解説記事2023年05月01日 特別解説 監査法人のガバナンス・コードの改訂(2023年5月1日号・№977)
特別解説
監査法人のガバナンス・コードの改訂
はじめに
平成29年3月31日、「監査法人のガバナンス・コードに関する有識者検討会」(以下、「検討会」という。)により監査法人のガバナンス・コードが策定されてから約6年が経過した。これまで19の監査法人が「監査法人のガバナンス・コード(以下「ガバナンス・コード」という。)の受入れを表明したが、受け入れた監査法人の内訳をみると、4大監査法人や準大手監査法人といった比較的大規模な監査法人がほとんどを占め、たとえ上場企業等の監査を行っていても、中小規模の監査法人や個人の公認会計士事務所でガバナンス・コードを適用している事例は決して多いとは言えなかった。
こうした中、上場企業等の財務書類について監査証明業務を行う監査事務所に関する登録制度の導入等を内容とする「公認会計士法及び金融商品取引法の一部を改正する法律」が令和4年5月に成立・公布されたほか、これに伴う関連政府令が令和5年1月に公布・施行され、上場企業等を監査する監査事務所は、規模の大小を問わず、ガバナンス・コードに沿った業務を実施する体制や充実した情報開示を行うための体制を整備することなどが義務づけられた。
ガバナンス・コードについては、令和3年11月に「会計監査の在り方に関する懇談会」で取りまとめた論点整理や、令和4年1月に「金融審議会公認会計士制度部会」で取りまとめた報告書において、個別原則の適用に関するコンプライ・オア・エクスプレインの枠組みを維持しつつ、上場企業等を監査する全ての監査事務所にコードの受入れを求めることとされた。その上で、当該コードの内容が、上場企業監査を行う中小監査法人等における受入れにも馴染み、監査法人の規模・特性等に応じた実効性のある内容となるよう見直すとともに、その他改訂すべき点がないか幅広く検討することが望ましいとされた。
このため、金融庁において、令和4年10月から計3回にわたり、検討会が開催されてガバナンス・コード改訂に向けた議論が重ねられ、改訂版の監査法人のガバナンス・コードが取りまとめられた。
本稿では、今回のガバナンス・コードの改訂により、新たに追加、修正された事項を中心に内容を見ていくこととしたい。
今回の主な改訂点(総論)
改訂後のガバナンス・コードも、改訂前のガバナンス・コードと同様に、5つの原則が示されたうえで、それぞれの原則を支える「考え方」と「指針」が示されるという基本構造となっている。
個別の改訂点の説明に入る前に、今回の改訂の主な要点を列挙すると、次のとおりである。
・上場企業等の監査を行う監査法人には、その規模に関わらずより一層高い会計監査の品質を確保するための組織的な体制整備が求められることを強調したこと(原則1)。
・グローバルネットワークへの加盟や他の法人等との包括的な業務提携等を通じてグループ経営を行っている場合に、当該グローバルネットワークやグループと監査法人との関係に関して十分な開示を行うことを求めること(原則1)
・非監査業務の位置付けについての考え方に加えて、利益相反や独立性の懸念に対し、規模・特性等を踏まえて具体的にどのような姿勢で対応を講じているのかを明らかにすべきとしたこと(原則1)
・規模・特性等を踏まえて経営機関を設けないとした場合であっても、組織として、会計監査の品質の確保及びその持続的向上を図る観点から実効的な経営機能を有するべきと強調したこと(原則2)
・規模・特性等を踏まえて監督・評価機関を設けないとした場合であっても、例えば、独立性を有する第三者を業務運営上の会議等に参加させるなど、創意工夫して独立性を有する第三者の知見を活用すべきであるとしたこと(原則3)
・監査法人が外部に説明すべき情報を大幅に拡充したこと(原則5)
以下では、今回の改訂点を個別に見ていくこととする。
今回の主な改訂点(指針・各論)
(1)原則1(監査法人が果たすべき役割)
① 指針1−5
従来のガバナンス・コードでは、監査法人は、法人の業務における非監査業務の位置づけについての考え方を明らかにすべきであるとされていたが(指針1−5)、改訂後はそれに加えて、利益相反や独立性の懸念に対し、規模・特性等を踏まえて、具体的にどのような姿勢で対応を講じているかを明らかにすべきとされた。また、監査法人の構成員に兼業・副業を認めている場合には、人材の育成・確保に関する考え方も含めて、利益相反や独立性の懸念に対してどのような対応を講じているかを明らかにすべきとされた。社員・職員の数が限定され、兼業や副業を行っている事例も相対的に多いと考えられる中小規模の監査法人への適用を念頭に置いた指針の改訂と考えられる。
② 指針1−6
指針1−6は今回の改訂で新設された。監査法人がグローバルネットワークに加盟している場合や、他の法人等との包括的な業務提携等を通じてグループ経営を行っている場合、グローバルネットワークやグループとの関係性や位置付けについて、どのような在り方を念頭に監査法人の運営を行っているのかを明らかにすることを求めている。
わが国の4大監査法人や準大手監査法人が、Big4や中堅規模の国際会計事務所のメンバーファームとなっていることは広く知られているが、中小規模監査事務所においても、国際監査事務所のメンバーファームとなっている事務所や業務提携を行っている事務所、あるいは国内の監査法人や会計事務所同士で提携を行っているケースなど、様々な形態の事例があると思われる。このような関係は、共通の監査ツールの開発やITへの投資等を通じて会計監査の品質の確保やそれを持続的に向上させる効果が期待される半面で、監査法人の意思決定に影響を与えうることなどにより、会計監査の品質の確保やその持続的向上に支障をきたすリスクを生じさせる可能性がある。特に、このような関係が、個々のグローバルネットワークやグループにおける契約等によって構築されているため、その関係性や位置付けが明らかにされていない場合、会計監査の品質の確保やその持続的向上に及ぼす利益とリスクを資本市場の参加者等が十分理解することが困難になるため、監査法人がグローバルネットワークやグループと監査法人との関係に関して十分な開示を行うことは資本市場の参加者等からの監査への信頼性の確保につながるとともに、資本市場の参加者等が、監査法人における会計監査の品質の向上に向けた考え方や取り組みなどを適切に評価するうえで重要であるとされている。
(2)原則2(組織体制)
5人以上の公認会計士(社員)で組織する監査法人は、公認会計士法上、原則としてすべての社員が業務の執行と監視を行うことが想定されており、機関等を設けることは求められていないが、特に上場企業等の監査を担う監査法人は、無限責任監査法人や有限責任監査法人といった法人形態その他の形式的又は実質的な違いに関わらず、会計監査の品質の確保及び持続的向上を図る観点から、実効的な経営機能を有することが必要であるとされた。
また、経営機関の役割の一つとして、デジタル化を含めたテクノロジーが進化することを踏まえた深度ある監査を実現するためのIT基盤の実装化(積極的なテクノロジーの有効活用を含む)に係る検討、整備が明記された(指針2−2)。
(3)原則3
4大監査法人をはじめとする大手・準大手監査法人では、例えば経営評議会といった名称で、法人から独立した立場の第三者を中心とする会議体が監査法人の経営の監督・評価機関として存在することが多いが、人的資源や資金に制約がある中小規模監査事務所ではこのような独立の監督・評価機関を設置することが難しく、これが中小規模監査事務所でのガバナンス・コード受け入れがなかなか進まなかった大きな原因の一つとされていた。
そのため、改訂後のガバナンス・コードでは、外部の第三者、有識者等を中心とする監査法人経営の監督・評価機関の設置を事実上義務付けているかのようなこれまでの記載を改め、規模・統制等を踏まえて、監督・評価機関を設けないとした場合の取扱いを明記した。
今後は、中小規模の監査事務所であっても、例えば、独立性を有する第三者を業務運営上の会議に参加させるなど、創意工夫して独立性を有する第三者の知見や提言を活用することが求められることになる。また、当該第三者に期待する役割や独立性に関する考え方を併せて明らかにすべきともされた。
(4)原則4(業務運営)
この原則は、今回の改訂では大きく変更されていない。「監査法人が果たすべき役割(原則1)」の箇所で、会計監査の品質を持続的に向上させるため、法人の構成員による職業的懐疑心が十分発揮されるよう、適切な動機付けを行う人材育成の環境や人事管理・評価等に係る体制の整備に留意すべきである、とされたことを受けて、「監査法人は、法人の構成員が業務と並行して十分に能力開発に取り組むことができる環境を整備することに留意すべき」旨が追加された(指針4−3)。
(5)原則5(透明性の確保)
監査法人の透明性確保・外部の利害関係者への情報開示については、今回の改訂により指針が大幅に拡充された。
① 指針5−2
指針5−2では、監査法人は、品質管理、ガバナンス、IT・デジタル、人材、財務、国際対応の観点から、規模・特性等を踏まえ、以下の項目について説明すべきであるとされた。
(下線を引いた部分が今回の新設・改訂された部分)
・会計監査の品質の持続的な向上に向けた、自ら及び法人の構成員がそれぞれの役割を主体的に果たすためのトップの姿勢
・法人の構成員が共通に保持すべき価値観及びそれを実践するための考え方や行動の指針
・監査法人の中長期的に目指す姿や、その方向性を示す監査品質の指標(AQI)又は会計監査の品質の向上に向けた取り組みに関する資本市場の参加者等による評価に資する情報
・監査法人における品質管理システムの状況
・経営機関等の構成や役割
・監督・評価機関等の構成や役割。独立性を有する第三者の選任理由、役割、貢献及び独立性に関する考え方
・法人の業務における非監査業務(グループ内を含む。)の位置付けについての考え方、利益相反や独立性の懸念への対応
・監査に関する業務の効率化及び企業におけるテクノロジーの進化を踏まえた深度ある監査を実現するための、IT基盤の実装化に向けた対応状況(積極的なテクノロジーの有効活用、不正発見、サイバーセキュリティ対策を含む)。
・規模・特性等を踏まえた多様かつ必要な法人の構成員の確保状況や、研修・教育も含めた人材育成方針
・特定の被監査会社からの報酬に左右されない財務基盤が確保されている状況
・海外子会社等を有する被監査会社の監査への対応状況
・監督・評価機関等を含め、監査法人が行った、監査品質の向上に向けた取組みの実効性の評価
② 指針5−3
指針5−3は、監査法人のグループ経営に関する情報開示を求めている。今回のガバナンス・コードの改訂により、新設された指針である。
すなわち、グローバルネットワークに加盟している監査法人や、他の法人等との包括的な業務提携等を通じてグループ経営を行っている監査法人は、以下の項目について説明すべきであるとしている。
・グローバルネットワークやグループの概略及びその組織構造並びにグローバルネットワークやグループの意思決定への監査法人への参画状況
・グローバルネットワークへの加盟やグループ経営を行う意義や目的(会計監査の品質の確保やその持続的向上に及ぼす利点やリスクの概略を含む)
・会計監査の品質の確保やその持続的向上に関し、グローバルネットワークやグループとの関係から生じるリスクを軽減するための対応措置とその評価
・会計監査の品質の確保やその持続的向上に重要な影響を及ぼすグローバルネットワークやグループとの契約等の概要
終わりに
「はじめに」でも記載したように、上場企業等の財務書類について監査証明業務を行う監査事務所に関する登録制度の導入等を内容とする「公認会計士法及び金融商品取引法の一部を改正する法律」が令和4年5月に成立・公布されたほか、これに伴う関連政府令が令和5年1月に公布・施行され、上場企業等を監査する監査事務所は、ガバナンス・コードに沿った業務を実施する体制や充実した情報開示を行うための体制を整備することなどが義務づけられた。改訂前のガバナンス・コードを受け入れていたのは20法人程度であったが、改訂後のガバナンス・コードの受け入れを表明する監査事務所は100法人・事務所を超えると予想される。上場企業の監査を手掛ける監査事務所と一口に言っても、構成員5,000名を超える監査法人から、常勤者は社員5名のみ、という監査事務所まで様々である。今回、かなり小規模な監査法人までを適用対象として念頭に置いて改訂されたガバナンス・コードがどのようにして受け入れられていくのであろうか。特に今回のガバナンス・コードの改訂で新設されたグローバルネットワークや業務提携、あるいは「監査法人の中長期的に目指す姿や、その方向性を示す監査品質の指標(AQI)又は会計監査の品質の向上に向けた取り組みに関する資本市場の参加者等による評価に資する情報」に関する開示等は、具体的にどの程度の開示が必要となるのか、どのような開示や説明を行えば資本市場の参加者との対話に資するのかなど、規模の大小を問わず、各監査法人の担当者は頭を悩ませているものと思われる。
2021年3月期から監査上の主要な検討事項(KAM)の開示が我が国の上場企業の有価証券報告書における監査報告書で始まったことにより、監査手続のブラックボックス化の解消が図られ、監査法人と投資家、被監査会社の経営者や監査役等との間のコミュニケーションが促進されることとなったが、今回の監査法人ガバナンス・コードの大幅な改訂は、上場企業の監査を行う監査法人や監査事務所に対して、監査手続のみならず、監査法人の運営や監査法人としての品質管理手続についての情報開示を迫るものであり、実務上の適用が円滑に進めば、会計監査や監査法人に対する社会の期待に応えるための改革がさらに強力に進められることになろう。
4大監査法人等とは異なり、外部の利害関係者との対話や情報開示等に慣れていない中小規模監査事務所にとっては、監査法人ガバナンス・コードの適用はかなり高いハードルになると思われるが、上場企業の監査を引き受けている以上、一定以上の監査品質の保持に加えて、それを可能とするような組織運営体制の整備、さらにはそれらの情報開示や説明といった責任は果たさざるを得ないと考えられる。
日本公認会計士協会による十分な指導・監督を受けつつ、各監査法人が、自らの規模・特性等を踏まえて適切な体制を整備し、ガバナンス・コードの適用状況を、コンプライ・オア・エクスプレインの手法により、各法人の実態に沿って具体的に説明することが必要である。 強制適用から3年目を迎えたKAMと同様に、紋切り型・画一的(ボイラープレート)な記載を避けつつ、外部の利害関係者等との対話に資するような情報開示として実務上円滑に適用を進めるためには、規模の大小を問わず、上場企業を監査する監査事務所の公認会計士が、知恵を絞って創意工夫をすることが必要であろう。
監査法人にとっては、求められる事項が従来よりも大幅に増え、負荷がよりかかることになるが、4大監査法人等による上場企業との監査契約解除が進み、上場企業の監査を担う中小規模監査事務所の裾野が大きく広がっている昨今において、今回のガバナンス・コードの改訂が、会計監査や監査法人、とりわけ中小規模監査事務所への信頼の更なる向上につながることを切に祈念したい。
参考文献
監査法人の組織的な運営に関する原則(監査法人のガバナンス・コード)(監査法人のガバナンス・コードに関する有識者検討会、平成29年3月31日策定、令和5年3月24日改訂)
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