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解説記事2023年09月18日 ニュース特集 税理士法人の株価算定誤りと損害の因果関係は認めず(2023年9月18日号・№995)

ニュース特集
善管注意義務違反ありも原告主張の証拠なし
税理士法人の株価算定誤りと損害の因果関係は認めず


 被告が顧問税理士を務めていた会社の代表取締役らが、被告の税理士法人が行った株価算定等が誤ったことにより、当初の見込みを大幅に超える贈与税を負担させたとして、善管注意義務違反に係る債務不履行及び不法行為に基づき損害賠償を求めた事件で、東京地方裁判所(鈴木わかな裁判長)は令和5年4月12日、善管注意義務違反は認めたものの、原告らが主張する株式贈与の解除条件の証拠がなく、株価算定誤りと損害の因果関係は認められないとして原告らの請求を棄却した(令和3年(ワ)第11912号)。また、その後の控訴審判決においても、東京高等裁判所の鹿子木康裁判長が原審の判決を引用した上で、会社の代表取締役ら(控訴人)の控訴を棄却している(令和5年8月8日判決、令和5年(ネ)第2682号)。

税理士法人が貸付金の相続税評価額を転記ミス

 本件は、税理士法人である被告の顧客であった原告らが、被告に対し、受贈予定の株式の株価算定で初歩的なミスによって算定を誤り、原告らに当初の見込みを大幅に超える額の贈与税を負担させたとして、善管注意義務違反に係る債務不履行及び不法行為に基づき、合計で6,300万円超の損害賠償金等の支払いを求めた事案である。原告の1人(A)は非上場会社X社の代表取締役であり、被告は同社の顧問税理士を20年以上にわたって務めてきた税理士法人である。
 今回、被告の税理士法人が犯した初歩的なミスとは、「第5表 1株当たりの純資産価額(相続税評価額)の計算明細書」中、貸付金の相続税評価額につき、正しくは帳簿価額と同一の「1,270,000千円」とすべきところを「127,000千円」と記載したものであった。
 なお、事案の経緯は表1のとおりである。

【表1】事案の経緯

平成30年6月26日:原告は、被告に対し、同年3月26日時点におけるX社株式の株価並びに同日にT株主が保有する株式2,556株のすべてを原告Bに贈与した場合における贈与税額及び同日にU株主が保有する株式2,226株のすべてを原告Aに贈与した場合における贈与税額の各算定を委任。
同年7月17日:被告は、原告らに対し、課税時期を同年3月26日としてX社株式の1株当たりの評価額を14万1,183円とする「株価算定報告書(贈与評価額)」を提出。
平成31年2月1日:被告は、原告らに対し、報告書に誤りがあったことを報告。誤りを修正した上で算出されるX社株式の1株当たりの評価額は17万6,745円であった。
同年3月1日:被告は、原告らに対し、X社等の法人税に関する業務並びに株式の株価算定及び原告らの所得税、贈与税に関する業務等の委任契約の解除を申し入れ、同日に委任契約は解除。
同年3月15日:原告は、税理士法人Yに株式の評価及び贈与税の算定を依頼。税理士法人YはX社株式の1株当たりの評価額を18万2,888円と算定し、贈与税の確定申告書を提出(その後、1株当たりの評価額を15万9,005円として更正請求)。

転記ミスは株価算定の誤りの主因であり、善管注意義務に違反

 東京地裁は、被告の税理士法人は、原告らとの委任契約に基づく善管注意義務として、委任の趣旨に従い、専門家である税理士法人としての高度の注意をもって、株式の株価算定及び原告らの株式贈与に係る贈与税申告等の事務を処理する義務を負うものと解されるとし、貸付金の相続税評価額の誤記は、帳簿価額の転記に当たり、誤って一桁少ない数字を記載したものであり、明らかに初歩的なケアレスミスというよりほかはないと指摘。誤記は、貸付金の相続税評価額につき、正確な額の10分の1に相当する額を記載したものであり、かなり大きな誤りともいえ、株価算定の誤りの主因になったものと推認されることから、被告において委任契約に基づく善管注意義務に反したものといわざるを得ないとの判断を示した。
 税理士法人は、国税庁の通達(下記「合意解除により贈与の取消しがあった場合の取扱い」参照)にしたがい、株主のT及びUの同意を得て株式贈与を合意解除して、再度、両名との間で株式の贈与契約を締結することを提案しており、結果として委任契約に基づく善管注意義務を果たしたなどと主張したが、東京地裁は、株式贈与を合意解除したとしても、贈与税の課税上はあくまでも原則として株式贈与の存在が前提とされ、特例として株式贈与がなかったものとして取り扱われることはあり得るものの、特例に該当するか否かは最終的に税務署長の判断次第であり、確実なものとはいえないとした。

合意解除により贈与の取消しがあった場合の取扱い
 贈与契約が合意により取り消され、又は解除された場合においても、原則として、贈与契約に係る財産の価額は、贈与税の課税価格に算入することになるが、当事者の合意による取消し又は解除が、「贈与契約の取消し又は解除が当該贈与のあった日の属する年分の贈与税の申告書の提出期限までに行われたものであり、かつ、その取消し又は解除されたことが当該贈与に係る財産の名義を変更したこと等により確認できること」などの事由のいずれにも該当しているときは、税務署長において当該贈与契約に係る財産の価額を贈与税の課税価格に算入することが著しく負担の公平を害する結果となると認める場合に限り、当該贈与はなかったものとして取り扱うことができるとされている(「名義変更等が行われた後にその取消し等があった場合の贈与税の取扱いについて」及び「「名義変更等が行われた後にその取消し等があった場合の贈与税の取扱いについて」通達の運用について」)。 

株式贈与の解除条件の存在なし

 ただし、裁判所は、株価算定の誤りと損害との相当因果関係については原告の主張を否定している。
 原告らは、株式贈与には、X社の法人税の申告期限内において、被告が算定する平成30年3月26日時点における株価が合理的な金額以下でなければ効力を失うとの解除条件が付されていたことを前提として、本件株価算定の誤りにより、当初見込んでいた報告書に基づく贈与税額よりも多くの贈与税の負担を余儀なくされることになったといえ、更正請求に係る贈与税額と報告書に基づく贈与税額との差額分が、本件株価算定の誤りと相当因果関係のある損害になると主張している(表2参照)。

【表2】争点とこれに対する当事者の主な主張

原 告 被 告
争点(1)被告の善管注意義務違反の有無
 株価算定の誤りは、数字の転記ミスという初歩的なミスによるもので、本件委任契約に基づく善管注意義務違反に当たる。
 被告が、委任契約の成果物である報告書の誤りを原告らに報告することは受任者の責任として、また、信義則上、当然の義務である。したがって、上記報告をして同義務を履行したことをもって、善管注意義務を果たしたとはいえない。
 被告は、原告らに対し、①平成31年2月1日、報告書の誤りを報告した上で、②同月16日には、原告Aに対し、原告らが本件株式贈与による贈与税の負担を回避するための方策として、国税庁の通達に従い、本件株式贈与を前提に実施したX社の配当に関する処理をし、株主であるT及びUの同意を得て本件株式贈与を合意解除して、再度、両名との間で本件株式の贈与契約を締結することを提案しており、結果として委任契約に基づく善管注意義務を果たした。
争点(2)本件株価算定の誤りと原告ら主張に係る損害との相当因果関係の有無について
 本件株式贈与には、X社の法人税の申告期限内において、被告が算定する平成30年3月26日時点における株価が合理的な金額以下でなければ効力を失うとの解除条件が付されていた。
 原告らは、被告が報告書において本件株式の株価を正しく算定していれば、平成30年3月26日時点における本件株式贈与を実施せずに、本件株式の株価がより低い時点において本件株式の贈与を実施することができたのであるから、本件株価算定の誤りにより、当初見込んでいた報告書に基づく贈与税額よりも多くの贈与税の負担を余儀なくされることになったといえ、差額分すなわち原告Aにつき2,181万9,600円(1億9,006万4,700円.1億6,824万5,100円)、原告Bにつき2,565万2,700円(2億1,952万2,300円.1億9,386万9,600円)が、本件株価算定の誤りと相当因果関係のある損害となる。
 本件解除条件にいう「合理的な金額」は、報告書記載の本件株式の1株当たりの評価額14万1183円を指すものと解されるところ、本件解除条件によれば、仮に被告が平成30年8月末日までに本件株価算定の誤りを原告らに伝えたとしても、上記誤りに基づく本件株式贈与は、そのまま維持され、将来に向かって失効するにすぎない(民法127条2項)という不合理な事態が生じることになる。
争点(3)本件解除が委任者である原告らにとって不利益な時期になされたか否か
 本件解除がなされた時期は、確定申告の期限の2週間前であり、通常、税理士又は税理士法人の繁忙期であり、税理士法人Yに申告等を依頼することができたのは偶然にすぎない。そして、被告に代わる税理士又は税理士法人に上記申告等を依頼することができなかった場合、税務の知見がない原告らにおいて、2週間という短期間で被告から返還された資料を基に本件株式の株価を算定した上で本件株式贈与に係る贈与税申告に要する書類を作成することは、不可能である。  本件解除の当時、平成30年分の所得税及び贈与税の申告期限である平成31年3月15日まで約2週間の準備期間があったことなどから、原告らにおいて、本件解除後、基礎資料を用いて他の税理士又は税理士法人に依頼すれば、申告期限の同月15日までに贈与税申告をすることは可能であった。

 この点について東京地裁は、原告らの主張によれば、解除条件は原告らにとって贈与税の負担軽減のための重要な意義を有するものであったにもかかわらず、原告Aが作成した贈与契約書において、解除条件については一切触れられていないなど、証拠上、解除条件の存在を認めることはできないとし、原告らの主張を一蹴した。

申告期限2週間前の契約解除も、別の税理士法人が申告し結果OK

 また、原告らは、被告が平成30年分の所得税及び贈与税の申告期限の2週間前に委任契約を解除した点について、税務の知見を有しない原告らが短期間内に自ら株価算定をした上で必要書類を作成して贈与税を申告することは事実上不可能に近く、また、通常、税理士又は税理士法人の繁忙期であることから、被告に代わる税理士又は税理士法人に申告業務を依頼するのも相当に困難な状況にあったなどと主張し、慰謝料(合計1,000万円)を請求している。
 この点について東京地裁は、委任契約解除の当時は、通常、税理士や税理士法人に申告業務を依頼するのが困難な時期であり、原告らも、被告に代わる税理士又は税理士法人を探すに当たりかなりの労力を費やしたものといえるが、結果として税理士法人Yに本件株式算定及び本件株式贈与に係る贈与税申告を依頼することができたことからすると、原告らにおいて、委任契約解除自体により、被告に慰謝料支払義務を負わせるほどの精神的苦痛を被ったとまではいい難いとし、原告らの主張を斥けた。

東京高裁も会社代表取締役らの控訴を棄却

 その後、会社の代表取締役ら(原告)は東京地裁の判決を不服として東京高裁に控訴した。控訴人らは、補足的主張として、贈与契約書は、報告書が提出された直後に作成され、いわば株式贈与の意思表示につき確認するものであり、解除条件が記載されていないこと自体が不合理とはいえないなどとしたが、東京高裁は、東京地裁の判決を引用した上で、そもそも解除条件の内容自体明確でない上、解除条件を付したのであれば、その重要性に照らし、贈与契約書にこれを一切記載しなかったことは明らかに不自然、不合理であるとし、控訴人らの控訴を棄却した。

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