解説記事2023年08月28日 SCOPE 事業再生事案の株式引受け、払込金額は「有利な金額」に該当(2023年8月28日号・№992)
控訴審も一審判決を支持し、納税者敗訴
事業再生事案の株式引受け、払込金額は「有利な金額」に該当
第三者割当による株式の引受けにおいて、株式と引換えに払い込む金額が「有利な金額」(所令84条5号:現3号)に当たるか否かが争われていた事案で、東京高裁第5民事部(木納敏和裁判長)は令和5年8月2日、「有利な金額」に該当するとした一審判決(本誌961号)を支持し、納税者の控訴を棄却した。
有利発行の判定は、恣意的要素が混入しにくい市場株価法によるのが合理的
株主であるX氏(原告・控訴人)が代表取締役等を務めていたA社は債務超過に陥っており、東証マザーズ(当時)からの上場廃止を回避するため、X氏はA社に貸付けを行った後に、さらに第三者割当によりA社株式を引き受けた。
処分行政庁は、上記引受けの際の払込価額が、払込価額決定日における現況の価額(決定日現況価額)よりも「有利な金額」に該当するとして、その株式を取得する権利の取得を一時所得とする更正処分等を行った。
一審の東京地裁は、所得税基本通達23~35共−7が示す判定方法(本件判定方法)、すなわち、決定日現況価額から払込価額を控除した差額が決定日現況価額の10%相当額以上であれば「有利な金額」であると判定することは、そこで用いられる市場価格(終値)が異常な値動きにより一時的に形成されたものであり、これを払込価額の決定の基礎とすることができない特段の事情がない限り、所得税法施行令84条5号(現3号)の解釈として合理的であるとの考えを示し、本件払込価額は「有利な金額」であるとした原処分を適法としていた。
事業再生が成立しなくなるとの主張も排斥
これを不服としたX氏は、控訴審において主に表のとおり主張し、本件判定方法を採用することは所得税法施行令84条5号(現3号)の解釈として誤りであると主張したが、表のとおり排斥された。
また、X氏は、「有利発行課税されると知っていれば、A社株式を引き受けていなかった」などと陳述したが、東京高裁は、X氏においてはA社の債務超過を解消するために、払込価額の総額(約12億円)が最重要事項であり、仮に1株の価額を市場株価法に基づき決定することになったとしても、払込総額は約12億円と変わりなく、X氏が取得するA社株式の数が減少するにすぎないから、当該条件であっても、X氏は第三者割当増資に応じた蓋然性が高く、A社の事業再生・救済が成立しなくなるとはいえないなどとして、その主張も斥けた。
結果として、東京高裁も課税処分を適法とした原処分を支持し、請求人の控訴は棄却された。
【表】納税者の控訴審での主な追加主張
納税者の追加主張 | 東京高裁の判断 |
・破綻寸前である会社を救済するためのM&A・事業再生事案においては市場取引を前提としていないから、市場株価法を原則として株式の客観的交換価値を算定すべきではない。
|
・このような事案であっても、租税公平主義の観点からは、上場企業の株価の算定は、恣意的な要素が混入しにくい市場株価法によるのが所得税法施行令84条5号の解釈として合理的である。 ・発行体及び引受人とが当該発行価格の合意に至る過程には、発行体及び引受人のそれぞれが置かれた状況や目指すべき目的等の個別的な事情の影響を受けることは否定できず、市場原理の下で不特定多数の市場参加者によって形成される価額と比べて客観的交換価値(時価)を反映した価格であるということはできない。 ・本件判定方法において、「払込価額決定日前1か月間の平均株価」を考慮することのほか、「払込価額の決定の基礎とすることができない特段の事情(異常な値動きにより一時的に形成された価格である可能性など)」の有無として考慮することが相当である。 |
・有利発行株式の取得に係る一時所得課税は、当該株式の「時価」との差額により、引受人が、既存株主からの資産価値の移転により経済的利益を得たことに対して受贈益課税がされるものであるところ、仮に市場が発行会社に期待を抱き、DCF法等の合理的な方法により算定した発行会社の客観的な価値を大幅に上回る市場価格が形成されていたとしても、既存株主は損失を被っていないから、資産価値の移転は生じていないため、スポンサーに受贈益を課税することは、背理であり許されない。 | ・控訴人が主張するような受贈益課税の趣旨を考慮するとしても、控訴人の同主張は、DCF法等により算定した価額が「公正な評価」であることを前提とするものであり、上記のとおりかかる前提をとることが相当とはいえないから、控訴人の同主張は失当である。 |
・市場株価法を原則とする本件判定方法を取ることは、会社法及び証券取引実務に基づく上場会社の事業再生・救済案件の実務を無視しており、これが是認されると、今まで広く一般的に行われていたM&A取引としての事業再生・救済の手法は取り得なくなり、実務に多大な混乱と悪影響を及ぼす。すなわち、事業再生・救済を求める上場企業は、市場株価から10%以上のディスカウントをしなければスポンサーを集めることができない一方、スポンサーは、一時所得の課税が行われる上、一時所得の額が決まるのはスポンサーによる資本注入の決定よりも後の払込等日であり、同時点での市場株価を予測することができないから、いくら課税されるか分からないような状態で資本注入及び払込金額の決定をしなければならないこととなる。 | ・控訴人が主張するような会社法及び証券取引実務に基づく上場会社の事業再生・救済案件の実務については、当該実務の存在が立証されているとはいい難い点をおくとしても、当該実務は飽くまで現状の運用にすぎないのであって、そのような運用の存在によって、租税法の解釈や運用を変更すべきものとはいえないし、市場原理の下で不特定多数の市場参加者によって形成される価額を踏まえた本件判定方法の合理性が否定されるものではない。 |
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