社オウケイウェイヴは、名証ネクスト市場に上場するナレッジコミュニティを運営する企業である。臨時報告書における開示の内容は次のとおりであった。
なお、会社は、2022年4月28日付で会計監査人交代に関する臨時報告書を提出したが、約1か月後の5月24日に、より記載内容を具体的かつ詳細にした訂正報告書を提出した。
(2022年4月28日付の開示内容)
当社は、2022年4月19日付で開示しております「債権の取立不能または取立遅延のおそれに関するお知らせ」の件について、現在、監査役会を中心に事実関係を調査するとともに、弁護士を交えて債権回収に向けた対応の検討を行っております。
上記の件につき南青山監査法人から、事実関係が不透明なため監査契約を継続しない意向である旨が伝えられ、今後の監査対応等について協議しました結果、2022年4月28日付で同監査法人との監査及び四半期レビュー契約を合意解約することとなりました。
(以下略)
(2022年5月24日付で訂正後の開示内容)
下線部分が訂正(加筆)部分
当社は、2022年4月19日付及び5月6日付の適時開示、並びに5月23日付の臨時報告書等で開示しております「債権の取立不能または取立遅延のおそれに関するお知らせ」の件について、5月9日付で弁護士・公認会計士から構成される調査委員会を立ち上げ事実関係を調査するとともに、弁護士を交えて債権回収に向けた対応の検討を行っております。
これに関連して南青山監査法人から、Raging Bull合同会社との取引について、2022年6月期第1四半期及び第2四半期のレビューの際に、与信管理の強化及び証跡の提出を求められており、当社から当該取引先に対しても与信管理に必要な情報等の提供及び証跡の提出を、四半期決算ごとに依頼していたにも関わらず情報の提供等がなされていない状況が継続しておりました。このため、同監査法人から事実関係が不透明なことに加え、当該取引先からの情報提供が不足しており与信管理において不十分な現状においては、監査手続を続行することは困難であり監査契約を継続しない意向である旨が伝えられ、今後の監査対応等について協議しました結果、2022年4月28日付で同監査法人との監査及び四半期レビュー契約を合意解約することとなりました。
本事例のように、会計上の不祥事や、会社と会計監査人との間での見解の相違があったことが伺えるような場合には、会社が会計監査人交代の開示を行うにあたって、交代の理由や経緯を定型的に記載するのではなく、より具体的かつ詳細な開示が求められることに留意しなければならないであろう。
(2)金融庁による監査法人に対する処分に起因する会計監査人の交代
2022年に入ってから公認会計士・監査審査会(CPAAOB)による中小監査法人への処分勧告が以下のとおり相次いでおり、それに伴った会計監査人の交代も行われている。
① 仁智監査法人:CPAAOBの勧告:2022年1月21日、処分決定:同年5月31日
・契約の新規の締結に関する業務の停止1年(令和4年6月1日から令和5年5月31日)
・業務改善命令(業務管理体制の改善。)
② UHY東京監査法人:CPAAOBの勧告:2022年4月1日 処分決定:同年6月30日
・業務改善命令(業務管理体制の改善。)
③ 監査法人ハイビスカス:CPAAOBの勧告:2022年6月3日
これらの監査法人が監査を担当していた上場企業のうちの一部は、処分を契機として会計監査人の交代に踏み切っている。特に中堅規模以下の監査法人にとっては、規制当局による処分等は被監査会社による監査契約の解除に直結し、対応を誤ると法人としての存続の危機に立たされかねない。また、たとえ4大監査法人であっても、中央青山(みすず)監査法人や新日本監査法人が行政処分によって多くの被監査会社を喪失し、大きなダメージを受けたような事例も過去に生じている。
色々なAQI(監査法人に所属する社員・職員が受講した研修時間や監査のために投入した時間等の監査の品質を評価するための指標)があるとはいえ、監査や監査法人の品質を外部から評価することはまだまだ難しい。こういった状況で規制当局から行政処分を受けることによるレピュテーショナル・リスクは、規模の大小を問わず、監査法人にとって最も留意しなければならない問題の一つであろう。
① 石垣食品 臨時報告書 2022年6月3日提出
仁智監査法人から監査法人まほろばに変更
石垣食品株式会社は、東証スタンダード市場に上場する、水出し麦茶を最初に開発したことで知られる食品メーカーである。会社は、臨時報告書において次のような開示を行った。
当社の会計監査人である仁智監査法人は、2022年6月29日開催予定の第65期定時株主総会終結の時をもって任期満了となること及び、2022年1月21日付で公認会計士・監査審査会より金融庁長官に対して同監査法人について公認会計士法第41条の2の規定に基づく勧告があったことを受けて、同監査法人を再任しないこととし、新たな会計監査人の選任をするものであります。
監査等委員会が監査法人まほろばを候補者とした理由は、同監査法人の規模、品質管理体制、独立性及び専門性等を総合的に勘案した結果、適任と判断したためであります。
② 極楽湯ホールディングス 臨時報告書 2022年7月26日提出
UHY東京監査法人から監査法人アリアに変更
株式会社極楽湯ホールディングスは、東証スタンダード市場に上場する、スーパー銭湯の経営を行う企業である。会社は、臨時報告書において次のような開示を行った。
当社の会計監査人であるUHY東京監査法人は、2022年9月下旬までに開催予定の第43期定時株主総会終結の時をもって任期満了となります。当社は、当社グループが属する事業環境が大きく変化していること、2020年3月期連結累計期間から2022年3月期連結累計期間まで継続企業の前提に関する重要事象等が存在したこと等から、継続的に監査工数が想定よりも超過しているため、第43期定時株主総会の終結時をもって退任する旨の意向を受けました。当社は、同監査法人が公認会計士・監査審査会より処分勧告を受けたことも鑑み、同監査法人と誠実に協議した結果、同監査法人と監査契約を継続しないこととし、当該状況を踏まえ、複数の監査法人を候補対象者として検討いたしました結果、会計監査人の変更により新たな視点での監査に加えて、当社グループの主たる事業であるサービス業を営む会社の監査実績を有しており当社グループの事業活動に対する理解に基づく監査が期待できること及び会計監査人に必要とされる専門性・独立性・品質管理体制等を有していること等を総合的に勘案して、新たに監査法人アリアが候補者として適任であると判断いたしました。
③ ドミー 臨時報告書 2022年8月29日提出
監査法人ハイビスカスからロイヤル監査法人に変更
株式会社ドミーは、愛知県の三河地方を中心にスーパーマーケットを運営する企業である。会社は、臨時報告書において次のような開示を行った。
当社の会計監査人である監査法人ハイビスカスは、2022年8月26日開催の第81回定時株主総会終結の時をもって任期満了となります。同監査法人は、4年余りにわたり当社の監査を実施してきましたが、2022年6月3日に公認会計士・監査審査会から金融庁に対し、同監査法人に対する行政処分勧告がありました。また、監査法人ハイビスカスより、過去に会社の監査責任者を務めていた公認会計士を含む当社の監査チームメンバーが退職する予定であり、監査人員の確保が困難であるため、監査契約の更新を控えたい旨の申し入れがありました。
当社としましては、当社グループの事業及び事業環境に精通している監査チームメンバーが参画予定であるロイヤル監査法人に監査を依頼することにより、適正な監査体制を継続できること、また、ロイヤル監査法人の今後の新体制における品質管理体制等の取り組みや、双方の引継ぎ業務の負担等の説明を受け、当該内容を総合的に検討した結果、適任であると判断いたしました。
(3)会社が定期的に監査法人の入札等を行っていることに起因する会計監査人の交代
① 第一稀元素化学工業 臨時報告書 2022年5月17日提出
EY新日本有限責任監査法人から、有限責任監査法人トーマツに変更
第一稀元素化学工業株式会社は、東証プライム市場に上場する、自動車排気ガス浄化三元触媒や燃料電池車向けなどのジルコニウム化合物のメーカーである。
会社は臨時報告書における開示の中で、会計監査人の入札制度について次のように説明している(下線部は筆者)。
当社の会計監査人であるEY新日本有限責任監査法人は、2022年6月23日開催予定の第66期定時株主総会終結の時をもって任期満了となります。当社はこれまで同監査法人から適切かつ妥当な会計監査を受けてきたと判断しております。
監査役会は、同一監査法人の再任を継続する中で、監査法人の品質管理体制等について客観的な評価を行う観点から、「会計監査人を再任することの適否の決定手順書」を整備し、諸外国で導入されている監査法人のローテーション制度を参考に「入札制度」を設けました。
監査役会では、「入札制度」に基づき、現任会計監査人を含む複数の監査法人から当社の会計監査に対する提案を受け、比較評価を行いました。その結果、現任の会計監査人の継続監査期間を考慮した上で、当社を変革していくための会計監査には、新たな視点での監査が必要であるとともに、内部統制の高度化、会計監査の迅速化・合理化等への期待等を総合的に勘案し、新たに有限責任監査法人トーマツを会計監査人として選任することを決定いたしました。
② 東海東京フィナンシャル・ホールディングス 臨時報告書 2022年5月18日提出
有限責任監査法人トーマツから有限責任あずさ監査法人に変更
東海東京フィナンシャル・ホールディングス株式会社は証券持株会社であり、東海丸万証券と東京証券を母体とする企業である。
会社は、「会計監査人のローテーション制度導入に関する基本方針」を定め、臨時報告書における開示の中で次のように説明している(下線部は筆者)。
当社の会計監査人である有限責任監査法人トーマツは、第110期定時株主総会終結の時をもって任期満了となります。当社の監査等委員会は、現会計監査人の監査継続年数を踏まえ、会計監査人のローテーション制度を導入すべく、複数の監査法人から提案を受けた上で比較検討した結果、新たに有限責任あずさ監査法人が候補者として適任であると判断いたしました。
監査等委員会は、会計監査人就任から10年経過時点で、監査実績等の評価を踏まえローテーションを検討する、「会計監査人のローテーション制度導入に関する基本方針」を2020年12月21日付で決議しております。
有限責任あずさ監査法人を会計監査人の候補者とした理由は、本方針に基づき、監査に新しい視点(フレッシュ・アイ)を導入することで、馴れ合いとなることがないように質の高い監査を目指し、会計監査の透明性を担保することにより株主の利益に資するため、会計監査人として要求される専門性、独立性、品質管理体制及び監査報酬等を総合的に勘案した結果、当社の会計監査人として適任と判断したものであります。
わが国において、監査法人(会計監査人)のローテーション制度や入札制度は、欧州各国の事例を参考にしつつ、一時は制度化が検討されたものの、最終的には時期尚早として見送られた。ただ、個別の企業レベルで会計監査人のローテーションや入札制度を定め、運用している事例は少なくないと思われる。
おわりに
わが国の上場企業の監査マーケットは、4大監査法人の寡占状態であると長らく言われてきたが、「第6回 監査法人のガバナンス・コードに関する有識者検討会(2022年10月24日)」の資料によると、上場国内会社の監査における会計監査人の規模別シェアは、2017年度と2021年度とを比べると、表1及び表2のようになった。

会社数ベースでは大手監査法人のシェアが下がる一方で準大手監査法人や中小規模監査事務所のシェアが高まっている状況がはっきりと見て取れるが、時価総額ベースではほとんど変動がないという点が興味深い。本稿の前編で見たように、東証スタンダード市場やグロース市場に上場するような、時価総額が比較的低い、いわゆる中堅企業や新興の企業については大手監査法人による契約解除が進んではいるものの、時価総額が大きい、いわゆる優良大規模上場企業の監査については、大手監査法人が引き続き大きなシェアを有しており、牙城は揺らいでいないということが言えそうである。
相対的に規模が小さい・新興の上場企業の監査を今後は中小規模監査事務所が中心的に担ってゆくということになると、中小規模監査事務所のガバナンスやリソース、情報開示等の強化を図ることが必要不可欠ということになろう。
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